【侑士】続・みえない星(三)
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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どんな君でも
あっという間に、もう十ニ月だ。クリスマスも間近な街はどこかそわそわとしているけれど華やかで、ツリーやイルミネーションがあちこちに飾られて、もうすっかりクリスマスモードだ。
忍足の彼女の名前もまた、彼の部屋で楽しげにクリスマスツリーの飾り付けをしていた。膝を床について、自分の目の高さより高いツリーにオーナメントをつけている。
室内に飾るには大きめの立派なツリー。これは十月の連休にお世話になったお礼とクリスマスの前祝いに、東京にいる忍足の友人たち、向日と日吉が贈ってくれたものだ。
ツリーとオーナメントがセットになった既製品ではなく、単品のツリーに向日たちが選んだオーナメントが同梱されていた、いわばオリジナルのツリー。
それには、電飾やオーナメントボールといった定番の飾りの他に、メルヘンなクッキーのマスコットが沢山入っていた。
アイシングクッキーを模した飾りで、クッキーの上にパステルカラーのクリームで可愛いキャラクターが描かれている。サンタ帽やトナカイの角を頭に載せたオバケたちに、愛くるしいハトやクマといった動物たち。
「オバケが日吉くんで、小鳥が向日先輩かな……」
飾りつけを続けながら、誰が何を選んでくれたのかを想像し、名前は柔らかな笑みをこぼす。続けてつぶやいた。
「……でも、日吉くんたちのお買い物って、なんかすごく早そう」
氷帝の中でも短期決戦を得意とする二人。悩んだり迷ったりすることはなく、自分が一番いいと思ったものを手に取って、そのままレジに向かってしまいそうだ。
きっと所要時間は数分程度の、絵に描いたような男の子の買い物。
「私の買い物に付き合わせたら、怒られちゃいそう」
ポインセチアを頭に飾ったウサギのクッキーをツリーにつけながら、名前は苦笑する。ちょうど最後から二つめのオーナメント。
そして、彼女は床に置いていた最後のひとつに手を伸ばす。クッキー風の平らなマスコットではなく、立体的な天使のお人形。しかも、それはよく見ると。
「あ、この天使、チャトラのネコだ!」
最初オーナメントをまとめて出したときは、きちんと見ていなかったから気づかなかった。名前の顔に満面の笑みが広がる。
『コイツはツリーのてっぺんに飾れよ! 岳人』
人形にくくりつけられていた手書きのメモを丁寧にはがして、名前は自分の隣の彼に声をかける。
「なんか、ミィくんにそっくりだね」
ネコ天使の人形は、ずいぶんとふてぶてしい表情だった。名前の言う通り、先ほどからずっと彼女の隣でちょこんと座っている彼に似ている。
この彼は、忍足と名前の愛猫のミィくんだ。体重およそ七キロ。体格はいいけど目つきの悪い、チャトラのオス。
名前を呼ばれたミィくんはチラリと名前の方を一瞥するが、食べ物がもらえるわけではないと分かると、視線を元に戻して瞳を閉じた。まったくもってどうでもよさそうだ。
けれど、こうやって何かにつけて構われるのを分かっていても、名前のそばを離れないあたり、彼もまた名前のことが好きなのだろう。
「よしっ、このネコちゃんてっぺんに飾ろうっと」
名前は手を伸ばして、ツリーの先端にその人形をくくりつける。
「……できた!」
世界でひとつのクリスマスツリーが、ついに完成する。お約束のオーナメント以外にも、向日と日吉が選んでくれたクッキーシリーズが、とてもメルヘンで可愛らしくて、名前は再び笑みをこぼす。
「……えへへ、かわいい」
つぶやきは無意識のうちにでた。ミィくんがそばにいるからか、今日の彼女はひとりごとが多い。しかし、不意に名前は壁の掛け時計に目をやると、小さなため息をついた。
「ミィくん、先輩遅いね。今日はサークルの飲み会だって言ってたからしょうがないんだけど……」
時計は夜の九時を指している。先ほどからずっとつきっぱなしだったテレビから映画が始まった。今日は休前日の金曜日。
「二次会とか三次会とかやっぱりあるよね」
