短編/SS集【BL】
融解
「皆中っ!」
バンッ、という強く響く音と共に周りのざわめく声と拍手が起こる。
「やっぱり真田先輩の立ち姿は綺麗だなぁ」
「ピンと張りつめるもんがあるよねぇ」
『…知ってるよ、そんなん』
女子部員たちの会話に、心の中でそう吐き捨てた。
知ってる。この人の立ち姿は誰よりも美しい。俺はこの姿を近くで見たくて、この部に入ったんだ。
中学は頑なに帰宅部を貫き通した自他共に認める面倒臭がりな俺が、ある日いきなり部活を始めた。
周りは驚いたが、ぶっちゃけ部員とは名ばかりで、俺は射ることも無く、相変わらずこの人の後ろ姿ばかり見ている。
― バンッ!!
気持ち良いくらい見事に真ん中に刺さった矢に、パチパチパチッと軽く手を叩くとその背は振り向くこともなく俺の名を呼んだ。
「大野、また見てるだけか?」
「流石先輩、部員なら見ずともわかりますか?」
「こんな時間に此処に来るのはお前くらいしか居ないだろ」
「………でしたね」
皆が帰っても、先輩は一人練習を繰り返す。一人、静かな空間で射るのが好きなんだそうだ。
そして俺は、その一人静かな空間で弓を引いてるこの人に恋をした。
靴を脱いで道場へ入ると先輩の鞄の横に見慣れぬ紙袋が置いてあった。何気なくふと視線をやると、中には小さな箱がいくつか見えた。
…そうか、今日は2月14日だった。
「先輩モテモテっすね」
「義理だ義理」
「うっそー、本命混ざってんじゃないですかー?」
なんて言いながら紙袋を無断で漁ると明らかに本命見え見えの手紙付きチョコが見えた。
「………、っ、ほーらラブレター入ってる」
自分で言っておきながら心がチクチクした。
「人のもん勝手に漁るな。そういう大野こそ貰ったんじゃないのか?」
「…俺は……受け取らないんで」
「…何でだ?」
心がザワザワしたけど、そのまま続けた。
「………本命からしか、貰えないって言ってるんで」
「何だそれ。随分な我が儘だな」
先輩はそう言って笑った。
「ねー、先輩。このチョコ下さい。手紙はあげるんで、チョコだけ下さい」
「あ、おい、何言ってるそばから勝手に開けてんだ」
ベリベリと包装を破ると、俺はチョコを一粒口に放り込んだ。
「うまっ、流石有名店のチョコ」
「おい大野、道場で寝っ転がるな」
全部、全部溶けてしまえば良いのに。先輩宛のチョコなんて、全部。
「まったく仕方のない奴だな、お前は」
「おいひーれすよ、これ」
「…お前から渡してみたらどうなんだ?」
俺を真上から見下ろして、先輩はそう呟いた。
「俺、から?」
「今は逆チョコとか、何か。そういうの、あるんじゃないのか?」
それだけ言ってスタスタと弓を片付けに行く先輩。
「渡せるわけ、ないじゃないですか」
「ん?何か言ったか?」
「………いえ、別に」
帰宅する先輩と、その後をついてく俺。
通りがかったスーパーの前では、もうバレンタイン当日だからか、少し安くなったチョコが大量にワゴンに積まれてた。
「で、やらないのか?チョコ」
「………」
「貰えるの待ってるより、あげた方が早いと思うけどな」
「………たとえ買っても、渡せないですよ」
「何でだ?」
「………どうしても」
「何だよ、それ。らしくないな」
「ダメです。どうしても、渡せないです」
簡単に渡せるなら、こんなに苦労はしないのに。そう考えると、無意識にため息が出た。
「…という訳で、チョコ下さい」
俺は先輩の紙袋から、もいっこチョコを盗んだ。
「あ、こら!」
「はい。手紙はあげますから」
「そういう問題じゃ…って、もう食べてるし!」
「いたらいてまふ」
全部溶けてしまえばいいんだ。先輩宛のチョコなんて、全部。
俺の中で、溶けてしまえばいいんだ。
そうやって今日も、俺はこのどうにもならない気持ちをもて余した。
fin,
「皆中っ!」
バンッ、という強く響く音と共に周りのざわめく声と拍手が起こる。
「やっぱり真田先輩の立ち姿は綺麗だなぁ」
「ピンと張りつめるもんがあるよねぇ」
『…知ってるよ、そんなん』
女子部員たちの会話に、心の中でそう吐き捨てた。
知ってる。この人の立ち姿は誰よりも美しい。俺はこの姿を近くで見たくて、この部に入ったんだ。
中学は頑なに帰宅部を貫き通した自他共に認める面倒臭がりな俺が、ある日いきなり部活を始めた。
周りは驚いたが、ぶっちゃけ部員とは名ばかりで、俺は射ることも無く、相変わらずこの人の後ろ姿ばかり見ている。
― バンッ!!
