いつものお前はどこにいる?
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* * *
「あれっ、このみちゃんの彼氏さんじゃないっすかー!」
12月も終わりを迎えようとする夜の酒場で、明るく話しかけてきた男の顔を見て、ダンテはげんなりした。
このみと同じバイト先の、以前雪の日に傘を貸してやった男で、このみに気があるとかいう日本人だった。
──この男、正直苦手だ。
このみの事を抜きにすれば、結構好きな部類なのかもしれないけれど。
彼はダンテとこのみが恋人同士だと勘違いしている。
……そう思われるのも無理はないが。
「彼氏さん、1人なら一緒に飲みませんかぁ?連れが帰っちゃって寂しかったんすよぉ」
真っ赤な顔で既に出来上がっている男は、カウンターに掛けたダンテの横に、グラスを持ってやってくる。
席の一番端のここは、逃げ場がない。
かといって、あからさまに避ければこのみの角が立つし。
ダンテは諦めの境地で、バーテンが差し出したグラスに口をつけた。
男はバイト先でのこのみの様子などを、聞いてもいないのに語り出す。
話の内容自体は興味があったので、適当に相槌を打ちながらダンテは男の話に耳を傾けた。
……それだけ自分の知らないこのみを、この男は見ているのかと思うと、何となく不愉快になるけれど。
「そういや、このみちゃんってご両親と仲悪いんすか?」
「まさか。あいつは両親ラブだよ」
ひょっとしたら俺よりも、と言いかけた言葉をダンテは飲み込む。
男はいまいち納得していない様子で首をひねった。
「う~ん、このみちゃんの性格からしてそんな感じはしてたんすけど。
亡くなってる訳じゃないみたいだし、だったら、何で日本に帰らないんですか?
今年の正月も帰らないって言ってましたよ」
「あー……」
このみの場合、帰りたくても帰れないだけなのだが、その理由をこの男に説明するわけにもいかない。
ダンテは曖昧に頷きながら、グラスの中の酒を口に運ぶ。
「特に今年は、せっかく成人式なのに、帰らなくていいんすかねえ。ご両親も娘の晴れ姿見たいだろうに」
「成人式?」
それは初耳だ。
男は知らなかったんですか、と目を丸くする。
「日本だと20歳で成人なんですよ。お酒も飲めるし煙草も吸える。
1月に毎年成人の日っていうのがあって、その前後で20歳を迎える人を集めて日本全国各地みんなで祝うんです」
「へえ……」
酒も煙草も、このみから縁遠いものだった。
煙草はダンテが嫌いなので、このみが触れる機会自体少ないのだが、酒に関してはダンテが飲んでいてもこのみは欲しがったりしない。
けれど、このみの国でもう酒が飲める歳なら勧めてみれば良かった。
それに成人式とやらは、全国の20歳全員を祝うからには相当派手な催しなのだろう。
「特に女の子は振袖着て、そりゃもう華やかなんすよ。親子代々受け継いだりしてね」
「フリソデ……って何だ?」
「和服の一種ですよ。こう袖がバサーッと長くて、未婚の女性が着る晴れ着です。
20歳は一度だけですから、女の子を持つ親とかじーちゃんばーちゃんの気合いの入れようは凄いですよ」
……ということは、このみの両親も本来なら成人式に向けて娘のために色々準備していた筈だったのか。
そしてそれは、このみが20歳でいるのは今年限りだというのに、叶いそうもない。
両親に祝ってもらうのが無理なら……それならせめて、自分が祝ってやりたい。
「なあ、そのフリソデとか言うの、いくらくらいするんだ?」
「えっ、えぇ!?買うつもりすかぁ!?相場は知らないですけど、めちゃくちゃ高いと思いますよ!?」
「だいたいでいいから」
「えー……ピンキリだと思いますけど。前カタログで見かけたのが80万円くらいだったから……ドルに換算すると……」
ポツリと呟いた男の言葉を聞いて、ダンテは唖然とした。
服一枚がそんなにするのかと。
運良く実入りの良い依頼が入ったとして、そんな高いフリソデとやらをプレゼントしてやっても、このみは喜ばないような気がする。
というかそもそも、この辺に着物を売ってる店なんてあるのだろうか。
「……あの、良かったら桜屋の女将さんに話聞いてみましょうか?
