みかさに
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
.
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ある日の本丸でのこと。少女たる審神者は近侍の三日月宗近とともに、自室で書類仕事をしていた。主である彼女と自身の手元に緑茶の入った湯呑を置いてから、三日月はもったいぶった様子で口を開く。
「――ときに主よ。我が本丸は随分とホワイトなのだな」
「どうしたんですか? 急に……」
「聞いた話なのだが、他の本丸にはブラックと呼ばれるところがあってな、横暴な審神者が刀剣たちに無体を強いているらしい」
妙に得意げに三日月はそんな噂話を披露する。
「欲に任せて見目麗しい刀剣に、夜伽の相手を強いる者までおるそうだぞ」
一体誰の入れ知恵なのか。しかし、未だ幼さの残る審神者は情報の出どころを気にするよりも、三日月が口にした単語に衝撃を受けていた。
「っ、え、夜伽ですか……!?」
「ははっ、そうだな。常日頃、俺がそなたに対してしていることだな」
審神者はあたふたとするが、三日月は動じない。相変わらず朗らかに、しかし何の躊躇いもなく、とんでもないことを口にする。
「ちょっ、ちょっと三日月さん……!」
そんな彼に審神者は思わず声を潜め、あたりをきょろきょろと見回した。自室で三日月と二人きりだということは分かっていたが、これは彼との関係を本丸の他の面々に知られたくない彼女の癖のようなもの。
夜伽とは、女性が権力のある男性の寝所に赴いて話し相手や性交の相手になることだ。刀剣の付喪神たちはみな男子だから、もちろんこの場合は性別が逆になる。あるいは同性の審神者との行為となるか……。
手持ち無沙汰な夜に、人恋しくなるのは自然なことだ。みな男子とはいえ刀剣の付喪神たちは揃って美しいから、彼らに対してそういった欲望を抱く審神者が出てくるのは、仕方がないのかもしれない。けれど、これは……。
「職場につきものの、セクハラというやつだな」
「何でそんな言葉を知ってるんですか……」
上機嫌で卑近な単語を口にする三日月に、審神者は呆気にとられる。この三日月宗近という刀剣のつかみどころのなさといったら相変わらずだ。泰然自若なその様はまさに平安の貴族のような。
「そういえば、明日の演練で当たる予定の審神者の一人が、そのセクハラとやらをしているらしいぞ」
「え?」
「美青年で本人も武術の達人らしいが、両刀使いでなかなかの悪党らしい」
両刀使い。いわゆる両性愛者で、男性も女性も性愛の対象になる人だ。
「ほ、本当ですか?」
そのような人物と身近に接したことのない審神者は、驚きに目を丸くする。
「明日の演練は俺も行くから心配はしておらぬが……」
のんびりとそこまで続けると、不意に三日月は瞳を細めた。そして。
「――気をつけておくれよ」
「っ!」
意外なほどに真剣な彼の表情に、審神者は思わず息を呑む。まるで愛しい妹を守ろうとする優しい兄のようなその様子。いつも飄々としている彼に、真面目に心配してもらえるのが、驚きでもあり嬉しくもあり。
しかし、審神者はふと我に返る。特別美しいわけでもない自分を、そういった意味で狙う者などいるのだろうか。別に特段魅力的なわけでもない、自分などを……。しかし、三日月の次の台詞に、審神者は呼吸を忘れた。
「……もっとも、俺にその言葉を口にする資格はないのだがな」
寂しげに微笑む彼は、真昼の空に頼りなく浮かぶ白い月のようだった。三日月はずるい。そんな寄る辺のない幼子のような風情で、あんなにも殊勝なことを口にされたら。自分は彼を咎めることも、ましてや拒むこともできない。
何と返してよいか分からずに、審神者は黙ったまま長い睫毛を伏せる。憂いを帯びた三日月の表情はやはり美しく、長く見つめるにはやはり気恥ずかしい。
男女の一線はしっかりと越えているくせに、顔を見るのが恥ずかしいなんて不思議だと、審神者は自分に呆れるが。彼女はすぐに、三日月の容姿が端麗に過ぎるからだと考え直す。
