あなたが、心穏やかに眠れるように。
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* * *
湖を臨む、小高い崖の上に作られた館。
珍しく本格的な悪魔退治の依頼に、ダンテは逸る気持ちを抑えられなかった。
無人の館に住み着いた悪魔の親玉を狩るために、ダンテは一人、湖面も凍る真冬の地へやってきた。
魔界の瘴気が漂うこの地には、徒人は足を踏み入れることができない。
外界へ瘴気を撒き散らすほどの悪魔となると、多少なりともダンテを楽しませてくれそうだ。
そしてダンテの期待通り……館に住み着いていた悪魔は、なかなかの抵抗を見せてくれた。
とは言っても、デビルハンターとして着々と名を上げ始めていたダンテが、本気を出すような相手ではなかったけれど。
「ほらほら、どうした!?まだダンスは始まったばかりだぜ!」
適当に手加減をしながら相手をしつつ、ダンテは悪魔と戯れる。
徐々に体力を削られていく悪魔からすれば腹の立つことこの上ない行為なのだろうが、ダンテ相手にそれ以上どうすることも出来なかった。
そしてとうとう、限界まで追い詰められてしまった悪魔は、いったん体力を回復しようとして館の窓から飛び出した。
悪魔が向かったのは、崖下の湖。
奴の根城は、湖の底だったのだ。
「おい、尻尾巻いて逃げるなんざ男らしくないぜ!」
ダンテが相手にしている悪魔に性別があるのかどうかはさておき……。
ダンテもまた逃げる悪魔を追って、足を地面に対して滑らせるように動かしながら、
愛剣のリベリオンを前方に突きつけるように繰り出し、その勢いのまま新たに窓を突き破った。
そのまま外へ飛び出したダンテの体は、湖へ逃げ込もうと空中で躍る悪魔へ向かう。
宙では悪魔もダンテの攻撃を回避しようがない。
リベリオンを前方に真っ直ぐ構えて飛び込んできたダンテに対して、何の抵抗もできないまま、悪魔は体を貫かれた。
重力に従って、剣によって繋がったダンテと悪魔の体は湖に向かって落下していく。
湖面に辿り着く直前に、悪魔の体は霧散した。
その霧の中でダンテは不敵に笑う。
──今回の仕事もパーフェクト。
と思った次の瞬間、ダンテの体は氷が浮かぶ湖面の中に、水しぶきを上げて突っ込んでいた。
* * *
テレビから事務的に流れる、近隣の街で多発する行方不明者のニュースを小耳に挟みながら、このみは夕飯の準備をしていた。
今夜は仕事を終えたダンテが帰ってくるはず。
一仕事終えた彼を労って、普段よりちょっぴり豪勢な夕飯にしようと思い、このみはいつも以上に準備に気合いを入れていた。
その時、既に日が落ちて真っ暗になった事務所の外で、バイクが止まる音がした。
ダンテが帰ってきたのだと気付いたこのみは、彼を出迎えるためにドアへ駆け寄った。
このみがドアノブに手をかける寸前で、目の前の扉が開く。
「ダンテ、おかえり。お疲れさま!」
笑顔でダンテを迎えるこのみを、彼は真っ白な顔色で見下ろしていた。
フラフラと危なげな足取りで室内に入り込んできたかと思うと、突然前のめりに倒れる。
「えっ……、ダンテ……!?」
彼を支えようと、このみはダンテを受け止めるために慌てて体を滑り込ませたのだが、恐ろしく冷えた彼の衣服に触れて思わず声を上げた。
その冷たいのを我慢してダンテを抱き止めたはいいが、彼の体重を支えることなどこのみにできるはずもなく、あえなくダンテと共に床へ倒れ込む。
「ちょ、ちょっと……!」
押し倒されるような形に混乱するこのみだったが、ダンテを押しのけようとするうちに、
自分の上に乗っているダンテの体が震えているのと、その銀色の髪の毛が凍ってパリパリになっていることに気付いた。
いや、髪の毛だけではない。
彼のコートも動く度に薄い氷を割るような音を立てる。
「……っ、冷たい……っ!」
ダンテは少しでも温もりを求めようと、床に組み敷いたこのみの体にすがりつこうとするのだが、全身氷のような彼に抱きつかれるこのみの方はたまったものではない。
このみは決死の力でダンテの下から這い出ようとするものの、やはり男の力には抗えきれず、そのままの態勢でダンテに尋ねた。
「ダンテ、一体どうしたの!?」
「湖に落ちた……」
「えっ、この真冬に!?」
今にも消え入りそうな震える声で呟かれた言葉に、このみは驚きを隠せなかった。
氷点下すら記録するようなこの季節、湖の水温など推して知るべし。
しかも髪もコートも凍りついているこの様子からするに、ろくに乾かしもせずにバイクに乗ったに違いない。
ずぶ濡れの状態でバイクを運転する時の体感温度なんて、考えるだけで身震いしてしまう。
「とにかく、服脱いで、暖炉にあたって!今お湯持ってきてあげるから!」
何とか床から起き上がったこのみは、暖炉のほど近くに椅子を持ってきて、そこにダンテを座らせた。
けれどダンテは椅子の上で身を小さくして震えるだけで、その服を脱ごうとはしない。
「このみ、脱がしてくれねー……?」
「こんな時まで……っ」
何の冗談だ、と続けようとしたのだが、ダンテの顔色があまりに悪かったので、口を閉ざさざるを得なかった。
とにかく一刻も早く凍りついた服を脱がさなければ、ダンテの体はいつまで経っても温もりを取り戻さない。
このみは覚悟を決めて、ダンテの服を脱がしにかかった。
暖炉の熱で凍った衣服が溶け、ダンテの肌に張り付こうとするのを脱がすのは大変だった。
そんな場合ではないというのに、間近で見るダンテの均整のとれた筋肉質の体に対し、顔が勝手に赤くなるのはどうしようもない。
やっとの思いでこのみはダンテの上半身の衣服を剥ぎ取った。
「し、下は自分で脱げるよね!?」
これ以上は勘弁して、と真っ赤な顔で訴えるこのみを見て、ダンテは冷たい手でこのみの腕を掴み、自分のベルトに触れさせた。
蒼白な顔の中に悪戯めいた笑みを弱々しく浮かべる。
「……脱がしてくれるよな?」
──ひ、人をからかう余裕があるなら自分で脱いでよ!
