ねこのひかる
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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シャワーを浴び終えた名前はベッドの上に座って、猫の姿の光の身体を温かな蒸しタオルで綺麗にふいてあげていた。
バスタオル一枚を身体に巻き付けただけの名前の姿は、とても肉感的で魅力的だ。湯上りの上気した肌は匂い立つような美しさで、湿り気を帯びた艶やかな髪からはシャンプーの香りが漂っている。
しかし、光の身づくろいをしている彼女の表情は、穏やかで落ち着いていて、大切な人を慈しむ愛情深い女の子そのものだった。
光の身体をふき終えた名前は、彼を優しく抱え上げ、小さな声で問いかける。
「……光、大丈夫?」
猫の姿の光はこくりと頷く。彼の返答に名前は涙を浮かべて微笑んだ。そして、瞳を閉じて愛猫に唇を寄せる。ひとときのあいだ口づけを交わして。名前が目を開けると、そこには人の姿の彼がいた。
彼女の頬を一筋の涙が伝い落ちる。これで、最後。一線を越えてしまったら、もう二度と光は人間になれなくなる。だから今夜が、人の姿の彼と過ごせる最後の夜。
光の瞳も潤んでいた。初めて出会ったころと比べて、ずっと精悍さを増した彼の顔つきに、名前の胸が締めつけられる。いつの間にこんなに格好よくなったんだろう。かつての我儘な幼い少年の面影は、もうそこにはなかった。
病気でやつれたせいだろうか。それとも、数々の苦難や試練が彼を大人にしたのか。
「……光、大好きだよ」
その言葉は、ごく自然に名前の唇からこぼれ落ちる。
「……俺も、愛してる」
いつもは「知っとるわ」とか、照れ隠しではぐらかしてばかりだったのに。光は名前の目を見つめて、真面目な顔でつぶやく。
初めて聞いた光からの「愛してる」の言葉に、名前はさらに涙をこぼす。ぶっきらぼうでそっけない彼からの、素直な言葉はとても嬉しい。けれど同時に、本当にこれで最後なのだと思い知らされて悲しくなった。
光は名前の頬に片手を伸ばした。指先で優しく涙をぬぐう。
「ごめんね光、泣かない約束なのに……」
ぽろぽろと涙を零しながらも、名前は光に謝る。
泣かないというのは、光の病が発覚してしばらく経ってから、二人でした約束だった。苦しくても寂しくても、残りの時間を明るく過ごそうと、光の方から言い出したこと。しかし。
「いや、それはもうええねん」
彼はきっぱりとそう言って、名前を見据えた。
「もう泣いてええで、名前。お前の涙は全部俺が受け止める」
「……光」
「泣くなとか無茶なこと言うて、今まで辛い思いさしてごめんな」
「……ッ」
彼の真摯な言葉に名前は喉を詰まらせる。思わず俯いた。固く閉じられた彼女の瞳から、美しい涙が頬を伝い落ちてゆく。光は名前をそっと抱き寄せて、艶やかな髪を優しくなでた。
ひとしきり光の胸で泣いたあと。名前はおもむろに顔を上げた。
「……ありがとね、光。私も光のこと全部受け止めるよ」
目元はまだ赤いけど、憑き物が落ちたかのようなすっきりとした笑顔。
久しぶりに見た彼女の心からの微笑みに、光は胸を打たれる。
やっぱり名前が好きだ。たとえこれが最後だったとしても。同じ人間の男の子として生まれて、普通の恋が出来ればそれが一番だったけど。
猫でも一緒にいられてよかった。一日わずかな時間でも、人の姿になって同じ目線で愛し合えてよかった。光は改めて思いを深くする。
「……名前、ありがとな」
口の端を上げて淡く笑って、光は彼女の気持ちだけ受けとってお礼を言った。
最初で最後だけど、だからこそ優しくするつもりだ。昔のように自分の身勝手な欲望を押しつけたり、醜い感情をぶつけたりはしたくない。
今の彼の心にあるのは、繊細で心の優しい恋人を大切にしたいという気持ちだけだった。自分のことなど欠片もない。
かつての彼は真逆だった。彼女が好きだと口にしながら、しかし光は、自分の都合しか考えていなかった。名前を通して、彼はいつも自分自身の幻を追いかけていたのだ。