審神者と三日月はいわゆる恋仲であった。といっても審神者に恋焦がれた三日月が、思い余って一線を踏み越えてしまい、それから皆に隠れてずるずると関係を続けているという、褒められたものでもない間柄だったが……。
「はい…… わかりました……」
視線を手元に落としたまま、審神者はぽつりとつぶやいた。
そして翌日。審神者と刀剣男士の一行は演練会場にやって来ていた。本日の編成は三日月宗近に石切丸、小狐丸に燭台切光忠、そして大倶利伽羅に和泉守兼定といった、攻撃力重視の面々だった。
日頃の鍛錬の賜物か部隊は順当に勝利を重ね、そして現在は本日最後の戦いを前にした休憩時間だ。
演練会場の片隅の芝生で、審神者は部隊の皆と寛いでいた。青々と茂る芝の上に座る審神者の両隣に石切丸と小狐丸がそれぞれ座し、残る四名もまた、審神者のほど近くで思い思いに過ごしている。
三日月は緑の葉を茂らせた木の下で幹に背を預けて休んでおり、小狐丸のすぐそばでは、調子のいい和泉守が寡黙な大倶利伽羅をからかい、そんな二人を燭台切が仲裁していた。
賑やかな三人に視線を遣って微笑んでから、審神者は両隣の二人に声を掛ける。
「今日も勝てて良かったですね、次も頑張りましょうね」
何ということのない世間話。しかし、これも仲間たちとの親睦を深めるためには大切なことだ。審神者に声を掛けられた石切丸に小狐丸は、口々に彼女に応える。
「そうだね。次もしっかりと厄を落としてくるよ」
「ええ、私もぬしさまのために次戦も励んで参ります」
笑顔の二人に、審神者もまた柔らかく微笑み返す。
「ありがとうございます。お二人とも無理のないように……」
しかし、彼女が言葉を終えぬうちに、和泉守が声を上げた。
「おっ、主よ。あれだよな、オレたちが次に当たる相手は」
「えっ……!?」
その声につられるようにして、審神者を含めた一同は和泉守の視線の先を見やった。そこにいたのは、随分と物々しい雰囲気の刀剣男士たちの一団だった。
一部隊は六人なのにも関わらず、男士が七人いると思った審神者が目を凝らすと、そのうちの一人は見覚えのない青年だった。
顔立ちは整っているものの、どことなく野卑た雰囲気で、袖なしの上衣からは筋骨隆々とした太い腕が伸びており、おそらくは彼が例の両刀使いの青年審神者なのだろうと、審神者は推察した。
彼の脇に控える部隊の面々も、蛍丸に太郎太刀に次郎太刀という大太刀三振りに、槍の中では最強と謳われる日本号、そして鶯丸に三日月宗近といった名だたる太刀で、ほぼ最強といってよい布陣だった。けれど……。
「――っ!」
少女たる審神者は別本丸の三日月に、その視線を奪われる。こちらのことなど一顧だにせず仲間たちと談笑する彼も、自本丸の彼と同じほどに美しかった。まばゆいほどの美貌は相変わらずで、さすがは天下五剣が一振りとでも言うべきか。
美男子揃いの刀剣たちの中でも、彼にばかり惹きつけられてしまうのは、他ならぬ自分が自らの本丸の彼と、人には言えぬ関係に陥っているからだろうか。
いつ見ても素晴らしく端麗に過ぎる容貌。そんな彼に恋をされ、夜ごとあんなことをしているなんて……。
そんな自身に信じられない心持ちになりながらも、しかし審神者は、彼に求められるまま裸の身体を重ね合わせているときのことを思い出す。
そう。普段はあんなにも穏やかな三日月の昂ぶりと熱情の全てを、自らの肉体でもって受け止めている、閨での営みのことを……。
しかし、ここは真昼の演練会場だ。日課の任務の途中であり、まわりには他の刀剣たちが――仲間たちがいる。審神者は慌てて空想を振り払った。
他の本丸の審神者や刀剣たちも、例の青年の部隊に興味をひかれているようで、彼らは周囲の多くから注目を浴びていた。
けれど、不意に審神者は例の部隊の三日月に視線を送られる。女性なら秋波とでもいうのだろうか。『触れなば落ちん』とでも言うような、誘われるのを待っているかのような、色めいた流し目だ。
ほんのひとときの視線のやりとり。けれどそれは、少女たる審神者を動揺させ、彼を――例の本丸の三日月宗近を印象づけるには充分だった。
三日月ほどの美貌の持ち主にそんなことをされたら、もう平常心を保てない。自本丸の彼に想いを寄せられ、肉体関係にある彼女なら、なおのこと。