喉までその言葉が出かかったこのみだが、ダンテの顔色が相変わらず真っ白なのを見て、何とか飲み込んだ。
精一杯顔を逸らしながら、このみはダンテのベルトを外し始める。
金属が擦れ合う音がこんなにも緊張をもたらすものだとは知らなかった。
ひやりと冷えたベルトを外したはいいが、どうしてもファスナーを下ろすことができない。
死ぬほど恥ずかしいけれど、ダンテに濡れた服を着せたままにするわけにもいかず、このみは煩悶する。
上はともかく、下を脱がすなんて無理だ。
でも、早くしないと濡れた服はどんどんダンテの体力を奪っていく。
真っ赤な顔で半泣きになりながらファスナーに手をかけようとすると、冷たい手がそれを押し止めた。
あまりに必死なこのみを見て、ダンテは気の毒になったらしい。
「……やっぱ自分で脱ぐ」
「ご、ごめんなさい。わたし飲み物用意してくる!」
その体に毛布を押し付けて慌てて立ち上がると、このみはキッチンに駆け込んだ。
衣擦れの音が背後でするのを意識しないよう、ケトルが口から吐き出す蒸気を必死に見つめていた。
* * *
「ダンテ、大丈夫?」
毛布にくるまった彼に、ハチミツを入れたホットミルクを手渡す。
このみに手伝ってもらって、乾いた服に着替えたダンテ(今度は下も自分で着替えてくれた)は、震えも止まり、暖炉の程近くに丸まっている。
毛布の下で布にくるんだ湯たんぽを抱え、足先をぬるめの湯を張ったバケツに突っ込んだダンテは、徐々に血色を取り戻しつつあった。
「心臓止まらなくて良かったね……」
真冬の湖に全身突っ込んで、しかも濡れたままバイクで帰ってきたのだから驚きだ。
半魔だったからこそ無事だったが、普通の人間なら低体温症でとっくに亡くなっている。
ミルクを口にしたダンテは、ようやく息を吐き出した。
「バイク降りるまでは気ィ張ってたんだけど。このみの顔見たらほっとして力抜けた」
「何で濡れたままバイクに乗ったの?事故したら他の人にも迷惑かかるんだよ」
「乗ってるうちに乾くかと思って」
言葉も出ないほど呆れ返るこのみに、ダンテは苦笑する。
一応無茶なことをしたという自覚はあるらしい。
このみはダンテが飲み干したホットミルクのカップを受け取り、それを脇に置いてダンテの手を取る。
自分の体温を彼に分け与えるように、このみはその手を包み込んだ。
銃で眉間を撃ち抜かれてもピンピンしているし、傷もすぐに塞がるから、殺しても死なないような人なのかと思っていた。
けれど、今日の様子を見る限り、彼はかなり危険な状況にあったのではないかとこのみは思う。
包み込んだ彼の手は温かい。
その事実にこのみは心の底から安堵した。
「あんまり無茶しちゃいやだよ……」
「このみ……」
ダンテの大きな手が、このみの手の中からスルリと抜け出す。
次の瞬間、このみはダンテに腕を引っ張られ、彼の胸で抱き締められていた。
「このみとこうしてるとすげー温かい。……毛布邪魔だな、一緒に入るか?」
「……っ、からかう余裕は出てきたみたいで、良かったね!」
「抵抗しないくせに。なんなら裸で温めてくれてもいいけど?」
「バケツに足突っ込んでる人がかっこつけないで」
このみの言葉に笑い声を漏らしたダンテは、このみの体を抱きしめたままその首筋に顔を埋めた。
熱い吐息が間近に感じられて、このみは顔を赤くする。
しばらくこのみはそうしてダンテに抱き締められていたのだが……。
このみの首筋に顔を埋めたダンテの息がだんだん荒くなってきて、このみは動揺した。
まさか抵抗しないのをいいことに、これ以上の行為に及ぶつもりなのでは、なんて考えまでもが浮かぶ。
身の危険を感じて体を引こうとすると、ダンテの体は急激に重さを増してきた。
「ちょっ……ダンテ!」
真っ赤な顔で悲鳴のような声を上げても、ダンテは全くの無反応だった。
もうこうなったら実力行使に出るしかないと思ったこのみは、ダンテの頭を押しのけようと手を伸ばす。
さすがに弱っている彼に聖水を使うのは可哀想だ。
けれどダンテが引いてくれないならそれも止む無し。
彼を引っぺがすために、押しのけようと伸ばしたこのみの手。
その手が触れた額が驚くほど熱を持っていて、このみは思わず動きを止めた。
「ダンテ、熱あるの!?」
尋ねたところでダンテは荒い息を繰り返すばかりだった。
その瞳を固く閉じて、寒気に耐えているように見える。
とにかく彼をベッドに連れて行こうと思って、このみはのしかかる彼の胸の中で何とか体を反転させる。
背中にダンテを乗せるようにして立ち上がったのだが、あまりの重さに前へ倒れこみそうになった。
その拍子に、ダンテが足を突っ込んでいたバケツが倒れ、床に中身がぶちまけられたのだが、そんなものを気にしている余裕すらなかった。
