みかさに
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恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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漆黒の空に浮かんでいるのは、美しい居待月だ。しかし、それには目もくれず。彼、三日月宗近は本丸の中央にある庭園を足早に通り抜けようとしていた。常日頃はあんなにものんびりとしている彼が急いでいるのは珍しい。
どこか人目を忍んでいるかのようなその様子は、まるで恋い慕う女人のもとに向かう男のようで。
しかし、美しい月に雲がかかったと同時に。その穏やかな声は三日月の耳に届いた。
「――三日月殿、どちらへ?」
草木の陰から現れたのは、三日月と同じ三条太刀の付喪神たる小狐丸だった。
その名の通りの、食えない狐のような彼の出現に、三日月は一瞬だけ驚きに目を見開くが。しかし、三日月はすぐにいつも通りのゆったりとした笑みを浮かべる。
「……じじいは夜遅いのが苦手でな。寝るさ」
今まで三日月が向かおうとしていた先には、たしかに彼の私室がある。彼個人の刀剣部屋だ。しかし、同じ方向には審神者の居室もあった。
けれど「寝る」と言われてしまっては、小狐丸も咎めることができない。
「……」
不満げな顔で、けれど何も言わずに、小狐丸は三日月の背を見送った。
美しい金の房飾りのついた瑠璃色の狩衣の背が、宵闇に溶けて消えてゆく。
***
「――主よ、入るぞ」
審神者たる彼女からの返事も確かめず、三日月は部屋の障子を開けた。
「……ッ!」
机で書き物をしていた彼女は、突然やってきた三日月によほど驚いたのか、小さく息を呑み肩を竦ませた。不安げな瞳で三日月に視線を送る。
「……どうして、三日月さんは開けれるんですか」
開けれるというのは、審神者の居室の障子のことだ。本来であればそれは、主たる彼女の許可がなければ開けられない扉、開かずの戸だった。
その実力は折り紙つきの刀剣男士といえども、あの障子だけは彼女の許可なしでは開けられず、ましてや破壊することも叶わないのだが。
なぜか三日月ただ一人だけは、彼女の許可なしでその戸を開けることができてしまうのだった。
「……もう何度も言っているが、それは俺が知りたいのだよ。主よ」
いかんとも形容しがたい複雑な表情を浮かべる三日月を、審神者もまた物言いたげに見つめる。
「…………」
審神者と三日月の間に沈黙が落ちる。夜半の本丸は水を打ったように静まり返っていた。
月光をその背に受けながら、彼女の居室の障子を開け、板張りの廊下に両膝をついている三日月は、まるで作り物のような美しさだ。
その整いすぎた美貌に、改めて審神者は彼が人ならざるものだということを思い知る。
彼の向こうには本丸の日本庭園の景趣に、漆黒の夜空があった。美しい月に今にも流れ落ちそうなほどに美しく瞬く星々。
三日月はやはりその号にもある月夜がよく似合う。古の都の貴族のような瑠璃の狩衣も美しく、平安の昔の女性はこのような恋をしていたのかと、審神者は夢想する。
夜更けに男性が愛しい女性の部屋に忍んで行くという、かの時代の恋。
やがて彼女の居室の障子が音もなく閉められ、美しい庭園に月夜が隠された。
けれど夜空は見えずとも、美しい月ならば眼前にある。三日月宗近、天下五剣で最も美しいとされる、刀剣の付喪神だ。
***
濃厚な彼の香りの中で、翻弄されるのはもう何度目だろう。柔らかに甘く、どこか官能を感じさせる、彼らしい夜の似合う香り。
三日月の秀麗な美貌がひときわ際立つのは、やはり夜だ。群青の髪は闇に溶けて、瞳の中の打除けも暗がりの中でこそ、ひときわ美しく浮かび上がる。
今宵もまた。審神者は三日月の瑠璃色の狩衣の上で、彼の愛を受けていた。その真っ白な裸身を彼自身に、ただひたすらに愛される。
彼女の潤ったその場所は既に、そそり立つ三日月のもので穿たれており、審神者が身をよじるたびに、その背の豪奢な瑠璃は淡い光を受けて艶めいた。
