春の色
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* * *
≪……已然として、行方不明となった一家の所在は明らかになっておりません。
家屋には何者かが無理やり侵入したような痕跡があり、また貯蔵庫にあったと見られる食料が奪われていたことから、
警察は強盗と誘拐の両面から捜査している模様です≫
「最近行方不明のニュース多いね。物騒だなぁ……」
ダンテがザッピングしていたテレビからその報道を聞き取ったこのみは、読書をしていた手を止め、テレビを見上げた。
そんなこのみを見て、ダンテは何が問題なのかとばかりに投げやりに言う。
「スラム街に住んでる人間が言うセリフかよ?
この辺じゃ、一通りの犯罪なら毎日行われてるぜ」
「いくらしょっちゅう起こるからって、それに慣れたりなんかできないし、慣れたくもないよ……。
……わたし、自分でよく無事に生きてるなってたまに思うの」
1人で道を歩いている時にケンカの場面に出くわしたり、街中で突如銃撃音を聞いたりしたのも、一度や二度ではない。
死ぬほど驚くのだけれど、その度にどこからともなくダンテが現れて庇ってくれるので、何とか今日まで怪我もせずに過ごしている。
「お前が元気なのも、何かあるたび俺が毎回助けに行ってやってるからだろ?」
「うん、それに関してはすごく感謝してるんだけど……。
ダンテはどうしてこんな所に事務所を建てたの?」
うらぶれていて、路地裏に入ればどこかすえた臭いがするような、そんな街。
不衛生なだけならまだしも、柄のよろしくない人間が闊歩するこの街を、数年経った今でもこのみは好きになれない。
「こういう所の方が"ワケあり"の事件が多いんだよ。
俺の仕事にうってつけってことだ。そこら辺で銃声がしたところで誰も気にとめないしな」
「……そうなんだ」
あっけらかんと話すダンテの顔を見ていると、自分とダンテでは価値観が全く異なっているのだと分かる。
そもそも、生まれ育った場所や境遇からして違うのだ。
ダンテの考え自体は理解できるけれど、やはりこの街を手放しに受け入れることはこのみには難しかった。
複雑な顔付きで相槌を打つこのみに、ダンテは少しだけ困ったような顔で言う。
「……あー、やっぱさ、もうちょっと落ち着いて生活できるような場所のが良かったか?
お前、いかにものほほんと暮らしてましたみたいな顔してるもんな。
そっちの方が似合ってるけど」
一応、ダンテもスラム街で暮らすこのみの事を気にはしているらしい。
「俺はこういう街の方が性に合ってるけど、このみは違うだろ?
もっと安全なとこに行きたいとか、そういうこと考えるのか?」
「……わたしがそう言いだしたとして、ダンテは引き止めるんでしょ?
他に行くところもないし」
ダンテはこのみの言葉を受けて、去年の春の出来事を思い出したのか、
少しだけバツが悪そうな、寂しそうな顔を見せた。
「危なくなったらいつもダンテが助けに来てくれるし、わたしは平気だよ。
それに、ブルズアイのマスターさんとかもいい人だし……」
「……ああ」
「………………えっと」
何となく会話が続かなくなって、このみが視線をテレビに向けると、
画面には薄いピンク色の花が溢れていた。
リポーターが川沿いに溢れる木と、それを眺める人ごみを紹介している。
この季節の日本で愛されるその花の名は……。
「桜……」
「ああ、それ。毎年この時期になるとやってるんだよ、桜祭り」
「へえ……」
このみは桜祭りの報道を続ける画面に見入る。
祭りは数週間ほど続き、その間に様々なイベントがあるようだ。
このみのいた世界でも、日本から海外に植樹された桜の祭りがあったけれど、この世界でも似たようなことが行われているらしい。
「行ってみたいか?」
「ダンテ、連れて行ってくれるの?」
「たまにはこの街を出て、平穏を満喫するのも悪くないだろ?」
それまで何か考えるように俯いていたダンテが、このみに向かって笑う。
──ダンテと一緒に出掛けることは、実はあまりない。
バイト以外の時間のこのみは大抵鏡を探しに出掛けているか、受験勉強をしているかのどっちかだ。
無駄かもしれない努力を続けるこのみに、ダンテは何も言わない。
たまに気分転換に付き合ったりしてくれることはあるけれど、このみがねだらない限り、ダンテからどこかに出掛けようと言うことはあまりなかった。
それこそクリスマスとかバレンタインだとか、特別な日だけ。
