秋の君
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* * *
紅葉が街を彩る、秋。
見上げた空は高く、秋の雲が穏やかに流れている。
買い物帰りのダンテとこのみは、イチョウの絨毯が敷き詰められた道を歩いていた。
目に鮮やかなその黄色の葉は、踏むとふわふわして、歩けば軽い音を立てる。
このみはその音を聴いて、一言感想を漏らした。
「落ち葉のハーモニーだね」
「おっ、ポエマーこのみちゃん」
「なに、それ!」
ダンテにからかわれて、イチョウの黄色に包まれた中で、このみはモミジのように頬を赤らめた。
そして吐息混じりに呟く。
「……イチョウ並木、すごい。もうすっかり秋だね」
内容は素直に秋を賛するものなのに、このみの表情は明るくなかった。
それを不思議に思ったのか、ダンテがこのみに向かって尋ねる。
「あんまり、嬉しそうじゃないな」
「うん……今年も受験、無理っぽいから」
このみは俯きがちに、足先でイチョウを軽く蹴り上げた。
「何で?センター試験とかいうの、1月だろ?」
「試験はそうだけど、出願は10月だから」
ふうと溜め息をついて、このみは立ち止まる。
「あーあ、これで2回目の浪人かぁ。来年は帰れるかなぁ」
「……まだ、帰るの諦めてない?」
ほんの少しの緊張を滲ませて尋ねるダンテを見て、このみは寂しげな笑みを浮かべた。
「……うん。お父さんとお母さんが待ってるから」
「……そうだな」
頷くダンテの顔を横目で窺うと、このみの胸は針で突き刺したかのようにチクチク痛む。
これまでずっと、真綿でくるむようなダンテの優しさに甘えてきた。
最初に出会った頃とは違う想いのこもった瞳でこのみを見つめるダンテに、気付かないわけがなかった。
そこまで鈍感になれないのは、このみもまたダンテを意識しているからなのだろうか。
けれど、このみはこの世界で「誰も好きになるわけにはいかない」から。
だから、ダンテがどれだけ好意を示してくれようと、このみは応えないし応えられない。
それはダンテも分かっているのか、具体的な言葉は何も言わないし、表向きはこのみをからかうような扱いばかりする。
からかいの延長線であれば──このみは許してくれる、そう思っているのかもしれない。
実際その通りだし、かなり恥ずかしいけれどダンテにからかわれるのもそんなに嫌じゃない。
むしろそんな風に構われることが嬉しいとさえ思う自分がいる。
その思いも、口にはできないけれど。
だから「家に帰りたい」と願うこのみの気持ちを汲み取って、何も言わないでくれているダンテに、申し訳なく思いつつもこのみはほっとしていた。
思いを通わせ合わせさえしなければ、素直な気持ちでこのみの世界に帰れると思ったから。
「もうすぐ、ダンテと出会って一年になるね」
「11月の頭だったか。時間が経つのは早いな」
「結局、ジャンの行方は全然分からないままだね。どこにいるのかなぁ……。また、わたしみたいにこの世界にやってきた人もいるのかなぁ。ジャンに捕まってなければいいんだけど」
このみもダンテも方々に手を尽くしてはいるのだが、クリスマスイブの一件以来、ジャンの行方は掴めないままだ。
もうこの街にはいないのかもしれないが、確証がない以上探し続けることしかこのみにはできない。
「俺も、手配書の顔しか知らないからな……。悪魔なら顔くらい変えられるかもしれないし」
「そうさくは困難をきわめるね」
大真面目にこのみがそう言うと、ダンテは笑ってもいいものかどうか、何とも言えない顔をした。
「……このみは覚えたばかりの単語を使いたがるな。発音が下手なだけに余計珍妙」
「ち、何?もう一回言って。綴りと意味も」
ポケットから単語カードを取り出し、早速メモを取る体勢を取ったこのみにダンテは苦笑する。
「語彙に珍妙って単語が増えた所で、一生のうち何回使うんだか……」
そんなことを言いつつも、ダンテは綴りと意味を教えてくれた。
それを単語カードに書き込んで、このみは繰り返し発音する。
