謙也×同級生夢主
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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本日最後の授業を終えて。謙也はテニスコートに向かっていた。大学生になった今でも続けているテニス。
もちろん謙也が入っているのは華やかなインカレサークルではなく、中高時代とほとんど変わらない『テニス部』だ。ほぼ男だけの環境で真面目にスポーツに取り組む、楽しくも武骨な部活動。
今日もまた授業が終わるや否やジャージに着替えて、謙也はラケットを手に駆けてゆく。練習が始まるまでまだ時間はあるけれど、これはもう癖のようなものだ。
早くコートに立ちたくて、必要もないのに急いでしまう。けれど、その途中。
「――何これ、面白すぎるよ!」
風に乗って聞こえてきた覚えのある明るい声に、謙也は足を止める。声の主を見やると、予想通り自分の彼女の名前だった。
しかし、彼女は男と一緒だった。といっても、相手は二人の共通の知人である白石蔵ノ介。何もおかしなことはない。学部は違うけど同じ大学で、同じテニス部のチームメイト。
そんな白石もまた、コートに向かう途中のようで、ジャージ姿でラケットを小脇に抱えている。
まだ、部活が始まるまでは時間があった。だからなのだろうか。白石は楽しそうに手の中のスマホを名前に見せていた。
女子と絡むのは基本的にあまり好きではない白石が、そんなことをしているのは珍しい。
相手が友人の恋人で顔見知りとはいえ、彼らしくない行動だ。しかも。
(何や、あの笑顔……)
スマホの画面に、何が表示されているのかは分からないけど。白石は謙也でもあまり見たことがないほどに、屈託なく、心から楽しそうに笑っていた。
パーフェクトなイケメンらしい、あまりにも爽やかな笑顔。漫画ならきっと背景に花とキラキラのエフェクトが舞っている。白い歯をのぞかせた輝く笑顔は、まるで少女漫画のヒーローか、あるいは。
(歯磨き粉の宣伝かっちゅーねん……)
心の中で、謙也はそうぼやく。中高時代を含めればもう十年来の付き合い。だからこそ分かる。白石のあの表情はごく限られた、心を許した相手にしか見せないものだ。
けれど、それは名前の方も同じだった。普段は大人しい彼女なのに、今は白石のスマホの画面を覗き込みながら、両手を口元にやって大笑いしている。
甲高い笑い声が少し離れた場所にいる謙也の耳にまで届くほどで、まさに大爆笑という表現がぴったりの。
いつのまにそんな仲良しに。というか、そもそも何で、二人してそんなに楽しそうにしているのか。気になった謙也は、二人に声を掛けようとするが。
「――おい、ケンヤ! 何ぼさっとしとんねん、早よ来いや!」
しかし、真の悪いことに謙也は部の先輩に呼ばれてしまう。練習開始まで時間はあるけど。ここは関西の大学で、通っている学生もそのあたり出身の人が多め。
謙也に声を掛けてきた先輩もせっかちで有名な人だった。待たせるわけにはいかない。
「あッ、すいません」
謙也は軽く謝って、急いで先輩の方へと向かった。
ナイター設備のないコートでは、練習は日没前に終わる。
「――お、ケンヤ。お疲れさん」
「ッ、白石」
「今日も練習キツかったな~」
「お、おう……」
その日の練習を終えてすぐ。白石が声を掛けてきた。しかし。先ほどのことが尾を引いていた謙也は、つい歯切れの悪い返事をしてしまう。けれど。白石はあっけらかんとした様子で、そのことに触れてきた。
「あ、さっき名前ちゃんと会うたで」
名前を出されて、謙也は僅かに肩を震わせる。部活中は集中していて忘れていたけど、それでも気になっていたこと。白石の方から話題にしてくれたのはありがたかった。
「意外と明るいし、さっぱりしとって話しやすいエエ子やな。お前が選ぶん分かるわ」
「……ッ、当たり前やろ」
愛しの彼女を褒めてもらったというのに少しも喜べないのは、相手が白石だからだろうか。