美しい三日月がいつもその身に纏っている、紗綾形の織り模様の入った装束。脱ぎ捨てられたそれの上での行われる営みは、平安の昔も今も変わらない。
「……っ」
自分自身の最も柔らかな部分を貫かれる痛みに、審神者は息を詰め、眉を寄せる。
三日月によって無理に開かれた彼女の成熟しきらぬ身体には、彼の充血しきった熱情は楔を打ち込まれるような責め苦でしかない。
彼女のそこを埋める圧迫感はすさまじく、審神者は声を殺して痛みに喘いだ。
柔らかくしなやかな身体を固く強張らせながら、審神者は三日月の肩口をつかむ華奢な指先に力を込める。わずかに伸びた彼女の爪が三日月の滑らかな素肌に食い込む。
彼もまた、審神者と同じく一糸纏わぬ姿だった。まるで彫刻のような均整の取れた逞しい体つきは、日頃の鍛錬の賜物なのだろう。
どれほど雅な美しさをその面貌や振る舞いに宿していても、三日月はまぎれもなく男だった。主たる審神者によって励起された、人間の男の肉体を与えられた付喪神。
想い人と交わる今は、日頃の冴え冴えとした美貌は影を潜め、代わってそこにあるのは、淫らな欲望と熱に浮かされた一人の男の貌だった。
今の彼はまぎれもなく、神ではなく人だ。
「……力を抜け、余計に痛むぞ」
審神者の頬に手のひらを滑らせながら、三日月は彼女に囁きかける。
裸の身体で絡み合う審神者と三日月の近くには、二人の衣服や髪飾りが、まるで投げ捨てられたかのように散らばっていた。
瞳の奥に情欲の炎を燻らせながらも、しかし三日月は審神者にいたわるような言葉をかける。
「……主よ、呼吸を詰めるな」
「ッ……!」
「……楽にしろ。息を深く吸って吐くのだ」
痛みに息を詰めていた審神者は、三日月に言われるがまま、ゆっくりと深呼吸をした。彼女が息を吐くと同時に、彼女の身体からわずかだが余計な力みが抜ける。
すると。三日月を受け入れている審神者のその場所がわずかに緩み、挿入の痛みがほんの少し和らいだ。
審神者は安堵するが、間を置かず訪れた身体の奥を突くような圧迫感に、再び顔をしかめる。
「ッ……!」
わずかに緩んだ彼女のそこに、そそり立つ三日月のものが、さらに深くまで沈み込んだのだ。
彼女の瞳に生理的な涙が浮かぶと同時に。薄く開かれた審神者の唇から、甘くかすれた喘ぎがこぼれ落ちる。
「あ……ッ」
その喘ぎに興奮したのか、三日月は審神者を掻き抱く。
「っ、主よ……!」
そそり立つ彼のものに貫かれて、逞しい彼の腕に抱かれながら。審神者は一筋の涙をこぼす。
まだ痛むのか。幼い少女たる審神者を慈しむように、三日月は彼女に唇を寄せた。
まなじりに口づけて涙をぬぐい、なめらかな頬にも薄い唇を触れさせて、柔らかな身体を貫く痛みから彼女の気を散らしてゆく。
触れるだけの口づけを何度も繰り返し、けれどときおり、彼女の首筋や胸元をきつく吸い上げて痕を残して、三日月は審神者をいたわりながらも、その白い裸体を思うままに味わった。
そしていつしか。審神者の息遣いに確かな甘さが含まれだす。
三日月自身を受け入れているその場所も、ようやく柔らかさと潤いを増し、熱を持って、張り詰めた三日月の全てを優しく包み込む。
充血しきった彼のそれに吸い付いて、彼の形に合わせて自らの形を変えてゆく。
痛みが落ち着き、ようやく喋れるようになったのか。審神者はおもむろに口を開いた。
「……っ、三日月さんは」
体内の深い場所で繋がりあったまま、三日月は彼女の問いかけに応える。
「……どうした?」
「なんで…… こんなことするんですか……?」
審神者にそう尋ねられた三日月は、一瞬だけ目を瞠るが、しかし彼は落ち着いた様子で言った。
「……そなたを愛しているからだ」
打除けの三日月の浮かぶ瞳はわずかに潤んでいた。それは交わりの興奮のせいなのか、それとも他に理由があるのかは分からない。
彼のその姿に、審神者は息を呑む。
「ッ……」
もう何度目かの、彼からのその言葉。
三日月が自分のことを真剣に想ってくれているのは審神者も知っていた。真摯な気持ちは痛いほどに伝わってきていた。
最中の驚くほど優しい手つき、自分を見つめる熱い瞳。自分が他の刀剣たちといるときに向けてくる、射殺さんばかりの強い視線。普段の穏やかな印象とは全く違う、それこそまるで抜身の剣のような鋭い眼光。
