【侑士】続・みえない星(二)
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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あなたのそばに
四人掛けのテーブル席に、忍足と名前は向かい合わせで座っていた。
「イブなのに……」
「センターまであと三週間とちょっとしかないんや。今勉強せんでいつするん?」
「……ハイ」
駅前のドーナツショップ。二人の手元にはそれぞれの勉強道具が広げられている。高三の名前は大学入試の参考書で、医学部一年の忍足は大学の授業のテキストだ。あからさまに名前はしょげているが、一方の忍足は平然としていた。むしろ険しい表情で、さも当然といった調子で続ける。
「まあ今日はイブやし夜は遊んでもええけど、そん代わり昼間はみっちりやるで」
夜の気分転換の許可が出る。けれどどうしても、なんともいえない切なさを捨てきれずに、名前は改めて自分の手元に視線を落とした。そこにあるのは『センター試験実践問題集・英語』忍足のお下がりのテキストだ。
「…………」
大好きな忍足と過ごす二度目のクリスマス。確かに一緒にいれるだけで幸せではあるんだけど、記念日をそれらしく楽しみたかった名前は、どうしても悲しい気持ちになってしまう。
「……そんな顔せんの。今日の夜は遊んでエエし、来年はちゃんとお祝いしたるから」
さすがに可哀想に思ったのか、忍足は表情を和らげて彼女をフォローする。
「……ハイ」
忍足の気遣いに名前は気持ちを立て直す。勉強を頑張るのは自分のため。忍足と、そして自分の父との約束を思い出して、改めてペンを動かし始めた。努力の甲斐あってセンターレベルの問題でもそれなりにスムーズに解けるようになってきた。
彼女が勉強を再開したのを見届けて、忍足も自分の勉強に戻る。忍足のテキストにも沢山のカキコミとマーカーがあった。彼もまた日々努力しているのだ。
「――あれっ、ユーシに名前ちゃん!?」
「ホンマや。何しとるん? こんなトコで」
「え?」
しかし唐突に聞こえた声に、名前はペンを止めて顔を上げる。
「……ッ!」
そして一方の忍足は、視線を手元にやったまま露骨に嫌そうな顔をする。けれどすぐに表情を繕うと、唇を結んで顔を上げた。
そこにいたのは予想通り、忍足のイトコの謙也とその友人の白石だった。二人とも忍足と同じ大学に通っていて、この近くに住んでいる。
「……お前ら、ホンマによお会うな」
ただでさえ低い声をさらに低くして、忍足はつぶやくように言う。氷帝の後輩なら硬直してしまう不機嫌オーラ。けれどそれは、もちろん謙也には通じない。子供の頃から知っているタメ年のイトコなのだ。別に怖くも何ともない。
「ご近所なんやからしゃあないやろ。イヤならもっと遠くに行けや」
正論で言い返されて、忍足のこめかみがピクリと震える。早速恒例の口ゲンカスタートかと思いきや、タイミング良く白石の仲裁が入る。
「まあまあ、世間は狭いんやから仲良くし?」
しかし、そんなふうに諭されても忍足は変わらず不機嫌そうなまま。見つけても声かけてくんな、とでも言いたげである。
「ところで、二人は今日も勉強しとるん? イブなのに偉いな」
二人のテーブルの上を見て、白石は改めて笑顔を作った。水を向けられて、謙也も二人の手元を見る。名前のテキストを見て、健也は唐突に表情を輝かせた。
「お、センターの英語やん! 懐かしいな。俺むっちゃ得意やったで!」
そう言って、当然のように相席してきた。その場所はもちろん名前の隣。さりげなく白石も忍足の隣に腰掛ける。
「ホンマ懐かしいわ~ 俺もこのテキスト使うとったで。なかなかエエやろ」
謙也の辞書に遠慮という文字はないらしい。イトコの彼女だから気安いのか、十年来の親友のように名前に笑いかける。
「――俺のお下がりや」
「――ユーシに聞いてへんわ。な、名前ちゃん」
「……え、えっと」
謙也は明るくて優しくて、内気な名前でも話しやすい。けれど、容赦なく差し挟まれるイトコ同士のバトルに、名前はおろおろとうろたえる。どうしていいかわからない。
けれど謙也は名前のそんな様子など全く気にしていない風で、テキストを堂々とのぞき見て容赦なく突っ込みを入れてきた。
「あ、名前ちゃんココ間違うとるで。これは一やのうて三や。引っかかったらアカンで」
「えっ!? ウソ!」
「あと……」
世の多くの男性と同じように、謙也もまた結構な教えたがりだった。高校時代の得意科目は英語と数学。忍足と同じく国立の医学部に現役で受かるだけあって、勉強へのこだわりもやはり強く、去年の自分を思い出して懐かしくなったのか、頼まれてもいない解説をし始める。