きっと今回も、「桜」のニュースで日本を思い出したこのみを、このスラム街から連れ出すために誘ったのだろう。
彼はあまり表立って人を気遣うような人ではないけれど、そんなダンテのささやかな優しさをこのみはもう知っている。
ダンテを見上げて、このみは頷いた。
「……わたし、桜見に行きたい」
「なら、決まりだな」
人前ではあまり見せない柔らかな笑みを浮かべたダンテは、このみの髪の毛をくしゃりとかき混ぜた。
彼がこのみの頭を撫でたがるのも、最初このみが彼の手を避けた反動だ。
今となってはもう、このみはダンテの手を避けようとは思わないし、こうやって可愛がられるのは実は嬉しかったりする。
白黒つけられないこの曖昧な関係を、自分達はいつまで続けるつもりなのだろう。
いつかピリオドを打つ日が来るのか。
黒にも白にも染まらないまま変わらぬ日々を過ごすのか。
ダンテと過ごすうちに、このみの中の優先順位が次々に塗り替えられていく。
そうやって、いつか大切なものが逆転するのが怖い。
今でも焦がれるほど両親に会いたいと……元の世界に戻りたいとこのみは思っているし、戻るつもりでいる。
けれどもし鏡が見つかったとして、いざ元の世界に戻るとなった時に、自分は素直に帰れるだろうか。
ダンテと過ごせば過ごすほど深みに嵌っていくようで、その穴から抜け出せなくなる。
彼を拒絶することも受け入れることも難しくて、自分は本当は何が一番大切だったのか、今ではもう分からない。
そのくせ自分は彼の好意を心地よいと思っているのだから、人間というものはつくづく勝手な生き物だ。
……そしてダンテと桜を見に行けるというだけで、舞い上がりそうなほど嬉しくなるような単純な生き物でもある。
「"鉄は熱いうちに打て"って言うよな?」
バイクのキーを取り出して、それをこのみに見せながらダンテは言う。
思い立ったら即行動派な彼は、今から桜祭りに連れて行ってくれるらしい。
唐突なダンテの行動に面食らうことも多々あるけれど、今回はこのみのために桜祭りに連れて行ってくれるのだから、
すぐにでも行こうという彼の気持ちがこのみは嬉しかった。
「桜、久しぶりに見るから楽しみ!」
「ああ」
実に二年半近くまともに見かけていないその木々をダンテと一緒に拝めるのが、楽しみで仕方がない。
笑うこのみに向けてダンテも笑みを返し、ドアに足先を向ける。
事務所を出て、バイクに跨ったダンテの後ろにこのみは座った。
以前は緊張と恐怖ばかりだったダンテとのタンデムも、今では楽しく思えてしまうから不思議だ。
「良い天気。お花見日和だね」
空を見上げると春の快晴が広がっている。
流れる雲も穏やかで、麗らかな陽気と暖かい春風が吹いて心地よい。
バイクが動き出すと、暖かだった風もほんの少し肌寒く感じるけれど、
ダンテの背中とくっついているこのみの前側はぬくぬくとしていた。
普段なら自分からダンテに抱きつくなんてことはまずしないから、彼との二人乗りはいつもドキドキしてしまう。
春が来て多少薄着になったこの季節、心臓の鼓動が彼に伝わりやしないだろうかと心配になる。
信号待ちの度に振り返るダンテが、このみを見て目を細めるその様子も何だかくすぐったくて、照れつつも笑顔を浮かべてしまう。
このみ自身、自分で自分を「うかれてるなあ」と思うのだが、どうしてもこの気持ちだけは制御できなかった。
早く桜を見たいと思いつつも、ずっとダンテとこうしていたいなんてことを考える自分がいる。
その理由を解き明かすのは簡単だけれど、それでもやはり「元の世界に戻る」ことをこのみは諦められない。
自分の夢もあるし、向こうの世界に残してきた人々との繋がりも、簡単に捨てられるようなものではないから。
ダンテと一緒にいられることが楽しくて嬉しくて幸せなのに、それ以上に胸が苦しくなった。
* * *
「おー、結構賑わってんだな」
川沿いに連なる桜並木の下では、たくさんの人々がゆったりと歩きながら桜を見上げていた。
ダンテの言葉通り賑わってはいるけれど、押し合いへし合いの混雑というほどでもなく、落ち着いて桜を眺めるには十分だ。
「わー、わー!こんなにたくさんの桜、久しぶり!懐かしい!綺麗、すごい、春だね!」
「落ち着け。はしゃいで迷子になるなよ。あんま上ばっか見てると転ぶぞ」
ダンテは苦笑して、このみが勝手に走り回らないようにするためか、その手を取った。
さすがにそこまでされる程このみも子供ではないので、一息ついてからダンテから手を離そうとしたのだが、
