現パロ文花
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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待ち合わせ場所にやってきた恋人の姿を目にして、荀文若は目尻を下げて柔らかく微笑んだ。
「……似合っているぞ、名前。やはり私の見立ては間違っていなかった」
「……ありがとうございます。文若さん」
彼に褒められた名前もまた、淡く頬を染めて嬉しそうに笑う。
今日、名前が着ている浴衣は文若が選んだものだった。白地に淡いくすみピンクのひなげし。センスのよい落ち着いた色味は文若の好みが反映されている。
浴衣は着ている本人は暑くて大変だけど、見栄えは良い。夏ならではの素敵なお洒落だ。今日はふたりで夏祭りに行く予定だった。
お祭り会場まで歩みを進めながら、ふと文若は自分の隣を歩く名前を見つめた。
今日の名前は珍しく髪をアップにまとめていて、キラキラとしたガラスビーズの髪飾りをつけていた。
女性らしい細い首筋のすっきりとした美しさ。適度に抜かれた衣紋から覗く白いうなじも、色っぽくて見とれてしまう。後れ毛もまた、えもいわれぬ色香だった。
(……和装というだけで、ここまで印象が変わるものなのだな)
普段の洋服よりも露出度は大幅に下がっているのに、色気は上がっているから不思議だ。もしかしたらこちらの方が好きかもしれない。
「そのような装いも、風情があってよいな」
「そうですよね、浴衣っていいですよね」
「……私は浴衣ではなく、浴衣を着たお前を褒めたつもりだったんだがな」
「えっ……!」
名前は頬を染めて文若を見上げる。照れたような驚いたようなその表情はすごく可愛くて、文若まで気恥ずかしくなってしまう。初心な彼女につられてしまった。文若はこほんと咳払いして話題をそらした。
「その程度のことで顔を赤くするんじゃない。まったくお前は……」
「す、すみません……。なんだか、すごく嬉しくて……」
服装を褒められることくらい、かわいらしい名前であればよくあることのはずなのに。自分に対してだけはこうやって素直な反応を返してくれるのが嬉しい。
浴衣の裾を気にして、名前は先ほどからずっと内股でちょこちょこと歩いていた。
浴衣を含めた和装は裾すぼまりが美しいとされている。洋装の場合は大きめの歩幅で颯爽と歩くのが美しいけど、和装の場合はそのような歩き方をすると裾が広がって着崩れしてしまうのだ。名前の歩みは自然と遅くなりがちだった。
そんな彼女とはぐれてしまわないように、文若はそっと名前の手を取る。
「……ほら、今日は手をつないで行くぞ」
「はいっ」
これなら同じペースで歩けるから安心だ。ふたり並んでしばらく歩くと、お祭り会場の屋台やのぼりが見えてきた。
***
今日ふたりが訪れたのは、地元の商店街が主催する伝統ある大規模な夏祭りだ。
近隣の有名店や繁盛店が屋台やキッチンカーを出しているため、数百円で絶品グルメが楽しめる。そのため遠方からこのお祭りにやって来る人々も多く、祭りの参加者は毎年多い。
しかし、名前が欲しがったのはシンプルなフルーツ飴だった。文若は自分用に冷茶を、名前のためにいちご飴とりんご飴をひとつずつ買い求める。
「ありがとうございます! 文若さん」
「いや、構わない。向こうで頂くとするか」
「はいっ!」
夏祭りの会場をりんご飴といちご飴を手に歩く、浴衣姿の名前はとても絵になる。フルーツ飴はちょっとしたファッションアイテムだ。
多くの人で賑わう祭り会場だけど、文若の目には名前だけがひときわ輝いて見えていた。浴衣姿の子は他にもいるけれど、名前しか目に入らない。
