お邪魔虫の知らせ
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* * *
じわじわと体を浸食していくような熱気がまとわり付く。
不快な空気から一歩、ドアを挟んだ向こう側の空間に足を踏み入れると、冷房が入ったそこはまさに天国だった。
俺はその涼しさにほうっと息をつき、ポップコーンの香りのする空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
それからお目当である流行りのアクション映画の上映時間を、館内に張られた表で確認する。
とその時、物凄く見覚えのある二人組を館内で目撃して、俺は思わず溜め息をつきそうになった。
最初に俺に気が付いたのは、その二人組のうちのでかい方だった。
「よーエンツォ、お前も映画見に来たのか?」
普段のグウタラな姿からは想像できないような、実に爽やかな笑顔で俺に話しかけてきたのは、
スラム街で便利屋を営んでいる俺の腐れ縁、ダンテだった。
ご機嫌が服を着て歩いていると言っても過言ではないダンテの様子の理由は、考えるまでもなく彼の隣に佇んでいる日本人少女にある。
いや……もう少女という年齢ではないかもしれない。
彼女は今年で20歳なのだから。
「エンツォさん、こんにちは。今日も暑いですね」
そう言ってにっこり微笑むのは、ダンテの事務所に居候している女の子、伊勢このみちゃんだ。
春も終わりかけの季節にダンテと一悶着あったが、今ではすっかりもとの仲の良さに戻っているようだ。
見たところそう見えるだけで、本人達がどう思っているか俺は知らないけれど。
「お前らもアレ見に来たのか?」
俺が指差したのは、館内に貼られたアクション映画のポスターだ。
今日俺が見ようと思っていた映画でもある。
「そうだけど。エンツォは1人で来たのか?お寂しいことで」
にやっと意地悪く笑うダンテを見て俺は歯噛みする。
1人で映画見に来て何が悪い!
これだから奴と会うのは嫌だったんだ!
「なんでそんな言い方するの。わたしは1人で映画見に来るのもいいと思うよ。
ゆっくり好きなの見られるし、どうせ上映時間中は喋れないもんね」
「だよな!」
一生懸命フォローしてくれたこのみちゃんに向かって、俺は全力で頷く。
このみちゃんが俺側に回ったことで、ダンテは若干不機嫌になったようだ。
その眉間に皺を刻んで俺達を睨み付けてくる。
「……このみは1人で映画見に来たかったわけ?」
「そんなことないよ。ダンテと一緒だから嬉しいよ」
あまりにさらっとこのみちゃんの口からノロケ(?)が飛び出たので、俺は反応するまでに時間を要した。
ダンテはその言葉ですっかり機嫌を取り戻したらしく、刻んでいた眉間の皺を引っ込めた。
「せっかくだから、エンツォも一緒に見ようぜ。ついでに券買ってきてやる。次の時間のやつでいいよな?」
「あ、ああ……」
俺が呆然としている間に、ダンテはチケット売り場へ歩いていく。
残されたこのみちゃんはと言うと、何事もなかったかのように、購入していたらしいパンフレットを眺めていた。
……やっぱこの子強いわ。
「このみちゃんはパンフとか買う派なのか?」
「何事もやるからには余すことなく楽しむのがわたしの信条です」
「……へー」
無駄遣いを嫌う彼女もパンフレットを買ったりするんだな、と思っていたのだが、
ある意味もっともこのみちゃんらしい回答を得られて俺は頷いた。
その後チケットを買って戻ってきたダンテを入れて、3人でパンフレットを囲みながら入場開始の時間を待つ。
もうそろそろ時間になるといった時に、このみちゃんがポップコーンなんかを売っているコンセッションの方を指差した。
「エンツォさんはポップコーンとかジュース、買いますか?」
「ん?あー、そうだな。買おうか」
「わたし、買ってきます」
そう言ってコンセッションへ向かおうとするこのみちゃんを、ダンテが追う。
「このみ一人じゃ持ちきれねーだろ。俺も行く」
「あ、俺もメニュー表見たい」
「……結局三人で行くんだね」
このみちゃんは苦笑し、三人仲良く並んで売店へ向かう。
俺はあれこれ迷った挙句、スタンダードなポップコーンセットを頼むことにした。
ダンテとこのみちゃんも同じくセットを購入したようだが、ポップコーンはともかく、ジュースもMサイズ一つしか頼んでいない。
「お前らは飲み物一つでいいのか?」
尋ねてから、ひょっとしてこのみちゃんはトイレとか気になるのかな、と思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
ダンテは買ったばかりのポップコーンを早くもパクつきながら俺に言う。
「このみのやつ、Sでも全部飲みきれねーからいっつも俺と一緒に飲んでるんだよ」
「え……」
「だってこっちのSサイズって日本で言うLくらいあるんだよ。初めて頼んだときすごくビックリしたの」
「こっちのSが日本のLって、このみが小さいのも納得だよな」
「………………」
いつも一緒に、ですか。そうですか。
お互いの中でそれが自然なんだ、と俺は若干顔を引きつらせる。
まあ俺もこのみちゃんの少食さにびっくりしたことがある口だから、彼女がSサイズを飲みきれないのも分かる。
「あ、ストロー一本しか貰ってなかったね」
ダンテが抱えているセットを見たこのみちゃんが呟いて、コンセッションの方を振り返った。
入場開始時間が迫って混雑し始めたその場所にもう一度入り込むのは、正直億劫ではなかろうか。
「混んでるね。……まあストロー一本でいっか」
いいのかよ!?
