【跡部】続・みえない星(三)
名前変換設定
本棚全体の夢小説設定薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
※恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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大きな窓の向こうに見えるのは、薄暮れの東京の空だ。巨大な窓のそばにひとり立ち、外の景色を見ていた名前は、振り返って微笑んだ。
「もう冬休みが終わっちゃうなんて、信じられませんね」
彼女らしい穏やかな笑顔と言葉。それを向けられた跡部もまた、ゆったりとした笑みを浮かべる。
「あっという間だったな」
お正月が明けたばかりの一月初旬。短かった冬休み、つまりはクリスマスと年末年始の休暇も、もうそろそろ終わる頃。二人は跡部のお屋敷の、彼の私室にいた。
「でも、久しぶりにこっち戻ってこれてよかったです」
「そうだな」
こっちというのは、跡部と名前の故郷、日本のことだ。二人は普段イギリスで暮らしている。向こうの大学に進学した跡部を、名前が追いかけて行ったのだ。それがおよそ一年前。
長期休暇のたびに戻ってきているから、そこまでのブランクは感じないけれど。久しぶりの故郷はやはり懐かしく、感慨深かった。
跡部を追いかけるまで故郷を出たことがなかった名前はもちろん、跡部の方も。離れがたくて、イギリスに帰るのをなんだか寂しく感じてしまうほど。
「……そういえば、今夜は何をして過ごしますか?」
こちらにいられるのもあとわずか。それらしいことをしたいのか、名前は改めて尋ねてきた。
「あん? そうだな……」
跡部は考え込むように、わずかに眉根を寄せると。
「そういえばこの間、うちのホームシアターを新しくしたんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
しかし、彼のその言葉に名前は呆れたような顔をする。
「でも、あれ以上新しくする必要ないと思うんですけど……」
東京の跡部邸のホームシアターは、元々最新型で映画館のように豪華だった。もちろん、それにさらに何かを買い足す必要などあるはずもなく。
そんなことは跡部も分かっていたけれど、新しくしたくなったものは仕方がない。けれど、そんな理由を話しても、余計に呆れられてしまうだけ。
「いいだろ別に。何か観ようぜ。 ……せっかくだから新しいブルーレイ買いに行くか」
ふと思い立って、跡部はそんな言葉を口にする。話題逸らしでもあるけれど、せっかく東京で過ごせる残り少ない休日。久しぶりに、彼女とお出かけをしたくなったのだ。
跡部にそう言われて、名前は一瞬だけ呆けたような顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「はいっ!」
元気よく、そう返事をする。寒い冬の夕方、急に決まったお出かけでも、彼女がそんなふうに喜んでくれるのが嬉しくて、跡部は口の端を上げて笑う。座っていたソファーから立ち上がると、
「じゃあ決まりだな。ほら、手ぇ繋いで行くぞ」
まるで、本物の王子様のように。彼女に片手を差し出した。
真冬の散歩は澄んだ空気が気持ちいいけれど、寒さが辛い。今日は特に寒くて、いつのまにか空に広がっていた雲からは、今にも雪が降り出しそうだ。
まだ正月休みが明けきっていないのか、夕方になっても街には人が多かった。
仲良く手を繋いで、跡部は名前と賑やかな繁華街を歩く。けやきの街路樹が美しい目抜き通り。葉の落ちた木々には電飾が巻かれていた。日が落ちたら点灯するそれは、青く輝く、この街の冬の風物詩だ。
「あ、そういえば…… ゆうべ、セーブルの夢を見たんです!」
白い息を吐きながら、名前は跡部を見上げて言った。
「あん?」
セーブルは跡部の飼い猫だ。元ノラネコのヤンチャ坊主。
「景吾先輩も出てきましたよっ!