自分が選んだ浴衣を着て夏祭りを楽しんでいる、かわいい恋人。くすんだピンクのロマンチックな名前柄が、彼女の無垢な魅力を引き立てている。
いつの間にか日が傾いて、夏の青空に朱赤と濃紺が混じり始める。屋台の黄みを帯びたオレンジの照明があたりを照らして、どこからか祭り囃子が聞こえてきた。いよいよ祭りも本番だ。
喧騒から少し離れた川沿いの土手。文若と名前はここに腰を落ち着けて、先ほど屋台で購入したものを口に運んでいた。
「いちご飴すごくおいしいです!」
「そうか、良かったな」
名前が食べているいちご飴は、練乳のかかった冷凍いちごをキャンディコートしたものだった。パリパリとした飴は甘くて美味しくて、冷凍いちごのひんやりとした冷たさもまるでシャーベットのようだ。甘酸っぱいいちごに練乳と飴の甘さが足されて、そのまま食べるより美味しい気がする。
「文若さんもいちご食べませんか?」
「ああ、一口もらおうか」
名前はいちご飴を文若の口元に差し出して、文若は当然のことのようにそれをぱくりと食べる。いわゆる「はい、あーん」なんだけど、文若は意外なほどに堂々としていて、名前の方が恥ずかしくなってしまった。なんだかまるで餌付けのようで。
しかし、そんな名前の心の内はいざ知らず。文若は淡々とグルメレポートをしてくれた。
「……なかなかだな。飴と練乳の甘みがいちごの甘酸っぱさととよく合って、こんなに美味いのなら流行るのもわかる」
フルーツ飴は以前、人気ドラマで主演女優が食べたことをきっかけに流行り出したものだ。
文若はいちごを咀嚼して飲み込むと、満足げな笑みを浮かべて指先で口元をぬぐった。野性味のあるその仕草にドキリとしてしまった名前は、思わず瞳を泳がせる。好きな人が何かを食べる姿が、こんなに色っぽいなんて知らなかった。なんだか気恥ずかしくて、直視できない。
それにしても。
いちご飴を食べ終えた文若は改めてあたりを見回すと、夏祭りの雰囲気を噛みしめる。
人の多い屋外で蒸し暑くハードな環境だけど、とても楽しい。今まで夏は暑いから好きではなかったけど、祭り会場の非日常の空気は好ましいと思える。
夜が深まり風が出てきた。活気のある祭り会場を吹き抜ける風は爽やかで心地よい。
まだ学生の頃。孟徳に無理やり連れ出されて参加した夏祭りでは、蒸し暑さと人混みにうんざりして自分一人でさっさと帰ってしまったくらいなのに。名前と一緒にいられるなら、いつまででもこの場にいたいとさえ思う。
遠くから聞こえてくる祭り囃子。宵闇を照らす朱色の提灯に、人々のざわめき。高揚した空気に此岸と彼岸の境が溶けあう。まるで夢の中にいるようだ。無意識のうちに文若は、この夜がずっと終わらないで欲しいと願っていた。
喧騒から少し離れた河原。ここにも人はいるけれど皆自分たちのことに夢中で、わざわざこちらを注視している人なんていないから。
「……名前、口元に飴の破片がついているぞ、ほら」
「え?」
文若は名前の口元を指先でぬぐってから、そのままの流れで彼女の唇に自身の唇をそっと重ねた。
「――っ!」
先ほど食べたいちご飴を彼女の唇から味わう。
人の多い屋外でこのようなことをしたのは初めてだった。以前は外でむやみに女性とベタベタする孟徳に怒ってばかりだったけど、ここにきてようやく彼の気持ちがわかった気がする。
夏祭りの会場で浴衣姿の恋人と口づけを交わす。今この場でしかできない思い出作りだ。もしかしなくても、浮かれているのかもしれない。名前と一緒にいられるだけで嬉しくて楽しい。
