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短編/SS集【BL】

ドッペルゲンガー





「………なぁ佐野(サノ)、お前昨日、制服着て駅前のショッピングモールにいなかった?」
「んにゃ、いなかったけど」
「…そっか、ならいーや」

そっから突っ込んだことは聞けなかった。俺にとっても都合が悪かったから。
いたら、いたで。いなかったら、いなかった。ただ佐野の言ったことを受け止めようと思った。

「何で?」
「ん、いや…お前に似たやつを見た気がしたから」
「…!なになに!?ついに幻覚まで見ちゃうくらい俺のこと気になっちゃって仕方ない感じなの、貴一(キイチ)!!?」
「やめろ、離れろ、暑苦しい、うぜぇ。死ね、ハゲ、カス」
「…まだハゲてなぃ」
「これからハゲる予定なんか?」

暑苦しくまとわりついた佐野を引き剥がしたが、俺の心はスッキリしなかった。
幻覚?いや、他人のそら似…にしては似すぎていた。

…俺が、佐野を見間違えるはず、無かった。





「お前、女兄妹なんていなかったよな?」

帰り道、もっかい探りを入れてみた。

「いねーよ?いたら毎日ぱふぱふしてるし」
「すんなよ、死ねよ」


あまりしつこく聞いても…と思い、それから話は蒸し返さなかった。
いつものように俺の家に先に着き、あいつと別れる。家に入ろうとしたら、呼び止められた。

「…なぁ、そんなに俺に似てた?」

ギリリと心臓を握られたような嫌な感覚に後ろを振り向いたが、そこにいたあいつの表情はいつもと違った。ぶつかった視線が痛かった。あいつの目は、ギロリと俺を睨んでた。



「何なんだよ」

部屋に入りベッドに倒れこむ。見上げた天井にあいつの顔が浮かぶ。
あれから何も言わずに去ったけど、確実にいつものあいつとは違った。さっきのあれは『誰』だったんだ?

俺は、何か見てはいけないものでも見てしまったんだろうか。


小中高とずっと一緒で、気がつけばあいつは俺の一部になっていた。
あいつも、そうであってほしいと願えど、時は経ち、お互い友達とワイワイやってれば楽しいなんて歳でもなくなってきた。
部活に打ち込み、世間に認められるような結果を出してる奴。将来に向け、専門的に勉強に励み出した奴。…彼女が出来て毎日を謳歌してる奴。
俺はと言えば、とくに打ち込むこともなく、ただそれなりにテスト結果だけを叩き出し、部活も入らず、彼女…も、いない。





「………彼女…だったんかな」
「なーになにー、貴一彼女ほしーの?」

やべっ、声に出てたっ。
慌てて起き上がるとフェンス越しの強い風が吹いた。

「ここに居ると思った。貴一屋上好きだもんな」
「あんまり此処来んなよ。見つかったら怒られるぞ」
「それ貴一も一緒でしょ」


ぶーぶー言うあいつ連れて屋上を降りる。

「もぅ部活終わったのか?」
「うん、試合も終わったし、今日はあんまりガッツリやんなかったから」
「そ」

あいつは打ち込むものがある。マネージャーや、クラスの奴や、何だかんだ言ってモテてる。
『俺が見た佐野』は女連れだった。ちょっと年上にも見えた。美人だった。
あいつに、ここを突っ込んで聞けないのは、俺があいつに後ろめたい感情を抱いているから。

…いつから、こんなことになったんだろうな。無意識にため息が出た。



「…なぁ、何かあった?最近浮かない顔ばっかしてるぞ?」
「え、あ、ぃや…」

帰り道、いつもの道を歩いていたら唐突に痛いとこ突かれた。隠してるつもりでも、色々隠しきれていなかったらしい。

「何かあんだったら言えよ? …女の相談以外なら乗ってやる」
「女?」
「『キーチくんほ~んとカッコイイ。私も勉強とかイロイロイロイロ教えて欲っし~』って、時々教室のドアにタニシみたいにくっついてる女の一人二人つまんでればいーじゃん」

