ねこのひかる
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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名前の匂いが好きだ。甘くて温かいミルクのような、あるいは天日干ししたお布団のような、そんな安らげる優しい匂い。
なんとなく生き別れた母猫が思い出されて、名前が不在で寂しいときは、光はよく猫ベッドに入れてある、彼女のお古のニットに顔を埋めている。その匂いを胸いっぱい吸い込んだり、柔らかな生地を揉んだり吸ったりして、気持ちを紛らわせるのだ。
ニットは本人じゃないけど、ひとときの寂しさを埋めるには充分だった。けれど、代役が本命に敵うわけもなく。名前が家にいるときは光はニットには見向きもせずに、ひたすら名前に甘えて自分を可愛がらせていた。
名前が大好きだ。離れたくない。本当はいつも一緒にいたい。自分はマイペースな猫だから一人でも楽しく過ごせるけど、それでも彼女がいないと時々どうしようもない寂しさに襲われる。
普段はそっけないふりをしていても、光はそんな甘えん坊で寂しがり屋な、可愛い猫の男の子だった。
しかし、現在。人の姿の光はとても満ち足りた気持ちでいた。休日の夜の自宅マンション。ソファーに座ってノートパソコンに向かう名前の膝の上に、光は頭を乗せていた。
大好きな名前の、大好きな膝枕。ゼロセンチの距離でくっついているから、彼女の匂いや気配も濃厚に感じられる。
(……やっぱ、名前の膝の上は最高やな)
いつも通りの無表情で、けれど光は最高の幸せに浸っていた。柔らかくなめらかな人肌と、身体のぬくもり。この幸せな感触を知ってしまったら、毛布やクッションではもう満足できない。同じ匂いがついていても物足りないのだ。やはり名前の、愛する飼い主さんは特別で最高だ。
膝枕以外にも、名前の腕の中にいるときに感じる胸の膨らみの柔らかさも、光はとても好きだった。あのふんわりとした触感は特別で、猫のときも人のときも光は思わずフミフミと揉んでしまいたくなるのだ。
しかし、そんなことばかり考えていたら妙な情動を催してきてしまった。
(……あ、あかん)
光は戸惑いに視線を泳がせる。猫の姿のときはこんなことになったりしないのに。つくづく人間の男の身体というものは、便利なのか不便なのかわからない。どうしようもない気持ちになった光は、相変わらず楽しそうにパソコンの画面を眺めている名前を見上げた。
猫だったらきっとゴハン待ちの顔。けれど、今は人間だから物欲しそうなといった方が適切だ。本当は名前に声を掛けたい。しかし、自分の方から呼びかけるのはなんとなく悔しくて、光は無言で彼女をじっと見つめる。
しかし、幸いなことに名前の方から声を掛けてきた。
「ねぇ光、SNSでねイグアナ飼ってる人とお友達になったんだよ」
「……は?」
「すごいよね。普通のペットと違って飼うの難しいのに……」
種類は違えど同じ生き物を飼うものとしてシンパシーを感じるのか、名前は心から感心している様子だ。けれど、当然のことながら。
(どうでもええ……)
光は小さく息を吐く。他人のペットへの興味など自分が持てるはずはない。マイペースな猫としては自分と飼い主さん以外はどうでもいいし。
「……つか、そんなことして遊んどるんなら、俺を構えや」
人の姿でいられるのは一日たった四時間なのだ。無駄にしたくない。興味が持てない話題ばかりを振られた光はつい不満をこぼしてしまう。
素直になれないから、甘えたいときはいつもこんなふうに拗ねたり怒ったりしてばかり。褒められた振る舞いではないけど、これもまた光の可愛いところだ。それを心得ている名前は動じない。
「あ、そうだったね。ゴメンゴメン」
明るく謝ってノートパソコンの電源を落とした。今からは完全に光だけのもの。しかし、それでも光は満足できなかった。謝り方が軽すぎる。あまりにも適当で貴重な時間を無駄にしている反省が伝わってこない。
「…………」
名前に優しく髪をなでられながら。けれど光は、そんなやつあたりじみた怒りを覚えていた。自分の頭をよしよしとする手つきは、猫の姿の自分をなでるときと全く一緒で、そんなところも気に入らなかった。
姿かたち関係なく、分け隔てなく接してくれているといえば、その通りなんだけど。それでも釈然としない。
