謙也×同級生夢主
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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パラレル「約束のプロポーズ」
「……ちゃん、あんな、おれのお嫁さんになってほしいねん」
「あ~! ユーシ、抜け駆けや! 自分ばっかずるいで!」
「あほか。こんなん先に言うたもん勝ちや」
「おれも! おれも……ちゃんにお嫁さんになってほしいわ!」
「えっ!?」
「なあ、おれとこいつどっちを選ぶんや?」
「待って、二人とも……」
「せや! 今日こそはっきりさせてもらうわ!」
「だから、まっ……」
むきになって言い合う二人を止めようとしたはずが、逆に詰め寄られて、私は言葉を失う。年の離れた幼い男の子たちのあまりにも真剣な瞳に、圧倒されてしまっていた。お嫁さんになって、だなんて。
とはいっても二人の年を考えれば、よくある子供のおままごと。あまりにも可愛らしいプロポーズ。けれど、私を見つめる二人の目は真剣で、とてもその場しのぎの言葉を返すことなんてできなくて。
「二人が大きくなったら…… 素敵な男の人に成長したら、その時答える…… それじゃダメかな?」
かがんで二人に目線を合わせながら、私は二人に微笑みかけた。こんな答えで納得してもらえるか分からないけど、これが今の私の精一杯。
「……わかった。約束やで?」
「絶対ぎゃふんと言わせたるわ!」
「うん…… 楽しみにしてるね」
小さな小指を絡めて指切りをした、遠い日の約束。離れて暮らすうちに記憶は薄れ、いつしか思い出すこともなくなっていたのに……。
***
「ふわぁ……なんだか懐かしい夢をみたような……」
あくびをしながらカーテンを開けると、外はいいお天気だった。けどさすがに冷え込んでいる。それもそのはず、今日は十二月三一日の大晦日。
「こんなにゆっくり眠ったのひさしぶりだな……」
昨日の夜にようやく仕事納めになった私は、もうくたくたに疲れていて、帰宅したあとどうにかシャワーを浴びて、ベッドに倒れ込んで泥のように眠っていた。
社会人になって約一年。我ながら本当によく頑張ったな。誰も褒めてくれなくても、自分で自分を褒めてあげたい。
それにしても。今朝の夢、何だかとても懐かしい感じがしたな。胸の中が温かくなるような、けどほんの少し切ないような。
「ん……? そっか、今日は……」
仕事の忙しさにすっかり忘れていたけれど、今日は久しぶりに親戚の家に顔を出しに行くんだった。
そういえば、数年前に尋ねた時は、大阪のお家だったな。親戚一家が東京に引っ越してから、両親は何度も行き来していたようだけど、私はまだ一度も行ったことがない。
「よし、まずは大掃除しないと!」
部屋中をひっくり返す勢いで大掃除を済ませると、時計の針は午後三時を回っていた。
「さてと……支度しようかな」
今回はお泊りだから、着替えと化粧ポーチと……。私は必要なものを次々と旅行用のカバンの中に詰めていく。
「準備完了!」
年末年始を実家以外で過ごすなんて滅多になくて、私はとても浮かれていた。そして……。思い出すのは、自分を慕ってくれていた小さな男の子たちのことだ。
「二人とも大きくなったかな……」
夢に見たあの二人にも再会できる。そう思うと私の胸は喜びでいっぱいになった。
だから……。まさかこの再会があんなことに繋がるなんて、このときの私は想像もつかなかったんだ。
目的地の最寄駅で降りると、さすが大晦日。普段込み合っているはずの駅前も人影がまばらで、閑散としている。歩道もなんだか広々としていて気持ちいい。
年末年始のお休みで帰省したり旅行に行ったり、そんな人がきっと沢山いるんだろうな。そんなことを考えながら、私はうきうきと歩道を歩く。
「……あ、そうだ途中でコンビニ寄ってこ!」
ちょうど少し先にお馴染みのロゴの看板を見つけて、私は大きな旅行カバンを持ったまま、歩みを早める。すっかり忘れていたけど、みんなで食べるお菓子に、二人にあげるお年玉も用意しないといけない。
最近の中学生はどれくらいもらってるのか、ちょっと相場がわからないんだけど、少し多めにおろしておこう。
そして、手早く用事を済ませてから。
「ふ~! いっぱい買っちゃった!」
お菓子の入ったレジ袋を手に、私はコンビニの外に出た。旅行カバンも持っているから、なんだかすごく大荷物だ。けれど、今は不思議なほどに重く感じない。
「そっか、もう中学三年生か~」
あの頃から五年も経つんだな……。目的地へと続く道を歩きながら、私は懐かしい気持ちで昔を振り返る。二人とも身長伸びたかな? 同じくらいか、もしかしたら追い越されてるかも。
「ふふっ、楽しみだな~」
年頃の男の子と何を話せばいいのか、少しだけ不安はあるものの、私は二人に会うのが楽しみで仕方がなかった。 会えない時間が長かった分、お互いに積もる話はたくさんあるはず。
「二人とも、好きな子とかいるのかな……?」
お約束の恋愛の話も、聞いてみたいな。せっかくだし、いろいろ聞き出しちゃおっと。
だけど、そんなふうに浮かれていたら。困ったことに道に迷ってしまった。
「えっと…… 確かこの道をまっすぐ……」
地図を片手に当たりを見回す。けれど、ここは似たような一軒家が立ち並ぶ住宅街で、同じような景色がずっと続いていた。目印にできる建物も、手がかりも何も見つけられず、私は次第に不安になってくる。
「ほんとに、こっちでいいのかな……?」
心細い気持ちになりながらも、私は地図に示された通りの道を進んでいく。けれど。
「…………」
どうしよう。さっきから、誰かあとをついてきている。このへんに住んでる人なのかな……。
しかもその人は、なんだか私とペースをあわせて歩いているようだ。私が止まると、後ろの靴音も少し遅れて止まる。足音の主を確かめたいけど、怖くて振り向くことができない。
まさか、こんな昼間の住宅街で……!? 恐怖に耐えかねた私は、全速力で駆けだした。すると、後ろの誰かも走り出したようで、背後の気配が濃厚になる。
「……っ!」
やだ、走ってもまだついてくる! どうしよう! 思い切って振り向くと、後ろにいたのは背の高い知らない男の人だった。
(誰か、助けて……!)