何そのすげー投げやりな言葉。

「タニシに興味はねーわ」
「…キーチくんモテるから」
「お前だってマネージャーとかいつもベッタリ仲良くしてんじゃねーか」
「…………」

途端に黙りこんだあいつを見上げたら、ただ真っ直ぐに見下ろされた。悲しいような、困ったような、怒ったような、そんな目。

「…んだよ」
「………なぁ、貴一。ドッペルゲンガーって知ってるか?」

心臓がドクンと大きな音をたてた。
ドッペルゲンガー。もう一人の、自分。
…時折見せる別の表情、この前のショッピングモール、もう一人の…佐野…。

「俺、この前見ちゃったんだ」
「…な、何を…?」
「………俺の、ドッペルゲンガー…」

あいつは、それから何も言わずに歩き出した。俺は、少し後からそれを追って歩くしか出来なかった。


俺の家が見えてきて、ずっと無言だったあいつが口を開いた。

「もう一人の俺と話したら、どんなこと言うんだろうな。…貴一、この前言ってたあれって、『もう一人の俺』を見たんだろ?」

見下ろされた目は無表情だった。

「今度、もう一度その俺に会ったら何か話してみてよ。『俺』が何を話すのか興味ある」

あいつの笑みは、少し自嘲気味に見えた。

「…もう一人の俺が、俺の言えないことを全部言って、やってくれたら楽なのにな…」

そんなことを呟きながら「じゃぁ、バイバイ」と俺の手に触れたあいつの指は、酷く冷たかった。嫌な汗が背中を伝った。


あの日、駅前で見た佐野。今まで見てきた俺の知ってる佐野。そして、今日のあいつ。これらは本当に、全部同一人物だったのだろうか。
最近見せる酷く無表情で冷静な眼をした佐野は、今までの佐野とは何かが少し違う気がしていた。

あいつはいつも、バカで単純で真っ直ぐで、小難しいのは自分の役目だと思ってた。でも今のあいつは何もわからなくて。

「どれが…本当のあいつなんだ…」





次の休日、俺は何故かあのショッピングモールに来ていた。ここへ来れば『もう一人の佐野』に会える気がした。

開店直後から入って、わりと大きめのモール内を、ただひたすらにブラブラと歩く。昼を過ぎ客入りはピーク。人混みの中を、俺はいるかいないかもわからないあいつの影を探して歩く。
そして夕方を過ぎ、ピークも少し落ち着いてきた頃、俺は急にバカらしくなった。

「…俺、こんなとこで何やってんだ」

冷静に考えればバカな話だ。幼馴染みのドッペルゲンガーを探してます? 知り合いに合っても説明も出来ねー。
いるかいないかわからない幻のような存在を探して、一日潰して…。

「ははっ、ほんとバカだ」

もう、帰ろう。そう踵を返した直後に見慣れた背中が視界に飛び込んだ。
先週見た格好と同じ。制服にコートにマフラー。どれも、あいつが持ってるやつ。
無意識に俺の足はその影に向かって走り出していた。

しかし、何回かの角を曲がって店を出た頃、あの影を見失ってしまう。
周辺を右往左往するも、人影は見えず。日も傾き諦めかけた時、不意に頭から声が降ってきた。

「探し物は見つかった?」

振り返ると、真後ろに『あいつ』がいた。





どこからどう見ても佐野にしか見えない『あいつ』の後を追うように夕暮れの町の中を歩く。


「…何も言わないの?」

ふと、そう云われた。

「………。何って、」
「何も聞かないのかなって思って」

どこまで、バレてるのか。
そもそも、こいつは『誰』なのか。

「まぁ、別に良いけど」
「………」
「そんなに睨まないでよ。別に取って食ったりしないよ?」

佐野にしては冷静な口調。やっぱり別人なのか、それとも…。


「ところで、何処まで俺とお散歩デートしてくれるの?」

何だこの余裕は。顔が佐野だけにむかつく。

「何処までもくっついてってやるさ」
「ははっ、それは楽しみだ」

それから後を追えど、何処というわけでもなく、ただ町をフラフラ彷徨い、時折下らないことを話す。ただそれだけ。




「そろそろ諦めない?」

何も言わず、ただひたすらに後を追う俺に、あいつは苦笑いで言う。

「何処までもって言っただろ」
「ははっ、健気だね」

てくてくてくてく歩きながら、あいつは笑う。こっちは笑ってる気分じゃないんだけどな。


「…お前の『目的』は何だ」
「目的?」
「『此処』にいる、『目的』だ」

ふと止まって、うーん、うーん、と考えるあいつ。

「目的…なら、これかな?」

そう言って振り上げられた手には、さっきのショッピングモールに入ってた店の袋。
ドッペルゲンガーでも買い物とかするのか…なんて、単純なことを考えた。

「これが、買いたかった」
「何だ、それ」
「………プレゼント」
「プレゼント?」
「うん。大切な人へのプレゼント」

そう言って、そのプレゼントを握りしめるあいつは、とても優しい顔をしていた。

「あいつを連れてくんじゃないのか?」
「…連れてく?」
「………、いや。その、ドッペルゲンガーって、死の予兆というか。死神みたいなとこあんだろ。あいつを、佐野を連れてくんじゃないのか?」

