7.嘘をつき通せなかった時
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◆◆◆嘘をつき通せなかった時◆◆◆
生き物でも、悪魔でも、死に物狂いの状態で繰り出される最後の抵抗というものは、結構侮れなかったりする。
俺がその時相手にしていたのは、サッカーボール大の蜂の姿をした悪魔だった。
最早この街で目にする悪魔達の中で、俺に敵う奴なんていやしなくて、その蜂型の悪魔だって今まで幾度となく相手をしてきたことがあるタイプの敵だった。
当然、どんな攻撃を仕掛けてくるかは分かりきっていた。
それ故の慢心……ってわけじゃないが、本気を出すまでもないと高を括っていたのは事実だ。
この蜂型の悪魔は、体力が残り僅かになると尻についた針で必死に攻撃してくる。
いつもの攻撃パターンだ。
ただ、今回はいつもの奴に比べて素早い個体だったのか、こちらの攻撃がかわされてしまう。
的が小さいので攻撃が当てづらいのだ。
ショットガンを持って来ればよかった、と思うが後の祭りだ。
面倒になった俺は、あえて蜂の攻撃を受けた。
左腕に深々と針が突き刺さる。
悪魔は一撃与えたことで一旦身を引こうとしたようだが、すぐに傷が塞がる俺の体は針をしっかりと咥えこんで、離さない。
たじろぐ悪魔に向かって、俺は剣を振り下ろした。
一撃で絶命した悪魔は、俺に刺さった針だけ残して塵となって消えていく。
ふう、と息を吐き出した俺は、腕に刺さった針を抜こうとしてそれを引っ張った。
「あ」
すぐ治る体が仇となったのか、俺の体は針の先端を完全に取り込んでいて、抜こうとした拍子に針先が折れた。
傷ついた腕は、中に針を残して塞がった。
「……ま、いっか」
放っておいてもそのうち体から出ていくだろうと思った俺は、さして気にも止めずにその場を後にした。
* * *
「ただいま」
「おかえりダンテ、お仕事おつかれさま」
ひと仕事終えた俺の帰りを待っていた彼女は、朗らかな微笑みを浮かべて出迎えた。
別に大して疲れていたわけではないけれど、その笑顔を見ると癒される。
「ご飯もう少しかかるから、先にシャワー浴びてきたら?」
「そうする」
彼女は俺が脱いだコートを受け取り、それをハンガーにかけた。
勧められた通り、俺は風呂場へ足を向ける。
服を脱いだ俺はバスタブに入り、シャワーを浴びた。
熱めの湯が気持ち良くて、心臓がドクドクと脈打つ。
けれど、髪と体を洗い終え、濡れた体を拭いた後もドキドキが治らなくて、俺は首を傾げた。
それに左腕が熱を持っているような気がする。
先程蜂型の悪魔から受けた針が左腕に残ったままだったのを思い出し、俺は腕をさすった。
左腕は刺された箇所が腫れて赤くなっている。
針……というか、蜂の毒のせいだということは明白だった。
どうしたものか、と俺は考えて、まあ大して痛くもないし結局放置を決め込んだ。
服を着て、ダイニングに足を踏み入れると、ちょうど夕飯ができたところらしく、良い香りが部屋に充満していた。
その匂いを吸い込むと、空腹が刺激されて腹が鳴る。
「さ、どうぞ召し上がれ」
「うまそー、イタダキマス」
教わった片言の日本語を呟いて、俺は早速飯にありついた。
彼女も俺の正面に座って、和やかな夕食の席が始まる。
しばらく穏やかに談笑していた俺たちだったが、彼女はふと料理を口に運ぶのを止めた。
不思議に思って俺もワイングラスをテーブルに置く。
「……ダンテ、何かあった?」
「何かって?別に何もなかったぜ、いつも通り完璧に仕事こなしてきたよ」
「少し、顔色が悪いような気がする」
「気のせいじゃないか?」
心配させまいと、俺は明るくそう言う。
実はさっきから、心拍数が上がってきて、体もなんとなく怠いのだ。
舌も痺れてきたし。
風呂と酒で体が火照って血流が良くなったせいか、毒が徐々に全身に回ってきたようだ。
彼女は不審そうな顔付きで、じっと俺を見つめている。
「ダンテ、コートの左袖に穴があいてた」
「俺がコートに穴空けて帰ってくるなんて、いつものことだろ?気まぐれに一発もらっただけだって」