完全に冷静さを失った私がそう叫ぼうとした、そのとき。
「――ちょっ、なんでそんなバケモン見たみたいな反応するねん! 日菜ちゃんやろ!?」
急に自分の名前を呼ばれて。
「……えっ?」
驚いた私は、改めてその男の人をまじまじと見つめた。まるで脱色したみたいな金色の髪。それに見覚えはなかったけど。懐かしさを感じる面立ちに、私はようやく思い至った。
最後に会ったのは、もう五年も前だから分からなかった。年頃の男の子の成長は早い。嬉しくなった私は満面の笑みを浮かべて、その子の名前を呼ぶ。
「も、もしかして……!」
「せやで、俺や。浪速のスピードスターの……!」
「ケンタくん!」
「ケンヤや!」
「あっ! ご、ごめん!」
久しぶりすぎて間違えてしまった。けれど。
「俺はフライドチキンちゃうわ! ったく、ホンマに日菜ちゃんは変わらへんな」
明るくて優しいケンタ……ではなく謙也くんは、私のドジも笑って許してくれた。
「しかし、日菜ちゃん綺麗になったなぁ~」
「ホンマ、見違えたわ! えらいべっぴんさんになって!」
「えっ! そ、そうかな…… ありがとうございます」
「もうすっかり、年頃の娘さんやなぁ……」
久し振りに会ったおじさんとおばさんは、相変わらず元気そう。優しい笑顔も明るいノリも昔と変わらない。このにぎやかな感じ、すごく懐かしいな。まるであの頃に戻ったみたいだ。
「……にしても、ホンマ信じられへんやろ? 俺もまさか、あそこで渾身のボケがくるとは思わんかったわ」
「だからもう、ゴメンってば~!」
当初の目的地の侑士くんのお家についてからも、私はずっと謙也くんに先ほどのことをイジられていた。
昔から明るい謙也くんだったけど、今日は本当におしゃべりだ。嬉しくて仕方がないといった様子で、はしゃいでいる。そんな謙也くんを見かねたのか。
「ええかげんしつこいで、ケンタ……やない、ケンヤ。日菜ちゃんも困っとるやろ」
侑士くんが、私と謙也くんの間に割って入って来た。トレードマークの丸眼鏡がキラリと光る。
「わざわざ言い直すな!」
侑士くんは謙也くんのイトコだ。今は東京の氷帝学園の中等部に通う三年生。同い年の謙也くんとは小さな頃からのライバル同士で、昔から仲良くケンカをしていた。
侑士くんが大阪にいた頃も、よくこんなふうに……。
『――日菜ちゃん、あんな』
『あ~~! ユーシ! 抜け駆けや!』
『あほか。こんなん先に言うたもん勝ちや』
『おれも! おれも、日菜ちゃんに……!』
不意に蘇る懐かしい二人の姿。あの頃の二人は、今よりずっと小さかったけど……。私は改めて侑士くんと謙也くんの二人を見つめる。
おじさんとおばさんは、私のことを見違えたと褒めてくれたけど、本当に見違えたのは……。
「……二人とも大きくなったね」
気がつくと、私はそんな言葉を口にしていた。すると。二人は言い合いをやめて、私に向き直って胸を張る。
「当ったり前やろ~! あれからどんだけ経った思うてんねん」
「せやで、もう五年以上や」
得意満面の謙也くんに、穏やかに微笑む侑士くん。そして、侑士くんの言葉を受けた謙也くんは、不意に瞳を細めると。
「……だから俺らも、もう子供やないんやで。日菜ちゃん」
「えっ……!?」
先ほどより低い声に、少しだけ上げられた唇の端。謙也くんに、急に思わせぶりな笑みを向けられて。驚いた私はつい視線を泳がせてしまう。
男の子に下の名前を呼ばれることも殆どないから、余計にドキドキとしてしまう。
小さい頃も『日菜ちゃん』って呼ばれていたけど、すっかり大人びた謙也くんに改めてそう呼ばれると、急に気恥ずかしくなってくる。
謙也くんも侑士くんも大きくなったな。もう中学三年生。すっかり背も伸びて、テニスで鍛えた身体はとても逞しくて、すごく男の子らしくて……。
「……もう、何言ってるの! 謙也くんも侑士くんも、二人とも子供だよ!」
慌てて言い返すと、今度は侑士くんが眼鏡をくいと上げた。
「あと三年で俺らも十八歳や。あんなこともそんなことも、できるようになるんやで~」
ものすごく楽しそうな笑みを浮かべて、侑士くんは私に横目で視線を送ってくる。
「ちょっ……! 何する気なの!?」
「そんなん決まっとるやろ……」
「なっ! ユーシ、セクハラやろ!」
「どこがセクハラやねん。男が十八からできるようになるんは、結婚やろ」
「け、結婚!?」
得意げに微笑む侑士くんに、私は目を丸くしてしまう。
「せやで。最近読んだ小説でそういう話があったんや。医学生が親の反対を押し切って、年上の彼女と学生結婚する話や」
「す、すごいね……」
なんだか波乱万丈の恋模様だ。ロマンチストの侑士くんが好きそうな。
そう。侑士くんは意外なことに恋愛ものの小説や映画が好きなロマンチスト。子供の頃もお姉さんの少女漫画をよく読んでいたのを覚えている。だけど。
