【跡部】続・みえない星(二)
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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くすんだゴールドのアンティーク調の目覚まし時計が、先ほどからずっとジリジリと鳴っている。ベッドサイドのその目覚ましと、外の小鳥のさえずりで、彼女――名前は目を覚ました。白いカーテンの隙間からは、朝の日差しが差し込んでいる。
まだ眠い目を擦って、名前はベッドから起き上がる。視界に飛び込んできたのは、一応自分の部屋なんだけど、まだ見慣れない景色だった。インテリアもリネンも全てが優しげなアイボリーで統一された、ヨーロピアンな可愛らしいお部屋。小さなテーブルの上には淡いイエローのオールドローズが飾られている。
「――名前! 朝ご飯できてるわよ!」
階下から母に呼ばれて、彼女は声を張って返事をする。リビングに向かう前に、ふとカーテンを開けて外を見た。窓を開けて身体を乗り出すと、はす向かいには某国の大使館。そう。ここは名前の両親の駐在先であり、そして恋人の跡部の留学先の、イギリスだった。
冬の終わりでもう学校は自由登校になり、卒業式はまだだけど高校三年生は事実上の春休み。名前は準備もかねて、両親と跡部に会いにイギリスに来ていた。着替えと身支度を終えてから、名前は両親の待つダイニングに向かう。
「……もう、遅いじゃない。トースト冷めちゃうわよ」
「ごめんなさい、お母さん」
「おはよう、名前」
「……お父さん。おはよう」
ダイニングには穏やかな笑みを浮かべるエプロン姿の母と、メガネをかけて英字新聞を読む父がいた。テーブルには三人分の朝食とコーヒーが並んでいる。
こうやって一緒に朝の時間を過ごすなんて、一体何年ぶりだろう。両親の幸せそうな笑顔に、名前の胸はしめつけられる。妙に機嫌の良さそうな父は新聞をテーブルに置くと、唐突に口を開いた。
「ああ、今日は何て素晴らしい朝なんだろうな! 名前、私のアンジュ! お前と再び食卓をともにすることが出来るなんて!」
大げさなジェスチャーまでつけて、父は芝居がかった口調で言う。
「…………」
昨日の夕食も一緒だったはずなんだけどな。心の中で、名前はぽつりとつぶやく。
「しかも来年からは、お前とずっと一緒にいられる! まったく跡部くんさまさまだ!」
「……お父さん」
昔はもう少しまともだったはずだ。たった数年の海外勤務で人格までもが激変してしまった父に、名前は生ぬるい視線を送る。ちなみにアンジュとは、某国の言葉で天使という意味である。
「……あなた、目玉焼きもういらないなら下げるわよ」
「まだ途中だ! 見ればわかるだろう!」
「なら早く食べてしまってください。新聞は後でいいでしょう」
「……わかったわかった。全くお前はいつも小うるさい」
母にたしなめられて、父は仕方がなさそうに食事に戻る。職場では厳しくても、家庭ではごく普通の子煩悩なお父さん。昨夜は数年ぶりの自分との再会を涙を流して喜んでくれた父に、名前は思わず笑みをこぼす。
「……名前も、今日は跡部くんのところに行くんでしょう?」
けれど、彼女は促すような母の言葉に、現実に引き戻される。
「あ、そだった!」
うっかり忘れていた。名前は慌てて時計を見る。いつの間にか、約束の時間の十分前。
「やば! もう行かないと!」
「……ちょっと、ご飯は?」
「ゴメンなさい! お母さん!」
用意された朝食には手を付けず、名前はカバンとコートを抱えて、家を飛び出した。
「……ホントにもう、仕方のない子ねぇ」
苦笑する母の向こうのテレビからは、現地の今日の様子を伝える英語のニュースが流れていた。
石畳の歩道の傍らには、同じく石造りの時代を感じさせる建造物が立ち並んでいる。昨夜の雪でうっすらと化粧をした異国の歴史ある街並みは、まるで絵画のように美しく、異国の情感溢れる光景に、名前は感慨深げにつぶやいた。
「……わあ、ホントにイギリスなんだぁ」
白い息を吐きながら、彼女は寒さと興奮に頬を染める。しかし、今日はあいにくの曇天。空は灰色の雲に覆われていて、雨は降っていないけど霧が出ている。けれど、昔見た外国映画のような景色に、名前はご機嫌だった。キョロキョロと辺りを見回しながら楽しげに、歩道をお気に入りのブーツで歩く。
通りを闊歩するのは彫りの深いイギリスの人々ばかりで、道路に掲げられている標識は全て外国語。日本語なんてどこにもない。往来の車もときおり日本車も見かけるけれど、見慣れない外車も多く、東京とは違う外国らしい景色に、名前はただ感動していた。