自分でもバカなこと言ってるなぁって思った。でも、もしこいつが本物なら、俺はそれを阻止しなきゃいけなかった。何が何でも。


「…連れて行きは…、あぁ、どーだろーね。それは、貴一次第かもしれないね」
「俺は、何が何でも阻止するぞ」
「…どーしてそこまでするの?」
「………、あいつがいないと、俺が困る。これは、俺の自己満足だ」
「まるで宣戦布告みたい。楽しみだ」

微笑んだあいつは、何故か少し寂しそうに見えた。



「でも、安心して。これが終わったら、俺は消えてあげる。貴一の前からも、みんなの前からも、消えてあげるから」
「…何だ、それ」
「全部終わったら、消えてあげる」

何で、そんな悲しいことを、そんな笑顔で言うんだろう。なぜか、胸が締め付けられるようだった。



「…あ、あと"ドッペルゲンガー"ってのは嘘だから」
「嘘!?」
「そぅ、その場を誤魔化すために、"あいつ"がついた、その場しのぎの嘘」
(………"あいつ"?)
「さぁ、帰ろう。少し遅くなっちゃったね」

あいつは駅に向かって歩き出した。俺は、何も聞けなかった。





駅に着き、改札をくぐると後ろから声をかけられた。

「貴一」

振り向くと改札の向こう側であいつがつっ立ってた。

「お前何してんだ、早くこっち…」
「あいつの。あいつの話、ちゃんと聞いてやって」
「…?」
「一生懸命話すから。きっと、真剣だから。ね」

優しい顔をしていた。良い、笑顔だった。

「お前、何言って…」
「じゃあね。貴一。…ばいばい」

そう言うと、あいつはあっという間に人混みの中に姿を消してしまった。

「え、ちょっ、」


残された俺は、暫く改札で佇むしかなかった。
あれは、いったい何だったんだろう。俺が今の今まで一緒にいた奴は誰だったんだろう。

「…"あいつ"ってどういう意味なんだ」



結局その日は帰ってもずっとモヤモヤしたままで、夜もうまく寝付けなかった。






「ふわぁぁぁっ」
「貴一、今日あくび多いね」
「ん?んん、ちょっとな」
「夜遊びでもしてきた?」

そう言ってニカッと笑う佐野の頭を軽くはたいた。

「そう言えば、今日は帰りは?」
「帰りは?って、いつもお前の部活の都合だろーが。そっちは遅いのか?」
「今日は早く切り上げるから、一緒に帰りたいんだけど」
「んぁ、じゃあ待ってる」
「よしっ!」

ガッツポーズをすると、あいつは大きく手を振って部活へ向かった。
何も改まって聞かなくたって、いつも俺は佐野次第なのに…。

「…あぁ、痛ぇ」

いつからこんな好きになったかな。くだらない。本当にくだらない。生産性のない感情。

「無意味だ」

グレーな心で真っ青な空を見上げた。



「…チ、キーチ、貴一ってば」
「んぁ」

目を開けたら、目の前に佐野がいた。いつの間にか眠ってしまったらしい。昨日寝てなかったしな。

「わりぃ」
「爆睡だね。いつも思うけど雨降ったらどーすんの?」
「気付くだろ」
「貴一気付く気がしない」
「失礼だな」

起きて鞄を握りしめる。
屋上を降り、帰路につく。





他愛もないTVの話や、学校の話。何事も無かったかのように繰り返される日常。まるで、『あいつ』のことなんて何も無かったかのように…。まるで、この数日が消えてしまったかのように。

佐野の話もそぞろに、ボーッと周りを眺めていたら、肩を掴まれた。

「ねぇ、聴いてる?貴一」
「え、あ、ごめん。ボーッとしてた」
「最近疲れてる?大丈夫?」
「んん。てかお前こそ、元気だな。昨日もでかけてたのに」
「え」
「そーいえば、あれ。渡したんか?プレゼント」