(……やっぱりすごいな)
審神者は三日月の魅力を改めて思い知る。そんな彼になぜ自分などが恋慕われているのかはわからないけど……。しかし、空想の世界に浮遊していた彼女は、石切丸によって現実へと引き戻される。
「――そろそろ時間だよ。戻ろうか」
「っ、そうですね」
そして、少女の率いる部隊は本日の最後の一戦へと向かったのだった。
演練では終了後に握手の時間がある。少女たる審神者はおっかなびっくりながらも、両党使いの悪人と噂されている青年に片手を差し出して挨拶をした。
「ありがとうございました」
試合結果は残念ながらこちらの判定負けだった。相手はやはり手ごわく、そして錬度も非常に高かったのだ。
「……こちらこそ、ありがとう」
意外なことに、悪党と名高い彼はまっとうな受け答えをし、少女の握手に応えてくれた。
しかし、一拍遅れた返答を不思議に思い、彼女が青年を見上げると。彼は意味ありげな笑みを浮かべ、少女の手を握ったまま、その耳元に囁きかけてきた。
「ねえ、君――……」
青年が口にした言葉に驚いた少女審神者は、大きな瞳をさらに見開き、華奢な身体を強張らせるが。彼はすぐに少女の小さな手を離すと、自陣に戻って行ってしまった。
残された少女はひとり視線を落とし、悔しげに唇を噛みしめる。
「まったく、やれやれだね」
そうぼやくのは、傷の手入れを終えたばかりの石切丸だ。
「申し訳ありません、ぬしさま……」
小狐丸も珍しくしょんぼりとしている。他は全勝したのに、先ほどの判定負けがよほど堪えているようだ。
和泉守や燭台切も身体にわずかに残る打ち粉を払いながら、悔しそうにしていた。
「ちっくしょ~ あのすばしっこい大太刀め」
「また錬度を上げないとね……」
最終戦が終わったあとも、部隊はまだ演練会場にいた。模擬戦闘で傷を負った仲間の手入れが終わるのを待っているのだ。あたりには同じように自軍の面々を待つ他本丸の審神者に刀剣たちがいた。
現在、少女たる審神者は石切丸に小狐丸、燭台切に和泉守とともに、三日月と大倶梨伽羅の手入れが終わるのを待っているところなのだが。
向こうから憮然とした様子の自陣の大倶梨伽羅がやってくるのを視界の端に入れながら、審神者は気の毒なほどにしょげている小狐丸を励ました。
「……また、頑張りましょう」
微笑みかけて背伸びをし、彼ご自慢の毛並みを撫でてやる。ああ、やっぱりこの毛並みは素晴らしい。まるで本物の狐のようだ。
手入れを終えたばかりの小狐丸の髪のふわふわとした手触りに、審神者は感動する。なんて気持ちいいんだろう。もっと触れていたい……。
撫でられている小狐丸も嬉しそうだ。その様はまるで飼い主の愛撫を喜ぶ子犬のようにも見える。しかし、空気を読まない和泉守が審神者に声を掛けてきた。
「そういえば、主よぉ、さっきの演練相手の審神者と何話してたんだ?」
「あ、それ僕も気になる、現世での知り合いなの?」
畳みかけるように、燭台切まで同じことを尋ねてくる。幸福な時間を邪魔されて、あからさまに不機嫌になっている小狐丸を視界に入れないようにしながら、審神者は彼らの問いかけに答えた。
「ち、違いますよ…… 知らない方です」
確かに演練終わりの握手で声を掛けられたけど、まさかそんな誤解をされるなんて思わなかった。審神者は慌てて否定する。
「へえ、そうなんだ……」
意外そうな顔をする燭台切に、けれどそれ以上のことを話したくなかった審神者は、気まずそうに視線を逸らした。
あの青年審神者と先ほど何を話していたのかといえば、なんのことはない、脈絡なく恋人の有無を尋ねられ、驚きに絶句していたというだけだ。
もはや会話ですらない、意味のないやりとりだったが、それを刀剣たちに打ち明けるのも気が引けた審神者は、さりげなく話を逸らした。
「……そういえば、三日月さんはどうしたんでしょうか」
ただ一人、未だに戻ってこない彼の名を、審神者は口にする。残る五名の刀剣たちの手入れは終わり、その姿を確認できたのだが、三日月だけが見当たらなかった。
マイペースな彼のことだから、またどこかで寄り道でもしているのだろうか。