一度だけのつもりだったのに、もっと欲しくなってしまって。気がつくと文若は再び、名前と唇を重ねていた。ほんの少し触れ合うだけで済ますつもりだったのに、角度を変えて何度も彼女を求める。
「……ぶ、ん……じゃく……さん……」
口づけの合間に名前に困ったように名前を呼ばれるが、文若にとってはただのご褒美でしかない。ここが屋外でなければこのまま彼女を押し倒してしまえるのに。そんなことを口惜しく思いながらも、文若は名前の身体をぐっと引き寄せる。
「っ、あっ……」
「名前……」
名前の柔らかな唇は、文若にとっては極上の甘味だ。
夏祭りの会場からほんの少し離れた河原。周囲に濃厚な人の気配を感じなら、名前の身体を貪るのは格別の歓びだった。唇を触れさせるだけなら、ほんの少し舌を入れるだけなら……。
かわいらしい恋人の肉体を手放すことができずに。文若の行為が少しずつ、しかし確実に大胆になってゆく。
「だ、め……です…… ぶん、じゃく…… さ……」
「……大丈夫だ、誰も見ていない」
恥ずかしがって逃げようとする名前をなだめて、文若は彼女を腕の中に閉じこめる。あと少し、あと少しだけ……。無防備で初心な彼女をほんの少しからかって遊ぶつもりが、ついうっかり。心の導火線に火がついてしまった。
じりじりと追い上げられて、超えてはならない一線を踏み越えてしまいたくなるけど。さすがにこの場所で、これ以上行為を進めるわけにはいかないから。文若は己の欲望を抑え込んで、名前の身体を開放してやった。
「……ぶ、文若さん」
名前は真っ赤な顔で驚いている。ハトが豆鉄砲を食ったようなその反応が面白くて、文若は思わず笑みをこぼしてしまう。
「お前の百面相は相変わらず愉快だな」
「ゆ、愉快って……!」
「……すまないな。見境をなくしてしまった」
「っ!」
「嫌、だったか……?」
「嫌じゃない……です。でも、文若さんは、外でこういうことはしないって…… 思ってたから……」
びっくりしました。動揺と羞恥に瞳を揺らして消え入りそうな声で囁く名前に、文若は柔らかく微笑みかけた。
「祭りの夜だからな。……特別だ」
「っ……!」
あれほどまでに大胆な口づけをしておいて、そんな一言で片付けてしまうなんて、ずるいと思う。
けれど「なんで、あんなことしたんですか?」なんて、改めて理由を尋ねるのも気が引けて。すっかり恥ずかしくなってしまった名前は文若から視線を逸らした。特に意味もなく自分の正面の川の水面を見つめる。
さっきのあれは、まるで愛の営みになだれこむ寸前のような濃厚な口づけだった。
「…………」
名前はさきほどの文若との行為を反芻する。周りに人がいる屋外で、あんなふうに感じてしまったのは初めてだった。彼の腕の中で濃厚な口づけを受けながら、はしたなくもその先を求めてしまった。
文若は「誰も見ていない」なんて言っていたけど、もし知り合いに見られていたら恥ずかしくて生きていけない。
生真面目で堅物だけど、文若はただ単に職務に忠実なだけで、本当はとても人間らしい感情のある人だ。すごく情熱的で、彼は意外なほど良き恋人でもある。
「あ、の…… 文若さ……」
「……たまには構わんだろう。多少、羽目を外すのも」
己のしたことを開き直る、淫らな熱がにじんだ文若のぶっきらぼうな囁きに、名前は罪深さすら感じてしまう。
(さっきのあれは、ほんの少しじゃないよ……)
この人と犯すひと夏の過ちは、いったいどれほど甘美なのだろう。文若本人が過ちとは無縁だからこそ、名前はそんな空想に耽ってしまう。
まるで真夏の夜の夢のようだ。胸が高鳴って、のぼせ上がってしまう。あの口づけは二人だけの秘密だ。愛しき共犯者の姿を名前はこっそりと盗み見る。