あいつの体が強ばった気がした。

「え」
「…? 何だ、まだ渡してないのか?」
「何で…それ…」
「何でってお前が話して…」
「ちょっ、待って!まだ、心の準備とか、色々、そのっ」
「んだよ、めんどくせー」

佐野は、あ、とか、う、とか、うだうだうだうだ言いながら悩んでたが、結局暫く悩んで諦めたらしい。

「…貴一、ちょっとだけ良い?」


佐野に促されて道を外れた公園へ入った。
佐野が鞄を漁ると、昨日見た例の袋が出てきた。

「あのさ、貴一もうすぐ誕生日だろ?」
「…もうすぐって、まだ二週間以上先だぞ」
「や、でも、そのっ!貴一の雰囲気に似合う店見つけてさ!」
「例のショッピングモールの?」
「あ、あぁ…、あれ見られてると思わなくて」

やっぱり、本人だったか。

「あの…、その、連れの女は?」
「あ、あれは部活仲間の姉ちゃん。そこの店でバイトしてんだよ。店の商品に詳しいっていうから、部活仲間にお願いして…」

あぁ、だから見たことない顔だったのか。

「気に入ってもらえるかわかんないけど…」

佐野から貰って気に入らねーとかありえねーだろ。宝物だろ。口が裂けても言えねーけど。

「お、おぅ。有り難く貰っとく。…開けてもいーか?」

ぶんぶんぶんっと首を縦に振る佐野。犬っぽい。
包みを開くと、銀色の光が目を引いた。


「…栞…ステンレスの?と、布ブックカバー」
「貴一、本読むの好きだろ? 俺デザインとかセンスねーし。洒落たもんなんてよくわかんねーから。デザインは選んでもらった。でも栞は見た瞬間から貴一にあげたいって思って!」
「お、おぅ。そーか。…ありがと、な」

何だ、体の中がムズムズする。ヤバイ、嬉しい。

「…ん?しかし何で今更こんな良いもん…。 今までの誕生日プレゼントなんて駄菓子レベルだったろ? 俺もそんなんしか渡してねーし」
「え!…や、それは………」


…………、何だ、この間は。
俺聞いちゃいけないこと聞いたか?


「…えと、その、ドン引きしたら…ごめん。でも、もう隠しておけない気がして…」
「何だよ、言えよ」
「…………………俺、お前のことが、好きだ。…たぶん」
「………は? てか、何だその『たぶん』って」
「やっ、たぶんって言うか、好きなんだけど、そのっ、あのっ、言葉のあやと言うか、そのっ、ごめ、テンパって、…っ」


佐野はうずくまってしまった。いや、うずくまりてーのは、こっちだし。


『貴一次第かもしれないね』

あー、昨日のあの台詞はこういうことか。

「おまっ、俺次第とか、ぬるいこと言ってんじゃねーよ。…俺はっ、俺…だって………、あ、う…」

結局、俺もぐだぐだだった。






「…き、貴一。大丈夫? もぅ、泣き止んだ…?」
「泣いてねーし、うっせーな!」
「いてっ、」
「………だいたい、いつからだよ、」
「えーと、ちゃんとわかったのは高校入ってから…」

最近かよ。

「え、貴一は?」

…わりと最初からとか本気で言えねー。

「ほ、…ほどほどの頃合いだ」
「え、よくわかんない」

俺もわかんない。



てか、さっきから繋ぎっぱなしのこの手どーにかなんないか。手汗ハンパねぇぞ。顔見れねーし。


「てか、あれだね貴一。よくわかったね、あれがプレゼントだって。買うとこ見られてたのかな?」
「…は?」
「や、だって俺プレゼントなんて言ってないのに、ラッピングしてもらってるとこでも見られちゃってたのかなって」

…え?

「や、だって、お前が昨日俺に話したんだろーが。『大切な人へのプレゼント』だって」
「…? 俺が、昨日?」
「?」
「…俺、昨日は一日部活の奴らと出かけてて、貴一には会ってないけど」

………………………?


「はぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
「えぇぇぇぇっ???な、何っ?何っ!!?」
「ちょっ、おまっ、じゃあ俺が昨日会ったお前は!? え、何あれ!? 本物のドッペルゲンガー!!?」
「え、ドッペ…? え? 俺っ!!?」
「えぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!??」


やめて、俺が死にそう。





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