「おっ、重い……っ!!」
以前ダンテを背負おうとして、結局無理だったことを思い出す。
けれど今回ばかりは、絶対に床に膝をつくわけにはいかなかった。
一度でもダンテを床に落としてしまえば、このみの力では抱き起すことは不可能だろう。
ダンテの足を引きずるようにして、その体が背中からずり落ちないように必死に腕を掴みながら、このみは一歩一歩足を進める。
脱力した人間がこんなにも重いものだとは知らなかった。
ダンテは朦朧とする意識の中でも、自らの身体が動いていることに気づいたようだ。
荒い息を繰り返しながら、このみに向かって囁く。
「このみ……無理、しなくていい……。その辺に寝かしといてくれ……」
「絶対やだ!!」
即答するこのみに、ダンテは熱い溜息を洩らした。
若干、このみの背にかかる負荷が軽くなる。
覚束ないながら、ダンテが自らの足で床を蹴ってくれているらしい。
汗を浮かべながら、このみは階段を一段ずつ上る。
このみも息が切れてきて、ダンテと揃って息をはずませながら、長いベッドルームまでの道のりを進んだ。
何とか彼の部屋のドアを開けて、ダンテを背に乗せたまま、このみはベッドの上に倒れこむ。
ダンテの下敷きになりながら、このみはしばらく荒い息を吐きつつ、そのままの態勢で体力が戻るのを待った。
「……この状況、最高だ」
熱で朦朧としながらも、まだそんな軽口が叩けるダンテをある意味尊敬する。
このみは体を横にしてダンテの体をベッドに下ろした。
バケツに突っ込んで濡れた足を丁寧に拭いてやってから、このみはダンテをベッドに寝かせる。
その肩まで布団をかけて、彼の額に手で触れた。
「結構熱いね。ダンテ、辛い?ご飯は食べられそう?部屋寒くない?」
このみの問いにダンテは生返事で答える。
身体が冷えて弱っていた彼は、見事に風邪を引いてしまったようだ。
とにかく何か食べられそうなものを作って、薬を飲ませた方がいいのかもしれない。
今夜は豪勢な食事にしようと思っていたけれど、ダンテのこの様子ではそれもままならないだろう。
それから、ぶちまけたバケツの水の掃除も忘れてはいけない。
「ダンテ、待っててね。何か体があったまりそうなもの作ってくるから」
「悪い……」
もごもごと謝罪を口にするダンテの頭を撫でて、このみは部屋を出た。
* * *
身体がひどく怠く、悪寒を耐えてベッドに横になるダンテの周りで、このみは甲斐甲斐しく働いていた。
冷えないように湯たんぽを布団に入れ、加湿のために濡らしたタオルを部屋の隅にかけている。
いつもは恥ずかしいからと嫌がるのに、今日のこのみは自らダンテの口にスープを運んでくれた。
体調は最悪だが、心配そうに顔を覗き込んでくるこのみの優しさが、何だか心地よくて嬉しい。
「あー、風邪とか何年ぶりだ……」
「ダンテでも風邪引くんだね」
「このみ、お前俺を何だと思ってるんだよ」
そもそも滅多に風邪なんて引かないし、大体寝て治していたから、こうして世話をしてもらうのは本当に子どもの頃以来だ。
「弱ってるダンテって、何だか新鮮」
「……お前、面白がってないか?」
「そんなことない。早く元気になってほしいよ」
その言葉が照れくさくてダンテは笑う。
このみが風邪を引いた自分を見て面白がっているなんて、本当は露ほども思っていない。
だってこんなにも心配してくれる彼女を、この目で見ているから。
「わたしが風邪引いた時と、逆の立場だね」
「お前の方がずっと手際いいけどな」
「でもダンテも、一生懸命看病してくれて、わたしは嬉しかったよ」
「…………あっそう、フォローどうも」
照れるとどうも、素直になることができない。
けれど、そんな素っ気ないダンテの言葉にこのみは笑ってくれた。
腹も満たされて暖かい布団にくるまれていると、薬のせいかだんだん眠気がやってきて、瞼が落ちそうになる。
そんなダンテを見て、額に乗せたタオルをこのみは整えなおした。
このみの小さくて温かな手のひらが、ゆっくりと髪を撫でるのが心地よい。
そうやってしばらくまどろんでいると、ベッドの傍に佇んでいたはずのこのみが立ち上がる気配がして、ダンテはうっすらと目を開けた。
こちらに背を向けるこのみの袖を引きとめる。
「……どこに行く?」
「お水が温くなったから、換えてこようと思って」
「換えなくていいから、ここにいろ」
──どこにも行くな。
目の前から去ろうとする彼女が、元の世界へ帰ってしまう姿と重なったのかもしれない。
このみがその気持ちに気づいたかどうかは、知ることはできないけれど。
寝ぼけ眼では、彼女が今どんな顔をしているのかよく分からない。
このみはしばらく黙ってこちらを見下ろしていたが、やがて元々座っていた椅子に腰かけた。
