氷帝パラレル夢
名前変換設定
本棚全体の夢小説設定薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
※恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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自分の右隣で答案用紙に赤ペンを走らせている彼に向かって、名前はおもむろに口を開いた。
「――ねぇ先生。満点取ったらデートしてくれる?」
拗ねたような、ぶっきらぼうなその口調は、けれど、彼女なりの精一杯。しかし、彼は相変わらずクールだった。形のいい眉をわずかに顰めて、そして、名前の一世一代の告白をいとも軽くあしらう。
「あん? バカなこと言ってんじゃねぇよ。俺様は忙しいんだよ」
彼――名前の家庭教師の跡部景吾は、今年で大学三年生。現在高校三年の名前とは、ちょうど三歳違う。大人にしてみればたった三歳。けれど、まだ高校生の名前にとっては三歳の壁はとてつもなく高かった。
高校生と大学生という境遇の違い、家庭教師と教え子という関係も含めて、それはあまりにも高い壁として名前の前に立ちはだかっている。
何を言っても真面目に受け止めてもらえないのだ。軽くスルーされてしまう。今もそうだ。真剣に言っているのに、跡部はこちらを見ようともしない。
名前は小さく息を吐く。彼の手元に視線を落とした。昨夜、頑張って解いた英語のプリント。採点し終えた跡部は、驚きに目を見開いた。
「……全問正解だ。信じらんねぇな」
「私だってちゃんと頑張ってるんだよ」
「調子に乗るな。この程度の出来て当然なんだよ。何せ」
そこまで言って、彼は言葉を切ると。初めて名前の方を見た。
「――この俺様が教えてやってるんだからな」
自信に溢れた不敵な笑み。青い瞳が細められる。憧れで大好きな跡部の、一番好きな表情。この笑顔を向けられて恋に落ちない子なんてきっといない。
ほろ苦い切なさが込み上げて、名前の胸がにわかに苦しくなる。心臓を強い力で握られたかのように苦しい。でもハートならすでに掴まれてしまっている。
昨年の春、自分の母に『新しい家庭教師の先生よ』と跡部を紹介されたそのときから。
彼との出会いを回想しながら、しかし名前は黙ったまま瞳を伏せた。
「……」
せっかくノーミスだったのに、褒めてもらえないのが悲しかったのだ。しかし跡部はあからさまに元気のない様子の名前には構わずに、今日の授業の締めくくりに入った。
「……まあいい。来週は英語だけじゃなく、テスト対策で数学と国語もやるからな。ちゃんと準備しとけよ」
普段、跡部が彼女に教えている科目は英語だ。彼女がかつて最も苦手にしていた科目で、今は逆に一番の……。
「はぁい」
ぶっきらぼうにそう答える名前を、跡部は帰り支度をしながら叱る。
「返事はハイだ」
しかし、跡部にそう叱られても。名前は言い直す気も起きなかった。
「……」
心の内にあったのは、もやもやとした息苦しさだけ。名前は勉強机の隅に置いている写真立てに目をやった。それには写真ではなく、お気に入りのポストカードが入れてある。
モノクロの画面の中で、微笑む外国人の幼い少女。その隣に筆記体で英文が書かれている。I love you much more than you think
跡部に訳を頼んでもきっと、こちらを見もせずに言われるに違いない。『あなたが思うよりずっと私はあなたが好きです、だな』ぶっきらぼうな声が脳裏に響いて、名前は瞳を伏せる。
(……先生のバカ)
けれど、そのつぶやきは。名前の唇には乗らない。
***
「だからそんなヤツやめとけって言ってるんだ」
「日吉くんには私の気持ちなんてわかんないよバカ!」
「もう、名前も日吉くんもやめなよ……」
翌日。名前は早速、クラスメイトの二人に跡部の愚痴を言っていた。日吉若に須藤綾香。二人とも名前の大事な親友だ。今はお昼休み。三人の通う氷帝学園高等部の中庭は、昼食をとる生徒でにぎわっていた。
購買で買ったサンドイッチを片手に、名前は口を尖らせて、懲りもせず綾香に絡む。
「綾香はヒドイと思わないの!? こっちのこと見もしないんだよ!」
「でも跡部先生って元々すごくクールでオトナなんでしょ? 名前もそういうとこが好きって言ってたじゃない」
