秘密を見せられた
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* * *
本棚の足元に積み上がるコミックや雑誌の山を前にして、このみは眉を寄せた。
既に棚はいっぱいで、これらを押し込む隙間はどこにも見当たらない。
このみは今も新しいコミックに目を通しているダンテを振り返って、彼に声をかける。
「……ダンテ、そろそろこれ片付けたら?」
「ああ、後で」
適当なダンテの返事に、このみは溜め息をついた。
中には埃が降り積もっている山もある。
このみが気が付いた時に埃を払うくらいのことはしているけれど、山を動かしての掃除はしていないから、この裏に一体どれだけの埃が溜まっているのか考えると頭が痛い。
思い切って掃除をしたいけれど、本の山を片付ける場所もなく、ちょっとどかして掃除するというわけにもいかない量なので、仕方なくそのままにしてある。
「このみ、これの一巻前のやつ取ってくれ」
ダンテが寄越したコミックを、このみは渋々受け取る。
家主はダンテなのだから、彼がどこに何を置こうが勝手だし、あまりうるさく言いたくないのだけれど、さすがにこの状況を放っておくわけにはいかなくなってきた。
とりあえずダンテがコミックに飽きた頃に片付けるなり捨てるなりするように言おうと思って、このみは山の中から目当ての本を探す。
「えーっと……」
山の中から本を探しあてようと視線を凝らすが、どうしても見当たらない。
どこにあるんだろうとあちこち探して、やっとぎゅうぎゅうに押し込まれた本棚の中からそれを見つけた。
このみの頭よりも高い位置にあるその本は、指先で引っ張り出そうとしてもびくともしない。
本と本の隙間になんとか指を差し込んで、取り出そうと力の限り引っ張ったその時だった。
あまりに詰め込まれていた本達は、このみが引っ張り出した本につられて、どさどさと頭上に降り注いできた。
「わあっ!」
本の表紙で額をしたたかに打たれたこのみは、よろけながら後退する。
けれど足元に山と積まれた本につまづいて、そのまま背中から倒れ込みそうになってしまった。
本の山が雪崩る音が室内に響く。
衝撃に備えて思わず目を閉じたこのみだったが、床に尻餅を着く前に彼女の肩をダンテが受け止めた。
「おい、大丈夫か」
「う、うん」
「お前、よくあんな器用にこけられるな」
笑い混じりのダンテの言葉に、このみはまなじりを吊り上げる。
「笑いごとじゃないっ!」
「はい、ごめんなさい」
謝りながら、ダンテは本に打たれて赤くなったこのみの額を撫でる。
その手つきが思いのほか優しくて、このみは照れ隠しにムッとした顔を作りながら、床に散らばった本の数々を眺めた。
もうこうなったら本気で片付ける必要がありそうだ。
「……ん?」
その時、床にバラバラと広がった本の中に、ことさら肌色が目立つ雑誌を見つけた。
女性があられもない姿で官能的なポーズをとっているその表紙には、思わず目を覆いたくなるようなアオリが付いている。
水着程度のものならこのみの前でも普通に眺めている彼だけれど、
これはどう見てもそんな可愛らしいものではなさそうだ。
どうやら山の一番下にあったらしいそれは、一応このみの目から隠してあったらしい。
「……………………」
木の葉を隠すなら森の中、という言葉が頭の中をよぎる。
どさ、とまた音を立てて本棚から雑誌が落ちた。
このみが引っ張り出したことで抜け落ちた本の分、バランスを崩したものが棚から滑り落ちたようだ。
その雑誌にも肌色が紙面いっぱいに溢れている。
こちらはどうやら表紙を表にして縦向きに収納し、さらにその上から、
このみに見られても構わないだろう本で隠すようにしまってあったらしい。
何とも言えない気まずい沈黙が二人の間に流れる。
「あの……黙られるといたたまれないんだが……」
「……………………」
この場合、気の毒なのはダンテの方なのだろうか。
工夫を凝らして隠してあったあたり、一応ダンテもこのみの目を気にはしていたようだ。
そんな努力を彼に強いていたことを知ったこのみは、何故か申し訳なく思いつつも、
ダンテはこういうのが好きなのか、と表紙の女性をひどく冷静に分析している自分がいた。
(……って、なっ、何考えてるんだろう、私!)
