5.心までとけるアイスクリーム
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* * *
レディと別れたダンテは、小さなこのみを抱えたまま事務所を目指していた。
もうすぐデビルメイクライへ着くという所で、ダンテは事務所のまん前に立っている人物を視界に入れて、思わず固まった。
「よーダンテ!出掛けてたのか?珍しくドア閉まってたから何事かと思っちまったぜ……」
事務所の前にいた男……エンツォの言葉尻は徐々に小さくなっていき、その瞳は小さなこのみに注がれている。
ダンテとこのみはその場に石像のように佇んでいるしかない。
「その子……このみちゃんに似ているような……。自然と目がいくとこも……」
まさか本人ですと言えるはずもなく、このみは行き場の無い緊張感を、ダンテのコートを握り締めることで解消する。
ダンテと少女の顔を交互に見交わしていたエンツォは、やがて恐れおののくような瞳でダンテに言った。
「まさか……お前とこのみちゃんの子供……!?」
予想の斜め上の答えを弾き出されて、ダンテとこのみは同時に咳き込んだ。
「バ、バーカ!このみが来たのは去年だろ!どう考えても計算合わねーだろうが!
それに明らかに純日本人だろ!」
「それもそうか」
ダンテは焦りながらこのみを下ろすと、事務所の方へ背中を押し出した。
「お前、中入ってろ」
「う、うん」
このみは頷くと、ちらりとエンツォを見上げてから足早に事務所の中へと入っていく。
エンツォは相変わらずその小さな背中をじっと眺めていた。
ドアが完全に閉じられると、エンツォはダンテを見上げた。
「もしかして……このみちゃんが手に入らないからって、似た女の子探して自分好みに育てあげるつもりなんじゃ……。
このみちゃんから聞いたことあるぜ、こういう奴のことヒカルゲンジって言うんだ」
「お前いっぺん病院で頭見てもらったほうがいいんじゃね?」
「じゃああの子、何なんだよ?」
何故このみの妹だとか、親戚だとか、そういう発想が出てこないのだ。
「えーっと……このみの遠い親戚だよ」
「ああ?両親とは連絡つかないんじゃなかったのか?親戚とは連絡取れんの?」
「……色々あるんだよ」
「ふうん……。俺にも紹介してくれよ。名前は?」
──名前!?
日本人の名前なんて早々思いつけるわけもなく、ダンテは焦りながら事務所のドアへ後ずさった。
「悪い、ちょっとバタバタしてんだ。紹介はまた今度な!」
「あっ、おい!そろそろ金に困ってそうだから、仕事斡旋してやろうと思って来たのに」
「まとまった金が入ったからしばらく引き篭もるぜ。じゃあな、あと数日はうちには来るなよ!」
ダンテは後ろ手にドアノブに手をかけると、そのまま室内に入るやいなや、エンツォの鼻先でドアを閉める。
ドアの向こう側からエンツォが何やら文句を言っていたが、無視しているとやがて諦めて彼は去っていった。
「あの、ごめんね。エンツォさんにも悪いことしちゃったね……」
「いいんだよ、エンツォのことは放っといても」
申し訳なさそうに見上げてくるこのみに、ダンテはしゃがむことで目線を合わせてやる。
「それより、これからどうするか考えないとな。バイトは大丈夫なのか?」
「お屋敷の悪魔退治、もう少しかかると思ってたから、お休みはまだのこってるよ。
それまでに元の姿に戻れたらいいんだけど」
相変わらず舌たらずな口調で言葉を紡ぐこのみを見て、ダンテの顔はまたも溶けそうになる。
日本語訛りの上手いとは言えない拙い発音も、幼さにより拍車をかけており、それがまた可愛らしい。
ダンテはその場に膝立ちになって、このみを抱きしめる。
「せっかくだしこの状況楽しんどかないと損だよな?」
「……楽しんでるのは主にダンテだけですっ!」
「今なら遊園地も映画も子供料金で入れるぜ」
「そんなずるいことしない!」
「だったら家で俺とゆっくりしてようなー」
やっと解放されたかと思いきや、ダンテにぷにぷにと頬をつつかれて、このみは不服そうにその手をぺちりと叩いた。
「お、やったな?」
ニヤリと笑ったダンテは、今度はその手で軽くこのみの頬をつまむ。
