現パロ文花
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恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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繁華街の中心部に位置する百貨店。駅直結の地下階は今日も賑わっていた。贈答用の菓子類を買い求める女性客に総菜を眺める親子連れ、そして仲睦まじいカップル……。
「……わあ、いい匂いがします。桃ですか?」
「ああ、デカフェの桃の紅茶だ。これなら夜遅くなっても飲めるぞ」
「いいですね! じゃあ今日はこれがいいです」
「わかった」
「おい、すまないがこのデカフェの桃と……。あとは茉莉春毫(モーリーチュンハオ)と白桃ジャスミンの茶葉を包んでもらえるか」
「はい、かしこまりました。いつもありがとうございます。文若様」
荀文若に山田花。見ようによっては会社勤めをしている堅物の兄と大学生の妹という、少し年の離れた兄妹のようにも見えるが、この二人実は恋人同士なのである。
ある日の休日。デートも兼ねて行きつけの茶屋で買い物をし、そのまま文若の自宅に戻ろうとしていた文若と花の二人であったが。
「よ~お文若。……に、花ちゃん」
「じょっ、常務……」
「孟徳さん」
文若と花の休日が平穏なまま終わることは少ない。その原因はいつも突如として現れるこの人物のせいである。
大手企業の重役を務める若きエリートにして、文若の上司でもある曹孟徳。業務で多忙を極めているはずの彼は、なぜかことあるごとに文若と花の前に顔を出す。
『――文若がちゃんと花ちゃんを大事にしているか、見張る義務が俺にはあるだろ?』
『――ありません。断じて』
こんなやりとりがあったかは定かではないが、まさか恋人と楽しく過ごしていた休日にまで、ふてぶてしい上司のツラを見ることになるとは思わないだろう。内心の動揺を隠せないまま、文若は孟徳に尋ねかけた。
「なっ、なぜ常務がこちらに……」
「何だよ。俺がデパートで買い物してたら悪いか?」
「いえ……。普段は外商を本邸に呼びつけていらっしゃった方が、どうかされたのかと」
「別にどうもしない。ちょっと街中の賑わいが恋しくなって出てきただけだ。……ねっ? 花ちゃん」
「そ、そうですか……」
花もまた困惑していた。なぜか孟徳にいちいち名指しされ、返答に窮している。
「……ねぇねぇ花ちゃん、せっかくの休みにデパートに来て、お茶を買うだけじゃあつまんないよねぇ?」
「え?」
「せっかくだし一階の化粧品売り場にも行こうよ。君になにか贈りたいんだ。香水とかどう? なんならジュエリーでも……」
すかさず文若と花の間に割り込んで、孟徳は花の手を取って先に行こうとする。
しかし、さすがにこれは許容できない。尊敬する有能な上司といえども、彼の女癖の悪さは嫌というほど知っている文若だ。
「結構です! このあとも予定がありますので。行くぞ花」
「ぶ、文若さん……。孟徳さんは……」
「常務は多忙なお方だ。放っておけ。じきに迎えが来てオフィスに戻られるだろう。我々は家に帰るぞ」
「は、はいっ……」
文若は花を孟徳から強引に奪い返すと、そのまま彼女を連れてさっさとこの場を離れようとした。
女癖が最悪で面倒ごとが服を着て歩いているようなやっかいな上司に、愛しい女性との時間を邪魔されてはたまらない。さっさと逃げるが勝ちだ。しかし。
文若の自宅マンションは、先ほどのデパートからはあまり離れていない。奢侈を嫌う文若自身は、家賃も高く賑やかな都心ではなく閑静な郊外に住みたがったが、孟徳のしつこい勧めもあって、このようなところに住んでいた。
職場からも近く、特別豪華ではないがすっきりと片付いている綺麗な部屋は、家主の性格を彷彿とさせる。そんな快適な環境で温かな中国茶をすすりながらぼやく招かれざる客が一名。
「はあ~あ、いいよなぁ文若は。こーんな目が開いてるか閉じてるかわかんない石頭のくせに、こーんなにかわいい女子大生の恋人がいるんだからな~」
「も、孟徳さん……」