けれど今は違う。本当に彼女のことを想っている。以前よりもずっと大人になった自分に、光は気がつかない。
「……ほら、こんなぐしゃぐしゃにして」
光はわずかに苦笑すると、名前の泣きぬれた目元を指先でそっとなぞった。そして、そのまま彼女の頬に手のひらを滑らせる。
二人の間に沈黙が落ちる。不意に光は真顔になった。濡れた瞳で名前を見つめる。雰囲気を察した名前がそっと瞳を閉じる。
最初はまなじり、次は頬、そして首筋。名前の顔のあちこちに光は唇を寄せていく。そして、光は名前を抱きしめるとそのまま押し倒した。シーツの上で二人は抱き合い重なり合う。
名前は光の背に腕を回した。早く先に進みたい気持ちと、今のままこうやって互いの温もりを感じていたい気持ちと、先に進むのが惜しい気持ち。それらが全部ないまぜになって、二人は何をするでもなくじっとしていた。
光はぼんやりと考える。以前、行為の最中に妖精二人に邪魔されたときはあんなにも悔しく、早くことを進めておけばよかったと後悔したのに、不思議だ。
今この瞬間がこんなにも惜しく感じるのは、最初で最後だからだろうか。これを終えてしまったら、もう二度と人間になれなくなるから。……けれど、欲求に忠実な自分の下肢はしきりに何かを訴えてくる。
しばらくして。
「……名前、バスタオル取ってもええ?」
名前から身体を離して、光は彼女に問いかける。恥じらいに戸惑いながらも、彼女が頷くのを確かめて。光は自分の着衣を脱ぎ捨てた。下着姿になる。シーツの上に寝そべる彼女が頬を染めたのに、淡い微笑みで応えて。
光は名前の身体を包むバスタオルを解いた。緊張に息を呑み、名前は身体を固くする。まだ部屋の灯りはついたままだった。そんな中で自分の裸を見られてしまうなんて。
光の眼前に名前の白い身体が晒される。ショーツだけを身に着けたしなやかなで美しい裸身だ。膨らんだ胸の突端は愛撫を求めてすでに勃ちあがり、ウエストは折れそうなほど細く、それなのに腰部は適度なボリュームがあって女性的だった。すらりとした長い脚も美しく、光の胸の内になでさすりたい衝動が沸き起こる。
「名前…… めっちゃ綺麗……」
彼女の裸身を見おろしながら、光は恍惚に浸った様子でつぶやく。
「光……」
名前は恥ずかしそうに頬を染める。自分の裸の感想を聞くと言うのはやはり照れ臭い。しかし、光には羞恥も照れもないようで、まっすぐな瞳で彼女の身体を見つめながら続ける。
「……ずっと、名前とこうなりたかった。人になれんくなっても、こうやって愛し合いたかった」
そこまで口にして、光は不意に言葉を切った。そして、喉を詰まらせると。まるで嗚咽を漏らすように続けた。
「……前みたいなんじゃなくて、今度はちゃんと」
光の脳裏に、以前たった一度だけ名前の身体を求めたときのことが蘇る。あのときは。名前への愛などではなく、自分の不安を埋めるために彼女を求めた。
自分の一方的な感情をただ相手にぶつけることが愛だと思っていた頃の、自分のためだけの行為。思えばあのときも、名前に随分ひどいことをしていた。
けれど名前は不安そうにしながらも、懸命に自分を受け入れようとしてくれた。そのときの彼女の健気な姿を思い出し、光の瞳から涙が溢れる。
「光……」
急に泣き出した彼を、名前は心配そうに見上げる。しかし、光はすぐに落ち着きを取り戻すと、再び自分の目元をぬぐって、小さく息を吐いた。
「……絶対優しくする」
「うん……」
以前も聞いた言葉だ。けれど、素直な名前は感激に瞳を潤ませる。光は左耳の銀のピアスを外してベッドサイドに置くと、名前の身体に覆いかぶさった。
やっとこうなれた。ようやく結ばれる。名前は光の身体の重みの全てを受け止めながら、これまでの二人の思い出を脳裏に蘇らせていた。
猫カフェで出会って五年。ずっと一緒だった。嬉しいときも、悲しいときも。いつだって自分の隣には愛しい光がいてくれた。かつては猫で今は人間の男の子。どちらの姿でも大好きな気持ちに変わりはない。
名前は光の背に腕を回す。意外なほど大きなその背に、名前は改めて涙をこぼす。今までは、我儘で可愛い弟のような彼を自分が守っていたと思っていたのに。いつの間にか逆転していた。