そんな様々なことからも、いかに彼が自分のことを深く想ってくれているかが、伝わってきているのに……。
けれど、何度も尋ねてしまうのは、いまだ彼の言葉が信じられないからだ。審神者たる彼女のまなじりに、再び涙が伝う。
あんなにも真摯な想いを向けてくれて、はっきりと愛を伝えてくれる彼を、それでも信じられず、受け入れられないのは。他でもない、自分が審神者だからだ。
この本丸の全ての刀剣たちの主であり、だからこそ誰か一人を特別扱いすることなど、本来であればいけないはずで……。
最初の交合が無理やりじみていたことよりも、審神者にとってはそれが大切なことだった。
刀剣の誰か一人を特別扱いしてはいけない。審神者であり人である自分が、付喪神と恋に落ちてはいけない……。
(……三日月さん……)
ぽろぽろと涙をこぼしながら、審神者は心で彼の名を呼んだ。なぜこんなにも涙が溢れてしまうのか、自分でもわからない。
三日月と身体を重ねるとき、自分はいつも泣いている気がする。
けれど、そんな彼女を現実に引き戻すかのように、情欲にかすれた男の声が降り落ちてきた。
「……動くぞ」
同時に、審神者の膝裏に骨ばった手の平が入れられる。ぐっと力を込められて、元々広げられていた審神者の脚がさらに大きく開かれる。
やがて、ゆっくりと抜き差しが始まった。
もう何度も経験している、自分の身体の内側を張り詰めた彼に愛される行為。
「っ、あッ…… んッ……」
三日月が腰を引きそれを抜こうとするたびに、審神者の身体にぞくぞくとした震えが駆け抜け、薄く開かれた唇から切なげな喘ぎが漏れる。
そして、三日月が突き上げると。今度は独特の圧迫感と衝撃が審神者の身体を襲う。
内側からくる苦しみに呼吸を忘れそうになりながらも、三日月の手によって開かれて慣らされた審神者の身体は、あまりにも素直に欠落を埋められた喜びを表した。
三日月と繋がりあっているそこは水のような蜜を溢れさせ、胸の先端も下肢の突起も興奮にぷっくりと勃ちあがり、さらなる愛撫を求めていた。
身体を重ねて交わる肉体の悦びは、この上もないほどに感じているけれど。審神者の心にはどうしようもない寒々しい想いがあった。
一糸まとわぬ身体で絡み合って、こんなにも近い距離にいるのに、いまだに寂しさと苦しさとが消えないのだ。
***
『――肉体というのは不便なものだ。思ったことや感じたことを、実行に移せてしまう』
以前そう口にした仲間は一体誰だったろう。
審神者との営みを終えた三日月は改めて、寝衣も纏わず眠る彼女を見おろした。
滑らかな白い素肌には彼によってつけられた赤い痣が散り、その裸身は三日月に丁寧に愛された名残か、いまだ熱を持っていた。
つい先ほどまで彼と繋がっていた脚の間からは、三日月によって吐きだされた白濁が溢れて、その場所を淫らに濡らす。
けれど、彼女の目尻に涙の痕を見つけて三日月は切なげに眉を寄せた。今宵もまた、泣かせてしまった。
(……すまない、主よ)
彼女の涙を指先でぬぐってやりながら、三日月は心の内で懺悔する。
いけないことをしている自覚はあった。しかし、どうしてもこの想いを抑えることが出来なかったのだ。
審神者が好きだ。自分だけのものにしたい。身を焦がすような醜い嫉妬も、抑えることができない。だからこそ、このようならしくないことをしてしまう。
長い時を生きて老熟したと思っていたのに、こんなにも子供じみた浅ましい恋情に、身を持ち崩しかけるほどの独占欲に嫉妬心。
今の自分は、主に仇なす祟り神でしかない。しかし、だからこその興奮を味わっているのもまた、まぎれもない事実だった。
自らの主を犯すという背徳感。禁断の果実は、なぜかくも甘美なのか。
「……愛しているのだ、主よ……」
審神者の髪を撫でながら、三日月はもう何度目かの言葉を口にする。
彼女の心を手に入れるのが無理なら、せめて身体だけでも手にしたかった。永遠にともにあるのが無理ならば、せめて今だけでも許されると思いたかった。
それほどまでに、三日月は主である審神者を恋うていたのだ。そして、彼女の裸身を眺めているうちに。