「俺が昔、若い子と一緒にいたときは『社会人が学生と交際するなんて言語道断』だのガミガミうるさかったくせに、自分はコレなんだもんな~。あ、白桃ジャスミンおかわり」
「…………」
言いたい放題やりたい放題の上司に、文若は能面のような顔でお茶のお代わりを用意した。その後、孟徳は結局、文若の自宅にまでついてきたのだった。
『大切な恋人のために買った気に入りの茶を、なぜ同性の上司に振る舞わねばならないのか』
文若の顔にはそう書いてあったが、それをそのまま口にするほど文若は愚かではない。
『孟徳さんは何しに来たんだろう』
花の顔にもそう書いてあったが、花もまた、それをそのまま口にするほど無邪気でも純粋でもなかった。
そんなお綺麗なものなどとうに失っている。今の彼女にあるのは強かさと図太さだ。生来の素直さはかろうじて保っているものの、文若の恋人として孟徳と関わるうちに色々なものを失い、そして身につけた花である。
家主と家主の恋人からは明らかに微妙な視線を向けられている。完全に招かれざる客となり果てている孟徳は、ウザがられている事実はガン無視し、お茶のお代わりをすすりながら再び口を開いた。といっても話す内容は愚痴と悪口である。
「俺なんかちょっと秘書課の新人と立ち話してただけで、週刊誌だの何だのに追い回されたのにさ~。お前だけずるいよなあ」
「……その件は元譲殿になんとかさせたと伺っていますが」
「まぁねー。カメラ取り上げて撮影データ消させて警察に突き出したけどねー」
「大変なんですね、孟徳さん……」
「そうなんだよー花ちゃん。俺って大変なんだよ? ほら、一応役員だし。だから文若なんてやめて俺と」
「何が『だから』なんですか。いい加減になさってください! あなたは一体何の用があって、このような場所にまでついてこられたのですか! 本日は土曜、休日です。仕事の話でしたら月曜以降に承りますので、即刻ここを出ていって頂きたい!」
ついに家主にキレられてしまった。意外なほど激しい文若の剣幕に、孟徳は頬をぷうと膨らませる。
「文若さん……」
花も呆気にとられるが、この程度で引き下がるようなら、最初からこんなところにまで押しかけていないのである。孟徳は悪辣な笑みを浮かべると。
「何だよ、俺がいたら困ることでもあるのか」
「その質問には回答を差し控えます。とにかく、今すぐにここを出て行って……」
「――ずいぶんと偉くなったもんだなぁ、文若」
普段とは全く違う冷え切った声音。『誰にものを言っている』と言わんばかりの孟徳に、花は言葉を失う。
常日頃どれだけふざけていても、孟徳はそれだけの人ではない。こういう恐ろしさや威圧感があるから、大手企業の役員にまで上り詰めることができたのだ。
文若もまた唇を噛むが、今の彼は花を得る以前とは違う。孟徳を真っ向から睨み返すと、きっぱりと反論した。
「凄んでも無駄です。常務。今は業務時間外の土曜、そしてここは私の自宅です。オフィスではありません」
「ちぇっ、気づかれちゃった」
孟徳の雰囲気が一気に和らぐ。子供のように唇を尖らせる孟徳に、すぐそばで文若と孟徳の成り行きを見守っていた花は密かに安堵する。文若と孟徳の喧嘩は心臓に悪い。かつても散々苦労させられたのだ。
すると、まるでタイミングを計ったかのように文若のスマホが鳴りだした。
「っ! すみません、常務。少々失礼致します」
業務時間外の自宅でまで、あなたに忖度する必要はないはず。そう啖呵を切ったものの。わかりにくいが基本的に、文若は心優しく礼儀正しい人なのだ。
孟徳に断りを入れて文若は席を外した。この場に孟徳と花の二人だけが残される。
「……花ちゃん、君の彼氏はいつの間にかずいぶんと焼きもち妬きになったんだね。即刻出て行けなんて初めて言われたよ」
「そうなんですか……」
「そうなんだよ。今までは俺に言いたいことがあっても、何も言わず黙り込んでたくせにね。あいつが変わったのは君のおかげなのかな」
「っ!」
孟徳に苦笑され、花はハッとした。自分の存在が文若と孟徳を繋ぐ架け橋となったなら、これほど嬉しいことはない。
するとそのとき。スマホを左手に持ったまま文若が戻ってきた。なぜか異様に早い戻りで、不自然なほどの仏頂面だった。
「あれ、文若さんお電話もう終わったんですか?」
「いや、違う」
「?」
