5.気づかぬ内に助けられていた時
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* * *
開かない。
どれだけ力を込めても目の前のジャムの瓶の蓋が開かない。
「くっ……」
私はあちこち角度を変えて瓶の蓋を回そうと奮闘するけど、力を入れれば入れるほど手の汗ですべって逆効果だ。
タオルを被せて回してみてもツルツルと滑るばかりでまったく開く気配がなかった。
お菓子作りにジャムを使おうと思ったのに、これでは作業が進まない。
大体この国の瓶って、日本のより大きくてものすごく開けにくい。
その大きさのせいでうまく力が入らないのだ。
何だか悔しくて、瓶を前にするたび自分の力で開けようと奮闘するものの、結局最後はダンテに開けてもらうはめになる。
……今回も、自力では無理そう。
「ダンテー……」
助けを求めようと彼の名前を呼ぶけれど、そう言えばダンテは出かけていたのだった。
私は溜め息をついて、古来の知識に従って瓶の蓋を温めて開けようとお湯を沸かし始めた。
これにタオルをつけて、温めたそれを瓶の蓋に乗せようと思ったのだ。
お湯を沸かしている間に、ゴム手袋があったかどうか探し始める。
ゴムは摩擦が少ないから、瓶の蓋を開けるのに重宝する。
……現代の日本ならゴム製のオープナーなんて便利なものがあったのだけれど、ダンテの事務所にはそんなものはなかった。
私がゴム手袋を探していたその時、黒電話のベルが鳴り響く。
「はい、もしもし?」
私が受話器を取ると、相手はずっと前からアポを取ろうと奮闘していた、悪魔や魔具に詳しいコレクターだった。
たまたま時間が空いたので、良ければ今から来ないかとのこと。
「はいっ、行きます!今すぐ行きますっ!」
私は二つ返事で頷くと、すぐさま出かけられるように準備し始めた。
沸かしていたケトルの火は止めて、お菓子の材料は出しっぱなしだけど……帰ってから片付ければいいや。
レシピや小麦粉、ジャムの瓶もキッチンの作業台に広げたままにして、私はわたわたと鞄を肩にかける。
ダンテに分かるように出掛ける先をメモに残して、私は家を出たのだった。
* * *
――結局、めぼしい情報はなかった。
行きはよいよい帰りは怖い……じゃないけど、私は行きとは違って重い足取りで帰路に立っていた。
「はあ……」
落ち込んでも仕方ないと分かってはいるけど、やっぱり何の情報も得られないとしょんぼりしてしまう。
今日こそは、今日こそはと思って今まで探し歩いていた。
これから先も、きっと何度も期待を裏切られて落ち込んで、また新しいコレクターを探して電話してアポを取って、電車の切符も用意して……
なんていう努力も全部無駄になっていくのだと思うと、気が滅入る一方だ。
あーあ、途中までお菓子作りの用意をしていたけれど、もう止めちゃおうかな……。
正直晩御飯の用意すらもう嫌な気分だ。
そんなことを考えながら、私は事務所のドアを開けた。
鍵はかかっていない。
ダンテが帰ってきているのだろう。
「ただいまぁー……」
「おかえり」
出迎えたダンテの姿に、少しだけ元気を取り戻すと同時に、弱音が吐きたくなる。
「あのね……やっとアポ取れた人のとこに行ってきたんだけど、今日も何も掴めなかったの」
「……そっか」
ダンテは私のところまでやって来ると、黙って私の頭を撫でた。
そうされるとじんわりと涙が浮かんできて、鼻がムズムズする。
「その悔しさを力に変えて、クッキーの生地をこねればいい。
ジャムクッキー、作るんだろ?」
そう言えば材料もレシピも広げっぱなしだった。
「ダンテが食べたいだけだよね?」
「そうとも言う」
彼は子供じみた表情で、歯を見せて笑った。
さっきまでクッキーなんて作る気分ではなかったのに、彼の笑顔を前にすると、急にやる気が出てくるので不思議なものだ。
「……力の限りこねくり回してやるんだから、食べてよね」
「美味いのができるよう祈ってるよ」
ダンテの軽口に笑顔で返して、私は再びキッチンに立った。
沸かしかけだったケトルの中はすっかり冷め切っていて、私はそれをもう一度火にかけながら、ジャムの蓋を開けようと瓶を手に取った。
食べてよね、なんて生意気な言い方をした後で、蓋開けて、なんてダンテに頼むの、少し気が引けたから。
多分、ダンテはそんなこと微塵も気にしないだろうけど。
(あれっ?)