困難な状況の中でも、思えば光はいつだって自分の出来る全てで名前を守り支えてくれた。広く大きな彼の背中は、彼の愛情そのものだ。
裸の肌を重ねながら、名前と光はきつく抱き合う。今まではどんなに好きでも片恋をしているような感覚だったけど、やっと結ばれる。ようやく愛し合う二人がひとつになれる。
やがて光の手によって照明が落とされて、部屋は常夜灯の灯りだけになる。淡く優しい光の満ちる薄闇の中、光と名前は絡み合う。まるで、シーツの海で溺れるように。
***
名前のしなやかな裸身を手のひらでなぞるたびに、彼女は身体を震わせて、熱い吐息にあえかな声を漏らす。
触れたら反応があることが、自分の愛撫のたびに名前が反応を返してくれることが、光にとっては涙が出るほど嬉しい。
昔は自身の欲望を鎮めるために、眠っている名前の身体に、本人に気づかれないように触れていたこともあった。
あのときは最低なことをしている自覚と、苦しいほどの罪悪感の中、自分を抑えながら彼女の身体を愛撫していたけど。
今はもう、そんなことを気にする必要はない。何の遠慮もなく全力で、彼女を愛せる。
たった一度きりだけど、合意の上での営みはなんて幸せなんだろう。名前とこうなれるなんて、どんなに好きでも不可能なんだと思っていた。まるで夢のようだ。
「……ッ、名前」
「光……」
「名前、好き……」
「私も……」
互いに名前を呼び合って、愛を囁き合って。光は名前の頬に口づけて、細い首筋に顔を埋めた。
唇にキスはできないから、他の場所にするしかない。首筋やデコルテのなめらかな素肌に、光は唇や舌を這わせてゆく。
乾ききっていない艶やかな髪からのシャンプーの香りを楽しみながら、光は自分の手のひらを彼女の下方にすべらせた。
柔らかな胸の膨らみを包み込むようにして揉みながら、光は名前の首筋に歯を立てる。雄猫らしい性衝動の発露だ。
「……ッ」
名前は息を呑み一瞬だけのけぞると、しかし恥ずかしそうに唇を噛んだ。その仕草の意図を察した光は、名前の耳元で囁きかける。
「……声、我慢せんで」
熱を帯びた囁きに苦しいほどの切なさをにじませて、光は名前にそうねだる。
最初で最後だから。光は名前の全てをしっかりと自分自身に焼きつけたかった。脳髄を麻痺させるような甘い喘ぎも熱い吐息も、真っ白な裸の身体も、全部。
「……光」
まだ恥ずかしそうにしながらも、けれど名前は光に乞われるまま、声や喘ぎを我慢しないようにする。とはいえ、初めての行為で羞恥心を捨てられるはずもなく、名前の喘ぎは控えめだった。
しかし、愛しい光の愛撫は名前が戸惑ってしまうほどに心地よく、彼女の身体はどうしようもないほど昂ぶって。名前は思わず真っ白な身体をよじっていた。その場所が熱く潤んでゆくのが自分でも分かる。
光は名前の首筋を何度も甘く噛みながら、先ほどまで彼女の胸の膨らみを愛していた手のひらを、彼女の下部に進めてゆく。腹部や腰をなでながら下方に降りて、彼女の太ももに触れる。
じれったそうに、名前は身じろぎをした。そんなところじゃなくて、早くもっと深い場所に触れて欲しい。
名前の太ももをゆっくりと往復していた光の手のひらは、いつしか彼女の脚の内側に入れられる。反射的に名前は緊張に息を詰め、身体を固くする。そんな彼女を落ち着かせるように、光は改めて声を掛けた。
「……力抜いて」
「うん……」
彼に言われるがまま、名前は強張った身体を緩めようとする。
緊張はいまだに抜けないけれど、自分なりに心を落ち着かせて、ゆっくりと深呼吸をしながら身体を弛緩させていった。すると。
「……っ」
名前の全身にむず痒いような不思議な心地よさが広がった。まるで水面をたゆたうような浮遊感だ。これが愛の営みの快楽というものなのだろうか。
自分の知らない感覚に戸惑いながらも、名前は光の指先がもたらす心地よさに身体を委ねる。今夜は身も心も彼に預けて彼の全てを感じたい。そして。
「――ッ!」
名前の身体を電流にも似た甘い刺激が駆け抜ける。下着の上から、光が名前のその場所に触れたのだ。