制服の着物、用意してるの女将さんだから。何か伝手とかあるかも……」
値段を聞いた途端黙り込んだダンテを気遣うように、男は言う。
ダンテは思わずその手を取った。
「お前……いいやつだな!」
苦手だと思っていたというのに、いざ協力してくれると聞いた途端にこの態度。
我ながら現金な男だ、と思いつつもダンテは男の手を握り締める。
「やあ、まぁ、俺もこのみちゃんの振袖姿見たいですし。
あ、貸し作るんですから、一回くらいこのみちゃんとデートしても……」
「……………………」
「いたたたたた爪食い込んでますってば!じょ、冗談ですよ!!」
「今日は俺が奢ってやる。それで貸し借りチャラな。さあ飲め、どんどん飲め。死ぬほど飲め」
「俺、死んだら女将さん紹介できませんよ……」
男のグラスになみなみと酒を注ぎ、それをダンテは彼の方へ押しやった。
……殺気混じりの笑顔を向けることも忘れずに。
* * *
その数日後、連絡先を交換した男から事務所に電話があった。
その女将さんとやらが言うには、定休日に予定を空けておくので、自宅兼店舗へやってくるように、とのことらしい。
断られなかったということは、何かしら考えてくれているのかもしれない。
受話器を置いたダンテは、期待に胸を膨らませながら約束の日を待った。
約束の当日、図書館へ勉強しに向かうこのみを笑顔で見送ってから、ダンテは活動を開始した。
店が定休日なら、このみもわざわざバイト先まで足を運んだりはしないだろう。
驚いた彼女を見てみたいから、このみの成人を祝う準備をしている事は内緒にしてある。
というか、事前に知らせておいたら「そんなのしなくていい」と言われるのが分かっているから。
だからこのみが断る隙を与えないうちに、全てお膳立てしておけばいいのだ。
バイクを転がして桜屋に向かったダンテは、桜屋の戸を叩いた。
ややあって、目の前の戸が開く。
「あら、こんにちは。直接お話するのは初めてね。富士川祥子と申します。
あなたは、ダンテ君ね。お噂はかねがね」
「ども」
中から穏やかな笑みを浮かべる日本人女性が現れて、ダンテを中へ招き入れた。
祥子と名乗ったこの女性は、何度かこのみの送り迎えをした時に見かけたことがある。
中に足を踏み入れ、和風モチーフの店内を珍しそうにキョトキョト見渡すダンテに、祥子は笑顔で言った。
「うちのお店に入ったこと、一度もなかったかしら」
「このみが恥ずかしいから来るなって言うから」
「あらあら。でもこのみちゃんが働いてる所、見てもらいたいわ。すごく頑張ってるから。
それにうちのお料理も是非食べてもらいたいわね」
「このみを説得できるよう努力する」
ダンテがそう言えば、祥子は可笑しそうに笑った。
それから店を突っ切り、階段の方へダンテを案内する。
「……あなたは本当にこのみちゃんを思いやっているのね」
「えーっと……」
改めて言われると気恥ずかしくて、ダンテは曖昧に言葉を濁す。
「だって、そうでなきゃ成人を祝おうなんて思わないわ。
私も、せっかく成人式があるのに、日本に帰らなくていいのかしらって思っていたから。
……いつもお店を手伝ってくれるのは嬉しいし有難いんだけどね」
祥子はそう言いながら階段を上り、自宅になっているであろう部屋に入った。
「うお……」
落ち着いた佇まいの内装の中に一際目を引くものがあって、ダンテの目線は一瞬にしてそれに奪われる。
そこには衝立のような形をした衣装掛けに、豪華な模様が施された赤色の布地が飾られていたのだ。
このみがバイトをしている際に着ている地味な和服とは全く違うのが、素人目から見ても分かる。
全体に大小様々な花が散らされ、金箔で流れるように描かれた柄が華やかなその衣装は、
感嘆の極みというか、見ていて惚れ惚れしてしまう。
まるで赤色のキャンバスに、繊細な花が咲いているかのようだ。
「私の振袖なんだけど……。これで良かったら、このみちゃんにどうかしら。
日本ならともかく、こちらで用意しようと思ったら、レンタルにしろ買うにしろ高くつくものね」
