【跡部】続・みえない星(三)
名前変換設定
本棚全体の夢小説設定薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
※恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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背の高いヤシの木に、あちこちで咲いているハイビスカスにプルメリア。ここは美しいリゾートのビーチ。今日もいいお天気で、自分の目の前には水着の恋人と愛犬がいる。
しかし、跡部は不満だった。相変わらず鈍感なその恋人を、力の限りどやしつける。
「何で真夏のビーチで長そで長ズボンなんだテメーは! 何で露出度が下がってるんだよ! 真冬でもミニスカはく奴が!」
「日焼けが」
「ふざけるな、俺様がプレゼントしてやった水着はどうした」
「下に着てますけど、だ、だってあれ恥ずかしい」
「恥ずかしいじゃねーよ。ビーチでそんなカッコの方が恥ずかしいんだよ。今すぐ脱ぎやがれその暑苦しいラッシュガードを!」
日本からはおよそ七時間半の、世界的にも有名なリゾート地。国内のビーチとはひと味違う開放的なムードで、みんなリラックスしたカジュアルな格好をしている。
スタイルに関係なく、女性もほとんどの人が露出度の高い水着姿で、長そで長ズボンの名前の方が妙に目立って浮いている。
「でっでも」
それでも恥ずかしさを捨てきれない彼女は、跡部に言い訳をするが。
「でもじゃねぇ」
鋭い瞳で睨まれて、仕方なくラッシュガードを脱いだのだった。
(……そうだぜ、これが正しいサマーバケーションだぜ)
パラソルの下、ドリンクを楽しみながら。跡部は眩しそうにサングラス越しの瞳を細める。
青い海、綺麗な砂浜、輝く太陽に紺碧の空。眼前には愛犬相手にフリスビー投げに興じている、ビキニ姿の愛しの彼女。
「マルガレーテ! いくよっ!」
甲高いかけ声とともに、黄色いフリスビーが投げられる。
名前を呼ばれたアフガンハウンドは、フリスビー目がけて一直線に駆けていき、伸び上がってキャッチする。つい先日サマーカットにしたばかりの、美しい被毛が潮風になびく。
「よしっ! 持ってきて!」
キャッチ成功が嬉しかったのか、名前は満面の笑みを浮かべて、マルガレーテを手招きする。フリスビーをくわえたまま、マルガレーテは名前の方に走ってゆく。
「よしよし、イイ子!」
差し出されたフリスビーを受け取って、名前は愛犬を優しく撫でる。しっかりと褒めてやってからもう一度、名前はフリスビーを構えた。
「マルガレーテ、もっかい投げるよ!」
投げられたフリスビーが、先ほどよりもずっと高く上がる。マルガレーテは全速力で追いかける。姿勢を低くして猛ダッシュ。射程距離内に入った瞬間、砂浜を蹴って思い切りジャンプした。
大きく口を開けて、南国の空を飛ぶ円盤を見事にキャッチ。そのまま綺麗に着地する。
「マルガレーテ! すごいよっ!」
見事なジャンピングキャッチに感動したのか、名前は愛犬に向かって駆けだした。
ビーチを走る彼女の、ビキニの胸元は魅惑の渓谷だ。思わず跡部はかけていたサングラスをずらす。柔らかそうな白い胸が、名前が砂浜を蹴るたびにふるふると揺れる。男心を癒す、お約束のシチュエーション。
しかし名前は、自分の胸元に注がれている跡部の視線には気づかない。得意気にフリスビーを差し出す愛犬からそれを受け取り、腰を折って頭を撫でてやっている。
犬を構う後ろ姿。これもまた、ベタだけど眼福のシチュエーションだ。意外とボリュームのある彼女のヒップが跡部の方に向かって、ごく自然に突き出される。
腰の細さと相まって、女性らしい曲線美。水着の布の面積も小さめだから、男ならつい目で追ってしまうだろう。