体育会系のサークルはすごく飲まされるらしい。忍足たちのいるテニス部も例外ではない。要領のいい忍足なら上手く切り抜けてくるだろうけど。名前は心配になってしまう。
(……大丈夫かな。日付変わる前に帰ってきてくれるといいなぁ)
しかし彼女は、傍らの小さな家族に視線を落とすと、にっこりと笑った。
「でも、ミィくんがいてくれるから寂しくないね」
ネコにしては広いその額をよしよしと撫でた。ミィくんは当然のことのように、目を閉じたまま撫でられている。『当たり前なのである』とでも言いたげだ。
「……ツリーも出したし、今から何しようかな。夜だけど部屋のお掃除でもしようかなぁ」
ひとしきりミィくんを撫でたあと。名前はそんなことをつぶやいた。またもやひとりごと。けれど、彼女は再び自分の隣に視線を落とすと。
「……でも綺麗だしなぁ。ミィくんどうしようか」
ミィくんは瞳を閉じたままじっと動かない。小さく息をつくと、名前は部屋を見渡した。医学部の勉強やテニス部の練習で忙しいはずなのに、忍足の部屋は今日もキレイに片付いていた。
さすが忍足だ。要領が良くて、そしてデキのいい人。勉強もスポーツも家事もできて、すごく忙しいはずなのにお家はいつもピカピカ。
「う~ん……」
彼女が悩んでいるうちに。玄関からガチャガチャという鍵を開ける音が聞こえてきた。ドロボウさんでなければ、これは……。
「あ、あれっ!?」
驚いた名前は壁の時計を見返す。まだ九時を回ったばかり。テレビで放送されている映画はまだ序盤。飲み会のはずなのにずいぶんと早い家主の帰宅に、名前は慌てる。ひとまずテレビの電源を切った。
「名前! 帰ったで~」
「侑士先輩」
玄関先から聞こえる声は間違いなく忍足だ。けれど、なんだか様子が変だ。いつもよりちょっと声が大きくて、乱暴な気がする。
といっても普段が穏やかすぎるくらい穏やかだから、そう感じるのかもしれないけど。
いつもより大きな足音がして、すぐにリビングの扉が開けられた。室外の冷たい空気と一緒に入ってきたのは、かっちりとしたコートを着込んで、トートバッグを肩に掛けた忍足だった。
「はぁ…… 疲れたわ」
「センパ…… っ!!」
彼に駆け寄ろうとして、名前は思わず眉を顰める。強烈なお酒の匂いとタバコの匂い。タバコは服や髪からなんだろうけど、それでもイヤで名前は思わず顔をしかめそうになってしまう。
けれど彼女は笑顔を作ると、忍足を明るく出迎えた。
「……お疲れ様です先輩! 早かったですね。二次会は」
「お前おらん集まりなんたるいわ。これ以上飲まされるんもイヤやし帰ってきた」
「そ、そうなんですか……」
(あ、あれ?)
今日の忍足は妙にストレートだ。不機嫌さを隠そうともしていない。普段は機嫌がいいときも悪いときも、こんなに感情を露わにすることなんてないのに。
名前は違和感を覚えるが、忍足自身は自分の変化に無自覚なようだ。カバンを投げるように置いて、アウターを脱ぎながら、吐き捨てるようにつぶやいた。
「ほんま疲れたわ。さんざん飲まされて…… これだから体育会の飲みはイヤなんや」
どうやら機嫌の悪さは本格的なようで、名前は焦る。飲み会でイヤなことでもあったのだろうか。理由はわからないけれど、とにかく今はなんとかご機嫌を直してもらわないと。
「……セ、センパイ。お水とかお薬いりますか?」
精一杯、名前は飲み会帰りの忍足を気遣う。ささやかだけど、彼女なりの思いやり。
「せやな、水とウコン頼むわ」
「は、はいっ」
忍足にそう言われて、名前は慌ててキッチンに駆けてゆく。焦るあまりにミニスカートの裾がひるがえり、白い太ももが露わになるが、彼女は気がつかない。
忍足に機嫌を直してもらいたい一心で、名前はそそくさと用意をする。マグカップを取りだして水を注ぎ、すでに出してあったウコンの錠剤と一緒に、忍足のいるリビングに持っていこうとしたが。
しかし、そのご本人がなぜかキッチンにやってきた。
「ツリー飾ったんやな。あ、ウコンもらうで」
「あ、ハイ……」
忍足はそう言うと、名前が用意した錠剤を口に含んでカップをあおった。彼がゴクゴクと水を飲むたびに隆起した喉仏が上下に動き、名前は思わずその場所を見つめてしまう。