「貸してくれるのか?」
何て気前の良い人間なんだ、と思いながらダンテが祥子を振り返ると、
彼女から更に驚くべき言葉が飛び出した。
「……このみちゃんになら、譲ってもいいと思ってるの。
持っていても私はもう着ないし……子供もいないから」
──ゆ、譲ってもらうなんて。
貰えるものは貰っておく主義のダンテでも、振袖の値段を聞いた今ではさすがにそこまで図々しくなれない。
そもそも貰うのはダンテでなくこのみだ。
「いや、でも……。このみ、絶対遠慮すると思う……」
「ふふ、そうね。どちらにせよ本人の意思を聞かないといけないわね。
とりあえず、成人のお祝いにこのみちゃんにこの振袖どうかしら、と思ったんだけど。
あなたはどう思う?違う色とか柄の方がいい?」
「俺、詳しくないから何とも言えないが……これ着たこのみか……」
深い落ち着いた色合いの赤い絹地に、あでやかな柄が躍っている。
絢爛としたこの衣装をこのみが着ているところを想像してみると、感動するような、感傷的な気分になるような。
出会った時は子供だと思っていたこのみも、もう酒が飲めるほどの立派な歳になったわけで、
二年ほどしかこのみと付き合いのないダンテでさえ、年月の早さというものを痛感してしまう。
……本来ならこの気持ちは、彼女の両親が抱くべきなんだろう。
けれど、会話ができない状態から彼女を見守ってきた身としては、何となく親心に似たものを感じる。
「……このみがこれ着たところ、見てみたい。貸してもらえるか?」
「勿論、喜んでお貸しするわ」
にっこりと笑う祥子に向かって、ダンテは頷き返した。
そんなダンテの背中を押してテーブルの前に座らせると、祥子は色んなカタログを目の前に広げ始める。
「振袖はこれにするとして、ヘアアレンジもどんな感じにするか決めないとね!
ダンテ君的にはどんなのがお好みかしら?
せっかくだから写真も撮りましょうね!近所の写真屋さんに予約しておいて……。
写真撮るのも、ヘアメイクも、安くは済まないわよ~。可愛い彼女のために甲斐性見せなさい!」
バシンと背中を叩かれて、ダンテは少し怯む。
大変な出費も覚悟していたから、振袖分が浮いただけ有難いと思わねばならない。
その後祥子にあれこれ指図されながら、ダンテはこのみのために成人祝いの準備を進めたのだった。
「あれっ、このみちゃんの彼氏さんじゃないっすかー!」
12月も終わりを迎えようとする夜の酒場で、明るく話しかけてきた男の顔を見て、ダンテはげんなりした。
このみと同じバイト先の、以前雪の日に傘を貸してやった男で、このみに気があるとかいう日本人だった。
──この男、正直苦手だ。
このみの事を抜きにすれば、結構好きな部類なのかもしれないけれど。
彼はダンテとこのみが恋人同士だと勘違いしている。
……そう思われるのも無理はないが。
「彼氏さん、1人なら一緒に飲みませんかぁ?連れが帰っちゃって寂しかったんすよぉ」
真っ赤な顔で既に出来上がっている男は、カウンターに掛けたダンテの横に、グラスを持ってやってくる。
席の一番端のここは、逃げ場がない。
かといって、あからさまに避ければこのみの角が立つし。
ダンテは諦めの境地で、バーテンが差し出したグラスに口をつけた。
男はバイト先でのこのみの様子などを、聞いてもいないのに語り出す。
話の内容自体は興味があったので、適当に相槌を打ちながらダンテは男の話に耳を傾けた。
……それだけ自分の知らないこのみを、この男は見ているのかと思うと、何となく不愉快になるけれど。
「そういや、このみちゃんってご両親と仲悪いんすか?」
「まさか。あいつは両親ラブだよ」
ひょっとしたら俺よりも、と言いかけた言葉をダンテは飲み込む。
男はいまいち納得していない様子で首をひねった。
「う~ん、このみちゃんの性格からしてそんな感じはしてたんすけど。
亡くなってる訳じゃないみたいだし、だったら、何で日本に帰らないんですか?