餅のように伸ばされたこのみの顔を見て、ダンテはご機嫌だ。
いつも以上にスキンシップ過剰なダンテに、これが数日続くのかと思うと、このみは深い溜息をつかずにはいられなかった。
* * *
椅子一つ動かすのでさえ苦労するこの体。
ダンテがこのみ可愛さにあれこれ世話を焼いてくれるのは、正直な話ありがたかった。
けれど困ったのは、いざ昼食の準備を始めようとした時だった。
「と、届かない……っ」
今の身長は、このみの頭がカウンターにやっと飛び出るほどしかない。
これでは料理をする以前の問題だ。
とりあえずダンテに椅子を持ってきてもらって、やっといつもの目線の高さになる。
包丁を握ろうにも、小さな手でそれを持ち上げることすら難しくて、野菜や肉を切るなんてもっての外だ。
しかもシンクやカウンター、食器棚を往復するだけでも椅子から乗り降りして、加えて椅子も運ばなくてはならない。
「こ……子供の姿がこんなにも不便だなんて……」
「このみ、大丈夫か?」
作業の半分も終わらないうちから既にぐったりしているこのみに、ダンテは心配そうな表情を向ける。
「火は俺がやるから、お前はテーブルでポテトサラダ混ぜてろよ」
「そうする……」
茹でたジャガイモが入ったボウルを手に、このみはよろよろとテーブルへ向かう。
ジャガイモを潰しながら、このみは今日何度目かになる溜め息をついた。
結局仕上げの盛り付けまでほとんどダンテに任せてしまって、出来上がった料理を前にしてこのみは俯いた。
「ごめんなさい……」
「何でお前が謝る必要があるんだよ。小さくなったんだから、できることに制限があるのはしょうがないだろ」
それでもしょんぼりしているこのみの頭を、ダンテは優しく撫でる。
ひどく落ち着く彼の手付きに、このみは目を細めた。
「このみがこうなった責任は、俺にもあるんだから。もっと俺を頼れよ」
「うん……」
いつも以上に頼もしい彼の言葉を聞いて、このみは胸をドキドキとさせる。
そう、ダンテがいるんだから小さくても……きっと大丈夫だ。
「晩飯は、デリバリーにしような」
その言葉にこのみは首を傾げる。
「ダンテ、俺を頼れって……作ってくれるんじゃないの?」
「作る時間あったらこのみと遊びたい」
「……結局それ?」
あのときめきを返せ、とも言えず、このみは呆れたような瞳で笑顔のダンテを見やったのだった。
* * *
宣言通りデリバリーで夕飯を終え、このみは風呂に入ろうとステファンから受け取った着替えを取り出した。
可愛らしいデザインの子供用パジャマだが、あと数日でこれも無駄になってしまうのかと思うと勿体無い。
そんなこのみを見ながら、ダンテは面白そうに語りかける。
「このみ、一緒に入るか?」
ダンテの言葉を受けて一瞬にして真っ赤になったこのみは、持っていたパジャマをダンテに向かって投げつけた。
「ロリコン!ペド!変態!最低!」
「ひ……ひど……。いくら俺でも年齢一桁の体に欲情しないって」
「一緒に入るなんてぜったいイヤ!!」
「……あーハイハイ、冗談ですよ」
言って良い冗談と悪い冗談があるものだ。
このみはキッとダンテを一睨みした後、足音高くシャワールームへと消えていったのだが……。
シャワールームからこのみが名前を呼ぶのが聞こえて、ダンテは不思議に思いながらその方向へ向かった。
一応バスタオルをそのまっ平らな体に巻き付けたこのみが、シャワーカーテンを開けてぶすくれた顔でバスタブの中に佇んでいた。
「……バルブが回らないの」
強く力を入れないと回らないバルブに、初めてここのシャワーを使ったこのみが、湯が出なくて苦戦していたことをダンテは思い出した。
握力も落ちているし、その小さな手で固いバルブを回すこともままならない。
小さなこのみは日常生活でさえ満足にできないというのか。
不憫に思いながら、ダンテはバルブを回してやる。
シャワーの口から湯が出てきて、このみは気まずげな顔をしながらも、
「……ありがと」
と礼を言った。
「……俺、このみが風呂入ってる間カーテンの外にいるからさ。
シャワー出したり止めたりする時は、声かけろよ」
「……はやく元の体に戻りたい……」
ぽろぽろ泣き始めたこのみを見て、ダンテは動揺する。