しかし、名前は深く息を吐きながら再び身体を弛緩させると、光の指先を招き入れるように自ら脚をわずかに広げた。
熱く甘い息遣い、ときおり漏れる羞恥と悦びの混ざった喘ぎ。名前のそれを感じながら、光は彼女の身体のさらに奥まで分け入っていく。
薄い布越しにひっかくように、なぞるように。割れ目を刺激するたびに、名前は光に応えるように甘い声を上げる。
名前のそこは下着越しでも分かるほどに柔らかく熱くなっていた。じんわりと沁みだした水のような体液が、下着を濡らし光の指先までも湿らせる。
「……っ、ひかる」
とろんとした焦点を失いかけた瞳で、名前は彼を見上げてくる。いかにも物欲しげなその表情に、光はつい口元を緩めてしまう。
「……名前、きもちええ?」
「……きもちいい」
恍惚に浸りきった様子のはにかみ笑顔は愛くるしく、光は満足げに笑う。そして。
「……脱がすで?」
名前の下着に光の指がかかった。返事の代わりに名前は腰を浮かせる。下着がするりと脱がされて、名前は一糸まとわぬ姿になった。
光もまた下着を脱ぎ捨てると、名前のむき出しのその場所に優しく触れた。
「ッ!」
名前は緊張に息を詰めるが、光に抵抗したりはしない。それどころか、深く息を吐いて、熱く潤んだ自分自身を光の前にさらけ出す。今までの丁寧な愛撫によって柔らかくなっていたそこは、彼の指を素直に受け入れた。
これまで誰の侵入も許したことのなかった、ぎごちなさはあっても。名前のその場所は光が指を動かすたびに、粘性の水音をさせながら、彼の思い通りに形を変える。
「……あっ……ん……」
光にその場所を広げられながら、名前はうっとりと声を上げた。自分の体内でゆるゆると動く彼の指先はたまらなく心地よく、名前は恍惚に浸りながら一糸纏わぬ白い身体をのけぞらせる。
光は名前の反応を確かめながら、彼女のそこに差し入れている指をさらに増やして、熱く濡れた内側をよりいっそう大きくかきまぜた。
「あっ…… ひかるッ……」
身も心も、全てを彼に委ねて。自分自身の全てを光に見せながら幸せそうに喘ぐ名前は、息を呑むほどに可愛らしい。 愛くるしくも淫らなその姿から、光は目が離せない。
「……ッ、名前 ……めっちゃかわええ」
光は身体をよじって悶える名前を見おろしながら、彼女のその場所のさらに深くまで指を進める。
光の指遣いに応えるように、名前の喘ぎがさらに甲高くなってゆき。ひとときの間、常夜灯のともった寝室に淫猥な水音と名前の甘い喘ぎだけが満ちた。
気が済むまでそうしてから。光は名前のそこから指を抜くと、彼女の膝裏を掴んで脚を大きく広げさせた。
「ッ、光……」
羞恥に戸惑う名前に構わずに、光は名前のその場所に張り詰めた自分自身をあてがった。いよいよそのときがやってくる。名前は息を詰め、怯えと期待に長い睫毛を震わせる。そして。
「……ッッ!!」
自分自身の内側が、固さを持った何かに押し広げられてゆく痛みに、名前は眉を寄せて呼吸を止めた。小さな抜き差しを繰り返しながら、少しずつ回数を分けて。光は充血しきった自分のそれを彼女の中に沈めてゆく。
しっかりと慣らしたとはいえ、今夜が初めての名前にとっては、その圧迫感はやはりすさまじく。名前の額に汗が浮かび、眉間の皺がさらに深く刻まれる。
けれど、大切な光がくれるものなら、この痛みすらも愛おしい。名前はシーツを握りしめながら痛みに耐える。長いのか短いのか、分からないほどの時間が経って、ようやく。彼の動きが静止する。
「は……ッ」
光は小さくため息を漏らすと、名前に心配そうに尋ねかける。
「……名前、平気か?」
苦しそうにしながらも、名前は小さく頷く。痛みに声が出ないのだろうか。
「……ごめんな、もう少しやから頑張って」
優しくそう囁きかけると、光は名前の目尻にキスを落とした。その温かな思いやりに、名前の表情がわずかに緩む。今度は彼女の頬にキスをすると、光は再び口を開いた。
「……名前とこうなれて、めっちゃ嬉しい」
吐息交じりの切なげな囁き声に、名前の目尻をもう何度目かの涙が伝う。
――私もだよ。そう答えたかったが、名前の唇に言葉は乗らない。しかし、口にせずとも光には伝わっているはずだ。
