謙也×同級生夢主
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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なんとなくそわそわとした様子で、名前はその場所に立っていた。下宿マンション近くの本屋の前。まだ太陽は空の真上の平日のお昼過ぎ。
大学はちょうど春休み期間中だから。今日は彼氏の謙也とデートで待ち合わせ中。けれど、その時間を過ぎても彼は現れなかった。
(謙也くん、まだかなぁ)
いつもは遅れるなんてことはないのに。
(どうしたのかな……)
不安になった名前は再度スマホの画面を確認する。待ち合わせ時間からは十五分も過ぎていた。しかし、彼からの連絡はない。
(どうしよう……)
電話でもしてみようかと、名前は謙也の電話番号を探そうとした。そのとき。
「――名前! スマン、遅れてもーたわ」
「謙也くん!」
ようやく彼が現れた。よほど急いで走ってきたのか、呼吸が若干乱れている。
「ほんまゴメンな。あともーちょいで着くゆうとこで、軽音サークルのヤツに捕まってもうたんや。そんで……」
焦って言い訳を始める彼に、名前は微笑みかける。
「別に、そんな待ってないから大丈夫だよ」
すごく申し訳なさそうに謝ってくれる姿も、とても可愛いんだけど。そんなに気にしていないのに、真剣に謝られるのが逆に申し訳なくて。名前は彼に尋ねた。話題逸らしも兼ねて気になったこと。
「……謙也くん、バンドとかやってるの?」
軽音サークルといえば、そういうことだ。バンドを組んでの音楽活動。ギターやドラム、キーボードといった楽器も、自分たちで演奏する。
「え? ああ、まぁな。昔ちょっとやっとって」
以前、それで学校の文化祭に出場したこともある。担当はドラムで、テニス以外の趣味のひとつなのだと、謙也は気恥ずかしそうに話す。
医学部に受かる勉強と、インハイ上位のテニスだけでもすごいのに。そんなカッコいい特技まで。
「わあ、すごいね!」
瞳を輝かせて、名前は謙也を見上げる。
「大したことあらへんよ。そんなめっちゃ上手いわけでもあらへんし」
あまりにも素直な尊敬の眼差しを向けられて、照れ臭くなったのか、謙也はそう謙遜する。けれど、とても嬉しそうだ。好きな女の子に褒められて、鼻高々といった様子。
「……あー、でも名前にそない言われたら、久しぶりに叩きたなってきたわ」
いちびりの血が騒いだのか、そんなことを言い出した。
「わ、見たい!」
名前も嬉しそうに、謙也におねだりをする。
「よっしゃ! ほなら、今日はゲーセンいこか!」
「ゲーセン?」
「ドラム叩くゲームがあるんや」
以前とても流行った、楽器を弾くタイプの音楽ゲーム。ドラムを叩くものは、その中でも特に人気があった。アーケード版は意外と本格的で、本物のドラムの練習がてらに叩いている人もいたほどだ。
「そうなんだ……」
謙也にそう教わって、名前は感心する。
「よし、早速行くで! あ、でもこっからちょっと歩くんやけど、ええ?」
「うん、大丈夫だよ!」
アクティブなデートでも大丈夫なように。名前はフラットシューズで来ていた。つま先にリボンのついた可愛いもので、謙也とお出かけするとき用に新調したのだ。
今日のデート、実は何をするか決めてなかったんだけど。
(……謙也くんと音楽ゲーム、楽しみだな)
上機嫌な彼の背中を追いながら、名前ははにかんだ笑みを浮かべる。
赤を基調にしてデザインされた店内は、クレーンゲームの音楽やメダルゲームの効果音でうるさいくらい。
二人の通う大学からは離れたところにある、アミューズメントスポット。平日の昼間とはいえ、春休みシーズンだからかお客さんは大勢いて、賑やかだった。