一尾魚をくわえて逃げたセーブルを、先輩が裸足で追いかけるんですっ」
楽しそうにそこまで言って、名前はころころと笑う。跡部もまた口元を緩めた。
「ずいぶん愉快な夢じゃねーのよ」
「面白かったですよっ! セーブル、トラフグくわえてて、フグもぷうって怒って膨れてるんです」
トラフグは冬の高級魚。飼い猫の眼力に跡部は感心する。
「何だよ、グルメじゃねーか」
「でも、フグって毒があるから危ないじゃないですか! だから先輩が追いかけて……」
くだらない夢の内容を一生懸命話す名前に、つい跡部は笑ってしまう。
「ったく、裸足で追いかけるのはお前だろ。 ……そういやあ、昔本当にそんなことがあったな」
とある夏の日。元気いっぱいの犬に驚いて逃げ出したセーブルを、名前が追いかけたのだ。
熱くなった彼女は跡部の制止も聞かず、梢の上の愛猫を救うために裸足で木登りをしようとした。そこまで思い出して、跡部はしみじみと言う。
「……本当に、お前といると退屈しねぇよ」
いつもは穏やかでのんびりとしているのに、愛するものを守るためなら、時々とても無鉄砲になってしまう。けれどそれすらも、跡部にとっては愛すべき長所だった。
しかしそんな跡部の胸中が、鈍感な名前に伝わるわけもなく。
「えっ、どういう意味ですか?」
彼女は不満そうな顔をする。
「何でもねぇよ。 ……ほら、ついたぞ」
DVDショップの明かりが見えてきたのを機に、跡部は会話を終わらせた。
都心にもよくある、大型の書店やカフェも併設されたお洒落なお店。品揃えのよさそうな広い店内は、やはりというべきか混み合っていた。
「DVDじゃなくてブルーレイにしろよ」
ホームシアターの大画面には、DVDよりブルーレイの方がいい。大画面に耐えうる美しい映像に、素晴らしい音響。
「はいっ!」
跡部の念押しに、名前は明るく返事をする。店内のレイアウトはわかりやすく、映画DVDコーナーにはすぐに辿り着く。すると、そこには意外な人物がいた。
「え? 日吉くん!?」
よほどびっくりしたのか、名前は頓狂な声を上げる。しかし、それは向こうも同じようだった。
「ッ、苗字…… に跡部さん」
目を見開いて、ぽつりとつぶやく。
現在は氷帝の大学部に通っている、日吉若。高等部時代は氷帝テニス部を率いて全国優勝をなしとげた、跡部のひとつ下の後輩だ。同じ学年ということで名前とも交流があり、二人の共通の知人だった。
「わぁ、久しぶりだね! 元気だった?」
「ああ、もちろんだ。お前も元気そうだな」
久々の再会に浮かれる名前にそう答えてから、日吉は跡部に向き直った。
「お久しぶりです、跡部さん。戻ってこられてたんですね」
「まぁな」
「お元気そうでなによりです」
「お前もな」
座右の銘は下剋上。なのに、意外と礼儀正しい後輩にそう挨拶されて、跡部は笑みを浮かべる。
「つか、何でこんなところにいるんだよ」
氷帝学園の敷地からは近いけど、日吉の自宅からは遠い場所。跡部は日吉に尋ねた。
「……大学に用事があったんです」
ぶっきらぼうにそう答えると、日吉もまた跡部に尋ね返してきた。
「跡部さんこそ、どうしたんですか」
「新しいブルーレイ探しに来たんだよ」
ホームシアターの件は伏せて、跡部はそうとだけ答えた。彼にまで呆れられてしまうのが、少しだけ嫌だったのだ。しかし。
「あのね、先輩のおうちのホームシアター新しくしたの。それで何か新しいやつ見ようって……」
説明不足だと思われたのか。隣の彼女に補足されてしまった。
「……え」
案の定。日吉は驚きに目を見開くと、
「またですか。あのシアターをこれ以上豪華にする必要ないでしょう」