「ッ……!」
再び催した三日月は、眠る彼女に覆いかぶさった。審神者の滑らかな素肌に、再び唇を這わせてゆく。
ときおりきつく吸い上げては痕を増やし、彼女の胸の先端に舌を伸ばす。色づいたその場所を丹念に舐めあげて、尖りを増したそこを唇に含んだ。
すると、そのとき。不意に審神者が、甘やかな喘ぎを漏らした。
「ん……っ」
情事の疲れで眠りに落ちている彼女は、意識のあるときよりも、ずっと素直な反応を見せてくれる。
審神者が目覚めているときは、彼女は決して三日月の愛撫に応えようとしない。たとえ身体を繋げていても、嫌がって声を殺して、頑なに彼を拒絶するのだ。
けれど、今だけは違う。それを三日月は嬉しく思った。たとえ眠っていて意識がなくとも、恋しい人が自分の愛撫に素直な反応を返してくれることが嬉しかった。
愛の営みと言うにはあまりにも寒々しい。けれど、三日月はそれでも構わなかった。長い刃生でこんな感情を抱くのは、後にも先にもきっと彼女に対してだけだ。
しばらくの間、審神者の身体を慈しみ。三日月もまた深い眠りに落ちてゆく。
***
そして、まだ日も登りきらぬ早朝。
審神者と同じ褥で向かえた朝だというのに、三日月は不機嫌だった。休めばいいと言っているのに、朝一番の演練に彼女が行くと言って聞かないのだ。
「――むやみに欠席するわけにはいきません。わがままもいい加減にしてください!」
「石切丸にはもう休むと伝えてあるぞ」
「もう、勝手なことしないでください!」
昨夜三日月に剥がされた寝衣を羽織るように着て、裸の身体を隠しながら、審神者は三日月を叱りつける。
「とにかく、私は演練にはちゃんと行きます。三日月さんは早く支度して自分の部屋に戻って下さい!」
本丸の朝は早い。早朝稽古に励む熱心な者から朝餉の用意の当番まで、様々な理由で早くから活動している者たちがいた。三日月の戻りが遅くなっては人目についてしまう。
けれど当の本人は、不満げに眉を寄せて、ぷうと頬を膨らませた。
「……むう」
しかし、そんな幼子のような振る舞いをしていても。情後の朝のまだ何も身に着けていない彼は、やはりさすがの美しさだった。
夜半の薄明かりの中では分からなかった身体の細部も、柔らかな朝の日差しのもとではしっかりと見てとれる。まるで彫像のような、端正に過ぎる肉体美。
けれど、今が朝なせいか。三日月の裸体は爽やかに、そして涼やかに美しかった。
昨夜の官能的な色香はそこにはなく、営みの最中とは打って変わって、今の三日月は優しげな眼差しが印象的な、穏やかな美青年そのものだった。
しかし、そんな彼に対しても審神者はそっけない
「……だらだらしてないで、早く服を着てください。お手伝いなら致しますから」
「仕方ない……な」
いまだ納得していない様子だったが、三日月は渋々と審神者に従う。
おしゃれが苦手でいつも人の手を借りているという、人に世話をされるのが好きな彼。審神者は日頃からそんな三日月の世話を焼いていた。今も彼の後ろに陣取って、裸の上体に片篭手をつけてやっている。
三日月の装束は複雑だ。手早く進めないと、どんどん時間が経ってしまう。けれど、作業が一段落した審神者は改めて、三日月の広い背中を見つめた。
まだ首飾りと片篭手をつけただけの裸の背は、呼吸を忘れるほどに美しかった。
意外なほどに線が細く、肩甲骨や背骨の浮いたすっきりとした背中は、まるで磨き上げられた玉のようだ。色白の薄い皮膚も、内側から淡く発光しているかのようで。
そして、彼の右の肩口に昨夜の営みのさなか自分がつけた爪跡を見つけ、審神者は思わず頬を染める。
男の背に爪跡をつけてしまうだなんて。いかにも生々しい行為の証左に、昨夜この美しい彼と自分が交わったのは、決して夢ではないのだと、審神者は改めて思い知らされる。
裸の身体をぴったりと重ねて、深くまで繋がりあって、ひとつになって、彼の切ない熱情を肉体の最奥で受け止めたのは、紛れもない現実なのだと……。
ひとときの間にそこまで思考を巡らせてしまった審神者は、気がつくと内股をもじもじと擦り合わせてしまっていた。はしたなくも、三日月の裸の身体を目にするだけで、脚の間が熱く疼いて、そわそわとしてしまう。