大きなぬいぐるみの飾られた、クレーンゲームの巨大な筐体の脇をすり抜けるようにしながら、名前は謙也とくっついて歩く。
「ドラムのやつあるとええんやけどなー」
「そうだね」
話す声も、お互い少し大きめ。アミューズメントスポットの店内では、あまりにも周りがうるさいから。相手に顔を近づけて大きな声で話さないと、ちゃんと伝わらない。自然と二人の距離は近くなる。
「謙也くん、音ゲーもよくするの?」
隣を歩く謙也を見上げて、名前は尋ねる。
「ああ、昔はしとったで。中学や高校ん頃は部活のヤツらとよお行っとったわ」
謙也の母校といえば、四天宝寺中学に高校だ。男子の制服は確か学ラン。
(……学ラン着た謙也くん、きっとカッコよかったんだろうな)
大学生の今はカジュアルな私服で、それももちろんカッコいいんだけど。
テニスバッグを肩にかけて、同性の友人たちとゲーセンにたむろする、学ラン姿の謙也を名前は想像する。にぎやかで楽しそうなその様子は、あまりにも鮮やかに脳裏に浮かんだ。
自然と名前の目尻は下がり、口元が緩む。自分の中の、謙也のイメージにぴったりだ。
「……なんか、謙也くんらしいね」
そう言って、名前はにっこりと笑う。彼女のその笑顔に、謙也もまた表情を緩めると。
「……名前は? やったことあるん?」
そう尋ねてきた。
「えっと……」
口元に手をやって、名前は考え込む。大学生になってからは、そういえばやってないような気がする。名前は懸命に昔の記憶を引っ張り出した。自分が、まだ中学や高校生だったときのこと。
「あ、太鼓のやつと、ポップンならやったことあるよ」
これもまた、何年か前に流行った音楽ゲーム。リズムに合わせて太鼓やボタンを叩いて、得点を競うもの。高いゲーム性に加えて、可愛らしいキャラクターの絵で、女の子にも人気があった。
「ハハ、あれか。かわええな。俺も一時期やっとったで。高校の近くのゲーセンで」
謙也は明るく笑うと、得意げに胸を張った。
「ゲーセンのハイスコア保持者は俺やっちゅー話や」
「そ、そうなの? すごい!」
「……ま、昔の話やけどな」
再び、名前に尊敬の眼差しを向けられて、謙也は気恥ずかしそうに視線を逸らした。けれど、とても嬉しそうなのは相変わらず。
「って、ドラムのやつ見当たらんな」
「ほ、ほんとだね……」
いつの間にか辿り着いていた音楽ゲームのエリアで、二人はあたりを見回した。お目当てのゲームの筐体は見つからない。けれど、先ほど話題に出たポップンならあった。
「ま、ええわ。ほなら名前の好きなポップンやろか」
「うん!」
謙也に誘われて、名前は喜びにはしゃぐ。今まで妹や女友達としかやったことがなかったけど、謙也と一緒にプレイできるのがとても嬉しい。
「――二人プレイやから、これとこれで……」
ゲーム機の大きな画面に視線を落として、てきぱきと設定を行う謙也を、名前は隣で眺めていた。さすが記録保持者。やりなれている分、手際がいい。迷うことなく決めていく。
「難易度これでええ?」
「うん!」
「よっしゃ、ほならこれにするで」
最後に難易度を選んで、謙也は決定ボタンを押した。ピロリンと明るい効果音が流れ、そして画面がロード中に切り替わる。
数秒だけの待ち時間。しかし、謙也はおもむろに半歩下がると。名前を後ろから抱きしめるように、彼女の身体の両側から腕を伸ばした。そのままゲームの機のボタンの上に手を置く。
「名前は真ん中のボタン三つ叩いてな。俺はそれ以外やるから」
このゲームは、音楽のリズムに合わせて、九つのボタンをタイミングよく叩くというものだ。
まるで何でもないことのように、謙也に明るくそう言われて。けれど、名前は戸惑いを隠しきれない。自分の担当がボタン三つだけなのはいいんだけど、この体勢は……。