まったく相変わらずですね、とばかりに。日吉は呆れた様子で言った。
「……俺様の勝手だろーが。そうだ、おい日吉、ちょうどいいからお前のおすすめ教えろよ」
「おすすめですか?」
「ああ、ただし恋愛ものと動物もの以外だぞ」
「……恋愛と動物?」
跡部が口にするには、違和感のある言葉だったからか。日吉は訝るが、
「えー! 私、恋愛ものか動物ものがいいですっ!」
名前のその台詞に、すぐに納得した顔をする。
「うるせぇ。俺が見飽きたんだよ。 ……というわけだ。何か面白そうなのねぇか?」
シアターの改装を責められるのが嫌だったというのもあるけれど、日吉のお勧めが知りたいのは本当だった。隣の名前をあしらってから、跡部は改めて日吉に尋ねる。
「面白そうなもの……」
考え込むように、日吉はぽつりとつぶやくが、
「……ええ、ありますよ。こっちに来てください」
すぐに、にやりと楽しげな笑みを浮かべた。
「この『古城の夕暮れ』はお勧めですよ」
「……日吉くん、それ横に『殺人事件』って」
ホラーとサスペンス映画のコーナー。名前はあからさまに嫌そうな顔をしていたが、日吉はその逆だった。瞳を輝かせてイキイキとしている。跡部もまた笑いを堪えながら、日吉に尋ねた。
「面白そうじゃねぇか、どんな話なんだよ」
「美しい古城に殺人鬼と閉じ込められるんです。見どころは殺人鬼が美女の顔面に斧を……」
「そ、そんなの絶対見たくないよ!」
名前は涙目で文句を言うが、もちろんそんなことを気にする日吉ではない。
「ちゃんとブルーレイ版もありますよ。迫力たっぷりの恐怖映像で音質も素晴らしいです」
「最高じゃねーの。うちの最新型のホームシアターにぴったりだな」
隣の名前の反応があまりにも面白くて、跡部はつい悪乗りしてしまう。単細胞の彼女を追いこむのは、どうしてこんなに楽しいんだろう。
「日吉くんのバカ! 景吾先輩の意地悪!」
人の多い店内で、彼女は声を荒らげるが。
「苗字のリアクションも面白そうですし、これしかないですよ。跡部さん」
「言えてるぜ」
「二人ともひどい! いじめっこ!」
ムキになって怒っても逆効果にしかならないのに、頭の中まで可愛い彼女はそれに気づかない。涙で潤んだ瞳で睨みつけてくる。その瞳に向かって、跡部は得意げに言った。
「あーん? 今頃気づいたのかよ」
「……ッ!」
名前は顔を赤くすると、口をきゅっと引き結び。今度は怒りの矛先を日吉に向けた。
「もう、とにかくそんなのダメなんだから! 日吉くん、他のがいい!」
強引に代案を出させようとする。
「……仕方ないな。じゃあ『白雪姫』はどうだ」
「えっ」
メルヘンで可愛いタイトル。日吉お勧めとは思えずに、名前は戸惑うが。
「って『本当は怖いシリーズ』じゃん!」
日吉が棚から出したパッケージでは、血まみれの白雪姫がリンゴと魔女の生首を手に微笑んでいた。こんな恐ろしいのは違う。名前の求めるメルヘンじゃない。
「怖くなくていいよ!」
声を殺して笑う跡部の横でそう叫んで、名前は日吉の手からDVDパッケージを奪い取ると、棚にギュウギュウと押し込んだ。もうよみがえってこないように、しっかりと。
けれどここはホラーコーナー。並べられているのは全部、名前の苦手なものばかりだ。日吉は仕方がなさそうに息を吐くと、
「そうだな、じゃあアレはどうだ」
おもむろに、彼女の背後を指さした。名前がそちらを向くと。そこは『幼児向けアニメ』のコーナーだった。
「ママー! あれ見たいー!」
「もう、この前見たでしょ!」
わがままを言って騒ぐ子供と、なだめる若いお母さん。そのやりとりが、あまりにもタイミングよく聞こえてくる。跡部はこらえ切れずに噴き出して、名前はわなわなと震えだす。