彼の手はしっかりとこのみの手を握りしめていて離さなかった。
繋がれた手を眺めてからダンテを見上げると、彼は笑って「はぐれないように繋いどくか」と言う。
人混みに流されるほど混んでいるわけではないから、単に手を繋ぎたいだけの言い訳だろうけど、
このみも微笑んで彼の手を握り返した。
薄く色づいた桜の花は満開だ。
優しく吹く春風に花びらが舞い、それが川の水面に波紋を作る。
青空と芝生に挟まれた桜色を眺めながら、このみ達はゆっくりと歩を進めた。
「近くの美術館とか博物館も、桜祭りの期間は特別展をしてるみたい」
「ふうん……。このみが行きたいなら回ってもいいけど……」
ダンテが美術館や博物館に興味などさらさらないことは百も承知している。
それでも「このみが行きたいなら回ってもいい」と言ってくれることが嬉しかった。
「今日は天気もいいし、せっかく桜を見にきたんだから外を歩きたいな」
「そうだな。屋台とかステージも出てるみたいだし、そっちを回るのもいいな」
池に浮かぶボートにも乗ってみたい、桜の木の下で売っている軽食がおいしそう、などと言い合いながら、このみとダンテは手を取り合う。
はらはらと舞う桜の花びらの様子を目に焼き付けるように、咲き誇る花の中を歩いた。
……何だかデートしているみたいだ。
いや、紛れもなくそうなのかもしれないけれど、素直にデートと認めるのも気恥ずかしく、そして心苦しかった。
元の世界に戻ることや、鏡やジャンを捜すことも諦めてしまえば、抵抗なくこの状況を楽しめるのだろうか。
ダンテは今の自分たちの関係をどう思っているんだろう。
いつも軽口に惑わされてしまうけれど、時折彼が見せる熱い瞳の揺らめきに、このみは動揺せずにはいられない。
それまで機嫌よく笑っていたダンテは、ふと真顔になってこのみを見下ろした。
「……このみ、お前体調悪いのか?」
「え?」
「もしそうなら早く言えよ。何か辛そうな顔してるから」
本気で心配そうな声で言われて、このみは思わず俯いてしまった。
「……違うの。桜、綺麗だけど……日本を思い出すから」
「…………そうか」
思わず嘘を吐いてしまった。
桜を見ていると日本の事を……元の世界の事を思い出すのは本当だけれど、さっきはずっとダンテの事を考えていたから。
ダンテはそれ以上何も言わなかった。
ただこのみと繋いだ手にそっと力を込める。
彼の横顔をちらりと見上げると、何か思案するような、痛みを堪えるような表情で正面を見つめていた。
* * *
池に面した公園の方は、敷地が広かったせいか人混みもそれほどではなかったというのに、屋台や野外ステージが溢れる通りは物凄い人出だった。
気を抜くと本当にダンテとはぐれかねない。
「わっ……」
早速人波に押しのけられて、このみは思わずダンテの手を離してしまった。
そのまま押し流されようとするこのみの手を、伸びてきたダンテの腕が手繰り寄せる。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
「……俺から離れんなよ」
今度は繋いだ手が離れないようにしっかりと握りしめられる。
それからダンテはこのみと繋いでいる腕をほんの少し浮かせた。
「腕、掴んでろ。さすがにこの人混みだとこのみを見つけるのは大変だからな」
「う、うん……」
手を握ったまま、ダンテの腕に自らの腕をこのみは絡ませる。
真っ赤な顔でダンテに抱きつくこのみとは正反対に、ダンテは余裕そうな表情でこのみを見下ろしていた。
いっぱいいっぱいな自分と、まるで何ともないダンテを比較すると、余計緊張してしまってますます顔が熱くなる。
春の陽気と、人混みの熱気で頭がくらくらして、ダンテと繋いだ手にも汗が滲むのが恥ずかしくてしょうがなかった。
「ひ、人が多くて天気がいいから、あ、暑いね!!」
顔が赤いのと手汗をかいているのを何とか誤魔化したくてそう言ったはいいが、
ダンテはそんなこのみを見て、ただ笑っただけだった。
自分の腕に絡ませたこのみの手を取って、自らの手首にあてがう。
「……俺も緊張してるぜ?」
「わ、わかりません!」
「なら、首で脈測るか?それとも胸?」
「もっと無理です……」
けれど落ち着いてダンテの手首に触れていると、確かにドキドキと鼓動しているのが分かる。
……何だか余計恥ずかしくなってきた。
「……ダンテは顔には出ないんだね」
「俺が赤くなったところ、見たいのか?