中高と大学まで一緒の長年の友人。友達はみんな大事だし自慢だけど、中でも白石は特別だ。男の自分から見てもカッコいいし尊敬できる、まるで少女漫画の王子様のような、非の打ちどころのない出来た男。
『――ごめんなさい、謙也くん。私ね、白石くんが好きなの』
そう、彼になら。自分が敵わなくても仕方がないと思えるくらいに。
***
「――……くん、謙也くん!」
「ッ!」
鼻にかかった甘い声で呼びかけられて、謙也はハッと我に返る。
「……もう、何度も呼んだのに。デザートにプリン食べる?」
キッチンの方からそう尋ねてくるのは、もちろん名前だ。自宅マンションのリビング。眼前にはバラエティ番組の点いたテレビ。謙也は雑念を振り払うように小さくかぶりを振る。今までのことを回想した。
あれからすぐに白石と別れて、家に帰ってシャワーを浴びて。謙也は約束していた名前を迎えたのだった。そして、一緒に晩御飯を食べたあと。部活の疲れからか、ソファーに座ったままぼんやりとしていたようだ。
「プリン……」
口の中で彼女からの問いかけを反芻して。
「……いや、俺はええで」
謙也はそう断った。甘いものは嫌いじゃないから、普段は一緒に食べるんだけど。今はそんな気分になれない。何となく胃が重かった。
「そっか。じゃあ私食べよっと」
しかし、名前はそう呟くと自分の分だけ持ってきた。このプリンは謙也のマンションに来るときに、彼女がわざわざ持ってきてくれたもの。美味しいと評判の、彼女の好物だった。
スリッパのぱたぱたという足音を立てて。キッチンから戻ってきた名前は、プリンとスプーンを手に持って謙也の隣に腰を下ろした。いたくご機嫌な様子で食べ始める。
その様子が何となく気になって、謙也は名前の方を見た。
「…………」
幸せそうに大好きなスイーツを食べている、可愛い横顔。ずっと眺めていたいと思いながら、しかし謙也はすぐに正面のテレビに視線を戻す。
――名前の笑顔が好きだ。甘えて拗ねたり、空気を読まずにセクハラしようとしたら怒ったりとか、そういう他の表情も好きだけど。
自分にとって一番なのはやっぱり笑顔だ。だからこそ、今日の白石との一件が気になって仕方がない。
あのときの彼女の姿が、謙也の脳裏に蘇る。白石まで名前を好きになるんじゃないかとか、らしくないことを心配したくらいの可愛い笑顔。
あんな表情を、自分の前で見せてくれたことなんて一度もなかった。それに、普段は女子と距離を置いている白石が楽しそうにしていたのも、気がかりだった。
けれど、どんなに気になっていても、謙也は切り出せない。意味もなく流しているバラエティ番組を眺めながら悶々とする。
ちょうどテレビの画面では、ドラマの番宣で出ていた女優さんの笑顔が、抜かれて大写しになっていた。同世代の、整った容姿の綺麗な子。
けれど気さくな子のようで、芸人の身体を張ったギャグに、口元に両手をやって大笑いしていた。
元々が綺麗な人だから、笑顔は極上の可愛らしさだ。自分のような単純な男なら、コロッと好きになってしまいそうなくらいの愛くるしさ。白石といたときの名前もあんなふうに笑っていた。
訊かないつもりだったのに。こらえ性のない謙也は、気がつくと尋ねてしまっていた。
「……今日の帰り、白石と何話しとったん?」
その瞬間、名前はゴホッと盛大にむせた。
「っ、平気か!?」
あまりにも大げさなその反応に、謙也は慌てて名前の背中をさすってやる。
「ゴホゴホ、べっ、別になんでもないよ!?」
食べていたプリンをテーブルの上に置いて、名前は咳き込みながらも、焦って言い訳をする。しかし、そのリアクションはどう見てもおかしい。これはフリなのか、ツッコミ待ちなのかというくらいのコテコテさ。
明らかに何でもなくはない。ギャグなのかこれは笑うところなのか。けれど、謙也は笑えなかった。心が狭いと言われようとも、いつものように流すことができなかった。
「……ちょい待ち、何やそのリアクションは」
低い声で、名前の腕を掴む。
(つか、アイツより俺のが絶対オモロイやろ……!)