「おかしいね、演練の手入れはすぐに終わるはずなんだが……」
「私、ちょっと見てきますね」
眉を寄せる石切丸に審神者はそう告げると、彼の返事も待たずに一人その場を離れてしまった。手入れ部屋の方にそそくさと駆けてゆく。
「おい……!」
一人飛び出してゆく主を心配したのか、戻ってきたばかりの大倶梨伽羅が声を上げるが。すぐに和泉守に窘められる。
「そこまで心配するこたねーだろ。ここは演練会場なんだしよぉ」
「それもそうだな……」
日頃「慣れ合うつもりはない」などと口にしつつも本当は心の優しい彼に、一同は心をなごませる。
三日月はどこにいるのだろう。審神者はきょろきょろとしながら彼を探す。彼がいそうなところを手当たり次第に見て回ったが、その姿を見つけられず、彼女は気落ちしていた。あまりの心細さに、我知らず審神者は彼の名前を呼ぶ。
「三日月さん……」
心の内でのみつぶやいたつもりが、か細い声となって漏れ出てしまった。やはりそれほど、三日月の不在というのは、審神者にとって心細いことなのだろう。けれど。
「あ!」
彼女はやおら声を上げた。探し求めていた後ろ姿を見つけたのだ。見慣れた瑠璃の狩衣に月に星の紋。間違いなく三日月だ。きっと自分の本丸の彼だと、審神者はその背を追いかける。しかし、なかなか相手との距離は縮まらない。
そうこうしているうちに、いつのまにか審神者はひとけのない場所に迷い込んでいた。鬱蒼とした林の中だ。
演練会場にこのような場所があったのかと意外に思いながらも、審神者は歩みを進める。しかし、そのとき。黒い人影が彼女の背後に舞い降り、その首筋に手刀を食らわせた。
「……悪いが、これも主命なのでな」
あまりにもあっさりと、言葉もなくくずおれた彼女を抱き止めながら、そう呟いたのは。打ち刀の付喪神たるへし切長谷部だった。もちろん彼は、少女の本丸の長谷部ではない。
「……手間をかけたな、三日月宗近」
「いや、俺も楽しかったぞ」
少女を抱えた長谷部の呼びかけに呼応して現れたのは、なんと三日月宗近その人だった。瑠璃の狩衣も打除けの月が浮かぶ瞳も全て、少女を想う彼と同じ。
けれどこの三日月は、例の両刀使いの青年の本丸の彼であった。同じ男を主にもつ長谷部に、三日月は愚痴をこぼす。
「全く、わが主はとんでもないな。俺たちだけではあきたらず」
しかし、そんな三日月を長谷部は窘める。
「だが主は主だ。我々は従わなくてはならない」
長谷部のあまりにも彼らしい台詞に、三日月は苦笑した。
「主命とあらば、か? そなたの忠誠心には恐れ入るよ」
三日月らしい柔らかな揶揄だ。しかし、長谷部はそれには取り合わない。
「――戻るぞ」
低くつぶやいて、長谷部は少女を抱えて姿を消した。
「仕方ない……な」
三日月もまた彼を追うように姿を消す。
「――やあすまんな、遅くなった」
のんびりとそう口にしながら戻って来たのは、少女たる審神者の本丸の三日月だった。
「三日月さん!」
「三日月殿……!」
石切丸に小狐丸は驚いた様子で彼を迎える。同様に、残る演練部隊の面々も意外そうな顔をしている。てっきり主人と一緒に戻ってくると思っていた三日月が一人だったからだ。
「三日月殿、ぬしさまとご一緒ではなかったのですか?」
「主? いや、俺は知らぬぞ」
小狐丸と三日月のそのやりとりに、場の全員の顔が曇る。さすがにこうなれば、マイペースな三日月でも異変を察知する。形のいい眉を寄せて、三日月は皆に尋ねた。
「……どうかしたのか?」
「……主は君を探しに手入れ部屋の方に向かったんだけど、見てないのかな?」
三日月の問いかけに答えたのは燭台切だった。
「俺を探しに?」
「そうだよ」
二人のやりとりを聞いていた石切丸が、ぽつりとひとりごちる。
「困ったね……」
幼いながらもしっかりとしている審神者が、黙っていなくなるなどそうあることではない。
「――皆のもの、主を探そうぞ」
珍しく焦った様子の三日月の言葉をきっかけに、演練部隊は頷きあい、主の姿を求めて散り散りとなった。
それと同じ頃。少女は薄暗い部屋の中で目を覚ました。頬に触れる固い床の感触、鼻孔をくすぐる埃っぽい嫌な匂い。そして自分の両手首には、冷たい金属製の輪が掛けられていた。これはどう見ても手錠だ。