このみがもうちょっと積極的になってくれたら見られるかもな」
「べ、別に見たいなんて言ってない」
これ以上積極的になれなんて、どうしろと。
結局ダンテの腕にしがみついたまま、このみ達は人でごった返す通りを進んだ。
野外ステージでは和太鼓や三味線、日舞の催しが行われていたり、露店では日本の工芸品が並べられたりしていた。
日本とは関係なく、ジャズやバンドのライブもあるらしい。
日本料理を提供する屋台の匂いが食欲を誘う。
天ぷらや焼き鳥を立ち食いしながら、いろんな露店を回ったりステージを眺めたりしていると、時間はあっという間に流れていく。
時々和服を纏った人を見かけたりもして、まさに「お祭り」のような雰囲気をダンテとこのみは楽しんだ。
* * *
桜の上に広がる空が夕焼けに染まる頃には、見物客も帰り支度を始めていた。
散々歩き回って怠くなった足を動かしながら、ダンテとこのみもそろそろ帰るために歩き出す。
「別の日には花火が上がったり、フロートのパレードがあるみたいだ」
「へえ、それも見てみたかったね」
「……お前が見たいんなら、また連れてきてもいいけど。このみのバイトのシフト、どうだったかな」
何日と何日がバイトで……などと考え始めたダンテを見て、このみはクスリと笑みを漏らした。
人の事にはあまり頓着しないダンテが、このみのシフトは覚えているのかと思うと何だか嬉しかったのだ。
「ダンテ、今日はすごく楽しかった。連れてきてくれてありがとう」
「日本の伝統芸能とか、懐かしかったろ」
「……うん」
実は日本にいた頃でもそこまで見かけなかったものだけれど、久々に日本の文化にたくさん触れ合えたのはとても嬉しかった。
日本人の観光客に声をかけられるなどして、彼らから話を聞けたのも有意義だった。
ダンテが傍にいるのを見てからかわれたけれど、それも何だか悪い気がしない。
ダンテは夕日に染められた世界を歩きながら、このみに向かって言う。
「……いつもなら買い物のついでに散歩とか、ちょっと映画見に行こう程度だけど……。
何か今日は、デートしてるみたいだったよな?」
「あ、それわたしも思ってたの!」
深く考えずに、ダンテも自分と同じことを考えていたんだ、と素直に喜んでしまったのがいけない。
このみの言葉を受けてポカンと口を開けたダンテの顔を見て、このみはようやく自分が何を肯定したのか気が付いた。
恐らくダンテとしては、このみが真っ赤な顔で恥ずかしがって口ごもると思っていたのだろう。
それを裏切ってこのみが明るく肯定したものだから、不意を突かれたようだった。
遅れて顔を真っ赤にするこのみを見て、ダンテは思い切り顔を背けた。
背ける前の彼の頬が、一瞬赤く見えたのはこのみの気のせいだろうか。
このみは初めて見るダンテの表情に驚いて、顔が赤いのも引っ込んでしまう。
「……ダンテ、今顔赤い?」
「うるさい、見るな」
ぶっきらぼうな口調でますますダンテは顔を背ける。
彼のツボがよく分からないけれど、何だか微笑ましくなってこのみが笑うと、ダンテの手が伸びてきてこのみの視界を覆った。
……その手もじんわりと汗をかいていて、ますますこのみは笑ってしまう。
「ダンテはどうして顔赤くしてるの?」
「……このみが俺とデートだって意識してくれてるのが嬉しかったんだよっ」
半分怒りながら、普段なら絶対口にしないような本音をダンテは素直にぶちまけた。
何だかドツボにはまっている気がする。
自らの失言に気が付いて、ダンテは彼にしては非常に珍しく慌てだした。
「あーあーあーあー!もう、帰る!!」
そう叫んだかと思うと、ダンテはこのみを置いて足早に歩き出した。
彼に置いて行かれると思ったこのみは、急いでダンテを追いかける。
その足音に気が付いたダンテがピタリと動きを止めたかと思うと、振り返ることもないまま、このみに向かってバックしてきた。
追いついたこのみの手を取ると、顔を見られないように先導しながら桜並木の下を歩いた。
そんなダンテを見ながら、いっぱいいっぱいなのは自分だけではなかったのだと思うと何となく嬉しくなって、
このみは幸せな気持ちでダンテの手を握り返した。
***あとがき***
DMCの舞台がよく分かんないので、なんとなくワシントンあたりに時差を合わせた、と以前あとがきに書きましたが、
せっかくDCなんだったら桜祭りネタを使えばいーじゃない!と思って採用しました。
とは言っても、やっぱり架空の街なので、深く考えずに雰囲気だけ感じ取って下さると嬉しいです。
「二人でのんびりとどこかに出掛けるお話」をリクエストして下さった方、ありがとうございました!
こんな感じで仕上がりました!