「ちん、みょう。ちんみょー、ちんみょう、ちんみょう、ちんみょう!覚えた!」
「珍妙なのはお前だよ!」
何がツボに入ったのか、ダンテは吹き出しそうになるのを堪えようと口を押さえた。
けれど結局堪えきれず、その場で大爆笑し始める。
目に涙さえ浮かべているダンテを見て、このみはよく分からないながらも顔を赤くした。
「な、何がそんなにおかしいの」
「やーもうお前一生分くらい珍妙って言ったろ。あー笑った。このみといると飽きないな」
そう言うとダンテはこのみの頭を撫でる。
このみを見つめるそのアイスブルーの瞳が優しくて、このみは先程とは違う意味で頬を染めた。
「こっちは必死に覚えてるのに、笑わないで」
照れ隠しで思わずそう言えば、
「ごめんごめん」
とダンテは謝った。
そうして立ち止まっていた二人は、再び歩き出す。
ほんの少し冷えた風が木々を揺らせば、辛うじて枝にしがみついていたイチョウが離れて、2人の頭上にふりそそいだ。
それはまるで黄色いシャワーのようで、視界いっぱいに暖かな色が広がり、思わずこのみはその光景に見入ってしまう。
「このみ」
名前を呼ばれてダンテを見上げれば、彼は長い指を伸ばしてこのみの黒髪に触れた。
いつも頭を撫でられるのは何でもないのに、ダンテに髪に触れられていると思うと、恥ずかしさが増すのは何でなんだろう。
ダンテは掬うようにしてこのみの髪から何かを取り上げた。
そしてこのみの前にイチョウの葉っぱを差し出す。
「ついてた」
「ありがとう」
ダンテの手からイチョウを受け取って、このみはそれを指先でつまんでくるくると回した。
「これでしおりでも作ろうかな」
「それ何か、形が不細工だろ。もっといいのにしたらどうだ?」
「……これがいいの」
思わず口について出たその言葉を、このみ自身もよく理解できなかった。
ワンテンポ遅れて自らの言葉を把握したこのみは、顔が熱くなるのを感じる。
横目でダンテを見やれば、零れんばかりの笑みをたたえて、心底嬉しそうな顔でこのみを見つめていた。
このみの視線に気が付くと、その甘い笑顔にほんのり意地悪な表情を浮かべる。
「それって、どういう意味?」
「……しらないっ」
分かっていて聞くのだから質の悪い人だ。
どうにもできない恥ずかしさをぶつけるようにして、このみはダンテの先を歩く。
なんだかふわふわするのは、きっと足元のせいだけではない。
「このみ、待てよ」
ダンテとこのみではそもそも圧倒的にコンパスが違う。
あっという間にダンテに追いつかれて、未だに顔が赤いままだったこのみは更に歩を速めた。
「おっ?」
またもやこのみの背中を見るはめになったダンテは、口の端に笑みを浮かべる。
対抗されれば逆に食らいつこうとする彼の性格を、このみも知っているはずなのに、無謀な勝負を仕掛けてしまった気がする。
気が付けば、このみの隣にもうダンテが並んでいた。
何だか負けた気がして、むっとしたこのみはもう一段階歩みを速める。
それを面白そうな顔をしたダンテが更に追う。
そんなやりとりが何度か続いて、とうとう息の上がってしまったこのみが音を上げた。
「こ、このふもーな勝負……やめない……?」
「不毛、な。このみが逃げるから」
もう恥ずかしくて顔が赤いのか、運動して温まったせいで赤いのか、よく分からない。
このみは乱れた呼吸を整えるように、何度か深呼吸をする。
「……最近、走ること少ないから体力落ちちゃったかも。1年前は、もっと……」
高校生だった頃は、体育の授業もあった。
秋と言えば、思い出すのは体育祭や文化祭で、そんな学校の日々が昨日のことのように思い出される。
一緒に笑っていた友人の顔が浮かんで、このみは鉛を心臓に詰められたような感覚を覚えた。
喘ぐこのみを労るためか、それとも故郷を思い出して暗い顔をしたのを慰めるためか、ダンテの手のひらがこのみの背中に伸びて、撫でる。
その温かさを背中に受けていると、安心すると同時にどうしようもなく泣きたくなって、このみは涙の滲む瞳を見せないように俯いた。