(……さすが俺様だぜ)
自分でも気がつかないうちに、跡部は口元をゆるめていた。女の子のヒップは大きめの方がやっぱり好きだ。
心の中で自分の水着のチョイスを褒め称えながら、跡部はかけていたサングラスを外す。愛しの彼女の水着姿を、もっと楽しみたい。
本人はもうそこまで気にしていないようだけど、意外と布の面積が少なくてセクシーなこのビキニ、本当に着せてよかった。
しかし。すぐそばで聞こえた甲高い口笛の音に、跡部の機嫌は悪くなる。目をやると案の定。自分と同じ年頃の見知らぬ外国人、ではなくボードを抱えた日本人の男性二人が、名前を顎で指してニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「……ちっ」
反射的に跡部は舌打ちをする。あんな水着を選んで着せたのは自分なのに、それでも自分以外の男が、彼女の身体を堪能するのは許せない。
跡部はビーチ用のリクライニングチェアから立ち上がる。彼らを威嚇するように声を尖らせて、愛しい姿の名前を呼んだ。
「――オイ、名前!」
「景吾先輩」
着ていたパーカーを脱いで投げ置いて、跡部はそのまま名前のもとに歩いて行く。
さきほどの男子二人はあからさまにイヤそうな顔をすると、跡部にちらりと視線をやって仏頂面で退散した。なんだオトコいたのかよ。そんな声が聞こえてきそうだ。
「どうしたんですか?」
「別に」
ナンパ男を追い払いたくて、とりあえず声をかけただけ。返答に詰まった跡部は、適当な言葉を口にする。
「……泳がねぇのかよ」
「え?」
脈絡もなくそう言われて、名前はきょとんとする。マルガレーテも不思議そうな顔で跡部を見上げる。
けれど一拍置いてから、名前は幸せそうに微笑んだ。ずっとパラソルの下で休んでばかりだった跡部に、遊びに誘ってもらえたのが嬉しい。
「泳ぎますっ」
可憐な笑顔に、跡部はこの地で咲き誇るプルメリアの花を思い出す。
***
マルガレーテをリードに繋いで、パラソルの下で休ませてから。二人は浅瀬を歩いていた。歩みを進めるたびに、ぱしゃぱしゃと水の跳ねる音がする。
「わぁ、お魚だ」
海で遊ぶ醍醐味は、可愛い生き物たちに出会えることだ。人の多いリゾートのビーチだけど、浅い場所にも魚がいた。カラフルな熱帯魚や銀色の小魚の群れ。名前が追いかけようとすると、あっという間に逃げてしまう。
「転ぶなよ」
「は~い」
整備された浜辺だけど、割れた貝殻や小石が落ちていることもある。転んだら危ない。跡部は名前に注意をする。
「わ、先輩見てください! ヒトデですっ!」
しかし、彼女は相変わらずだ。話を聞いているのかいないのか。急にしゃがみ込んで、見つけたばかりの五芒星を海の中から取り出す。
「戻しとけよ、そんなん。刺されるぞ」
「え!?」
跡部の言葉に驚いて、名前は持っていたそれを早速落とす。ぼちゃん、という音とともに。海の星はあるべき場所へと帰ってしまう。彼女のあまりの驚きように、跡部は一応フォローを入れた。
「……ま、それは大丈夫だと思うけどよ」
「よかった」
名前は安堵の笑みを浮かべる。しかし。彼女は唐突に何かを思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ」
ニコニコと跡部におねだりをする。
「先輩、ウミウシ見たいですっ」
「あ~ん?」
海の宝石とも言われる、美しくも不思議な生き物。その色鮮やかな姿は、テレビでも時折見かけるほどなんだけど。
「このへん探したらいますか?」
「……このへんにはいねぇんじゃねーのか」
遠浅の人工ビーチにはさすがにいないだろう。跡部はそう答える。
「え~」
けれど、あからさまにしょんぼりとする名前に、跡部は息を吐いた。
「じゃあ、明日は水族館連れてってやるよ」
「ほ、ホントですか!?」