≪……已然として、行方不明となった一家の所在は明らかになっておりません。
家屋には何者かが無理やり侵入したような痕跡があり、また貯蔵庫にあったと見られる食料が奪われていたことから、
警察は強盗と誘拐の両面から捜査している模様です≫
「最近行方不明のニュース多いね。物騒だなぁ……」
ダンテがザッピングしていたテレビからその報道を聞き取ったこのみは、読書をしていた手を止め、テレビを見上げた。
そんなこのみを見て、ダンテは何が問題なのかとばかりに投げやりに言う。
「スラム街に住んでる人間が言うセリフかよ?
この辺じゃ、一通りの犯罪なら毎日行われてるぜ」
「いくらしょっちゅう起こるからって、それに慣れたりなんかできないし、慣れたくもないよ……。
……わたし、自分でよく無事に生きてるなってたまに思うの」
1人で道を歩いている時にケンカの場面に出くわしたり、街中で突如銃撃音を聞いたりしたのも、一度や二度ではない。
死ぬほど驚くのだけれど、その度にどこからともなくダンテが現れて庇ってくれるので、何とか今日まで怪我もせずに過ごしている。
「お前が元気なのも、何かあるたび俺が毎回助けに行ってやってるからだろ?」
「うん、それに関してはすごく感謝してるんだけど……。
ダンテはどうしてこんな所に事務所を建てたの?」
うらぶれていて、路地裏に入ればどこかすえた臭いがするような、そんな街。
不衛生なだけならまだしも、柄のよろしくない人間が闊歩するこの街を、数年経った今でもこのみは好きになれない。
「こういう所の方が"ワケあり"の事件が多いんだよ。
俺の仕事にうってつけってことだ。そこら辺で銃声がしたところで誰も気にとめないしな」
「……そうなんだ」
あっけらかんと話すダンテの顔を見ていると、自分とダンテでは価値観が全く異なっているのだと分かる。
そもそも、生まれ育った場所や境遇からして違うのだ。
ダンテの考え自体は理解できるけれど、やはりこの街を手放しに受け入れることはこのみには難しかった。
複雑な顔付きで相槌を打つこのみに、ダンテは少しだけ困ったような顔で言う。
「……あー、やっぱさ、もうちょっと落ち着いて生活できるような場所のが良かったか?
お前、いかにものほほんと暮らしてましたみたいな顔してるもんな。
そっちの方が似合ってるけど」
一応、ダンテもスラム街で暮らすこのみの事を気にはしているらしい。
「俺はこういう街の方が性に合ってるけど、このみは違うだろ?
もっと安全なとこに行きたいとか、そういうこと考えるのか?」
「……わたしがそう言いだしたとして、ダンテは引き止めるんでしょ?
他に行くところもないし」
ダンテはこのみの言葉を受けて、去年の春の出来事を思い出したのか、
少しだけバツが悪そうな、寂しそうな顔を見せた。
「危なくなったらいつもダンテが助けに来てくれるし、わたしは平気だよ。
それに、ブルズアイのマスターさんとかもいい人だし……」
「……ああ」
「………………えっと」
何となく会話が続かなくなって、このみが視線をテレビに向けると、
画面には薄いピンク色の花が溢れていた。
リポーターが川沿いに溢れる木と、それを眺める人ごみを紹介している。
この季節の日本で愛されるその花の名は……。
「桜……」
「ああ、それ。毎年この時期になるとやってるんだよ、桜祭り」
「へえ……」
このみは桜祭りの報道を続ける画面に見入る。
祭りは数週間ほど続き、その間に様々なイベントがあるようだ。
このみのいた世界でも、日本から海外に植樹された桜の祭りがあったけれど、この世界でも似たようなことが行われているらしい。
「行ってみたいか?」
「ダンテ、連れて行ってくれるの?」
「たまにはこの街を出て、平穏を満喫するのも悪くないだろ?」
それまで何か考えるように俯いていたダンテが、このみに向かって笑う。
──ダンテと一緒に出掛けることは、実はあまりない。
バイト以外の時間のこのみは大抵鏡を探しに出掛けているか、受験勉強をしているかのどっちかだ。
無駄かもしれない努力を続けるこのみに、ダンテは何も言わない。
たまに気分転換に付き合ったりしてくれることはあるけれど、このみがねだらない限り、ダンテからどこかに出掛けようと言うことはあまりなかった。
それこそクリスマスとかバレンタインだとか、特別な日だけ。
きっと今回も、「桜」のニュースで日本を思い出したこのみを、このスラム街から連れ出すために誘ったのだろう。
