みかさに
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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庭園の木々が美しい紅色に染まる、とある秋の日のこと。この本丸は近侍を当番制にしている。おおよそ二週間ごとに誰かしらに交代する仕組みだ。刀剣の皆と公平に関わりたいという審神者の少女のたっての希望で、このような一見不合理な仕組みにしている。
そして本日の近侍は三条派の大太刀の石切丸だった。
「――おや、三日月殿。ちょうどいいところに」
そんな彼に声を掛けられ、縁側で寛いでいた三日月は長い睫毛を瞬かせる。
「……どうした、何かあったのか?」
座したまま、三日月は石切丸を見上げそう尋ねるが。石切丸は妙に意味ありげな笑みを浮かべて勿体ぶった様子で続けた。
「ちょっと、お願いしたいことがあってね」
その翌日の昼日中。
「……なんだか、いけないことをしてるような気がします」
「はっはっは、そうか?」
本日非番の三日月は、同じく非番の審神者とともに、万屋のある街までやって来ていた。
石切丸が三日月に頼んだ用事とは、審神者の買い物の付き添いだった。買い物といっても業務の一環としての買い出しではなく、
あくまでも彼女の休日の私的な用事だ。
本来であれば近侍の石切丸が審神者と同じ日に休みを取り、一緒に行くはずだったのだが、三日月の審神者への想いと、二人の関係を知る石切丸が、気を利かせてくれたのだった。
「外出の付き添いは、いつも近侍の方にお願いしていたのに……」
唇をへの字に曲げて、恨みがましくつぶやく愛しい人に傷つきながらも、三日月は朗らかな笑みを崩さない。
「その近侍からのご指名だ。まぁ、気を悪くせんでくれ」
「別に、怒ってるわけじゃありません。……三日月さんは楽しそうですね」
「楽しいに決まっているだろう。こうやってそなたと二人で堂々と過ごせる機会もそうないからな」
他の男士たちの手前、審神者は三日月との関係を徹底して隠したがった。
男女の一線はしっかりと越えているくせに、本丸では悲しいほどに素っ気ない態度ばかり取られている三日月は、人目を気にする必要のない今このときに、すっかり浮かれているようだ。
そんな彼の姿は、ひどく不満げな様子の審神者と、鮮やかな好対照を成していた。
三日月の隣を歩きながら、審神者は何か言いたげな様子で彼を見上げる。
「…………」
あまりにも恨みがましい視線に苦笑しながらも、三日月は彼女を宥めようとする。
「そなたも俺も非番で、ここは仕事場ではないのだから、気にせず楽しめばよいだろう。せっかくの『デート』で、つれないことを言うでない」
「どこで覚えたんですか、そんな言葉……」
妙に現代語に詳しい平安刀に呆れながらも、彼に水を向けられた審神者は自らの認識を改める。
「でも、そうですね……。休みの日なら、気にする必要もないんですよね……」
三日月にそこまで言われてようやく気持ちがほぐれたのか、頑なだった彼女の態度がほんの少しだけ軟化する。
審神者たる彼女には年頃の少女らしい潔癖さがあった。生真面目で公私混同はよくないと考える彼女は、当初は職場の仲間でもある三日月と恋仲になるのも不本意だったのだ。
彼に押し切られるようにして関係を持ってしまった付き合い始めの頃は特に、彼を拒み通せなかった自分を責め、ひどく思い悩んでいた。
けれど、そのような状況の中で、審神者も三日月もそれぞれに悩みや葛藤を抱えながらも、本丸の皆に隠れながら、ここまで関係を築いて絆を深めてきた二人だった。
なにかと自分を責めがちな少女を気遣ってか、三日月はおもむろに声を潜めると、彼女の耳元で囁きかける。
「――あの二人を見ろ、あんなにも仲睦まじいではないか」
三日月はそう言って、審神者に自分たちの左手前方を、視線だけで指し示す。水を向けられた審神者は三日月に言われるがまま、そちらの方を見遣った。
