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* * *
麗らかな春の陽気は、寂れたスラム街にも平等に訪れる。
こちらの世界の春は比較的過ごしやすく温暖で、このみに自然と日本の春を思い出させる。
このみにとってはこの世界で過ごす二回目の春だ。
今年でこのみは、20歳になる。
事務所の中のダンテはというと……相変わらずソファーの上で惰眠を貪るというマイペースっぷりだ。
その顔にアイピローの代わりに読みかけの雑誌を乗せ、眠りこけるダンテを見て、このみは呆れたように溜息を漏らす。
雑誌を取り上げて、このみはダンテの肩を叩いた。
「ダンテ、寝てる暇があったら廊下の電球取り換えて」
その声に反応して、ダンテは唸る。
うっすらと目を開けてこのみを見るダンテは、未だ夢心地にあるようだ。
「眠い……このみも朝起きられないとか言ってたろ、シュンミンがなんとか……」
「春眠暁を覚えず、ね。ダンテの場合一年中四六時中寝てるじゃない。
あのね、廊下の電球が切れてるの。わたしじゃ脚立出さないと届かないから、ダンテが換えてくれる?」
「ええ……めんどくさい……」
そう呟くなり、ダンテはこのみが取り上げた雑誌を再び顔に乗せて寝始める。
このみは聞く耳持たないダンテの態度を見てムッと唇を尖らせた。
「もー、いい加減にして!早く起きないと、えーっと、くすぐるよ」
脅してみたものの、ダンテが起きる様子はない。
ますますムッとしたこのみは、ダンテの横腹に手をかけた。
その手を小刻みに動かして、ダンテをくすぐろうとしたのだが……。
「……ダンテ、くすぐったくないの?」
「もっとして」
このみがいくらくすぐろうと、ダンテは全く動じないどころか、更にくすぐりを要求をする始末だ。
様々にくすぐる場所を変えてみても、ダンテはクスリともしない。
「……わたし、下手なのかなあ」
「俺がお手本を見せてやるよ」
雑誌をどけて現れたのは、ニヤリと笑うダンテのあの表情だった。
このみは逃げる間もなく、ソファーの上で身を起こしたダンテに抱きすくめられ、その膝の上に乗せられる。
「うわっ、ちょ、ちょっと……!」
焦ったところで時すでに遅し。
片手でがっちりとこのみの胸下をホールドしたダンテは、もう片方の手をこのみの脇腹へと伸ばした。
長い指がこのみの腹周りを這って、くすぐったさに堪らずこのみは笑い声を上げる。
「やっ、やだっ!ダンテ、セクハラ!」
笑い声の合間に罵っても、ダンテは全く手を緩める気配がない。
このみはダンテの膝上で身を捩りながら、ひたすらくすぐりを受けているしかない。
笑いすぎてこのみが咽せるまで、ダンテは愉快そうに声を漏らしながら手を動かし続けた。
やっとくすぐりから逃れたこのみは、引きつる腹をさすりながら荒い息を漏らす。
「わ、笑いすぎておなかが……」
「俺のテクはどーよ?」
「その言い方、何だか卑猥……」
喘ぎながらぐったりするこのみを、満足げに腕に閉じ込めたままダンテは笑った。
まだこのみを小さい子供のままだと思っているのではないだろうか。
けれどやっぱり、ダンテにこれだけからかわれても、それが嫌ではない。
かと言ってこの状況を素直に受け入れることができる程、このみも余裕があるわけではないので、
顔を赤くしながらダンテの膝上からどいた。
「と、とにかく。起きたんなら電球換えてね?」
「まだその話引っ張る?」
そもそもこのみがダンテを起こしたのはそれが理由なのだから、忘れてもらっては困る。
それに夜廊下の明かりがつかなければ、非常に不便だ。
何しろ廊下には片付けを怠るダンテが積み重ねた荷物が溢れており、明かりもなしにそれを避けるのは難しいからだ。
「ほら早く」
「へいへい」
促すこのみにおざなりな返事をして、ダンテは電球を換えるために椅子を廊下まで運んだのだが……。
「んー、俺でも届かないか」
椅子に乗ったダンテでさえ、電球に手が届かない。
ダンテは諦めて椅子から下りた。
このみは手の中の新しい電球を持て余し、困ったような表情を浮かべてダンテに言う。