すっきりとした綺麗な横顔。蒸し暑さで汗のにじんだ素肌にはりつく前髪が色っぽい。さきほどまでのやり取りのせいで、名前の視線は文若の唇に吸い寄せられてしまう。薄くて男らしい、愛しいかたち。
こんな文若を目にするのは初めてな気がする。普段の彼は外回りよりエアコンの効いた室内で書類仕事をしているほうが似合う人だから。特に意味もなく、名前は文若の横顔を見つめ続けていた。
すると。
「――おっ、やっぱりお前だったか、文若」
不意に背後から声が聞こえて、文若と名前は驚いて振り返った。
「常務……」
「孟徳さん……」
「名前ちゃんも、こんばんは」
お祭り限定の派手なTシャツに同柄のうちわ。そして左手にはおあつらえ向きの缶ビール。そこには、いかにもお祭りを楽しんでいる様子の孟徳がいた。あたりはもう薄暗いのに目元を隠すためか色のついた眼鏡をしている。
先ほどのやりとりを見られていたのではと名前は焦るが、孟徳は普段と少しも変わらない鷹揚な態度で、名前は自身の神経質さに心の内で苦笑する。すっかり恋人に似てしまった。
「名前ちゃん、浴衣かわいいね。似合ってるよ」
女性とみるや抜け目ない。孟徳はさっそく名前を褒める。ほとんど習慣になっているのだろう。孟徳にとってこの程度はただの挨拶でしかない。
「その柄はひなげしかな。大人っぽくて素敵だね。普段の君のチョイスと少し違うから、誰かに選んでもらったのかな」
「えっ……!」
さすがの勘の良さだ。名前は頬を染めてうろたえるが、孟徳はご満悦だ。
「名前ちゃんは素直でかわいいな~。はい、正直者にはこれプレゼント。お祭り限定のうちわ、かわいいでしょ」
「あ、ありがとうございます……」
「いいのいいの。俺うちわは使わないし」
「そうですか……」
体よくいらない手荷物を押し付けただけだった。名前は苦笑いをする。でもこれはこれで、孟徳なりの気遣いなのかもしれない。名前の負担にならないように。
相変わらず自由奔放な孟徳に文若は呆れ顔だ。小さく咳払いをして、己の存在をアピールする。
「常務、いらしてたんですね」
そう声を掛けられてようやく、孟徳は文若に向き直った。
「……ず、い、ぶ、ん、と、夏祭りを満喫してるようじゃないか、文若。俺が昔誘ってやったときは人ごみがどうとか言ってすぐに帰ったくせに、今日は楽しそうにしやがって」
「昔と今では、状況が違いますので」
名前に対しては砂糖菓子より甘くて情熱的なのに、孟徳に対してはあくまでも素っ気ない態度の文若だ。隙を見せたら何が起きるかわからないから、警戒しているのだろう。
さきほどの口づけの最中の文若と、孟徳をあしらっている文若の落差に、名前はすっかり胸をときめかせてしまう。いわゆるギャップ萌えだが、今まさに邪険にされている孟徳はすっかりおかんむりだ。
「ふん! 調子のいい奴め!」
しかし、孟徳はめげなかった。文若が無理と見るや名前に狙いを変えてくる。瞳を細めてにやりと笑うと。
「……でもまぁ、こんなにかわいい彼女と一緒なら長居したくもなるか」
「えっ?」
「ね、名前ちゃん。せっかくだし記念に写真撮ってあげよっか」
「写真、ですか……?」
「常務!」
名前に絡み始める孟徳に、文若は食ってかかったが。
「勘違いするなよ、文若。別に俺のスマホで撮るわけじゃない。彼女のスマホで数枚他撮りするだけだ」
孟徳は文若を軽くいなすと、名前に微笑みかけてくる。その全身から放たれる絶妙な威圧感。
「……ね、名前ちゃん。君のスマホで文若とのツーショット撮ってあげるよ、それならいいでしょ?」
「……っ」
そう言われてしまえば断る方が難しい。結局、名前は孟徳に撮影をお願いすることになった。