心の内で、謙也は妙な対抗意識に燃えていた。コテコテの関西人。お笑いの血が騒ぐ。けれど名前はあからさまに、彼から逃げようとする。
「あっ、わ、私、食器洗ってくるよ! 謙也くんテレビでも見てて待って……」
「あとでええわそんなん! 逃がさへんで!」
けれど、当然謙也は逃がさない。名前を自分の腕の中に引き寄せて、足の間に座らせた。彼女の胸の下に腕を回して、背後からギュッと抱きしめる。彼女の頭上に自分の顎を乗せた。
こうなったら意地だ。絶対に聞き出してやる。
「ちょっ、も、なんでそんなムキに……」
しかし、熱心に迫られても。やはり名前は話したくないようだ。困ったような様子で、自分の腹部に回された謙也の腕に、小さな手のひらを重ねた。過剰なスキンシップに何となく恥ずかしそうにしている。けれど、謙也はそんな彼女に無意味に凄んだ。
「あいにく待つのは苦手なんや。ほら、ちゃんと話してもらうで!」
「だから、何でもないってば」
「何でもないなら、とっとと話したらええやん!」
二人とも大学生なのに、まるで子供のケンカのようだ。ムキになった謙也が子供じみたことをしているせいなんだけど。名前はそんな彼をなんとか宥めようとするが。
「べ、別にわざわざ聞く必要ない話だよ、ほら、ただの…… そう、無駄話だから!」
最後、うっかりドジを踏んでしまう。無駄という言葉は件の完璧王子の口癖だった。
「ッ! 俺にとっては無駄やあらへん!」
彼のことを思い出し、謙也はつい過剰に反応してしまう。そして。
「つか、いつまでも話さん悪い子ォはこうやで!」
なぜか、名前の脇腹をこちょこちょし始めた。くさっても関西人。ギャグめいたことしかしないのは、もはやポリシーのようなものだ。
「アハハ、もッ、やめてよ、謙也く……」
目尻に涙を浮かべて笑いながら、名前は身体をひねって謙也の腕から抜け出そうとする。けれど、謙也はもちろん逃がさない。ギュウギュウと名前を抱きしめながら、飽きもせず彼女をくすぐっていた。
しかし。そんなことをしながらも、謙也は名前の表情が見えないことを残念に思う。今の姿勢では、後頭部や横顔しか見えないのだ。それに。
(つか、今まで付き合っとって、こいつが一番笑うとるの今やないん……?)