「脚立出すしかないかな?」
「それよりもっと良い方法があるだろ?」
ニヤッと笑うダンテを見て、嫌な予感を覚える。
ダンテはその場にしゃがみ込んだかと思うと、このみを見上げて言った。
「肩車」
「いや!」
即座にこのみは言い放った。
火照る顔を隠しながら後ずさる。
「脚立出すより早いじゃん」
「スカートだもん!」
「スカートだからこそ」
「ダンテって、たまには慎みを覚えるとか、妄執を隠すとかすべきだと思う!」
「自分に素直なのは良いことだと思う」
「ダンテの場合は素直すぎなの!」
「あーなんか眠くなってきたなー。早くこのみが乗ってくれないと夜まで寝ちゃいそうだなー」
「…………」
こうなったダンテはてこでも動かない。
覚悟を決めるしかないと思ったこのみは、諦めの混じった溜息を漏らす。
ダンテの思い通りに事が運ぶのは癪だが、脚立を引っ張り出すのが面倒なのも確かだ。
「こんなことするのダンテだけだよ……」
「おっ、それ殺し文句?」
なぜダンテが「殺し文句」と言ったのか分からなくて、このみは首を傾げかけた。
……が、先ほどの自分の言葉を思い出し、彼は「このみが」「こんなことするのはダンテだけだ」、
という意味で受け取っているのだと気付いて、このみは顔を真っ赤にする。
「かっ勘違いしないでいただきたいな!肩車するなんて言い出すのはダンテだけだという意味です!」
気恥ずかしさのあまりおかしな口調になりながら、このみはじりじりとダンテに近づいていく。
屈んだダンテの背中側に回り込んで、このみは恐る恐る彼の肩に膝を引っ掛けた。
……が、そこからどうすべきか分からない。
「……ダンテ、もう少し頭落としてくれる?」
「はいはい」
素直に頷いたダンテは首を垂れて、ついでにこのみが跨りやすいように体勢も低くしてくれる。
このみは意を決し、両手をダンテの肩についてバランスを取りながら、もう片足を乗せようとした。
けれど遠慮と気恥ずかしさから深く跨がれなかったこのみは、両足をダンテに引っ掛けたところで大きく体勢を崩す。
「わっ……」
両膝から下をダンテの肩に乗せたまま、このみの重心は後ろに傾いていく。
まずい、と思った時には既に鈍い音を響かせて、床に頭を打ち付けていた。
「いっ……たぁ~……」
「お、おい、大丈夫か!?」
ダンテは肩に乗っていたこのみの足を外し、慌てて振り返った。
頭を押さえるこのみを抱き起こして、その頭にたんこぶができていないか確かめる。
「このみ、痛いか!?」
「平気。そんなに高さなかったから、あんまり痛くないよ」
余りに切羽詰まった様子でダンテが心配するので、このみは安心させるために笑顔で答える。
痛いとは言ったが、びっくりして声に出ただけで、そこまで痛みは感じないのだ。
ほっとした顔を見せながら、ダンテはこのみの頭を撫でる。
「ごめん、肩車はやめような」
「大丈夫だよ。肩車久しぶりで、ちょっと乗り方忘れてただけだから」
何故かさっきと立場が逆になっているような気がするが、このみは気付いたらそう言っていた。
それにやりかけた事を途中で止めるのは何だか悔しい。
「もう一回挑戦しよう」
「……ここでもこのみの負けず嫌いが発揮されるわけか」
ダンテは何故か呆れたような薄笑いを浮かべながら、溜め息をついた。
さっきまであれほどやる気だったのに、とこのみは若干ムッとする。
……が、気を取り直してこのみはその場に立ち上がった。
「さっきと同じやり方だったら、また頭をぶつけると思うの。
だからダンテ、今度は四つん這いになって」
「…………は?」
「前はダンテの肩の位置が高すぎたのが敗因だと思うのね。
なるべく体勢を低くしてくれたら、わたしも乗りやすいから」
「………………」
* * *
「……これ何のプレイ?」
「え?肩車でしょ?」
「……お前、俺を四つん這いにさせた初めての女だよ」
床に両手足を着く形になったダンテの首に、このみが跨る、というおかしな絵面。
ダンテは複雑そうな表情で細く息を吐き出した後、両肩からぶら下がったこのみの足を掴んで立ち上がろうとした。