力を入れる間もなく、蓋が開いた。
というか最初から開いていた。
私は思わずダンテの顔を見るけれど、彼はいつものように雑誌に夢中になっている。
中を覗くと使われた形跡はない。
ダンテがつまみ食いしたわけではないらしい。
(……開けておいてくれたのかな)
私が瓶の蓋を開ける時、いつも苦戦していたからだろうか。
すごくささやかで、さりげないけれど、彼の気遣いがちょっぴり嬉しかった。
私の視線に気づいたダンテが、雑誌から顔を上げて振り返る。
手の中に蓋の開いた瓶を持っている私を見て、ダンテは少しだけ照れくさそうに微笑んだ。
「ダンテ、ありがと」
「……何の話?」
分かっているのに、気付かないふりをする彼はやっぱり素直じゃない。
「急に、お礼が言いたくなったの!」
私はそれから何となくご機嫌になって、鼻歌を口ずさんでいるのをダンテにからかわれながら、ジャムクッキーを焼き始めたのだった。
開かない。
どれだけ力を込めても目の前のジャムの瓶の蓋が開かない。
「くっ……」
私はあちこち角度を変えて瓶の蓋を回そうと奮闘するけど、力を入れれば入れるほど手の汗ですべって逆効果だ。
タオルを被せて回してみてもツルツルと滑るばかりでまったく開く気配がなかった。
お菓子作りにジャムを使おうと思ったのに、これでは作業が進まない。
大体この国の瓶って、日本のより大きくてものすごく開けにくい。
その大きさのせいでうまく力が入らないのだ。
何だか悔しくて、瓶を前にするたび自分の力で開けようと奮闘するものの、結局最後はダンテに開けてもらうはめになる。
……今回も、自力では無理そう。
「ダンテー……」
助けを求めようと彼の名前を呼ぶけれど、そう言えばダンテは出かけていたのだった。
私は溜め息をついて、古来の知識に従って瓶の蓋を温めて開けようとお湯を沸かし始めた。
これにタオルをつけて、温めたそれを瓶の蓋に乗せようと思ったのだ。
お湯を沸かしている間に、ゴム手袋があったかどうか探し始める。
ゴムは摩擦が少ないから、瓶の蓋を開けるのに重宝する。
……現代の日本ならゴム製のオープナーなんて便利なものがあったのだけれど、ダンテの事務所にはそんなものはなかった。
私がゴム手袋を探していたその時、黒電話のベルが鳴り響く。
「はい、もしもし?」
私が受話器を取ると、相手はずっと前からアポを取ろうと奮闘していた、悪魔や魔具に詳しいコレクターだった。
たまたま時間が空いたので、良ければ今から来ないかとのこと。
「はいっ、行きます!今すぐ行きますっ!」
私は二つ返事で頷くと、すぐさま出かけられるように準備し始めた。
沸かしていたケトルの火は止めて、お菓子の材料は出しっぱなしだけど……帰ってから片付ければいいや。
レシピや小麦粉、ジャムの瓶もキッチンの作業台に広げたままにして、私はわたわたと鞄を肩にかける。
ダンテに分かるように出掛ける先をメモに残して、私は家を出たのだった。
* * *
――結局、めぼしい情報はなかった。
行きはよいよい帰りは怖い……じゃないけど、私は行きとは違って重い足取りで帰路に立っていた。
「はあ……」
落ち込んでも仕方ないと分かってはいるけど、やっぱり何の情報も得られないとしょんぼりしてしまう。
今日こそは、今日こそはと思って今まで探し歩いていた。
これから先も、きっと何度も期待を裏切られて落ち込んで、また新しいコレクターを探して電話してアポを取って、電車の切符も用意して……
なんていう努力も全部無駄になっていくのだと思うと、気が滅入る一方だ。
あーあ、途中までお菓子作りの用意をしていたけれど、もう止めちゃおうかな……。
正直晩御飯の用意すらもう嫌な気分だ。
そんなことを考えながら、私は事務所のドアを開けた。
鍵はかかっていない。
ダンテが帰ってきているのだろう。
「ただいまぁー……」
「おかえり」
出迎えたダンテの姿に、少しだけ元気を取り戻すと同時に、弱音が吐きたくなる。
「あのね……やっとアポ取れた人のとこに行ってきたんだけど、今日も何も掴めなかったの」
「……そっか」
ダンテは私のところまでやって来ると、黙って私の頭を撫でた。
そうされるとじんわりと涙が浮かんできて、鼻がムズムズする。
「その悔しさを力に変えて、クッキーの生地をこねればいい。
ジャムクッキー、作るんだろ?」
そう言えば材料もレシピも広げっぱなしだった。
「ダンテが食べたいだけだよね?」
「そうとも言う」
彼は子供じみた表情で、歯を見せて笑った。
さっきまでクッキーなんて作る気分ではなかったのに、彼の笑顔を前にすると、急にやる気が出てくるので不思議なものだ。
「……力の限りこねくり回してやるんだから、食べてよね」
「美味いのができるよう祈ってるよ」
ダンテの軽口に笑顔で返して、私は再びキッチンに立った。
沸かしかけだったケトルの中はすっかり冷め切っていて、私はそれをもう一度火にかけながら、ジャムの蓋を開けようと瓶を手に取った。
食べてよね、なんて生意気な言い方をした後で、蓋開けて、なんてダンテに頼むの、少し気が引けたから。
多分、ダンテはそんなこと微塵も気にしないだろうけど。
(あれっ?)
力を入れる間もなく、蓋が開いた。
というか最初から開いていた。
私は思わずダンテの顔を見るけれど、彼はいつものように雑誌に夢中になっている。
中を覗くと使われた形跡はない。
ダンテがつまみ食いしたわけではないらしい。
(……開けておいてくれたのかな)
私が瓶の蓋を開ける時、いつも苦戦していたからだろうか。
すごくささやかで、さりげないけれど、彼の気遣いがちょっぴり嬉しかった。
私の視線に気づいたダンテが、雑誌から顔を上げて振り返る。
手の中に蓋の開いた瓶を持っている私を見て、ダンテは少しだけ照れくさそうに微笑んだ。
「ダンテ、ありがと」
「……何の話?」
分かっているのに、気付かないふりをする彼はやっぱり素直じゃない。
「急に、お礼が言いたくなったの!」
私はそれから何となくご機嫌になって、鼻歌を口ずさんでいるのをダンテにからかわれながら、ジャムクッキーを焼き始めたのだった。