仕方がなさそうな跡部の言葉に、しかし名前は表情を輝かせる。
「ウミウシがそんなに見たいかお前」
「ち、違いますよっ! 先輩と一緒に行けるから……」
「……フン、どうだかな」
わたわたと言い訳をする無邪気な恋人に向かって、跡部は手を差し出した。
「まあいい、ほら沖行くぞ!」
「はいっ!」
満面の笑みを浮かべて、名前はその手を取る。美しいリゾートのビーチ。手をつないで、二人は沖に向かってばしゃばしゃと歩いて行く。
***
まだ日は高いけど、ビーチでたくさん遊んだ二人は、一旦ホテルに戻ることにした。ひと休みして、今度はメインストリートを散策して、免税店で買い物をする予定だ。
浜辺に設置してあるシャワーを浴びて、水着の上からショートパンツとパーカーを着込んで、名前は跡部を待っていた。バスタオルと二人の荷物を抱きしめるように持つ。
愛犬のマルガレーテは、お手伝いさんに連れられて先にホテルに戻っていた。
蛇口を全開までひねって、跡部はバシャバシャとシャワーを浴びる。身体からしっかりと海水を洗い流して、金茶の髪を念入りにすすいで、きゅっと蛇口を閉める。
温水で濡れた長い前髪をかきあげるその様子は、水も滴るなんとやらで。名前は心を奪われてしまう。恋人の自分もシャワーシーンなんてなかなか見れないから、ドキドキする。
上半身だけとはいえ、跡部の裸はやっぱりすごく綺麗で色っぽい。厚い胸板や筋肉で太い腕は彫刻のような美しさで、ずっと眺めていたくなるし、引き締まった細い腰や肩胛骨の浮き出た広い背中も、男らしくてときめいてしまう。しかし、じっと見つめていたら。
「……何だよ、俺様に見とれてんのか?」
「み、見とれてませんっ!」
二人分の荷物を抱きしめたまま、名前は頬を染めて否定する。お約束な反応に跡部の機嫌は上向く。楽しそうに彼女をからかう。
「あん? 嘘ついてんじゃねーよ」
「う、嘘なんて……」
「バレバレなんだよ、テメーは」
「っ!」
図星をつかれて、名前は悔しそうに俯く。
「ほら、タオル寄越せ」
「……」
あまりにも軽くあしらわれて機嫌を損ねてしまったのか、名前は憮然とした表情で跡部にタオルを押しつける。
「あーん? 何拗ねてんだテメーは」
「別に拗ねてなんて……」
「拗ねてんだろーが」
むくれた表情も愛らしい、恋人の丸い額に跡部はデコピンをお見舞いする。パチン。痛くはないけど音だけは立派な、見事なデコピン。
「~ッ!」
反射的に、名前は荷物を抱えていない方の手でおでこを押さえる。驚きと照れに口をぱくぱくとさせて、声にならない声を上げた。
「機嫌直せ、帰りジェラート買ってやるから」
可愛い恋人の頭をくしゃりと撫でてやって、跡部は言葉を続ける。
「荷物も貸せ、ホテル戻るぞ」
言うが早いか、跡部は名前から二人分の荷物を奪い取る。空いている手で、彼女の小さな手を取った。相変わらず強引な、だけど跡部のその優しさに、名前ははにかんだ笑みを浮かべる。
「……ハイ」
手をつなぐのも、甘いものも、跡部のことも大好きだ。あっさりと機嫌が直ってしまった。いつも自分の近くにいてくれる大好きな背中を、名前は幸せな気持ちで追いかける。
***
一流ホテルの高層階。大きなベッドが二つ並べて置いてある寝室以外にも、いくつか続きのお部屋があるスイートルーム。跡部が手配してくれた、今回の二人の滞在先。
美しいサンセットを眺めながら、窓辺の一人がけのソファーで、名前はパフェを食べていた。大きなグラスにカラフルなジェラートが盛られて、小さなプルメリアの花が飾られている。
「パフェ美味しいです。先輩ありがとうございますっ」
甘すぎず、さっぱりとしたシャーベットのような食感。ビーチで遊び疲れた身体に、ひんやりと染みこんでいく。
「あ~ん? 俺様にも一口寄越せよ」
「え?」