するとこのみの体はまた危なげにぐらりと揺れる。
「やっ……やだ、待って、ダンテ……ッ」
「ちょっ……前見えないって」
今度こそ落ちないように、ダンテの頭に抱きつくようにしてこのみはバランスを取る。
しがみついたこのみの腕によって目隠しされたダンテは、その場でフラフラと腰を上げようとした。
このみは不安定に揺れる肩の上でただじっとしているしかない。
「お願い、ゆ、ゆっくり……して……?」
「……………………分かったから、目から手ェ離して」
どこか笑いを含んだような声音でダンテに言われたこのみは、とりあえず両手をダンテの頭の上に乗せた。
視界が開けたダンテは、なるべく体を揺らさないようゆっくり立ち上がる。
いつもより格段に高い位置で、しかも足が着いていないという状況は思いのほか怖い。
「ううう……高いよう、怖いよう」
「首首首、首しまってるって!」
ダンテに足を軽く叩かれて、このみはダンテの首を絞めていた足を緩めた。
ゴツゴツとしたダンテの服の装飾が肌に当たって、その不快な感触にこのみは眉を寄せる。
「ダンテの服の金具が当たって痛い……」
「え、どこ?」
ぐるっとダンテが首を回すと同時に、太ももに彼の吐息が吹きかかって、このみの背筋にぞわりとした感覚が走る。
鼻から抜けるような頼りない声が漏れ出して、慌ててこのみは自分の口を押さえた。
ダンテは面白そうな、何か悪戯めいた笑みを浮かべながらこのみを見上げる。
「何でこのみ喘いでんの?」
「ダ、ダンテの息が当たってくすぐったかったの!」
「へえ」
頷きながら、ダンテはこのみの足に息を吹きかけた。
すると、またこのみの背筋に鳥肌が立つ時に似た感覚が走って、変な声が漏れる。
恥ずかしくて恥ずかしくてどうしようもないのに、ダンテはそんなこのみを肩に乗せて面白そうに笑っているだけだ。
このみは顔を真っ赤にしながらダンテをなじる。
「ダンテのばかっ!変態っ!訴えてやるー!」
「へー、異世界人のお前がどこに訴えようと言うんだ?」
「きちく!!悪魔!!」
「鬼畜なー。あと後半は事実だから罵りになってねーなー」
このみがいくら足をバタバタさせようと、ダンテは全く動じない。
その内体力のなくなり始めたこのみの方が、諦めて暴れるのを止めた。
「……もういい。早く電球交換しよう」
「えー、もうちょっとこの状況味わっておきたいんだけど」
その言葉を黙殺したこのみは、切れた電球に手を伸ばす。
ダンテの身長とこのみの上半身分、椅子に乗るよりも高さを増したので、余裕で手が届いた。
無事に古い電球を取り外し、ダンテから手渡された新しい電球を取り付ける。
終わってしまえばあっという間だ。
肩車うんぬんでグダグダしていた時の方がよっぽど時間がかかっている。
「ダンテ、終わったよ。もう下ろしてくれる?」
「嫌だって言ったら?」
「……ダンテに聖水を点眼する」
「……わかりました」
聖水の入った小瓶を手にするこのみを見上げて、ダンテは素直に頷いた。
さすがにこのみが肩に乗っている状態では、ダンテも聖水から逃れられないだろう。
数分ぶりに地面へと降り立ったこのみは、その安定感にほっと息を吐き出した。
「肩車、久しぶりだったから緊張したなあ」
「お前の父さんがやってくれたのか?」
「お父さんがしてくれたのもあるけど、最後に乗ったのは小学校の運動会だよ。
えーっと、組体操っていうんだけどね。肩車してからのサボテンっていうのが難しくてねー……」
ダンテには組体操がまず何なのか伝わらなかったので、そこから説明する。
砂だらけになりながら運動場を走り回った思い出が昨日のことのようだ。
「懐かしいなぁ。わたし人数合わなくて、男の子とペアだったんだよね」
「……男と肩車したのか?」
その言葉に目を瞬いて、このみはダンテを見上げる。
そこには若干不機嫌そうな顔つきでこのみを見つめるダンテがいた。
「……小学校の時の話だよ?」
「分かってる」
と言いつつも、ダンテは面白くなさそうな顔のままそっぽを向いた。