そこにいたのは、自分たちと同じく並んで道を歩く一組の男女だった。脇差の刀剣男士である骨喰藤四郎と、彼の主と思われる少女だ。
刀剣の付喪神とその主人という間柄ながら、二人はとても仲が良さそうだった。普段感情を表に出さない骨喰が柔らかく微笑み、彼女に何事かを話しかけている、そのあまりにも幸福そうな様子を見れば、二人が主従以上の関係であることは容易に察せられた。
自分たちと同じく、刀剣男士と審神者とで恋をしている者もいるのだと、改めて見せつけられて、しかし審神者たる少女は浮かない様子で瞳を伏せる。
「……そうですね」
三日月に淡白な返事をしてから、審神者は思考の世界に没入する。
――審神者と刀剣男士の恋。
仕事場と生活の場がひとつになっている本丸の、あの大所帯の中で、そういったことをしている勇気のある審神者もいると噂で知ってはいるけれど、その恋が結局どういう結末を迎えたのかは、きちんと聞いたことがない。
人と刀剣の付喪神という異なる種族同士の恋愛だ。寿命も価値観も全く違うし、どんなに相手を心から愛したとしても、通り一遍の幸福な結末を迎えられるとは思えなかった。
どんなに努力したとしても、自分と相手とを苦しめるだけの……。そこまで想いを巡らせて、にわかに胸の痛みを覚えた審神者は、自分でも気がつかないうちに、隣を歩く三日月に縋るような視線を送っていた。
しかし三日月は、審神者の辛そうな様子に気づいているのかいないのか、いつも通りの穏やかな笑顔で彼女の視線に応えた。
「……ん? どうかしたのか?」
けれど、そんな平素と変わらぬ三日月に審神者は救われたような心持ちになる。二人だけのひとときを素直に楽しんでいる三日月の姿を目にし、審神者は悩んでも仕方のないことで悩むのはよそうと思い直す。
……今、そんなことを考えるのはやめよう。今は三日月と楽しい時間を過ごすことだけを考えよう。
朗らかな三日月に心癒された審神者は、自分でも気づかないうちに柔らかな笑みを浮かべていた。
「……なんでもないです」
悩み事はとりあえず脇に置いておいて、審神者はひとまず今は三日月との休日を楽しむことにした。
考えても仕方のないことは考えず、のんびりと羽を伸ばそう。
そんなことを思いながら歩いていると、万屋の暖簾が見えてきた。
万屋はもっと遠いと思っていたのに、三日月といるとあっという間だ。
他の男士たちと三日月は、自分にとってはやはり違う存在なのだと改めて実感し、審神者はそんな現金な自分に苦笑する。
***
店内に並べ置かれている可愛らしい品々をご機嫌な様子で眺める審神者を、三日月は何をするでもなく見守っていた。
本丸にいるときは気を遣っているのか、いつも張り詰めた様子だけど、休日のせいか、あるいはここが外出先だからか、審神者は表情を緩めてすっかり買い物を楽しんでいた。その姿は年相応の可憐な少女そのものだ。
眺めているのも練り香水におしろいといった品々で、そういった身だしなみを気遣う姿勢も、三日月には好ましく映った。
不意に審神者は何かを思い出した様子で、小さな小瓶を手に取った。あれはたしか爪に刷く紅だ。
牡丹や薔薇のような深みのあるくれないは審神者の平素の雰囲気とは違ったが、妖艶な彼女も見てみたいと思った三日月は、審神者に声をかけた。
「……それが欲しいのか?」
欲しいなら買ってやろう、その言葉が三日月の喉まで出かかったそのとき。
「加州くんに、お土産を買おうかと思って……」
「……」
愛しい人に出し抜けに他の男の名前を出されて、三日月の浮ついた心はにわかに冷静さを取り戻す。いかに日頃おおらかと言われる自分といえどもこれは複雑だ。
「……ははっ、加州にか」
余計なことを口にする前でよかったと思いながらも、三日月は受け答えにわかりやすい棘を滲ませてしまう。
「かっ、加州くんにはこの間お土産をもらって……!」