「……って、いけない早く行かなきゃ」
約束の時間ぎりぎりに家を出たのにも関わらず、自分の歩みがいつのまにか遅くなっていることに気がついて、名前は腕の時計を見た。時刻は待ち合わせの時間ちょうどを指していた。
「わっ! もうこんな時間!」
大慌てで住宅街の小路を走り抜けて、名前は大通りに出る。すると、早速声を掛けられた。
「――おせーぞ、名前!」
なにやってるんだ、とばかりのその声は。
「景吾先輩!」
嬉しさに、名前は頬を上気させて駆け出す。そこには、黒塗りの車をすぐそばに待たせて、歩道で腕組みをしている跡部がいた。
上背のある逞しい体躯に、ブラックのロングコートはよく似合っていて。相変わらず綺麗な青い瞳と金茶の髪も、この異国の街並みによく馴染んでいて、まるでこの国の人のようにすら見える。名前にとっては、お正月ぶりの大好きな姿だった。
「ったく、しょうがねぇヤツだな。早く乗れ」
しかし、一応は路上駐車中。再会の挨拶もそこそこに、跡部は名前を車の後部座席に押し込んだ。自分も乗り込んでドアを閉める。間を置かずに、エンジンがかかる。今日の目的地は、跡部のイギリスのお屋敷だ。
「……すごい、イギリスだ。本当にイギリスだぁ」
せっかく跡部と再会できたのにも関わらず、名前は車窓の景色に夢中だった。跡部とは反対方向に身体を向けて、ずっと窓の方ばかりを見ている。
「あーん? 秋も来ただろうが」
異国といえども、ここでずっと暮らしている跡部にとっては、もう珍しくもない日常の風景だ。呆れたように、跡部は息を吐く。
「あ、あのときは、弾丸ツアーであんまり見れなくて」
そんな彼の様子に名前は慌てて言い訳をする。けれど、跡部はあくまでもクールだ。
「そういえばそうだったかもな。でも、そんなキョロキョロする必要もねぇだろ。どうせもう春からはこっちに住むんだから」
「それはそうなんですけど……」
渋々と、名前は跡部に向き直る。窓の方に向けていた身体を、跡部の方に向けた。愛しの彼女の関心が、やっと自分に向いたことに満足し、跡部は無意識に口角を上げる。
「そういえば、こっち着いたの昨日だったんだよな。オヤジさんたちは元気にしてたか?」
「あっ、はい。すごく元気で……」
というよりは、大喜びの父が鬱陶しいくらいだったと、名前ははにかんだ笑みを浮かべる。その嬉しげな笑顔に、跡部も幸せな気持ちになる。
「まあ、数年ぶりの再会ならしょうがねぇだろ」
そんなお喋りをしているうちに、車は跡部のお屋敷に辿り着く。東京のお家と比べる小規模だけど、それでも立派な邸宅だ。吸い込まれるように正門をくぐり抜け、車は速度を落としてアプローチを走る。窓外の真っ白な雪の積もったイギリス式の庭園に、名前はぽつりとつぶやいた。
「わぁ、綺麗……」
いつの間にか空は晴れていて、薄青い空と銀世界のコントラストが美しかった。
「……さすが本場は違いますね」
名前は感動にため息を吐くが、
「そうかぁ? そんな変わらねぇぞ」
見慣れているせいかやはり跡部は現実的だ。思わず名前はそんな彼に言い返す。
「そんなこと言わないでくださいよっ!」
二人がじゃれているうちに、車はお屋敷のポーチに辿り着いた。家主の戻りを待っていたメイドが、うやうやしく後部座席のドアを開ける。跡部は車から降りると、当然のように名前に手を差し出した。その手を取って、名前もまた降車する。
この国では当たり前の、マナーとしての女性への親切。けれど、跡部が行うと本当に貴公子然として見える。
「……お帰りなさいませ。お坊ちゃま、名前様」
「ああ」
「ミカエルさん! お久しぶりです!」
見知った人物に迎えられ、名前は喜びに声を上げる。東京のお屋敷でもお世話になった、跡部家の使用人のミカエルだ。仕立てのよい執事服に身を包んだ彼に、名前はぺこりとお辞儀をする。
「お久しぶりでございます、名前様。お部屋でセーブルが待っておりますよ」
「ほ、ホントですか!」
「ええ」
「ホラ、いいから行くぞ。名前」
しかし、待ちかねた跡部に促され、名前は彼の私室に向かった。
確かにイギリスなんだけど、それでも部屋の中にいると、東京の跡部のお屋敷にいるみたいな気になってくる。部屋の内装自体は日本とあまり変わらないし、ミカエルさんのように東京の頃からの馴染みの人もいるし。
けれど、正面にある暖炉は東京のお屋敷にはなかったものだ。炉の中心ではゆらゆらと炎が揺らめいて、その熱は名前と跡部が二人並んで座っている、ソファーのあたりにまで伝わってくる。けれど、この炎はイミテーション。実際は暖炉を模したガスストーブだ。