「つか、ケンヤは何を想像したんや。ホンマにやらしいやっちゃな」
「べ、別に何も想像しとらんわ! やらしいんはお前の方やろ!」
「はあ? 先にセクハラ言うてきたんはお前やで?」
「なっ……! 卑怯やで、ユーシ!」
再び言い合いを始める二人を前にして、私はため息を吐いた。
「……もう、中身は全然変わってないんだから」
その日の夜は、大晦日らしくみんなで紅白を見ながら年越しそばを食べた。久し振りの再会に話が弾んで、とても楽しい年の末だった。
そして、翌朝。
「わぁ、おいしそうなおせち!」
「ありがとう、今年はえりなと侑士も手伝ってくれたんよ」
リビングの広いテーブルの上には、できたてのお雑煮と立派なお重に入ったおせち料理が並んでいる。
彩り豊かで美味しそうなお料理に見とれていると、パタパタと階段を降りる足音が二つ聞こえてきた。
「あ、二人とも起きてきたみたいやわ」
おばさんの明るい声につられて、リビングの扉の方を見ると。ちょうど侑士くんと謙也くんが入ってきた。
「おはようさん……」
「ふぁ~ まだ眠いわ~」
起き抜けの寝ぼけまなこの二人に、私は明るく声を掛ける。
「おはよう、あけましておめでとう!」
「ああ、日菜ちゃん。あけましておめ…… っ!?」
「なんや侑士、朝っぱらからおもろい顔して…… っ!」
「……どう? 似合うかな?」
早起きして、おばさんに着つけてもらった振袖を見てもらいたくて。私は着物の袖を広げて、侑士くんと謙也くんに微笑みかける。
「……えりなお姉さんの振袖なんだよ。素敵でしょ?」
髪の毛もきちんとセットして、メイクも頑張ったから、二人にちゃんと見てもらいたかった。だけど、なんだか二人の反応は鈍い。口をぽかんとあけて呆然としているような……。
「お、おう……」
謙也くんは戸惑った様子で視線をさまよわせると、ぽりぽりと頬を掻く。対して、侑士くんはまぶしそうに瞳を細めると、口元を緩めて微笑んだ。
「……日菜ちゃん、よう似合てんで」
すると、謙也くんが驚いたような声を上げる。
「んなっ!? せ、せやな!!」
一応侑士くんに相槌を打っているけれど、あまりにも挙動不審な謙也くんに、私は唇を尖らせる。
「ホントに? もう、どうせ馬子にも衣装って言いたいんでしょ!」
侑士くんのとは違う取ってつけたような褒め言葉に、私がむくれていると。謙也くんがあたふたとしはじめた。
「ちゃうちゃう! よう似合てるって! ホンマホンマ!」
焦って言い訳をしてくる謙也くんの様子が、あまりにも可愛らしかったから。
「もう、しょーがないな。特別に許してあげる! それから、はい、これ!」
私はずっと隠し持っていたぽち袋を、謙也くんと侑士くんに差し出した。お正月といったら、何といってもこれだよね。
「お年玉!? ええんか、日菜ちゃん」
「……何や、申し訳ないわ」
目を丸くして驚く謙也くんに、恐縮しきりの侑士くん。あからさまに遠慮しようとする二人に向かって、私はお姉さんらしく微笑んだ。
「気にしないで。私も社会人だもの、遠慮せずに受け取って!」
そう。もう社会人なんだから、これくらいは当たり前。私もちゃんと大人らしく振る舞わないと。すると、侑士くんと謙也くんは、ほっとしたように表情を緩めた。そして。
「……おおきに。ほなありがたく頂くわ」
「ほな俺も! ありがとうな、日菜ちゃん!」
「大切に使ってね!」
よかった、喜んでもらえたみたい。一番大事なミッションを終えて、私は胸を撫で下ろす。
そして。侑士くんのお母さんの勧めで、今日は三人で初詣に行くことになった。せっかく振袖を着つけてもらったんだもの。お正月を楽しまないとね。
「わ~ ホンマにめっちゃ人多いなあ~」
「そうだねぇ」
着いた先は都内でも有名な大きな神社だ。謙也くんの東京見物もかねて、わざわざ電車に乗ってやってきた。
「やっぱここは賑やかなんやなあ。……おいケンヤ、はぐれんように気ィつけるんやで」
「はあ!? 俺ははぐれたりせえへんわ、それを言うたらお前やろ」
せっかくの初詣だというのに。謙也くんと侑士くんは相変わらずだ。仲良くケンカをしている。けれど。
「俺は別に平気やで。それよりも……」
そこまで言ってから、侑士くんは不意に私に視線を送ると。
「……着物やから歩きづらいやろ。俺が手ぇつないだるよ」
「えっ!?」
中学生らしからぬ大人びた微笑みと気遣いを向けられて、私はうろたえてしまう。侑士くんの気持ちは嬉しいけど、中学生とはいえ立派な男の子だ。手をつなぐなんて恥ずかしい。
「で、でも…… 私……」
けれど、私が戸惑っていると。
「別にええやろ。ほら行くで、日菜ちゃん」
侑士くんが強引に私の手を取ろうとした。だけど、そのとき。
「……ッ!」
出し抜けに、誰かに強く手を引かれて。振袖姿の私は身体のバランスを崩しそうになる。