男性なのにも関わらず、柳のように細い彼の腰。けれど、その腰つきがどれほど獰猛で男らしいか。それを知っているのは、この本丸で自分だけだ。そのことに審神者はどこか不思議な気持ちになる。
しかし、今は時間のない朝。そのような空想に浸っている場合ではなく、審神者は三日月のむき出しの身体を隠すように、彼に襦袢を着せてやった。
黙ったまま、さらに着付けを進めて行く審神者に、三日月は照れたように微笑む。
「……やぁ、嬉しいな」
その子犬のような笑顔に、審神者は呼吸を忘れる。眉目秀麗な彼だから。刃を振るうときの凛々しい姿も、情事のさなかの切なく濡れた瞳も、どれも魅力的だけど。三日月の一番素敵な表情は、今の柔らかな笑顔だと思う。
審神者が彼に見とれていると、三日月は改めて口を開く。
「……そなたに世話をされるのは、やはり格別だな」
てらいのないまっすぐな言葉に、審神者の胸は締めつけられる。しかし、いたたまれなくなった彼女は、三日月から瞳をそらし、あからさまに話題を変えた。
「……そんなことより、私は着替えますから、三日月さんはもう部屋に戻ってください」
まだ寝衣の前を雑に合わせただけだった審神者は、そう言って三日月に背を向ける。そのまま支度を始めた彼女は、しかし思いがけず三日月に呼ばれた。
「――主よ、ここは俺のものを着るところだろう」
「え?」
「後朝の品だ。今度はきちんとしたものを用意してきたぞ」
「……きちんとしたもの?」
不審に思った審神者は三日月を振り返る。
「ああ、洋装のそなたでも下に着れるものを準備した」
どこに隠し持っていたのか。三日月は審神者に綺麗に折りたたまれたキャミソールを差し出してきた。
なぜかいつも三日月は、情後の朝はインナーの交換をねだる。これまでは彼が着ていた襦袢を押しつけられていた審神者が、洋装なので無理ですと断っていたのだが。
「襟も袖のない洋風のものだ。これなら問題なかろう?」
見るからに仕立てのよさそうなそれを差し出しながら、三日月は得意げに笑う。美しい彼のその笑顔に、審神者は絆されてしまう。
「……わかりました」
呟くようにそう言って、審神者は彼からの品を受け取る。
元々、平安時代に打たれたという刀剣の付喪神と、審神者であるとはいえ現代を生きる人間である自分。
普段あまり実感することはないけれど、価値観や感受性はきっと大きく違うはずだ。彼が何をしたいのかは分からないけど、これもきっと何かの意味があるのだろう。
そんなことを思いながら、審神者は三日月に渡されたそれを着た。
「……なかなかに見えるな」
早速、三日月が感想を述べる。頬を淡く染めて嬉しそうに微笑む彼は、少年のように可愛らしく、審神者はまたも絆されそうになってしまう。
しかし、彼女はハッと我に返ると、大急ぎで着替えを終えて、三日月を自室から追い出してしまった。
かなり早めに起きたはずだったのに、既にもう結構な時間だ。他の刀剣たちは、朝餉を済ませて、なかなか現れない自分を心配していることだろう。審神者は彼らにどう言い訳をしようか考えながら、小さくため息をつく。
彼女は自室の鏡台に向かい、長い髪を整えていた。いつも通りに櫛を通して、しかし彼女は、首筋に残された小さな赤い痣を見つけ、手を止めた。
それは営みのさなかにつけられた、彼の独占欲の証だ。見える場所に二つも残されてしまったそれ。こんなものを放置するわけにもいかず、彼女は鏡台の引き出しから絆創膏を取り出して、貼りつけた。
(やっぱりこれ、目立っちゃうな……)
首筋の高い位置に二つ貼られている絆創膏。そのあまりの不自然さに、審神者の唇からもう何度目かのため息が漏れる。普段、彼女は長い髪を後ろでひとつに結んでいるのだが。
(今日はおろしたままにしよう……)
そして、身支度を終えた彼女は、マイペースで自分勝手な彼を恨めしく思いながらも、自身の居室をあとにする。
***
朝一番から始まった演練は昼過ぎに終了した。結果は見事な五連勝。達成すべき日課を無事にこなし、審神者と演練部隊は意気揚々とした心持で、本丸に戻ってきていた。