気づきたくなかったことに気がついてしまい、ふと謙也は真顔になる。
(くすぐって笑かしとるだけなんやけど……)
形容しがたい寂しい気持ちに襲われた。名前の恋人は自分なのに。男友達の白石に出来ていることが、自分はできない。
「も…… ちょっと…… ダメ……だって……」
けれど、爆笑の合間に、タイミングよく名前がダメと言ってきた。ちょうどそれが合図になった。謙也は名前をくすぐるのをやめて腕を緩める。それをいいことに、名前は今がチャンスとばかりに、謙也の方を振り返った。
上気した頬に、しっとりと濡れて潤んだ瞳。さっきまで笑っていたせいだろう。そんな彼女が謙也の頬にそっと片手を添える。そのまま、名前は謙也にキスをしてきた。
あまりない、彼女の方からのキス。名前が何を考えているのかは分からないけど、謙也はついそれを受け入れてしまう。柔らかくて温かな、あまりにも幸せなこの感触。拒める男なんて。
(おらへんやろ……)
口づけの合間に、名前は身体ごと謙也に向き直ると。今度は胸のふくらみを押しつけてきた。謙也の両肩に手を置いて、伸び上がるようにキスをしながらのその行為。珍しく積極的で大胆だ。
テクニック自体は使い古されたベタなもの。けれど、謙也への効果は抜群だった。単細胞な彼の脳内から、当初の目的が追い出される。
ああ、やっぱり女子は最高だ。何にも代えがたいこの温かさと柔らかさ。甘すぎる心地よさに浸りながら、謙也は名前の背中に腕を回す。先ほどとは違い、そっと優しく。
(ほんまに、ずっとこうしてたいわ……)
謙也が能天気にそう感動していると、おもむろに唇が離された。愛しの彼女はまたも自分を至近距離から見つめてくる。
大きな瞳は相変わらず濡れていて、頬は淡く色づいていて、呼吸だってわずかに荒くて、薄く開かれた唇は誘うような色っぽさで。
可愛い。本当に可愛い。謙也が見惚れていると、名前は嬉しそうなはにかみ笑顔を浮かべた。そして。
「……それじゃ、お風呂の支度してくるね」
さりげなく立ち上がろうとする。が。
「――ちょい待ち! めっちゃときめいたけど誤魔化されへんで!」
謙也はハッと我に返る。色仕掛けで逃亡を図ろうとした可憐な容疑者の腕を掴んで、自分のもとに引き寄せた。
「え~ ダメなの……」
謙也の腕の中に再び閉じ込められた名前は、あからさまに不満そうだ。明らかに企みが失敗したのを残念に思っている様子。
「って、やっぱ誤魔化す気ィやったんかい!」
名前の発言に謙也はちょっとだけ声を荒らげる。当前だ。しかし、謙也は一瞬だけ何かを考えるようなそぶりをすると。
「……そんな悪い子ォはお巡りさんが署まで連行や!」
「え、キャッ!!」
ソファーから立ち上がると同時に、名前を軽々と担ぎ上げた。まるで米俵でも運ぶかのように、ひょいっと肩に乗せる。さすが大学生になったいまでも現役のテニス部。鍛えた身体は飾りじゃない。
「お姫様だっこじゃないの……」
突然抱き上げられたことへの驚きよりも米俵扱いが不満なのか、名前は拗ねた様子で呟く。
けれど、そんな彼女をスルーして。謙也は名前を担いだまま寝室へと向かった。ベッドの上に彼女を降ろす。そして、自分も乗ってきた。
「……ふっふ~ん、ソファーじゃ狭くてアレやからな。ここなら思う存分取り調べできるで」
ベッドのマットレスの上。膝立ちで名前を見おろしながら、謙也は楽しげな笑みを浮かべて軽口を叩く。こんなところで、一体名前の何を取り調べようというのか。
けれど、謙也はおもむろにズボンのベルトに手を掛けた。この間買ったばかりと言っていた派手なバックルのもの。
「え、何で、ベルト……」
名前は戸惑う。ベッドまで連れてこられて、この展開は。
「邪魔やからなあ~」