その指導は忍足にしてみれば悔しいことに、非常に的確でレベルが高く、名前も尊敬の表情でマジメに話を聞いている。そして、問題文を指さす謙也の身体が名前の肩にわずかに触れた。
「……余計なことすんなやケンヤ、名前の勉強は俺が見る」
ついに我慢ならなくなった忍足は、おおむろにそう言い放ち、二人からテキストを取り上げた。普段は大人な忍足も、謙也が絡むと急に年相応になってしまうのだ。やきもちやきで心配性な、彼女が大好きな男の子。
「ちょッ、邪魔すんなや! 今ええとこなのに!」
英語の勉強にええとこも何もない気がするのだが、唐突に妨害されたのが気に入らないのか、謙也は忍足に食ってかかる。
「大体お前、英語は俺のが上やったやろ! 俺はセンター満点やったわ! それに」
「ハア!? 俺かて――点や! つーかセンターの総合得点は俺のが上やったやろ!」
「あ、あの……」
当事者のハズの名前はすっかり置き去りにして、不毛なバトルがついに始まる。
「総合得点なんて関係あらへんやろ! 今は英語をやっとるんや英語を」
「だからセンターレベルの英語くらい俺かて充分教えられるわ! とにかくお前は」
「数点でもデキのイイ奴が教えた方が効率エエやろ! 何言うとんねんアホ!」
数点でもデキのイイ。謙也のその発言が、忍足のプライドを刺激する。そしてアホが追い打ちだった。そもそもお互い負けず嫌い。不毛な口ゲンカはあっという間に、具体的な数字を挙げながらの罵り合いに発展する。
年下の女の子の前だというのに、みっともなく張り合う大人げない二人に、白石は大きなため息をついた。既に泣き出しそうになっている名前を落ち着かせるように、優しく声をかける。
「……アイツらのことは気にせんでエエで」
「白石先輩……」
白石の気遣いに名前は目元を拭って微笑むが、次の瞬間、何かを思い出したような顔をすると、眉根を寄せて唇をへの字に曲げた。
「でも、白石先輩だって成績いいのに……」
医学部ではないけれど、白石も忍足や謙也と同じ大学で、それはつまりそういうことだ。やつあたりのような敵愾心を向けられて、白石は苦笑する。
「そんな拗ねへんの。子供やないんやから」
「……でも」
「勉強でも何でも、こうやって自分なりに頑張ることに意味があるんや。人と比べたり張り合ったりしてもホンマに『無駄』なだけやで」
名前に軽いお説教をしながら、あえて口癖を強調する。先ほどからずっとその無駄に興じている、隣の二人に聞こえているといいんだけど。
「だから気にせず頑張り。俺も化学と、あと生物なら教えたれるし」
「先輩……」
ずっとしょげていた名前に、ようやく笑顔が戻る。
「……白石先輩は生物が得意なんですか?」
「ああ、まあ生物っつーか、名前ちゃんは毒草とか興味……」
ここぞとばかりに、白石は鞄から買ってきたばかりの植物図鑑を取り出そうとする。しかしその時。
「――白石、お前も人の彼女にちょっかい出すなや」
ようやく落ち着きを取り戻した忍足の、刺すような制止の声が響いたのだった。
***
濃紺の空に雪が舞う。今夜もまた寒いけど、二人と一匹のいるこの部屋はとても暖かだ。リビングのテレビの画面には特番の音楽番組が点いていて、サンタのコスプレで持ち歌を歌うアイドルが映っている。
「チキン美味しいです!」
フライドチキンを頬張りながら、名前はにこにこと笑った。机の上にはチキンやミートパイといったクリスマスのご馳走が並んでいる。食べ終わったらもちろんケーキ。ささやかだけど幸せな、クリスマスのお祝いだ。
「こっちのサーモンのマリネもうまいで」
「ホントですかっ!? あとで食べますっ!」
忍足に他のものも勧められ、名前は慌ててチキンを呑み込もうとする。
「コラ、そんな慌てんの」
「だって~」
ソファーでキャッキャとしている二人の隣では、ミィくんがクリスマスをお祝いしている。サンタ帽を被ってカリカリをはぐはぐ。今日だけはダイエットもお休みで、日頃の鬱憤を晴らすかのように、ミィくんは目一杯食いだめをしていた。
そんな愛猫のもとに、チキンとサーモンを食べ終わった名前は駆け寄る。
「ミィくん、こっち向いて!」
携帯のカメラを構えてしゃがみ込んだ。精一杯のネコ撫で声でネコにおねだり。ゴハンを食べるのを中断して、ミィくんは仕方がなさそうに顔を上げる。相変わらずの仏頂面。その顔だけではご機嫌なのか不機嫌なのかはわからない。
けれど名前は躊躇いなく、何度もシャッターを切った。気が済むまでそうしてから、携帯の画面を見つめてうっとりと目尻を下げる。