彼がこういう本を所持していたことよりも、そんな分析をしている自分自身に動揺してしまう。
極めて冷静を装いつつ、けれど決してダンテとは視線を合わさないようにしながら、このみは言った。
「……ダンテ、新しい本棚買いに行こうね」
一も二もなくダンテは頷いた。
* * *
捨てるものと捨てないものを選り分けた上で、それでもまだ今使っている本棚に収まりきらない量の本があるので、
結局自分で組み立てるタイプの安い本棚を購入した。
ダンテが例の雑誌をどうしたかは知らない。
それよりも、本の山を片づけたそこに積もっていた大量の埃と、
いつからそこにあったのか、よく分からない虫の死骸が出てきたことの方がこのみにとっては大問題だった。
蝶や蛾の類ではなかったけれど、羽のついた虫だったので、
触るのはおろか見るのも嫌なこのみは、ダンテにそれを片づけてもらった。
「やっぱり、床に直置きはダメ!」
日本に比べてただでさえ広い家だというのに、こう物があちこちあっては掃除もままならない。
物陰を見るたびに、虫がいやしないかとオドオドするのは嫌だ。
「お願いだから、部屋片づけよう、ね?」
「……そこまで言われたら、掃除するほかないな。
もう俺一人でこの家に住んでるわけじゃないし」
半泣きで埃を掃除するこのみをどう思ったのか、我を貫くタイプのダンテも今回はさすがに協力的だ。
雑巾を片手に床を磨く姿からは、二丁拳銃と剣を手に華麗に戦う様子などは想像もつかない。
埃を綺麗に取り払ってピカピカに磨いた床に、ダンテはドライバーだけで組み立てられる本棚の板きれが入った梱包を置く。
ホームセンターで安価で購入したものだ。
段ボールから取り出した部品と、組み立て方が書かれた説明書を広げた。
ドライバーを探し出して持ってきたこのみも一緒にそれを眺める。
ただの板切れと、ネジの数々。
これを組むだけで説明書にあるような本棚が作れるのだと思うと、何だか無性に心が躍った。
「こうやって組み立てるの、ワクワクしない?わたし、結構好き」
「そーか?俺は面倒くさい。金があればできたの買ってるよ。このみは工作好きだからいいな」
また子ども扱いされたような気がしてこのみはムッとする。
事務所の店先にネオン管を設置した時はあんなにご機嫌だったのに、本当に興味がないものには無頓着な人だ。
口げんかになるのが嫌で、取りあえずむっつりしているこのみに、ダンテは板切れを手渡した。
「このみ、そっち持っといて」
「……はい」
ざっと目を通しただけで説明書を理解したのか、このみに部品を支えてもらって、ダンテはネジで固定しながら板切れを組み上げていく。
このみはこうやってただの板切れから棚に仕上がる様子が楽しいと思うのだけれど、ダンテはそうではないんだろうか。
けれど部品を組み上げるうちに口笛が聴こえてきて、このみが何事かと思ってキョロキョロすると、
その音の出所はダンテだった。
面倒くさいとか言いながら、その実結構ダンテも楽しんでいるのではないだろうかと思って、このみはクスリと笑う。
その笑い声に反応したダンテが、ドライバーを回す手を止めてこのみを見上げた。
「何?」
「ダンテ、口笛吹いてた。今ご機嫌?」
「このみがいるからかな」
あまりにサラリと彼の口からその言葉が出てきたので、このみは反応できずに沈黙してしまう。
ダンテは止めていた手を再び動かしながら、板を組み立てる。
「こんなの一人で作ってても楽しくもなんともないが、
このみが傍にいて一緒に作ってるって思うと、楽しく感じるような気がする」
まるで独り言でも言うみたいに、このみに聞かせる気があるのかないのか程の声でポツリとダンテは言う。
けれどこのみの耳はしっかりとそれを聞き取っていて、その言葉はどうしようもなくこのみを嬉しくさせた。