小さな愛猫を膝の上に乗せて、さっそく名前は跡部に甘えていた。跡部の肩に身体をもたせかけて、彼を見上げる。
「お正月ぶりですね」
「そうだな」
「でも、あんまり久しぶりって感じしないです」
「ま、ブログとかでやりとりしてたからな」
「そうかもしれません」
くすりと名前は微笑む。そして、ずっと思っていたことを口にした。
「でも、景吾先輩があのブログあんなまめに見てくれるなんて思ってませんでした」
忙しいはずなのに、跡部は数日に一度は更新をチェックしてくれているようだったのだ。時折はコメントも残してくれて、電話やメールでのやりとりで、ブログの話題が出ることも多かった。
「……俺様がやれって言ったんだから、見るに決まってんだろ」
元々は跡部への近況報告用として始めたブログ。最近は当初の目的を忘れそうになりながらも、それでも名前はほぼ毎日楽しく更新している。
「大学のお勉強とか、忙しくないんですか?」
それでも負担になっているのではないかと心配して、名前は跡部に問いかけた。
「テメェ、俺様を暇人扱いとはいい度胸じゃねーか」
「えっ!? ちっ、違いますよ」
「……冗談だ。ま、なんつーか忙しいときほど、見たくなるんだよな」
しかし、そんな気遣いは無用だったようで、名前は不意に跡部に手を握られた。跡部はそのまま、つないだ手を自分の口元に持っていき、その手の甲に口づける。
優しい言葉と優しいキスに、名前は頬を淡く染めた。しかも、暖炉の炎のせいか、跡部の頬まで赤く染まって見えた気がして。
「……嬉しいです」
恥ずかしそうに、名前は微笑む。そして、自分たちを暖めてくれている正面の暖炉に、改めて視線をやった。
「……あ」
飾り棚の上の写真立てにようやく気がついて、名前は小さな声を上げる。氷帝テニス部が全国制覇を成し遂げたときの写真と、もう一枚。いつかブログに上げた、自分のピンショットが飾ってある。
「みんなの写真と私の写真だ」
「……気づくのがおせぇんだよ、お前は」
「ブログの写真、わざわざ印刷してくれたんですか?」
感動のあまり、名前は聞かなくても分かることを尋ねてしまう。けれどもちろん、素直に「そうだ」なんて答えてくれる跡部ではない。
「……つか、テメェ何いつのまに鳳と仲良くなってんだよ」
あっさりと話題を変えられて、逆に不貞を責められてしまう。
「え?」
「何がフォルちゃんだ。堂々と浮気しやがって」
「な、何言ってるんですか! あれは……」
そんなつもりなどあるはずもなく、しかも彼女にとっては昔の出来事を急に持ち出されて、名前は慌てる。あわあわとしながら視線を逸らして、なんとか言い訳を探そうとする。
「ふざけんな。許さねーぞ」
しかし、跡部は眼光鋭く名前に迫る。冗談なのか本気なのか。逃がさないとばかりに、繋いでいる手に強く力を込められて、名前は思わず肩を竦める。既に充分すぎるくらいくっついているのに、さらに身体を跡部の方に引き寄せられた。
こう見えて意外とやきもち妬き。好きな子をイジメるのが大好きなキングからのお仕置きを覚悟して、名前はギュッと瞳を閉じる。空いている方の跡部の手が、名前の顎に添えられた。……彼女の膝の上にいた子ネコは、いつの間にかいなくなっていた。
***
触れるだけの優しい口づけは最初の数度だけ。すぐに口内に舌を入れられて、貪るように求められる。そのまま、名前はソファーに押し倒された。
「……せん ……ぱいっ」
本当にこのまま、こんなところで行為に及んでしまうのだろうか。今二人がいるソファーはソファーとしては立派だけど、寝台としてはやはり手狭で、身じろぎもままならない名前は不安げな声を漏らす。
けれど跡部はその呼びかけには答えずに、片手で彼女のスカートをたくし上げる。そのまま、そこに顔を近づけて。白くて柔らかな名前の太腿の、付け根近くに唇を這わせた。ぬるりとした舌の感触に、名前は反射的な悲鳴を上げる。
「……ッ!」
まさかそんな場所を舐められるなんて思っていなかった。驚きと羞恥に、名前の身体が強張る。しかし、狭いソファーの上では抵抗もままならない。彼女はそのまま跡部の行為を受け入れる。
普段の愛撫はもっとストレートで、こんな妙なことはしたがらないのに、今日はどうしたんだろう。名前は跡部に愛されながら、ぼんやりと靄のかかった頭でそんなことを考える。けれど、そのとき。くちゅりという水音と同時に、彼女の内腿にわずかな痛みが走った。
「……ッ」