「……また元の世界のこと、思い出したのか?」
「……うん」
それもあるけれど。
泣きそうになった理由は、何よりも目の前にいる人が優しいから。
素直にそう言えたなら、この胸のうちの強張りを解くことができるかもしれない。
けれどこのみは「家に帰らなければならない」から。
だから決して口には出さない。
手の中にあるイチョウを見て一瞬ぎゅっと目蓋を閉じた後、次にはこのみは笑顔を見せていた。
「何だか、走ったらお腹すいちゃったね。帰ったらスイートポテトでも作ろうかな」
「マジで?やった」
途端に喜色を滲ませるダンテを見て、このみは微笑んだ。
「ダンテは甘いもの好きだね」
「まあな。甘ければ大抵のもんは美味いしな。苦いものとか渋いものを好んで食べる人類のが変だって聞いたことあるぜ」
「渋いのはダンテも苦手だよね。日本茶飲めないもんね」
このみがそう言うと、ダンテは茶の味を思い出したのか顔まで渋く歪ませた。
「あれは無理だ」
「本当は、和菓子とかお漬け物と一緒に頂くの。だから逆に和菓子はあんなに甘いのね」
以前桜屋から和菓子を持ち帰って、ダンテと食べたことがある。
が、ダンテに和菓子は甘すぎだったようで、甘いものが好きだと豪語する彼も早々にギブアップしていた。
「あれ、何?何であんなに甘いの?」
「こっちの人は、小豆がダメなのかなあ」
「まず豆が甘いってとこからして分かんない」
大真面目にダンテがそう言うので、可笑しくなったこのみは思わず笑ってしまう。
日本人でも餡子が苦手な人は多いし、ダンテが苦手でも尚更変ではない。
「俺もいつか、食べられるようになるかな」
「無理して食べなくてもいいんだよ」
このみがそう言うと、ダンテは少し照れたような顔をする。
「だって、このみが美味そうに食べてるもんを食えないのって、悔しいだろ」
できれば一緒に食べたいし、と続けたダンテの言葉に、このみの頬はまたもや熱を持った。
普段素直じゃない彼からそんな言葉が飛び出すなんて思っていなかったから、完全に不意打ちだった。
それをごまかすように、このみは慌てて言葉を紡ぐ。
「きょ、今日はスイートポテトだから、一緒に食べられるよ」
「そうだな」
このみの言葉にダンテは破顔した。
その笑顔が少し子供っぽくて、思わず可愛いとこのみは思ってしまった。
相手は逞しくって格好いい青年なはずなのに。
「どうした?」
「なんでもない!」
可愛い、と思ったなんて言ったら、不機嫌になった彼が復讐するためにまたこのみを構い倒すに違いない。
だからこのみは緩みそうな頬を押さえて、そう言っていた。
気が付けばイチョウ並木を抜けて、コンクリートが身を寄せたような街並みが視界に広がっていた。
振り返ると、イチョウ並木の空間だけ、そこを切り取ったかのように鮮やかだった。
「あそこだけ、別の場所みたいだね」
「あの並木道を歩いた後なら、どんな場所も殺風景に見えるな」
「来年も──」
──来年も一緒に見たいね。
そう言いかけたこのみは、これでは来年も帰れないつもりではないかと気づいて、一旦一呼吸置いた。
「来年も、きっと綺麗に紅葉してるんだろうね」
何とか、自然にごまかすことができた……と思う。
ダンテはこのみが一瞬言葉に詰まったことに気付いたようで首を傾げたが、深く追及することなく頷いた。
そのことにこのみはほっとして、前に向き直ってダンテと歩き出した。
他愛もない会話を彼としていると、心の中がぽかぽかと暖かい。
もう足元にイチョウの葉は落ちていないはずなのに、まだふわふわする。
コンクリートだらけの街並みも、いつもよりキラキラしている気がする。
心の奥底では、そう感じる理由に気付いている自分がいた。
──隣にダンテがいると、世界中が幸せに満ちたものになる。
けれど自分の気持ちを認めてしまえば、もうダンテとは一緒にいられないから。
少しでも長く彼の隣にいたいから、この気持ちに名前はつけない。
***あとがき***
両片思い、実に私得ッ!