まさかとは思うが……嫉妬だろうか。
子供っぽくすら感じる彼の独占欲に、このみは苦笑が滲みそうになるのを隠せない。
このみに笑われたダンテは、ますます不機嫌そうな顔でとうとう後ろを向いてしまった。
こうなってしまっては、ダンテの機嫌を直すのはちょっとやそっとのことでは難しい。
最早それは、彼と一年と半年近く付き合ってきたこのみの経験則だ。
このみはしばらく考えた果てに、そんなダンテの襟を引っ張って顔を寄せ、その耳元に囁く。
「……肩車なんてするの、ダンテだけだよ」
その囁きに目を見開いたダンテは、驚きを如実に表しながらもこのみに問いかけた。
「……それは、どっちの意味で?」
「さあ、どっちでしょう」
含み笑いを見せながら、このみはソファーに腰を下ろした。
このみの隣にダンテもまた座り、今度はあの不機嫌そうな表情をどこにやったのか、
嬉しそうに笑ってこのみに尋ねる。
「俺の好きなように取っていいか?」
「わたしは人の心は読めないから、ダンテの言う"好きなように"っていうのが何なのか分からないな」
「……いいや、口には出さずに喜んどこう」
そう言ってダンテはひとしきりこのみの頭を撫でると、再びソファーの上で目を閉じた。
さっきまで寝ていたというのに、また昼寝をするつもりかとこのみは若干呆れながらも、
嬉しそうな顔のまま眠るダンテに口うるさくするのも気が引ける。
……たまには自分も昼寝をするのもいいかと思って、このみもダンテに倣ってそっと目蓋を落とした。
春の温かな日差しが、窓を通して事務所へと差し込む。
穏やかな光に包まれながら、寄り添うように眠る二人の姿があった。
***あとがき***
ダンテなら椅子に乗らなくてもスタイリッシュに電球換えてくれそうですが、肩車をさせてみたかったんです!
肩車で電球交換とか我ながらベタだなー。
たまにデレるヒロインを書くのは楽しいです。
しかし「好きになんかならない」と言っておきながらダンテを一喜一憂させるこのヒロイン、実は結構な小悪魔なんじゃ……。
ちなみに今回のテーマは「エロくないのになんかエロい」です。(笑)
麗らかな春の陽気は、寂れたスラム街にも平等に訪れる。
こちらの世界の春は比較的過ごしやすく温暖で、このみに自然と日本の春を思い出させる。
このみにとってはこの世界で過ごす二回目の春だ。
今年でこのみは、20歳になる。
事務所の中のダンテはというと……相変わらずソファーの上で惰眠を貪るというマイペースっぷりだ。
その顔にアイピローの代わりに読みかけの雑誌を乗せ、眠りこけるダンテを見て、このみは呆れたように溜息を漏らす。
雑誌を取り上げて、このみはダンテの肩を叩いた。
「ダンテ、寝てる暇があったら廊下の電球取り換えて」
その声に反応して、ダンテは唸る。
うっすらと目を開けてこのみを見るダンテは、未だ夢心地にあるようだ。
「眠い……このみも朝起きられないとか言ってたろ、シュンミンがなんとか……」
「春眠暁を覚えず、ね。ダンテの場合一年中四六時中寝てるじゃない。
あのね、廊下の電球が切れてるの。わたしじゃ脚立出さないと届かないから、ダンテが換えてくれる?」
「ええ……めんどくさい……」
そう呟くなり、ダンテはこのみが取り上げた雑誌を再び顔に乗せて寝始める。
このみは聞く耳持たないダンテの態度を見てムッと唇を尖らせた。
「もー、いい加減にして!早く起きないと、えーっと、くすぐるよ」
脅してみたものの、ダンテが起きる様子はない。
ますますムッとしたこのみは、ダンテの横腹に手をかけた。
その手を小刻みに動かして、ダンテをくすぐろうとしたのだが……。
「……ダンテ、くすぐったくないの?」
「もっとして」
このみがいくらくすぐろうと、ダンテは全く動じないどころか、更にくすぐりを要求をする始末だ。
様々にくすぐる場所を変えてみても、ダンテはクスリともしない。
「……わたし、下手なのかなあ」
「俺がお手本を見せてやるよ」
雑誌をどけて現れたのは、ニヤリと笑うダンテのあの表情だった。
このみは逃げる間もなく、ソファーの上で身を起こしたダンテに抱きすくめられ、その膝の上に乗せられる。