キスマークなんて首筋でも恥ずかしいのに、そんな場所に付けられて、名前は泣きそうになってしまう。だからといってやめてとも言えずに、彼女はただ身体を硬くして跡部の愛撫を受けた。濡れた舌が肌を這う感覚に、ぞくぞくとした痺れを感じる。痛みを伴う口づけも何度も落とされて、その度に名前は息を呑み、胸の鼓動を早めてしまう。
不意に、欲情した跡部の吐息が彼女の脚の間にかかった。まだ下着越しとはいえ、自分の脚の間に顔を埋めている彼の気配を濃厚に感じてしまい、名前はその場所を潤ませる。
最初はただ恥ずかしくて、やめて欲しいというだけだったけど、今はなぜか焦らされているような、もどかしい気持ちになっていた。素直すぎる身体に若干の自己嫌悪を感じながらも、名前は身体の奥まった場所を、彼に促されるままに昂ぶらせる。跡部に愛される、その心地よさには抗えない。
無意識に、彼女は熱っぽい息を吐く。身体は既に充分に熟して、呼吸も乱れ始めていた。自分の行為にすっかり参っている様子の愛らしい恋人を見下ろしながら、跡部は艶やかな低い声で問いかけた。
「……ここでされるのとベッドでされるの、どっちがいいんだ?」
純白のベッドシーツの上にそっと名前を寝かせて、跡部は彼女に口づける。何度も繰り返しその柔らかな感触を味わいながら、跡部は名前の衣服を一枚一枚はぎ取っていく。
両の瞳をそっと閉じて、甘やかな口づけに浸っている様子の彼女には、もう抵抗するつもりはないようだ。大人しく脱がされていく。そして一糸纏わぬ姿にされると同時に、名前は跡部に大きく脚を広げられた。そのまま彼に覆い被さられる。
跡部は今度は自分のシャツに手を掛けると、彼女の首筋に唇を寄せながら、その胸元を片手ではだけさせていく。あっという間に全てのボタンを外すと、跡部は投げ捨てるようにシャツを脱いだ。今度は名前の喉元を吸い上げる。薄い肌を執拗に吸って、そこにも鮮やかな痕跡を残していく。
「せんぱい…… そんなとこ……」
見えちゃう、という名前の抗議には、もちろん跡部は耳を貸さない。むしろ逆で、わざと見えるところに痕をつけているのに、それに気づかない鈍い恋人が小憎らしい。
「……タートルでも着とけばいいだろ」
ぶっきらぼうに言い捨てると、跡部は今度は名前の身体の下方に唇を滑らせた。柔らかな二つの膨らみの愛撫に移る。片方の先端は指先で、そしてもう片方の先端は舌先で、跡部はそれぞれを同時に可愛がる。
「……っ」
感じてしまう場所を同時に弄られて、名前の息遣いがさらに荒くなる。時折からかうように痛くされて、その度に名前は白い喉を仰け反らせる。甘い刺激に声を我慢することもできず、薄く開いた唇から、彼女は間断なく欲情に掠れた喘ぎを漏らす。
もう何度も身体を重ねているのに、こうやってほんの少し触れられるだけで、彼に夢中になってしまう。自分の浅ましさに、名前は目尻に涙を浮かべた。
けれど、今の彼女の心の中にあったのはもっとしてほしいという思いだけ。跡部もまた、名前のそんな思いに気づいているのか、さらに行為を進めていく。柔らかな膨らみの頂付近にも痕を残して、満足そうに唇の端を上げた。しかし、彼の下にいる名前は、非難がましい目で跡部を見上げる。
「せんぱい……」
「下着つければ見えねぇだろ」
「……ッ」
何を言っても、どうやら今は聞いてもらえないようだ。ようやく彼女はそのことに気がつき、肩口を震わせる。けれど、あまりにも甘い跡部のお仕置きに、従順な身体はとろりとした体液を溢れさせていた。
大好きな跡部にもっと触れてもらいたい。熱を持ったその場所を、彼自身で満たして欲しい。浅ましい願いが心の内に浮かび、名前は羞恥に瞳を潤ませる。間を置かず、まるで彼女の願いを叶えるように、跡部の指先が名前の下腹部に伸びてくる。
「……ッ!」
既に一糸纏わぬ姿にされていた。潤った入り口に直接触れられて、名前は反射的に身体を固く縮めてしまう。細い脚に力が込められ、名前は広げていた脚を無意識に閉じようとする。しかし、それを許す跡部ではない。名前の耳元で甘く囁いて、彼女を自分の意のままに操ろうとする。
「……ちゃんと力抜け」
跡部の艶やかな低い声は、まるで媚薬か何かのようだ。名前は高熱にうかされたような錯覚を覚える。あれほどまでに感じていた羞恥が次第に薄らいでいき、名前は跡部に命じられるまま身体を緩めて、自分から大きく脚を広げてしまった。まるで彼を誘うように、脚を折り曲げて腰を浮かせる。
彼女のねだるような仕草に、跡部は満足げな表情を浮かべる。
「……可愛いぜ」
裸の恋人のいやらしい姿を褒めてやりながら、跡部は彼女の割れ目を探る。その場所は既に充分すぎるくらい潤っていた。自尊心と征服欲が満たされて、跡部は青い瞳を眇めて笑う。加虐心が煽られる。