出しっぱなしだったシャワーを止めてから、涙で濡れるこのみの顔を拭う。
どうせ今からシャワーを浴びるのだから、いくら拭ったところで無駄だと思いながらも、そうせずにはいられなかった。
「ダンテに、迷惑かけてばっかり……こんな体、もう嫌だぁ……」
「……泣くな、このみ」
さすがにタオル一枚の体を抱きしめるのはまずいと思って、ダンテはこのみの頭を抱える。
下手に精神は元のままなせいで、遠慮とか後ろめたさが、素直に甘えることよりも先に立つのだろう。
あの時、チャールズの悪魔を完全に止められていたら──このみにこんな顔をさせることもなかったろうに。
「……ごめんな」
責任を感じる反面、小さくなった彼女が可愛くて、面白がっていたのも本当だ。
けれどこのみからしてみれば、小さいだけの不便な体なんて楽しくもなんともなかったに違いない。
「……ダンテのせいじゃない」
この期に及んで、まだそんな言葉をかけてくれるこのみがいたいけで、腕の中に納めた頭をぎゅっと抱きしめる。
いっそ責めてくれるほうが楽なのに、このみは絶対にそんな言葉は吐かないのだろう。
「ごめん……このみ……ごめん……」
「ダンテ……?」
小さな手が恐る恐るダンテの頭に伸びて、軽く撫でる。
自分が慰めているはずなのに、このみに慰められているようで、そんな自分に軽い自己嫌悪すら覚える。
けれどこのみがこんなにも自分のことを思いやってくれている事実が嬉しくて、
ダンテは小さくなってしまった愛おしい人をその腕の中に閉じ込める。
そうすると頭を抱くだけでは足りなくて、その細い肩を抱きしめた。
震える小さな体を自らの胸に押し付けるようにかき抱く。
──小さくなっても、このみはこのみだ。
彼女に対する思慕は変わらない。
「ダンテ……」
か細い震えた声が耳に響く。
中身は19歳でも見た目は就学前の子供だ。
手を出すのはあまりにも不味すぎると思いながらも、ダンテは己の中の熱がくすぶられるのを感じていた。
「あの、寒いんだけど……」
ハッとして慌てて体を離す。
今からシャワーを浴びるつもりだったこのみはタオル一枚だったのだ。
「わ、悪い」
止めていたシャワーを出して、ダンテはシャワーカーテンを閉めた。
このみの姿が見えなくなって、ほっと胸を撫で下ろす。
(あ、あぶねー。犯罪に手を染めるところだった……)
ロリコン、ペドとなじったこのみの声を、反省のために繰り返し頭の中で再生する。
……やっぱりこのみには、早く元の姿に戻ってもらいたい。
* * *
翌日このみを心配して訪ねてきたレディは、その両手にどっさりと荷物を提げていた。
その荷物を見てダンテは首を傾げる。
「なんだそれ」
「近所からもう着なくなった子供服をもらってきたの」
「……どう考えてもあと数日じゃ全部着るのは不可能だろ」
レディが持ってきた子供服は優に十数着を超えている。
「せっかくだし今色々着てみたらいいじゃない。カメラもあるのよ」
「……おい、このみは着せ替え人形じゃねーんだぞ」
夕べ「こんな体嫌だ」と泣いたこのみを思い出して、ダンテは苦々しい表情でレディに言った。
散々このみに構いまくっていたダンテを見ていたレディは意外そうな顔をする。
「どうしたの?ダンテならノリノリで着せようとすると思ったのに」
「……慣れない体で過ごすこのみにはゆっくりしててほしいだけだよ」
それまで黙っていたこのみは、ダンテの顔を見上げると嬉しそうに笑った。
その口が「ありがとう」と動く。
かと思いきや、このみはレディが持ってきた子供服を手に取った。
思わず目を見開くダンテに、このみは口の端を少し上げる。
「わたし、色々着てみるね。バイトお休みだし家事も無理だし、勉強するかテレビ見るかしかなくて暇だったの」
「きゃー、本当?じゃあ早速この服から……」
このみ本人がいいと言うのだから、ダンテには止める権利はない。
しかし彼女はどういうつもりでレディに付き合おうと思ったのだろう。
「ダンテも一緒にカメラに写ろうね」
服を選んでいたこのみは、ダンテを見上げて言う。
……まさか、それが目的だったのだろうか。
「こっちに来てから、一緒に撮った写真ほとんどないもんね。携帯に1枚あるけど見返せないし……。