その気がなくてもこのみの耳はダンテの声を拾ってしまう。
それは、ダンテが半魔だからだろうか。
異世界人のこのみは、悪魔の存在に反応して胸がドキドキするのだけれど、
半魔である彼の声にもこのみの耳が勝手に反応して、雑多な物音の中から選り分けて聞き取っているのだろうか。
──そうでないことくらい、このみにも分かっている。
ドライバーを回す力強い彼の手つきも、自分の頼りない手とは全然違っていて、何だか胸が高鳴ってしまう。
視線を感じてこのみを振り返ったダンテが「こっち見すぎ」と苦笑混じりに言うので、
見つめている自覚のなかったこのみは顔を赤くしてしまった。
ダンテと暮らし始めてから、かれこれもう二年半ほど経つけれど、
慣れるどころかより一層ドキドキが強まる自分の心が不思議だ。
それはこんな些細な日常の一かけらで顔を出して、このみを困らせる。
言ってはいけない一言を、いつか言ってしまいそうで。
「できた」
ダンテの声で、このみは我に返る。
彼と共同作業で組み立てた本棚は、ただの板切れが立派な姿になってそこに鎮座していた。
「お疲れさま!あとは本をしまうだけだね」
「このみも手伝ってくれるか?」
「わたしが見ても平気な本ばっか?」
「……もう捨てました」
そもそもあそこに隠していたことすら忘れていた、とダンテは言い訳とも何ともつかない言葉を勝手に喋りだす。
確かに隠していた本の存在を覚えていたら、同じ場所に収納してあるコミックを取ってくれ、なんて頼まなかっただろう。
「……じゃあ頑張って、一緒にこの本の山片づけようね。
終わったらコーヒー淹れてお菓子食べよう」
「はあ……。これに手ェ付ける前に休憩しようとは考えないんだな」
「全部終わった後に食べる方がおいしいよ!」
ダンテは絶対、夏休みの宿題を最終日まで溜めているタイプだ、とこのみは思う。
手を付けるならまだいいだろうけど、結局一つもやらないまま新学期を迎えそうだ。
さあ早く、と促すこのみに従って、ダンテは適当に重ねてあった本の山から雑誌を取って、新しく作られた本棚に放り込みだす。
それを見たこのみは、慌てて本棚からダンテが突っ込んだ雑誌を取り出した。
「何で雑誌ごととか、何号ごととか、ABC順に並べないの?」
「えっ、片づけりゃ何でもいいじゃねえか」
「それだと探す時に大変だよ。せめて巻数順に……」
そう言って、このみは手に取った雑誌の発行年月日を確認するために、奥付を見ようとパラパラとページを捲った。
「あっ、それは……」
慌ててダンテが止めようとするが、既に遅かった。
表紙は単なるバイク雑誌だったのに、中身は綺麗なお姉さんが痴態を晒している例の本だった。
表紙だけ差し替えて、このみの目を誤魔化すつもりだったらしいが、世の中ままならないものだ。
「……これお気に入りなんだね」
「もう何も言うな……」
手早くこのみの手の中からその雑誌を取り上げたダンテは、けれど捨てようとはせずに本棚へそれを収めた。
「今度はしまった場所をきちんと覚えておかないといけないね」
「お前、俺をいじめるの止めろっ」
普段ダンテからいじめられている分の仕返しだ、とこのみは笑う。
ダンテは不機嫌になりながら、結局このみの助言を無視して適当に本をしまいだした。
せめてもの反抗の意思を示しているつもりらしい。
こんなに無茶苦茶に収納して、後で困るのは彼なのになと思いつつ、このみはのんびりとコーヒーを淹れ始めた。
***あとがき***
Do It Yourself!
日曜大工するダンテって萌えませんか?
いや組み立て式本棚って、日曜大工には数えないかもしれませんけれど。
春と言えば新生活ですね!
ニ○リとかで一緒に家具を選んでるカップルさんを見ると、こちらまでほのぼのしてしまいます!