「常務。元譲殿よりお電話です」
『――孟徳! そこにいるんだな!』
スピーカーモードにしてあったスマホから聞こえてきたのは、孟徳の従兄弟でもあり腹心の部下でもある夏侯元譲の雄叫びだった。孟徳はしまったという顔で呻く。
「うっ……!」
「――元譲殿。常務でしたら先ほどよりずっと、こちらに入り浸っておいでですが。いかがしましたか」
『ああ、ちょっと急ぎの案件がまだ片付かなくてな……。今お前のマンション前に辿り着いた。ロックを開けてくれるか』
「もちろんです」
わかりやすい怒りをにじませながら、再び文若が退席する。そして、数分後。
「――孟徳、ここにいたのか! 電話に出ろ! 勝手に行方をくらますな! 探したぞ!」
バタバタと慌てた様子で現れたのは、やはり元譲その人だった。その姿にようやく観念したのか、孟徳は湯呑を置いて立ち上がる。
「……あーあ、見つかっちゃった。仕方ないな、花ちゃんまたね」
淡く苦笑すると、花にひらひらと手を振って。孟徳は元譲に連れられてこの場を後にする。
文若は相変わらずの仏頂面で孟徳と元譲を見送ったが、その姿が見えなくなると、もう何度目かのため息をついた。花はそんな文若を見上げると。
「……孟徳さんは、土曜日なのにお仕事があるんですか?」
「休日でなければこなせない予定もある。接待や会食だな。面会の申し込みが入ることもある」
「大変なんですね……」
「花、分かっていると思うが、この話は他言無用だ」
「はい、もちろんです」
文若と一緒にいると、自然と彼らの会社の内情を察せてしまうことがある。花は文若に頷きを返すと、話題を変えた。
「そういえば……。文若さんが孟徳さんにあんなにはっきり言うなんてびっくりしました」
「……私も男だからな。好いた者とのひとときを邪魔されれば腹も立つ」
「文若さん……」
思った以上に愛情のこもった返事が返ってきて、花は頬を淡く染めた。生真面目な彼氏の不器用な優しさが嬉しい。
しかし、文若は不意にそわそわとし始めた。何か言いたいことがあるけど言い出しにくい、と言った様子だ。けれど、文若はしばしの逡巡のあと意を決したように口を開いた。
「……っ、花」
「何ですか……?」
「いや、その……。お前は茶よりも化粧品や装飾品の方がよかったのか……?」
「えっ……!?」
文若の意外な問いかけに花はきょとんとしてしまう。
三人でデパートにいたとき、文若は孟徳に怒ってばかりで、そんな様子は微塵も見せなかったのに。花もまた孟徳のプレゼント攻勢など完全にスルーしていたのに。それでも文若は、先ほどの孟徳の発言を密かに気にしていたらしい。
これまでは恋愛に興味がなくて、女性経験などほとんどなかった文若だったが。花と交際するようになって初めてそういった物事に興味を持って、女性関係の派手な孟徳に対して、いつの間にかコンプレックスを抱くようになっていた。
孟徳のように多くの女性たちに好意を持たれたいわけではないけど、ひとりの男として、ただひとりの大切な女性を喜ばせるくらいは出来るようになりたかったのだ。
これまでは仕事にしか興味を示さなかった彼の変化に、花は笑みをこぼす。
「……いえ、私はお茶がいいです。文若さんが好きなものを一緒に楽しみたいです。それに、私だってお茶が好きなんですよ」
「……そうか」
花の優しさと気遣いに文若は安堵する。大学生と社会人でそれなりの歳の差はあるけれど、文若と花は似合いの二人だった。文若と付き合うようになって、花は文若に似てきた。
几帳面でしっかり者、真面目で優しくて愛情深くて。元々の素直さにさらなる美点が加わり、これからもっと素敵な女性になるだろうと思わせてくれる。そんな花を文若は愛おしげに見つめながら。
「……花、そちらに行っていいか」
「え……?」
花の返事も聞かずに。文若は花と距離を詰め、何も言わずに抱きしめた。文若の唐突な愛情表現に花の頬が淡く色づく。
「っ、文若さん……」
「――もうすぐ誕生日だったな。何か欲しいものでもあるか? それこそ宝飾品でも何でも、お前の好きなものを買ってやる」
「……特にないです。私は文若さんと一緒にいられればそれで」
「そうか…… 本当に何もないのか?」
「はい、何もないです」
「本当か?」
「本当ですよ」