飼い猫が一日四時間だけ人間にとか、その飼い猫に愛を告白されてお付き合いしているとか、絶対普通ではないと思うのに。名前はなんだかんだで、以前と変わらずのんびりとしている。
(……アイツは悩んだりとかしないんやろか)
自分はいつも悩んでばかりだ。考えても仕方のないことを、いつまでも。生産性のなさにかけては、自分のしっぽを追いかけてその場でぐるぐると回り続ける、ストレスにやられた犬に負けてない。といっても自分は猫だけど。
(……今の、妙な関係のままでええって、思っとるんやろか)
にわかに光の胸の内に灰色の靄が立ち込める。大好きな名前に膝枕をしてもらいながら、頭をなでてもらっている今は、最高に幸せな時間のはずなのに。光はどうしようもない感情に囚われる。
相手のことが好きで仕方がないからこその、寂しさや苦しさだ。どんなに名前のことが好きでも、しょせんは飼い主とペットで人間と猫。先のない不毛な関係だ。猫の自分が歯がゆくて、人間の男が妬ましく、明るく能天気な彼女本人にも腹が立つ。
やりきれない想いを抑えきれなくなった光は、やおら名前の手首を掴んだ。
「……え、光?」
視界には寝室の天井と、思いつめた様子の恋人。名前は戸惑いを隠せない。リビングで一緒にのんびりとしていたら、なぜか急に抱き上げられて連れてこられた。
「……どうしたの? 何かあった?」
室内を照らすのは、常夜灯の心もとない光だけ。いつも通りの無表情な光が何を考えているのかは、名前には読み取れない。
しかも、彼は何も答えずに名前の首筋に顔を埋めてきた。そのままそこに口づけて、温かく濡れた舌を這わせ始める。まるで、何があったのか当ててみせろとでも言いたげに。
「……ッ!」
肌に跡が残りそうなほど強く歯を立てられて、名前は痛みにに息を呑む。唇にキスができないからか、光はよく名前の首筋に舌を這わせて、そして噛みつく。雄猫らしいといえばそうだけど。
光は何も言葉を発さずに、自分が歯形をつけたその場所に再び舌を這わせ始めた。
「ん……」
まるでくすぐられているようなその感触に、名前はわずかに眉を寄せる。人間の舌は猫の舌とは違って、やすりのようなざらつきはない。だから痛みはないけれど、代わりに妙なむず痒さと興奮を名前の身体の奥にもたらす。
人間の男の子に素肌を舐められるというのは、やはり立派な愛の営みだ。舐められている場所が悪いせいか。名前の意思とは関係なく、彼女の身体は倦んだ熱を持ち始める。
光以外の男の子に、そんなことをされたことなんてないから。名前はどうしていいかわからない。けれど、大好きな光とゼロセンチの距離でくっつけるのは、名前もまた幸せで。
「……もう、甘えん坊さん」
名前は優しくそう口にして、彼の背中に腕を回す。クールで不器用であまのじゃくな光。ときどき何を想っているのか分からなくなることもあるけど、大事な飼い猫で恋人だから、なるべく受け入れてあげたい。
今はなぜかピリピリとしている光を宥めるために、名前は囁くような声で彼に告げた。
「……光、好きだよ」
彼の背中に腕を回したまま、甘い声で言葉を重ねる。
「これからもずっと、私と一緒にいてね」
「……ずっと?」
光の返答にはわずかに怯えがにじんでいた。しかし、名前はそれには気づかないふりをして、こくりと頷いた。
「そうだよ。ずっとだよ」
猫であろうと人であろうと、名前にとって光は何よりも愛しく大切な存在だった。これから先、何があってもずっと一緒。離れることがあるとすれば、それはどちらかの命の灯が消えるとき。
五年前にいきつけの猫カフェから光を連れ帰ってきたときから、名前はそんな想いで彼と一緒に過ごしてきた。そしてそれは、たとえ光が人間の男の子になれるようになっても変わらない。……これが名前なりの、光との関係の答えだった。
「…………」
光はじっと黙り込む。名前といるとやはり母猫を思い出す。けれど、彼女は母じゃない。飼い主で一人の女の子で、そして自分の恋人だ。自分の一途な想いの全てを受けとめてくれる、優しい恋人。
名前は愛を与えてくれる人だ。猫カフェ時代からずっと、名前は自分に温かな愛情を注いでくれた。ペットと飼い主という関係だから、何の見返りも求めずにひたすら与えてくれた。
そんな人に劣情を抱いてさらなるものを乞おうとする、自分はやはり最低だと思う。だけど止められない。今の自分は猫の雄じゃなく、人間の男なのだから。