そして、ベタ惚れなのはダンテだけじゃないんだよ、というお話。
ヒロインはエロ本も許してくれるそうです。
お題は反転コンタクト様よりお借りいたしました。
本棚の足元に積み上がるコミックや雑誌の山を前にして、このみは眉を寄せた。
既に棚はいっぱいで、これらを押し込む隙間はどこにも見当たらない。
このみは今も新しいコミックに目を通しているダンテを振り返って、彼に声をかける。
「……ダンテ、そろそろこれ片付けたら?」
「ああ、後で」
適当なダンテの返事に、このみは溜め息をついた。
中には埃が降り積もっている山もある。
このみが気が付いた時に埃を払うくらいのことはしているけれど、山を動かしての掃除はしていないから、この裏に一体どれだけの埃が溜まっているのか考えると頭が痛い。
思い切って掃除をしたいけれど、本の山を片付ける場所もなく、ちょっとどかして掃除するというわけにもいかない量なので、仕方なくそのままにしてある。
「このみ、これの一巻前のやつ取ってくれ」
ダンテが寄越したコミックを、このみは渋々受け取る。
家主はダンテなのだから、彼がどこに何を置こうが勝手だし、あまりうるさく言いたくないのだけれど、さすがにこの状況を放っておくわけにはいかなくなってきた。
とりあえずダンテがコミックに飽きた頃に片付けるなり捨てるなりするように言おうと思って、このみは山の中から目当ての本を探す。
「えーっと……」
山の中から本を探しあてようと視線を凝らすが、どうしても見当たらない。
どこにあるんだろうとあちこち探して、やっとぎゅうぎゅうに押し込まれた本棚の中からそれを見つけた。
このみの頭よりも高い位置にあるその本は、指先で引っ張り出そうとしてもびくともしない。
本と本の隙間になんとか指を差し込んで、取り出そうと力の限り引っ張ったその時だった。
あまりに詰め込まれていた本達は、このみが引っ張り出した本につられて、どさどさと頭上に降り注いできた。
「わあっ!」
本の表紙で額をしたたかに打たれたこのみは、よろけながら後退する。
けれど足元に山と積まれた本につまづいて、そのまま背中から倒れ込みそうになってしまった。
本の山が雪崩る音が室内に響く。
衝撃に備えて思わず目を閉じたこのみだったが、床に尻餅を着く前に彼女の肩をダンテが受け止めた。
「おい、大丈夫か」
「う、うん」
「お前、よくあんな器用にこけられるな」
笑い混じりのダンテの言葉に、このみはまなじりを吊り上げる。
「笑いごとじゃないっ!」
「はい、ごめんなさい」
謝りながら、ダンテは本に打たれて赤くなったこのみの額を撫でる。
その手つきが思いのほか優しくて、このみは照れ隠しにムッとした顔を作りながら、床に散らばった本の数々を眺めた。
もうこうなったら本気で片付ける必要がありそうだ。
「……ん?」
その時、床にバラバラと広がった本の中に、ことさら肌色が目立つ雑誌を見つけた。
女性があられもない姿で官能的なポーズをとっているその表紙には、思わず目を覆いたくなるようなアオリが付いている。
水着程度のものならこのみの前でも普通に眺めている彼だけれど、
これはどう見てもそんな可愛らしいものではなさそうだ。
どうやら山の一番下にあったらしいそれは、一応このみの目から隠してあったらしい。
「……………………」
木の葉を隠すなら森の中、という言葉が頭の中をよぎる。
どさ、とまた音を立てて本棚から雑誌が落ちた。
このみが引っ張り出したことで抜け落ちた本の分、バランスを崩したものが棚から滑り落ちたようだ。
その雑誌にも肌色が紙面いっぱいに溢れている。
こちらはどうやら表紙を表にして縦向きに収納し、さらにその上から、
このみに見られても構わないだろう本で隠すようにしまってあったらしい。
何とも言えない気まずい沈黙が二人の間に流れる。
「あの……黙られるといたたまれないんだが……」
「……………………」
この場合、気の毒なのはダンテの方なのだろうか。
工夫を凝らして隠してあったあたり、一応ダンテもこのみの目を気にはしていたようだ。
そんな努力を彼に強いていたことを知ったこのみは、何故か申し訳なく思いつつも、
ダンテはこういうのが好きなのか、と表紙の女性をひどく冷静に分析している自分がいた。
(……って、なっ、何考えてるんだろう、私!)