「……私がここまで言っているのだ。遠慮は無用だぞ」
「遠慮なんてしてないですよ……。本当に、欲しいものなんて……」
妙にしつこい文若に花は戸惑う。これではまるで何かをリクエストされたいみたいだ。けれど、そのまさかだった。文若は少し怒ったような照れたような顔をすると。
「……話の通じん奴だな。お前に贈りたいものがあると言っているのだ」
「え?」
「指輪だ。お前に指輪を贈りたい。……花。もし私が『結婚して欲しい』と言ったら、お前はどうする」
「えっ……!?」
さすがにこれには言葉を失ってしまう。花は顔を真っ赤にして慌てだす。
「か、仮定の質問についてはお答えを差し控えたいです……っ」
しかし、花の返答は良くも悪くも文若だった。そんな彼女に吹き出すようにして笑うと、文若は愛おしげに瞳を細める。
「……お前も私に似てきたな。真っ赤な顔ではぐらかすんじゃない。仮定ではない。大学を卒業したらでいい。考えておいてくれ」
「文若さん……」
「誕生日には指輪を贈る。花、来週一緒に買いに行こう」
「は、はい……!」
冗談なんかじゃない。文若は本気だ。まさかこんなに早く、そんなことを言ってもらえるなんて思わなかった。花は頬を染めて瞳を潤ませる。
「……嬉しいです。文若さん。すごく、すごく嬉しい。……私、これからも文若さんのそばにいていいんですね」
自分なんかじゃ邪魔になるかと思っていた。文若は将来を嘱望されたエリート社会人で、自分は普通の大学生。一応二十歳の大人ではあるけどまだ大学生という身分で、年の差もあって。
けれど、こうやってきちんとした形で文若に必要としてもらえたのが、何よりも嬉しい。これから先の未来もずっとそばにいて欲しいと、好きな人に望まれるのはとても嬉しかった。
そんな花を見つめながら、文若は言葉を続ける。
「当たり前だろう。……今までずっと不安だったのは私の方だ。常務にはいつも邪魔ばかりされて、お前の口から同級生の男の話題が出るたびに焦燥感に囚われた。私を安心させてくれ、花。お前がこれからも私のそばにいるという、確証が欲しいのだ」
普段が生真面目でお堅すぎるほどお堅いからこそ、ここぞというときの文若の情熱はすごい。これまでずっとこらえていたものが一気に溢れだすかのような、熱く甘い口説きで、これに落ちない女の子なんていないと花は思う。
「……花、私と結婚してくれ」
「はい。もちろんです。文若さん……!」
ついに、花の瞳から大粒の涙が溢れる。嗚咽を漏らしながら、花は「嬉しいです……」と何度も口の中で繰り返す。
孟徳たちの前では背伸びをして実年齢以上に大人びた振る舞いをする花だが。実際の彼女は素直で優しい普通の女の子だ。大好きな彼氏の不意打ちのプロポーズにうれし泣きしてしまうような。
「よかった。お前の喜ぶ姿を見ていると私も嬉しくなる」
文若の瞳もまた潤み始める。ずっと昔から花には苦労や心配ばかりかけていた気がする。
年上でちょっと厳しくて成長させてくれる人が好みだという彼女でなければ、自分のような面倒な男など到底付き合いきれなかったと思う。
そんな彼女をこれからもずっと大切にしていきたい。その想いを胸に秘め、文若は再び口を開いた。
「……恋人ではなく婚約者という立場になれば堂々と一緒にいられる。もう、誰にも邪魔はさせない。文句も言わせない」
そして、文若は涙に濡れた花の頬に手を添えると。
「寝室に行くぞ、花。……やっと、二人きりになれたのだからな」
花はこくりと頷きを返す。
天気のいい休日の昼間、大きな窓の外には澄んだ冬の青空が広がっている。ロケーションは文若の自宅マンションで、あくまでも平穏な日常の延長線のプロポーズ。けれど、花にとっては一生忘れられない大切な思いでだ。
***
「……身体は大丈夫か」
「へ、平気です……」
「そうか……」
あれから数時間。窓の外には美しい夕日が見えている。
文若と花は下着だけを身に着けた姿でベッドにいた。初めてでもないのに初めてのとき以上に気遣ってくれる文若に、花は気恥ずかしくなってしまう。
今日はやはり特別だ。さきほどの一件があったからか今日の二人はいつも以上にぎこちなく、いたたまれなくなった花は、このままではいけないとあえて明るく振る舞った。