「えっ…… 謙也くん……?」
「…………」
私の手を握りしめていたのは、すごく怖い顔をした謙也くんだった。いつも明るい謙也くんの、こんな表情を見たのは初めてで、私は言葉を失ってしまう。
「……ケンヤ」
先ほどまでふざけていた侑士くんも、呆気に取られている。
「ケンヤ…… まさか、お前……」
侑士くんは不自然なほど真面目な様子で、謙也くんに呼びかける。けれど。
「……日菜ちゃん、行くで」
謙也くんはそうとだけ言って、私の手を掴んだまま、境内の奥にずんずんと行ってしまった。
「……ねえ、謙也くんってば、どうしたの?」
そうやって声を掛けても、謙也くんは何の返事もしてくれない。
「…………」
一体どうしたのかな。不安な気持ちが込み上げて、私はもう一度謙也くんを呼んだ。
「ねぇ、謙也くんってば!」
「……ッ! っ、すまん」
謙也くんはハッと我に返った様子で、申し訳なさそうに謝ってきた。
けれど、そんな謙也くんに違和感を覚えた私は、改めて謙也くんを見上げた。
「一体どうしたの? 急に……」
「…………」
だけど、私がそう尋ねても、謙也くんは何も答えてくれない。その場に気まずい沈黙が落ちる。私もどうしていいのか分からずに、黙り込んだ。
けれど、しばらくして。謙也くんが意を決したように顔をあげた。
「日菜ちゃん、あんな……」
「……なあに?」
「日菜ちゃんは、アイツのこと、どない思うとるん……?」
「あ、あいつって……」
「ユーシのことや」
しどろもどろな私に、謙也くんは容赦なく畳みかけてくる。その瞳はあまりにも真剣で、気おされてしまう。
昔は本当に小さな子供だった。だけど今、私の目の前にいる謙也くんは、もうすっかり成長した立派な男の子だ。
そんな謙也くんに水を向けられて。私は子供の頃にしたあの約束を思い出した。
『大きくなったら、おれのお嫁さんになってくれるか……?』
小さな王子様が一生懸命になってしてくれた、可愛らしいプロポーズ。不意に気恥ずかしくなって、私の頬に熱が集まる。
あのときの私は、謙也くんからの精一杯の告白に、どんなふうに答えたんだっけ……。
けれど、今はそれよりも、この場をしのぐことが大切だ。私は頬を淡く染めたまま、謙也くんの問いかけに答えようとした。侑士くんのことをどう思っているか……。
「……侑士くんは」
しかし、そのとき。急に私のスマホが鳴り出した。画面を見ると、表示されていたのは。
「……あ、侑士くんから電話だ」
「ッ!」
さっき、謙也くんが私を引っ張って先に行ってしまったから、侑士くんとははぐれてしまっていた。
神社の境内は今も参拝客でごった返していて、今から侑士くんを探すのは難しそうだ。だから謙也くんには申し訳ないけど、私は侑士くんからの電話に出ることにした。
「……ごめん、出るね?」
私はスマホを操作して、耳に当てる。
『……日菜ちゃん、大丈夫か? ケンヤはそこにおる?』
聞こえてきたのは、いつもと同じように穏やかな、覚えのある声だった。
「侑士くん。……うん、謙也くんと一緒だよ」
『なんやごめんな。俺が変なこと言ってもうたせいで、アイツ怒らせてもうたわ』
侑士くんに電話口で謝られて、私はつい謙也くんを見返してしまう。
「…………」
謙也くんは黙ったまま、拗ねた様子で私を見つめている。その視線が痛くて、私は謙也くんから顔を背けた。どうしてだろう。気まずくてつらい。
妙な息苦しさを覚えて、私はそれを誤魔化すように侑士くんとの会話に集中する。
「……私は気にしてないよ。侑士くんは今どこにいるの?」
せっかくのお正月休みに三人で遊びに来たのに、はぐれたままというのは寂しくて。私は侑士くんに尋ねる。
『ああ…… それがな……』
「えっ、侑士くん今から氷帝の子たちと遊びに行くの!?」
侑士くんに急にそう言われて、驚いた私は頓狂な声を上げてしまう。
「……なッ!」
謙也くんもびっくりしているみたいだ。侑士くんは電話口で、申し訳なさそうに。
『すまんな、ついさっき跡部と岳人に出くわしてもうてな……。ホンマに正月から人使いの荒い連中やで……』
侑士くんは電話の向こうで苦笑すると。
『……やから、日菜ちゃんはケンヤとゆっくりな』
そう言い残して、電話を切ってしまった。
『ケンヤとゆっくり……』
侑士くんの言葉を、私は心の内で反芻する。どうしよう。これじゃあまるでデートみたいだ。なんだか恥ずかしくなってしまった私は、おそるおそる謙也くんを見上げた。
「……どうしよう。侑士くん、氷帝の子たちと遊びに行くから、初詣は二人で楽しんでって」
「……俺はかまへんで。むしろ日菜と二人やったら望むところや」
さっきまであんなにご機嫌ななめだったのに。謙也くんは拍子抜けするくらいに嬉しそうに笑ってくれて。私はようやく安堵する。ちょっと驚いたけど、謙也くんが元気になってくれてよかったな。