「あ、あの、謙也くん……」
「どしたん?」
「お、落ち着かないんだけど……」
この体勢は、ゲームのファンの間ではラブ叩きと呼ばれているもの。高校の頃こうやってプレイしていたカップルを、名前も見かけたことがある。
彼氏がいなかった当時は、幸せそうで羨ましかった。でも、実際に自分がやるのは恥ずかしい。今だって、周りには他のお客さんがたくさんいるのに。
けれど、名前と違って、謙也は少しも気にしていない様子だ。
「ええやろ別に。ガッコから遠いとこやし、知り合いなんおらへんで」
「そ、そういう問題じゃないよ……!」
デリカシーに欠ける謙也の言葉に、名前はつい非難がましい声を上げてしまう。けれど。
「……ま、ええやんたまには」
気まずそうにそう言い訳をする謙也に、名前は怒る気をなくしてしまう。ちょっとだけ、気恥ずかしそうにしているその様子。
ドキドキして照れているのが自分だけじゃないと分かって、名前は安堵する。『お前とイチャつきたかったんや』そう甘えられていると思えば、むしろ彼女冥利だ。
「……高校ん頃な、こうやってカップルでやっとる奴らが、ちょっと羨ましかったんや」
「え?」
ゲームが始まる直前で、もうほとんど時間もないのに。おもむろに謙也は口を開いた。
「ま、部活とか忙しゅうて、高三なってからは勉強も大変やったから、彼女作る暇なん無かったんやけど」
「そ、そうなんだ……」
モテそうなのに、という言葉は飲み込んで。
(神様ありがとう……! 大好きな謙也くんの初めてが私とか嬉しすぎるよ……!)
素直な名前は感激のあまりに、なぜか神様に感謝していた。
ゲーム機の画面にはモードや演奏する曲が確認のために表示され、そのまわりで可愛いキャラクターたちが飛び跳ねている。ゲームが始まるまであとわずか。
「でもまぁ、部活のヤツらと遊ぶんも楽しかったから、別にええんやけどな」
「そっか」
同性の友達と遊ぶのが楽しかったから、いなくてもよかった。だなんて。
(謙也くんらしい理由だな……)
名前がしみじみとしていると。筐体から可愛い声がした。
『――アーユーレディ?』
「お、始まったで」
「あ!」
音楽のイントロが流れはじめ、ゲーム画面の上部から、ポップくんが降ってきた。
このポップくんというマカロンのようなキャラクターが、下部のラインに重なったら、ボタンを押すのだ。もちろん、音楽のリズムに合わせて、テンポよく。
画面をしっかりと見ようと、名前はつい前屈みになる。謙也もまた、名前を追うように前に屈んで、二人の身体はさらに近くなる。
名前の背中と謙也の胸板が、衣服越しに触れ合った。すぐ前にはゲームの筐体、そして、すぐ後ろには謙也の身体。挟まれた名前は、なんとなくの圧迫感を覚える。
ラブ叩きと言われるだけあって、すごく密着する姿勢だ。名前とくっついていたい謙也が、少しも下がってくれないから、というのもあるけれど。今は本当に、後ろから抱きしめられているような気分だ。
店内は人が多くて、自分たちの周りにも他のお客さんたちがいるのに。
「……ッ」
改めてそう意識したら、急に恥ずかしくなってしまった。名前の頬ににわかに熱が集まり始める。身体も固く動かなくなって、なんだかもうボタンを押すどころじゃない。
ゲームはもう始まっていて、音楽も流れていて、ポップくんも落ちてきていて。ちゃんと、自分の分のボタンを叩かなきゃいけないのに。
「名前? 始まっとるで?」
テンポよく自分の分のボタンを叩きながら、謙也は名前に尋ねてきた。ハイスコア保持者だけあって余裕そうだ。合計六つのボタンを難なく同時に叩きわけながら、平然としている。
「えっ!? あ」
「あ、やないやろ~」
ぼんやりとしていた様子の名前に、謙也は呆れる。しかし謙也はさりげなく、名前の分のボタンまで叩いてくれた。