そのことにほっとしたダンテが薄く笑うと、このみが揶揄するような口調で囁く。
「……ダンテも結構、子供っぽいところ、あるんだ?」
「そうかもな」
やっぱり、「ここにいろ」という言葉の意味に気づいていないようだ。
……それで、良かったけれど。
珍しく素直に肯定したダンテに、このみはクスリと笑い声を漏らす。
「……ここにいるから、安心して」
その言葉が永遠を約束してくれたらいいのに。
たゆたうようなまどろみを味わいながら、今度こそダンテは眠りに落ちた。
* * *
窓の外では雀が鳴いている。
もう朝だと気づくと、未だ熱っぽい頭が徐々に覚醒していく。
何気なく枕もとを見ると、このみが上半身をベッドの上に突っ伏すように乗せて眠っていた。
冷えるだろうにその肩には何も羽織っていない。
布団を一枚かけてやろうと動かしたダンテの手は、何かを握っていた。
見ればそれはこのみの小さな手。
ダンテが握っていたから、寒くてもここから動けなかったようだ。
それでも、無理やりにでも離そうとすればできたはずだから、「ここにいろ」という言葉をこのみは守ってくれたようだ。
一晩寒いのを我慢して、傍にいてくれたこのみに申し訳なく思いつつ、嬉しい気持ちが溢れてくるのは隠せなかった。
身じろぎしたダンテに気づいて、このみもまた目を開けた。
ぼんやりとした目付きでダンテの顔を眺めていたこのみは、その身を震わせて呟く。
「寒い……」
「悪い、ずっと手握ってたから」
「風邪引いたらダンテのせいだ……」
「その時は俺が看病してやるよ」
ダンテが笑いながらそう言えば、このみは手を額に当てて、ダンテの熱を測った。
「……まだ熱ある人が何言ってるの?」
「じゃー病人同士おんなじベッドで寝るか?」
「またすぐそういう冗談言う……」
白かったこのみの顔に朱が差すのを見て、ダンテはまた笑った。
そんなダンテをベッドに押し込めて、このみは律儀に朝の挨拶を口にする。
「おはよう、体調はどう?」
「おはよ。昨日よりはマシかな」
「良かった。朝ご飯は食べられそう?」
ダンテが頷くと、このみはベッドの傍から離れようとして立ち止まり、ベッドを振り返った。
「今度は"ここにいろ"って言わないよね?」
「……寂しいの我慢するから、できるだけ早く戻ってきてくれるか?」
ダンテの腹が鳴り響いて、その減り具合を主張している。
昨日の夕飯は消化に良いものだったから、腹が減って仕方なかった。
「お腹減ってるんだね」
笑うこのみから視線を逸らし、ダンテは窓を眺めようとする。
が、その窓も未だカーテンが閉められたままで、外の風景は窺えない。
このみは窓辺に近づいてカーテンを開け、ダンテを振り返って微笑んだ。
その笑顔に胸が高鳴る自分に気づいてしまうと、本当にもうこのみに囚われてしまっているのだと、そう思う。
出来上がった朝食をトレーに乗せて、再び自室に訪れたこのみは、
特別に作ったオートミールをスプーンで掬い、ダンテの口元へ運ぶ。
至れり尽くせりで、いつも以上に優しく接してくれるこのみを見ていると、風邪もそれほど悪くはない気がしてきた。
「ダンテが早く元気になるように、心を込めて作りました!」
……このみには悪いけれど、できればもうしばらく風邪を引いたままでいたい、とダンテは思った。
***あとがき***
1の神谷Dいわく、ダンテもどうやら普通に風邪を引くそうなので、彼にお風邪を召していただきました。
半魔なのに風邪引くダンテ、萌えますね。
お題は反転コンタクト様よりお借りいたしました。
湖を臨む、小高い崖の上に作られた館。
珍しく本格的な悪魔退治の依頼に、ダンテは逸る気持ちを抑えられなかった。
無人の館に住み着いた悪魔の親玉を狩るために、ダンテは一人、湖面も凍る真冬の地へやってきた。
魔界の瘴気が漂うこの地には、徒人は足を踏み入れることができない。
外界へ瘴気を撒き散らすほどの悪魔となると、多少なりともダンテを楽しませてくれそうだ。
そしてダンテの期待通り……館に住み着いていた悪魔は、なかなかの抵抗を見せてくれた。
とは言っても、デビルハンターとして着々と名を上げ始めていたダンテが、本気を出すような相手ではなかったけれど。
「ほらほら、どうした!?まだダンスは始まったばかりだぜ!」
適当に手加減をしながら相手をしつつ、ダンテは悪魔と戯れる。
徐々に体力を削られていく悪魔からすれば腹の立つことこの上ない行為なのだろうが、ダンテ相手にそれ以上どうすることも出来なかった。
そしてとうとう、限界まで追い詰められてしまった悪魔は、いったん体力を回復しようとして館の窓から飛び出した。
悪魔が向かったのは、崖下の湖。
奴の根城は、湖の底だったのだ。