困ったような笑みを浮かべながら、綾香は不機嫌な名前をなだめる。しかし綾香の隣の日吉は、明らかに苛立った様子だった。綾香の台詞が終わるや否や、名前に食って掛かる。
「向こうはお前みたいなガキには興味ないんだよ。俺たちより三つだか四つも上の大学生なんだろ。お前みたいな色気のないバカじゃなくて、ちゃんと美人の……」
「彼女いないって言ってたもん! 日吉のバカバカバカ!」
条件反射のようにそう叫んで、名前は急に立ち上がる。
「あっ、名前……!」
綾香の制止を無視して、名前は食べかけのサンドイッチを持ったまま、購買のビニール袋を持って走って行ってしまった。基準服のチェックのスカートが翻る。その後ろ姿に向かって、日吉は吐き捨てた。
「……俺は悪くないからな」
「日吉くん……」
「どうせそんなヤツ、ろくでもない遊び人に決まってるんだ。さっさと諦めた方がアイツのためなんだよ」
あからさまに不機嫌な様子で、日吉はそう吐き捨てる。けれどその言葉はまるで言い訳のようだ。至らない自分を正当化するような。
辛そうな日吉の様子に、綾香は心配そうに眉を寄せる。どんな言葉をかけるべきか。良くも悪くも日吉の気持ちはわかりやすい。彼の想いに気がついていないのはきっと、気持ちを向けられている本人だけ。
すると。タイミングよく下級生の男子が声を掛けてきた。
「すいません! 日吉部長!」
少し離れた場所から声を張って呼びかけてくる。日吉が部長を務める、テニス部の部員だった。
「……早くいきなよ」
綾香は日吉を促す。
「……チッ」
舌打ちひとつして、日吉は立ち上がる。昼食はすでに食べ終わっていた。日吉は弁当箱の入った袋を手に、部員の方に歩いていく。一人残された綾香は、小さく息を吐いた。
「……名前も鈍感だけど、日吉くんも素直じゃないんだから」
***
「……おお! 苗字」
帰りのホームルームが終わり、昇降口に向かって歩いている途中。名前は中年の英語教師に呼び止められた。
「先生」
「……よくやったじゃないか。今回の模試の結果もなかなかだったぞ」
学年主任でもある彼は、いかにも上機嫌な様子で名前に朗らかな笑みを向けてくる。
「英語もまた一番じゃないか。先生は嬉しいぞ」
話題は今日返されたばかりの全国模試の結果。英語はほぼノーミスで学年トップ。
「……」
しかし、嬉しそうな英語教師に対して、名前はそうでもなさそうだった。褒められて喜ぶどころか、むしろあからさまに疲れたような顔をする。
「しかしお前はここにきて急に成績が上がったな。何か心境の変化でもあったのか」
「……別に、何もないです」
そうとだけ言って、名前は瞳を伏せると。彼女を気遣って声を掛けてくれている教師を突き放すように、つっけんどんな言葉を口にした。
「先生、すみません。今日家庭教師の人来るんです」
そのまま、名前は足早にその場を後にする。
家に帰ってきてから。名前は基準服のまま部屋でぼんやりとしていた。帰りがけに英語教師に言われた言葉に、昼休みに日吉に言われた言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
今日は、家庭教師の跡部が来る日だ。本当なら早く私服に着替えて、彼を迎える支度をしなくてはいけないのに。準備をする気も起きずに、名前は自室の机でうつ伏せになって、ただ無為に過ごしていた。
学校は楽しいし大好きだ。友達にも恵まれて、ずっとキライだった勉強もやっと好きになれて、成績だって上がってきていて、これ以上を望むなんて贅沢なくらいなのに。名前は少しも満たされなかった。
英語だけとはいえ、進学校の氷帝で学年トップ。なのに、ちっとも喜べない。学校の先生やクラスの子たちにどんなに褒めてもらっても、少しも嬉しくないし満たされない。その理由は、考えなくてもわかる。
『……先生、私ね。先生に褒めてもらいたいから、勉強頑張ってるんだよ』
拗ねたようにそう言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
(……きっと、また呆れられるだけだよ)
名前が心の中でそうつぶやいたとき、マンションのチャイムが鳴った。
「今日、模試の結果が返ってきたの。学校の先生に褒められたよ」
「ほう」
「英語はね、校内で一番。五教科合計でも学年で一桁だったの」
「そりゃよかったじゃねーの」