今回は色々自分に課題を設けてみました。
最近甘い話はダンテ視点ばかりだったので今回はヒロイン視点、「○○の秋」をできるだけ入れる縛りです。
ほわほわした恋する(?)女の子の視点を書くのはなんだか楽しかったです。
ただダンテと違って明確に「好き!」と言わせることができないので、そういう点で言うと難しいです。
「○○の秋」ですが、「スポーツの秋」は追いかけっこでクリア、「食欲の秋」はスイートポテト、
「読書の秋」は苦しいけどイチョウのしおりでクリア!「行楽の秋」はイチョウ並木でOK。
「芸術の秋」は入れられませんでした、残念。
紅葉が街を彩る、秋。
見上げた空は高く、秋の雲が穏やかに流れている。
買い物帰りのダンテとこのみは、イチョウの絨毯が敷き詰められた道を歩いていた。
目に鮮やかなその黄色の葉は、踏むとふわふわして、歩けば軽い音を立てる。
このみはその音を聴いて、一言感想を漏らした。
「落ち葉のハーモニーだね」
「おっ、ポエマーこのみちゃん」
「なに、それ!」
ダンテにからかわれて、イチョウの黄色に包まれた中で、このみはモミジのように頬を赤らめた。
そして吐息混じりに呟く。
「……イチョウ並木、すごい。もうすっかり秋だね」
内容は素直に秋を賛するものなのに、このみの表情は明るくなかった。
それを不思議に思ったのか、ダンテがこのみに向かって尋ねる。
「あんまり、嬉しそうじゃないな」
「うん……今年も受験、無理っぽいから」
このみは俯きがちに、足先でイチョウを軽く蹴り上げた。
「何で?センター試験とかいうの、1月だろ?」
「試験はそうだけど、出願は10月だから」
ふうと溜め息をついて、このみは立ち止まる。
「あーあ、これで2回目の浪人かぁ。来年は帰れるかなぁ」
「……まだ、帰るの諦めてない?」
ほんの少しの緊張を滲ませて尋ねるダンテを見て、このみは寂しげな笑みを浮かべた。
「……うん。お父さんとお母さんが待ってるから」
「……そうだな」
頷くダンテの顔を横目で窺うと、このみの胸は針で突き刺したかのようにチクチク痛む。
これまでずっと、真綿でくるむようなダンテの優しさに甘えてきた。
最初に出会った頃とは違う想いのこもった瞳でこのみを見つめるダンテに、気付かないわけがなかった。
そこまで鈍感になれないのは、このみもまたダンテを意識しているからなのだろうか。
けれど、このみはこの世界で「誰も好きになるわけにはいかない」から。
だから、ダンテがどれだけ好意を示してくれようと、このみは応えないし応えられない。
それはダンテも分かっているのか、具体的な言葉は何も言わないし、表向きはこのみをからかうような扱いばかりする。
からかいの延長線であれば──このみは許してくれる、そう思っているのかもしれない。
実際その通りだし、かなり恥ずかしいけれどダンテにからかわれるのもそんなに嫌じゃない。
むしろそんな風に構われることが嬉しいとさえ思う自分がいる。
その思いも、口にはできないけれど。
だから「家に帰りたい」と願うこのみの気持ちを汲み取って、何も言わないでくれているダンテに、申し訳なく思いつつもこのみはほっとしていた。
思いを通わせ合わせさえしなければ、素直な気持ちでこのみの世界に帰れると思ったから。
「もうすぐ、ダンテと出会って一年になるね」
「11月の頭だったか。時間が経つのは早いな」
「結局、ジャンの行方は全然分からないままだね。どこにいるのかなぁ……。また、わたしみたいにこの世界にやってきた人もいるのかなぁ。ジャンに捕まってなければいいんだけど」
このみもダンテも方々に手を尽くしてはいるのだが、クリスマスイブの一件以来、ジャンの行方は掴めないままだ。
もうこの街にはいないのかもしれないが、確証がない以上探し続けることしかこのみにはできない。
「俺も、手配書の顔しか知らないからな……。悪魔なら顔くらい変えられるかもしれないし」
「そうさくは困難をきわめるね」
大真面目にこのみがそう言うと、ダンテは笑ってもいいものかどうか、何とも言えない顔をした。
「……このみは覚えたばかりの単語を使いたがるな。発音が下手なだけに余計珍妙」
「ち、何?もう一回言って。綴りと意味も」
ポケットから単語カードを取り出し、早速メモを取る体勢を取ったこのみにダンテは苦笑する。
「語彙に珍妙って単語が増えた所で、一生のうち何回使うんだか……」