「おい、尻尾巻いて逃げるなんざ男らしくないぜ!」
ダンテが相手にしている悪魔に性別があるのかどうかはさておき……。
ダンテもまた逃げる悪魔を追って、足を地面に対して滑らせるように動かしながら、
愛剣のリベリオンを前方に突きつけるように繰り出し、その勢いのまま新たに窓を突き破った。
そのまま外へ飛び出したダンテの体は、湖へ逃げ込もうと空中で躍る悪魔へ向かう。
宙では悪魔もダンテの攻撃を回避しようがない。
リベリオンを前方に真っ直ぐ構えて飛び込んできたダンテに対して、何の抵抗もできないまま、悪魔は体を貫かれた。
重力に従って、剣によって繋がったダンテと悪魔の体は湖に向かって落下していく。
湖面に辿り着く直前に、悪魔の体は霧散した。
その霧の中でダンテは不敵に笑う。
──今回の仕事もパーフェクト。
と思った次の瞬間、ダンテの体は氷が浮かぶ湖面の中に、水しぶきを上げて突っ込んでいた。
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テレビから事務的に流れる、近隣の街で多発する行方不明者のニュースを小耳に挟みながら、このみは夕飯の準備をしていた。
今夜は仕事を終えたダンテが帰ってくるはず。
一仕事終えた彼を労って、普段よりちょっぴり豪勢な夕飯にしようと思い、このみはいつも以上に準備に気合いを入れていた。
その時、既に日が落ちて真っ暗になった事務所の外で、バイクが止まる音がした。
ダンテが帰ってきたのだと気付いたこのみは、彼を出迎えるためにドアへ駆け寄った。
このみがドアノブに手をかける寸前で、目の前の扉が開く。
「ダンテ、おかえり。お疲れさま!」
笑顔でダンテを迎えるこのみを、彼は真っ白な顔色で見下ろしていた。
フラフラと危なげな足取りで室内に入り込んできたかと思うと、突然前のめりに倒れる。
「えっ……、ダンテ……!?」
彼を支えようと、このみはダンテを受け止めるために慌てて体を滑り込ませたのだが、恐ろしく冷えた彼の衣服に触れて思わず声を上げた。
その冷たいのを我慢してダンテを抱き止めたはいいが、彼の体重を支えることなどこのみにできるはずもなく、あえなくダンテと共に床へ倒れ込む。
「ちょ、ちょっと……!」
押し倒されるような形に混乱するこのみだったが、ダンテを押しのけようとするうちに、
自分の上に乗っているダンテの体が震えているのと、その銀色の髪の毛が凍ってパリパリになっていることに気付いた。
いや、髪の毛だけではない。
彼のコートも動く度に薄い氷を割るような音を立てる。
「……っ、冷たい……っ!」
ダンテは少しでも温もりを求めようと、床に組み敷いたこのみの体にすがりつこうとするのだが、全身氷のような彼に抱きつかれるこのみの方はたまったものではない。
このみは決死の力でダンテの下から這い出ようとするものの、やはり男の力には抗えきれず、そのままの態勢でダンテに尋ねた。
「ダンテ、一体どうしたの!?」
「湖に落ちた……」
「えっ、この真冬に!?」
今にも消え入りそうな震える声で呟かれた言葉に、このみは驚きを隠せなかった。
氷点下すら記録するようなこの季節、湖の水温など推して知るべし。
しかも髪もコートも凍りついているこの様子からするに、ろくに乾かしもせずにバイクに乗ったに違いない。
ずぶ濡れの状態でバイクを運転する時の体感温度なんて、考えるだけで身震いしてしまう。
「とにかく、服脱いで、暖炉にあたって!今お湯持ってきてあげるから!」
何とか床から起き上がったこのみは、暖炉のほど近くに椅子を持ってきて、そこにダンテを座らせた。
けれどダンテは椅子の上で身を小さくして震えるだけで、その服を脱ごうとはしない。
「このみ、脱がしてくれねー……?」
「こんな時まで……っ」
何の冗談だ、と続けようとしたのだが、ダンテの顔色があまりに悪かったので、口を閉ざさざるを得なかった。
とにかく一刻も早く凍りついた服を脱がさなければ、ダンテの体はいつまで経っても温もりを取り戻さない。
このみは覚悟を決めて、ダンテの服を脱がしにかかった。
暖炉の熱で凍った衣服が溶け、ダンテの肌に張り付こうとするのを脱がすのは大変だった。
そんな場合ではないというのに、間近で見るダンテの均整のとれた筋肉質の体に対し、顔が勝手に赤くなるのはどうしようもない。
やっとの思いでこのみはダンテの上半身の衣服を剥ぎ取った。
「し、下は自分で脱げるよね!?」
これ以上は勘弁して、と真っ赤な顔で訴えるこのみを見て、ダンテは冷たい手でこのみの腕を掴み、自分のベルトに触れさせた。
蒼白な顔の中に悪戯めいた笑みを弱々しく浮かべる。
「……脱がしてくれるよな?」
──ひ、人をからかう余裕があるなら自分で脱いでよ!