ニヤリと笑ってそう答えた謙也は、カチャカチャと金属音をさせながら、慣れた手つきでベルトを外す。
普段はあんなに子供っぽいくせに。こういうときの謙也の色気は本当にすごくて、名前は何も言えなくなってしまう。顔を赤くして俯いた。
スルリという衣擦れの音に、いたたまれなくなってしまった名前は、思わず目を閉じる。惚れた弱みとはまさにこのことだ。あまりのカッコよさに、もう降参といったありさま。
恥じらいと緊張に俯く名前を満足そうに見おろしながら、口の端を上げて笑って。謙也はそのまま、ベルトをベッド下に投げ置いた。楽しそうに彼女ににじり寄る。そして……。
***
「アハハハハハハ! も、もうやめてよぉ謙也くん……!」
「アカンで! お前がちゃんと白状するまでくすぐり攻撃や」
「自白の強要は違憲だよ~ 黙秘権を行使…… ってアハハ」
寝室に名前の甲高い声が響く。謙也にくすぐられながら、名前は相変わらず爆笑していた。仲良しの同い年お友達カップル。ベッドの上だというのにかけらの色気もない。
洋服が皺になるのも気にせずに、名前は謙也とベッドの上で転がるようにしながら、ひたすら笑っていた。謙也もとても楽しそうだ。
先ほどの「ベルトが邪魔」というのはただ単に、ベッドで寝転がるのに邪魔というだけだった。派手でごついバックルは鍛えた腹部を圧迫する。
「黙秘権なんて認めんで! 俺ん家では俺が法律や! 治外法権や!」
「謙也くん領事館だ!」
お巡りさんネタはまだ続いているらしく、寒いネタを楽しそう応酬しながら、二人はきゃいきゃいと騒いでいた。ちなみに謙也は医学部で名前は文学部。法学部にはかすりもしていない。
「……も、わかったよ。教えてあげるから、くすぐるのもうやめてよ」
笑いつかれたのか、根負けしたのか。名前はついに白旗を上げた。
「せやで、最初からそうやって……!」
ようやく願いがかなったからか、謙也は得意げだ。とても嬉しそう。けれど、その喜びぶりにちょっとムッとしたのか。名前は唇を尖らせた。
「でも、何でそんなに知りたがるの!」
「ええやろ別に! 二人の仲に隠し事はナシやで!」
けれど、謙也はいかにもなことを言って誤魔化そうとする。ムキになった名前は声を荒らげた。
「じゃあ、ペットのイグアナの名前教えてよ!」
「それはアカン!」
「なんで!?」
名前はぴしゃりと断られる。これで三回目だ。どこに差し支える理由があるのかは知らないが、謙也はかたくなに教えてくれない。
名前は明らかに不満そうだ。『ペットの名前くらいいいじゃん』と顔に書いてある。
「つか話逸らすなや! ほら、とっとと喋れ!」
しかし謙也は話を戻すと、名前をせっついた。
「……しょうがないなあ」
これ以上ゴネてもしょうがないと観念したのか、名前は渋々ながらも口を開く。
「白石くんとはね…… 謙也くんの話してたんだよ」
上目づかいで、彼氏に打ち明ける内緒話。
「……は?」
「謙也くんってお友達の話はいつもしてくれるけど、自分の話ってあんまりしてくれないでしょ。前、白石くんにちょっと愚痴ったら『ほんなら教えたるわ』って」
「……ッ!」
自分の話をしない、つまり自己開示の不足は、以前、後輩の財前にも指摘されたことだった。
『――俺や部長のことやなくて、せめて自分のこと話してください』
直したつもりが出来ていなかったとは。謙也はショックを受けるが、しかし、名前は楽しそうに白石から聞いた話を謙也本人に向かって話す。
「四天宝寺の文化祭で女装喫茶やったときの写真とか見せてもらったよ! 謙也くんも白石くんも超かわいかった!」
先ほどとは一転、名前はご機嫌だ。思い出し笑いなのかニコニコとしていて、すごく楽しそう。