「……文若さんは、心配しすぎですよ。私はそんなにひ弱じゃないです。大丈夫です」
一体何が大丈夫なのか。意味不明の言い訳だったが、文若はいたって真面目な様子で。
「いや、ひ弱でないのはわかっているが……。それでも心配になるのだ。お前はどこもかしこも折れそうに細くて、抱いていると心配になる」
「っ……。そんなことは……。ないですよ……」
抱いていると心配になる、だなんて。文若は時々無自覚に花を赤面させるようなことを言う。
本人がいたって真面目だからこそ逃げ場がなくて、花はさらに恥ずかしくなってしまう。このままではドキドキしすぎて心臓がもたない。気持ちを誤魔化すために花は焦って言い訳をした。
「……文若さんが逞しいから、そう思うだけですよ」
神経質で線の細い印象のある文若だけど、運動はできる。孟徳とは同じ大学で一時期は同じ剣道部に所属していたと聞いた。水泳だけは苦手なようだけど、文若の体躯は逞しく立派だ。
「私の体格が良いのは否定しないが……。それを差し引いても、お前は少し細すぎるぞ。……ほら、こうやって比べてみても全く違う」
何を思ったのか、文若は花の手に自分の手のひらを重ねてきた。ちょっとした大きさ比べだ。やはり男女の差なのか。意外なほどに花と文若の手は違った。
花の手と比べて全体的に大きな文若の男らしい手。だけど文若の手はすごく綺麗だ。骨ばっているものの、指は長くすっきりとしていて、この手が竹刀を握っていたなんて信じられない。ピアノやバイオリンを弾いている方がよほどお似合いだ。
しかし、真面目一本やりの当の本人は、花が自分の手に見とれているのにも気づかない様子で。
「……手だけではない、ここも、こんなに違う」
文若は花の手を取って、自分の胸に当てさせた。文若の胸板は意外なほど厚い。筋肉質というだけあって、絵にかいたような男の身体だ。
「っ……!」
こんなことをされてしまったら、もうたまらない。文若は何を考えているのか。花は恥ずかしさのあまり瞳を伏せるが、文若は攻め手を緩めない。
「……しかし、困ったな。こうしていると、また妙な気分になってしまう」
そっと花を抱き寄せる、文若の手つきはあくまでも、どこまでも優しい。こんなスマートな口説きをしておいて、女性経験がなかったなんて嘘だと花は思う。
困ったな、だなんて。本当は少しも困っていないくせに。けれどこれは、負け惜しみのようなものだ。
もともとそういう人なのだ。常日頃の自他への厳しさや潔癖さに隠れてわかりにくいというだけで、本当はすごく情熱的で愛情深くて、惚れこんだ人にはありったけの愛を注いでしまう。
まるで愛しい子の世話を焼く母のような、重すぎる愛を。そんな優しすぎるほど優しい文若だからこそ、花は彼を好きになったのだ。
文若は恥じらいに戸惑う花を、熱く潤んだ瞳で見おろしながら。
「……もっと私に触れてくれ、花。お前に触れられるのが嬉しい。もっと、私を求めてくれ。……これまでこのような気持ちになったことなどなかった。このような形で、誰かに必要とされたいと思ったのはお前が初めてだ」
花を腕の中に抱いたまま、文若は情熱的に愛を語る。
「……お前に愛されて必要とされるのが何よりも嬉しいのだ。ただひとりの男として」
一見すごくプライドが高そうに見えるのに尽くし型。自分が認めて惚れこんだ大切な人に尽くして、必要とされるのが何よりも嬉しい。
それは仕事でも私生活でも変わらない文若の人となりだった。そんな彼の熱意に花はほだされてしまう。
「文若さん……」
「花、お前が好きだ。もう一度お前を抱いてもいいか……? 無理をさせてしまうかもしれないが……。もう、自分を抑えられない……」
「っ……」
まっすぐで情熱的な文若らしい愛に、花は今度こそ言葉を失う。恥ずかしくて仕方がない。こんな状況で「もちろんです」なんて口にできるほど、自分は大人ではないのに……。
けれど、文若は花のそんな恥じらいを察したのか、頬を染めて黙り込む花を再び強く抱きしめると、愛の営為に溺れていった。
***
夜の帳が降りてからまだそれほど時間は経っていない。ここは休日のオフィス。役員用の個室にいたのは孟徳と元譲の二人だけだった。
「――孟徳! 孟徳!」