喉までその言葉が出かかったこのみだが、ダンテの顔色が相変わらず真っ白なのを見て、何とか飲み込んだ。
精一杯顔を逸らしながら、このみはダンテのベルトを外し始める。
金属が擦れ合う音がこんなにも緊張をもたらすものだとは知らなかった。
ひやりと冷えたベルトを外したはいいが、どうしてもファスナーを下ろすことができない。
死ぬほど恥ずかしいけれど、ダンテに濡れた服を着せたままにするわけにもいかず、このみは煩悶する。
上はともかく、下を脱がすなんて無理だ。
でも、早くしないと濡れた服はどんどんダンテの体力を奪っていく。
真っ赤な顔で半泣きになりながらファスナーに手をかけようとすると、冷たい手がそれを押し止めた。
あまりに必死なこのみを見て、ダンテは気の毒になったらしい。
「……やっぱ自分で脱ぐ」
「ご、ごめんなさい。わたし飲み物用意してくる!」
その体に毛布を押し付けて慌てて立ち上がると、このみはキッチンに駆け込んだ。
衣擦れの音が背後でするのを意識しないよう、ケトルが口から吐き出す蒸気を必死に見つめていた。
* * *
「ダンテ、大丈夫?」
毛布にくるまった彼に、ハチミツを入れたホットミルクを手渡す。
このみに手伝ってもらって、乾いた服に着替えたダンテ(今度は下も自分で着替えてくれた)は、震えも止まり、暖炉の程近くに丸まっている。
毛布の下で布にくるんだ湯たんぽを抱え、足先をぬるめの湯を張ったバケツに突っ込んだダンテは、徐々に血色を取り戻しつつあった。
「心臓止まらなくて良かったね……」
真冬の湖に全身突っ込んで、しかも濡れたままバイクで帰ってきたのだから驚きだ。
半魔だったからこそ無事だったが、普通の人間なら低体温症でとっくに亡くなっている。
ミルクを口にしたダンテは、ようやく息を吐き出した。
「バイク降りるまでは気ィ張ってたんだけど。このみの顔見たらほっとして力抜けた」
「何で濡れたままバイクに乗ったの?事故したら他の人にも迷惑かかるんだよ」
「乗ってるうちに乾くかと思って」
言葉も出ないほど呆れ返るこのみに、ダンテは苦笑する。
一応無茶なことをしたという自覚はあるらしい。
このみはダンテが飲み干したホットミルクのカップを受け取り、それを脇に置いてダンテの手を取る。
自分の体温を彼に分け与えるように、このみはその手を包み込んだ。
銃で眉間を撃ち抜かれてもピンピンしているし、傷もすぐに塞がるから、殺しても死なないような人なのかと思っていた。
けれど、今日の様子を見る限り、彼はかなり危険な状況にあったのではないかとこのみは思う。
包み込んだ彼の手は温かい。
その事実にこのみは心の底から安堵した。
「あんまり無茶しちゃいやだよ……」
「このみ……」
ダンテの大きな手が、このみの手の中からスルリと抜け出す。
次の瞬間、このみはダンテに腕を引っ張られ、彼の胸で抱き締められていた。
「このみとこうしてるとすげー温かい。……毛布邪魔だな、一緒に入るか?」
「……っ、からかう余裕は出てきたみたいで、良かったね!」
「抵抗しないくせに。なんなら裸で温めてくれてもいいけど?」
「バケツに足突っ込んでる人がかっこつけないで」
このみの言葉に笑い声を漏らしたダンテは、このみの体を抱きしめたままその首筋に顔を埋めた。
熱い吐息が間近に感じられて、このみは顔を赤くする。
しばらくこのみはそうしてダンテに抱き締められていたのだが……。
このみの首筋に顔を埋めたダンテの息がだんだん荒くなってきて、このみは動揺した。
まさか抵抗しないのをいいことに、これ以上の行為に及ぶつもりなのでは、なんて考えまでもが浮かぶ。
身の危険を感じて体を引こうとすると、ダンテの体は急激に重さを増してきた。
「ちょっ……ダンテ!」
真っ赤な顔で悲鳴のような声を上げても、ダンテは全くの無反応だった。
もうこうなったら実力行使に出るしかないと思ったこのみは、ダンテの頭を押しのけようと手を伸ばす。
さすがに弱っている彼に聖水を使うのは可哀想だ。
けれどダンテが引いてくれないならそれも止む無し。
彼を引っぺがすために、押しのけようと伸ばしたこのみの手。
その手が触れた額が驚くほど熱を持っていて、このみは思わず動きを止めた。
「ダンテ、熱あるの!?」
尋ねたところでダンテは荒い息を繰り返すばかりだった。