「――うん! 我ながら上手く撮れたな! はい、名前ちゃん。スマホどうぞ」
「あ、ありがとうございます。孟徳さん」
撮影後。スマホの受け渡しで孟徳と名前の距離が不意に近づく。何もないとはわかっていても、文若はなんとなくソワソワとしてしまう。
名前を疑っているわけではない。孟徳が信用ならないのだ。彼お得意の『お前の奥さん寝取ったって言ったらどうする?』なんて冗談も『私に妻がいる』場合は笑えない。
しかし、孟徳はよほど名前と離れがたいのか。ポケットからおもむろにハンカチを取り出すと、彼女のこめかみをそっと抑えた。
「名前ちゃん。汗、大丈夫? お化粧崩れないように気をつけないと」
孟徳と名前の距離がさらに縮まり、さすがの文若も動揺する。孟徳の所作はまさに紳士そのもので、文若は孟徳と己との差を思い知らされる。
そんなことは撮影の前にやればいいのに、なぜ今になってとも思うが。スマホを返すときに気がついたのかもしれない。あたりはもう薄暗いから。
名前もまた孟徳との距離の近さに動揺しているようだ。恥ずかしそうに視線を揺らす。
「っ、すみません、孟徳さん…… ハンカチ洗ってお返します」
「いいのいいの、気にしないで」
さりげなく名前の申し出を辞退した孟徳はハンカチをポケットにしまうと。名前からごく自然に距離を取った。そして。
「それじゃあ、俺はこれで。名前ちゃん、お祭り楽しんで。……文若! お前はちゃんと彼女をエスコートするんだぞ!」
最後に文若に特大の釘を刺して、孟徳はさっさとその場を後にした。
相変わらず孟徳は気ままで、それでいて嵐のようだ。過ぎ去った後始末を請け負うのはいつだって自分たち。
「……相変わらず、自由なお方だ」
「そうですね……」
しかし、彼の背中を見送りながら文若は心の中で反省する。
汗をふくのではなく抑えるというやり方があるなんて知らなかった。女性の場合は顔周りの汗をごしごしとふいたら化粧が崩れるから、そうならないように優しく抑えるのだろう。
これからは自分も気をつけよう。孟徳のようにはなれずとも、大切な恋人をきちんと気遣ってやれる男にならなくては。
「……ちょっと、びっくりしちゃいました。孟徳さんはやっぱり、よく気がつく方ですね」
「女性が相手となると見境のないお方だからな……。それよりも名前、先ほど撮った写真を見せてくれるか?」
「あっはい、どうぞ」
さっきの孟徳との一件を気にしているのか、文若に対して言い訳めいた言葉を口にしてくる名前に、言外に気にしていないと伝えてから。文若は名前に孟徳が撮った写真を見せてもらった。
名前のスマホに表示されている、りんご飴を持って微笑む浴衣姿の彼女とその隣でかすかな笑みを浮かべる己。
背景には祭りの屋台や人混みが写り込んで、賑やかな雰囲気がよく出ており、SNS映えしそうないい写真だった。特別な加工はしていないはずなのに、孟徳の写真は意外なほどに上手かった。
「わぁ、すごい……。孟徳さん、写真がお上手なんですね」
名前に水を向けられて。けれど、浴衣姿のかわいい恋人しか目に入っていない文若は、うっかり口を滑らせてしまう。
「映りがいいのは被写体が良いからだろう。写真がご趣味というのは聞いたことがないからな」
「えっ?」
「……何でもない。背景の雰囲気が良いからだろうな」
「そうですね! お祭りって感じしますもんね!」
無邪気な名前は文若の遠回しな褒め言葉には気づいていないようで、にこにこと笑った。名前の鈍感さに文若は胸をなでおろす。
***
ふたりでお祭り会場を散策していたら、すっかり日が落ちてしまった。
名前はおもむろにカバンからスマホを取り出して何かを確認すると、文若に声をかけてきた。