「別に構わぬよ。奴も大切な仲間なのだろう?」
「ッ、それじゃあ三日月さんにも何か買って差し上げます!」
自分はよほど不機嫌さを隠しきれていなかったのだろうか。むきになる審神者に違和感を覚えつつも、三日月は小さく息を吐く。
「……別に物が欲しいわけではないのだがな」
「……三日月さんにも、そういえばお世話になっていますから」
唇をへの字に曲げながらむくれる審神者は、女性というよりは幼い子供だ。しかしそんな彼女が愛おしく、三日月は審神者のお言葉に甘えることにした。
「そうさな、それではこの紅をお願いしようか」
三日月は狩衣の袖を押さえながら、小さな白磁の器に入った紅を指差す。
可憐な桜柄が器に描かれたその紅は、唇に塗ればきっと、それこそ入れ物に描かれた桜のように、女性を可愛らしく見せてくれそうで。
「これ……ですか?」
審神者は不思議そうに、その桜柄の紅を手に取る。彼女が訝るのも当然だ。これは口紅で、男士たる三日月には入用でない品。
しかし三日月は、案ずることはないとばかりに、朗らかに笑う。
「ああそうだ。紅だからな、日頃はそなたが持っていてくれ」
そこまで口にしてから、不意に三日月はその輝く面貌を審神者たる少女に近づけると、彼女の滑らかな頬にそっと手をやった。
「……たまに俺に移してくれれば、それで充分だ」
それこそ口づけのできそうな距離で囁かれて、万屋の店内だというのに審神者は顔を赤くしてうろたえる。
「ッ、三日月さん……!」
そのわかりやすい狼狽ぶりに、審神者の自分への想いを確信し、三日月はすっかり満足したのだった。
買い物を終えた三日月と審神者は万屋を出た。もうすぐ八つ刻に差し掛かろうとした往来は相変わらず賑やかで、審神者はなんとなくの空腹感と疲れを覚える。
三日月と話しながらだったからあまり自覚はなかったけど、そういえば本丸からここまで結構な距離を歩いてきた気がする。
「……少し休むか。向こうに茶屋があるぞ」
察しのいい三日月にそう促され、甘味の好きな審神者はぱあっと表情を輝かせる。
「え、そうなんですか!」
「ああ。紅の礼にご馳走してやろう。行くぞ」
そう言って、三日月はごく自然に審神者の手を取った。黒の皮手袋をはめた手で、彼女の小さな手を優しく握る。
三日月の気遣いと穏やかな愛情表現に、審神者の胸の鼓動が高鳴り、心のうちに温かなものが広がった。こうやって三日月と手をつないだのは、もしかしたら初めてかもしれない。
本丸にいるときは制約の多い中で隠れてこそこそと逢うだけだった。夜半に身体を重ね朝まだきのうちに別れるひとときの逢瀬ばかりで、だからこそ明るい陽の光の下で、賑やかな通りを人目も気にせず歩けるのが、恥ずかしくも嬉しい。
こうしているとまるで普通の恋人同士のようで、自分が審神者で相手が刀剣の付喪神だということも忘れてしまう。といっても普通というには、相手が美しすぎるんだけど。
「……すまぬ、一度手を離すぞ」
「え?」
つないでいた手を思いがけず三日月に離されて、審神者はつい心細そうに彼を見上げてしまう。先ほどまで幸福な気持ちに浸っていただけに、その落胆は意外なほどに大きかった。
しかし、三日月はそんな彼女を見おろしながら、愛おしげに瞳を細めると。
「そのような顔をされたら、自惚れてしまうな」
「ッ!」
ありのままの情動が顔に出ていたことにようやく気が付いた審神者は、慌てて表情を引き締める。しかし、時すでに遅しだ。
「……素直なお前が好きだぞ」
人間離れした美貌の彼に満足げに微笑まれ、審神者はまたしても三日月に一本取られてしまうのだった。
「……着いたぞ、そなたと二人だとあっという間だな」
茶屋にはすぐに辿り着いた。店先には大きな野点傘が立てられ、緋毛氈の敷かれた縁台がいくつも並べられている。
まさに甘味処といった趣のある店構えに圧倒された審神者は、感嘆のため息を漏らす。
「わぁ……。すごいです」