その瞳を固く閉じて、寒気に耐えているように見える。
とにかく彼をベッドに連れて行こうと思って、このみはのしかかる彼の胸の中で何とか体を反転させる。
背中にダンテを乗せるようにして立ち上がったのだが、あまりの重さに前へ倒れこみそうになった。
その拍子に、ダンテが足を突っ込んでいたバケツが倒れ、床に中身がぶちまけられたのだが、そんなものを気にしている余裕すらなかった。
「おっ、重い……っ!!」
以前ダンテを背負おうとして、結局無理だったことを思い出す。
けれど今回ばかりは、絶対に床に膝をつくわけにはいかなかった。
一度でもダンテを床に落としてしまえば、このみの力では抱き起すことは不可能だろう。
ダンテの足を引きずるようにして、その体が背中からずり落ちないように必死に腕を掴みながら、このみは一歩一歩足を進める。
脱力した人間がこんなにも重いものだとは知らなかった。
ダンテは朦朧とする意識の中でも、自らの身体が動いていることに気づいたようだ。
荒い息を繰り返しながら、このみに向かって囁く。
「このみ……無理、しなくていい……。その辺に寝かしといてくれ……」
「絶対やだ!!」
即答するこのみに、ダンテは熱い溜息を洩らした。
若干、このみの背にかかる負荷が軽くなる。
覚束ないながら、ダンテが自らの足で床を蹴ってくれているらしい。
汗を浮かべながら、このみは階段を一段ずつ上る。
このみも息が切れてきて、ダンテと揃って息をはずませながら、長いベッドルームまでの道のりを進んだ。
何とか彼の部屋のドアを開けて、ダンテを背に乗せたまま、このみはベッドの上に倒れこむ。
ダンテの下敷きになりながら、このみはしばらく荒い息を吐きつつ、そのままの態勢で体力が戻るのを待った。
「……この状況、最高だ」
熱で朦朧としながらも、まだそんな軽口が叩けるダンテをある意味尊敬する。
このみは体を横にしてダンテの体をベッドに下ろした。
バケツに突っ込んで濡れた足を丁寧に拭いてやってから、このみはダンテをベッドに寝かせる。
その肩まで布団をかけて、彼の額に手で触れた。
「結構熱いね。ダンテ、辛い?ご飯は食べられそう?部屋寒くない?」
このみの問いにダンテは生返事で答える。
身体が冷えて弱っていた彼は、見事に風邪を引いてしまったようだ。
とにかく何か食べられそうなものを作って、薬を飲ませた方がいいのかもしれない。
今夜は豪勢な食事にしようと思っていたけれど、ダンテのこの様子ではそれもままならないだろう。
それから、ぶちまけたバケツの水の掃除も忘れてはいけない。
「ダンテ、待っててね。何か体があったまりそうなもの作ってくるから」
「悪い……」
もごもごと謝罪を口にするダンテの頭を撫でて、このみは部屋を出た。
* * *
身体がひどく怠く、悪寒を耐えてベッドに横になるダンテの周りで、このみは甲斐甲斐しく働いていた。
冷えないように湯たんぽを布団に入れ、加湿のために濡らしたタオルを部屋の隅にかけている。
いつもは恥ずかしいからと嫌がるのに、今日のこのみは自らダンテの口にスープを運んでくれた。
体調は最悪だが、心配そうに顔を覗き込んでくるこのみの優しさが、何だか心地よくて嬉しい。
「あー、風邪とか何年ぶりだ……」
「ダンテでも風邪引くんだね」
「このみ、お前俺を何だと思ってるんだよ」
そもそも滅多に風邪なんて引かないし、大体寝て治していたから、こうして世話をしてもらうのは本当に子どもの頃以来だ。
「弱ってるダンテって、何だか新鮮」
「……お前、面白がってないか?」
「そんなことない。早く元気になってほしいよ」
その言葉が照れくさくてダンテは笑う。
このみが風邪を引いた自分を見て面白がっているなんて、本当は露ほども思っていない。
だってこんなにも心配してくれる彼女を、この目で見ているから。
「わたしが風邪引いた時と、逆の立場だね」
「お前の方がずっと手際いいけどな」
「でもダンテも、一生懸命看病してくれて、わたしは嬉しかったよ」
「…………あっそう、フォローどうも」
照れるとどうも、素直になることができない。
けれど、そんな素っ気ないダンテの言葉にこのみは笑ってくれた。
腹も満たされて暖かい布団にくるまれていると、薬のせいかだんだん眠気がやってきて、瞼が落ちそうになる。
そんなダンテを見て、額に乗せたタオルをこのみは整えなおした。