そのまま、私は上機嫌な謙也くんと一緒に、人でごった返す神社でお参りをした。
「……あんな」
「なあに?」
「……さっきの話の続きなんやけど」
喧騒から離れた林の中で。不意に謙也くんに呼びかけられて、私は足を止めた。すぐ隣にいる謙也くんを見上げる。
「さっきの話……?」
「日菜ちゃんは、昔俺らとした約束、覚えとる……? 俺と侑士と、日菜ちゃんでしたヤツや。あの……」
昔、三人でした約束。謙也くんにそう言われて、思い出すのはひとつだけだ。小さな王子様たちに競うように想いを告げられた、あのプロポーズの……。
だけど、あれは子供のおままごと。そんなことはもちろん、私だって分かっている。
すっかり成長して、格好いい男の子になった謙也くんや侑士くん。そんな二人が、今も私のことを想ってくれているだなんて、都合のいいことありえないよ。
謙也くんたちが私に優しいのは、私がイトコのお姉さんだからで……。けれど、そんなふうに自分を抑え込もうとしたら、胸が苦しくなってきた。
寂しさや悲しみに、やりきれなさが込み上げて、私は思わず謙也くんから視線を逸らす。
「……ッ! どしたん、日菜ちゃん。なんや泣きそうな顔しとるで!?」
「えっ……!?」
謙也くんにそう言われて初めて、私は自分の視界が滲んでいることに気がついた。
私、一体何やってるんだろう。何にも悪くない謙也くんの前でいきなり泣き出したりして。これじゃあただの面倒くさい女の子だよ。
「ごっ……ごめんね、謙也くん…… わたし」
「……いや、別にええで。俺の方こそ、なんや困らせてもうて、ごめんな」
「謙也くん……」
謙也くんはすごく優しい。普段は明るくて繊細なイメージなんて全然ないけど、大事なところではこうやって、私のことを気遣ってくれる。お家でもこうやって、弟さんに優しくしてあげてるんだろうな。
「……ほんなら、もうそろそろ帰るか。……ほら、日菜ちゃん。手ぇ出し?」
「え……?」
「着物やと歩きにくいんやろ? 手ぇ繋いだるよ。……相手が俺じゃ役者不足かもしれへんけど」
役者不足……? 一体どういう意味なんだろう。気になったけど尋ねるのも憚られて。私は何も聞かずに、謙也くんと手を繋いで家に戻った。
家に戻ってすぐ、侑士くんのご両親と謙也くんと四人で晩ごはんを食べた。侑士くんのお母さんはとてもお料理上手なんだけど、今日のご飯は砂を噛んでいるようだった。
(謙也くん……)
神社で色々あってからというものの、謙也くんのことが気になって仕方がない。けれど、謙也くんも気にしているのか、晩ごはんの最中はずっと元気がなかった。
侑士くんは氷帝のみんなとご飯を食べてから帰ると電話があって、ついさっきようやく家に帰ってきたところ。
『……遅うなってすまんな』
侑士くんはそう言って笑っていたけど、謙也くんは……。
「…………」
普段は元気な謙也くんが元気がないと、違和感がすごい。まるで明かりが消えたみたいだ。食卓の雰囲気もなんだか暗くて……。
「……氷帝のみんなは、仲良くていいな」
部屋のベッドで横になりながら、私はぽつりとつぶやく。それと同時に。瞼の裏にしょんぼりとした謙也くんの姿があまりにも鮮やかに浮かんで、そして消える。
元気がない謙也くんを見ていると、私までつらくなる。にわかに胸の痛みを覚えて、私は寝返りを打った。ベッドのマットレスが小さくきしむ。
私のいるここは、侑士くんのお姉さんのえりなさんのお部屋だ。えりなさんは大学生で、年末年始はお友達と旅行に行っていて不在だった。なので、私は昨日からこのお部屋を使わせてもらっていたんだけど……。
「……どうしたらいいんだろう」
私がそうつぶやいて、また寝返りを打った、そのとき。ドアの向こうから侑士くんのお母さんの声がした。
「日菜ちゃん、お風呂空いたから入って~」
「あっ、はい……」
丁度いいタイミングだ。温かいお風呂にゆっくり浸かれば、きっといい気分転換になるよ。寒さで固くなった体と、気疲れしてしまっている心を、しっかりと解きほぐそう。
「わかりました、すぐ行きます」
そう返事をして、支度をすると。私は着替えを持ってお風呂場に向かった。
だけど。モヤモヤとした悩み事に心を埋め尽くされていた私は、多分自分で気がつかないほどに、いっぱいいっぱいだったんだ。そう、脱衣場に入るなら当然しなきゃいけない確認を怠るほどに……。
一 人暮らしの自分の部屋にいるときのくせで、中に誰かいるか声をかけることもせずに、私は脱衣場の扉を開けた。すると。
「なっ……!」
「けっ、謙也くん……!」
そこにいたのは、お風呂上がりでまだお洋服を着ていない謙也くんだった。湯気で隠れているけど、謙也くんはまだ裸で……。わ、私のバカ! こんな失敗、本当に信じられないよ!