「……かわいい」
親ばか全開の彼女に忍足もつられて笑う。
「ツーショット撮ったるよ。携帯貸し?」
「……スリーショットがいいですっ」
携帯を渡しながら、けれど名前は忍足にそんなことをせがむ。
「スリーショット? しょーがあらへんな」
携帯を受け取って、忍足はミィくんの隣に回り込む。ミィくんを真ん中に挟むようにしてしゃがみ込んだ。カメラに自分が収まるように、名前とミィくんに身体をくっつける。名前もまた、しゃがみ込んだまま忍足たちに身体を寄せる。
「……ほんなら撮るで。ハイチーズ」
カシャッ。携帯カメラのシャッターが切られる。
「ほら」
撮ってすぐ、忍足は名前に携帯を返した。
「ありがとうございます!」
お礼を言って受け取って、名前は早速撮ってもらった写真を眺める。穏やかに笑う忍足といつも通りのミィくんと、機嫌よくピースサインをしている自分が、しっかりとフレームに収まっている。ミィくんもちゃんとカメラの方を向いてくれていて、名前的には完璧なスリーショットだ。
「ミィくんも先輩も格好いいですっ」
携帯を見つめながら喜ぶ名前に、忍足は笑う。自分が後回しなのはちょっと気になるけど、まあいいや。
「……来年もこうやって三人で過ごせたらええな」
そう言って忍足は、名前の頭をよしよしと撫でた。
「だから勉強頑張るんやで」
またしても、忍足は母のような言葉を口にする。でも言わずにはいられない。だって浪人になってしまったら、一年会えなくなってしまうんだから。
「……はい」
名前は真面目な表情でこくりと頷く。自分の気持ちはどうやら伝わっているらしい。忍足は安堵の笑みを浮かべる。
つきっぱなしの音楽番組が、ちょうど佳境に差し掛かる。有名なクリスマスソングのイントロが流れ始めた。司会者がアーティストと楽曲の紹介を行う。あと数秒でその曲が始まる。たしかこの曲は、歌い出しがサビだったはず。
「――よし。エエ子の名前には先輩サンタからプレゼントや」
「え!?」
「ハイ」
忍足はズボンのポケットから小さな白いアクセサリーケースを取り出して、名前の前でパカッと開けた。オープンハートのシルバーのネックレス。小さなブルーダイヤがキラリと輝く。
タイミングよく、テレビからクリスマスソングが流れ始めた。出だしからサビで、美しいメロディーと男性歌手の切ない歌声が、その場のムードを盛り上げる。
「がんばっとるご褒美と、あとは合格祈願のお守りや」
そう言って、忍足は名前に微笑みかける。
「……先輩」
こんなに素敵なプレゼントがもらえるなんて思っていなかったのか、喜びに名前は喉を詰まらせる。
『――キミは今でもスペシャル』
テレビの中の男性歌手が、想いを込めて歌い上げる。
「コレ、実はペアなんやで。俺のはこっち」
穏やかな笑みを浮かべたまま、忍足は自分の胸元を指さす。そこには、今日の昼間からずっとしていたプレートタイプのスクエアネックレス。メンズでよくあるタイプのデザインで、チャーム部分には模様のような窪みがあった。
先ほどの可愛らしいハートとは全く違うデザインに、名前は不思議そうな顔をする。どこがペアなのか分からないらしい。
「真ん中にへこんどるトコあるやろ? ここの窪みと名前のハートが重なるようになっとるんや」
少しかがんで、名前にネックレスのチャーム部分が見えるようにして、忍足はそう解説する。
「……だから、重ねてみ?」
優しく促されて、名前はおそるおそるハートのネックレスを手に取った。忍足の胸元のプレートに重ねる。オープンハートの曲線が、プレートの窪みにぴったりとはまった。
「……ホントだ」
よく見るとハートの方には「close」プレートの方には「to you」と、美しい筆記体で彫られていた。名前でも分かる、この成句の意味は「あなたのそばに」だ。
「不安になったら、これで俺のこと思い出して」
センターや本試の試験会場には筆記具以外は持ち込めないけど、アクセなら制服のブラウスの下につけて持ち込める。文字通り、どんなときも『ずっと一緒』だ。
「侑士先輩……」
感極まったのか、ついに名前は涙をこぼす。これはもちろん嬉し涙だ。
『――Maybe, next year!』
きっと来年も、自分はこの子と一緒にクリスマスを祝うんだろうな。そしてその翌年もその次も、ずっと一緒に過ごすんだろう。心の中で、忍足はそう確信する。まるでダイヤの粒のような名前の涙を、忍足は指先でそっと拭った。そのまま目尻に口づける。
『――ハッピークリスマス!』
センターと二人の春まで、三週間とあと少しだ。