よく晴れた青い空のもと。本丸の中庭で、審神者と小狐丸と石切丸は、先ほどの演練を話題にしていた。
「この小狐、ぬしさまのために勝利をおさめてきましたよ」
部隊長でもある小狐丸は上機嫌だ。主のために活躍できたのが、よほど嬉しかったのだろうか。
演練相手は強敵だったのに、小狐丸の艶やかな毛並みは少しも乱れていなかった。
太刀の中では機動の高い彼。今日も舞い踊るような美しい動きで、あっという間に相手を倒して。機動の低い仲間……石切丸の出番を奪ってしまった。
その彼が改めて、審神者を見おろしながら口を開く。
「しかし、今日は来ないのかと思っていたよ」
「……っ、石切丸さん」
痛いところを突かれた審神者は、気まずそうに瞳を伏せる。
今日の演練は、本来であれば彼女は欠席する予定だったのだ。審神者と少しでも長く過ごしたかった三日月が、彼女に無断で石切丸に欠席の連絡を入れてしまっていた。
「……皆さんが頑張っていらっしゃるのに、私だけ休むわけにはいきませんから」
そういった経緯もあり、責められていると思ったのか、審神者は言い訳めいた言葉を口にする。
けれど、石切丸は少しも気にしていないようで、朗らかな笑顔を見せた。
「はは、そうかい。無理のない範囲で励んでくれよ」
節度が一番とばかりの彼らしい言葉に、安堵した審神者は表情を緩める。
「……そうですね」
すると。小狐丸が審神者のそばにやってきて、不意に腰を折った。
「――そうでございますとも、ぬしさま。お身体は大切になさいませんと」
小狐丸は審神者の顔を覗きこむようにしながらそう言うと、彼女の首筋に手を伸ばしてきた。
どこか無遠慮なその手つき。しかしそこは三日月につけられた痕を隠すためのものが貼られているところで……。
「――絆創膏の数が昨日より増えておりまする」
「っ!」
耳元でそう囁かれて、審神者は驚きに肩を竦ませる。
「顔色も優れませぬし、私どもには構わずゆるりとご養生ください」
小狐丸の笑みがさらに深くなり、赤い瞳が細められる。そのとらえどころのなさは、まさに狐だ。
「え、そんな…… 大袈裟な……」
審神者は動揺に瞳を泳がせる。吐息のかかる距離の小狐丸に、鼓動が跳ねる。けれど、これは美男子への甘いときめきなどではなく、隠し事が露見する心配と焦りによるものだ。なんとかこの場を切り抜けなければと、審神者は焦る。
しかし、小狐丸は審神者から離れようとしない。それどころか、手袋をはめていない方の手で、審神者の首筋に触れてきた。
「……大袈裟などではございませんよ」
心なしか、小狐丸の手つきはまるで性感を煽るようなもので、いたたまれなくなった審神者はぎゅっと瞳を閉じる。
けれど、彼女が怯えたような反応を見せてもなお、小狐丸は審神者から離れようとはしない。彼らしくないほどの執拗さで、彼女に絡む。
「お部屋までお姫様抱っこでお連れいたしましょうか」
喉の奥で笑いながら、小狐丸がからかうように言った、そのとき。
「――煩悩があるなら切って差し上げようか、小狐丸殿」
凛とした声がしたと同時に、審神者から小狐丸が強引に引きはがされた。
「い、石切丸さん」
割り込んできたのは石切丸だった。普段通りの穏やかな笑みを浮かべてはいるものの、その雰囲気には明らかな怒りの色をにじませている。
「おっと、祓うの間違いだったね」
神社暮らしの長い御神刀なのにも関わらず、石切丸は意外なほどに好戦的だった。今日もまた刀としての本業に励んでいる。敵ではなく仲間に対してだけど。
妙に剣呑な彼に審神者は慌てる。顔を真っ赤にして叫んだ。
「も、石切丸さん、平安ジョークやめてください!」
先ほどから彼女は随分と忙しない。マイペースな三条派の刀剣たちにすっかり翻弄されていた。
そしてついに、彼女は耐えきれなくなったのか、逃げるようにその場をあとにする。
「あ、そうだ! 私、加州くんに呼ばれてたんでした! 新しく刀装作らなきゃって!」
ぽんと手を打ち、初期刀にして近侍の名前を出して。
「それじゃあ失礼しますね! またのちほど!」
白々しい言葉を残して、審神者は逃げ出した。
ぱたぱたと駆けてゆくその背が、小さくなってゆくのを見送りながら。
「そそっかしい方でございますなぁ」