彼がこういう本を所持していたことよりも、そんな分析をしている自分自身に動揺してしまう。
極めて冷静を装いつつ、けれど決してダンテとは視線を合わさないようにしながら、このみは言った。
「……ダンテ、新しい本棚買いに行こうね」
一も二もなくダンテは頷いた。
* * *
捨てるものと捨てないものを選り分けた上で、それでもまだ今使っている本棚に収まりきらない量の本があるので、
結局自分で組み立てるタイプの安い本棚を購入した。
ダンテが例の雑誌をどうしたかは知らない。
それよりも、本の山を片づけたそこに積もっていた大量の埃と、
いつからそこにあったのか、よく分からない虫の死骸が出てきたことの方がこのみにとっては大問題だった。
蝶や蛾の類ではなかったけれど、羽のついた虫だったので、
触るのはおろか見るのも嫌なこのみは、ダンテにそれを片づけてもらった。
「やっぱり、床に直置きはダメ!」
日本に比べてただでさえ広い家だというのに、こう物があちこちあっては掃除もままならない。
物陰を見るたびに、虫がいやしないかとオドオドするのは嫌だ。
「お願いだから、部屋片づけよう、ね?」
「……そこまで言われたら、掃除するほかないな。
もう俺一人でこの家に住んでるわけじゃないし」
半泣きで埃を掃除するこのみをどう思ったのか、我を貫くタイプのダンテも今回はさすがに協力的だ。
雑巾を片手に床を磨く姿からは、二丁拳銃と剣を手に華麗に戦う様子などは想像もつかない。
埃を綺麗に取り払ってピカピカに磨いた床に、ダンテはドライバーだけで組み立てられる本棚の板きれが入った梱包を置く。
ホームセンターで安価で購入したものだ。
段ボールから取り出した部品と、組み立て方が書かれた説明書を広げた。
ドライバーを探し出して持ってきたこのみも一緒にそれを眺める。
ただの板切れと、ネジの数々。
これを組むだけで説明書にあるような本棚が作れるのだと思うと、何だか無性に心が躍った。
「こうやって組み立てるの、ワクワクしない?わたし、結構好き」
「そーか?俺は面倒くさい。金があればできたの買ってるよ。このみは工作好きだからいいな」
また子ども扱いされたような気がしてこのみはムッとする。
事務所の店先にネオン管を設置した時はあんなにご機嫌だったのに、本当に興味がないものには無頓着な人だ。
口げんかになるのが嫌で、取りあえずむっつりしているこのみに、ダンテは板切れを手渡した。
「このみ、そっち持っといて」
「……はい」
ざっと目を通しただけで説明書を理解したのか、このみに部品を支えてもらって、ダンテはネジで固定しながら板切れを組み上げていく。
このみはこうやってただの板切れから棚に仕上がる様子が楽しいと思うのだけれど、ダンテはそうではないんだろうか。
けれど部品を組み上げるうちに口笛が聴こえてきて、このみが何事かと思ってキョロキョロすると、
その音の出所はダンテだった。
面倒くさいとか言いながら、その実結構ダンテも楽しんでいるのではないだろうかと思って、このみはクスリと笑う。
その笑い声に反応したダンテが、ドライバーを回す手を止めてこのみを見上げた。
「何?」
「ダンテ、口笛吹いてた。今ご機嫌?」
「このみがいるからかな」
あまりにサラリと彼の口からその言葉が出てきたので、このみは反応できずに沈黙してしまう。
ダンテは止めていた手を再び動かしながら、板を組み立てる。
「こんなの一人で作ってても楽しくもなんともないが、
このみが傍にいて一緒に作ってるって思うと、楽しく感じるような気がする」
まるで独り言でも言うみたいに、このみに聞かせる気があるのかないのか程の声でポツリとダンテは言う。
けれどこのみの耳はしっかりとそれを聞き取っていて、その言葉はどうしようもなくこのみを嬉しくさせた。
その気がなくてもこのみの耳はダンテの声を拾ってしまう。