しょせん男女の関係に、親子のそれのような無償の慈愛など望めない。しかし、それでも。今まであれほどまでに自分を優しく可愛がってくれた名前に、この要求を口にしてしまうのは苦しくて、光はわずかに顔を歪める。人間の男でない自分は、彼女を幸せになんてできないくせに。
しかし、心の堤防なら既に決壊していた。人間の姿になって初めて、愛する彼女を目にしてしまったそのときから。
「――名前、好きや。やっぱ我慢でけへん」
あまりにも正直な言葉が、彼の口から滑り落ちる。
「……え?」
「名前としたい。俺やダメ?」
気の利いた甘いお誘いなんてできない。第一、自分はそんなキャラじゃない。
「ッ!」
名前はわずかに息を止め、大きな瞳をさらに見開く。さすがにこれには、すぐに返事を返せない。驚きと戸惑いに瞳を揺らして、名前は光を見上げた。
大事な可愛い飼い猫だ。でも今は、人間の男の子で自分の恋人。その表情は本当に苦しそうで切実そうだ。瞳の奥には燻る炎のような何かが見える。
あまりにも切迫した様子の彼に、名前はごくりと喉を鳴らす。こんなふうに迫られるのは初めてで、かわし方なんて分かるはずもない。光が好きなのは本当だ。でも、迷ってしまう。
嫌なわけじゃない。しかし、名前の中では、今はまだ光とそうなりたいという気持ちよりは、不安や戸惑いの方が大きかった。
飼い猫であり、お世辞にも成熟していると言えない彼と、このまま進んでしまってもいいのか。飼い猫としても男の子としても、光のことが好きだけど、いざ関係を深めるとなると、やはり怖気づいてしまう。
名前は長い睫毛を切なげに伏せると。しかし、次の瞬間、決心したように彼を見上げた。
「……いいよ」
自分の不安よりも、今は苦しそうな光をなんとかしてあげたい。それが今このときの、名前の心からの望みだった。
「ッ!」
自分から言い出したのに、本当に彼女に受け入れてもらえると思っていなかったのか。光は驚きに息を呑む。
「……それで、光の気が済むなら、私それでもいいよ?」
「名前……」
あまりにもできた恋人の言葉に、光は何も言えなくなってしまう。かすれた声で名前を呼ぶのが精いっぱい。
自分では抱えきれないどうしようもない虚しさや不安を、相手の身体を求めることで、無理やり埋めようとしているのに。それは相手への愛などではなく、自分の弱さから来ていることなのに。
大好きな名前はやっぱり呆れるほどに優しかった。本当に母のようだ。自分のやりきれない感情や弱さや狡さを、名前は全て受け入れようとしてくれている。これが彼女の愛なのだろうか。
「……光、しよう?」
「ッ」
「……私も、光が好きだから、ひとつになりたいの」
「名前」
しかし、光が戸惑っているうちに名前の方から抱きついてきた。首の後ろに手を回されて、ぎゅっとしがみつかれてしまう。そのまま彼女に引っ張られるようにして、光はシーツに倒れ込んだ。
改めて、光は自分の身体を名前の身体に重ね合わせる。まるで覆いかぶさるような体勢だ。名前の身体は温かく、嗅ぎなれた彼女の優しい匂いを濃厚に感じて、光は瞳に涙をにじませる。
自分を苦しめていた不安や苛立ちが、和らいで薄れてゆく。嬉しくてほっとする。大好きな人との肌と肌との触れ合いほど、喜びと安心をくれるものはない。
こうなってしまえば、もう踏みとどまれるはずもない。
「……絶対、優しくする」
再び名前の首筋に顔を埋め、光は彼女のその場所を甘く噛む。首筋に歯を立てるのは雄猫の性行動だ。雌猫の首の後ろを噛んで交尾する。
「……あッ……」
薄く開かれた彼女の唇から、艶やかな喘ぎが漏れる。光はさらに先に進もうと、名前のトップスの中に手を入れた。胸の膨らみを覆う下着を外して、その下に自分の手のひらを滑り込ませる。
「…ッ!」
名前は一瞬だけ小さく身体を震わす。けれど、彼女は抵抗しなかった。恥ずかしそうにしながらも、光にされるがまま。彼に自分の無防備な身体を預けている。
光がそうであるように、名前もまた光のことが大好きだった。二人は相思相愛で、種族の違いさえなければ何の障害もない幸せなカップル。
本当は名前もまた光と結ばれたかったのだ。抱き合って繋がりあって、身も心も互いの愛を感じたかった。光が人間の男の子であれば、何の不安も迷いもなく、名前は彼と愛を交わしていた。
先ほどから名前のトップスの中に入れられて、彼女の素肌を探っていた光の手が、やがて下方に降りてくる。その手がスカートの中に入れられて、名前は反射的に身体を跳ねさせてしまう。