わかりやすく喜ぶ彼女に、三日月もまた笑みを浮かべると。
「まぁ立ち話もなんだ。ここに座らせてもらおう」
手近な縁台に腰を下ろし、自分の隣に座るよう審神者たる少女を促した。彼女が腰を下ろしてすぐに、そばに控えていた店主が品書きを三日月に差し出す。
三日月は礼を述べて受け取ると、審神者にも文字が見えるように彼女の方に身体を寄せて、品書きを開いた。
「好きなものを選ぶといい」
「……ありがとうございます」
おおらかで優しいけれど、どこか上からな三日月の口ぶりは、相変わらずだ。しかし可愛らしい甘味の絵が描かれた茶屋の品書きに、審神者の心は弾む。どれにしようかと、品書きを見ながら悩むこの瞬間も、少女にとっては幸福なひとときだ。
三日月にご馳走してもらえるということで、審神者が遠慮がちに頼んだものは、鯛焼きだった。三日月はこの時期らしい紅葉を模した練り切りを頼み、二人はひとときの間、お茶とお菓子を楽しんだ。
少し肌寒い秋の日だけど、野点さながらに、甘味処の店先の縁台に腰かけて楽しむ甘味は格別だ。
「……美味い茶菓子があると、幸せな気持ちになれるな」
温かな煎茶の入った湯呑みを手に、三日月は穏やかに笑う。何度も目にしたことのある彼らしい姿に、審神者もまたつられて微笑んだ。
「そうですね」
そのまま、彼女は三日月にお礼を伝える。
「鯛焼き美味しかったです。ありがとうございます」
常日頃よりずっと素直で柔らかな表情を見せる審神者に、三日月も相好を崩す。
「それはよかった」
これをせっかくの機会とでも思ったのか、三日月は妙案を思いついたとばかりの笑みを浮かべて、言葉を続けた。
「そうだ。せっかくだ。もう少しゆっくりしていかぬか」
「え?」
「軒先では身体も冷えよう。奥に上がらせてもらおう」
「奥、ですか?」
戸惑う審神者をよそに、三日月は湯呑みを置き立ち上がると、
審神者に手を差し出してきた。促されるまま、審神者は三日月の手を取り立ち上がる。
そのまま審神者は三日月に茶屋の店内へと連れられて行ったのだった。
***
「……わぁ、すごいですね」
てっきりただの甘味処だとばかり思っていたけど、店の奥はなんと旅館のようになっていた。この時代の茶屋には、泊まれるものもあるらしい。
本丸とは一味違った豪華な和風の客室に、審神者はすっかりはしゃいでいた。
畳張りの床に、掛け軸と季節の生け花が飾られた床の間、部屋の窓からは紅葉の美しい庭園が一望でき、その様はまるで一幅の絵画のように美しかった。場所が違うと日常を忘れてしまう。
非日常に浮かれる審神者に、三日月もまたご満悦といった様子だ。
「気に入ってもらえて良かった。まあゆっくりするとよい」
「はいっ」
「……ところで、早速だが着替えを手伝ってはくれぬか?」
部屋の隅に用意されていた浴衣にちらりと視線を投げて、三日月はそんなことを審神者に頼んでくる。
相変わらずのマイペースだけど、三日月のいつもの戦装束は部屋で寛ぐには確かに不向きだ。彼が着替えたがるのも当然のことだろう。
「やっぱりそうなるんですね……。わかりました」
審神者は呆れながらも彼の頼み事を了承する。
心の優しい少女は、結局いつも三日月のペースに流されてしまうのだ。それは今回も例外ではなかった。
「着替えを終えたら、また菓子でも頼もう」
「今日は食いしん坊ですね……」
彼に文句を言いながらも、審神者は早速作業を開始する。
三日月の貴族然とした華やかな和装は、脱ぎ着するだけでも一苦労なのだ。手早く作業を進めないと、着替えをするだけで結構な時間が掛かってしまう。
防具や装身具をひとつひとつ丁寧に外して床の上に置いていきながらも、審神者は三日月に小言を述べる。
「晩御飯が食べられなくなりますよ。せっかくの旅館のお料理なのに」
「そうだな。まぁ夕食がだめでも、朝食があるだろう」
「そうですけど」
まるで仲のよい兄妹のような他愛ない話を続けながらも、審神者は手を止めない。今は狩衣も脱いで肌着姿になった彼に、旅館の浴衣を着せてやっていた。