「……お風呂上がった時も、だいたい裸でウロウロしてるのに、今日は服着てた。
晩ご飯食べる時だって、左手使ってない」
こいつ、意外と鋭いしよく人を見ている。
俺が何か言おうとする前に、立ち上がった彼女は俺の隣へやってきて、左袖をまくった。
赤く腫れた俺の腕を見て、彼女は「やっぱり」と眉を寄せる。
「……蜂みたいなやつに刺された」
観念して、俺は白状した。
彼女は食事を中断して、俺をキッチンへと引っ張っていく。
患部を流水で冷やし、彼女は俺の腕を眺める。
「傷口をつまんで血液ごと毒を絞り出すのがいいんだって」
「詳しいな」
「昔蜂に刺されたことがあって、おじいちゃんに教わったの」
既に全身に毒が回っている上、悪魔の毒にその対処法が有効かどうかは甚だ疑問だが、俺を心配する彼女の気持ちが嬉しかった。
「虫刺されの塗り薬とか、あったかな」
俺は薬の世話になることなど殆どないので、そんなものが家にあったかどうかは知らない。
彼女は薬を置いている戸棚を探し始めた。
俺は彼女が見ていない隙を見計らって、置いてあったナイフの刃先を左腕の患部に当てた。
針が入り込んでいる周辺の肉ごと抉り取る。
すぐに塞がろうとする傷口をつまみ、流水で洗いながらできるだけ血液を体外に出す。
彼女の言った通りのことを実践してみようと思ったのだ。
こんな場面見られたら卒倒されそうなので、こっそりとだけど。
そのうち薬を見つけ出した彼女は、針を取り除いて傷も癒えた俺の腕を取って丁寧に薬を塗り込んだ後、氷水を入れた袋をあてがった。
冷やすと痛みが引くのだそうだ。
教えてもらった対処法が効いたのか、体の中で自然と毒が分解されたのかは分からないが、徐々に動悸と痺れが治まって、俺は少しほっとする。
「顔色、少し良くなったみたい」
「ありがとな。助かった」
礼を言うと、彼女は微笑んで目を細める。
俺の嘘を見抜いた彼女には、本当に頭が上がらない。
それだけ俺のことをよく見てくれている、ということなのだろう。
夕食が冷めてしまったことを謝って、けど俺は何となく嬉しい気持ちで食事を再開したのだった。
生き物でも、悪魔でも、死に物狂いの状態で繰り出される最後の抵抗というものは、結構侮れなかったりする。
俺がその時相手にしていたのは、サッカーボール大の蜂の姿をした悪魔だった。
最早この街で目にする悪魔達の中で、俺に敵う奴なんていやしなくて、その蜂型の悪魔だって今まで幾度となく相手をしてきたことがあるタイプの敵だった。
当然、どんな攻撃を仕掛けてくるかは分かりきっていた。
それ故の慢心……ってわけじゃないが、本気を出すまでもないと高を括っていたのは事実だ。
この蜂型の悪魔は、体力が残り僅かになると尻についた針で必死に攻撃してくる。
いつもの攻撃パターンだ。
ただ、今回はいつもの奴に比べて素早い個体だったのか、こちらの攻撃がかわされてしまう。
的が小さいので攻撃が当てづらいのだ。
ショットガンを持って来ればよかった、と思うが後の祭りだ。
面倒になった俺は、あえて蜂の攻撃を受けた。
左腕に深々と針が突き刺さる。
悪魔は一撃与えたことで一旦身を引こうとしたようだが、すぐに傷が塞がる俺の体は針をしっかりと咥えこんで、離さない。
たじろぐ悪魔に向かって、俺は剣を振り下ろした。
一撃で絶命した悪魔は、俺に刺さった針だけ残して塵となって消えていく。
ふう、と息を吐き出した俺は、腕に刺さった針を抜こうとしてそれを引っ張った。
「あ」
すぐ治る体が仇となったのか、俺の体は針の先端を完全に取り込んでいて、抜こうとした拍子に針先が折れた。
傷ついた腕は、中に針を残して塞がった。
「……ま、いっか」
放っておいてもそのうち体から出ていくだろうと思った俺は、さして気にも止めずにその場を後にした。
* * *
「ただいま」
「おかえりダンテ、お仕事おつかれさま」
ひと仕事終えた俺の帰りを待っていた彼女は、朗らかな微笑みを浮かべて出迎えた。
別に大して疲れていたわけではないけれど、その笑顔を見ると癒される。