この姿だって、後から振り返ったらいい思い出になるかもしれない」
「携帯……あ、あー!あれか!」
このみが未来からやってきたという証拠を見せるために、携帯を触らせてくれたことを思い出した。
そのカメラ機能で、このみと一枚だけ写真を撮ったことがあったのだ。
その後ダンテはすっかり忘れていたが、このみは両親や友人と撮った動画なんかをしょっちゅう見返していたから、覚えていたのだろう。
あの時一緒にカメラに納まろうと肩を抱き寄せたこのみは、困惑した表情を浮かべていた。
そんな彼女が、今では自ら写真を撮ろうと言い出すなんて思ってもみなかった。
「ケイタイ?……何の話?」
「ないしょー。レディさんも写真撮ろうね!」
レディとにこやかに言葉を交わす小さいこのみの後ろ姿を、ダンテは黙って見つめていた。
……決して初めは、気安い仲ではなかった。
第一印象も特別良かったわけでもないし、彼女に覚えていたのはただの憐憫だった。
それがどうしてだろう、今はこんなにも彼女が愛おしい。
「……このみ、写真いっぱい撮ろうな。元の姿に戻った後も」
たくさんの写真を、彼女と一緒に並んで見返せたらどんなに楽しいだろう。
このみはそんなダンテを見上げると、これ以上ないほどの笑顔で言った。
「うん!写真いっぱいあれば、わたしが帰っても寂しくないよ」
その言葉を聞いて、急に置いてきぼりをくったかのような感覚を覚える。
目を見開いて衝撃に耐えるダンテに、気付いたのか気付いていないのか、このみは柔らかな笑みを浮かべて、レディの方へ向き直った。
一見交わっているように見える二本の線。
けれどそれは上から見ればの話で、横から見れば高低差のある高架線のようなもの。
……交わっているようで、交わっていない。
それまで嬉しかった気持ちが萎えて、生まれるのは切なさだとか寂しさだった。
根っこの部分は彼女への愛しさで共通しているから、どうしようもない。
ダンテはレディと服を合わせる小さなこのみを眺めながら、胸にじくじくとした痛みを覚えていた。
レディと別れたダンテは、小さなこのみを抱えたまま事務所を目指していた。
もうすぐデビルメイクライへ着くという所で、ダンテは事務所のまん前に立っている人物を視界に入れて、思わず固まった。
「よーダンテ!出掛けてたのか?珍しくドア閉まってたから何事かと思っちまったぜ……」
事務所の前にいた男……エンツォの言葉尻は徐々に小さくなっていき、その瞳は小さなこのみに注がれている。
ダンテとこのみはその場に石像のように佇んでいるしかない。
「その子……このみちゃんに似ているような……。自然と目がいくとこも……」
まさか本人ですと言えるはずもなく、このみは行き場の無い緊張感を、ダンテのコートを握り締めることで解消する。
ダンテと少女の顔を交互に見交わしていたエンツォは、やがて恐れおののくような瞳でダンテに言った。
「まさか……お前とこのみちゃんの子供……!?」
予想の斜め上の答えを弾き出されて、ダンテとこのみは同時に咳き込んだ。
「バ、バーカ!このみが来たのは去年だろ!どう考えても計算合わねーだろうが!
それに明らかに純日本人だろ!」
「それもそうか」
ダンテは焦りながらこのみを下ろすと、事務所の方へ背中を押し出した。
「お前、中入ってろ」
「う、うん」
このみは頷くと、ちらりとエンツォを見上げてから足早に事務所の中へと入っていく。
エンツォは相変わらずその小さな背中をじっと眺めていた。
ドアが完全に閉じられると、エンツォはダンテを見上げた。
「もしかして……このみちゃんが手に入らないからって、似た女の子探して自分好みに育てあげるつもりなんじゃ……。
このみちゃんから聞いたことあるぜ、こういう奴のことヒカルゲンジって言うんだ」
「お前いっぺん病院で頭見てもらったほうがいいんじゃね?」
「じゃああの子、何なんだよ?」
何故このみの妹だとか、親戚だとか、そういう発想が出てこないのだ。
「えーっと……このみの遠い親戚だよ」
「ああ?両親とは連絡つかないんじゃなかったのか?親戚とは連絡取れんの?」
「……色々あるんだよ」
「ふうん……。俺にも紹介してくれよ。名前は?」
──名前!?