自分の隣で模試の結果を眺める跡部の気を、ほんの少しでも引きたくて。名前は彼に話しかける。他愛ない風を装っているけど、彼女にとっては何よりも重要な話題。
ずっと跡部に振り向いてもらうためだけに努力してきた。学校の先生や両親をはじめとした周囲の人たちにどれだけ褒めてもらっても、跡部に褒めて貰えないなら、名前にとっては何の意味も持たない。
しかし。彼女の予想通り、跡部の態度はつれない。名前をねぎらうこともなく、自分の話を口にする。
「ま、俺がお前の頃は全科目トップで学年首席だったけどな」
けれど、その自分の話すらも。跡部はどうでもよさそうだった。
跡部は現在、氷帝学園の大学部に通っている。一時期は留学していたこともあったけど、中等部からの氷帝生で在学中はずっと首席だった、らしい。
「……先生のために頑張ったんだよ。昔の私じゃ、学年で百番以内がせいぜいだった」
ついに我慢できなくなったのか、名前は拗ねた瞳で跡部を見上げる。
「……だから褒めろって?」
しかし、跡部はどこまでもクールだ。年下の女の子に潤んだ瞳で睨まれても、悔しいくらいに平然としていて、正論だけを口にする。
「ふざけるな。勉強は自分のためにするもんだろうが。そこで何で俺のためになるんだ」
「先生のためだもん! 先生に私のこと好きになってもらいたいから頑張ったんだよ!」
ムキになって声を荒らげる名前を、けれど跡部は冷たい瞳で見おろした。
「――いい加減にしろ」
明らかに苛立った低い声。
「いいか、俺はお前の家庭教師で、お前は俺の生徒だ。そしてお前がくだらない話で俺の邪魔をしているこの時間に対しても、お前の親は時給を払ってる。決して安くない金額をな」
拗ねてワガママを言う名前の瞳の奥を見つめて、跡部は淡々とそう諭す。容赦のないその言葉は、幼い彼女の恋心を傷つけて、突き放すには充分だった。
家庭教師の大学生と教え子の高校生。ただそれだけの関係なのだと、名前は跡部本人に改めて思い知らされる。
跡部が「家庭教師を辞めたい」と口にするだけで、もう二度と会えなくなるような、そんな脆い関係。
なんて儚いんだろう。こんなに好きなのに。跡部に好きになってもらいたくて、あんなに努力してちゃんと結果も出したのに。こんな扱いしかしてもらえない。
アルバイトとはいえ仕事として彼女と接している跡部からすれば、教え子の恋心を拒むのは当然だ。むしろ受け入れてしまう方が問題なくらい。それが世間の常識であり、跡部の誠意だった。けれど、まだ幼い名前にそれが分かるはずもない。
「……っ」
彼女は小さく息をのんだ。鼻の奥がツンと痛くなる。もう涙があふれる寸前。けれど、跡部に涙は見せたくなかった。あまりにも子供じみた意地。けれど、これだって名前にとっては立派な女のプライドだ。
「定期考査も近いんだ。だから黙って真面目に……」
お説教を続ける跡部に向かって、名前は叫んだ。
「先生のバカ!!」
彼女はそのまま、部屋を飛び出す。
「ッ、おい名前!」
跡部の制止も聞かず、名前はバタバタと大きな足音を立てて、そのままマンションの外に走って行ってしまった。
玄関ドアを乱暴に閉めた音はあまりにも大きく、異変を察知した名前の母が彼女の名前を呼ぶ声が、跡部のいるこの部屋まで聞こえてきた。数分後。部屋の扉がノックされ、声が掛けられた。
「――あの、跡部くん? 開けても大丈夫?」
一瞬だけ迷ったのちに、跡部は部屋の扉を開けた。そこには予想通り、心配そうな顔をした彼女の母がいた。
「跡部くん、さっきうちの名前が……」
「……すみません。ちょっと喧嘩をしてしまいまして」
苦笑いを浮かべ、跡部は彼女の母に頭を下げる。けれど、すぐに顔を上げて、跡部は真剣な眼差しで名前の母を見つめた。
「俺が責任もって連れ戻しますから、お母さんは家で待っていてください」
勢い余ってマンションを飛び出してしまった名前は、普段使っているエレベーターではなく、裏手にある非常階段に向かった。
跡部に追ってこられないように、というわけではなく、泣き顔をご近所さんに見られたくなかったからだ。
けれど、結果として名前は跡部を撒くことに成功した。非常階段を使って一階に降りた名前はそのまま、マンションの裏口から駆け出した。
彼女を追いかけてきた跡部はエレベーターを使って下に降りて、マンションの正面玄関から外に出たが、当然そこに名前の姿はない。