清らかで愛くるしい彼女を、こうやって溺れさせてゆくのが、跡部はたまらなく好きだった。性感の虜になって、思うさま乱れる姿を鑑賞するのは、この上もない快感だ。もっと良くしてやりたい。甘く喘ぐその姿を、もっと見たい。
奥まった小さな入り口はすぐに見つかって、跡部はまるでご褒美を与えるように、その場所に長い指を差し入れた。粘性の水音が彼の耳に届く。
名前の身体の内側は、跡部の予想以上に熱を持って柔らかかった。跡部が指先を動かすたびに、蜜のような体液が彼女の中から溢れだし、彼の愛撫の手助けをする。丁寧に内側を探って、彼女の準備を整えてやりながら、跡部は割れ目の上部の突起に触れた。
「や……っ!」
ひときわ甲高い声悲鳴が上がる。まだ、包皮の上から触れられているだけなのに、跡部によって高められてしまった名前の身体は、あまりにも素直な反応を返してしまう。
「そこ……っ や……っ」
もたらされる快感に戸惑っているのか、名前は涙に潤んだ瞳で跡部に縋る。白い裸身を跡部の逞しい身体に押しつけて懇願する。しかしその言葉に説得力はない。細い腰は快感にくねり、跡部に指を差し入れられているその場所も、彼の愛撫を喜ぶようにひくひくと震えていたからだ。
「……イヤじゃねぇくせに、素直になれよ」
楽しげに喉を鳴らして、跡部は名前をもっと感じさせてやるべく、彼女の突起の包皮を剥いた。容赦なく直接刺激する。
「……っ!」
その瞬間、電流が流れるような衝撃が彼女の身体を駆け抜けた。反射的に、名前は息を呑んで瞳を閉じる。彼女の様子を確かめながら、跡部はさらに名前の入り口に指を足し、剥き出しの突起を引っ掻くように刺激する。不意に彼女のつま先がピンと伸び、全身が瞬間的にこわばった。
自分の腕の中で心地よさそうに頂点を迎える裸の恋人を、跡部は満足げに見届けた。
名前が頂点の余韻に浸っているうちに、跡部も全ての衣服を脱ぐ。未だに放心している様子の彼女を強引に引き起こして、次の行為を要求した。
「お前も痕つけろよ」
「……え?」
予想だにしないことを命じられ、名前は戸惑う。困ったような表情で、跡部を見上げた。
「でも……」
「いいから、ほら」
「……ッ」
ベッドの上での彼の命令は絶対だ。仕方なく、名前は跡部の脚の付け根に口づける。自分がされたように唇を滑らせて、舌も使って奉仕する。
しかし。いかに小さな痣とはいえ、跡部の肌に傷をつける勇気など名前にあるはずもなく。彼女はひたすら跡部の内腿に舌を這わせるばかりで、頑なに痕をつけようとしない。
「……ほら、ちゃんとやれ」
けれど、跡部はよほど自分の言うことを聞かせたかったのか、強引に行為をさせようとしてきた。名前の後頭部に手をやって、彼女の顔を強引に自分自身の方に引き寄せる。しなければ離してもらえない。恥ずかしさを我慢しながらも、名前は跡部に従う。
「……ッ」
恐る恐るといった様子で、名前は跡部の内腿に遠慮がちに痕をつけた。小さなものをひとつだけ。大好きな跡部の磁器のように美しい肌に痣をつけるのは、やはり名前には難しかった。
けれども、彼女らしい控えめな口づけに、跡部は溜飲を下ろす。瞳を揺らして戸惑う様子も愛らしく、跡部は名前にさらなる行為を強要する。健気に奉仕する彼女の姿を、もっと見ていたい。
「足りねぇな、もっとしろよ」
「…………」
羞恥に泣きそうになりながらも、跡部に逆らえない名前は、言われた通りに彼の脚の付け根に痣をつけていく。ちゅくちゅくと音を立てながら数個ほどつけて、気遣わしげにその赤い痕を舐めた。まるで傷を癒そうとする獣のように。
そんな彼女を見下ろしながら、労うように、跡部は名前の髪を優しく撫でる。恥ずかしがりながらも、自分のために頑張って尽くしてくれる姿が愛しい。小さな赤い舌を伸ばして自分の身体を舐める姿も子ネコのように愛くるしく、加虐心がかきたてられる。
次は何をさせようか。そんなことを考えながら、跡部は名前の美しい髪を一房取って、口づけた。
「……んっ ……あん」
甘い喘ぎを漏らしながら、名前は恍惚に浸った様子で跡部のものを頬張っていた。両の瞳は既に焦点を結んでいない。そのままの流れで、跡部は彼女に口淫をさせていた。素直な名前は彼に命じられるまま、跡部のものを口に含んで懸命に奉仕している。根本までくわえ込んで、裏側の線条にも舌を這わせて、丁寧な愛撫を行っていた。