それは、ダンテが半魔だからだろうか。
異世界人のこのみは、悪魔の存在に反応して胸がドキドキするのだけれど、
半魔である彼の声にもこのみの耳が勝手に反応して、雑多な物音の中から選り分けて聞き取っているのだろうか。
──そうでないことくらい、このみにも分かっている。
ドライバーを回す力強い彼の手つきも、自分の頼りない手とは全然違っていて、何だか胸が高鳴ってしまう。
視線を感じてこのみを振り返ったダンテが「こっち見すぎ」と苦笑混じりに言うので、
見つめている自覚のなかったこのみは顔を赤くしてしまった。
ダンテと暮らし始めてから、かれこれもう二年半ほど経つけれど、
慣れるどころかより一層ドキドキが強まる自分の心が不思議だ。
それはこんな些細な日常の一かけらで顔を出して、このみを困らせる。
言ってはいけない一言を、いつか言ってしまいそうで。
「できた」
ダンテの声で、このみは我に返る。
彼と共同作業で組み立てた本棚は、ただの板切れが立派な姿になってそこに鎮座していた。
「お疲れさま!あとは本をしまうだけだね」
「このみも手伝ってくれるか?」
「わたしが見ても平気な本ばっか?」
「……もう捨てました」
そもそもあそこに隠していたことすら忘れていた、とダンテは言い訳とも何ともつかない言葉を勝手に喋りだす。
確かに隠していた本の存在を覚えていたら、同じ場所に収納してあるコミックを取ってくれ、なんて頼まなかっただろう。
「……じゃあ頑張って、一緒にこの本の山片づけようね。
終わったらコーヒー淹れてお菓子食べよう」
「はあ……。これに手ェ付ける前に休憩しようとは考えないんだな」
「全部終わった後に食べる方がおいしいよ!」
ダンテは絶対、夏休みの宿題を最終日まで溜めているタイプだ、とこのみは思う。
手を付けるならまだいいだろうけど、結局一つもやらないまま新学期を迎えそうだ。
さあ早く、と促すこのみに従って、ダンテは適当に重ねてあった本の山から雑誌を取って、新しく作られた本棚に放り込みだす。
それを見たこのみは、慌てて本棚からダンテが突っ込んだ雑誌を取り出した。
「何で雑誌ごととか、何号ごととか、ABC順に並べないの?」
「えっ、片づけりゃ何でもいいじゃねえか」
「それだと探す時に大変だよ。せめて巻数順に……」
そう言って、このみは手に取った雑誌の発行年月日を確認するために、奥付を見ようとパラパラとページを捲った。
「あっ、それは……」
慌ててダンテが止めようとするが、既に遅かった。
表紙は単なるバイク雑誌だったのに、中身は綺麗なお姉さんが痴態を晒している例の本だった。
表紙だけ差し替えて、このみの目を誤魔化すつもりだったらしいが、世の中ままならないものだ。
「……これお気に入りなんだね」
「もう何も言うな……」
手早くこのみの手の中からその雑誌を取り上げたダンテは、けれど捨てようとはせずに本棚へそれを収めた。
「今度はしまった場所をきちんと覚えておかないといけないね」
「お前、俺をいじめるの止めろっ」
普段ダンテからいじめられている分の仕返しだ、とこのみは笑う。
ダンテは不機嫌になりながら、結局このみの助言を無視して適当に本をしまいだした。
せめてもの反抗の意思を示しているつもりらしい。
こんなに無茶苦茶に収納して、後で困るのは彼なのになと思いつつ、このみはのんびりとコーヒーを淹れ始めた。
***あとがき***
Do It Yourself!
日曜大工するダンテって萌えませんか?
いや組み立て式本棚って、日曜大工には数えないかもしれませんけれど。
春と言えば新生活ですね!
ニ○リとかで一緒に家具を選んでるカップルさんを見ると、こちらまでほのぼのしてしまいます!
そして、ベタ惚れなのはダンテだけじゃないんだよ、というお話。
ヒロインはエロ本も許してくれるそうです。
お題は反転コンタクト様よりお借りいたしました。