異様な状況に驚きつつも、彼女は身体の怠さに耐えながらその身を起こした。
少女が倒れていたのは、人ひとり生活できる程度の広さの窓のない一室だった。前方に見える鉄格子に、彼女は自分が監獄に囚われていることを理解する。
「ここは……」
少女が呆然とつぶやいた、そのとき。
「――ようやく目覚めたか」
「っ! あなたは……」
朗々とした声とともに現れたのは、なんと少女が探し求めていた三日月宗近だった。
しかし、この三日月は明らかに少女の本丸の、彼女を想う彼ではない。妖艶な笑みを浮かべるただならぬ様子のもうひとりの彼の登場に、少女は身構える。
「ははは、随分とつれない態度だな。先ほどは俺の秋波にあんなにも可愛らしい反応を返してくれたではないか」
秋波とは本来は女性の動作の形容なのだが、三日月が口にすると不思議と違和感がなく、むしろさまになってしまう。
けれど彼の言葉に、やはり眼前の三日月はあの青年審神者の三日月なのだと、少女は確信する。敵方のはずの彼が旧来の友人のように接してくることに、彼女は戸惑う。
彼がここにいるということは、おそらく自分を攫ったのは眼前の三日月なのだろう。そんな彼がなぜ……。
そして、そもそも自分はどうして攫われたのか。少女は遅まきながら疑問に思うが、その理由はすぐに明かされた。
「本来は、そなたは俺ではなく俺の主への貢物なのだがな」
「えっ……!?」
主への貢物。その物騒な言葉に、少女は目を瞠った。しかし、三日月はそんな彼女には構わずに、楽しそうに続ける。
「とはいえ、あまりにも愛らしいそなたを、他の男にただ差し出してしまうなど勿体なかろう? 主に献上する前に俺も味見をしようと思ってな」
究極のマイペースというのは、どの彼も同じようだ。けれど、次第に不穏になってゆく風向きに少女の額に冷や汗が浮かぶ。人を食ったような笑みを浮かべる彼に、少女の背筋をぞわりとした何かが駆け抜ける。
「味見……?」
ごくりと唾を呑み、少女は三日月に尋ねかけるが。
「――別の俺と関係を持っていたのなら、構わぬだろう?」
三日月はそう口にして、まるで当然のことのように彼女をその場に組み敷いた。
「っ……!!」
石造りの固い床に小さな背を打ちつけ、少女は呻く。例の青年を主に持つ三日月の意外なほどに粗暴な振る舞いに、この彼はやはり自分の本丸の彼ではないのだと、少女は改めて思い知る。
「み、三日月さ……」
少女は眼前の彼を呼ぶが、やはり取りあってはもらえない。三日月は少女の呼び掛けに応える代わりに、捕縛の呪を唱えた。手錠により縛められた少女の両手首を、監獄の床に縫いとめる。
いくら幼い彼女といえども、男が女にこのような真似をする意図くらい知っていた。そう、それこそ眼前の男と全く同じ姿かたちの彼に、身をもって教えられたことだ。
ついに堪えきれなくなった審神者は、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。目の前にいる三日月は自分の本丸の彼とは違う。容貌こそ同じでも全くの別人だ。
自分の本丸の三日月はもっと優しかった。確かに最初こそ強引だったけど、それでも彼はこれ以上ないほどに自分を大切に扱ってくれた。
なるべく痛みを与えないように配慮し、不安がる自分を宥めるように何度も愛を囁いてくれていた。
彼との営みはいつだってめくるめく夢物語のようで、思えばいつも自分は、彼によってもたらされる恍惚の中で、性の頂点を迎えていた。
自分自身の小さな蕾に三日月の真っ白な熱を注がれながら、彼の手によって悦楽の極みに押し上げられる、甘く切ないひととき。
自分を見つめる彼の、永遠の月夜と朝焼けとを閉じ込めた宝玉のような瞳にはいつだって、激しくも美しい恋の炎が燃えていた。
焦がれるほどの想いを、いつも自分に向けてくれていた愛しい三日月。けれど今、自分を見おろす彼はそうではない。
眼前の彼の、凍てついた水面のような瞳に怖気づいた少女は、彼から逃れようともがいたが。手錠を掛けられた両手首を、まじないで床に縫い止められているこの状況では、やはりどうすることもできない。