このマンションの住人ではなく、しかも焦っていた跡部は、非常階段と裏口の可能性を完全に見落としていた。名前がこのあたりにいるはずだと推定し、慌てた様子で、マンションの正面玄関付近をばかりを探す。
いつのまにか空は茜色になっていた。人の顔の見分けにくい黄昏時。けれど、高層マンションが林立する都心の住宅街に、人の姿は殆どなかった。
青々とした若葉を茂らせている桜並木の下を跡部は駆ける。まだ、桜が咲いていた頃。この並木道を名前と二人で歩いた。
『――綺麗だね、先生!』
『――綺麗ですね、だろうが』
年上の自分にタメ口で笑いかけてくる彼女を小突いて、並んで駅に向かったのだ。心の一番柔らかな部分を侵食する数週間前の思い出を、桜よりも綺麗だった満開の笑顔を、跡部はかぶりを振って追い払う。
感傷に浸っている暇はない。今はまだ夕方だけど、この分ではすぐにあたりは暗くなる。夜の帳が降りてしまう前に、大切な教え子を見つけなければ。
けれど。名前の姿どころか通行人の一人も見つけられず、跡部は舌打ちをした。
「……チッ、ついてねぇ」
誰かいれば名前を――氷帝の基準服姿の女の子を見なかったかと訊けるのに。
しかし、ちょうどそこに一人の男子学生がやってきた。テニスバッグを肩にかけたその少年は、偶然にも氷帝の高等部の基準服を着ていた。
なんという幸運だろう。心の中で感謝しながら、跡部は彼に声を掛ける。
「――おい、そこのテニスバッグの氷帝生!」
「……ッ」
急に呼びかけられて、少年は一瞬だけ目を見開いた。跡部の方に訝しげな視線を投げかける。跡部は彼に駆け寄ると。
「お前、名前…… じゃねえ、氷帝の高等部の制服着た女見なかったか」
「……ッ!」
跡部に尋ねられたその瞬間、少年は僅かに息をのんだ。しかし、彼はきゅっと唇を引き結ぶと、挑みかかるような目で跡部を見上げた。
「……いえ、見てませんけど」
「そうか、悪ィな。 ……くそっ、アイツどこ行きやがった」
跡部はそのまま、その少年が今来た道――つまり最寄り駅へと続く道を駆けていく。少年は跡部を振り返ると、つぶやいた。
「アイツが苗字の家庭教師……」
テニスバッグにぶら下がった『日吉若』と書かれた名札が、振り返ったはずみにゆらゆらと揺れる。跡部の背中を見つめながら、彼は拳を固めた。
本当は名前に謝るために、今日はここまでやってきていた。けれど、悔しさにも似た不愉快な感情が込み上げて、日吉は唇を噛んだ。
そのまま彼は踵を返す。名前の自宅マンションを背に歩きだす。
駅の裏手にある小さな公園。既に日は落ちて、漆黒の夜空に小さな星々が瞬いている。あたりも暗く、ぽつぽつと立っている街灯の柔らかな明かりだけが、唯一の光源だった。
その公園のベンチに、名前はひとり腰かけていた。家を飛び出して数時間。スマホの電源を切って、ずっとここで泣いていた。
「――ねぇキミさぁ、さっきからずっとここいるよね? どうしたの?」
急に声を掛けられて、名前は顔を上げる。眼前に立っていたのは、大学生くらいの派手な男の子だった。もちろん名前の知らない人だ。馴れ馴れしい口調からいって、おそらくはナンパ。
ただでさえ憂鬱な気分なのに、こんな人の相手なんてしたくなかった。名前はごしごしと目をこすり、無言でベンチから立ち上がる。場所を変えようと歩き出した。
「……ちょっと待ってよ」
しかし、その男の子は名前の腕を掴んできた。
「どうせ暇なんでしょ? 俺と二人で遊ぼうよ。カラオケでも何でも、奢るからさ」
「……離してください」
「固いこと言わないでよ。ねぇ、いいでしょ?」
ひと気のない、夜の暗い公園。今なら多少の狼藉も許されると思ったのか、男の子は名前の腕を掴む手にさらに力を入れてきた。
「ッ! 離してって言って……!」
一瞬だけ痛そうに顔をしかめるが、名前は強い口調で言い返し、男の子を睨みつけた。しかしそのとき。
「――お生憎だな。ソイツは俺様のツレなんだよ」
覚えのある低い声に名前はハッとする。声のした方を見つめた。街灯の優しいオレンジの明かりの中、立っていたのは大好きな跡部だった。
「とっとと失せな。カス野郎が」
名前の腕を掴んでいた男の子に向かって、そんな言葉をぶつけて。跡部はこちらに向かって歩いてくる。見たこともない不機嫌オーラ。厄介ごとは避けたかったのか、小さく舌打ちをして、男の子は退散した。
名前は呆然とした様子で跡部を見上げる。
(……なんでいるの。もうバイトの時間は終わってるはずでしょ?)