身体を繋げて、光は名前とじっと抱き合った。抱擁を続けながら、光は彼女からほんのわずかに身体を離すと。彼女の気を散らして痛みを和らげようと、その顔中に口づけを落としていった。
泣きぬれたまなじりに、なめらかな頬、そして自然な流れで、光は名前の唇にキスをしようとして。
「……ッ!」
息を呑み、寸前で制止した。唇を重ねたら自分は猫に戻ってしまう。光は誤魔化すように彼女の頬にもう一度口づけて、細い首筋に顔を埋めた。
せっかく念願かなって裸の身体を重ねているのに。そこにだけ触れられないのが、どうしようもないほど苦しい。
禁じられると、よりいっそう焦がれて切なくなる。しかし、こればかりは自分にはどうすることもできない。
だけど、それでもいい。たとえたった一度きりの愛の営みで、唇に口づけることすら叶わなくても。大好きな名前と身も心も結ばれることができた、もうそれだけで充分だ。
愛する人と肌を重ねる尊さと素晴らしさを想いながら、光は名前の身体を夢中で感じた。真っ白な肌の滑らかさ、彼女の匂い、温かな体温、そして心臓の鼓動に至るまで。
ゼロセンチの距離で重なり合う素肌。世界で一番お互いを近く感じる。出来ないことがあっても気持ちで埋めようと、心の内で光が誓った、そのとき。おもむろに名前が口を開いた。
「……光、わたし幸せだよ」
「名前」
「……光と、こうなれてうれしい」
「俺もやで……」
ほんまに嬉しい、その言葉は声にならない。けれど、名前は分かっているはずだ。何年もの時間をかけて、信頼を積み重ねてきた。一緒に過ごした時間の長さは二人の絆そのものだ。
――この夜を忘れ形見にする。光は改めて心に誓う。たった一度きりの行為でも、自分の心に爪跡を残す。永遠に消えない思い出を。彼女と生きて恋をした証を、この身体と心に残していく。
胸を裂く切なさも、気が遠くなるほどの痛みや罪悪感も。人を愛するときめきも、気持ちに応えてもらう幸せや喜びも。全てこの恋がもたらしてくれた。
これほどまでに大切で、心ごと自分の全てを捧げられるのは。後にも先にもきっと彼女に対してだけ。
「……名前。愛しとる」
そのつぶやきが届いたのか、名前は幸せそうに微笑んだ。
挿入の痛みも薄れたのだろう。彼女の満ち足りた笑顔を見届けて、光はわずかに身体を浮かせた。
海底をゆったりと泳ぐような、始めはそんな感覚だった。緩やかな光の抜き差しに、名前は熱い息を吐く。
「……ッ、は……」
呼吸を止めてしまうと、体が強張るのか余計に痛く感じてしまう。
「……名前、力抜いて」
「んッ……」
返事の代わりに、甘い喘ぎを返した。名前は意識が痛みに向いてしまわないように、意図的に気を散らして身体の力を抜く。
深い呼吸をゆっくりと繰り返して、余計なことは考えないようにする。
「……ん、ええで」
上方から光の嬉しそうな声が降り落ちてくる。
彼の声に安堵した名前はさらに身体を弛緩させ、光と繋がりあっているその場所から、全身に広がっていく快感と、自分に覆いかぶさっている彼の身体に意識を集めてゆく。
ぎこちないながらも、光自身がもたらす快感に身を委ねようとしている名前を見おろしながら。光はゆったりとした抜き差しを絶え間なく繰り返す。
彼が腰を揺らすたびに感じる身体の重さ、全身で感じる彼の裸の肌の滑らかさや温もりに、名前は瞳に涙が浮かぶほどの喜びを感じる。
何にも代えられないほどの充足と幸福だ。今このときが永遠に続けばいいのに。
もっと彼を感じたかった名前は、光の身体に腕を回してしがみつき、自分の両脚を彼の腰に絡めて、彼の腰部をさらに彼女自身に引き寄せた。同時に、彼のものが彼女の体内のより深くまで到達する。
「あッ……」
名前は小さな声を上げた。苦しみと悦びのにじんだ喘ぎを漏らした。
「っ、くっ……」
光もまた名前の耳元で熱い息を吐く。光の切ない呻きが名前の鼓膜を震わせて、名前はその場所をさらに潤ませた。同時に彼女のそこが、彼自身をきゅっと締め上げる。
「ッ、名前…… めっちゃ気持ちええ……」