日本人の名前なんて早々思いつけるわけもなく、ダンテは焦りながら事務所のドアへ後ずさった。
「悪い、ちょっとバタバタしてんだ。紹介はまた今度な!」
「あっ、おい!そろそろ金に困ってそうだから、仕事斡旋してやろうと思って来たのに」
「まとまった金が入ったからしばらく引き篭もるぜ。じゃあな、あと数日はうちには来るなよ!」
ダンテは後ろ手にドアノブに手をかけると、そのまま室内に入るやいなや、エンツォの鼻先でドアを閉める。
ドアの向こう側からエンツォが何やら文句を言っていたが、無視しているとやがて諦めて彼は去っていった。
「あの、ごめんね。エンツォさんにも悪いことしちゃったね……」
「いいんだよ、エンツォのことは放っといても」
申し訳なさそうに見上げてくるこのみに、ダンテはしゃがむことで目線を合わせてやる。
「それより、これからどうするか考えないとな。バイトは大丈夫なのか?」
「お屋敷の悪魔退治、もう少しかかると思ってたから、お休みはまだのこってるよ。
それまでに元の姿に戻れたらいいんだけど」
相変わらず舌たらずな口調で言葉を紡ぐこのみを見て、ダンテの顔はまたも溶けそうになる。
日本語訛りの上手いとは言えない拙い発音も、幼さにより拍車をかけており、それがまた可愛らしい。
ダンテはその場に膝立ちになって、このみを抱きしめる。
「せっかくだしこの状況楽しんどかないと損だよな?」
「……楽しんでるのは主にダンテだけですっ!」
「今なら遊園地も映画も子供料金で入れるぜ」
「そんなずるいことしない!」
「だったら家で俺とゆっくりしてようなー」
やっと解放されたかと思いきや、ダンテにぷにぷにと頬をつつかれて、このみは不服そうにその手をぺちりと叩いた。
「お、やったな?」
ニヤリと笑ったダンテは、今度はその手で軽くこのみの頬をつまむ。
餅のように伸ばされたこのみの顔を見て、ダンテはご機嫌だ。
いつも以上にスキンシップ過剰なダンテに、これが数日続くのかと思うと、このみは深い溜息をつかずにはいられなかった。
* * *
椅子一つ動かすのでさえ苦労するこの体。
ダンテがこのみ可愛さにあれこれ世話を焼いてくれるのは、正直な話ありがたかった。
けれど困ったのは、いざ昼食の準備を始めようとした時だった。
「と、届かない……っ」
今の身長は、このみの頭がカウンターにやっと飛び出るほどしかない。
これでは料理をする以前の問題だ。
とりあえずダンテに椅子を持ってきてもらって、やっといつもの目線の高さになる。
包丁を握ろうにも、小さな手でそれを持ち上げることすら難しくて、野菜や肉を切るなんてもっての外だ。
しかもシンクやカウンター、食器棚を往復するだけでも椅子から乗り降りして、加えて椅子も運ばなくてはならない。
「こ……子供の姿がこんなにも不便だなんて……」
「このみ、大丈夫か?」
作業の半分も終わらないうちから既にぐったりしているこのみに、ダンテは心配そうな表情を向ける。
「火は俺がやるから、お前はテーブルでポテトサラダ混ぜてろよ」
「そうする……」
茹でたジャガイモが入ったボウルを手に、このみはよろよろとテーブルへ向かう。
ジャガイモを潰しながら、このみは今日何度目かになる溜め息をついた。
結局仕上げの盛り付けまでほとんどダンテに任せてしまって、出来上がった料理を前にしてこのみは俯いた。
「ごめんなさい……」
「何でお前が謝る必要があるんだよ。小さくなったんだから、できることに制限があるのはしょうがないだろ」
それでもしょんぼりしているこのみの頭を、ダンテは優しく撫でる。
ひどく落ち着く彼の手付きに、このみは目を細めた。
「このみがこうなった責任は、俺にもあるんだから。もっと俺を頼れよ」
「うん……」
いつも以上に頼もしい彼の言葉を聞いて、このみは胸をドキドキとさせる。
そう、ダンテがいるんだから小さくても……きっと大丈夫だ。
「晩飯は、デリバリーにしような」
その言葉にこのみは首を傾げる。
「ダンテ、俺を頼れって……作ってくれるんじゃないの?」
「作る時間あったらこのみと遊びたい」
「……結局それ?」