「文若さん!」
「なんだ?」
「もうそろそろなので、こっちに来てください!」
名前に手を引かれて、文若はお祭り会場の人混みを縫うように歩く。
しばらく歩いて人波を抜けると石畳の階段が現れた。祭り会場から離れた場所で、あたりは薄暗く足元もよく見えない。しかし、名前は文若と手を繋いだまま、その階段を迷うことなく登り始めた。
「名前、この上に何かあるのか?」
「何かあるんです。楽しみにしててください!」
周りに人はほとんどいない。階段を登るたびに名前の下駄がカラコロという足音をたてる。
長い階段を登り切ってたどり着いたのは、見晴らしのいい高台だった。
薄暗くて静かな場所だ。普段は公園として使われているのだろうか。大きな広場があり、街路樹のような木々がぽつぽつと植えられている。
祭りの屋台も街灯もなかったが、そこにはすでに多くの人々が集まってきていた。皆、何かを待っているようだ。
「このような場所ががあったとはな……」
「……あ、文若さん! 孟徳さんたちいましたよ!」
「常務が……?」
名前の視線の先。さりげなくいい場所を陣取っている馴染みの面々がいた。
「――ふたりとも、やっと来たね」
「――おお、やっと来たか、お前たち」
「常務、元譲殿……!」
孟徳の手には缶チューハイ、元譲の手にはペットボトルの麦茶がある。
元譲は孟徳の腹心の部下にして従兄弟で、孟徳の昔からの馴染みだ。ふたりは仕事以外でも一緒にいることが多い。元譲もまた孟徳と同じくカジュアルな装いで、プライベートなのは明らかだった。
文若は改めて彼らに尋ねる。
「なぜ、お二人がこのようなところに……」
「なんだよ、名前ちゃんから教わってないのか?」
缶チューハイを飲みながら面倒くさそうに答えたのは孟徳だ。そんな彼を横目に元譲が補足する。
「もうすぐ名前火が始まる。だから場所取りをしていた」
「名前火?」
「あーこら、なんでバラすんだよ。元譲」
「別にもったいぶるようなことでもないだろう。ふたりとも早く来い。そろそろ始まるぞ」
「行きましょう! 文若さん」
その数分後。
ひゅるる……という大きな音とともに夜空に一筋の煙が上がると、周囲の見物客がにわかにざわめいて。
大音響の破裂音とともに、漆黒の夜空に大輪の華が咲いた。打ち上げ名前火だ。暗かった周囲がその瞬間、昼間のように明るくなる。
まるで競い合うかのように、あるいは畳みかけるかのように、次々と打ち上がっていく炎の華。
連続して響き渡る大音響、天上でカラフルな火名前が散りバチバチと雷鳴のような音を立てる。
思いのほか近くで上がっているのか、空を覆うほどに打ち上がったいくつもの名前火は、まるでこちらに迫りくるかのようだ。
「わぁ……! 綺麗ですね……!」
「そうだな……」
ちょうど風下の位置にいた。名前火の熱された燃え殻や熱い灰が、こちら目がけて降り落ちてくる。
ほんの少し手を伸ばせば、長く尾を引きながら落ちてくる名前火のオレンジの炎にすら触れてしまいそうな近さだった。
生々しい炎の熱さ、焼け焦げた灰の匂い。熱帯夜がさらなる熱を帯びて、周囲の観客たちが悲鳴のような歓声を上げる。
不意に。隣に立つ孟徳に小突かれて、文若は彼の方を見た。孟徳は口を動かして何かを伝えようとしてくる。
(て、を、つ、な、げ)
そして、孟徳は名前火に夢中になっている様子の名前を指差す。
ちょうどおあつらえむきに元譲、孟徳、文若、名前の順に横一列に並んでいたが。さすがの文若も知り合いの隣でラブシーンを繰り広げる気にはなれない。
「無理です」
「やらんなら俺がやるぞ」
だから早くしろ、とばかりに。孟徳は文若に蹴りを入れてきた。