自分が家を飛び出してから、もう数時間は経っていた。毎週の跡部の授業時間は九〇分。もちろん大幅に超過している。
(今までずっと、探してくれてたの……?)
心の中に浮かんだ疑問。しかし尋ねる勇気は名前にはない。もし尋ねて、いつもみたいにあしらわれたり正論で怒られたりしたら。自分は本当に立ち直れない。
子供のわがまま、幼すぎる恋心。けれど名前はそれくらい、跡部のことが好きだった。どんなに冷たくされても、ただの教え子だと突き放されても。ずっと諦めきれなかったのだ。
「……なんでここが」
「しらみつぶしで聞き込み捜査したんだよ。手間かけさせやがって」
ぶっきらぼうにそう言うと、跡部は名前の手首を掴んだ。
「帰るぞ。今何時だと思ってるんだ。ご両親に心配かけさすんじゃねぇ!」
親に心配かけるな、それだけを取り出せば、跡部は何もおかしなことは言っていない。けれど、今の名前にはその台詞は、俺は心配なんてしてないと聞こえてしまう。
家庭教師の仕事の一環で仕方なく探しにきただけ、というような。
(……心配なんてしてないくせに、何で来たの?)
名前の瞳から大粒の涙がこぼれる。
(私のことなんて、面倒な教え子くらいにしか思ってないくせに……!)
跡部の手を乱暴に振り払い、名前は叫んだ。いつも自分を子供扱いする、世界で一番大好きで大嫌いな彼に向かって。
「一人で帰れるよ!! 子供扱いしないで!!」
「ッ!」
跡部の顔色が変わる。繋いでいた手を振り解かれて、八つ当たりじみた怒りをぶつけられたのが癇に障ったのか。けれど。
「人がどれだけ心配したと思ってやがる! 子供扱いしてねぇから送るって言ってるんだよ!」
尖った声で怒鳴り返されて、名前は目をみはった。
「いいか名前。俺はお前の家庭教師で、お前は俺の大事な教え子だ」
改めて名前に向き直り、跡部は彼女に淡々と告げる。
「だから俺は、お前とは恋人にはなれねぇ。お前が学年トップになろうと、全教科満点取ろうとだ」
「……ッ」
それは今までの彼女の血のにじむような努力を全て否定し、そして将来の可能性をも打ち砕く言葉。名前の瞳から再び涙が溢れる。彼女は俯いた。指先で涙をぬぐいながらしゃくりあげる。
「だが、恋人ごっこくらいなら、付き合ってやらなくもない」
「……え?」
「今、彼女いないしな。それにお前の本気も伝わってきたからな」
努力のご褒美だ。そう続けて、跡部は名前の頭を優しくなでる。
「……手ェ繋ぐくらいならいいが、キス以上はダメだぞ。お前はまだ高校生だからな」
恐る恐る顔を上げて、名前は跡部に尋ねる。
「……デートは?」
「ネズミの国は疲れるからごめんだが、買い物くらいなら付き合ってやるよ。ただし、お前の親には内緒にしとけよ?」
まるで同世代の男の子のような、いたずらっぽい笑みを向けられて。名前は信じられないといった面持ちで、跡部を見返す。跡部はおもむろにズボンのポケットに手をやると。
「ほら、俺様の連絡先だ。とっとと登録しやがれ」
街灯の下、スマホの画面が差し出される。柔らかな白い光。オーナー情報が表示された画面。名前に電話番号、メールアドレスに誕生日、そしてマンションの住所。
名前は慌てて自分のスマホに登録する。名前と電話番号とメアドだけ。名前が登録し終えたのを確認すると、跡部は携帯をポケットにしまった。
「今週の土曜日の13時。駅前で待ってる。これるか?」
神妙な表情でこくりと頷く名前に、跡部は微笑んだ。彼女の手を取って腕の中に引き寄せた。そのままおでこにキスをする。可愛らしい音をたてての、触れるだけのキス。
「……キスはダメじゃなかったの」
「……こんなんキスに入らねぇんだよ。バーカ」
青い瞳を細めて微笑んで、跡部は名前にデコピンをする。あまりにも清らかな恋人ごっこ。これが二人の始まりでした。
I love you much more than you think
君が想うより、ずっと。