そういえば、そこは男性特有の場所。忍足が飲み物を一気飲みすることなんてまずないから、改めて見つめたことなんてなかったんだけど……。
(カ、カッコイイよぅ……)
そんな邪なことを考えている場合じゃないのに。不機嫌さとあいまったワイルドなセクシーさに、目が離せない。しかし、不自然に凝視していたら、案の定尋ねられてしまった。
「……どしたん?」
「い、いえ別に!」
慌てて首を左右に振ると、名前はなるべく自然に話題をそらした。
「……大丈夫ですか?」
「平気や」
平気と言いつつも相変わらずの仏頂面。名前はなんとなく悲しい気持ちになる。しかも、カップを置いてひと息つくと。忍足は急に怒り始めた。
「……大体お前は、いつもスカートの丈が短すぎるんや!」
「えっ? でも……」
突然そんなことで怒られて、名前は戸惑う。たしかに短めの膝上丈。でもいつもこれくらいで、他の子だって同じくらいで、別に普通なはずなのに。
「タイツくらいはけや寒々しい。つか真夏でもお前はレギンスはいとけ」
「ええ~……」
今は寒い日の多い冬の初め。防寒のためにタイツは分かるけど、なんで急に真夏の話題になるんだろう。しかも。
「でも先輩、前レギンスは微妙って言って……」
「お前に関しては別や」
「…………」
やつあたりのような怒りをぶつけられて、名前は困惑する。
「どうしたんですか、先輩急に……」
「どうしたもこうしたも、お前自分とこの大学の学祭で、四天宝寺のミニスカ制服着て夜に酒売っとったやろ。男にもアホほど絡まれておって。俺はそんな話聞いてへんで」
切れ長の瞳を鋭く細めて、忍足は低い声で名前を責める。少し前に行われた名前の大学の学園祭。友人に頼まれて出店の売り子をした。
昼間はメイド服でジュースやたこ焼きを売って、夜はなぜか四天宝寺の制服でお酒を売ることになったのだ。けれど。
「別に絡まれてなんて……」
「うっさいわ。しかもそれでホンモンの高校生と間違えられて補導されかけたとか、お前は一体いくつやねん」
「な、なんでそれを……」
「飲み会で聞いたんや。大体お前はいつも……」
日頃よほど言いたいことを我慢しているのだろうか。見事なまでの絡み酒。長いお説教が始まりそうな気配に、名前は身体を固くする。必死にこの場から逃げ出す言い訳を考えて。そして。
「わ、私、先に寝室行ってますね! そういえば毛布出してなかったし……!」
「毛布?」
「そうですっ! 先輩は先にシャワー浴びてきて下さいっ!」
普段の忍足なら、こんな露骨な話題そらしには引っかかってくれない。けれど、今は酒に酔っているからだろうか。
「……ああ、せやな」
忍足は何かを思い出して、ひとり納得したように頷くと。そのままお風呂場に行ってしまった。
(よ、よかった……)
名前はほっと胸をなでおろし、寝室へと逃げ込んだ。
少し離れたバスルームからはシャワーの音が聞こえている。その音を聞きながら、名前は本当にベッドの上で正座していた。
「でもまさかイキナリお巡りさんに声かけられるなんて思わないじゃん……。しかもホントの女子高生と間違えられるとか……。ねぇミィくん」
しかし、反省しているのかいないのか。自分の太ももに大きな身体をくっつけて、ちょこんと座っている愛猫を撫でながら、ぶつぶつとそんなことを言っている。
最初は彼女ひとりでベッドの上にいたのだが、リビングにいたミィくんがやって来てくれたのだった。『お前は何を言っているのか』という様子だけど、名前を励ますように寄り添って、彼女の身体で暖を取っている。
犬も食わない痴話ゲンカを、名前はネコに慰められる。しかしそのとき、そばに置いていた彼女の携帯が震えた。名前は慌ててそれを手に取る。
『名前ちゃん、忍足クンそっちにおる?』
「わ、白石先輩……っ!」
休前日とはいえ遅い時間。こんな時間に白石からメールがくるなんて。ちょっとだけ驚きつつも、白石からの連絡を助け船のように感じた名前は、さっそく彼に返事を送った。
『いますよっ! でもなんかめっちゃキゲン悪いです(涙)』
『せやろな(苦笑) 俺も忍足クンや謙也に先に帰られたせいで、先輩らにえらい目に遭わされたわ』
(えっ……?)