「うわっ、ちょ、ちょっと……!」
焦ったところで時すでに遅し。
片手でがっちりとこのみの胸下をホールドしたダンテは、もう片方の手をこのみの脇腹へと伸ばした。
長い指がこのみの腹周りを這って、くすぐったさに堪らずこのみは笑い声を上げる。
「やっ、やだっ!ダンテ、セクハラ!」
笑い声の合間に罵っても、ダンテは全く手を緩める気配がない。
このみはダンテの膝上で身を捩りながら、ひたすらくすぐりを受けているしかない。
笑いすぎてこのみが咽せるまで、ダンテは愉快そうに声を漏らしながら手を動かし続けた。
やっとくすぐりから逃れたこのみは、引きつる腹をさすりながら荒い息を漏らす。
「わ、笑いすぎておなかが……」
「俺のテクはどーよ?」
「その言い方、何だか卑猥……」
喘ぎながらぐったりするこのみを、満足げに腕に閉じ込めたままダンテは笑った。
まだこのみを小さい子供のままだと思っているのではないだろうか。
けれどやっぱり、ダンテにこれだけからかわれても、それが嫌ではない。
かと言ってこの状況を素直に受け入れることができる程、このみも余裕があるわけではないので、
顔を赤くしながらダンテの膝上からどいた。
「と、とにかく。起きたんなら電球換えてね?」
「まだその話引っ張る?」
そもそもこのみがダンテを起こしたのはそれが理由なのだから、忘れてもらっては困る。
それに夜廊下の明かりがつかなければ、非常に不便だ。
何しろ廊下には片付けを怠るダンテが積み重ねた荷物が溢れており、明かりもなしにそれを避けるのは難しいからだ。
「ほら早く」
「へいへい」
促すこのみにおざなりな返事をして、ダンテは電球を換えるために椅子を廊下まで運んだのだが……。
「んー、俺でも届かないか」
椅子に乗ったダンテでさえ、電球に手が届かない。
ダンテは諦めて椅子から下りた。
このみは手の中の新しい電球を持て余し、困ったような表情を浮かべてダンテに言う。
「脚立出すしかないかな?」
「それよりもっと良い方法があるだろ?」
ニヤッと笑うダンテを見て、嫌な予感を覚える。
ダンテはその場にしゃがみ込んだかと思うと、このみを見上げて言った。
「肩車」
「いや!」
即座にこのみは言い放った。
火照る顔を隠しながら後ずさる。
「脚立出すより早いじゃん」
「スカートだもん!」
「スカートだからこそ」
「ダンテって、たまには慎みを覚えるとか、妄執を隠すとかすべきだと思う!」
「自分に素直なのは良いことだと思う」
「ダンテの場合は素直すぎなの!」
「あーなんか眠くなってきたなー。早くこのみが乗ってくれないと夜まで寝ちゃいそうだなー」
「…………」
こうなったダンテはてこでも動かない。
覚悟を決めるしかないと思ったこのみは、諦めの混じった溜息を漏らす。
ダンテの思い通りに事が運ぶのは癪だが、脚立を引っ張り出すのが面倒なのも確かだ。
「こんなことするのダンテだけだよ……」
「おっ、それ殺し文句?」
なぜダンテが「殺し文句」と言ったのか分からなくて、このみは首を傾げかけた。
……が、先ほどの自分の言葉を思い出し、彼は「このみが」「こんなことするのはダンテだけだ」、
という意味で受け取っているのだと気付いて、このみは顔を真っ赤にする。
「かっ勘違いしないでいただきたいな!肩車するなんて言い出すのはダンテだけだという意味です!」
気恥ずかしさのあまりおかしな口調になりながら、このみはじりじりとダンテに近づいていく。
屈んだダンテの背中側に回り込んで、このみは恐る恐る彼の肩に膝を引っ掛けた。
……が、そこからどうすべきか分からない。
「……ダンテ、もう少し頭落としてくれる?」
「はいはい」
素直に頷いたダンテは首を垂れて、ついでにこのみが跨りやすいように体勢も低くしてくれる。
このみは意を決し、両手をダンテの肩についてバランスを取りながら、もう片足を乗せようとした。
けれど遠慮と気恥ずかしさから深く跨がれなかったこのみは、両足をダンテに引っ掛けたところで大きく体勢を崩す。