彼はあまり表立って人を気遣うような人ではないけれど、そんなダンテのささやかな優しさをこのみはもう知っている。
ダンテを見上げて、このみは頷いた。
「……わたし、桜見に行きたい」
「なら、決まりだな」
人前ではあまり見せない柔らかな笑みを浮かべたダンテは、このみの髪の毛をくしゃりとかき混ぜた。
彼がこのみの頭を撫でたがるのも、最初このみが彼の手を避けた反動だ。
今となってはもう、このみはダンテの手を避けようとは思わないし、こうやって可愛がられるのは実は嬉しかったりする。
白黒つけられないこの曖昧な関係を、自分達はいつまで続けるつもりなのだろう。
いつかピリオドを打つ日が来るのか。
黒にも白にも染まらないまま変わらぬ日々を過ごすのか。
ダンテと過ごすうちに、このみの中の優先順位が次々に塗り替えられていく。
そうやって、いつか大切なものが逆転するのが怖い。
今でも焦がれるほど両親に会いたいと……元の世界に戻りたいとこのみは思っているし、戻るつもりでいる。
けれどもし鏡が見つかったとして、いざ元の世界に戻るとなった時に、自分は素直に帰れるだろうか。
ダンテと過ごせば過ごすほど深みに嵌っていくようで、その穴から抜け出せなくなる。
彼を拒絶することも受け入れることも難しくて、自分は本当は何が一番大切だったのか、今ではもう分からない。
そのくせ自分は彼の好意を心地よいと思っているのだから、人間というものはつくづく勝手な生き物だ。
……そしてダンテと桜を見に行けるというだけで、舞い上がりそうなほど嬉しくなるような単純な生き物でもある。
「"鉄は熱いうちに打て"って言うよな?」
バイクのキーを取り出して、それをこのみに見せながらダンテは言う。
思い立ったら即行動派な彼は、今から桜祭りに連れて行ってくれるらしい。
唐突なダンテの行動に面食らうことも多々あるけれど、今回はこのみのために桜祭りに連れて行ってくれるのだから、
すぐにでも行こうという彼の気持ちがこのみは嬉しかった。
「桜、久しぶりに見るから楽しみ!」
「ああ」
実に二年半近くまともに見かけていないその木々をダンテと一緒に拝めるのが、楽しみで仕方がない。
笑うこのみに向けてダンテも笑みを返し、ドアに足先を向ける。
事務所を出て、バイクに跨ったダンテの後ろにこのみは座った。
以前は緊張と恐怖ばかりだったダンテとのタンデムも、今では楽しく思えてしまうから不思議だ。
「良い天気。お花見日和だね」
空を見上げると春の快晴が広がっている。
流れる雲も穏やかで、麗らかな陽気と暖かい春風が吹いて心地よい。
バイクが動き出すと、暖かだった風もほんの少し肌寒く感じるけれど、
ダンテの背中とくっついているこのみの前側はぬくぬくとしていた。
普段なら自分からダンテに抱きつくなんてことはまずしないから、彼との二人乗りはいつもドキドキしてしまう。
春が来て多少薄着になったこの季節、心臓の鼓動が彼に伝わりやしないだろうかと心配になる。
信号待ちの度に振り返るダンテが、このみを見て目を細めるその様子も何だかくすぐったくて、照れつつも笑顔を浮かべてしまう。
このみ自身、自分で自分を「うかれてるなあ」と思うのだが、どうしてもこの気持ちだけは制御できなかった。
早く桜を見たいと思いつつも、ずっとダンテとこうしていたいなんてことを考える自分がいる。
その理由を解き明かすのは簡単だけれど、それでもやはり「元の世界に戻る」ことをこのみは諦められない。
自分の夢もあるし、向こうの世界に残してきた人々との繋がりも、簡単に捨てられるようなものではないから。
ダンテと一緒にいられることが楽しくて嬉しくて幸せなのに、それ以上に胸が苦しくなった。
* * *
「おー、結構賑わってんだな」
川沿いに連なる桜並木の下では、たくさんの人々がゆったりと歩きながら桜を見上げていた。
ダンテの言葉通り賑わってはいるけれど、押し合いへし合いの混雑というほどでもなく、落ち着いて桜を眺めるには十分だ。
「わー、わー!こんなにたくさんの桜、久しぶり!懐かしい!綺麗、すごい、春だね!」
「落ち着け。はしゃいで迷子になるなよ。あんま上ばっか見てると転ぶぞ」
ダンテは苦笑して、このみが勝手に走り回らないようにするためか、その手を取った。
さすがにそこまでされる程このみも子供ではないので、一息ついてからダンテから手を離そうとしたのだが、