仮に悲鳴を上げたとしても、敵陣まっただ中のここで助けが入るとも思えなかった。
抗う術も逃げる術もない。絶望のあまり、少女の身体から血の気が引く。もがく気力すらもなくしてしまった彼女は、呆然ともう一人の三日月を見上げた。
そんな彼女を見おろしながら三日月は満足そうに微笑むと、少女の脚の間に自身の両膝を割り入れて、彼女の衣服に手を掛けてきた。
少女は前開きの上衣にスカートという出で立ちだった。三日月の手によって少女の上衣のボタンはすぐに全て外された。可憐な胸の膨らみを覆う下着も、その背の留め具を外されて、上方へとずらされた。
まだもう一人の三日月にしか見せたことのない少女の二つの膨らみが、ふるりと揺れ落ちて、彼とは別の三日月の前に晒される。
「……っ!!」
少女は恐怖と羞恥に息を呑み、華奢な身体を強張らせる。頬を涙に濡らしたまま、悔しさに唇を噛みしめる。
「――別の俺の想い人は、泣き顔も随分と可愛らしいのだな」
彼女の真っ白な膨らみの色づいた突端を眺めながら、三日月は喉を鳴らして笑う。
「なっ……!」
まるで煽るような言葉に少女の頭に血がのぼる。愛する人とは別の男に無理やり上衣をはだけさせられ、裸の身体を見られている。それだけでも耐えがたい屈辱なのに。
「やめてください……!」
絞り出すような声で、少女は三日月を睨みつけるが。
「そう言われて、やめる男などおらぬよ。まして相手が、こんなにもそそられる女人なら尚更な」
「……!」
三日月の意外な返答に少女は息を呑む。本当にやめてもらえるなんて、思ってなかったけど。
(――そそられる? あんなにも美しい彼が自分なんかに?)
少女は疑問に思うが、すぐに訪れた自分の胸を包み込む冷たい手のひらの感触に、身体を強張らせた。いつの間にか手袋を外していた三日月が、ついに素肌に触れてきたのだ。
柔らかな胸の膨らみの稜線を確かめるように触れられて、再び少女の背筋をぞくぞくとした何かが駆け抜けてゆく。
自分でも気づかぬうちに、少女は熱を帯びた呼気を漏らし形のいい眉を寄せていた。
「……っ ……ん」
そんな彼女の反応に気を良くしたのか、三日月は表情を緩めて笑うと、改めて少女に覆いかぶさった。左腕を床につけて自分の体重を分散させながら、空いた右手で少女の胸の膨らみを可愛がる。
「……触って良しとはこのことだな」
「っ……」
二つの膨らみを片手で揉みしだきながらこちらを煽ってくる彼に、悔しくなった少女は懸命に身をひねってその手から逃れようとした。
しかし、その抵抗はやはり何の意味も持たない。彼女の手首を縛める金属の輪が、かちゃかちゃと小さな音を立てるのみだ。
しかし、そんな彼女の涙ぐましい拒絶など意に介さずに、三日月は行為を進めて行く。少女の柔らかな白肌にその唇を触れさせてきた。
彼女の鎖骨のあたりには、先ほど三日月によって押し上げられた胸を覆う下着があった。だからなのか、三日月はやにわに少女の胸の頂に吸いついた。
「やっ……! 三日月さん……っ!」
まさかいきなり、そんなところを責められるとは思わなかった、少女は絹を裂くような悲鳴を上げる。
しかし、三日月は何事もなかったかのように、平然とした様子で愛撫を続ける。その大きな手のひらと薄く男らしい唇で、三日月は少女の無防備な肉体を味わった。
「やっ…… ああ……っ」
自分では望んでいないのに。しかし、欲求に素直な肉体は彼女にあられもない声を上げさせる。しかもそれは、不都合なことに三日月の興を乗せてしまった。
「……うむ、なかなかよいぞ。もっとその声を聞かせておくれ」
「ひゃあ…… んっ」
むき出しの乳房の先端に強く歯を立てられて、少女は再び悲鳴を上げる。
「三日月さん…… やめて……っ!」
半裸の身体を切なげによじりながら、少女は三日月に懇願するが、その願いが聞き届けられるはずもない。
少女はさらに肌を暴かれその肉体を彼に淫らに辿られてゆく。三日月の大きな手のひらが、節くれだった長い指が、少女の無垢な素肌を巧みに嬲る。
「あっ…… やっ……!」
感じてしまう場所ばかりに触れられた審神者は、華奢な身体を弓なりにしならせてあまりにも可憐な悲鳴を上げる。