小狐丸は柔和な笑みを浮かべて呟いた。しかし。
「――そして詰めが甘い」
不意に低くなったその声に、石切丸は目を瞠る。唇は笑みの形を取っていたが、小狐丸の赤い瞳は笑ってなどいなかった。
いかに彼らの主といえども、人である審神者が狐の名を持つ付喪神を化かすのは、やはり難しかったらしく。
(……これは痛い目を見るかもしれないね)
石切丸は心の内で息を吐く。どうしようもなく心配だ。審神者ではなく、彼女の相手である三日月のことが。
気のせいかもしれないが、今朝の審神者の身体からは三日月の香の匂いがしたのだ。
***
それから数刻ののち。加州との刀装作成を終えた審神者は、本丸の一角にある畑に向かっていた。本日の畑当番である岩融と小狐丸の手伝いをするためだ。
野菜の沢山入った籠を抱える岩融の背を見つけ、審神者はさっそく声を掛ける。
「――岩融さん、小狐丸さん、お手伝いに来ました!」
「お、主殿!」
「あっ、あるじさま~!」
「……えっ?」
本来であれば、ここにいるのは岩融と小狐丸のはずだ。けれど、自分を「あるじさま」と呼ぶ甲高い声はまぎれもなく。
「今剣さん……?」
岩融と一緒に畑作業に勤しんでいたのは、意外なことに今剣だった。岩融の大きな背に隠れて、遠目に彼がいると気づかなかった。
仲がよくて日頃から一緒にいることの多い二人だけど、今剣の今日の内番は手合せのはずで、審神者は心配そうに彼に尋ねた。
「……小狐丸さんはどうなさったんですか?」
「小狐丸さまは、ぼくと手合せをこうたいなさったんですよ」
「えっ?」
「はたけしごとはにがてなんですけど、小狐丸さまがどうしてもっておっしゃったから」
あっけらかんとした様子の今剣に、しかし審神者は眉を寄せる。
小狐丸が審神者の許可なく内番を交代するなんて、これまでにただの一度もなかった。内番とはいえ、意外に真面目な小狐丸が、勝手な行動をとるなんて……。
彼が何を考えているのか分からずに、審神者が不安になっていると。
「主~~! 大変だよ~!」
赤いマフラーと黒のロングコートの裾を風になびかせながら、近侍の加州が慌てた様子で駆けてきた。
「手合せでさ、負傷者が出ちゃった!」
「えっ!?」
内番のひとつである手合せ。それは文字通り同じ本丸の刀剣同士での剣の稽古で、いわば訓練だ。それで負傷者が出るなんて。
そんなことはこれまで一度もなかった。みんな節度を守って鍛錬に励んでいたと思っていたのに……。
「……なんか知らないけど、小狐丸が三日月にさあ」
不満たらたらの加州が口にした言葉を聞いて、審神者は顔色を変えた。
「――ッ!」
演練から戻って来てすぐ、石切丸もその場にいたというのに、審神者は妙に不機嫌な小狐丸に随分としつこく絡まれた。いつも柔和でさっぱりとしている小狐丸の、らしくない振る舞い。
別れ際の、首元に鼻先を近づけられたあのときに、小狐丸は自分と三日月との関係に、勘づいたのかもしれない。三日月に渡されたインナーには、彼の香りがしっかりと焚き染められていたから。
審神者の脳裏に、いつも人懐っこい笑顔を向けてくれていた小狐丸の姿が蘇る。「ぬしさま、ぬしさま」と優しい声で自分を呼んでくれた、可愛らしい小狐丸。彼もまた、審神者にとっては大事な仲間だった。
いや、彼だけではない。本丸の刀剣は彼女にとって、皆等しく大切だった。
加州清光に石切丸、今剣に岩融、そして今回の騒ぎを起こした小狐丸に、人には言えぬ関係に陥っている三日月すらも。彼女にとっては皆等しく大切で、序列などつけられるはずもなかった。
そんな彼らが仲間同士で喧嘩をして、怪我をするなんて。
あまりの衝撃に審神者は顔色を失っていた。
心配そうな岩融と今剣を残して。審神者は大急ぎで近侍たる加州とともに、小狐丸と三日月のもとに向かう。
***
「――何やってるんですか! 三日月さん、小狐丸さん!」
「主……」
「ぬしさま……」
身に纏う衣が破れるほどの傷を負った二人は、呆然とした様子で審神者を見上げる。
内番の手合わせは模擬戦闘であるとはいえ、あくまでも練習や稽古であり、そこで血が流れることは本来ならありえない。