さらに昂ぶった光はうわごとのようにつぶやくと、そのまま名前の唇にかじりつこうとしたが。
「――ッ!」
唇が触れ合う寸前、光は息を呑んで動きを止める。危うく猫に戻ってしまうところだった。彼女のふっくらとした唇は、今の光にとっては禁じられた聖域だ。触れることすら叶わない。
あまりの不自由さに、光の胸の内にどうしようもないほどの飢餓感が込み上げる。
昂ぶった情動を抑え込むべく、光は名前の首筋に歯を立てた。いかんともしがたい欲望を発散しようと力を込めて噛みつく。
こうするのはもう何度目だろうか。しかし、今回の噛みつきでは、光は加減を忘れていた。
「ッ……!」
あまりの痛みに、名前は顔をしかめて眉根を寄せる。彼女の薄い皮膚が破られて、暗赤色の静脈血が傷口ににじんだ。
我を忘れた彼に無垢な素肌を傷つけられて、しかし名前の胸には愛しさと喜びが込み上げる。
まだ猫カフェからもらってきたばかりの、光の子猫時代。遊びや給餌の時間に興奮しすぎて落ち着きを失った光に、名前はよく噛まれていた。その悪癖はすぐに直ったんだけど、あまりにも懐かしい。
――この傷跡がずっと残ればいいのに。生まれて初めて恋をした愛しい彼に、永遠に消えない傷をつけられたい。記憶だけでは物足りない。彼が生きた証を、彼と愛し合った証を、自分の心と身体に残して欲しい。
「……光、もっと……」
我知らず、名前はそう口にしていた。
「もっとして、光……」
「……名前」
彼を欲しがる彼女の言葉に、欲求を抑えきれなくなった光は、名前の裸の腰部を押さえつけて、抜き差しのペースを上げていく。最初はたゆたうような緩やかさだったのに、今は打ちつけるような速さだ。
光の激しい揺さぶりに、名前は彼の肩口にしがみつく。振り落とされてしまわないように。
そしていつしか、ついに光はそのときを迎える。勢いをつけた抜き差しが限界まで早くなった、その瞬間。光はありったけの力を込めて、充血しきった自分自身で彼女のその場所を貫いた。同時に。
「……ッ!」
小さな呻きとともに、光は名前の体内に真っ白な熱を注ぎ込む。彼女の中で自分のものが脈打つのを感じながら、光は夢中で名前を掻き抱き、その唇に食らいつくように口づけた。
名前の頭部をシーツに沈めるように押しつけての深いキス。唇にキスをしたら猫に戻ってしまうとわかっていたのに、どうしても我慢できなかった。
――けれど。唇を離しても、光は猫の姿に戻らなかった。口づけを終えても、人の姿のまま。
この世に奇跡があるとしたら、それは解けない魔法のことだ。そう、きっと今のような。
魔法はいずれ解けるけど、解けない魔法は奇跡だ。唇を離して見つめ合った光と名前は、涙を浮かべて微笑みあって、神様がくれた奇跡に感謝した。
それでも光は、七時間後には猫に戻って、二度と人になれなくなるけど。この思い出は永遠だ。忘れてしまわない限り、ずっと自分たちだけのもの。
思い残すことのないように強く愛し合った二人は、ベッドの中で裸で抱き合う。行為の余韻でいまだ昂ぶる身体を寄せ合うと、互いの胸の鼓動を感じた。
激しい行為で汗ばんだ素肌や、上昇した体温にも、たしかに息づく命を感じる。温かい。生きている。当たり前のことのはずなのに、その尊さに二人は泣いた。
――今夜は一生の記念だ。絶対に忘れないよ。この思い出を忘れ形見にして、別々の運命を生きてゆく。
一糸纏わぬ身体を重ねて愛を交わして、二人の心と身体に刻んだ深い爪跡。
悲しみも苦しみも、ときめきも幸せも。全部この想いが、この全てを賭けた恋が、もたらしてくれた。
常夜灯の灯りの中。毛布にくるまって、光と名前は見つめ合う。まだ二人とも服も着ていない。
寒い夜はいつもこうやって二人寄り添って過ごしてきた。裸の身体を寄せ合うのは初めてだけど――
「……名前、好きや」
涙に潤んだ瞳で、光は名前に囁きかける。もう何度目だろう。けれど何度口にしても言い足りることはない。
「……私もだよ。光を好きになってよかった」
「名前……」
「……私のこと、好きになってくれてありがとね」
「ッ……!」
名前のその言葉を聞いた瞬間。光の瞳からついに涙が溢れる。