白石のメール文を読んで、名前は忍足が帰ってきてすぐに口にした言葉を思い出す。
『――お前おらん集まりなんたるいわ』
その言葉がどこまで本当なのかはわからない。けれど、なんだか申し訳なくなってしまい、名前は白石を気遣った。
『大丈夫ですか? お大事にしてください』
けれど白石は本当に気にしているわけではなさそうで、明るく笑い飛ばすと飲み会の様子を教えてくれた。
酒癖の悪い上級生に絡まれて一年と二年は浴びるほど飲まされたことや、それに耐えかねた忍足たちが逃げるように帰ってしまったこと。
名前も忍足が家に帰って来てからのことを白石にメールする。すると。
『忍足クン正直すぎるやろ(笑) つか名前ちゃん、酒に酔うと普段の願望が出るんやで。知っとった?』
「えっ?」
知らなかったびっくりのトリビア。名前は思わず声を上げてしまう。
今までずっと無言でメールのやりとりをしていた。名前の声にミィくんが耳をピクリと動かして、彼女を見上げた。しかし、異常なしと判断すると再び目を閉じた。
『だからあれが忍足クンのホンネなんやで。名前ちゃんに関白宣言したいんやろ。ほんまに可愛くて心配で仕方ないんやな(笑)』
「白石先輩……」
頬を淡く染めながら、しかし、名前は思った。
(関白宣言って何だろう? 亭主関白のことかな?)
本当は昔の歌のタイトルで、懐メロ好きの忍足ならきっと知っている有名な歌だ。だけど、何十年も前の曲だから、名前は知るよしもない。
『ちなみに関白宣言は懐メロや。どんな歌かは忍足クンに聞いてみてな』
けれど、白石は名前が知らないことまでお見通し。メールの文末には補足がついていた。しかも、けしかける感じの。
「……歌なんだ」
白石にメールを返すと、名前は携帯をベッドの上に置いた。
「亭主関白かぁ」
大学生になったばかりの自分には馴染みのない言葉。結婚なんてまだピンとこない。少しでもイメージをつかもうと、名前は自分の両親を思い出す。
厳しくて優しい父と、娘の自分の目から見ても可愛らしくて、おおらかな母。どちらもとても愛情深くて、お互いをいたわりあっていて、まるで恋人同士のように仲が良かった。
本人たちに改めて伝えたことはないけれど、そんな二人は名前の憧れで、理想の夫婦像だった。いつも一緒で、どんなときでもお互いを思いやって、必要としあっていて……。
「……なんか、侑士先輩にくっつきたくなってきたな」
仲良しの二人を思い出したら、自分も大好きな人にくっつきたくなってしまった。
「……先輩、まだかなぁ」
現金なもので、一度そうしたいと思ったらもう待ちきれなくなってしまった。そわそわとした様子で、名前はベッドサイドの時計を見る。
彼女が寝室にこもってから、もう一時間近く経とうとしていた。シャワーを浴びる音は、そういえばもうだいぶ前から聞こえていない。
「反省してろって言われたけど、なんか心配だな……」
シャワーだけならそんなに長くかからないはずだ。気が立っていただけであとはいつも通り。意識も足取りもしっかりとしていたけど、それでも人格が変わるレベルで酔っていた忍足に、名前は不安になってくる。
ヘンな物音はしなかったから、お風呂場で倒れてるなんてことはないと思うけど……。
「ミィくん、ちょっとリビング行ってくるね」
そう言って、名前はいそいそとベッドから降りる。するとミィくんがついてきた。自分を追いかけてきてくれた小さな相棒と一緒に寝室を出て、名前はこわごわとリビングに戻る。
扉を少しだけ開けて、ひょこっと顔をのぞかせて、名前は中の様子を偵察する。彼女の足元ではミィくんが、名前と同じように顔をのぞかせていた。室内は静まり返っていて、人の気配はない。しかし。
「あ……」