「ごっ、ごめんなさいっっ!!」
反射的に脱衣場の扉を締めて、私は逃げるようにえりなさんの部屋に戻った。謙也くんへの申し訳なさと、自分の間抜けさが本当に恥ずかしくて。きっとそのときの私は、火を噴きそうなくらい真っ赤なだったはずだ。
「どうしよう……! 信じられないよ……!」
脱衣場で謙也くんのあんな姿を目撃してしまって、私はますます混乱していた。
あれから数時間が経ったのに、私の胸のドキドキはまだおさまらない。ベッドサイドの時計を見ると、もう日付が変わっていた。
「はぁ…… 私なにやってるんだろう……」
本当はもう寝なきゃいけないのに、目が冴えてしまって全然眠れない。瞳を閉じても浮かんでくるのは、脱衣場で鉢合わせしてしまった裸の謙也くんだ。
大事な部分は隠れていたけど、テニスで鍛え上げられた身体はすごく男らしかった。もう昔みたいな小さな子供じゃないんだ。そんな当たり前のこと、ちゃんと分かっているつもりだったのに。
(どうしよう…… 謙也くんが離れてくれないよ……)
脱衣場で鉢合わせてしまったときの驚いた表情。厚い胸板に太い腕、すっきりと引き締まった細い腰。何度目を擦っても。あまりにも鮮やかな謙也くんのイメージは、私から離れて行ってくれない。
神社でも、謙也くんの様子は変だった。侑士くんの軽口に急に怒ったり、侑士くんのことをどう思っているか、思いつめた様子で聞いてきたり。あとは、昔の約束のこと……。
『日菜ちゃんは、昔俺らとした約束、覚えとる……? 俺と侑士と、日菜ちゃんでしたヤツや。あの……』
謙也くんは、なんでそんなこと聞いてきたんだろう。もしかしてあの結婚の約束のこと、まだ覚えててくれたのかな。私にプロポーズしてくれたあのときから、謙也くんの気持ちは変わってないのかな……。
「って、そんなこと考えてたら全然眠れないよ……!」
ひとりで悶々としていたら、すっかり目が覚めてしまった。このままでは、本当に朝になってしまいそうだ。
気分を変えようと、私はベッドから起き上がった。キッチンを借りてココアでも作って飲もう。そうすれば少しは落ち着くかもしれない。
「あれ、誰かいるのかな……?」
宛がわれていた部屋を出て、キッチンに向かう途中。もう夜も遅いのに、リビングの電気が点いているのに気がついて、私はそちらに足を向けた。
「……っ、日菜ちゃん」
リビングにいたのは、よりにもよって私が今一番顔を合わせたくなかった謙也くんだった。しかも、ニブい私は相手を避ける間もなく、気づかれてしまう。
気まずさを誤魔化すように、私は謙也くんに尋ねた。
「……どうしたの? こんな夜中に」
すると、謙也くんは困った様子で。
「なんか眠れへんくてな……。やから冬休みの課題やっとってん」
「そうなんだ……」
私もなかなか寝付けなかったけど、謙也くんもそうだったんだ。それを知って、私の心臓はまた早鐘を打ち始める。
「……普段はこんな真面目キャラやないんやけどな。風呂あがったらバタンキューやで」
「……そっか。昔から寝つき良かったもんね」
「せやで、寝つきの良さもかけっこと同じで一等賞や」
お互いの気まずさを誤魔化すように、私と謙也くんは殆ど意味のない会話を重ねる。だけど、こんなときでも私を気遣ってくれる謙也くんは、やっぱりすごく優しい。
そんな謙也くんに、私は改めて口を開いた。
「……そうだ。私、ココア淹れようと思うんだけど、よかったら謙也くんも飲む?」
「おっ、ココアかあ。ええなぁ、頼むわ」
「よし、できた」
キッチンのテーブルの上には、湯気のたちのぼるマグカップが二つ。二人分だからちょっと時間が掛かってしまったけど、大好きな甘いものを前にして、私の気持ちは少しだけ明るくなる。
「謙也くんも、喜んでくれるといいな……」
ぽつりとそうつぶやいて。私は両手にカップを持って、キッチンをあとにした。