このみの小さくて温かな手のひらが、ゆっくりと髪を撫でるのが心地よい。
そうやってしばらくまどろんでいると、ベッドの傍に佇んでいたはずのこのみが立ち上がる気配がして、ダンテはうっすらと目を開けた。
こちらに背を向けるこのみの袖を引きとめる。
「……どこに行く?」
「お水が温くなったから、換えてこようと思って」
「換えなくていいから、ここにいろ」
──どこにも行くな。
目の前から去ろうとする彼女が、元の世界へ帰ってしまう姿と重なったのかもしれない。
このみがその気持ちに気づいたかどうかは、知ることはできないけれど。
寝ぼけ眼では、彼女が今どんな顔をしているのかよく分からない。
このみはしばらく黙ってこちらを見下ろしていたが、やがて元々座っていた椅子に腰かけた。
そのことにほっとしたダンテが薄く笑うと、このみが揶揄するような口調で囁く。
「……ダンテも結構、子供っぽいところ、あるんだ?」
「そうかもな」
やっぱり、「ここにいろ」という言葉の意味に気づいていないようだ。
……それで、良かったけれど。
珍しく素直に肯定したダンテに、このみはクスリと笑い声を漏らす。
「……ここにいるから、安心して」
その言葉が永遠を約束してくれたらいいのに。
たゆたうようなまどろみを味わいながら、今度こそダンテは眠りに落ちた。
* * *
窓の外では雀が鳴いている。
もう朝だと気づくと、未だ熱っぽい頭が徐々に覚醒していく。
何気なく枕もとを見ると、このみが上半身をベッドの上に突っ伏すように乗せて眠っていた。
冷えるだろうにその肩には何も羽織っていない。
布団を一枚かけてやろうと動かしたダンテの手は、何かを握っていた。
見ればそれはこのみの小さな手。
ダンテが握っていたから、寒くてもここから動けなかったようだ。
それでも、無理やりにでも離そうとすればできたはずだから、「ここにいろ」という言葉をこのみは守ってくれたようだ。
一晩寒いのを我慢して、傍にいてくれたこのみに申し訳なく思いつつ、嬉しい気持ちが溢れてくるのは隠せなかった。
身じろぎしたダンテに気づいて、このみもまた目を開けた。
ぼんやりとした目付きでダンテの顔を眺めていたこのみは、その身を震わせて呟く。
「寒い……」
「悪い、ずっと手握ってたから」
「風邪引いたらダンテのせいだ……」
「その時は俺が看病してやるよ」
ダンテが笑いながらそう言えば、このみは手を額に当てて、ダンテの熱を測った。
「……まだ熱ある人が何言ってるの?」
「じゃー病人同士おんなじベッドで寝るか?」
「またすぐそういう冗談言う……」
白かったこのみの顔に朱が差すのを見て、ダンテはまた笑った。
そんなダンテをベッドに押し込めて、このみは律儀に朝の挨拶を口にする。
「おはよう、体調はどう?」
「おはよ。昨日よりはマシかな」
「良かった。朝ご飯は食べられそう?」
ダンテが頷くと、このみはベッドの傍から離れようとして立ち止まり、ベッドを振り返った。
「今度は"ここにいろ"って言わないよね?」
「……寂しいの我慢するから、できるだけ早く戻ってきてくれるか?」
ダンテの腹が鳴り響いて、その減り具合を主張している。
昨日の夕飯は消化に良いものだったから、腹が減って仕方なかった。
「お腹減ってるんだね」
笑うこのみから視線を逸らし、ダンテは窓を眺めようとする。
が、その窓も未だカーテンが閉められたままで、外の風景は窺えない。
このみは窓辺に近づいてカーテンを開け、ダンテを振り返って微笑んだ。
その笑顔に胸が高鳴る自分に気づいてしまうと、本当にもうこのみに囚われてしまっているのだと、そう思う。
出来上がった朝食をトレーに乗せて、再び自室に訪れたこのみは、
特別に作ったオートミールをスプーンで掬い、ダンテの口元へ運ぶ。
至れり尽くせりで、いつも以上に優しく接してくれるこのみを見ていると、風邪もそれほど悪くはない気がしてきた。
「ダンテが早く元気になるように、心を込めて作りました!」
……このみには悪いけれど、できればもうしばらく風邪を引いたままでいたい、とダンテは思った。
***あとがき***
1の神谷Dいわく、ダンテもどうやら普通に風邪を引くそうなので、彼にお風邪を召していただきました。
半魔なのに風邪引くダンテ、萌えますね。
お題は反転コンタクト様よりお借りいたしました。