そんなことを言いつつも、ダンテは綴りと意味を教えてくれた。
それを単語カードに書き込んで、このみは繰り返し発音する。
「ちん、みょう。ちんみょー、ちんみょう、ちんみょう、ちんみょう!覚えた!」
「珍妙なのはお前だよ!」
何がツボに入ったのか、ダンテは吹き出しそうになるのを堪えようと口を押さえた。
けれど結局堪えきれず、その場で大爆笑し始める。
目に涙さえ浮かべているダンテを見て、このみはよく分からないながらも顔を赤くした。
「な、何がそんなにおかしいの」
「やーもうお前一生分くらい珍妙って言ったろ。あー笑った。このみといると飽きないな」
そう言うとダンテはこのみの頭を撫でる。
このみを見つめるそのアイスブルーの瞳が優しくて、このみは先程とは違う意味で頬を染めた。
「こっちは必死に覚えてるのに、笑わないで」
照れ隠しで思わずそう言えば、
「ごめんごめん」
とダンテは謝った。
そうして立ち止まっていた二人は、再び歩き出す。
ほんの少し冷えた風が木々を揺らせば、辛うじて枝にしがみついていたイチョウが離れて、2人の頭上にふりそそいだ。
それはまるで黄色いシャワーのようで、視界いっぱいに暖かな色が広がり、思わずこのみはその光景に見入ってしまう。
「このみ」
名前を呼ばれてダンテを見上げれば、彼は長い指を伸ばしてこのみの黒髪に触れた。
いつも頭を撫でられるのは何でもないのに、ダンテに髪に触れられていると思うと、恥ずかしさが増すのは何でなんだろう。
ダンテは掬うようにしてこのみの髪から何かを取り上げた。
そしてこのみの前にイチョウの葉っぱを差し出す。
「ついてた」
「ありがとう」
ダンテの手からイチョウを受け取って、このみはそれを指先でつまんでくるくると回した。
「これでしおりでも作ろうかな」
「それ何か、形が不細工だろ。もっといいのにしたらどうだ?」
「……これがいいの」
思わず口について出たその言葉を、このみ自身もよく理解できなかった。
ワンテンポ遅れて自らの言葉を把握したこのみは、顔が熱くなるのを感じる。
横目でダンテを見やれば、零れんばかりの笑みをたたえて、心底嬉しそうな顔でこのみを見つめていた。
このみの視線に気が付くと、その甘い笑顔にほんのり意地悪な表情を浮かべる。
「それって、どういう意味?」
「……しらないっ」
分かっていて聞くのだから質の悪い人だ。
どうにもできない恥ずかしさをぶつけるようにして、このみはダンテの先を歩く。
なんだかふわふわするのは、きっと足元のせいだけではない。
「このみ、待てよ」
ダンテとこのみではそもそも圧倒的にコンパスが違う。
あっという間にダンテに追いつかれて、未だに顔が赤いままだったこのみは更に歩を速めた。
「おっ?」
またもやこのみの背中を見るはめになったダンテは、口の端に笑みを浮かべる。
対抗されれば逆に食らいつこうとする彼の性格を、このみも知っているはずなのに、無謀な勝負を仕掛けてしまった気がする。
気が付けば、このみの隣にもうダンテが並んでいた。
何だか負けた気がして、むっとしたこのみはもう一段階歩みを速める。
それを面白そうな顔をしたダンテが更に追う。
そんなやりとりが何度か続いて、とうとう息の上がってしまったこのみが音を上げた。
「こ、このふもーな勝負……やめない……?」
「不毛、な。このみが逃げるから」
もう恥ずかしくて顔が赤いのか、運動して温まったせいで赤いのか、よく分からない。
このみは乱れた呼吸を整えるように、何度か深呼吸をする。
「……最近、走ること少ないから体力落ちちゃったかも。1年前は、もっと……」
高校生だった頃は、体育の授業もあった。
秋と言えば、思い出すのは体育祭や文化祭で、そんな学校の日々が昨日のことのように思い出される。
一緒に笑っていた友人の顔が浮かんで、このみは鉛を心臓に詰められたような感覚を覚えた。
喘ぐこのみを労るためか、それとも故郷を思い出して暗い顔をしたのを慰めるためか、ダンテの手のひらがこのみの背中に伸びて、撫でる。
その温かさを背中に受けていると、安心すると同時にどうしようもなく泣きたくなって、このみは涙の滲む瞳を見せないように俯いた。
「……また元の世界のこと、思い出したのか?」
「……うん」
それもあるけれど。
泣きそうになった理由は、何よりも目の前にいる人が優しいから。
素直にそう言えたなら、この胸のうちの強張りを解くことができるかもしれない。