あのときめきを返せ、とも言えず、このみは呆れたような瞳で笑顔のダンテを見やったのだった。
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宣言通りデリバリーで夕飯を終え、このみは風呂に入ろうとステファンから受け取った着替えを取り出した。
可愛らしいデザインの子供用パジャマだが、あと数日でこれも無駄になってしまうのかと思うと勿体無い。
そんなこのみを見ながら、ダンテは面白そうに語りかける。
「このみ、一緒に入るか?」
ダンテの言葉を受けて一瞬にして真っ赤になったこのみは、持っていたパジャマをダンテに向かって投げつけた。
「ロリコン!ペド!変態!最低!」
「ひ……ひど……。いくら俺でも年齢一桁の体に欲情しないって」
「一緒に入るなんてぜったいイヤ!!」
「……あーハイハイ、冗談ですよ」
言って良い冗談と悪い冗談があるものだ。
このみはキッとダンテを一睨みした後、足音高くシャワールームへと消えていったのだが……。
シャワールームからこのみが名前を呼ぶのが聞こえて、ダンテは不思議に思いながらその方向へ向かった。
一応バスタオルをそのまっ平らな体に巻き付けたこのみが、シャワーカーテンを開けてぶすくれた顔でバスタブの中に佇んでいた。
「……バルブが回らないの」
強く力を入れないと回らないバルブに、初めてここのシャワーを使ったこのみが、湯が出なくて苦戦していたことをダンテは思い出した。
握力も落ちているし、その小さな手で固いバルブを回すこともままならない。
小さなこのみは日常生活でさえ満足にできないというのか。
不憫に思いながら、ダンテはバルブを回してやる。
シャワーの口から湯が出てきて、このみは気まずげな顔をしながらも、
「……ありがと」
と礼を言った。
「……俺、このみが風呂入ってる間カーテンの外にいるからさ。
シャワー出したり止めたりする時は、声かけろよ」
「……はやく元の体に戻りたい……」
ぽろぽろ泣き始めたこのみを見て、ダンテは動揺する。
出しっぱなしだったシャワーを止めてから、涙で濡れるこのみの顔を拭う。
どうせ今からシャワーを浴びるのだから、いくら拭ったところで無駄だと思いながらも、そうせずにはいられなかった。
「ダンテに、迷惑かけてばっかり……こんな体、もう嫌だぁ……」
「……泣くな、このみ」
さすがにタオル一枚の体を抱きしめるのはまずいと思って、ダンテはこのみの頭を抱える。
下手に精神は元のままなせいで、遠慮とか後ろめたさが、素直に甘えることよりも先に立つのだろう。
あの時、チャールズの悪魔を完全に止められていたら──このみにこんな顔をさせることもなかったろうに。
「……ごめんな」
責任を感じる反面、小さくなった彼女が可愛くて、面白がっていたのも本当だ。
けれどこのみからしてみれば、小さいだけの不便な体なんて楽しくもなんともなかったに違いない。
「……ダンテのせいじゃない」
この期に及んで、まだそんな言葉をかけてくれるこのみがいたいけで、腕の中に納めた頭をぎゅっと抱きしめる。
いっそ責めてくれるほうが楽なのに、このみは絶対にそんな言葉は吐かないのだろう。
「ごめん……このみ……ごめん……」
「ダンテ……?」
小さな手が恐る恐るダンテの頭に伸びて、軽く撫でる。
自分が慰めているはずなのに、このみに慰められているようで、そんな自分に軽い自己嫌悪すら覚える。
けれどこのみがこんなにも自分のことを思いやってくれている事実が嬉しくて、
ダンテは小さくなってしまった愛おしい人をその腕の中に閉じ込める。
そうすると頭を抱くだけでは足りなくて、その細い肩を抱きしめた。
震える小さな体を自らの胸に押し付けるようにかき抱く。
──小さくなっても、このみはこのみだ。
彼女に対する思慕は変わらない。
「ダンテ……」
か細い震えた声が耳に響く。
中身は19歳でも見た目は就学前の子供だ。
手を出すのはあまりにも不味すぎると思いながらも、ダンテは己の中の熱がくすぶられるのを感じていた。
「あの、寒いんだけど……」
ハッとして慌てて体を離す。
今からシャワーを浴びるつもりだったこのみはタオル一枚だったのだ。