ダンテは間接キスとか気にしないからいいとして、このみちゃんはそれでいいのかよ!?
……ものすごくそうツッコミたかったが、入場時間になったので俺は口を噤んだ。
映画が始まれば俺も二人もそっちに集中するだろうし、
恋人同士ではないとはいえ、明らかに想い合っている二人に野暮なことは言いっこなしってもんだ。
うんうん頷いた俺は、不思議そうにこっちを見てくる凸凹コンビよりも先に、入場を待つ列に並んだ。
* * *
上映が始まると、俺の予想通り二人は映画に集中しているようだった。
真面目で常識のあるこのみちゃんは勿論として、ダンテも別にこのみちゃんに向かって囁いたりなんかもしていなかった。
ちなみに席の並びとしては俺、このみちゃん、ダンテの順番だ。
ダンテ的に見ず知らずの奴の隣にこのみちゃんを座らせるよりは、俺の隣にした方が良いと思ったらしい。
映画はまだ導入部分といったところで、俺達はそれぞれポップコーンやジュースを口に運びながら映画に見入る。
けれど二人で一つのポップコーンを食べている二人は、時折タイミングがかち合うらしい。
何度目なのか手がぶつかって、俺の隣に座っているこのみちゃんは笑いを含んだ吐息を漏らした。
このみちゃんが遠慮して手を引っ込めると、ポップコーンをつまんだダンテの手がこのみちゃんの口元へ伸びてくる。
彼女はちらりとダンテを見上げたようだが、上映時間中なので文句を言うわけにもいかなかったのか、
素直にダンテの手からポップコーンを食べた。
……それをこっそり窺っている俺としては、非常にかゆいやり取りなわけで。
その後もダンテは、こっそりこのみちゃんにちょっかいを仕掛けていたみたいだ。
周りから苦情を言われないよう、静かに腕だけ動かしてやる辺りがダンテらしい。
しきりにこのみちゃんに向かってポップコーンを食べさせたり、ジュースを運んでやったり。
恐らく他人がやる分には全然気にならないような些細な行動だったのかもしれないが、
ダンテのあまりに甲斐甲斐しい様子が新鮮すぎて、そしておずおずとしながらもそれに応えるこのみちゃんが可愛くて、
俺は映画よりも隣の挙動ばかりが気になっていた。
内容が頭に入らないうちに、いつのまにか映画は一番盛り上がる場面に来ていた。
ポップコーンもジュースも空になったらしい隣は、やっと落ち着いたようだ。
俺はようやく安心し、ちらりとこのみちゃんの方を見た後スクリーンに視線を戻し、違和感を覚えてまたこのみちゃんに視線を送った。
……大人しくなったと思いきや、このみちゃんの右手は、ダンテの左手によってしっかり握られていた。
しかも握るだけでは飽き足らなかったのか、その指までしっかり絡めて。
……これで恋人同士じゃないって無理があるだろ!!
もういっそ行くところまで行っちまえよ焦れったいな!!