「あ、あれ……」
リビングに戻ると、なんと謙也くんは机に突っ伏して居眠りをしていた。
ココアの用意、待ちきれなかったのかな。私はテーブルに二人分のカップを置くと、謙也くんに近づいた。
「そういえば、昔から待つの苦手だったもんなあ……」
幼い頃の思い出がよみがえる。みんなで遊園地に遊びに行ったとき、謙也くんは大好きなジェットコースターに並ぶか並ばないかを、すごく真剣に悩んでいた。
待たなくていいように私が優先乗車券を取ってあげたら、すごく喜んでくれたっけ……。
「……待たせてごめんね」
すやすやと眠る謙也くんに向かって、私は声を掛ける。その瞬間、謙也くんの睫毛がわずかに震えた気がして、私は反射的に体を固くする。
「……っ!」
だけど、謙也くんは別に、目が覚めたわけではないみたいだ。瞳を閉じて穏やかな寝息を立てる謙也くんに、私はほっとする。
すぐ隣に立って謙也くんを見おろしているから、普段は目にすることのない、謙也くんのつむじが見える。綺麗な金髪の根元から、少しだけのぞく黒い部分を見つけて、私は笑みをこぼしてしまう。
今は謙也くんのトレードマークになっているという金髪だけど、私の中の謙也くんは金髪よりも黒髪だ。私のことをお姉ちゃんみたいに慕ってくれた、まだ小さな子供だった黒い髪の謙也くん。
懐かしさが込み上げて。私は無意識のうちに、謙也くんの髪の毛に手を伸ばしてしまっていた。
あっ、と思ったけど。謙也くんから何の反応もなかったから、私はそのまま謙也くんの髪を撫でた。フワフワとした金髪は、まるでひよこの羽毛みたいだ。
「かわいいなぁ……」
誰に向けたものでもないつぶやきは、無意識のうちに漏れていた。
「――っ! 日菜ちゃん……!」
「えっ、謙也くん……!?」
急に立ち上がった謙也くんに腕をつかまれて、私の頭は真っ白になる。ずっと眠っていたと思っていたのに、いつの間に起きていたんだろう。
けれど、そんなことよりも。髪の毛とはいえ勝手に身体に触れていたことが申し訳なくて、私はいたたまれない気持ちになる。
さっきはお風呂上りを覗いてしまったり、今度は無断で身体に触れたり。私は一体何をやっているんだろう。
だけど、謙也くんはそんな私を怒ることもせずに。
「あんな……俺……!」
謙也くんにまっすぐな瞳を向けられて、私は呼吸を忘れる。こんなにも真剣な謙也くんは見たことがない。謙也くんは思いつめたような様子で、私の目を見据えると。
「……俺、やっぱり日菜ちゃんが好きなんや。もう日菜ちゃんは忘れとるかもしれへんけど、小っさい頃に『お嫁さんになってくれ』って言うたあのときから、俺の気持ちはずっと変わってへんねん」
「っ……!」
謙也くんの突然の告白に、私は雷に打たれたような衝撃を受ける。
大昔のおままごとみたいな約束なんて、謙也くんはもう忘れていると思っていたのに。
……私も覚えてたよ。日々の忙しさに記憶の奥底に追いやっていたこともあったけど、それでも忘れたことなんてなかった。
「……日菜ちゃんは大人やし、年下の俺のことなんそんなふうには思えへんかもしれへんけど、俺のこと、男として見てくれへんやろか」
謙也くんにそう畳みかけられて、私の胸は苦しくなる。
(謙也くん……)
名前を呼びたいのに、感情が昂ぶっているせいか、喉がつかえて声が出ない。
「……返事は今すぐやなくてええから、俺が明日大阪帰るときまでに聞かせて?」
明日、謙也くんは新幹線で大阪に戻る予定だった。私は小さく頷く。謙也くんはやっぱりすごく優しい。せっかちで待つのが苦手なはずなのに、私に考える時間をくれた。
こんなにも私のことを思いやってくれる謙也くんに、私は……。
「どうしよう……」
謙也くんに告白されちゃった……。男として見てくれって、恋人に……彼氏にしてくれってことだよね?