思わぬ場所で、名前はお目当ての人物を発見した。部屋の真ん中のソファーで、忍足がすうすうと寝息をたてていた。フェイスタオルを首にかけたジャージ姿で、いつもかけている眼鏡はそばのテーブルの上。
なんとなくこのまま朝まで眠っていて欲しい気もするけど、それでは風邪を引かせてしまう。名前はこわごわと部屋に入り、忍足のいるソファーに近づいた。彼女のあとから、ネコのミィくんもついてくる。
「センパイほんとに寝てる……」
気配に気がついて起きてしまうかと思ったけど。よほど疲れていたのか、忍足は眠ったままだった。鋭い瞳はそっと閉じられて、わずかに唇が開いている。長い髪もまだ濡れていて、そのせいか普段よりずっと幼く見える。
まるであどけない少年のような無防備な姿に、名前の鼓動が跳ねる。こんな忍足は恋人の自分であってもなかなか見れない。
(なんか、可愛いな……)
笑みをこぼして、つぶやいた。すごく大人びていて隙のない、名前にとってはそれこそずっと、憧れの先輩だった忍足の無防備な寝姿に、名前は見とれてしまう。
可愛らしい姿をずっと見ていたい気もするけど、風邪が心配なこともあり、名前は忍足を起こすことにした。
「侑士先輩っ」
名前を呼びながら、肩をつかんでゆさゆさと揺する。
「ん…… 名前……?」
「起きて下さい、風邪ひいちゃいますよっ」
「ああ…… せやな」
起き抜けの寝ぼけまなこ。でもふとこぼれた笑みはとても穏やかで、もうすっかりいつもの忍足だ。
(酔い、さめてきたのかな……)
ようやく忍足のご機嫌が直ったようで、名前はほっとする。帰宅してからというものずっとピリピリしていた忍足に、名前もまた終始緊張していたのだ。……けれど、もう大丈夫そうだ。
「……先輩大好き」
嬉しくなった名前は、そう言って忍足に抱きついた。名前は忍足の首に腕を絡めて、ぎゅっとくっついて大好きな彼に甘える。
「どしたん?」
名前を抱きしめ返しながら、優しい声で忍足は尋ねてくる。耳慣れたその声はどこか嬉しげで、名前はますます幸せな気持ちになってしまう。
「えへへ、言ってみたくなっただけです」
忍足にぴったりとくっつけていた身体を少しだけ離して。彼の目を見つめて、名前は微笑んだ。恥ずかしそうにおねだりをする。
「……キスしてもいいですか?」
「ん、ええで」
そう許可をもらって。名前はそっと瞳を閉じて、腕の中の忍足に唇を寄せた。けれど、口づけた場所は彼の頬。しかし彼女はうっとりとした表情で、しばらくの間その場所に唇を触れさせた。
そして口づけを終えて、忍足から離れようとしたが、もちろんそれは彼に留められる。細い腕を掴んで名前を引き寄せて、今度は忍足が彼女を腕の中に閉じ込める。
「……つかお前はもっと積極的になれや、いつも俺ばっかで不安なるやろ」
彼女を抱きしめたまま、忍足はぶっきらぼうにそう言った。眼鏡はずっと外したまま。そして濡れた髪のせいで幼く見える面差し。ぞんざいな口調は年相応の男の子。
「……え?」
真面目な顔で言われて、名前は自分を顧みる。そういえば、たしかに受け身だった。いつもされるのを待つばかり、してもらってばかりで。
そのせいで大好きな人を、こんなにも自分を想ってくれている人を、ずっと不安にさせていた。にわかに、名前の胸が苦しくなる。
「……ごめんなさい。先輩」
神妙な表情で、名前は忍足に謝った。けれど、これだけでは足りないような気がして、彼女は言葉を重ねる。
「侑士先輩が大好きです。だから心配しないでください」
忍足の腕の中で、はにかんだ笑みを浮かべる。
「……別に、そんな心配しとらんけどな」
頬を淡く染めて、忍足はぶっきらぼうな言葉を返す。らしくもなく、照れてしまったのだろうか。大人びた年上の彼の幼い表情に愛しさがこみ上げて、名前の身体の奥が熱くなる。
(……普段の穏やかなセンパイも、酔ってホンネ全開なセンパイも、どっちも大好きだよ)