俺は訳もなく叫びだしたくなる衝動に必死に耐えながら、せめて隣が視界に入らないようにスクリーンを睨みつけることにした。
震える俺の目の前で、無情に移り変わるスクリーンは、クライマックスの大爆発の場面を迎えていた。
* * *
「面白かったねー」
「まさかエドガーが二重スパイだったとは思いもよらなかったな」
映画の内容が全く頭に入らなかった俺をよそに、あんだけいちゃいちゃしていた二人は内容をきちんと把握していた。
どこそこの場面が良かっただとか、俳優の演技がどうだとか、俺を差し置いて映画について話し込んでいる。
ダンテに一方的にからかわれていたと思っていたこのみちゃんだが、最早"あのやりとり"は彼女の中では慣れっこになっていたらしい。
その時、再びパンフレットを一緒に眺めていた二人の手がぶつかった。
このみちゃんは上映中のやりとりを思い出したのか、ほんの少し頬を染めて、責めるような瞳でダンテを見る。
そんなこのみちゃんの視線を受けたダンテは、俺が見たこともないような甘い微笑を浮かべて、機嫌をとるように彼女の頭を優しく撫でた。
このみちゃんは恥らいつつも、ダンテの手に撫でられるのを、幸せそうに笑いながら受け入れている。
……俺の内なる波動が暴れだしそうになるまでの、カウントダウンが始まった。
じっとそれを眺めていた俺の視線に気が付いたのか、このみちゃんは慌てて俺に向かって言う。
「エンツォさんは、どこが面白かったですか?最後の爆発のシーン、凄かったですよね」
「このみ、手がビクッってなってたな。音に驚いたのか?」
「うっ、うぅ……やっぱ気付いてたか……」
「ずっと握ってたからなー」
相手方から飛んできたハートマークが、ゴンゴンと音を立てて俺の頭にぶつかっているような気がする。
爆発のシーン?
そんなの隣のお前らが気になって露ほども頭に残ってねーよ!
「…………テメーら爆発しろ!!!」
俺は一言そう叫ぶと、ビックリして瞬く二人をそこに残し、映画館から蒸し暑い外の世界へ飛び出した。
炎天下だろーと、あの見ていると異様にムシャクシャする二人を見ているよりはずっとずっとマシだ。
もうあの映画はこの先見ない!
CMも流れたらチャンネル変えてやる!
あの映画を紹介してた雑誌も捨ててやる!
なぜならあの物凄くイライラする二人を思い出すから!
そう固く決意した俺は、わーわー叫びながら夏空の下を走ったのだった。
じわじわと体を浸食していくような熱気がまとわり付く。
不快な空気から一歩、ドアを挟んだ向こう側の空間に足を踏み入れると、冷房が入ったそこはまさに天国だった。
俺はその涼しさにほうっと息をつき、ポップコーンの香りのする空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
それからお目当である流行りのアクション映画の上映時間を、館内に張られた表で確認する。
とその時、物凄く見覚えのある二人組を館内で目撃して、俺は思わず溜め息をつきそうになった。
最初に俺に気が付いたのは、その二人組のうちのでかい方だった。
「よーエンツォ、お前も映画見に来たのか?」
普段のグウタラな姿からは想像できないような、実に爽やかな笑顔で俺に話しかけてきたのは、
スラム街で便利屋を営んでいる俺の腐れ縁、ダンテだった。
ご機嫌が服を着て歩いていると言っても過言ではないダンテの様子の理由は、考えるまでもなく彼の隣に佇んでいる日本人少女にある。
いや……もう少女という年齢ではないかもしれない。
彼女は今年で20歳なのだから。
「エンツォさん、こんにちは。今日も暑いですね」
そう言ってにっこり微笑むのは、ダンテの事務所に居候している女の子、伊勢このみちゃんだ。
春も終わりかけの季節にダンテと一悶着あったが、今ではすっかりもとの仲の良さに戻っているようだ。
見たところそう見えるだけで、本人達がどう思っているか俺は知らないけれど。
「お前らもアレ見に来たのか?」
俺が指差したのは、館内に貼られたアクション映画のポスターだ。
今日俺が見ようと思っていた映画でもある。
「そうだけど。エンツォは1人で来たのか?お寂しいことで」
にやっと意地悪く笑うダンテを見て俺は歯噛みする。
1人で映画見に来て何が悪い!
これだから奴と会うのは嫌だったんだ!