「わっ……」
両膝から下をダンテの肩に乗せたまま、このみの重心は後ろに傾いていく。
まずい、と思った時には既に鈍い音を響かせて、床に頭を打ち付けていた。
「いっ……たぁ~……」
「お、おい、大丈夫か!?」
ダンテは肩に乗っていたこのみの足を外し、慌てて振り返った。
頭を押さえるこのみを抱き起こして、その頭にたんこぶができていないか確かめる。
「このみ、痛いか!?」
「平気。そんなに高さなかったから、あんまり痛くないよ」
余りに切羽詰まった様子でダンテが心配するので、このみは安心させるために笑顔で答える。
痛いとは言ったが、びっくりして声に出ただけで、そこまで痛みは感じないのだ。
ほっとした顔を見せながら、ダンテはこのみの頭を撫でる。
「ごめん、肩車はやめような」
「大丈夫だよ。肩車久しぶりで、ちょっと乗り方忘れてただけだから」
何故かさっきと立場が逆になっているような気がするが、このみは気付いたらそう言っていた。
それにやりかけた事を途中で止めるのは何だか悔しい。
「もう一回挑戦しよう」
「……ここでもこのみの負けず嫌いが発揮されるわけか」
ダンテは何故か呆れたような薄笑いを浮かべながら、溜め息をついた。
さっきまであれほどやる気だったのに、とこのみは若干ムッとする。
……が、気を取り直してこのみはその場に立ち上がった。
「さっきと同じやり方だったら、また頭をぶつけると思うの。
だからダンテ、今度は四つん這いになって」
「…………は?」
「前はダンテの肩の位置が高すぎたのが敗因だと思うのね。
なるべく体勢を低くしてくれたら、わたしも乗りやすいから」
「………………」
* * *
「……これ何のプレイ?」
「え?肩車でしょ?」
「……お前、俺を四つん這いにさせた初めての女だよ」
床に両手足を着く形になったダンテの首に、このみが跨る、というおかしな絵面。
ダンテは複雑そうな表情で細く息を吐き出した後、両肩からぶら下がったこのみの足を掴んで立ち上がろうとした。
するとこのみの体はまた危なげにぐらりと揺れる。
「やっ……やだ、待って、ダンテ……ッ」
「ちょっ……前見えないって」
今度こそ落ちないように、ダンテの頭に抱きつくようにしてこのみはバランスを取る。
しがみついたこのみの腕によって目隠しされたダンテは、その場でフラフラと腰を上げようとした。
このみは不安定に揺れる肩の上でただじっとしているしかない。
「お願い、ゆ、ゆっくり……して……?」
「……………………分かったから、目から手ェ離して」
どこか笑いを含んだような声音でダンテに言われたこのみは、とりあえず両手をダンテの頭の上に乗せた。
視界が開けたダンテは、なるべく体を揺らさないようゆっくり立ち上がる。
いつもより格段に高い位置で、しかも足が着いていないという状況は思いのほか怖い。
「ううう……高いよう、怖いよう」
「首首首、首しまってるって!」
ダンテに足を軽く叩かれて、このみはダンテの首を絞めていた足を緩めた。
ゴツゴツとしたダンテの服の装飾が肌に当たって、その不快な感触にこのみは眉を寄せる。
「ダンテの服の金具が当たって痛い……」
「え、どこ?」
ぐるっとダンテが首を回すと同時に、太ももに彼の吐息が吹きかかって、このみの背筋にぞわりとした感覚が走る。
鼻から抜けるような頼りない声が漏れ出して、慌ててこのみは自分の口を押さえた。
ダンテは面白そうな、何か悪戯めいた笑みを浮かべながらこのみを見上げる。
「何でこのみ喘いでんの?」
「ダ、ダンテの息が当たってくすぐったかったの!」
「へえ」
頷きながら、ダンテはこのみの足に息を吹きかけた。
すると、またこのみの背筋に鳥肌が立つ時に似た感覚が走って、変な声が漏れる。
恥ずかしくて恥ずかしくてどうしようもないのに、ダンテはそんなこのみを肩に乗せて面白そうに笑っているだけだ。
このみは顔を真っ赤にしながらダンテをなじる。
「ダンテのばかっ!変態っ!訴えてやるー!」
「へー、異世界人のお前がどこに訴えようと言うんだ?」
「きちく!!悪魔!!」