心配性でヤキモチ焼きで、だけどそんなところも全て愛しい。
(眼鏡あってもなくても、機嫌いいときも悪いときも、どんなセンパイでもホントに大好きだよ)
けれどそれは、思っているだけでは伝わらない。そして、ただ「大好きです」と言葉にするだけでも伝わらない。
しかも、仲直りの高揚で気持ちが昂ぶっていた。それも手伝って、名前はつい自分から彼を求めてしまう。
「ねぇせんぱい、今日一人で待ってるの寂しかったから……」
忍足の逞しい腕の中。名前は小さく伸びをして、彼の耳元に唇を近づける。柔らかな両胸の膨らみを彼の身体にぎゅっと押しつけて、小さな声で囁いた。
「……早くセンパイとしたいな」
その瞬間、羞恥と興奮が名前の身体を駆け抜けて。彼女の奥が熱く潤んだ。胸の鼓動もにわかに早くなり、じんわりと温かなものが、彼女自身からあふれ出す。
あまりにも素直な身体の変化。それが忍足にも伝わってしまったのだろうか。彼もまた興奮し始めているようだった。
どこかそわそわとしている様子は、まるで狩りの前のオオカミのよう。忍足の瞳の奥の熾火が炎を上げるのを見つけて、名前は期待に身体の内側を昂ぶらせる。
切れ長の目を楽しげに細めると、忍足は口の端を上げて笑った。
「ん、せやな」
あまりにも色っぽい、忍足のこの微笑みが見れるのは、きっと名前ひとりだけ。愛しの彼女からのお誘いにすっかり機嫌を直した忍足は、明らかに舞い上がっていた。
いつものポーカーフェイスはどこへやら。まだ完全に酔いが覚めていないのか、今の忍足は普段とは比較にならないほど分かりやすい。自覚があるのかないのか、すっかり名前の手のひらの上。
だけど、それは名前も同じだ。お付き合いを始めた頃からずっと、彼の虜で彼に夢中。もう長いこと、その優しくて甘すぎる術中にはまってしまっているのだ。
もう離さないとばかりにギュッと手をつないで、寝室に向かう二人の背中を、ミィくんはあきれた様子で見送る。
『まったく、やれやれなのである』
***
カーテンが音を立てて開けられて、まぶしい朝日が部屋に差し込む。
「名前、もうええ時間やで? 起き?」
甘く優しい声に呼ばれて、名前は目を覚ます。
「あ、センパイ…… おはようございます」
名前はごしごしと目をこすり、先に目覚めていた忍足に朝の挨拶をする。
「そんなにこすったらアカンで。でも……」
「……?」
何かを言いかける忍足を、名前は不思議そうな表情で見上げる。
「俺のジャージ、やっぱブカブカなんやね」
嬉しそうにクスクスと笑われて。名前は頬を赤く染めた。昨夜のベッドでの出来事を思い出してしまったからだ。
いつもよりもずっと大胆になってしまって、そして最後は裸のまま……。けれどそれでは風邪を引いてしまうと、忍足が自分のジャージを着せてくれたのだった。
だけど案の定、忍足のジャージは名前にとってはぶかぶかで、今も袖が余って、腕まくりをしないと手が指先まで隠れてしまう。
「……」
ゆうべのことを思い出したら、急に恥ずかしくなってしまった。名前は無言でうつむいた。
昨夜はあんなにも大胆になれたのに、一夜明けた今はまるで魔法が解けたよう。すっかりいつもの気弱な彼女に戻ってしまった。
しかし、忍足はそんな名前を愛おしげに見つめながら、言葉を続けた。
「そういえば、ツリー飾ってくれたんやな。朝起きたらいきなりあってびっくりしたわ」
ありがとな。改めてお礼を言われて、驚いた名前は忍足を見上げる。
「……えっ?」
昨日、忍足はたしかにツリーに気がついていたのに。
『――ツリー飾ったんやな。あ、ウコンもらうで』
しかしその言葉に、名前は昨夜の彼を思い出す。そういえば人格が変わるくらい酔っていた。だから、つまり……。
(覚えてないんですね……)
名前は肩を落とす。しかし。