今年の正月も帰らないって言ってましたよ」
「あー……」
このみの場合、帰りたくても帰れないだけなのだが、その理由をこの男に説明するわけにもいかない。
ダンテは曖昧に頷きながら、グラスの中の酒を口に運ぶ。
「特に今年は、せっかく成人式なのに、帰らなくていいんすかねえ。ご両親も娘の晴れ姿見たいだろうに」
「成人式?」
それは初耳だ。
男は知らなかったんですか、と目を丸くする。
「日本だと20歳で成人なんですよ。お酒も飲めるし煙草も吸える。
1月に毎年成人の日っていうのがあって、その前後で20歳を迎える人を集めて日本全国各地みんなで祝うんです」
「へえ……」
酒も煙草も、このみから縁遠いものだった。
煙草はダンテが嫌いなので、このみが触れる機会自体少ないのだが、酒に関してはダンテが飲んでいてもこのみは欲しがったりしない。
けれど、このみの国でもう酒が飲める歳なら勧めてみれば良かった。
それに成人式とやらは、全国の20歳全員を祝うからには相当派手な催しなのだろう。
「特に女の子は振袖着て、そりゃもう華やかなんすよ。親子代々受け継いだりしてね」
「フリソデ……って何だ?」
「和服の一種ですよ。こう袖がバサーッと長くて、未婚の女性が着る晴れ着です。
20歳は一度だけですから、女の子を持つ親とかじーちゃんばーちゃんの気合いの入れようは凄いですよ」
……ということは、このみの両親も本来なら成人式に向けて娘のために色々準備していた筈だったのか。
そしてそれは、このみが20歳でいるのは今年限りだというのに、叶いそうもない。
両親に祝ってもらうのが無理なら……それならせめて、自分が祝ってやりたい。
「なあ、そのフリソデとか言うの、いくらくらいするんだ?」
「えっ、えぇ!?買うつもりすかぁ!?相場は知らないですけど、めちゃくちゃ高いと思いますよ!?」
「だいたいでいいから」
「えー……ピンキリだと思いますけど。前カタログで見かけたのが80万円くらいだったから……ドルに換算すると……」
ポツリと呟いた男の言葉を聞いて、ダンテは唖然とした。
服一枚がそんなにするのかと。
運良く実入りの良い依頼が入ったとして、そんな高いフリソデとやらをプレゼントしてやっても、このみは喜ばないような気がする。
というかそもそも、この辺に着物を売ってる店なんてあるのだろうか。
「……あの、良かったら桜屋の女将さんに話聞いてみましょうか?
制服の着物、用意してるの女将さんだから。何か伝手とかあるかも……」
値段を聞いた途端黙り込んだダンテを気遣うように、男は言う。
ダンテは思わずその手を取った。
「お前……いいやつだな!」
苦手だと思っていたというのに、いざ協力してくれると聞いた途端にこの態度。
我ながら現金な男だ、と思いつつもダンテは男の手を握り締める。
「やあ、まぁ、俺もこのみちゃんの振袖姿見たいですし。
あ、貸し作るんですから、一回くらいこのみちゃんとデートしても……」
「……………………」
「いたたたたた爪食い込んでますってば!じょ、冗談ですよ!!」
「今日は俺が奢ってやる。それで貸し借りチャラな。さあ飲め、どんどん飲め。死ぬほど飲め」
「俺、死んだら女将さん紹介できませんよ……」
男のグラスになみなみと酒を注ぎ、それをダンテは彼の方へ押しやった。
……殺気混じりの笑顔を向けることも忘れずに。
* * *
その数日後、連絡先を交換した男から事務所に電話があった。
その女将さんとやらが言うには、定休日に予定を空けておくので、自宅兼店舗へやってくるように、とのことらしい。
断られなかったということは、何かしら考えてくれているのかもしれない。
受話器を置いたダンテは、期待に胸を膨らませながら約束の日を待った。
約束の当日、図書館へ勉強しに向かうこのみを笑顔で見送ってから、ダンテは活動を開始した。
店が定休日なら、このみもわざわざバイト先まで足を運んだりはしないだろう。
驚いた彼女を見てみたいから、このみの成人を祝う準備をしている事は内緒にしてある。
というか、事前に知らせておいたら「そんなのしなくていい」と言われるのが分かっているから。
だからこのみが断る隙を与えないうちに、全てお膳立てしておけばいいのだ。
バイクを転がして桜屋に向かったダンテは、桜屋の戸を叩いた。
ややあって、目の前の戸が開く。
「あら、こんにちは。直接お話するのは初めてね。富士川祥子と申します。