「日吉くん!!」
「お前好きそうじゃないか。ネズミの国のやつとか」
「それは好きだけど……!」
「『この前見た』から、それも却下だ。日吉」
緩みっぱなしの口元に手をやりながら、跡部はその案を没にする。
「『この前見た』 ……プッ」
跡部のその台詞を聞いて。日吉まで笑い始めた。騒ぐ子供と名前を、小馬鹿にしたように見比べる。
「ネ、ネズミーは世代を超えた名作なのっ!」
日吉のその態度によほど悔しくなったのか。名前はムキになって怒りはじめるが、もちろん二人には相手にされない。
「わかったわかった」
跡部にはそう宥められ、
「相変わらず、仕方のないヤツだな」
日吉には呆れられてしまう。名前は口をへの字に曲げた。さきほどの幼児と同レベル扱いが、納得できないようだ。けれど、言い返す言葉も思いつかなかったのか、名前は別の案を出してきた。
「あっそうだ、私、海外ドラマ見たいです! ――とか!」
彼女の挙げたその作品は、セレブ高校生たちのキラキラドロドロの人間模様を描いた人気シリーズ。女子の間ではリアルだと好評なんだけど。あいにく、それは跡部の苦手なジャンルだった。
「ダメだ。あんな浮ついたモン楽しめるか」
「う……」
跡部に露骨に顔をしかめられ、名前はしょんぼりとする。彼女だけが悪いわけではないけれど。跡部と観るにはダメな案を出してしまって、へこんでいる様子だ。
「う~ん……」
改めて、しばらく考え込んだあと。今度は名案を思いついたのか、名前は表情を輝かせた。
「あ、じゃあミュージカルがいいです! オペラ座の……」
「……それならウチにあるぞ。買う必要がねぇな」
跡部邸のブルーレイコレクションは、古今東西の名作映画だけではなく、有名ミュージカルも一通り揃っていた。
「あ、そっか……」
名前は残念そうに肩を落とす。しかし、彼女のことは責められない。屋敷のコレクションがあまりにも充実しているのが悪いのだ。跡部は小さく息を吐くと、
「……まあいい。せっかくここまできたんだし、何か見ていくか」
そう言って、名前を励ますように、彼女の頭をポンポンと撫でた。少しだけ、気の毒になってしまった。この際、動物でも何でも名前の好きなものを選んでやろう。
「じゃあまたな、日吉。世話掛けた。 ……名前、ほら行くぞ」
「はぁい……」
「ええ、またお目にかかりましょう。跡部さん。 ……苗字もな」
少しだけのつもりが、長居してしまった。後輩に改めて礼を言ってから、跡部は名前の手を取った。
ブルーレイのコーナーを一通り見て回ったけど、やはり話はまとまらず。跡部と名前は何も買わずに店を出てきた。
もう日が暮れていて、空の色はすっかり濃い藍色だった。坂道のイルミネーションも点灯していて、立ち並ぶけやきの街路樹が青く輝いている。
繁華街の街あかりもいよいよ華やぎを増して、夜になったはずなのに、街は夕方よりも明るいほどだった。
そういえば東京の夜は大体こんな感じだったと、跡部は思い出す。夜中でも街の明かりはまぶしいほどで。
けれど、今自分たち暮らしているイギリスはこうではない。真夜中ともなればあたりは真っ暗で、夜空に瞬く星々が美しく――
「――わあ、雪です……!」
しかし。唐突に聞こえた名前の声に、跡部は現実に引き戻される。隣の彼女は、ずいぶん嬉しそうな様子で空を見上げていた。夜の街に、音もなく降る雪。
舞い落ちてくる真っ白な氷の欠片が、街あかりを反射してキラキラと輝く。
「すげーな……」
無意識に、跡部はそうつぶやいていた。急に降り出した雪は、すぐに本降りになった。こんなにしっかりと降るのは、都心では珍しいくらい。跡部はふと、以前仕入れたカメラの知識を思い出す。