「ご飯もう少しかかるから、先にシャワー浴びてきたら?」
「そうする」
彼女は俺が脱いだコートを受け取り、それをハンガーにかけた。
勧められた通り、俺は風呂場へ足を向ける。
服を脱いだ俺はバスタブに入り、シャワーを浴びた。
熱めの湯が気持ち良くて、心臓がドクドクと脈打つ。
けれど、髪と体を洗い終え、濡れた体を拭いた後もドキドキが治らなくて、俺は首を傾げた。
それに左腕が熱を持っているような気がする。
先程蜂型の悪魔から受けた針が左腕に残ったままだったのを思い出し、俺は腕をさすった。
左腕は刺された箇所が腫れて赤くなっている。
針……というか、蜂の毒のせいだということは明白だった。
どうしたものか、と俺は考えて、まあ大して痛くもないし結局放置を決め込んだ。
服を着て、ダイニングに足を踏み入れると、ちょうど夕飯ができたところらしく、良い香りが部屋に充満していた。
その匂いを吸い込むと、空腹が刺激されて腹が鳴る。
「さ、どうぞ召し上がれ」
「うまそー、イタダキマス」
教わった片言の日本語を呟いて、俺は早速飯にありついた。
彼女も俺の正面に座って、和やかな夕食の席が始まる。
しばらく穏やかに談笑していた俺たちだったが、彼女はふと料理を口に運ぶのを止めた。
不思議に思って俺もワイングラスをテーブルに置く。
「……ダンテ、何かあった?」
「何かって?別に何もなかったぜ、いつも通り完璧に仕事こなしてきたよ」
「少し、顔色が悪いような気がする」
「気のせいじゃないか?」
心配させまいと、俺は明るくそう言う。
実はさっきから、心拍数が上がってきて、体もなんとなく怠いのだ。
舌も痺れてきたし。
風呂と酒で体が火照って血流が良くなったせいか、毒が徐々に全身に回ってきたようだ。
彼女は不審そうな顔付きで、じっと俺を見つめている。
「ダンテ、コートの左袖に穴があいてた」
「俺がコートに穴空けて帰ってくるなんて、いつものことだろ?気まぐれに一発もらっただけだって」
「……お風呂上がった時も、だいたい裸でウロウロしてるのに、今日は服着てた。
晩ご飯食べる時だって、左手使ってない」
こいつ、意外と鋭いしよく人を見ている。
俺が何か言おうとする前に、立ち上がった彼女は俺の隣へやってきて、左袖をまくった。
赤く腫れた俺の腕を見て、彼女は「やっぱり」と眉を寄せる。
「……蜂みたいなやつに刺された」
観念して、俺は白状した。
彼女は食事を中断して、俺をキッチンへと引っ張っていく。
患部を流水で冷やし、彼女は俺の腕を眺める。
「傷口をつまんで血液ごと毒を絞り出すのがいいんだって」
「詳しいな」
「昔蜂に刺されたことがあって、おじいちゃんに教わったの」
既に全身に毒が回っている上、悪魔の毒にその対処法が有効かどうかは甚だ疑問だが、俺を心配する彼女の気持ちが嬉しかった。
「虫刺されの塗り薬とか、あったかな」
俺は薬の世話になることなど殆どないので、そんなものが家にあったかどうかは知らない。
彼女は薬を置いている戸棚を探し始めた。
俺は彼女が見ていない隙を見計らって、置いてあったナイフの刃先を左腕の患部に当てた。
針が入り込んでいる周辺の肉ごと抉り取る。
すぐに塞がろうとする傷口をつまみ、流水で洗いながらできるだけ血液を体外に出す。
彼女の言った通りのことを実践してみようと思ったのだ。
こんな場面見られたら卒倒されそうなので、こっそりとだけど。
そのうち薬を見つけ出した彼女は、針を取り除いて傷も癒えた俺の腕を取って丁寧に薬を塗り込んだ後、氷水を入れた袋をあてがった。
冷やすと痛みが引くのだそうだ。
教えてもらった対処法が効いたのか、体の中で自然と毒が分解されたのかは分からないが、徐々に動悸と痺れが治まって、俺は少しほっとする。
「顔色、少し良くなったみたい」
「ありがとな。助かった」
礼を言うと、彼女は微笑んで目を細める。
俺の嘘を見抜いた彼女には、本当に頭が上がらない。
それだけ俺のことをよく見てくれている、ということなのだろう。
夕食が冷めてしまったことを謝って、けど俺は何となく嬉しい気持ちで食事を再開したのだった。