驚かせて、怯えさせてしまったのだろうか。光は不安げに名前に尋ねる。
「……怖いん?」
光もまた怯えていた。彼女を怖がらせて、嫌われてしまったらどうしよう。本人は気づいていないけど、今はまだ自分のことばかり。名前への思いやりは二の次だった。
相手が好きな気持ちは本当でも、まだ幼くて身勝手な少年。それが今の光だった。
しかし、名前はそんな彼でも温かく迎え入れようとする。淡く優しい笑みを返すと。
「……ううん、怖くないよ」
彼女の言葉をきっかけに、再び二人の行為が進んでゆく。光は何度も名前の太腿をなで、そしておもむろに身体を起こすと、自分が着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。裸の身体で名前に再び覆いかぶさる。
名前のトップスと下着をたくし上げ、彼女の胸の膨らみの突端に、吸いついて歯を立てた。名前は甘い悲鳴を上げて、身体を弓なりにしならせる。
男の子にこんなことをされるのなんて初めてで、自分でもどう振る舞えばいいのかわからない。けれど、光の愛撫で熱を持たされてしまった身体は、勝手に反応してしまう。
自分でも恥ずかしくなってしまうような、熱く甘い喘ぎに息遣い。体中に電流が流れるような心地よさも、性感を覚えるたびに反射的に跳ねてしまう腰も、切なげに揺らしてしまうむき出しの肩口も。
恥ずかしくて仕方がないのに、名前は自分の中の欲求を抑え込むことができない。このまま光とこの先に進んでしまったら、一体どうなってしまうんだろう。
さきほどまでは不安の方が大きかった。けれど今は、早く光と一線を越えたいという気持ちの方が強くなっていた。早く光とひとつになって、知らなかった世界を知りたい。
今の名前の胸の内にあったのは、そんな甘い期待と欲望だけ。彼女の下肢を包む下着に、光の指がかかる。けれど、そのとき。常夜灯が唐突に消え、名前と光の世界が闇に閉ざされる。視界は数センチもなく、すぐそばにいるお互いの姿すら見えないほどの暗闇だ。
「え……!?」
驚きに名前は小さく声を上げ、光は無言で息を呑む。
「て、停電かな……」
名前がそんなことを心配した、その瞬間。
『ゴラー!! お前らなにをしとるんじゃあああ!!』
絶叫が寝室に響き渡った。
「ッ! アイツ……!」
光は忌々しげに舌打ちをする。一方、名前はというと。光の身体の下で裸同然の姿のまま、顔を赤くして固まっていた。
『暗いうちに服を着ろ服を!!』
相変わらずの大ボリュームで声は続ける。馴れ馴れしい命令口調。しかし、二人は大人しく声の言うことに従う。
「……は、はいっ!」
「……」
名前は素直に返事をし、光は黙ったまま、そそくさと服を着る。たっぷりの間をあけてから。ようやく周囲が明るくなる。部屋の電気が点けられたのだ。
『――ったく、油断も隙もあらへんわ! お前らは!』
『ウフッ、若いっていいわねぇ~』
そんな声がしてから、白い煙が光と名前の目の前でぽんと爆ぜる。煙が消えたあとには、背中に金色の羽根の生えた手乗りサイズの『妖精さん』がいた。
ユウジと小春だ。さきほどの叫び声の主で、今も明らかに怒っているのがユウジで、坊主頭の男の子なのに口調や仕草も女性そのものなのが小春だ。
実は、彼らこそが猫の光に人間に変身する力を与えてくれた存在だった。本人たちは神の使いだと言い張っているけど、なんとなく天使とは呼びたくなくて、名前は彼らのことを妖精さんと呼んでいた。
「ど、どうしたんですか? 急に……」
あんなことをしている最中に乱入してこられたのだ。服を着て乱れた髪を直したとはいえ、まだ恥ずかしさが抜けきらず、名前はしどろもどろに問いかける。
対して、光はあからさまに不機嫌だ。妖精二人から目を逸らして、口を曲げている。普段はあまり感情を表に出さない光だけど、名前との行為を邪魔されたのによほど腹を立てているのか、分かりやすく拗ねていた。
しかし、そんな光には取り合わず、妖精さんの片割れの小春は身体をくねくねとさせながら、明るく謝ってきた。
「お邪魔しちゃってごめんなさいね~ でも、大事なことを言うの忘れてたから、ゆ・る・し・て?」
小春は明らかに冗談めかして、楽しそうにしているのに。
「小春! 別に謝ることあらへんで!」