ゲームも上手で、フォローも上手。謙也の大きな手が、名前の胸の前に滑らされ、彼女の分のボタンに触れる。
触れられたのは、自分の胸じゃなくてボタンなのに。名前のドキドキと緊張はさらに高まる。謙也の手のひらや身体を、ますます近くに感じてしまう。そのとき。
「……顔、赤いで? なんや、そうゆうことやったんかいな」
おもむろに、名前は謙也に耳打ちされる。あまりにも色っぽい低音の囁き声。動揺した名前はあまりにもわかりやすく、肩を震わせてしまう。
「ッ、別に、赤くなんて……!」
「……左斜め上に防犯ミラーあんの、知っとった?」
「え……!?」
謙也に教えられて、名前は左斜め上を見上げる。天井に設置されている小さな鏡。映っていたのは、謙也に後ろから腕を回されて、頬を赤くしている自分の姿だ。
「う、うそ……」
全然気がつかなかった。名前は呆然とする。つまりは、今までの百面相も全部見られていたということだ。にわかに羞恥が込み上げて、名前の瞳が潤み始める。
あまりにも素直な彼女のその反応に、謙也は喉を鳴らしてクスクスと笑うと。不意に、鏡の中の名前を見つめた。ゲーム画面から目を離して、防犯ミラーを見上げる。
それまでは。ずっとからかわれて、笑われていたのだと思っていた。けれど、鏡に映った謙也の切なげな瞳に、名前は言葉を失ってしまう。
あまりにも熱っぽく、一途に自分を見上げてくる瞳に、名前の胸は締めつけられる。
けれど、謙也はすぐに目を伏せて、口の端だけを上げて笑うと。改めてゲーム画面に視線を戻した。
「……ま、鏡もええけど、今は俺のスーパープレイ、ちゃんと見とってな?」
そう水を向けられて、名前もまたゲーム画面に視線を戻す。まだゲームは終わっていない。音楽も流れ続けている。
「……う、うん」
絞り出すように、名前はそう言うと。
「……でも、ひどいよ。謙也くんのバカ」
「ハハ、スマンな。名前があんまかわええから、言いそびれてもーたんや」
「そうやってまた……!」
「まあええやん。それより、名前はもう大人しゅうしとき?」
そこまで、明るい調子で言ってから。謙也はおもむろに声を低くした。
「――あんま余計なお喋りしとると、浪速のスピードスターの超絶テクニック、見逃してまうで?」
「……っ!」
他の子だったら、ええかっこしいだと非難するような台詞でも。彼のことが大好きな名前には、本当にカッコよく聞こえてしまう。吐息交じりに囁かれて、すっかり照れてしまって声も出せない。
名前が言い返せないでいることに気がついたのか、謙也はここぞとばかりに、無遠慮に身体を押しつけてきた。彼のベルトのバックルが、名前の身体に当たる。もちろんその下の、下腹部も。
ちゃんと鏡を見ていないから、正確なところは分からないけど。気配からいって、お互いの顔だってとても近い。名前がほんのちょっとでも右斜め上を振り返れば、キスだってできてしまいそうな距離。
(謙也くん……)
大好きな彼の腕の中に閉じ込められて。名前の心臓は、もう破裂してしまいそうになっていた。けれど、謙也は何でもなさそうに、リズムに合わせた鼻歌を歌いながら、
まるでパソコンのブラインドタッチのように、素早く正確にボタンを叩いている。
呼吸に合わせてわずかに上下する逞しい胸板。名前を後ろから優しく包むように回された腕は筋肉で太く、滑るようにボタンを叩いている手は自分よりずっと大きくて、名前は嫌でも性差を意識してしまう。
太い血管が手の甲に浮き出た、骨ばった、ごつごつとした手。少しだけ節くれだったすらっとした長い指も、綺麗で男らしくて、びっくりするほど色っぽい。
この手や指先に、いつも大事な場所を触れられているんだ。そう意識するとまた、名前の頬に熱が集まる。
(ダ、ダメだよ。私のバカ……!)