「……っ!」
既に酒が回っているのか。今夜の孟徳はいつも以上に容赦がない。
名前と手をつなぐのがイヤなわけではない。むしろ、愛しい名前と触れ合えるのはすごく嬉しい。けれど、やはり知り合いの隣でそんなことをするのは抵抗があるのだ。
しかし、何もせずにいたら再び孟徳に蹴られてしまった。同時に真横から感じる睨みつけるような強い視線。
かくなる上は仕方がない。文若は意を決して半歩横にずれると、さりげなく名前に寄りそった。そして……。
「……っ!」
文若が名前の手を握った瞬間。名前はびくりと身体を震わせたが、それは最初だけで。素直で心優しい名前は、まるで当たり前のことのように文若の手を握り返してきた。
文若が恐る恐る彼女の方を見ると、そこには。頬を染めて嬉しそうに文若を見上げる幸せそうな名前がいた。
名前火よりも彼女のほうがずっと綺麗だ、なんて。
昔から女性に縁のなかった自分が、そのような感慨にふける日が来るなんて思わなかった。
名前は文若と目を合わせてから、自分たちの正面上方に視線を戻すと、文若の方に半歩ほどずれてきた。名前と文若の身体がぴったりとくっつく。
身を寄せ合って、寄り添い合って名前と二人で見上げる打ち上げ名前火。先ほどからずっと繋がれたままの手。
孟徳と元譲の存在など、文若はもう気にならなくなっていた。
この夜が永遠に続けばいいのに。美しい名前火を見つめながら、文若は過ぎゆく夏をただ惜しんでいた。
***
「シャワー浴びてスッキリしました!」
「……そうか」
打ち上げ名前火を見終えて、人混みに揉まれながら帰宅して。文若は己の部屋でパジャマ姿で寛ぐ名前の姿に、なんとなく不思議な気持ちになっていた。
文若の家に戻ってきてすぐ、名前はさっさと浴衣を脱いで着替えてしまったのだ。脱ぎ捨てられた浴衣に帯に和装下着一式は、きちんと畳まれてネットに入れられ洗濯機に放り込まれている。
女性の浴衣が洗濯機で洗えるなんて知らなかった。着付けで腰回りにタオルを巻いてわざと寸胴に見せるというテクニックも。タオルと紐でぐるぐる巻きになっている名前はまるでボンレスハムのようだった。
夢を壊されたとは思っていない。現実など元よりそのようなものだと知っている。美しい白鳥も水面下では必死に足をバタつかせているのだ。
それにしても。パジャマ姿の名前はいつ見てもかわいらしい。まだ湿っている髪も艶めいていて、てきぱきと二人分の冷たい緑茶を用意して、祭りで買ったりんご飴を切り分けている姿も、さすがの手際の良さだ。
「文若さん、お茶にしませんか? りんご飴もありますよ!」
「ああ、頂こう」
そう答えてから。文若は名前を手伝うために立ち上がる。『今日は頑張ってくれてありがとう』あとでそう伝えよう。文若は決意を新たにする。
[chapter:前日談]
夏が苦手だ。ひたすら暑くて過ごしにくくて、熱中症対策に気を遣って疲弊する。そんな愚痴をこぼしたら、年上の友人は鼻を鳴らして笑った。
「それはつまり、お前が独り身だからだろ」
「仰っていることがわかりかねます。孟徳殿」
「ふん、面白みのないやつだな。恋人がいれば楽しくて、そうでなければただ暑いだけでつまらない、ってことだ。海に名前火に夏祭り……。夏のイベントはどれも一人で行くものじゃないからな」
「同性の友人や親類と行っても、それなりに楽しめそうですが」
「それはまぁそうだが。お前が早く夏を好きになれるように、俺は陰ながら祈っているぞ。文若」
「余計なお世話です」
そんなやりとりをした学生時代。あの幸せな夏の続きを、文若は今も生きている。
END
あとがき(1500文字)