けれどこのみは「家に帰らなければならない」から。
だから決して口には出さない。
手の中にあるイチョウを見て一瞬ぎゅっと目蓋を閉じた後、次にはこのみは笑顔を見せていた。
「何だか、走ったらお腹すいちゃったね。帰ったらスイートポテトでも作ろうかな」
「マジで?やった」
途端に喜色を滲ませるダンテを見て、このみは微笑んだ。
「ダンテは甘いもの好きだね」
「まあな。甘ければ大抵のもんは美味いしな。苦いものとか渋いものを好んで食べる人類のが変だって聞いたことあるぜ」
「渋いのはダンテも苦手だよね。日本茶飲めないもんね」
このみがそう言うと、ダンテは茶の味を思い出したのか顔まで渋く歪ませた。
「あれは無理だ」
「本当は、和菓子とかお漬け物と一緒に頂くの。だから逆に和菓子はあんなに甘いのね」
以前桜屋から和菓子を持ち帰って、ダンテと食べたことがある。
が、ダンテに和菓子は甘すぎだったようで、甘いものが好きだと豪語する彼も早々にギブアップしていた。
「あれ、何?何であんなに甘いの?」
「こっちの人は、小豆がダメなのかなあ」
「まず豆が甘いってとこからして分かんない」
大真面目にダンテがそう言うので、可笑しくなったこのみは思わず笑ってしまう。
日本人でも餡子が苦手な人は多いし、ダンテが苦手でも尚更変ではない。
「俺もいつか、食べられるようになるかな」
「無理して食べなくてもいいんだよ」
このみがそう言うと、ダンテは少し照れたような顔をする。
「だって、このみが美味そうに食べてるもんを食えないのって、悔しいだろ」
できれば一緒に食べたいし、と続けたダンテの言葉に、このみの頬はまたもや熱を持った。
普段素直じゃない彼からそんな言葉が飛び出すなんて思っていなかったから、完全に不意打ちだった。
それをごまかすように、このみは慌てて言葉を紡ぐ。
「きょ、今日はスイートポテトだから、一緒に食べられるよ」
「そうだな」
このみの言葉にダンテは破顔した。
その笑顔が少し子供っぽくて、思わず可愛いとこのみは思ってしまった。
相手は逞しくって格好いい青年なはずなのに。
「どうした?」
「なんでもない!」
可愛い、と思ったなんて言ったら、不機嫌になった彼が復讐するためにまたこのみを構い倒すに違いない。
だからこのみは緩みそうな頬を押さえて、そう言っていた。
気が付けばイチョウ並木を抜けて、コンクリートが身を寄せたような街並みが視界に広がっていた。
振り返ると、イチョウ並木の空間だけ、そこを切り取ったかのように鮮やかだった。
「あそこだけ、別の場所みたいだね」
「あの並木道を歩いた後なら、どんな場所も殺風景に見えるな」
「来年も──」
──来年も一緒に見たいね。
そう言いかけたこのみは、これでは来年も帰れないつもりではないかと気づいて、一旦一呼吸置いた。
「来年も、きっと綺麗に紅葉してるんだろうね」
何とか、自然にごまかすことができた……と思う。
ダンテはこのみが一瞬言葉に詰まったことに気付いたようで首を傾げたが、深く追及することなく頷いた。
そのことにこのみはほっとして、前に向き直ってダンテと歩き出した。
他愛もない会話を彼としていると、心の中がぽかぽかと暖かい。
もう足元にイチョウの葉は落ちていないはずなのに、まだふわふわする。
コンクリートだらけの街並みも、いつもよりキラキラしている気がする。
心の奥底では、そう感じる理由に気付いている自分がいた。
──隣にダンテがいると、世界中が幸せに満ちたものになる。
けれど自分の気持ちを認めてしまえば、もうダンテとは一緒にいられないから。
少しでも長く彼の隣にいたいから、この気持ちに名前はつけない。
***あとがき***
両片思い、実に私得ッ!
今回は色々自分に課題を設けてみました。
最近甘い話はダンテ視点ばかりだったので今回はヒロイン視点、「○○の秋」をできるだけ入れる縛りです。
ほわほわした恋する(?)女の子の視点を書くのはなんだか楽しかったです。
ただダンテと違って明確に「好き!」と言わせることができないので、そういう点で言うと難しいです。
「○○の秋」ですが、「スポーツの秋」は追いかけっこでクリア、「食欲の秋」はスイートポテト、
「読書の秋」は苦しいけどイチョウのしおりでクリア!「行楽の秋」はイチョウ並木でOK。
「芸術の秋」は入れられませんでした、残念。