元譲の怒鳴るように呼ぶ声。けれど孟徳は無言だ。パソコンの画面を眺めながら元譲の小言を聞き流している。
「お前はいい加減にしろ! 何かあるたびに仕事を放り出して行方をくらまして。あげくの果てに業務時間外の文若のところに毎度毎度入り浸って……。お前は何がしたいんだ……!」
ちょっとどころではなく元譲は怒っていた。常日頃さんざん自分に迷惑をかけてくる孟徳に文句を言っている。
しかし孟徳はどこ吹く風だ。相変わらず表情も変えず、何も言わないまま。けれど、不意に何かを思い出したかのように、孟徳は口を開いた。
「――あいつのところ、職場からも俺のマンションからも近いし便利なんだよな」
「それは、お前がそういう物件にあいつを住まわせたからだろう」
文若の住居は繁華街に建つ一応は社宅扱いの高級マンションだ。文若本人は賑やかな街も奢侈も好かないタイプだったが、職場に近いと便利とかセキュリティに不安がある安めの物件は面倒ごとを呼び込むからやめろだのと、孟徳が強引に説き伏せて住まわせていた。
元譲は小さく息をつく。
「……まあよそのどこの馬の骨ともつかん人間のところに行かれるよりは、文若のところにいてくれた方が俺も助かりはするが。なにせ近所だしな」
「だろ? よくわかってるじゃないか」
「だがなあ、文若にもあいつにもプライベートというものがあるだろう。それを……」
あいつというのは花のことだ。この流れで出る名前などひとつしかない。
「……なぁ元譲。嘘のつけない子って、いいよなぁ。いつもまっすぐな目で相手のことを見て」
文若を見つめる花。あの瞳がどうにも忘れられない。孟徳は感情のこもらない瞳でつぶやく。
孟徳がこの目をしたときはろくなことにならないとこれまでの経験で知っているから。元譲はごくりと唾を飲み込むと。
「……孟徳、頼むからこれ以上面倒なことは」
「――冗談だ。さすがに俺だっていい歳をして人のものを取ったりはしない」
「当たり前だ!」
即座に入る元譲のツッコミをやり過ごしながらも、孟徳はかつてやりとりしていた軽口を思い出す。
『お前の奥さん寝取ったらどうする~?』
一言一句違わずいつも同じ答えを返してきた石頭を今は遠く感じる。もうずっと長い間、同じ未来を目指してともに戦ってきた。けれど、あの男だけが見つけてしまった。この世界でたったひとつの尊い宝を。
今ならわかる。まさに彼女こそが自分たちの至宝だったのだ。孟徳がそれに気がついたのは、もう随分後になってからだったけど。淡く苦笑して孟徳はつぶやく。
「ったく、こんなんじゃどちらに妬いてるのかもわからないよな」
「……ん? 何か言ったか?」
「何でもない。元譲、仕事も終わったし今日はひとりで帰る。お前は先に戻っていいぞ」
「……そうか。くれぐれも問題だけは起こすなよ」
「わかってる、しつこい奴だな」
まるで犬の子を追い払うようにひらひらと手を振って、元譲を下がらせた孟徳は、パソコンの電源を落としてすっと立ち上がった。問題は起こさないけど、何もしないとは言っていない。向かう先などひとつだった。
***
もうすっかり夜。窓の外には星が瞬いている。昼間使った来客用の食器をキッチンで手分けして片付けながら、文若と花は夕食の相談をしていた。
「もうこんな時間か、夕食はどうする」
「どうしましょうか、何か作りましょうか?」
「いや、せっかくの休みだ。近くに食べに行こう。お前は何がいい」
「私は……。すみません、思いつきません……」
花は困ったように笑う。同い年の友達同士で行く店ならすぐに思いつくけど、相手が文若となるとお店選びも難しい。
あまり安いお店だと文若に失礼な気もするし、かといって高級店なんてそもそも自分が知らない。すると文若が淡く苦笑した。
「……思いつかないから、散歩でもしながら決めよう。このあたりなら何かしらあるだろう。賑やかな街だからな」
文若が今住んでいるのは街中に建つ高層マンションだ。立地からいっても色々と便利で。最初は家賃の高さに渋い顔をしていた文若だが、今はもうその利便性に納得していた。
会社からも近く、仕事をするにも花と会うにも便利な孟徳お薦めのこのマンションを、文若は密かに気に入っていた。
花は文若の提案に頷く。二人は身支度を済ませて、マンションの外に出た。