美味しそうに食べている様子にあてられたのか、跡部が名前のそばにやってきた。ねだられるなんて思っていなかった、名前は焦ってパフェのグラスを持ったまま立ち上がる。
跡部は何も言わずに、グラスのプルメリアの花を取ると、名前の左耳にそっとかけた。恋人や夫のいる女性は左に、いない女性は右にかけるのが現地のならわし。
つい先ほど当の跡部からそれを教わった名前は、恥ずかしそうに笑う。あまりにも自然なその仕草も、相変わらずキザで、くすぐったい。
けれど跡部はそれには触れず、再びジェラートをねだった。名前のすぐ隣。彼女の身長に合わせるように少しだけかがむ。
「ほら、一口寄越せ。食わせろよ」
唇を軽く開いて促す。
「え!? ……は、はい」
命じられるままに、名前はスプーンでジェラートをすくって、跡部の口元に持っていく。
自分以外の誰かに何かを食べさせるというのは、やっぱりなかなか恥ずかしい。相手があの跡部ならなおさらだ。付き合って長い恋人同士だというのに、名前はつい照れてしまう。また頬を赤くした。
けれど跡部はそんな彼女の様子など気にもとめずに、差し出されたジェラートを頂いた。
「……ん、なかなかじゃねーのよ」
これはピーチだな。満足げにそう言って、跡部は指先で口元を拭う。
「おい、そっちの白いのは何味なんだよ」
「え、これはヨーグルトですけど…… 食べますか?」
気を利かせたつもりで、名前は跡部にスプーンとグラスを渡そうとした。けれど。
「……自分で食うんじゃつまんねぇよなぁ」
「ッ!」
挑発的にニヤリと笑われて硬直する。跡部の本当の目的はジェラートではなかったようだ。
(……先輩のいじわる!)
名前は心の中で叫ぶが、買ってもらった手前逆らえず、もう一度、スプーンでジェラートをすくって跡部の口元に差し出した。今度はさっぱりとしたヨーグルト味。
「……どうぞ」
細長いスプーンを持つ指先が、緊張と羞恥にわずかに震える。だけど、愛しのスポンサー様のご意向には逆らえない。
「わかってんじゃねーか」
珍しく素直な恋人を見下ろして、跡部は目を細める。ご満悦といった表情だ。口を開けて食べようとした。しかしそのとき。
「ッ!」
「きゃっ!」
名前の緊張のせいだろうか、彼女の胸元にジェラートがこぼれた。スプーンから乳白色のかたまりが落ちて、シャワーを浴びたばかりの薄桃色の肌を伝っていく。けれど跡部はためらいなく、その場所に吸いついた。
「……っ、先輩」
胸の谷間を流れ落ちる乳白色の甘みを、舌で拭い取って。そのまま痕が残るくらいに、彼女の薄い肌をきつく吸い上げる。急にそんなことをされてしまって、びっくりしてしまった名前は身体を固くする。
パフェのグラスを落としそうになりながらも、彼女は跡部からの愛撫に耐える。付けられてしまった赤い痣と、未だに自分の胸に顔をうずめている跡部を見下ろして、おずおずと尋ねた。
「……もしかしなくても、わざとですか?」
「……当然だろ?」
上目遣いで笑われる。面白がるように細められた、青い瞳に鼓動が跳ねる。跡部から見上げられるなんて。なかなかないシチュエーションに、名前はますます赤くなる。
(……夜は免税店行くって約束してたのに)
恥じらいと期待に潤んだ瞳を、名前はぎゅっと閉じる。トップスの胸元が、遠慮なく広げられていく気配。
胸の膨らみに手を添えられて、シャワーを浴びたばかりの素肌を、ジェラートで冷えた舌で愛される感覚に、ぞくぞくとした心地よさが駆け上がる。
……今夜の買い物の予定は、キャンセルになってしまいそうです。
***
カーテンの隙間からは、早朝の優しい日差しが差し込んでいる。空はすでに明るかった。跡部はうっすらと目を開けた。ベッドサイドの時計に視線をやって、今の時刻を確認する。
まだ日が昇って、一時間も経っていない。まだ眠っていたかった跡部は無意識に、隣にいるはずの小さな身体を探す。ベッドの中で手を伸ばした。素肌にシーツが擦れる感覚が心地いい。