跡部は満足げな表情で名前を見下ろしながら、彼女の頭を労るようにそっと撫でる。温かく潤んだ名前の口内はたまらない心地よさだった。興奮に、跡部のものがさらに固さを増していく。いつの間にこんなにも上達したのか、彼女の舌遣いは存外に巧みで、そんなところも跡部をさらに喜ばせる。
名前もまた、相当興奮してしいるようだ。当初は控えめだった奉仕は、今やとても大胆で、跡部を容赦なく追い立てている。自身を限界まで充血させてから、跡部は用意していたラテックスを手に取った。
「――そろそろ入れてやるよ」
言うと同時に、跡部は彼女を引っ張り起こして、改めてベッドに押し倒した。華奢な身体に跨がって、手早く個包装を開けて自分自身に装着し、充血しきった自身の切っ先を、名前の潤んだ割れ目に宛がう。
これ以上焦らす余裕は跡部にもなかったのか、挿入はすぐに行われた。心地よい圧迫感に、名前はうっとりと息を吐く。小さな割れ目が押し広げられ、跡部のものがずぶずぶと彼女の身体の奥まで侵入していく。
ようやくその場所を満たしてもらった幸せに、名前は浸った。何度回数を重ねても、愛しい人とひとつになるこの瞬間の幸福は、何にも代えられない。
「あっ、ん……っ」
痺れにも似た快感にたまらず声を漏らして、しがみつくように抱きついた。か細い両腕を懸命に跡部の肩に回して、しなやかな両脚を彼の腰に絡める。跡部も名前を抱きしめ返して、しばらくの間、二人はじっと抱き合った。跡部の前戯で柔らかく潤んでいた名前の内側が、彼の形にぴったりと馴染んでいく。
不意に名前がうっとりと息を吐き、彼の身体に絡めていた手足をわずかに緩めた。苦しさが和らいだのだろう。それを合図に、跡部は抜き差しを開始した。
ぬるついた内壁を跡部に擦り上げられながら、名前はひたすら心地よさそうに喘ぐ。出し入れをされるたびに、切なげな喘ぎと熱を帯びた吐息と、さらさらとした透明な蜜とが、彼女の身体から溢れていく。
先ほどまでの愛撫で相当興奮していたのか、まだ入れられたばかりだというのに、名前の身体は頂点を迎える寸前のようだった。彼女自身の内側も熱くとろけるようで、さらなる快感を求めて跡部のものを締め上げてくる。
自分自身の欲求にとても従順な、無垢な身体を満足させてやるべく、跡部は名前を貫くペースを上げていく。
跡部の律動にあわせた名前の息遣いと淫猥な水音が、広い室内を満たしていく。愛する跡部ともっとひとつになりたくて、名前は彼にしがみつく腕に力を込めた。薄く汗の滲んだ互いの素肌が密着し、二人の距離がゼロになる。
名前の脚が跡部の腰にさらにきつく絡められ、細い腰が浮かされた。蜜の溢れる入り口が、さらなる挿入をねだるように上を向く。彼女に促されるまま、跡部は腰を揺らして自分自身をさらに奥まで差し入れる。そのとき、名前の甘い喘ぎが跡部の耳に届いた。
「あっ…… んっ……」
喜びの滲んだ愛らしい声音に、跡部の嗜虐心が頭をもたげる。恥ずかしがり屋なくせに快楽に従順な彼女に、とっておきの意地悪をしたくなる。
「……気持ちよさそうにしやがって」
青い瞳を欲望に眇めて、跡部は自分の下で喘ぐ名前を見下ろす。
「……そんなにいいのかよ」
「……ッ!」
跡部に羞恥を煽られて、名前は小さく息を呑む。予想通りの純な反応に、跡部は口の端を上げて笑う。完全に余裕をなくしている様子の彼女をからかうように、唐突に抜き差しをぴたりと止めた。
「えっ……?」
それは、あまりにも残酷なおあずけだ。前触れもなく訪れた喪失感に、名前は涙をこぼしそうになってしまう。どうして急にそんなことをされるのかすらも分からずに、困惑に瞳を潤ませて名前は跡部を見上げた。
けれど跡部は楽しげな笑みを浮かべて、彼女をさらに追い詰めていく。無茶な要求をつきつけた。
「……たまにはお前が動いてみろよ」
「でも……」
「でもじゃねぇ」
「……っ」
最中の彼には逆らえない。仕方なく、名前は自分から腰を動かし始める。跡部の裸の胴回りに脚を絡めたまま、彼の下で、固くたちあがった跡部のものに、
自分の柔らかな場所を打ちつける。
「……っ ……んっ」
けれど。彼の下ということもあり、名前にとっては非常に動きづらい体位で、既に熱を持って疼いている彼女のその場所は、少しも満たされない。懸命に身体を揺すって快感を得ようとしても、ちっとも上手く行かず、あまりのもどかしさに、名前はまなじりに涙を浮かべる。
「……んっ ……つっ」
しかし、名前は涙をこらえながら、跡部の身体に自分の腰を繰り返し打ちつける。そんな彼女の姿に、跡部は嬉しそうに目を細めた。小さな耳殻に唇を近づけて、吐息混じりの声で囁きかける。
「……可愛いぜ」
「……っ!」
自分のいやらしさを改めて意識させられ、ついに名前の瞳から大粒の涙がこぼれる。