えりなさんの部屋のベッドで横になって、私は先ほどの謙也くんからの告白を反芻していた。胸の鼓動はずっと早いまま、朝まで速度を落としてくれそうにない。
***
あっという間に時間は過ぎて。多くの人が行きかう新幹線のホーム。私はここで謙也くんと、改めて向かい合っていた。
今、この場に侑士くんたちはいない。謙也くんとこうして二人だけで向き合うのは、久し振りな気がする。
「もうすぐ、時間やな……」
「……」
私は無言でうつむいた。すでに謙也くんの乗る列車は到着している。残された時間はあとわずかで、少しの猶予もないのに。だけど、いまだに勇気を持てない私は、謙也くんの顔を見れないでいた。
「もう待てへんよ…… 日菜ちゃんの返事、聞かせて?」
怯えと不安のにじむ、謙也くんの声。謙也くんの言う通り、これ以上は引き延ばせない。恥ずかしくてずっと言葉にできないでいたけど、私はようやく心を決めた。
(……前に進もう)
幼い過去、あのプロポーズの約束から、私と謙也くんの時間は止まっていたけど。これからは二人で新しい関係をつくっていこう。
なけなしの勇気を振り絞って、私は自分の気持ちを言葉にした。
「謙也くん、あのね…… 私も謙也くんが好きです。東京と大阪の遠距離だけど、これからは……」
だけど、私が最後まで言い終わらないうちに。
「ひゃっ!」
大勢の人たちがいる新幹線のホームで、いきなり抱き上げられて、私は驚きに息を呑む。
「け、謙也くん……!?」
「ありがとな、日菜ちゃん……! 俺、ホンマめっちゃ嬉しいで……!」
「っ!」
唇が触れそうなくらいの近い距離で、全開の笑顔を向けられて、私の頬に熱が集まる。
周囲の人たちのどよめきに、女の子たちの騒ぐ声が聞こえる。だけど、謙也くんは周りの人たちのことなんて、全然気にしていないみたいだ。心から嬉しそうに言葉を続ける。
「俺、ホンマは日菜ちゃんは、侑士のこと好きなんやと思うとったから……!」
「えっ、侑士くん……!?」
だけど。このタイミングで意外な人の名前を出されて、私はどきまぎする。
けれど、私はすぐに思い至った。神社で謙也くんから侑士くんをどう思ってるか聞かれたとき。私がちゃんと答えなかったから、謙也くんを誤解させちゃったのかな。
改めて、私は自分のはっきりしない態度を申し訳なく思った。けれど、謙也くんはそんな私を責めもせずに、満面の笑みを向けてくれる。
「だから、日菜ちゃんが俺の告白OKしてくれてめっちゃ嬉しいんや……!」
「謙也くん……」
飾らない素直な言葉に、まるで陽の光のようなキラキラとした笑顔。謙也くんのまっすぐな優しさに感動する。子供の頃から五年以上、私を忘れずに想い続けていてくれたことにも、胸を打たれた。
私を地面に降ろしてから、謙也くんは改めて私の両肩を掴むと。
「……日菜ちゃん、俺のお嫁さんになってくれるよな?」
「……っ!」
幼い頃と同じ言葉。私は感激のあまり瞳に涙をにじませる。嬉しくて涙が出るなんて生まれて初めてだ。
すっかり大きくなって素敵な男の子に成長した王子様からのプロポーズを、断れる女の子なんていない。
「うん、もちろんだよ……」
指先で涙をぬぐって微笑んだら、謙也くんはまたとびきりの笑顔を見せてくれた。
本当に結婚できるのは謙也くんが十八歳になる、あと三年後だけど。ずっと待ってるよ。謙也くん。
それから、私は謙也くんの乗った新幹線が、見えなくなるまで見送った。
線路の向こうに列車が吸い込まれて見えなくなったとき、寂しさに胸が痛くなったけど。私は今度は泣かなかった。懐かしい昔の思い出が、走馬灯のように胸を去来する。
ひとときの間だけその感傷に浸ってから。遥か遠くどこまでも続いていく線路の先を見つめて、私は改めて決意する。
……これからは謙也くんと一緒に、前に進んでいこう。見えない未来でも、謙也くんと一緒なら、きっと大丈夫だよ。
あれから半年が過ぎた。年末年始の非日常から普段の日常に戻って。私はこれまでと同じように、日々のやるべきことを頑張っている。
社会人一年目だから毎日大変なことばかりだけど、そんな私の心の支えになっているのは、可愛くて格好いい年下の王子様とのやりとりだ。
意外なほどにマメな謙也くんは、毎日欠かさずメールを送ってくれる。他愛のない日常の話に、面白いネタ画像や懐かしい大阪の風景、そして謙也くんの母校の、四天宝寺のお友達と映った写真……。
明るくて優しい謙也くんのおかげで、私はこれまでよりずっと笑顔でいることが増えた。東京と大阪の遠距離恋愛だけど、謙也くんがマメなおかげで少しも寂しくない。
愛されている幸せを噛みしめながら、私は謙也くんからのメールに返事を打つと。スマホをテーブルの上に置いて、窓の外の夏を目前に控えた夜空を見つめた。
次に会うのは七夕の日の予定だ。
「……早く会いたいな、待ちきれないよ」
我慢できずに、そんな言葉を口にしてしまう。まるで謙也くんのせっかちがうつったみたいだ。けれど、スピードスターとの恋はこうでなくちゃね。
「……大好きだよ。謙也くん」
昨日も会ったばかりなのに、はやる気持ちが抑えられない。私はそっと瞳を閉じて、夜空の星に願いを掛ける。
大好きな謙也くんと、早く会えますように。何よりも大切なこの恋が、ずっと続きますように。