普段は早起きな跡部だったが、昨日は色々とはしゃぎすぎて疲れたから、可愛い彼女をぎゅっと抱きしめてもうひと眠りしたかったのだ。けれど、そう広くないベッドのはずなのに。
「…………あん?」
手を伸ばせども目的のものはヒットしない。なんとなく機嫌を悪くしながらも跡部は裸の身体を起こす。
「……どういうことだ?」
広々とした寝室は自分一人だけだった。すぐ隣のベッドを見ても彼女がいない。昨夜も使われなかった二台目のベッドは、濃色のベッドライナーも綺麗に掛かったままの手つかずで、誰かが使っている形跡はない。
続きの他の部屋にでも行っているのだろうか。しかし、サイドテーブルに置いていた自分の携帯を見ると、メール着信のお知らせランプが点いていた。
『マルガレーテと浜辺お散歩してきます。朝食までには戻りますね』
「……チッ」
身支度もそこそこにルームキーを持って、跡部は急いで部屋を出る。
柔らかな陽光が降り注ぐ朝のビーチ。履いていたサンダルを片手に持って、名前は浅瀬で愛犬と遊んでいた。彼女が水面を蹴るたびに、エクリュのワンピースの裾が揺れ、美しいしぶきが飛び散る。
そばにいる愛犬も楽しそうに、しっぽを振りながらばしゃばしゃと歩いている。この時間はまだ、ほとんど人はいない。
「――オイ、名前!」
「景吾先輩」
遠くから名前を呼ばれて、彼女は振り返る。シーシェルモチーフのヘアゴムでくくられた、綺麗な髪が潮風になびく。マルガレーテも、跡部の方を向いた。
「テメー、一人でホテルの外出るなって言っただろうが!」
海には入らず砂浜から声を張って、跡部は名前を叱る。日本人も多すぎるくらいの海外リゾートだけど、やはりどうしても心配なのだ。
「ひとりじゃないですよっ、マルガレーテと一緒ですっ」
「ワンッ!」
能天気な声に、明るい鳴き声が続く。いつのまにか、愛犬の頭にはハイビスカスの造花がつけられていた。おそらくは彼女が、現地のコンビニで買ったものをつけたのだろう。
可愛いような、間抜けなような。けれど今は、そんなことを気にしている場合ではない。
「ふざけんじゃねぇ、マルガレーテを数に入れんな」
「えー」
「言い訳すんな! 出かけたいなら俺を起こせ!」
「だって」
「うるせぇ、下らねぇ遠慮はいらねぇんだよ!」
心配させるな。普段は遅くまで寝ているくせに、こんなときばかり早起きな彼女を、言外にそう叱ってから。
跡部は海に入ってきた。足元は濡れてもいいサンダル。そのままざぶざぶと、名前のところまで歩いて行く。その手を取って、引きずるように連れて行く。
「ほら、ホテル戻るぞ」
心配して、わざわざ迎えに来てくれたのだとようやく気がついて。名前は恥ずかしそうに笑う。小さな声でハイとだけ答えた。そんなにかよわい子じゃないのに、お姫様扱いに照れてしまう。
頭に花を咲かせたマルガレーテも、上機嫌で二人のあとに続く。早朝の海辺を歩く二人と一匹。ばしゃばしゃと水の跳ねる音がする。
「……宍戸さん、俺、跡部さんが羨ましくて仕方ありません」
少し離れたところから、オペラグラスで二人の様子をうかがうのは。好きなタイプは浮気しない子、行きたいデートスポットはその子の行きたいところ、鳳である。
「長太郎……」
後輩のノゾキ趣味に宍戸は呆れる。オペラグラスなんて一体どうして持っているのか。
「つか、ここ海外なのに知り合いいすぎだろ……」
お盆休みのオンシーズン。免税店やビーチで同じ学園の知り合いを沢山見かけた。隣にいる後輩もその一人。
しかも、昨日はホテル前で、日本のテレビクルーにまで遭遇してしまった。人気の女子アナを生で見れたことは嬉しかったけど、せっかくの海外旅行の意義を見失いかけた宍戸は、ため息をついた。
「……正月は、国内にしよ」
悔しがる後輩の横で小さくつぶやいた。