「いじわる……っ」
「今さら何言ってやがる」
そう言って、けれど跡部はやりすぎを詫びるように、愛しい恋人の涙を自分の唇で拭った。
「……じゃあ、今からは俺がしてやるよ」
身体の最奥まで跡部のものを容赦なく差し入れられて、そして勢いよく引き抜かれる。ずっと求めていた甘やかな痺れをようやく与えられ、名前は恍惚に浸っていた。薄く開かれた唇からは甘く媚びたような声が漏れ、跡部と繋がり合っているその場所からは、透明な蜜を溢れさせている。
しばらくの間、抜き差しを楽しんだあと。繋がり合った状態のまま、跡部は名前を抱え起こした。そのままベッドの上で、互いに向かい合う体勢で彼女を抱きしめる。名前もまた跡部の抱擁に応えるように、自分の腰を彼自身に強く押しつけた。挿入が深くなり、名前は幸せそうな息を漏らす。
密着度の高い体勢で、跡部は改めて愛しの彼女と繋がり合う喜びを感じていた。会えなかった時間が埋まって、寂しさも消えていくような、そんな気持ちだ。彼女を抱きしめる腕をわずかに緩めて、跡部は名前に口づける。触れるだけのキスを角度を変えて何度も、彼女に降らせる。
跡部との口づけを楽しみながらも、名前は時折切なげな喘ぎを漏らして、彼の下腹部に押し当てている自分の腰を、もどかしげにくねらせた。自分自身を身体で求められるのが嬉しく、跡部は口の端を上げて笑う。可憐な恋人のいやらしい仕草に、愛しさがこみ上げる。
跡部は名前の身体に回していた腕を放して、自分の上体をベッドに倒した。何も言われていないにもかかわらず、名前は自分から片手を身体の後ろについて、細い腰を揺らし始める。焦点の定まらない瞳で、興奮に頬を紅潮させながら、彼女は自分ひとりで高みに昇ってゆく。
名前が倒れ込んでしまわないように、細い腰を支えてやりながら、跡部は彼女の媚態を見上げた。淡いピンクのグロスで縁取られた唇は薄く開かれ、しなやかな白い身体には薄く汗が滲んでいる。彼女が腰を揺らすたびに、豊かな両胸の膨らみがふるふると揺れ、跡部の目を楽しませる。
一番感じてしまう下肢の突起を跡部の身体に擦りつけながら、誰に尋ねられてもいないのに、彼女は掠れた声でつぶやいた。
「……気持ちいい……」
あまりの心地よさに、艶然とした笑みを浮かべて。彼の上で裸の身体を揺らしながら、名前はを跡部を浅ましくねだる。
「気持ちいいから…… もっと……」
「……仕方ねぇな」
緩やかに揺れている彼女の腰を、跡部は両手でしっかりと掴んだ。どんなにいやらしいことをしても、今日は許してもらえそうだ。
勢いよく突き上げられて、乱暴に前後に揺すられて、しかし名前は、心地よさそうな声を上げる。思うさま彼女を乱してから、そのまま跡部は身体を起こして再び名前に覆い被さった。いよいよラストスパートだ。射出のため体位で、そのための抜き差しを開始する。
先ほどまでの行為でよほど昂ぶってしまっていたのか、名前の反応はとてもよかった。愛しい彼女をもっと征服してやりたくなり、跡部は名前の両の膝裏に手を入れた。ベッドの方に向けて脚を折り曲げさせてから、そのまま大きく広げる。
「ッ、せんぱい……」
屈曲の苦しさとさらに深くなった挿入に、名前は掠れた声で跡部を呼んだ。しかし跡部の青い瞳の奥に潜む熱情を感じ取り、彼女は何も言わなくなる。どこまでも彼に従順に、跡部の滾りと欲望の全てを受け止めながら、甘く喘ぐ。
脚をベッドにくっつけるように曲げさせられたまま、名前は結合部を疼かせる。姿勢は確かに苦しいけれど、その代わりいつもよりずっと気持ちいい。高波に攫われるような感覚だ。
不意に名前は、自分の無垢な身体に向けられている跡部の視線を感じ取った。入れられて感じている表情も、波打つように揺れている胸の膨らみも、繋がり合っているその場所も、全て跡部に見つめられている。
それを意識してしまった名前は、感じたことのない快感に囚われた。いやらしい姿を、見られるのが心地いい。
「……っ」
粘膜が擦れ合うのとはまた違った興奮に、彼女の身体の奥からまた体液が溢れ出す。彼の視線にすらも性感を覚えてしまう、あさましい自分に恥ずかしくなりながらも、名前は大好きな跡部に愛される幸せに浸る。
さきほどからずっと続けられている、深い抜き差しがもたらす心地よさにも抗えず、自分の身体に彼の全てが刻みつけられていくのが、嬉しくてたまらない。
もっと刻みつけて欲しい。もっと彼のものになりたい。忘れられない快感を刻みつけられて、彼なしではいられないような、そんな自分になりたい。跡部に激しく突き上げられながら、自分すら知らない心の奥で、彼女はそんなことを願う。