中高時代の文化祭。テニス部でやった女装喫茶。件の後輩、魔性の美少年財前は不参加だったので、白石と謙也がツートップ。皆の目線とハートをさらって、売り上げ新記録を樹立したのだった。
「……お、おう、当たり前やろ! 化粧とかめっちゃ特訓したっちゅー話や!」
楽しそうに話す名前の手前、謙也はノリよく話を合わせる。しかし、心の中では複雑だった。自分の女装姿なんて他の子はともかく、彼女の名前には見られたくなかったような気もする。
そのときはノリノリでやっていたくせに、現金なもので今更恥ずかしい気がしてきた。
(どんな格好しとったんやっけ……)
謙也はなんとか思い出そうとするが、あいにく女装喫茶は中高の六年で何度もやっていた。白石が彼女に見せたという写真はいつのものだろう。
(メイド服着たんは中学ンときやったやろか……)
しかし、名前は謙也の葛藤には気づかない様子で、能天気に話を続ける。
「二人とも可愛いねって言ったら、写真送ってもらっちゃった! 毎日眺めてるよ。あれホント笑うよね」
「ッ、そんなん見んでええやろ!!」
さすがに「毎日見てる」は効いたのか。謙也はあからさまに嫌そうにする。何が悲しくて愛しい彼女に自分の女装姿を毎日拝まれなくてはならないのか。せめてもう少しまともな姿のものを……。
「ッ、白石のヤツ……!」
さすがにちょっと腹が立って、謙也はつい心の声を口に出す。しかし名前は気にせずに、続きを楽しそうに話す。
「あ、でも一番笑ったのが演劇のやつかなぁ。謙也くんが王子様のやつ!」
「ッ! それは!」
何かよほど嫌なことでも思い出したのか。ギクリと大げさに身体を震わせて、謙也は青ざめる。同じく文化祭でのテニス部の出し物、舞台『白雪姫』。王子役はくじでアタリを引いた謙也で、お姫様役は。
「小春ちゃんが、謙也くんにぶっちゅ~ってしてた写メ本当面白かったよ!」
「ッ!」
とうとうライフが尽きたのか、謙也は片手で口元を覆い項垂れた。まるで吐き気を我慢するかのようなそのポーズ。
あれは忘れもしない、高校最後の文化祭。キスはフリだけって言っていたのに、本番でドレス姿の小春に、グワッシぶっちゅうと熱いベーゼを決められて、舞台上で気絶しそうになったのだった。
敗因は、あまりの嫌さから口づけの瞬間、視覚情報を自ら遮断してしまったことだ。そのせいで小春のアタックをかわせなかった。
舞台そででは小春の相方のユウジも別の意味で気絶しかけていたけど、一番の被害者は自分だと謙也は信じて疑っていない。
ちなみにこの舞台、白石はお妃様と魔女役だった。白雪姫より美しいお妃様で、姫の命を狙う理由がなかったがそれはそれ。そして小人役は石田銀と遠山金太郎。おいしすぎるくじの結果であった。
「白石くんは二枚目で正統派の王子様って感じだけど、謙也くんは本当王子カッコ笑いって感じだよね、せっかくイケメンなのに」
無邪気な笑顔で、名前は楽しそうに毒を吐く。自分の彼氏に対してひどい言い草だ。
「ッ、二枚目より二・五枚目のが美味しいんや! 完璧なイケメンなんそれだけでスベッとるわ!」
「も、またそんなこと言って」
しかし、自分の発言は顧みず。勢いで白石を貶す謙也の頬を、名前はギュッとつねった。けれどすぐに手を離すと、名前はにっこりと微笑んだ。
「……スベッてても、面白くても、私が好きなのは謙也くんだよ」
無邪気で可愛い、今まで一番素敵な、謙也の好きなその表情。白石と一緒にいたときよりもずっと、幸せそうで嬉しそうだ。
「名前……ッ!」
謙也は素直に感激する。先ほどまでのゴタゴタはあっさりと忘れて、コロッと彼女に惚れ直す。ちょろい男である。
「でも小春ちゃんにチューされてるとこホント面白かった。あれは爆笑した」
「ッ! 思い出させんなや、俺の黒歴史や!」