……急ではあるが、今日はここに泊まっていくことになった。本丸に戻るのは明日の昼過ぎの予定だ。今回の休みが二日間あったこともあり、三日月のたっての願いでそうすることになった。
三日月がごねて審神者が折れるという、この二人のお約束。お代は自分のわがままだからという理由で、三日月が出してくれた。
そういった事情もあってか、今日の審神者は妙に素直だった。文句らしい文句も言わず、いつも以上に彼の世話を焼いている。
けれど、審神者もまた楽しそうにしていた。本丸を離れた休日のひとときは、彼女にとっても心の癒しになっているようだ。
旅館の部屋には三日月と審神者の二人だけで、本丸と違って、ここでは他人の目を気にする必要もない。
そして。三日月の着替えの手伝いを終え、ようやく人心地のついた審神者は、今度は茶の支度を始めた。
きちんと二人分を用意して、先に掘りごたつで寛いでいた三日月に出してやってから、自分もこたつに入る。これでようやく一息つける。
「手間をかけるな」
「……いえ」
笑顔でねぎらってくれる彼にそう返してから、審神者は湯呑みに口をつけた。青々とした煎茶独特の香りとほのかな甘みにほっとする。
つい口寂しい気持ちになり、審神者はそれこそ先ほどのような甘味が茶請けに欲しくなってしまうが。つい今しがた自分が三日月に向けた言葉を思い出し、彼女は仕方なく食欲をこらえる。
ここでうっかり食べすぎてしまえば、せっかくの旅館の夕食が入らなくなってしまう。
気を紛らわすために、審神者は何かおしゃべりでもしようと話題を探した。目的もなくしばし視線を彷徨わせて、ようやく。彼女はこたつ机の中央に飾られている、どんぐりの独楽や松ぼっくりの人形に気がついた。先ほどからずっと目の前にあったというのに、全く目に入っていなかった。
「あ、かわいい……」
目じりを下げて淡く笑って、審神者は小さな独楽を手に取る。愛おしげにそれを眺めながら、まるで何かを思い出したかのように、
審神者はおもむろに口を開いた。
「……この間、短刀の子たちとどんぐりで独楽を作ったんです。最初は今剣さんと五虎退さんと作っていたら、岩融さんが手伝ってくれて――」
普段はそこまで口数の多くない彼女が、珍しく自分から他愛ない世間話をしてくれている。なんとなく心中に温かなものを覚えた三日月は、我知らず頬を緩める。
機嫌よくおしゃべりをする審神者は楽しそうで、その柔らかな笑顔はとても自然で、三日月がここまで気を緩めた彼女を目にしたのは、初めてかもしれなかった。
非番の日に本丸を離れたことが幸いしたのだろうと、三日月はひとり得心する。
他の刀剣たちのことも常に気にかけ、公平さという観点からも自分との関係を隠したがる彼女のことを思えば、そもそも仕事場である本丸で気を抜けるはずがないのだ。
審神者たる少女が彼の前で初めて見せる年相応の振る舞いに、三日月はこれが任務を離れた彼女の本当の姿なのだろうと、とりとめのないことを空想する。
現世での彼女は一体どのような少女だったのだろうか。多少潔癖なところはあってもごく普通の、お茶を飲みながら他愛のないおしゃべりを聞かせてくれるような可憐な姿を想像し、三日月の胸にたまらない愛しさがこみ上げる。
「――三日月さん、あとで旅館のお庭でどんぐり探してみてもいいですか?」
部屋の窓の向こうに見える庭園に視線をやりながらせがむ彼女に、三日月は穏やかな返事をする。
「構わんぞ。……何なら今から探しに行くか?」
「今からですか?」
「ああ。夕餉にはまだ早いからな」
どんぐり拾いは夕飯までの暇つぶしには持ってこいだろう。柔らかな笑顔で「はい」と答える審神者に、三日月は打ち除けの浮かぶ瞳を眩しげに細めた。
日は傾きつつあるものの秋晴れの空は高く、美しく澄み渡っていた。浴衣の上から綿入れ半纏を着込み、しっかりと寒さ対策をした三日月は、旅館の庭を楽しそうに散策する審神者の数歩後ろを歩いていた。
