短編/SS集【BL】
桜の下
誰が初めに言ったのか、『桜の下には死体が埋まっている』と。
「今日もここにいるんですか?先生」
「また君か」
「よく毎日毎日飽きないですね」
「それは此方の台詞だ」
別に来たくて来ている訳じゃない。こんな高校の敷地内の片隅に咲いている、古い桜の元に用など…用などは…。
「先生?」
「…珈琲、買ってくる」
"あの顔"で見つめられると、どうしても心がザワついてしまう。あいつと、『咲良』と同じあの顔で…。
あの日、俺は大切な存在を亡くした。
新米の高校教師として此処へ来て、何をどう間違ったのか生徒と恋に落ちた。しかも、よりによって、同性の。
『神木 咲良(カミキ サクラ)』。色の白い薄弱そうな、綺麗な子だった。先に声をかけてきたのは向こうからだった。
新米でテキスト通りにしか動けなかった俺は動揺し反論したが、毎日懲りずにやってくる咲良にいつか根負けしてしまった。
同性であり、教師と生徒であるという背徳感すら俺たちの気持ちを助長させ、深い関係に至るまでそう月日はかからなかった。
しかし、『色の白く薄弱そうな』…というのは、単なる見た目の話だけでは無かった。咲良は元々心臓が弱く、そう長く持つ体では無かった。
誰も来ないような学校の片隅、古い桜の木の下で会うようになって丁度一年目のあの日、咲良は帰らぬ人となった。
ただの遊びかもしれない。一時的な心の気紛れかもしれない。ちょっとしたスリルを味わいたいだけなのかもしれない。そう自分の心に言い聞かせてきたが、失った哀しみは、"それ"が本物だったことを再確認させた。
毎日、毎日、あの桜の下に行っては、ただ泣くしかなかった。どんなに泣いても心は空のままで、いつか何も無くなって、涙も枯れて無くなった頃にあの声が聞こえた。
「先生」
まさかと思った。そんはずは無かった。白く美しい肢体は、黒く重い箱の中で灰になったのだ。そんなはずは無い。ただの幻聴…。
しかし振り向いたそこには、たしかに『咲良』と見紛う人物が立っていた。
「泣きすぎて、空っぽになりましたか?」
声は『咲良』にとてもよく似ていた。似ていたが同じでは無かった。
背は咲良より少し高く、髪は咲良と違って癖っ毛で、体格も咲良より少し大きく、そして、咲良よりも大人で落ち着いた、黒縁眼鏡のよく似合う青年だった。
「誰だ」
「サクラ、と言います。佐倉 樹(サクラ イツキ)。其処の大学に通う学生です」
桜の下には、死体が埋まっていると、最初に言ったのは誰だったのだろうか。その人は桜の下に何を見たのだろう。咲良は、本当に灰になったのだろうか。もしかして、この桜の木が、もう一度咲良を…。思わずそんな不可思議なことを想像してしまう程には、佐倉は咲良に似ていた。
「どうして、泣いていると…?」
「毎日、見ていましたから」
「 」
「最初は、ただの偶然でした。大学の帰りに偶々見かけて。でも、大の男が泣く姿など、そう偶然にも見かけるものでは無いでしょう? 気になって、翌日も帰りに寄ったら、また同じように泣いてる貴方がいた。それから毎日此処を通るようになりました。貴方は毎日この同じ桜の下で泣いてた。此処の教師らしき貴方が、何故こんな片隅で毎日涙を流しているのかと眺めていたら、今度はその理由が知りたくなった。だから、今度は声をかけてみました。それだけです」
奇しくも同じ『サクラ』という名を持った青年は、淡々と理由を語った。
本来ならば、会ったばかりの人間になど何も語るべきではない。ただ、その名と姿それだけで、その時の俺には十分過ぎるほど関わりを持つ理由になった。
「…先生? 何考えてるんですか?」
「思い返していただけだ。お前と出会ったあの日のことを」
「嬉しいですね。いつまでも覚えていてくれるなんて」
「………んっ」
指を絡めとられて、唇を奪われた。
「っ、やめろ。学校ではこういうことはするなといっただろう。誰かに見つかったらどうする」
「その時は、その時です。ずっと囲って、永遠に僕だけしか見れないように繋ぎ止めて、僕の為だけに生かしてあげますよ」
佐倉は薄い唇で、綺麗に、でも冷たく笑った。佐倉はいつも淡々としていて、その言動にも表情にも温度を感じない。それはとても美しく、でも、まるで人間では無いようで、俺はいつも怖くなる。また、ある日いきなり目の前から消えてしまうのでは無いかと。
あの日、俺の心は『咲良』に持って逝かれてしまった。もし桜の下に、死体ではなく死んだ人の想いが埋まっているのならば、俺はこの場所からもサクラからも、逃れられない呪いにかかってしまったのかもしれない。
「先生、大好きですよ」
冷たい指が、俺の心を絡め取った。