ずっと負い目があった。自分のせいで名前を苦しめていたと。本当は自分なんかが好きになってはいけない人だと、ずっと後ろめたさを感じていて。自分の我儘な想いのせいで、何の罪もない彼女を茨の道に引きずり込んでしまったと思っていたから。
しかし、光は今、名前の一言に救われた。やはり彼女は自分の全てだ。飼い主で恋人で、女神のような救世主。家族であり、人生の伴侶でもある。
短い一生だったけど、名前とともに生きれてよかった。試練の多い苦しい恋で、辛いことも沢山あったけど。それでも、それ以上の幸せをもらった。不器用で幼くとも、愛し愛されて幸せだった。
そばにいてくれてありがとう。一緒に生きてくれてありがとう。光は改めて胸の内でそんなことを考える。
「……光と結ばれて幸せだよ。私たち、やっと通じあえたんだね」
頬を染めて微笑む名前に、光もまた満ち足りた気持ちになる。口の端を上げて淡く微笑んだ。
彼女と身体を繋げてようやく自分の心に生まれた温かなともしび。それがきっと愛なのだろう。
――やっと結ばれた。もう思い残すことなんてない。光は無意識にそう思う。
最初はお別れなんて嫌だった。永遠に一緒にいたいと思っていた。
けれど今やっとわかった。永遠じゃないからこそ、かけがえのないほどに愛おしく大切なのだ。限りある命のきらめきは、何にも代えがたいほどにまぶしく尊い。
しかしそれは、余命わずかというところで神の奇跡が起きて、こうやって愛し合えたからこそ知ったことだ。
(……ありがとな、名前……)
愛してくれてありがとう。ペットとして家族として、そして恋人として。光は名前を抱きしめる。名前もまた彼の背に腕を回して涙をこぼした。
「……寝ちゃうのもったいないよ」
「また朝会えるやろ、今回は四百十分なんやから」
約七時間。これなら朝まで一緒にいられる。
「……でも」
「……名前は我儘やな」
穏やかに瞳を細めて、光は名前の頬を突いた。自分に甘えてぐずる姿すらもたまらなく愛おしい。これが最後かと思うとなおさら。
「……だって」
不満そうにしながらも、しかし、名前は次第に落ち着きを取り戻してゆく。そしていつしか、彼女は安心しきった様子で眠ってしまった。
長い間、抱え込んでいた苦しみから解放されたからだろうか。その寝顔は穏やかで、眠りもとても深そうで、ちょっとのことでは起きないだろう。
自分の腕の中で幸せそうに眠る名前の姿に、光は安堵する。けれど、不意に全身が痛みだし、光は苦痛に眉を寄せる。視界がぼやけると同時に、意識と痛みが遠のいて。光は吸い込まれるように眠りにつく。
愛する名前を腕に抱いて穏やかに眠る光の姿は、とても満ち足りて幸せそうだ。しかし、その彼が目を開けることはもう二度となかった。
***
カーテンから差し込む朝日で、名前は目を覚ました。ベッドサイドの時計を見ると、まだ日が昇ったばかりの明け方だった。
行為の余韻はまだ残っていた。まるで長距離を泳ぎ切ったような倦怠感。まだ身体はだるかったけど、名前は幸せな気持ちに包まれていた。
(ついに光としちゃったんだ…… わたし……)
裸の身体を毛布で隠すようにしながら、名前は起き上がった。あらかじめ手近な場所に用意しておいた部屋着に手を伸ばす。いつまでも裸のままなのは恥ずかしく、そして季節柄少し寒かった。
今は冬だ。最中は暖房をつけていて暖かかったけど、それが消えて数時間が経った現在は、裸では風邪を引いてしまいそうで。
そそくさと部屋着を着終えた名前は、カーテンの隙間から漏れてくる光に気がついて、窓の外を見た。
薄日の射す冬の明け方。外は美しい銀世界だった。真っ白な雪に覆われた地表が、陽光を反射して淡く輝いている。
「わあ、綺麗……」
名前は感嘆の声を上げる。こんなに積もったのを見たのは一体どれくらいぶりだろう。
美しい景色を目にすると、名前はいつも光のことを思い出す。彼に見せてあげたい。空気の冷たい寒い季節は、なぜか切ないほどにそう思う。
ビロードの夜空に瞬く星々のもと、二人で手を繋いで歩いた住宅街の小路。あたりを柔らかく照らすオレンジ色の街灯に、まぶしいコンビニの明かり。