名前を掻き抱く跡部の腕に、さらに力が込められる。汗の滲んだ素肌が強く擦れ合い、その余裕のなさに、名前は彼の限界が近いことを察した。彼女自身もまた、跡部によって寸前まで高められていた。
そして、いよいよそのときが訪れる。跡部の体温を感じながら、愛する人と一つになれた幸せに満たされて、気がつくと名前は、華奢な身体を痙攣させていた。甲高い悲鳴が、薄く開かれた唇から溢れる。
苦しみの果てに迎えた頂点は目も眩むほどに心地よく、彼女は跡部をくわえ込んでいる自分自身を、躊躇いなく収縮させた。
「……ッ」
彼女の締め上げに促され、跡部もまた射出する。眉根を寄せて小さく呻いて、荒い呼吸もそのままに、跡部は名前に口づけた。そして、その口づけを終えたのち。心地よい疲労感に襲われて、達してしまったばかりの名前は、跡部の腕の中でついに意識を手放した。
***
「ほら、起きろ名前。雪降ってるぞ」
跡部に身体を揺すられて、彼女は目を覚ました。白いリネンで揃えられた跡部のお屋敷のベッドの中。二人ともまだ服も着ていない。
「……え?」
ぼんやりと返事をしながらも、名前は跡部に促されるまま身体を起こした。
「あっ、ホントだ……」
窓外の景色に、名前は感動のため息を漏らす。いつの間に晴れたのか、澄んだ薄青い空の下、美しい庭園には白く輝く雪が舞っていた。
一面の銀世界の中、常緑樹の下で跡部の愛犬のマルガレーテが楽しそうに遊んでいる。いつもと違う景色に興奮しているのか、元気にはしゃぎまわっていた。マルガレーテが飛び跳ねるたびに、金色の長い被毛が波打って柔らかな光を放つ。
「わ、マルガレーテだ!」
愛らしくも美しい相変わらずの姿に、名前は目尻を下げて微笑む。
「センパイ、外に出てみてもいいですか?」
裸の胸元を羽毛布団で隠しながら、わくわくとした表情で名前は跡部におねだりをする。ネコだけではなく、名前は犬も大好きだった。マルガレーテとも遊びたい。
「あーん? 仕方ねぇな」
洋服を着てコートを羽織って、二人は揃って外に出る。陽光を反射してキラキラと輝く銀世界の中を、名前はマルガレーテ目指してまっしぐらに駆けていく。白い息を吐きながら、大きな声で名前を呼んだ。
「――マルガレーテ!」
マルガレーテも名前に気がつくと、瞳を輝かせて走ってきた。積雪の上にしゃがみ込み、名前はマルガレーテを抱きとめる。嬉しそうに、マルガレーテは名前の顔をペロペロと舐めた。
久しぶりの再会を喜び合う一人と一匹の無邪気な姿に、つい跡部は笑みをこぼす。ふとあることを思いついて、ポケットから携帯を取り出すと、跡部は名前に呼びかけた。
「名前、ほらこっち向け!」
「何ですか?」
愛しの彼女とかわいい飼い犬に自分の方を振り向かせて。跡部は携帯のカメラで、大切な二人の写真を撮った。どちらとも幸せそうにしている、素敵なショットだ。
もう冬も終わりで、今日が最後の雪かもしれない。
(……楽しんどけよ)
跡部は心の中で、そんなことを思う。冬が終わって春になったら。跡部は大きく息を吸い、次の季節に思いを馳せた。
去年の春はお別れの季節だったけど、今年は違う。今年の春は再会の季節だ。今まではずっと離れていたけど、自分を追いかけて、彼女がこちらに来てくれるのだ。こちらには両親が暮らしているとはいえ、住み慣れた祖国を離れるのは怖かっただろうに、勇気を出してこの地に来てくれる。
跡部は嬉しく思う。春からは二人で、この場所で。未来に向かって進んでいくのだ。
暖炉のある部屋へ戻ってくると、暖かな炎の前で、セーブルがお腹を出してゴロゴロとしていた。弱点のはずのその場所を天井に向けて、ノビノビと身体を伸ばしている。
「あっ、セーブル!」
愛猫のあまりにもだらしない格好に、名前は慌ててセーブルに駆け寄る。
「もーこんなカッコで!」
しかしセーブルは、お腹を出したまま名前を見上げて、得意気にミャウと鳴いた。大きな青い瞳をキラキラとさせながら、構ってとばかりに身体をくねらせる。明らかに、自分の愛くるしさを自覚してのその行動に、名前は呆れる。
「もうっ!」
「……相変わらず、あざといヤツだな」
思わず跡部は苦笑する。去年の冬に拾ったときから、この小さな黒ネコのこの性格は変わっていない。
「仕方ないんだから」
けれどその可愛さには抗えない。名前はしゃがみ込んで、セーブルをそっと抱き上げた。彼女の腕の中に当然のように収まって、セーブルは満足そうに喉を鳴らす。
長かった冬がもうすぐ終わる。ずっと離ればなれだった、寒い季節の最後の思い出だ。