あなたは、ダンテ君ね。お噂はかねがね」
「ども」
中から穏やかな笑みを浮かべる日本人女性が現れて、ダンテを中へ招き入れた。
祥子と名乗ったこの女性は、何度かこのみの送り迎えをした時に見かけたことがある。
中に足を踏み入れ、和風モチーフの店内を珍しそうにキョトキョト見渡すダンテに、祥子は笑顔で言った。
「うちのお店に入ったこと、一度もなかったかしら」
「このみが恥ずかしいから来るなって言うから」
「あらあら。でもこのみちゃんが働いてる所、見てもらいたいわ。すごく頑張ってるから。
それにうちのお料理も是非食べてもらいたいわね」
「このみを説得できるよう努力する」
ダンテがそう言えば、祥子は可笑しそうに笑った。
それから店を突っ切り、階段の方へダンテを案内する。
「……あなたは本当にこのみちゃんを思いやっているのね」
「えーっと……」
改めて言われると気恥ずかしくて、ダンテは曖昧に言葉を濁す。
「だって、そうでなきゃ成人を祝おうなんて思わないわ。
私も、せっかく成人式があるのに、日本に帰らなくていいのかしらって思っていたから。
……いつもお店を手伝ってくれるのは嬉しいし有難いんだけどね」
祥子はそう言いながら階段を上り、自宅になっているであろう部屋に入った。
「うお……」
落ち着いた佇まいの内装の中に一際目を引くものがあって、ダンテの目線は一瞬にしてそれに奪われる。
そこには衝立のような形をした衣装掛けに、豪華な模様が施された赤色の布地が飾られていたのだ。
このみがバイトをしている際に着ている地味な和服とは全く違うのが、素人目から見ても分かる。
全体に大小様々な花が散らされ、金箔で流れるように描かれた柄が華やかなその衣装は、
感嘆の極みというか、見ていて惚れ惚れしてしまう。
まるで赤色のキャンバスに、繊細な花が咲いているかのようだ。
「私の振袖なんだけど……。これで良かったら、このみちゃんにどうかしら。
日本ならともかく、こちらで用意しようと思ったら、レンタルにしろ買うにしろ高くつくものね」
「貸してくれるのか?」
何て気前の良い人間なんだ、と思いながらダンテが祥子を振り返ると、
彼女から更に驚くべき言葉が飛び出した。
「……このみちゃんになら、譲ってもいいと思ってるの。
持っていても私はもう着ないし……子供もいないから」
──ゆ、譲ってもらうなんて。
貰えるものは貰っておく主義のダンテでも、振袖の値段を聞いた今ではさすがにそこまで図々しくなれない。
そもそも貰うのはダンテでなくこのみだ。
「いや、でも……。このみ、絶対遠慮すると思う……」
「ふふ、そうね。どちらにせよ本人の意思を聞かないといけないわね。
とりあえず、成人のお祝いにこのみちゃんにこの振袖どうかしら、と思ったんだけど。
あなたはどう思う?違う色とか柄の方がいい?」
「俺、詳しくないから何とも言えないが……これ着たこのみか……」
深い落ち着いた色合いの赤い絹地に、あでやかな柄が躍っている。
絢爛としたこの衣装をこのみが着ているところを想像してみると、感動するような、感傷的な気分になるような。
出会った時は子供だと思っていたこのみも、もう酒が飲めるほどの立派な歳になったわけで、
二年ほどしかこのみと付き合いのないダンテでさえ、年月の早さというものを痛感してしまう。
……本来ならこの気持ちは、彼女の両親が抱くべきなんだろう。
けれど、会話ができない状態から彼女を見守ってきた身としては、何となく親心に似たものを感じる。
「……このみがこれ着たところ、見てみたい。貸してもらえるか?」
「勿論、喜んでお貸しするわ」
にっこりと笑う祥子に向かって、ダンテは頷き返した。
そんなダンテの背中を押してテーブルの前に座らせると、祥子は色んなカタログを目の前に広げ始める。
「振袖はこれにするとして、ヘアアレンジもどんな感じにするか決めないとね!
ダンテ君的にはどんなのがお好みかしら?
せっかくだから写真も撮りましょうね!近所の写真屋さんに予約しておいて……。
写真撮るのも、ヘアメイクも、安くは済まないわよ~。可愛い彼女のために甲斐性見せなさい!」
バシンと背中を叩かれて、ダンテは少し怯む。
大変な出費も覚悟していたから、振袖分が浮いただけ有難いと思わねばならない。
その後祥子にあれこれ指図されながら、ダンテはこのみのために成人祝いの準備を進めたのだった。