「なんでそんな言い方するの。わたしは1人で映画見に来るのもいいと思うよ。
ゆっくり好きなの見られるし、どうせ上映時間中は喋れないもんね」
「だよな!」
一生懸命フォローしてくれたこのみちゃんに向かって、俺は全力で頷く。
このみちゃんが俺側に回ったことで、ダンテは若干不機嫌になったようだ。
その眉間に皺を刻んで俺達を睨み付けてくる。
「……このみは1人で映画見に来たかったわけ?」
「そんなことないよ。ダンテと一緒だから嬉しいよ」
あまりにさらっとこのみちゃんの口からノロケ(?)が飛び出たので、俺は反応するまでに時間を要した。
ダンテはその言葉ですっかり機嫌を取り戻したらしく、刻んでいた眉間の皺を引っ込めた。
「せっかくだから、エンツォも一緒に見ようぜ。ついでに券買ってきてやる。次の時間のやつでいいよな?」
「あ、ああ……」
俺が呆然としている間に、ダンテはチケット売り場へ歩いていく。
残されたこのみちゃんはと言うと、何事もなかったかのように、購入していたらしいパンフレットを眺めていた。
……やっぱこの子強いわ。
「このみちゃんはパンフとか買う派なのか?」
「何事もやるからには余すことなく楽しむのがわたしの信条です」
「……へー」
無駄遣いを嫌う彼女もパンフレットを買ったりするんだな、と思っていたのだが、
ある意味もっともこのみちゃんらしい回答を得られて俺は頷いた。
その後チケットを買って戻ってきたダンテを入れて、3人でパンフレットを囲みながら入場開始の時間を待つ。
もうそろそろ時間になるといった時に、このみちゃんがポップコーンなんかを売っているコンセッションの方を指差した。
「エンツォさんはポップコーンとかジュース、買いますか?」
「ん?あー、そうだな。買おうか」
「わたし、買ってきます」
そう言ってコンセッションへ向かおうとするこのみちゃんを、ダンテが追う。
「このみ一人じゃ持ちきれねーだろ。俺も行く」
「あ、俺もメニュー表見たい」
「……結局三人で行くんだね」
このみちゃんは苦笑し、三人仲良く並んで売店へ向かう。
俺はあれこれ迷った挙句、スタンダードなポップコーンセットを頼むことにした。
ダンテとこのみちゃんも同じくセットを購入したようだが、ポップコーンはともかく、ジュースもMサイズ一つしか頼んでいない。
「お前らは飲み物一つでいいのか?」
尋ねてから、ひょっとしてこのみちゃんはトイレとか気になるのかな、と思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
ダンテは買ったばかりのポップコーンを早くもパクつきながら俺に言う。
「このみのやつ、Sでも全部飲みきれねーからいっつも俺と一緒に飲んでるんだよ」
「え……」
「だってこっちのSサイズって日本で言うLくらいあるんだよ。初めて頼んだときすごくビックリしたの」
「こっちのSが日本のLって、このみが小さいのも納得だよな」
「………………」
いつも一緒に、ですか。そうですか。
お互いの中でそれが自然なんだ、と俺は若干顔を引きつらせる。
まあ俺もこのみちゃんの少食さにびっくりしたことがある口だから、彼女がSサイズを飲みきれないのも分かる。
「あ、ストロー一本しか貰ってなかったね」
ダンテが抱えているセットを見たこのみちゃんが呟いて、コンセッションの方を振り返った。
入場開始時間が迫って混雑し始めたその場所にもう一度入り込むのは、正直億劫ではなかろうか。
「混んでるね。……まあストロー一本でいっか」
いいのかよ!?
ダンテは間接キスとか気にしないからいいとして、このみちゃんはそれでいいのかよ!?