「わ、悪い」
止めていたシャワーを出して、ダンテはシャワーカーテンを閉めた。
このみの姿が見えなくなって、ほっと胸を撫で下ろす。
(あ、あぶねー。犯罪に手を染めるところだった……)
ロリコン、ペドとなじったこのみの声を、反省のために繰り返し頭の中で再生する。
……やっぱりこのみには、早く元の姿に戻ってもらいたい。
* * *
翌日このみを心配して訪ねてきたレディは、その両手にどっさりと荷物を提げていた。
その荷物を見てダンテは首を傾げる。
「なんだそれ」
「近所からもう着なくなった子供服をもらってきたの」
「……どう考えてもあと数日じゃ全部着るのは不可能だろ」
レディが持ってきた子供服は優に十数着を超えている。
「せっかくだし今色々着てみたらいいじゃない。カメラもあるのよ」
「……おい、このみは着せ替え人形じゃねーんだぞ」
夕べ「こんな体嫌だ」と泣いたこのみを思い出して、ダンテは苦々しい表情でレディに言った。
散々このみに構いまくっていたダンテを見ていたレディは意外そうな顔をする。
「どうしたの?ダンテならノリノリで着せようとすると思ったのに」
「……慣れない体で過ごすこのみにはゆっくりしててほしいだけだよ」
それまで黙っていたこのみは、ダンテの顔を見上げると嬉しそうに笑った。
その口が「ありがとう」と動く。
かと思いきや、このみはレディが持ってきた子供服を手に取った。
思わず目を見開くダンテに、このみは口の端を少し上げる。
「わたし、色々着てみるね。バイトお休みだし家事も無理だし、勉強するかテレビ見るかしかなくて暇だったの」
「きゃー、本当?じゃあ早速この服から……」
このみ本人がいいと言うのだから、ダンテには止める権利はない。
しかし彼女はどういうつもりでレディに付き合おうと思ったのだろう。
「ダンテも一緒にカメラに写ろうね」
服を選んでいたこのみは、ダンテを見上げて言う。
……まさか、それが目的だったのだろうか。
「こっちに来てから、一緒に撮った写真ほとんどないもんね。携帯に1枚あるけど見返せないし……。
この姿だって、後から振り返ったらいい思い出になるかもしれない」
「携帯……あ、あー!あれか!」
このみが未来からやってきたという証拠を見せるために、携帯を触らせてくれたことを思い出した。
そのカメラ機能で、このみと一枚だけ写真を撮ったことがあったのだ。
その後ダンテはすっかり忘れていたが、このみは両親や友人と撮った動画なんかをしょっちゅう見返していたから、覚えていたのだろう。
あの時一緒にカメラに納まろうと肩を抱き寄せたこのみは、困惑した表情を浮かべていた。
そんな彼女が、今では自ら写真を撮ろうと言い出すなんて思ってもみなかった。
「ケイタイ?……何の話?」
「ないしょー。レディさんも写真撮ろうね!」
レディとにこやかに言葉を交わす小さいこのみの後ろ姿を、ダンテは黙って見つめていた。
……決して初めは、気安い仲ではなかった。
第一印象も特別良かったわけでもないし、彼女に覚えていたのはただの憐憫だった。
それがどうしてだろう、今はこんなにも彼女が愛おしい。
「……このみ、写真いっぱい撮ろうな。元の姿に戻った後も」
たくさんの写真を、彼女と一緒に並んで見返せたらどんなに楽しいだろう。
このみはそんなダンテを見上げると、これ以上ないほどの笑顔で言った。
「うん!写真いっぱいあれば、わたしが帰っても寂しくないよ」
その言葉を聞いて、急に置いてきぼりをくったかのような感覚を覚える。
目を見開いて衝撃に耐えるダンテに、気付いたのか気付いていないのか、このみは柔らかな笑みを浮かべて、レディの方へ向き直った。
一見交わっているように見える二本の線。
けれどそれは上から見ればの話で、横から見れば高低差のある高架線のようなもの。
……交わっているようで、交わっていない。
それまで嬉しかった気持ちが萎えて、生まれるのは切なさだとか寂しさだった。
根っこの部分は彼女への愛しさで共通しているから、どうしようもない。
ダンテはレディと服を合わせる小さなこのみを眺めながら、胸にじくじくとした痛みを覚えていた。