(まぁその方がありがたいんだけど……)
自分も、つい勢いで恥ずかしいことを言っちゃったり、しちゃったりした気もするし。それこそ、覚えていられたら、それをネタにずっとからかわれそうなくらいの……。
再び思い出してしまったベッドの上での出来事を振り払い、名前は努めて明るく言った。
「昨日の夜飾ったんですよっ」
「そうなん? まぁええわ。ほら早よ起き? 今日はお出かけするんやろ?」
「はいっ」
たしかに時々ちょっとしたアクシデントもあるけれど、いつもと変わらない幸せな毎日。とあるクリスマス前の、二人のひとこまだ。
前日談
「やっぱり、電飾は絶対いるだろっ!」
ゴールドに輝く商品写真が載ったパッケージを手に、向日は力強くそんなことを言う。ずいぶんと得意気な様子だ。
「相変わらず派手好きですね、向日さん」
「何だよ日吉! こういうのは派手な方がいいだろ」
十一月も終わりの雑貨屋の店頭。向日と日吉はクリスマス関連商品の売り場の前で、楽しげに品物を選んでいた。今は関西にいる友人に贈るのだ。
十月に遊びにいったときにお世話になったお礼もかねた、クリスマスの前祝い。最初は完成品のツリーを買って送る予定だったけど、それじゃあつまらないと変更になった。
飾りのないツリーを買って、オーナメントは自分たちで選んで、オリジナルのものを作る。というわけで、向日と日吉は雑貨店にいた。
クリスマス向けの商品でキラキラとした店内。まわりは女の子やカップルばかりで、男二人は場違いな感じもするけど、向日たちは気にせずに自分たちの買い物を楽しんでいた。
「まぁたしかに、派手な方がいいかもしれませんね」
「だろ?」
「……でも、ただ派手なだけじゃ面白くないですよね」
まるでホラー映画に出てくるオバケのように。日吉はにたぁと笑った。
「……な、何だよ」
後輩のちっとも可愛くない笑顔に引きつつも、向日は彼に向って尋ねる。
「せっかくですし、俺たちオリジナルの最高のツリーを作って、忍足さんをぎゃふんと言わせてやりましょう」
「……ぎゃふんは違うんじゃねーの?」
相変わらず少しズレたところのある日吉に突っ込みをいれて。しかし向日は、明るい笑みを浮かべる。
「でも、楽しそうだな!」
改めて、二人は雑貨店のディスプレイに向き直った。そればかりがずらりと並べられている、ツリー用のオーナメントのコーナー。
艶やかに輝くメタルボールやグラスボール、可愛らしいサンタやトナカイの人形に、ポインセチアやヒイラギのフェイクグリーン、他にもキャンディケインなど、そこにはツリーに飾られる、あらゆるものが並べ置かれていた。
雑貨店もクリスマス商戦には並々ならぬ情熱を注いでいるのか、飾られている商品は全て綺麗で可愛くて、ひとことで言うなら圧巻だった。それらに挑むような視線を送りながら、日吉は口を開いた。
「まずは電飾を決めましょう。ツリーのベースとなる飾りです」
まずは土台から攻めていく。ツリーの全体のテイストを左右する大事な装飾を、日吉は決めにかかる。
「これでいいだろ! 一番派手なやつだぜ!」
しかし、向日は悩まない。さきほどから手にしていたパッケージを日吉に見せつけた。
「そうですね。電球色ですし何にでも合いそうです」
日吉は満足げに笑い、電飾はそれに決定する。とても大事な飾りのはずなのに、二人はものの数秒で決めてしまった。
もともとせっかちで、テニス部でも短期決戦派だった。買い物も同じだ。ピンと来たものにすぐ決めて、他には目もくれない。
「よしっ! じゃあ次は……」
ツリーのグリーンを彩るオーナメントは、次々に決定してゆく。艶やかな輝きを放つ深紅のオーナメントボールに、キラキラとしたラメを纏ったスノーフレーク。ちなみに、赤は向日の好きな色だ。
そして、あるものがずらりと並べられた売り場の一角で。日吉は再び口角を上げた。