……ものすごくそうツッコミたかったが、入場時間になったので俺は口を噤んだ。
映画が始まれば俺も二人もそっちに集中するだろうし、
恋人同士ではないとはいえ、明らかに想い合っている二人に野暮なことは言いっこなしってもんだ。
うんうん頷いた俺は、不思議そうにこっちを見てくる凸凹コンビよりも先に、入場を待つ列に並んだ。
* * *
上映が始まると、俺の予想通り二人は映画に集中しているようだった。
真面目で常識のあるこのみちゃんは勿論として、ダンテも別にこのみちゃんに向かって囁いたりなんかもしていなかった。
ちなみに席の並びとしては俺、このみちゃん、ダンテの順番だ。
ダンテ的に見ず知らずの奴の隣にこのみちゃんを座らせるよりは、俺の隣にした方が良いと思ったらしい。
映画はまだ導入部分といったところで、俺達はそれぞれポップコーンやジュースを口に運びながら映画に見入る。
けれど二人で一つのポップコーンを食べている二人は、時折タイミングがかち合うらしい。
何度目なのか手がぶつかって、俺の隣に座っているこのみちゃんは笑いを含んだ吐息を漏らした。
このみちゃんが遠慮して手を引っ込めると、ポップコーンをつまんだダンテの手がこのみちゃんの口元へ伸びてくる。
彼女はちらりとダンテを見上げたようだが、上映時間中なので文句を言うわけにもいかなかったのか、
素直にダンテの手からポップコーンを食べた。
……それをこっそり窺っている俺としては、非常にかゆいやり取りなわけで。
その後もダンテは、こっそりこのみちゃんにちょっかいを仕掛けていたみたいだ。
周りから苦情を言われないよう、静かに腕だけ動かしてやる辺りがダンテらしい。
しきりにこのみちゃんに向かってポップコーンを食べさせたり、ジュースを運んでやったり。
恐らく他人がやる分には全然気にならないような些細な行動だったのかもしれないが、
ダンテのあまりに甲斐甲斐しい様子が新鮮すぎて、そしておずおずとしながらもそれに応えるこのみちゃんが可愛くて、
俺は映画よりも隣の挙動ばかりが気になっていた。
内容が頭に入らないうちに、いつのまにか映画は一番盛り上がる場面に来ていた。
ポップコーンもジュースも空になったらしい隣は、やっと落ち着いたようだ。
俺はようやく安心し、ちらりとこのみちゃんの方を見た後スクリーンに視線を戻し、違和感を覚えてまたこのみちゃんに視線を送った。
……大人しくなったと思いきや、このみちゃんの右手は、ダンテの左手によってしっかり握られていた。
しかも握るだけでは飽き足らなかったのか、その指までしっかり絡めて。
……これで恋人同士じゃないって無理があるだろ!!
もういっそ行くところまで行っちまえよ焦れったいな!!
俺は訳もなく叫びだしたくなる衝動に必死に耐えながら、せめて隣が視界に入らないようにスクリーンを睨みつけることにした。
震える俺の目の前で、無情に移り変わるスクリーンは、クライマックスの大爆発の場面を迎えていた。
* * *
「面白かったねー」
「まさかエドガーが二重スパイだったとは思いもよらなかったな」
映画の内容が全く頭に入らなかった俺をよそに、あんだけいちゃいちゃしていた二人は内容をきちんと把握していた。
どこそこの場面が良かっただとか、俳優の演技がどうだとか、俺を差し置いて映画について話し込んでいる。
ダンテに一方的にからかわれていたと思っていたこのみちゃんだが、最早"あのやりとり"は彼女の中では慣れっこになっていたらしい。
その時、再びパンフレットを一緒に眺めていた二人の手がぶつかった。
このみちゃんは上映中のやりとりを思い出したのか、ほんの少し頬を染めて、責めるような瞳でダンテを見る。
そんなこのみちゃんの視線を受けたダンテは、俺が見たこともないような甘い微笑を浮かべて、機嫌をとるように彼女の頭を優しく撫でた。
このみちゃんは恥らいつつも、ダンテの手に撫でられるのを、幸せそうに笑いながら受け入れている。
……俺の内なる波動が暴れだしそうになるまでの、カウントダウンが始まった。
じっとそれを眺めていた俺の視線に気が付いたのか、このみちゃんは慌てて俺に向かって言う。
「エンツォさんは、どこが面白かったですか?最後の爆発のシーン、凄かったですよね」
「このみ、手がビクッってなってたな。音に驚いたのか?」
「うっ、うぅ……やっぱ気付いてたか……」
「ずっと握ってたからなー」
相手方から飛んできたハートマークが、ゴンゴンと音を立てて俺の頭にぶつかっているような気がする。
爆発のシーン?
そんなの隣のお前らが気になって露ほども頭に残ってねーよ!
「…………テメーら爆発しろ!!!」
俺は一言そう叫ぶと、ビックリして瞬く二人をそこに残し、映画館から蒸し暑い外の世界へ飛び出した。
炎天下だろーと、あの見ていると異様にムシャクシャする二人を見ているよりはずっとずっとマシだ。
もうあの映画はこの先見ない!
CMも流れたらチャンネル変えてやる!
あの映画を紹介してた雑誌も捨ててやる!
なぜならあの物凄くイライラする二人を思い出すから!
そう固く決意した俺は、わーわー叫びながら夏空の下を走ったのだった。