「そうだ。雪が降ってるときに、フラッシュ使って写真撮ると面白いんだぜ」
「え?」
跡部の発言に、なぜか名前は意外そうな顔をした。
「……景吾先輩って、写真好きなんですか?」
わざわざそう尋ねてくる。
「……どうでもいいだろ」
可愛いあなたをもっと可愛く撮りたくて勉強したんですよ。とは言えるわけもなく。跡部はぶっきらぼうにそう返すと、スマホをいじりはじめた。カメラアプリの設定変更。
「待ってろ、今見せてやるよ」
パシャリ、というシャッター音と同時に、夜の街にまぶしいフラッシュがたかれる。その光は街中を舞う白い雪に反射して。
「ほら、綺麗だろ」
イメージ通りの写真が撮れているのを確認してから、跡部は名前にスマホの画面を差し出した。
「わあ、綺麗です……!」
ロマンチストな彼女は、案の定、頬を染めて喜んでくれた。
「フラッシュをオンにして、ピントを遠くに合わせて撮るとこうなるんだぜ。カメラ近くで降ってる雪が、フラッシュを反射して輝いて、丸くボケて写るんだ」
だからこそ、この現象は玉ボケ、あるいは丸ボケと呼ばれる。跡部が撮った写真も、街路樹の青いイルミネーションを囲むように、綺麗な丸いホログラムを散らしたようになっていた。
華やかな真冬の東京の街を切り取った、素敵な一枚。実はカメラ好きの女の子たちの間でも、こうやって写真を撮るのが流行っているのだ。
特に今のような雪の夜は、ロマンチックな写真が撮れるからお勧めだ。
「すごいです、私も撮りたい! 景吾先輩、向こうに立ってみてください!」
「……あん?」
「お願いしますっ!」
「……仕方ねぇな」
彼女が撮りたいと言い出すのは予想できてたけど、まさか自分を入れたがるとは思っていなかった。
けれど、大事な恋人の可愛いワガママだ。跡部は素直に従った。少し離れたところまで歩いて、コートのポケットに手を入れてゆったりと佇む。
名前は真剣な表情でスマホをいじっていた。先ほどの自分と同じく、カメラアプリの設定を変えているのだろう。ようやく準備が終わったのか、名前はスマホを構えた。
「……じゃあ撮りますよ! はいポーズっ!」
シャッター音と同時にフラッシュが光る。まぶしい光が夜の闇を一瞬だけ吹き飛ばす。何人かの通行人が名前と跡部に顔を向けたが、何も言わず通り過ぎていく。
「わぁ、綺麗に撮れてる!」
早速スマホの画面を見て、名前ははしゃぐ。満面の笑みを浮かべていた。彼女はすぐに跡部の方に駆け寄ると。
「先輩、見てください!」
大きな瞳を輝かせて、跡部に画面を見せてきた。目抜き通りのイルミネーションを背にして、離れたところに立つ跡部と、彼を囲むように散らされた丸いキラキラ。
被写体がフォトジェニックだからか、まるでファッション誌のグラビアのような一枚だ。
「よく撮れてるじゃねーのよ」
丸ボケのキラキラ具合を確認しながら、跡部はさりげなく自分の写りもチェックする。
(……ふん、なかなかじゃねーの)
いつも通り、格好よく写っていた。跡部は満足する。愛する彼女が何度も眺めるだろう自分の写真。きちんと写っていないと困るのだ。
「先輩、ありがとうございますっ」
しかし、名前はそんな跡部の胸中などいざ知らず、能天気にニコニコとしていた。すると。聞き覚えのある声に、二人は名前を呼ばれた。
「――何してるんですか、二人とも」
「日吉くん」
「日吉」
声を掛けてきたのは、先ほど別れた日吉だった。まだいたんですか、とでも言いたげな彼に。名前は明るく笑いかけた。
「あのね、写真撮ってたの」
そして、名前は日吉の方に駆けていく。仕方なく、跡部は彼女の背中を追った。早速、名前はスマホの画面を日吉に見せて、さきほど教わったばかりの裏ワザを解説していた。