すると、マンション前にはいやに高級そうなタクシーがなぜか一台止まっていた。本能的に嫌な予感を察知し、文若は花を自分の近くに引き寄せる。
「よぉ、文若。……に花ちゃん」
「孟徳さん!」
「常務! なぜ……」
「仕事なら終わらせてきたぞ」
予想通り。待ち構えていたのは曹孟徳その人であった。孟徳はふふんと得意げにするが、やっていることはほとんど付きまとい、つまり立派な犯罪だ。
花と二人きりの時間をまた邪魔されて、文若の眉間に皺が寄る。しかし、文若の渋面にめげる孟徳ではない。孟徳は自信満々、威風堂々といった様子で。
「せっかくの休日だからな、うまい店に連れて行ってやるよ。どうせ文若じゃ、予約もせずに入れるような店しか行かないんだろ? 俺が責任もって花ちゃんにうまいメシを食わせる。……ね、花ちゃん」
最後の花を呼ぶところだけは、甘い笑顔に甘い喋り。けれどそれ以外は文若に対するいつもの態度だ。ちょっと威圧感のある傲慢な。
孟徳は相変わらず孟徳だった。いつまでもどこまでもブレない。文若と花をいじるのが目下の生きがいらしい孟徳は、この後に及んでもしつこく登場し、隙あらば文若をコケにしていた。
しかし、文若一筋で男としての孟徳にかけらも興味のない花は、あからさまに戸惑っていた。どう反応していいかもわからない。
「も、孟徳さん……」
「――孟徳! やっぱりここだったか、いい加減にしろ! 何度言わせるつもりだ!」
そして、どこからともなく。元譲がこの場に現れる。目的はもちろん孟徳という問題児の回収だ。
「っ、くそ……! やっぱり無理だったか……!」
「当たり前だ!」
そう叫ぶと元譲は孟徳の腕をしっかりと掴んだ。そして文若に顔だけで向き直ると。
「……邪魔したな」
「ええ本当に」
息ぴったりの部下コンビだ。文若の返事は素っ気ないが、今日一日邪魔ばかりされた恨みがこもっているに違いない。
花は心配そうに文若を見上げるが、文若は花に穏やかな微笑みを返すと、万感の想いを込めて口を開いた。
「常務なら放っておけ、元譲殿が必ずやうまくやってくれる」
元譲には公私ともに全幅の信頼をおいている文若である。そう、元譲に対してだけは。
いまだにワアワアと騒いでいる孟徳の姿を視界から排除したまま、文若は改めて花の手を取る。
「いくぞ、花」
「……はいっ!」
万難を排した文若と花は、手を繋いで夜道を歩いてゆく。もう二人を邪魔するものなどないだろう。きっと、多分、そうに違いない。
文若の隣で微笑む花はとても幸せそうだ。愛情のこもったまっすぐな瞳で文若を見つめている。そんな二人を月が優しく照らし出す。ある冬の夜のことであった。
End
◆あとがき (あとがき+メモで約2400文字)
お疲れ様です。作者です。
今作では文花の二人と文花いじりに命を懸ける孟徳さんと
愛すべき名脇役の元譲さんが書きたかったので書きました
短いお話でしたが作者は概ね満足しています
文若さんのドラマCD「新郎は仕事の虫」が
とてもとてもよかったので、それを参考にして書きました
作者の最推しは孟徳さんなんですが、文若さんも大好きです
文若ルートもいいですよね!
文若さんもカッコよくて、花ちゃんもかっこよくて乙女でかわいいです。
そして、本人ルートとは軽くなく別人感のある文若ルートの孟徳さんや
文若ルートでも相変わらず苦労ばかりしている元譲さんも大好きです
孟徳ルートだとハピエンで孟徳さんは
文若さんと仲直りしないまま表舞台を去ってしまって
元譲さんも孟徳軍を辞めてしまい、文若さんも生死不明で寂しいですが
文若ルートハピエンでは文若さんと孟徳さんが仲直りできるので、そこも嬉しいですね
文若ルートハピエンでは魏軍メン三人(文若・孟徳・元譲)そろって幸せで、
花ちゃんも魏軍にいて、みんな生きるのが楽しそうで嬉しくなります
そして文若ルートハピエンの孟徳さんは、なぜあんなにもハードに
文花のふたりを弄るのか理由を考えたくなりますね
多分愛しくて愛しくて大好きで仕方がないんだと思います。文若さんと花ちゃんが
文若ルート終盤の陳留城の場面で文花のふたりが孟徳さんを守ったので
そこでふたりを信じてくれた孟徳さんだと思うのです
話は戻りますが、文若さんのドラマCDがとても良かったんですよ~~!!