宿の敷地は思っていた以上に広く、部屋からも見える庭園を抜けた先には、ちょっとした雑木林があった。日が暮れるまでの間、ここでどんぐりを拾う予定だ。
「――あ、早速見つけました!」
嬉しそうに声を上げ、木の根元近くに駆け寄った審神者は、ためらうことなくその場にしゃがみ込む。
「このあたりなら沢山見つけられそうです」
三日月を振り返って微笑んで、審神者はいそいそとどんぐりを探し始めた。左手の上に広げた懐紙の上に、右手で摘まんだ木の実を載せていく。
小さな背を丸めて、白く細い指先で器用に落ち葉をよけながら、懸命に木の実を集める審神者は、まるで子リスのようだ。その愛くるしい姿に三日月は笑みをこぼすと、自分自身もまた懐紙を取り出し、彼女の隣にしゃがみ込む。
湿った土の匂いが濃く香り、三日月は本丸の畑を思い出す。皆で世話をしているあの畑。最初は難しいものだと感じたけれど、習慣とは恐ろしいもので、今ではすっかり手慣れたものだ。
「はは、楽しそうだな。俺も手伝うぞ」
「え、いいですよ。手も汚れちゃいますし、三日月さんは待っていてください」
「案ずるな、土いじりなら畑仕事で慣れておる」
「あっ……。そうでしたね」
ようやく自分が普段させていることを思い出したのか、審神者は恐縮しきりといった風情で肩をすくめる。
「はは、そうかしこまるな。俺もそなたと同じことがしたいのだ」
人の子と同じ目線で同じことに取り組み、同じ時を過ごすこと。それは刀時代の三日月にはできなかったことであり、叶わなかった願いだった。そして審神者の力によって人の身を得て、初めて知った幸福でもあった。
愛しい彼女と一緒になってどんぐりを拾う、たったそれだけの一見何でもないようなことが堪らなく嬉しく、その尊さに三日月は不思議な感慨を覚える。
長い時を生きてきたけれど、こんなにも温かな情感を覚えたのは初めてだった。
本丸にいるときは夜の匂いの色濃い逢瀬ばかりだったけど、秋晴れの空の下で過ごす爽やかな時間も良いものだと、三日月は改めてそんなことを思う。
――官能のひととき以外の彼女や、審神者業務を離れた素顔の彼女をもっと知りたい。楽しかった今日一日を振り返りながら、三日月はそんなことを願うようになっていた。
また休みを合わせて二人だけでどこかに出かけたい。本丸を離れた場所で人目を気にせずのびのびと過ごす彼女を、ただずっと眺めていたい。
たった一日本丸を離れただけで縮まった心の距離に、三日月は気づかない。しかしそれは、彼の隣で木の実を集める審神者もまた同様だった。
***
その夜。夕食と風呂を済ませてしばしの団欒を楽しんでから、審神者と三日月は同じ布団で眠っていた。三日月と揃いの浴衣を着た審神者は、一人用の狭い布団で彼の腕に抱かれ、横になっていた。
三日月はもう先に眠っているようで、厚い胸板が一定の間隔で上下し、審神者の耳に穏やかな寝息が届く。
審神者は何をするでもなく、ただぼんやりと三日月の胸に顔を埋めていた。疲れているはずなのに、どうしてか眠れずにいた。
旅館の浴衣越しに感じる三日月の体躯はやはり逞しく、あんなにも雅やかで美しい人なのに、紛れもなく彼は武人なのだと、審神者は改めて思い知る。
使命のために闘ってくれる、そして自分を守ろうとしてくれる、強く優しい人だ。
本丸にいるときに同じ布団で眠るときは、決まって逢引きのときだから、いつも身体を求められてしまうけど。だからこそ、こうやって何もせずただ二人一緒に眠るのは、とても新鮮だった。
三日月の湯上りの身体は温かく、瑠璃の髪から漂う柔らかな石鹸の匂いと相まって、頑なだった審神者の心を解きほぐし、柔らかく溶かしてゆく。
彼の腕の中で眠る。ただそれだけのことで、こんなにも優しく穏やかな気持ちになれるなんて、今まで知らなかった。身体を求められないからこそ、欲望抜きで大事にされているのだと安堵できる。