彼の手はしっかりとこのみの手を握りしめていて離さなかった。
繋がれた手を眺めてからダンテを見上げると、彼は笑って「はぐれないように繋いどくか」と言う。
人混みに流されるほど混んでいるわけではないから、単に手を繋ぎたいだけの言い訳だろうけど、
このみも微笑んで彼の手を握り返した。
薄く色づいた桜の花は満開だ。
優しく吹く春風に花びらが舞い、それが川の水面に波紋を作る。
青空と芝生に挟まれた桜色を眺めながら、このみ達はゆっくりと歩を進めた。
「近くの美術館とか博物館も、桜祭りの期間は特別展をしてるみたい」
「ふうん……。このみが行きたいなら回ってもいいけど……」
ダンテが美術館や博物館に興味などさらさらないことは百も承知している。
それでも「このみが行きたいなら回ってもいい」と言ってくれることが嬉しかった。
「今日は天気もいいし、せっかく桜を見にきたんだから外を歩きたいな」
「そうだな。屋台とかステージも出てるみたいだし、そっちを回るのもいいな」
池に浮かぶボートにも乗ってみたい、桜の木の下で売っている軽食がおいしそう、などと言い合いながら、このみとダンテは手を取り合う。
はらはらと舞う桜の花びらの様子を目に焼き付けるように、咲き誇る花の中を歩いた。
……何だかデートしているみたいだ。
いや、紛れもなくそうなのかもしれないけれど、素直にデートと認めるのも気恥ずかしく、そして心苦しかった。
元の世界に戻ることや、鏡やジャンを捜すことも諦めてしまえば、抵抗なくこの状況を楽しめるのだろうか。
ダンテは今の自分たちの関係をどう思っているんだろう。
いつも軽口に惑わされてしまうけれど、時折彼が見せる熱い瞳の揺らめきに、このみは動揺せずにはいられない。
それまで機嫌よく笑っていたダンテは、ふと真顔になってこのみを見下ろした。
「……このみ、お前体調悪いのか?」
「え?」
「もしそうなら早く言えよ。何か辛そうな顔してるから」
本気で心配そうな声で言われて、このみは思わず俯いてしまった。
「……違うの。桜、綺麗だけど……日本を思い出すから」
「…………そうか」
思わず嘘を吐いてしまった。
桜を見ていると日本の事を……元の世界の事を思い出すのは本当だけれど、さっきはずっとダンテの事を考えていたから。
ダンテはそれ以上何も言わなかった。
ただこのみと繋いだ手にそっと力を込める。
彼の横顔をちらりと見上げると、何か思案するような、痛みを堪えるような表情で正面を見つめていた。
* * *
池に面した公園の方は、敷地が広かったせいか人混みもそれほどではなかったというのに、屋台や野外ステージが溢れる通りは物凄い人出だった。
気を抜くと本当にダンテとはぐれかねない。
「わっ……」
早速人波に押しのけられて、このみは思わずダンテの手を離してしまった。
そのまま押し流されようとするこのみの手を、伸びてきたダンテの腕が手繰り寄せる。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
「……俺から離れんなよ」
今度は繋いだ手が離れないようにしっかりと握りしめられる。
それからダンテはこのみと繋いでいる腕をほんの少し浮かせた。
「腕、掴んでろ。さすがにこの人混みだとこのみを見つけるのは大変だからな」
「う、うん……」
手を握ったまま、ダンテの腕に自らの腕をこのみは絡ませる。
真っ赤な顔でダンテに抱きつくこのみとは正反対に、ダンテは余裕そうな表情でこのみを見下ろしていた。
いっぱいいっぱいな自分と、まるで何ともないダンテを比較すると、余計緊張してしまってますます顔が熱くなる。
春の陽気と、人混みの熱気で頭がくらくらして、ダンテと繋いだ手にも汗が滲むのが恥ずかしくてしょうがなかった。
「ひ、人が多くて天気がいいから、あ、暑いね!!」
顔が赤いのと手汗をかいているのを何とか誤魔化したくてそう言ったはいいが、
ダンテはそんなこのみを見て、ただ笑っただけだった。
自分の腕に絡ませたこのみの手を取って、自らの手首にあてがう。
「……俺も緊張してるぜ?」
「わ、わかりません!」
「なら、首で脈測るか?それとも胸?」
「もっと無理です……」
けれど落ち着いてダンテの手首に触れていると、確かにドキドキと鼓動しているのが分かる。
……何だか余計恥ずかしくなってきた。
「……ダンテは顔には出ないんだね」
「俺が赤くなったところ、見たいのか?