気持ち良いくらい見事に真ん中に刺さった矢に、パチパチパチッと軽く手を叩くとその背は振り向くこともなく俺の名を呼んだ。
「大野、また見てるだけか?」
「流石先輩、部員なら見ずともわかりますか?」
「こんな時間に此処に来るのはお前くらいしか居ないだろ」
「………でしたね」
皆が帰っても、先輩は一人練習を繰り返す。一人、静かな空間で射るのが好きなんだそうだ。
そして俺は、その一人静かな空間で弓を引いてるこの人に恋をした。
靴を脱いで道場へ入ると先輩の鞄の横に見慣れぬ紙袋が置いてあった。何気なくふと視線をやると、中には小さな箱がいくつか見えた。
…そうか、今日は2月14日だった。
「先輩モテモテっすね」
「義理だ義理」
「うっそー、本命混ざってんじゃないですかー?」
なんて言いながら紙袋を無断で漁ると明らかに本命見え見えの手紙付きチョコが見えた。
「………、っ、ほーらラブレター入ってる」
自分で言っておきながら心がチクチクした。
「人のもん勝手に漁るな。そういう大野こそ貰ったんじゃないのか?」
「…俺は……受け取らないんで」
「…何でだ?」
心がザワザワしたけど、そのまま続けた。
「………本命からしか、貰えないって言ってるんで」
「何だそれ。随分な我が儘だな」
先輩はそう言って笑った。
「ねー、先輩。このチョコ下さい。手紙はあげるんで、チョコだけ下さい」
「あ、おい、何言ってるそばから勝手に開けてんだ」
ベリベリと包装を破ると、俺はチョコを一粒口に放り込んだ。
「うまっ、流石有名店のチョコ」
「おい大野、道場で寝っ転がるな」
全部、全部溶けてしまえば良いのに。先輩宛のチョコなんて、全部。
「まったく仕方のない奴だな、お前は」
「おいひーれすよ、これ」
「…お前から渡してみたらどうなんだ?」
俺を真上から見下ろして、先輩はそう呟いた。
「俺、から?」
「今は逆チョコとか、何か。そういうの、あるんじゃないのか?」
それだけ言ってスタスタと弓を片付けに行く先輩。
「渡せるわけ、ないじゃないですか」
「ん?何か言ったか?」
「………いえ、別に」
帰宅する先輩と、その後をついてく俺。
通りがかったスーパーの前では、もうバレンタイン当日だからか、少し安くなったチョコが大量にワゴンに積まれてた。
「で、やらないのか?チョコ」
「………」
「貰えるの待ってるより、あげた方が早いと思うけどな」
「………たとえ買っても、渡せないですよ」
「何でだ?」
「………どうしても」
「何だよ、それ。らしくないな」
「ダメです。どうしても、渡せないです」
簡単に渡せるなら、こんなに苦労はしないのに。そう考えると、無意識にため息が出た。
「…という訳で、チョコ下さい」
俺は先輩の紙袋から、もいっこチョコを盗んだ。
「あ、こら!」
「はい。手紙はあげますから」
「そういう問題じゃ…って、もう食べてるし!」
「いたらいてまふ」
全部溶けてしまえばいいんだ。先輩宛のチョコなんて、全部。
俺の中で、溶けてしまえばいいんだ。
そうやって今日も、俺はこのどうにもならない気持ちをもて余した。
fin,