再び額に青筋を立てながら、謙也は叫ぶように言う。一生の不覚だ。 とはいえ、学校中を爆笑の渦に陥れた演劇『白雪姫』。身体を張って笑いを取りに行った勇者、ではなく王子の謙也に文化祭のMVPが贈られた。賞品のコケシ百個は今でも四天宝寺のテニス部の部室に飾ってある。
「ハッ、ということは名前の携帯にそのキス写メも送られとるんか!?」
「アッ、しまった!」
しらじらしくそんなことを言う謙也と、同じく棒読みで驚く名前。まるでコントのようだ。仲良しカップルの夫婦漫才。
「いくらお前でもそれは許さへんで! 携帯どこや、リビングのちっこいカバン中か」
「あ、やだダメ!」
立ち上がってリビングに向かおうとする謙也を、名前は抱き付いて止めようとする。けれど。
「ふふん、ダメとかゆうても『無駄やで~』」
白石のモノマネをしながら、謙也は名前をひょいっと抱き上げた。
「ひゃっ!」
今度は、なんとお姫様抱っこ。さっきの米俵を担ぐような抱っこから一転。あまりにも甘い。甘すぎる。先ほどとのあまりの落差。ギャップがすごくて、名前は思わず照れてしまう。
恥ずかしくて謙也の顔が見れない。またしても、頬を赤くして俯いた。まさか謙也に、こんなことをしてもらえると思わなかった。
それに、何より。さっきこぼした言葉を覚えていてくれたことが嬉しかった。
『……お姫様だっこじゃないの』
けれど、ずっと俯いていたら謙也に催促されてしまった。
「……ほら、ちゃんとコッチ見て、俺の首に腕回し?」
恥ずかしさを我慢しながらも、名前は謙也を見上げる。ちっとも完璧じゃない、口を開けば変なウケ狙いばっかりの、だけど愛しい王子様。 金色の髪が部屋の明かりでキラキラと輝く。愛しげに自分を見つめてくれるその瞳は、今日も誰よりカッコイイ。
名前は促されるまま、謙也の首の後ろに両腕を回して、ギュッとしがみついた。二人の身体がさらに密着する。あとちょっとで、キスだって出来そうなほど。
憧れのお姫様抱っこ。男の子にしてもらったのなんて初めてだ。しかも、それをしてくれているのが大好きな謙也だなんて。嬉しすぎる。恥ずかしいけど、すごく幸せだ。
「――王子カッコ笑いやなくて、ちゃんと王子様やろ?」
照れている名前に調子に乗ったのか、早速謙也は格好をつける。名前を見おろして、得意げに笑う。
「お前の願い事なら、すぐに叶えたるイケメン王子や」
願い事のお姫様抱っこ。早速叶えてくれている。上機嫌な謙也は口の端を上げると、名前をからかうように言った。
「オプションでチューもつけるで?」
「も、なにそれ!」
あれだけ気取って格好をつけても。やっぱり王子カッコ笑いな謙也に、名前はつい怒ってしまう。
黙っていればイケメンなのに、いつもそんなふざけたことばかり。いちびりでせっかちで子供っぽくて、ちっとも正統派じゃないけど。でもそんなところが愛おしい。大好きな、愛すべき二枚目半。
そんな王子様に、名前は臆面もなくおねだりをする。
「……でも、あとでちょうだいね?」
文化祭では小春ちゃんだったけど、今この瞬間のお姫様役は自分なのだ。せっかくのオプション。ちゃっかりと頂いてしまおう。
ここぞとばかりに、名前は謙也に甘える。甘い声に素直な言葉、そして彼が好きだと言ってくれる、とびきりの笑顔で。
「……ッ、反則やろ」
内気なお姫様に、まさかノッてこられるとは思っていなかったのか。今度は謙也が照れる番。頬を染めて視線を逸らす。でもとても幸せそうだ。
仲のいい二人、明るくていつも笑顔の絶えないカップル。内気な名前も謙也と一緒のときは、いつも楽しそうに笑っている。
こうやって周囲を明るくするのは、本人は気づいていない謙也の長所だ。周りの皆に愛されて、大事なお姫様を笑顔にする、二枚目半の王子様。