お疲れ様です、作者です。お久しぶりです。
最後に更新したのが3月なので5か月ぶりですね。その間色々ありました。
福岡市内から北九州市に引っ越ししたり、
百日咳に罹患して某駅のコンコースで激しく咳き込んで嘔吐して
駅員さんや通行人の人に救助されたり、
激しい咳が治らなくて夜中の1時に救命救急にかけこんで鎮静剤を注射されたり、
呼吸器内科に長期間通院して万単位の金額を溶かしたり……。
皆さまはこんなことのないように、元気に過ごして下さると嬉しいです。
私は今は元気ですが、今年の4~7月は大変で健康の大切さを実感しました。
それはさておきまして、今回のお話についてです。
文若さんたちと一緒に夏祭りや名前火に行きたいなと思って、
今回のお話が出来上がりました。
打ち上げ名前火っていいですよね。北九州だと地元の名前火大会が関門海峡になります。
(つい先日行ってきました。とても楽しかったです)
今回のお話、イメージモデルや参考は以下になります。
・いちご飴
→伊〇きんぐのいちご飴(天神の路面店、福岡ら〇ぽーと限定だったと思います)
伊〇きんぐの練乳入りのいちご飴は本当に美味しいので、
皆様も福岡天神にお越しの際はぜひご賞味ください。
・名前ちゃんの浴衣
→ディー〇というブランドのものです。ちなみに丸の中はタが入ります。
とてもかわいいので、ぜひ画像検索してみてください。
個人的に浴衣はディー◯とウタ◯ネが好きです。
今回もかわいくてかっこいい文若さんや名前ちゃんや
孟徳さんや元譲さんが書けて楽しかったです。
皆様にも孟徳軍の皆と過ごす夏を楽しんでいただけたら嬉しいです。
今作は夏祭りのお約束を盛り込めて良かったです。
屋台を見物して買い食いしてイチャイチャして、
知り合いと出会って冷やかされて、最後に名前火を見てイチャイチャして……。
友人カップルのデート現場に遭遇して男の子が不甲斐なかったら
「手くらいつなげよ!」と注意するのもあるあるですよね
文若ルートハピエン後の孟徳さんは情緒が安定していて頼りになるなと思いました。
今回も文若さんと名前ちゃんの仲を取り持ってもらってます。
(手をつなげ!お前がやらんなら俺がやるぞ!)
と文若さんに蹴りを入れる孟徳さんも、とてもお気に入りです。
話を戻します。
今回のメインテーマは人の多い屋外でのキス、つまり路チューです。
文名前で路チューって似合わないかなとも思ったのですが、
書いていてとても楽しかったです。
お祭りで浮かれて名前ちゃんにがっついてしまう文若さんが愛おしいです。
恋戦記文若ルート本編の二人で挑む最後の軍議の文若さんの
「大丈夫だ。私がついている」という台詞がすごく甘く優しくて大好きで、
今回それをもじってみました。
→「大丈夫だ。どうせ誰も見ていない」
もちろん大丈夫なわけなく、文若さんは多分
適当に言っているだけなんですが、書けて満足しています。
この台詞もとてもお気に入りなので、
皆様もCV竹◯さんで脳内再生していただければ嬉しいです
恋戦記ゲームのおまけシナリオの嵐の夜のキスシーンも良かったですよね
路チューのシーンはねっとりガッツリ描写を頑張ったので、
皆様にも燃えていただけたら嬉しいです。
それではここまでお読みくださり、ありがとうございました。
また次回、お目にかかれましたら幸いです。
◆自分用メモ
(別件メモ)部屋でできるプラネタリウム(セ〇のホームスター)ネタをいつか描きたい
ミュシャ展を参考に美術館デート、できれば孟徳さん。
そのあと名前ちゃんの服を買いにデパートに。ワンピースとかサンダルを買ってもらう。
浴衣でも可。もしくはお茶をしたりアイスを食べたり