「……へえ、なかなかいいじゃないか」
てっきり、どうでもよさそうにするかと思ったのに。意外なことに、日吉は褒めてきた。そして、名前から跡部の方に視線を移すと。
「せっかくですし、ツーショット撮ってあげますよ」
楽しげな笑みを浮かべて、そう言ってきた。明らかに、跡部をからかっている様子だ。
「……あん?」
跡部はわずかに眉を跳ねさせるが、
「わぁ、日吉くんありがとう!」
名前は無邪気に喜んだ。やはり、鈍い彼女は、日吉と跡部のささやかなバトルには気づかない。
「じゃあこれ、よろしくお願いします!」
嬉しそうに自分の携帯を差し出した。なんとなく気に入らないけど、幸せそうにはしゃぐ名前にほだされて。仕方なく跡部は撮影に応じることにした。名前と二人、少し離れた場所まで移動して、立ち止まる。
先ほどの撮影のときに跡部が立っていた、ベストスポットだ。二人の準備が出来たのを確かめて。日吉は名前の携帯を構えると、口を開いた。
「――それじゃあ撮りますよ。……はい、キノコ」
そのひょうきんな掛け声に、跡部は不覚にも笑ってしまう。
***
「わあ、綺麗に撮れてる! 日吉くんありがとね」
日吉からスマホを受け取って、名前は喜色満面ではしゃいでいた。
写真は驚くほど綺麗に撮れていた。跡部と名前を囲む、虹色の丸いキラキラを散らしたような、美しい雪の玉ボケ。背景の目抜き通りのイルミネーションとも相まって、まるで映画のワンシーンのようだった。
「お前にしちゃあ、やるじゃねーのよ」
跡部にも礼を言われて、日吉は口元を綻ばせる。
「そりゃあどうも」
彼にとって、跡部に褒められるのはやはり特別だ。けれど、日吉は自分のスマホを取り出して、今の時刻を確認すると。
「……跡部さん、すみません。祖父に呼ばれているので、もう戻ります」
なんとなく名残惜しい気もするが、あいにく今日は早く帰らなくてはならなかった。
「ああ、気にするな。引き留めて悪かったな」
「そっか…… またね。日吉くん。写真ありがとね」
二人に見送られて、日吉はその場を後にする。自分の帰り道は、彼らとはちょうど反対方向だ。最寄り駅に向かう最短ルート。雪に降られてしまうのも嫌で、日吉はそそくさと足を進める。
しかし。後ろからあの二人の声が、風に乗ってかすかに聞こえてきた。
「――先輩、帰りコンビニよりたいです」
「――あん? 何だよ、いるものがあるのか」
「――今日発売の雑誌買いたいの」
「――雑誌だあ? さっき買っとけばよかったじゃねぇか」
「――忘れてたんです」
「――仕方ねぇな」
何てことのない、ささやかなやりとり。けれど、その声はとても幸せそうだ。少なくとも自分は、跡部があんなふうに誰かを甘やかしているところを見たことがない。
なんとなく後ろ髪を引かれて、日吉は振り返った。いつの間にか跡部と名前も歩き出していたようで、二人の後ろ姿はずいぶん小さくなっていた。
降りしきる雪の中で、傘もささずに。ぴったりと身体を寄せ合って歩く仲睦まじい姿。あんなにくっついていたら歩きづらいだろうに、それでも二人は離れなかった。
幸せそうなその姿になぜか自分まで満たされた気持ちになって、日吉は踵を返した。イルミネーションの美しい冬の街を、たった一人で歩く。
凍えるほど寒い冬の夜。澄んだ空気は肌を刺すように冷たく、吐く息も真っ白だ。しんしんと降る雪はまだやみそうにない。
けれども。さきほど自分が撮った写真の中で、互いに寄り添って幸せそうにしていた跡部と名前の姿を思い出し、日吉は満足げな笑みを浮かべる。
ある冬の夜。空気の冷たさは変わらないけれど、心の中は温かかった。