fin,
誰が初めに言ったのか、『桜の下には死体が埋まっている』と。
「今日もここにいるんですか?先生」
「また君か」
「よく毎日毎日飽きないですね」
「それは此方の台詞だ」
別に来たくて来ている訳じゃない。こんな高校の敷地内の片隅に咲いている、古い桜の元に用など…用などは…。
「先生?」
「…珈琲、買ってくる」
"あの顔"で見つめられると、どうしても心がザワついてしまう。あいつと、『咲良』と同じあの顔で…。
あの日、俺は大切な存在を亡くした。
新米の高校教師として此処へ来て、何をどう間違ったのか生徒と恋に落ちた。しかも、よりによって、同性の。
『神木 咲良(カミキ サクラ)』。色の白い薄弱そうな、綺麗な子だった。先に声をかけてきたのは向こうからだった。
新米でテキスト通りにしか動けなかった俺は動揺し反論したが、毎日懲りずにやってくる咲良にいつか根負けしてしまった。
同性であり、教師と生徒であるという背徳感すら俺たちの気持ちを助長させ、深い関係に至るまでそう月日はかからなかった。
しかし、『色の白く薄弱そうな』…というのは、単なる見た目の話だけでは無かった。咲良は元々心臓が弱く、そう長く持つ体では無かった。
誰も来ないような学校の片隅、古い桜の木の下で会うようになって丁度一年目のあの日、咲良は帰らぬ人となった。
ただの遊びかもしれない。一時的な心の気紛れかもしれない。ちょっとしたスリルを味わいたいだけなのかもしれない。そう自分の心に言い聞かせてきたが、失った哀しみは、"それ"が本物だったことを再確認させた。
毎日、毎日、あの桜の下に行っては、ただ泣くしかなかった。どんなに泣いても心は空のままで、いつか何も無くなって、涙も枯れて無くなった頃にあの声が聞こえた。
「先生」
まさかと思った。そんはずは無かった。白く美しい肢体は、黒く重い箱の中で灰になったのだ。そんなはずは無い。ただの幻聴…。
しかし振り向いたそこには、たしかに『咲良』と見紛う人物が立っていた。
「泣きすぎて、空っぽになりましたか?」
声は『咲良』にとてもよく似ていた。似ていたが同じでは無かった。
背は咲良より少し高く、髪は咲良と違って癖っ毛で、体格も咲良より少し大きく、そして、咲良よりも大人で落ち着いた、黒縁眼鏡のよく似合う青年だった。
「誰だ」
「サクラ、と言います。佐倉 樹(サクラ イツキ)。其処の大学に通う学生です」
桜の下には、死体が埋まっていると、最初に言ったのは誰だったのだろうか。その人は桜の下に何を見たのだろう。咲良は、本当に灰になったのだろうか。もしかして、この桜の木が、もう一度咲良を…。思わずそんな不可思議なことを想像してしまう程には、佐倉は咲良に似ていた。
「どうして、泣いていると…?」
「毎日、見ていましたから」
「 」
「最初は、ただの偶然でした。大学の帰りに偶々見かけて。でも、大の男が泣く姿など、そう偶然にも見かけるものでは無いでしょう? 気になって、翌日も帰りに寄ったら、また同じように泣いてる貴方がいた。それから毎日此処を通るようになりました。貴方は毎日この同じ桜の下で泣いてた。此処の教師らしき貴方が、何故こんな片隅で毎日涙を流しているのかと眺めていたら、今度はその理由が知りたくなった。だから、今度は声をかけてみました。それだけです」
奇しくも同じ『サクラ』という名を持った青年は、淡々と理由を語った。
本来ならば、会ったばかりの人間になど何も語るべきではない。ただ、その名と姿それだけで、その時の俺には十分過ぎるほど関わりを持つ理由になった。
「…先生? 何考えてるんですか?」
「思い返していただけだ。お前と出会ったあの日のことを」
「嬉しいですね。いつまでも覚えていてくれるなんて」
「………んっ」
指を絡めとられて、唇を奪われた。
「っ、やめろ。学校ではこういうことはするなといっただろう。誰かに見つかったらどうする」
「その時は、その時です。ずっと囲って、永遠に僕だけしか見れないように繋ぎ止めて、僕の為だけに生かしてあげますよ」
佐倉は薄い唇で、綺麗に、でも冷たく笑った。佐倉はいつも淡々としていて、その言動にも表情にも温度を感じない。それはとても美しく、でも、まるで人間では無いようで、俺はいつも怖くなる。また、ある日いきなり目の前から消えてしまうのでは無いかと。
あの日、俺の心は『咲良』に持って逝かれてしまった。もし桜の下に、死体ではなく死んだ人の想いが埋まっているのならば、俺はこの場所からもサクラからも、逃れられない呪いにかかってしまったのかもしれない。
「先生、大好きですよ」
冷たい指が、俺の心を絡め取った。
fin,