「俺たちの個性を表現するなら、これしかないでしょう」
ツリー用の飾り人形のコーナー。サンタやスノーマンをはじめとした、可愛らしいマスコットがたくさん並べられている。
中にはパステルカラーのクリームで絵の描かれた、いわゆるアイシングクッキーを模したものもあり、メルヘンで愛らしかった。
「すげーなこんなにいっぱいあるんだな! 全部同じに見えるぜ!」
「俺も同じに見えますが、頑張って選びましょう。一生忘れられないツリーを作って、あっと言わせてやるんです」
「あっと言わせるって何だよ……」
相変わらず妙な物言いばかりの日吉に、向日は呆れる。しかし、何はともあれ、二人はマスコットを選び始めた。レジカゴの中に選んだ品物を次々と放り込んでゆく。
「まずはこのサンタ帽をかぶった幽霊のクッキーと、トナカイの角を生やした幽霊の……」
「……なんかハロウィンみてえだな」
「ちゃんと頭にクリスマスらしいものをつけてるからいいんです。向日さんこそ、その小鳥はクリスマスに何ひとつ関係ないじゃないですか」
「鳥はいいんだよ! それにこの売り場にあるってことは、きっとクリスマス用なんだぜ!」
なんとなくズレた会話をしながらも、二人は飾り人形ならぬ飾りクッキーを選んでゆく。別にクッキーではないものを選んでもよさそうなのだが、たまたまこのときの二人は空腹だったのだ。
「……そういえば、もう正午ですね」
「そうだな、早く選んでメシ食いにいこうぜ!」
途中、腕時計を確認しながら、日吉はつぶやくようにそう言った。向日も同意し、レジカゴにはあっという間にたくさんのクッキーが放り込まれた。
「よしっ! これで完璧だぜ!」
よほど早くお昼ごはんが食べたいのか。さっそくカゴを持ってお会計に向かおうとする向日を、しかし日吉は冷静な眼差しで留めた。
「待って下さい向日さん。大事なものを忘れています」
「何だよ?」
「ツリーのてっぺんに飾るものです」
「っ、やべ! サンキューな日吉!」
焦るあまりに、うっかり大切なものを買い忘れるところだった。てっぺんは一番大事な場所。一体何を飾ろうか。ここにきて初めて、二人の手が止まる。
ツリーのてっぺんといえば星だけど、でもそれじゃあ自分たちは満足できない。せっかくオリジナルのツリーを作るんだから、もっと個性的なものにしたかった。それこそ、贈られた相手が喜びに驚くくらいの。
しばらくの間、二人揃って悩んでから。
「――オイ日吉、ここに何か書いてあるぜ!」
向日は店頭のポップを見つけて、日吉を呼んだ。
「『ツリーのてっぺんは星や天使がオススメ』らしいぜ!」
天使の人形の販促らしく、そのポップには温かみのある手書き文字でそう書いてあった。
「天使、ですか……?」
「『地域によっては星ではなく天使を飾ることも……』って知らなかったよな!」
「ええ、知りませんでした」
「せっかくだし天使にしようぜ! 星じゃ俺たちにはフツーすぎんだろ!」
「そうしましょう」
通り一遍のチョイスでは満足できない。負けず嫌いな二人は、トリビアに感心したこともあり、天使にすることにした。
クールなポーカーフェイスとその彼女をあっと言わせてやりたくて、自分たちの眼前のディスプレイを再び見つめ、目を皿のようにして探し始める。そして、しばらく経ってから。
「お、日吉! これがいいんじゃねーの!」
先に声を上げたのは向日だった。表情を輝かせて、その品物に手を伸ばす。向日のそのチョイスに、日吉もまた楽しげな笑みを浮かべる。
「……最高ですね」
チャトラのネコ天使。体型もちょっと太めだから、日吉の言う通りまさに『最高』だ。きっとこれが一番喜んでもらえるだろう。
さっそく向日は、その目つきの悪いクリスマスエンジェルを、レジカゴの中に放り込んだ。