一緒に過ごした日常のそんな些細な光景が、今となっては胸が苦しくなるほど愛おしく感じる。
名前はカーテンを開け放すと、ベッドの方を振り返った。
「――光、見て! 雪が積もってるよ!」
寝室に響く明るい声。しかし、その声には何の返事も返ってこない。異様なほど静まり返った室内に、名前は本能的に違和感を覚える。
「……光?」
ベッドを見ても、誰も使っていないように見える。人の姿の彼が眠っていれば、それだけ掛け布団が膨らんでいるはずなのに、それがない。まさかと思い、名前は慌てて布団をめくる。
「――ッ!!」
シーツの上には、小さな黒い亡骸があった。まるで眠っているように安らかなその死に顔は、彼が幸福に包まれて天に召されたことを物語っていた。
「光……」
触れてみると、まだかすかに温もりがあったけど。死後硬直は恐ろしいほどの早さで進んでいく。温かく柔らかかった彼の亡骸は、あっという間に冷たい石のように固くなる。
生前はあんなにも伸びやかでしなやかだったのに。冷え切ってコンクリートのように固くなった光の身体は、前足の関節をほんの少し折り曲げてやることすら叶わない。
「……ッ!!」
小さな亡骸を抱きかかえて床に座り込み、名前は声を上げて泣いた。彼の名前を何度も呼ぶ。
――ひかる、ひかる。
せめて、朝目覚めるまで一緒にいたかった。人の姿でも猫の姿でも、どちらの姿でもいいから。こんなの。
「……早すぎるよ……」
いつの間にか、窓の外には雪が舞っていた。ある美しい冬の朝。光は薄青く澄んだ空の向こうに、静かに召されていった。
小さな箱にお古のニットを敷いてから、名前は彼の亡骸をそっと安置した。隙間に白い花を詰めて、一輪だけ鮮やかなカーマインレッドのダリアを飾る。冬には咲かない花だけど、菊に似た花姿は弔事に相応しいと思い買ってきたのだ。
深い赤は光の一番好きな色だ。そして、名前の中学時代のセーラー服のリボンの色でもある。それが単なる偶然なのかは、今となっては知るよしもないけれど。
「……できた」
名前はポツリとつぶやいた。手製の棺の中央には美しい花に埋もれるようにして眠る猫の亡骸。その周囲には、愛用のおもちゃにブラシ、メタルチャームのついたリボンなど、思い出の品々を入れた。
やがて、マンションの呼び鈴が鳴った。名前は部屋の時計に目をやる。この時間ならおそらく葬儀業者の人だ。ドアスコープで相手の姿を確認してから、名前はドアを開けた。
立っていたのはまだ若い優しそうなお兄さんだった。手短に挨拶を済ませてから、名前は光の亡骸の入った棺をお兄さんに手渡した。
目の周りを真っ赤に腫らして、いまだに瞳を潤ませている名前に同情したのか、お兄さんも涙ぐむ。
「綺麗な毛並みですね。なんていう種類なんですか?」
「……雑種なんです」
「そうなんですか。可愛がられていたんですね」
元気だった頃と比べて、毛艶は悪くなったと思っていたけど。お兄さんの目には美しく映っていたようで、名前は少しだけ嬉しくなる。
自慢の愛猫だ。その気持ちは相手が天に召されても変わらない。きっと永遠に変わることはないだろう。これから先どんな出会いがあったとしても。
改めて、お兄さんは目視で棺の中身を確かめた。入れられているものを見れば、名前と光がいかに強い絆で結ばれていたかがわかる。
美しい別れ花に、笑顔のツーショット写真、使い込まれて古びているのに、よく手入れされたおもちゃに道具の数々。いかに手を掛けて可愛がっていたか。
お兄さんは小さく頷くと、しかし、申し訳なさそうに口を開いた。
「……こちらのブラシと金具のついたリボンは出して頂けますか。金属のものは燃やせませんので」
くしの部分が金属でできているブラシと、メタルチャームのついた緑のリボン。名前は返事をして、言われた通りに取り出した。
「……形見にすればいいですよ」
穏やかな笑顔を向けられて、名前は唇を噛んで頷いた。大きな瞳に涙が浮かんで視界がにじむ。しかし、名前は泣かなかった。
彼女が涙をこぼしたのは、小さな陶器の壺に入って戻ってきた、かつて彼だったものを目にしてからだった。
――そして、七年の月日が流れる。