なぜかユウジはそう援護する。少しずれたフォローだけど、相方への愛は感じられる。まるで夫婦漫才だ。一心同体の仲良しコンビ。妖精二人はいつもこんな感じだった。
まだ頬を赤く染めたまま、名前は小春に尋ねかける。
「……大事なことって、何ですか?」
「そ・れ・は・ね~」
楽しそうにそう言って、小春はいったん言葉を切ると。
「アナタたち二人には先に言っておけばよかったわね~ お・と・し・ご・ろ・の男子と女子のコンビだったし~」
なかなか本題に入らない小春に業を煮やしたのか。光は彼に食って掛かる。
「何やねん! もったいつけおって!」
「くおらっ、このクソ猫! 神の使いに対して、なに生意気な口きいとんねん!」
しかし、やはりユウジと喧嘩になってしまう。
「ご、ごめんなさい、小春さんにユウジさん。もう光、怒らないでよ……」
名前は慌てて妖精二人に謝って、光を宥める。
「相変わらず大変そうねぇ、名前ちゃん。可愛くても手のかかる男の子を持つと苦労するわね」
「えっ、私は……」
名前に絡もうとする小春を、光は射殺さんばかりに睨みつける。面倒な子供扱いされたのも、小春が名前を困らせているのも気に入らない。しかしもちろん、小春は光を相手にしない。
「まあいいわ」
コホンと咳払いをすると。
「相思相愛のアナタたちには悪いんだけど、残念ながら一線を越えちゃうのはき・ん・し行為なのよね~ 越えちゃったらペナルティとして、光、アナタ二度と人間になれなくなるわよ~」
「せやで! もうずっと猫のまま、変身ごっこはお終いや!」
小春の隣で、ユウジはなぜか胸を張る。妖精二人が明るく告げたその台詞は、名前と光――特に光を奈落の底に突き落とすには充分だった。
「そ、そんな……!」
悲痛な声を上げる名前の隣で、光は拳を握りしめる。
「当たり前やんなあ~ 変身後は人間の男の子やけど、飼い主と飼い猫でそんなことになられてもウチらも困るわあ~」
改めて種族の違いを指摘されて、光は悔しさに唇を噛んだ。やはり名前との間には越えられない壁があるのだ。人間と猫というどうしようもない壁が。
「せやで、わきまえろっちゅー話や! つか去勢済みのくせに生意気なんや、この色ボケ猫が!」
けれどさすがに、ユウジのこの台詞は許容できなかった。
「ッ、誰が色ボケや!」
珍しく光は声を荒らげる。去勢済みを指摘されたのも癇に障った。ただでさえ名前との行為を邪魔されて殺気立っていた。我慢できるはずもない。
「こ、小春さん、本当なんですか」
名前は不安げな様子で小春に問いかける。しかし小春は当然のように。
「当たり前やで~ 元々この変身ごっこは、ペットが飼い主に感謝を伝えるためのキャンペーンなんや」
「せやで! その名も虹の……」
「アンタはお黙り!」
途中ユウジが口を挟もうとするが、小春は鬼の形相で彼を突き飛ばす。
「……え?」
不思議そうな顔をしている名前に、小春は優しい瞳で何事もなかったかのように語りかけた。
「……だから、それ以外のことは必要あらへんのや。節度守って、いらんことは考えずに一緒に楽しく過ごしとったらええ。――簡単やろ?」
丸坊主の男の子だからか。小春の穏やかな微笑みはまるでお坊さんのようにも思える。金色の羽の生えたお坊さん。シュールだけど面白くて、極楽浄土にご案内してくれそうだ。
「――ええか、なんぼ人になれるゆうても、お前らはペットと飼い主なんや! そこんとこ忘れるんやないで!」
先ほど小春に突き飛ばされたユウジがいつの間にか復活し、名前と光にそう畳みかけてくる。光に対しての牽制だ。
ユウジはまだ何か言いたげだったが、小春はそんな彼を制するように、ユウジの腕に自分のそれを絡めた。そして。
「ま、そうゆうことやで~ ほなまたな~」
小春の明るい声とともに再び白い煙がぽんと爆ぜる。妖精二人は姿を消し、部屋には光と名前だけが残された。
しばらくの間、その場を沈黙が支配する。色々なことがありすぎて、まだ状況がよく呑み込めない。しかし、重い空気に耐えきれなくなったのか、名前は口を開く。
「――なんか、びっくりしたね。光は……」
頬を赤く染めながら何かを誤魔化すように、名前は光を見上げて困ったような笑みを浮かべる。しかしそんな彼女に、光は何の返事も返さない。無言で立ち上がり部屋の外に出ていく。
「ひ、光?」
名前の呼びかけには取り合わず。光はそのままお手洗いに入ってしまった。鍵をかけて閉じこもって、しばらくの間出てこなかった。