本当は眼前の彼に自分の声など聞かせたくないのに、我慢できない。そんな自分が悔しくて、少女は三日月の愛撫の合間に唇を引き結んでそっぽを向いた。
せめてもの抵抗だ。良くなっている姿など見せてやらない。しかし、それは逆効果だった。
「……ふむ、声は聞かさぬというわけか。ならば、堪えきれぬようにしてやるまでだな」
審神者たる少女を組み敷いている三日月は、打ち除けの浮かぶ瞳を眇めて笑う。
ふたりきりの牢獄で審神者を見おろして酷薄な笑みを浮かべる三日月は、物語の中の美しくも残酷な祟り神そのものだ。少女の本丸の彼とは全くの別の刀のようで、少女は恐怖に色を失う。しかし、そのとき。
遥かから響いてくる軍靴の音に、少女ははっとする。彼女の眼前の三日月もまた、らしくないほどの狼狽を見せる。
彼の様子から察するに、足音の主はおそらく三日月の主である青年審神者だ。おそらくは主人の獲物を盗み食いしようとしたことが露見すれば、いかな三日月といえども苛烈な折檻が待っているのだろう。
「……っ!」
三日月は名残惜しそうに呻くと、牢の床に縫い留められた少女から身体を離し、そそくさと彼女の着衣を整えはじめた。そして、これまでの行為の痕跡を可能な限り消してから、自らの主を出迎えた。
「――何をしている、三日月宗近」
低い声とともに現れたのは予想に違わず、彼のあの青年審神者だった。彼のぞっとするほどの冷たい瞳に、少女は身体を強張らせる。
「それは俺の獲物だと言ったはずだ」
青年の声はそう広くない牢獄に反響し、まるでこだまのように響く。
「道具風情が主の獲物を盗み食いか。生意気が過ぎるぞ」
主人に道具風情と詰られても、三日月は無言だった。何の反論もせずに、その場に控えている。そして。
「――失せろ」
青年審神者の一言で、三日月はあっさりと引き下がった。先ほどまであんなにも興味を示し、蹂躙しようとしていた少女を一顧だにせず、その場から立ち去る。
三日月のその様子に、少女は刀剣男士たる彼らと彼らを顕現させた審神者の力関係を思い出していた。
鍛刀によって刀剣男士を現世に呼び起こし、刀解により彼らを殺すこともできる審神者は、いわば男士たちの生殺与奪の権を握る絶対的な存在だ。いかに天下五剣が一振りたる三日月宗近といえども、そんな審神者に逆らうことなどできない。
三日月自身もそれを理解しているのだろう。だからこそ、その誇りを捨ててまであの青年の言いなりになっている。
「ようやく二人きりになれたな」
妙に楽しげにそう口にして、青年は切れ長の瞳を眇めた。三日月が去った今は、彼の言葉通りこの場にいるのは、青年と少女の二人だけだ。
自分を見おろす相手の瞳の奥に確かな狂気を見つけて、少女は身体を竦ませる。
「ここしばらくは男ばかりだったからな。久しぶりに女の味が恋しくなったんだよ」
卑しい薄笑いを浮かべる青年の一言に、少女は自本丸の三日月が口にした言葉を思い出す。
『――見目麗しい刀剣に、夜伽を強要する者までおってな――』
やはりあの噂は本当だったのだ。少女の心の内に怒りがわいてくる。権力を笠に着た卑劣な振る舞いは許せない。
とはいえいかに腹が立っても、武術の達人という男にかなう手だてなど今の彼女にはない。少女が唯一できるのは。
「…………っ!!」
射殺さんばかりの視線で彼を睨みつけ、言外に拒絶することだけだ。けれど、それが何の意味もなさないことくらい、当の少女本人が一番よく分かっていた。
今も監獄の床に両手を縫い留められたままの自分がそんなことをしても、より窮地に陥るだけ。
「素直に俺に従うことだな。さもないと、その身体に消えない傷がつくことになるぞ」
わざとらしくぽきぽきと指を鳴らして、青年は物騒な言葉を口にする。
間近で見れば見るほどに、男の体つきは逞しく立派だった。よほどしっかりと鍛えているのだろう。丸太のような太い腕に、服の上からでもわかるほどに厚い胸板。
「顔を潰すのはやめてやるよ。お前の可愛らしい顔が、快楽に歪む様が見れなくなっちまうからな」
そんな彼にせせら笑うようにそう言われ、ついに少女は青ざめる。
(……っ!)