「新郎は仕事の虫」では婚儀後の初夜の場面があってとてもドキドキしました
「夫婦となって初めての夜だな」とか「緊張しているのは私も同じだ」とか
「さあ、寝室に行こう」とか、文若さんのこんなセクシーな台詞を
まさか公式で聴けるとは思っていなくてテンションが上がりました
迷っている方には購入を激推ししたいです。
「新郎は仕事の虫」文若さんファンで
まだ聞いてないよって方はぜひ聴いてほしいです
というか恋戦記のドラマCDはどれも面白くて
ゲーム本編の補足をかなり真面目にやってくれてるので、全キャラのCDお勧めしたいです
私はドラマCD第一弾の十枚と第二弾の四枚を買ったのですが
どれも全部よくて買ってよかったなと思いました
(購入が難しい方はレンタルでもぜひ! 第一弾の十枚はしているようです)
ちなみにどうでもいい余談なのですがこの現パロの設定は
作者の現パロの第一作「スイートオスマンサス」(孟花)とほぼ同じです
孟徳さんが大企業の重役で文若さんと元譲さんは孟徳さんの部下で
花先輩が女子大生という設定は同じなのですが、花先輩がくっつく相手だけ違います
第一作は孟徳さんとくっついていて、今作は文若さんとくっついています
そして今作の冒頭のデパ地下のお茶屋さんは皆さまお気づきの通りル〇シアです
文若さんが買い求めたお茶も全て実在します
現パロ文花のデートはお茶屋さんがいいなと思いました
デパ地下のお洒落お茶屋さんでお茶を買って、
美味しい食材やお惣菜やお茶菓子も買って、文若さんのお家に一緒に帰ってきて、
さっき買ったお茶を淹れて二人で飲みながら、お茶菓子をつまんだりするんですよ
それで文花のふたりが寛いでいるところに、
孟徳さんが邪魔しに来て元譲さんに連れ戻されるという、
現パロ魏軍の幸せな日常があったらいいなと思ったので、このお話が生まれました。
それでは今回も、こんなところまでお付き合いありがとうございました。
◆おまけ小ネタ
(小説にしたかったのですが、出来そうにないのでここで供養します)
孟徳軍4人でババ抜き
孟徳さん→花ちゃんのババを積極的に引いて文若さんに押し付けるだけの簡単なお仕事
花ちゃん→孟徳さんが必ずババを引いてくれます。なんという接待トランプ……。ニ抜け
元譲さん→空気のようにイチ抜け
文若さん→孟徳さんと泥仕合。元譲さんにババを押し付けそこねました。
*
孟徳「花ちゃん……君はそうやっていつも笑顔でイチ抜けしてくれればいいんだよ……。君のババは俺が引いて文若に押し付けるから」
花「孟徳さん……(なんでババの位置わかるんだろう……)」
元譲「すまん孟徳、俺がイチ抜けだ」
孟徳「(・д・)チッ」
文若「常務っ……!!」ババを引かされたの4回目
◆自分用メモ
文若の数少ない趣味 星を見上げる
文若が自分の気持ちを素直に語ることは珍しい
小言を言うときは斜に構えた姿勢
こめかみ・額に手をやる 額に軽く手を当てる 立ち絵のポーズ
スチル 横顔が印象的
枕が変わると眠れない 今は枕そのものがないです
こんなみじめな旅は初めてだ 私は平気みたいです!
過去から戻ってきたとき抱き合う花と文若 そこに元譲が 間の悪い元譲
孟徳に嫉妬する文若 羊脂玉の首飾り
消えてしまいそうな文若 服の袖をつかむ花 スチルの場面
お前はそうして笑っていろ。これからもずっと私の隣でな。
正しいことではないと分かっているのに、自分に抑えがきかなくなる
「ずっと忙しかったから二人の時間も持てなかった、
もっと二人で遊びに行ったりすればよかったかもしれない」
と反省する文若さんに「そんなことないです」と言う花ちゃん
「お前はもっと我儘を言え」と言ってくれる文若さんが優しい
文若さんが笑ってくれたら嬉しいと思う花ちゃん
文若の好物 花茶
本編ラスト 花茶に桃の干したものを入れた優しい味のするお茶を淹れてくれる
→ル〇シアのデカフェの桃紅茶が個人的なイメージ
文若ルートの花ちゃん・文若さんの好感度の上がる選択肢の特徴
自分の気持ちに素直 とにかく素直 まじめ まっすぐ
立場や義務感に囚われていた文若さんを救った
寿成の処刑を防ぐための策を二人で考えた場面
「……なぜおまえは自分の心にそれほど素直に従える?」