このみがもうちょっと積極的になってくれたら見られるかもな」
「べ、別に見たいなんて言ってない」
これ以上積極的になれなんて、どうしろと。
結局ダンテの腕にしがみついたまま、このみ達は人でごった返す通りを進んだ。
野外ステージでは和太鼓や三味線、日舞の催しが行われていたり、露店では日本の工芸品が並べられたりしていた。
日本とは関係なく、ジャズやバンドのライブもあるらしい。
日本料理を提供する屋台の匂いが食欲を誘う。
天ぷらや焼き鳥を立ち食いしながら、いろんな露店を回ったりステージを眺めたりしていると、時間はあっという間に流れていく。
時々和服を纏った人を見かけたりもして、まさに「お祭り」のような雰囲気をダンテとこのみは楽しんだ。
* * *
桜の上に広がる空が夕焼けに染まる頃には、見物客も帰り支度を始めていた。
散々歩き回って怠くなった足を動かしながら、ダンテとこのみもそろそろ帰るために歩き出す。
「別の日には花火が上がったり、フロートのパレードがあるみたいだ」
「へえ、それも見てみたかったね」
「……お前が見たいんなら、また連れてきてもいいけど。このみのバイトのシフト、どうだったかな」
何日と何日がバイトで……などと考え始めたダンテを見て、このみはクスリと笑みを漏らした。
人の事にはあまり頓着しないダンテが、このみのシフトは覚えているのかと思うと何だか嬉しかったのだ。
「ダンテ、今日はすごく楽しかった。連れてきてくれてありがとう」
「日本の伝統芸能とか、懐かしかったろ」
「……うん」
実は日本にいた頃でもそこまで見かけなかったものだけれど、久々に日本の文化にたくさん触れ合えたのはとても嬉しかった。
日本人の観光客に声をかけられるなどして、彼らから話を聞けたのも有意義だった。
ダンテが傍にいるのを見てからかわれたけれど、それも何だか悪い気がしない。
ダンテは夕日に染められた世界を歩きながら、このみに向かって言う。
「……いつもなら買い物のついでに散歩とか、ちょっと映画見に行こう程度だけど……。
何か今日は、デートしてるみたいだったよな?」
「あ、それわたしも思ってたの!」
深く考えずに、ダンテも自分と同じことを考えていたんだ、と素直に喜んでしまったのがいけない。
このみの言葉を受けてポカンと口を開けたダンテの顔を見て、このみはようやく自分が何を肯定したのか気が付いた。
恐らくダンテとしては、このみが真っ赤な顔で恥ずかしがって口ごもると思っていたのだろう。
それを裏切ってこのみが明るく肯定したものだから、不意を突かれたようだった。
遅れて顔を真っ赤にするこのみを見て、ダンテは思い切り顔を背けた。
背ける前の彼の頬が、一瞬赤く見えたのはこのみの気のせいだろうか。
このみは初めて見るダンテの表情に驚いて、顔が赤いのも引っ込んでしまう。
「……ダンテ、今顔赤い?」
「うるさい、見るな」
ぶっきらぼうな口調でますますダンテは顔を背ける。
彼のツボがよく分からないけれど、何だか微笑ましくなってこのみが笑うと、ダンテの手が伸びてきてこのみの視界を覆った。
……その手もじんわりと汗をかいていて、ますますこのみは笑ってしまう。
「ダンテはどうして顔赤くしてるの?」
「……このみが俺とデートだって意識してくれてるのが嬉しかったんだよっ」
半分怒りながら、普段なら絶対口にしないような本音をダンテは素直にぶちまけた。
何だかドツボにはまっている気がする。
自らの失言に気が付いて、ダンテは彼にしては非常に珍しく慌てだした。
「あーあーあーあー!もう、帰る!!」
そう叫んだかと思うと、ダンテはこのみを置いて足早に歩き出した。
彼に置いて行かれると思ったこのみは、急いでダンテを追いかける。
その足音に気が付いたダンテがピタリと動きを止めたかと思うと、振り返ることもないまま、このみに向かってバックしてきた。
追いついたこのみの手を取ると、顔を見られないように先導しながら桜並木の下を歩いた。
そんなダンテを見ながら、いっぱいいっぱいなのは自分だけではなかったのだと思うと何となく嬉しくなって、
このみは幸せな気持ちでダンテの手を握り返した。
***あとがき***
DMCの舞台がよく分かんないので、なんとなくワシントンあたりに時差を合わせた、と以前あとがきに書きましたが、
せっかくDCなんだったら桜祭りネタを使えばいーじゃない!と思って採用しました。
とは言っても、やっぱり架空の街なので、深く考えずに雰囲気だけ感じ取って下さると嬉しいです。
「二人でのんびりとどこかに出掛けるお話」をリクエストして下さった方、ありがとうございました!
こんな感じで仕上がりました!