三日月の腕に抱かれながら、審神者は今日一日を振り返る。最初はつい文句を言ってしまったけれど、楽しかった。
本丸だと人目を気にして、ほんのひととき身体を重ねて別れるだけの、性の営みのための逢瀬ばかりだったけど、秋晴れの空の下での爽やかな時間は新鮮で楽しく、ようやく彼にきちんと愛されているのだと実感できた。彼の言うように、もう少し素直になってみてもいいのかもしれない。
色々な出来事を経て、今日一日を一緒に過ごして。審神者は三日月への頑ななしこりにも似た感情が、次第に薄れてゆくのを感じていた。
確かに、あの月のない夜に彼にされたことは許しがたいことだ。けれど、そのことにこだわり続けるのも、もう潮時なのかもしれない。
強引に身体を奪われて、罪滅ぼしのように優しく甘やかされて、たったそれだけのことでほだされてしまうなんて、自分でもなんて流されやすい愚かな女なのだろうと思うけど。
それでも、こんなにも厄介で面倒な自分に、根気強く付き合ってくれる優しい三日月を拒み続けることが、審神者は馬鹿馬鹿しくなってきていた。
長い時を経てようやく。審神者たる少女は三日月と、そして自分自身の弱さとを、受け入れられるようになった。
――やっぱり三日月が好きだ。この美しくて狡くて、こんなにも自分に真っ直ぐな気持ちをぶつけてくれるこの人を拒み通すことなど、やはり自分には出来ない――
たったひとつそれだけが、あの暗月の夜から変わることのない、審神者たる少女の真実だった。この想いがどんな末路を辿るのかはわからないけれど……。
見えない未来に不安を覚えながらもどうすることもできず、眦にうっすらと涙を浮かべ、審神者はそっと瞳を閉じた。そのまま吸い込まれるように眠りの世界に落ちてゆく。
閉じられた襖の向こうで風が吹く。審神者が意識を失う間際、彼女の瞼の裏にあの美しい雑木林の光景が、ほんのひとときだけ蘇り、そして消えた。
あとがき
お疲れ様です。作者です。
お久しぶりのおじいちゃんでした。今回は全年齢でデート編です。
そして、三日月さんと審神者ちゃんの仲直り編でもありました。
いかがでしたでしょうか。
あざとくてずるくて押しの強い、自分の武器(イケメンさ)をよく理解している
ヤリ〇ンおじいちゃんに、ついに絆されてしまう審神者ちゃんです。
しかしおじいちゃんは本当にずるいですよね。
絶対この手口で数々の女の子を食い倒してきたんだろ、このくそイケメンめ……!
などという気持ちもこみ上げてきますが、でもそんなおじいちゃんが大好きです。
審神者ちゃんを誘惑してたぶらかしてるときはミュージカルのおじいちゃん、
その他のシーンでは舞台やゲームのおじいちゃんを想像して書いていました。
私にとってはやっぱり、麻〇央くんのおじいちゃんは特別なようです。
原作とずれているところがあったらすみません。
みかさにの審神者ちゃんは思い悩みがちな女の子なのですが、
今回ようやく彼女なりに自分の気持ちに折り合いをつけてくれたので、
次回があればもう少し素直に仲良しな二人をかけたらいいなと思います。
今後の予定なのですが、またweb再録の同人誌を作って無料配布しようと思っています。
収録内容は三日月さんと審神者ちゃんのお話全作(このお話も含めます)に
長谷部くんと審神者ちゃんのお話全作(R指定の2作)の予定で、
書き下ろしは多分ありません。
スターブックスさんの早割30を使って数冊程度作るので、スケジュール感としましては、
印刷所さんに入稿してから約一か月後に私の手元に本が届き、
それから申し込んでくださった方に発送してゆく、といったイメージになります。
諸事情により、もしかしたら無料配布ではなく有償配布に変更、
ないしは企画中止になるかもしれませんが、
一応活動の集大成としての本は作るつもりでいるので、
ご興味持っていただける方は、気にしていただけましたら嬉しいです。
それではまた。