「鬼畜なー。あと後半は事実だから罵りになってねーなー」
このみがいくら足をバタバタさせようと、ダンテは全く動じない。
その内体力のなくなり始めたこのみの方が、諦めて暴れるのを止めた。
「……もういい。早く電球交換しよう」
「えー、もうちょっとこの状況味わっておきたいんだけど」
その言葉を黙殺したこのみは、切れた電球に手を伸ばす。
ダンテの身長とこのみの上半身分、椅子に乗るよりも高さを増したので、余裕で手が届いた。
無事に古い電球を取り外し、ダンテから手渡された新しい電球を取り付ける。
終わってしまえばあっという間だ。
肩車うんぬんでグダグダしていた時の方がよっぽど時間がかかっている。
「ダンテ、終わったよ。もう下ろしてくれる?」
「嫌だって言ったら?」
「……ダンテに聖水を点眼する」
「……わかりました」
聖水の入った小瓶を手にするこのみを見上げて、ダンテは素直に頷いた。
さすがにこのみが肩に乗っている状態では、ダンテも聖水から逃れられないだろう。
数分ぶりに地面へと降り立ったこのみは、その安定感にほっと息を吐き出した。
「肩車、久しぶりだったから緊張したなあ」
「お前の父さんがやってくれたのか?」
「お父さんがしてくれたのもあるけど、最後に乗ったのは小学校の運動会だよ。
えーっと、組体操っていうんだけどね。肩車してからのサボテンっていうのが難しくてねー……」
ダンテには組体操がまず何なのか伝わらなかったので、そこから説明する。
砂だらけになりながら運動場を走り回った思い出が昨日のことのようだ。
「懐かしいなぁ。わたし人数合わなくて、男の子とペアだったんだよね」
「……男と肩車したのか?」
その言葉に目を瞬いて、このみはダンテを見上げる。
そこには若干不機嫌そうな顔つきでこのみを見つめるダンテがいた。
「……小学校の時の話だよ?」
「分かってる」
と言いつつも、ダンテは面白くなさそうな顔のままそっぽを向いた。
まさかとは思うが……嫉妬だろうか。
子供っぽくすら感じる彼の独占欲に、このみは苦笑が滲みそうになるのを隠せない。
このみに笑われたダンテは、ますます不機嫌そうな顔でとうとう後ろを向いてしまった。
こうなってしまっては、ダンテの機嫌を直すのはちょっとやそっとのことでは難しい。
最早それは、彼と一年と半年近く付き合ってきたこのみの経験則だ。
このみはしばらく考えた果てに、そんなダンテの襟を引っ張って顔を寄せ、その耳元に囁く。
「……肩車なんてするの、ダンテだけだよ」
その囁きに目を見開いたダンテは、驚きを如実に表しながらもこのみに問いかけた。
「……それは、どっちの意味で?」
「さあ、どっちでしょう」
含み笑いを見せながら、このみはソファーに腰を下ろした。
このみの隣にダンテもまた座り、今度はあの不機嫌そうな表情をどこにやったのか、
嬉しそうに笑ってこのみに尋ねる。
「俺の好きなように取っていいか?」
「わたしは人の心は読めないから、ダンテの言う"好きなように"っていうのが何なのか分からないな」
「……いいや、口には出さずに喜んどこう」
そう言ってダンテはひとしきりこのみの頭を撫でると、再びソファーの上で目を閉じた。
さっきまで寝ていたというのに、また昼寝をするつもりかとこのみは若干呆れながらも、
嬉しそうな顔のまま眠るダンテに口うるさくするのも気が引ける。
……たまには自分も昼寝をするのもいいかと思って、このみもダンテに倣ってそっと目蓋を落とした。
春の温かな日差しが、窓を通して事務所へと差し込む。
穏やかな光に包まれながら、寄り添うように眠る二人の姿があった。
***あとがき***
ダンテなら椅子に乗らなくてもスタイリッシュに電球換えてくれそうですが、肩車をさせてみたかったんです!
肩車で電球交換とか我ながらベタだなー。
たまにデレるヒロインを書くのは楽しいです。
しかし「好きになんかならない」と言っておきながらダンテを一喜一憂させるこのヒロイン、実は結構な小悪魔なんじゃ……。
ちなみに今回のテーマは「エロくないのになんかエロい」です。(笑)