もう駄目だと、彼女が全てを諦めようとした、そのとき。
「――そこまでだ」
耳慣れた朗々とした声が響き、頭が割れるような金属音とともに、牢獄の扉が破壊される。太刀による鋭い一閃だ。まるで晴天の霹靂のようなその技の主は、少女の本丸の、彼女を愛する三日月だった。
彼の背後には揃いの制服を着た政府関係者数名と、青年審神者に命じられるまま少女をこの場へと攫ってきた、へし切長谷部が控えていた。ようやくの愛しい月の登場に、少女審神者の瞳から安堵と喜びの涙が溢れる。
三日月は少女に優しい微笑みを向けると、すぐに表情を戻して、監獄の扉を破壊した刃をその鞘に収めた。その仕草もまた息を呑むほどに美しく、こんな状況だというのに、少女は彼に見惚れてしまう。
間を置かずに、政府の役人たちが牢獄の中に駆け込んできた。こわもての男性スタッフが青年審神者を少女から引きはがし、鬼の形相で彼に凄む。
「現行犯です。言い逃れはできませんよ」
「くっ……!」
青年は息を呑み、悔しそうに歯を食いしばったが。すぐにがっくりと項垂れた。ついに観念したのだろう。政府の男性スタッフは青年の腕を掴んだまま、場の全員に向かって宣言した。
「この男は我々が本部に連行します。おそらくはこのまま審神者の任を解かれることとなるでしょう」
そして、彼はへし切長谷部へと視線をやると。
「長谷部殿、そちらの本丸の新しい審神者の選出については追って連絡致します」
「……承知いたしました」
長谷部は胸に手を当て一礼をする。言葉や仕草は丁寧でも、どこか不遜なその態度は、実に彼らしい。
例の青年審神者は、そのまま政府関係者たちに引き立てられてゆく。それはあまりにもあっけない、あの青年の審神者としての最後だった。
例の青年と政府関係者たちが監獄から出て行き、その足音が遠くなったのを聞き届けてから。長谷部は改めて、少女の本丸の三日月に向き直った。
「助かったぞ、三日月。礼を言う」
「なあに、我が主のために刃を振るったまでよ」
穏やかな笑顔で、長谷部と三日月は互いを労った。長谷部のこれまでの心労を想い、三日月はさらに言葉を重ねる。
「主とはいえ下らぬ男の元でよくぞ今まで耐えたな、長谷部よ」
「ああ、長い地獄だったが、それも今日で終わりだ」
そこまで続けて、長谷部は改めて三日月に水を向ける。
「ところで、行ってやらなくていいのか?」
それは未だ牢の床にへたりこんでいる、三日月の主たる少女のことだった。長谷部は彼女を顎で指し、三日月を促す。
「言われずとも」
三日月はそう答えてすぐ、可哀想なほどに憔悴しきっている少女のもとに向かった。
未だに恐怖で震えるその姿は、とても痛ましくいじらしかった。三日月はそんな彼女の小さな手を取って、しっかりと握りしめてやる。
誰よりも大切な人だ。彼女が消えたと知ったときは、血の気が引いて、戦場で敵と斬り結んでいるときですら感じたことのなかった恐怖を、初めて感じた。
けれど、少女を取り戻した今となっては、三日月の心中は平和そのものだった。少女の手を取ったまま、三日月は普段の彼らしい、穏やかな笑みを浮かべると。
「主よ、戻るぞ」
「……三日月さん」
「あとのことは長谷部たちに任せておけばよい。皆が心配しておる」
「でも……」
「でもではない。俺もそなたがおらぬと茶菓子も喉を通らぬのだ。――戻るぞ」
相変わらずのマイペース。三日月は少女の躊躇いなど意に介さずに、強引に彼女を連れて行こうとする。
しかし、それがよほど嬉しかったのか。その大きな瞳から喜びの涙を溢れさせ、少女は幸せそうに笑った。
「はい……!!」
この事件は内々に処理されて、二つの本丸――少女の本丸とあの青年のいた本丸に――平和が戻った。
そして、このことがきっかけで少女と三日月の関係がまた変わってゆくのだが、これはまた次の機会に。