しかし、怪我を負い血を流している、今の三日月と小狐丸は、まるで戦場から戻ってきたばかりのようだ。自らも傷を負いながら、強敵をなんとか倒し、ようやく戻って来たというような。
そんな二人を、審神者は目を吊り上げて怒鳴りつける。
「一体何があったんですか!?」
元々彼女は刀剣たちが怪我をしているところを見るのが嫌いだった。
闘うことが使命なのだと理解していても、刀剣たちとは違い、元々は戦争とは縁のない平和な世界で暮らしていた審神者は、怪我人を目にするとやはり胸が痛むらしく、手入れをすれば直るというのに、刀剣たちの傷や怪我に対して必要以上に神経質になるきらいがあった。
とはいえ、出陣や演練での負傷で彼女が取り乱すことはなかったのだが。
激昂する審神者に、しかし三日月と小狐丸の二人は何も答えない。何があったのかは双方言いたくないようで、二人とも気まずそうに黙り込んでいる。
しかし、そんな彼らの態度を反省していないとでも受け取ったのか、審神者はますます口調を荒らげる。
「……黙ってないで、なんとか言ってください! 手合せで怪我だなんて信じられません! ほんとに……っ!」
激昂した彼女はついに、その大きな瞳からぶわっと涙を溢れさせた。それにより、張り詰めていたものがぶつりと切れてしまったのか。ついに彼女は俯いて、肩を震わせながら泣き始めた。
ときおり嗚咽を漏らして、しゃくりあげるその様子は、よほど三日月と小狐丸の喧嘩が堪えたようだ。
審神者のあまりの取り乱しぶりに、加州は慌てて彼女を宥める。
「ちょっ…… 落ち着きなって……」
審神者に駆け寄り、傍らに陣取ると、その小さな背中を撫でさすりはじめた。
刀剣男士の中では小柄で細身の加州だが、少女たる審神者と並ぶと、なかなかどうして逞しい男のように見える。
しかしそれは、とりもなおさず、少女たる審神者がそれほどまでに頼りなげな佇まいだということだ。
そんな彼女が俯いて涙をこぼす姿に、三日月と小狐丸は改めて胸を痛める。
しかし、審神者は顔を上げると、涙に濡れた瞳で三日月たちを睨みつけてきた。
「落ち着いてなんていられませんっ! なんで……っ!」
しかし彼女はそこまで一息に口にすると、再び喉を詰まらせて俯いた。
「も、ちょっと……! 主ってば……!」
一向に泣き止む気配のない彼女を、加州は懸命に落ち着かせようとする。まるで幼い子供をあやすように、背中をさすり、その頭をなでてやる。
審神者が刀剣たちの前でここまで取り乱すのは久し振りで、三日月と小狐丸は呆気にとられた様子で、審神者と加州を見つめる。
「主殿……」
「ぬしさま……」
しかし、揃ってぼんやりとしていたら、過保護な近侍に、案の定怒られてしまった。
「ちょっとそこの二人! なにボケッとしてんの!」
早く謝ってよね、とばかりに。加州に睨みつけられて、慌てて二人は審神者に頭を下げる。
「……主よ、すまなかった」
「……申し訳ございません、ぬしさま。もういたしませぬゆえ」
そして。三日月と小狐丸の二人は加州に手入れ部屋に押し込められた。
手入れを終えてからも加州に再び怒られて、自業自得とはいえ、三日月と小狐丸は散々な一日を過ごしたのだった。
その夜。三日月は自室にて、今日の出来事を振り返っていた。割り当てられている刀剣部屋だ。意外と広い個室で、一人で物思いに耽るには、ちょうどよい場所でもあった。
あの手合せ。らしくなく熱くなってしまったことを反省しつつも、三日月は口元を僅かに緩める。
審神者に怒られたのが嬉しかったのだ。怒られて心配してもらえるのはやはり、愛されていると実感できる。
そして、何よりも。
「――何やってるんですか! 三日月さん、小狐丸さん!」
恋敵よりも先に、名前を呼ばれたのが嬉しかったのだ。自分との関係を隠したがる審神者は、公の場ではいつも素っ気ない態度だけれど。隠し切れぬ本心は、その名を呼ぶ順番に現れていた。
手合せは引き分けだったけど、恋の鞘当ては自分の判定勝ちといったところだろうか。
三日月は満足げに笑うと、部屋の障子を僅かに開けて、今宵の漆黒の空を見上げた。
わかりにくい彼女の秘められた愛も、この空に浮かぶ美しい朧月のように、また愛おしく感じられるのだ。