これ以上手元を見ていたら、変なことを思い出してしまいそうだ。場違いな空想を追い払い、名前はゲーム機の画面に視線を戻す。
ドラムで鍛えているからだろう、謙也はリズム感がとてもいい。音楽のテンポがどんどん速くなっていっても、難なくついていっている。
九つのボタンの中央付近に置かれた謙也の両手は、音楽に合わせて滑るように動いて、近くや遠くのボタンを、最低限の力で叩く。
ゲーム画面のキャラクターの絵や、先ほどからずっと流れているゲーム音楽は、とてもファンシーで可愛らしいものなのに。
謙也のプレイはすごくクールでスタイリッシュだ。無駄も隙もなく、さすがハイスコア保持者。プレイしながらあれだけお喋りをしていたのに、スコアはほぼパーフェクト。
序盤の自分のミスを名前は悔やんだ。それさえなければ、本当にパーフェクトだったかもしれないのに。
「……上手いなあ」
無意識に、名前は感嘆のつぶやきを漏らす。上手い人のプレイは、眺めているだけでもすごく楽しい。わくわくするし、純粋に尊敬する。
自分が中学や高校の頃、時々行っていたアミューズメントスポットでも、すごく上手なお兄さんが、ギャラリーの注目を集めてヒーローになっていた。謙也のプレイもとても上手くて、あのお兄さんと遜色ないくらい。
ボタンを押すタイミングだって完璧で、グッドではなく、クールやグレートばかり。連続コンボを鮮やかに決める様は、まるで上手なパーカッショニストのよう。
(そういえば、ドラム上手い人ってパーカッションも上手いんだっけ)
同じ打楽器で、リズム感が問われるから。パーカッショニストはドラマーを兼ねている人が多いと、聞いたことがある。
最初は恥ずかしさや緊張で、謙也の腕の中で固まっていたのに。それも今は気にならず、名前は夢中でゲームの画面を見つめていた。
「……ふー、久しぶりやったけど、まあまあ上手く叩けたわ」
ようやくゲームが終わり、謙也は小さく息を吐いて腕を緩める。けれど、スコアが気になって仕方がない名前は、謙也の台詞も聞こえていないようだ。
無言でじっと画面を見つめている。そして、シンバルの音の後に表示された得点は。
「わ、謙也くん一番だよっ!」
名前にとっては見たことのない高得点。ボタンを押すタイミングについても、バッド、つまりミスタッチはごくわずかしかない。名前はまるで自分のことのように喜ぶ。
「スゴイね! 私、こんな得点見たことないよ!」
そう言って、名前が謙也を振り返った、その瞬間。名前の顎に謙也の片手が添えられて。同時に、唇を重ねられた。スピードスターらしい、あまりの早業。名前には、一瞬何が起きたのか分からなかった。
アミューズメントスポットの店内で、周りには他のお客さんもいっぱいいるのに。あまりの驚きに呆然としてしまった彼女は、謙也の口づけをそのまま受け入れてしまう。
ひとときの、触れるだけのキス。けれど唇を離す直前、謙也は名前の唇をペロリと舐めた。
愛犬にされたなら、それはとっても可愛い仕草。けれど人間の男の子、しかも大好きな彼氏にされたら、可愛いじゃすまない。あまりにも色っぽくて、名前は羞恥と混乱にますます慌ててしまう。
周りに大勢の人たちがいるこんなところで、キスをしたのなんて生まれて初めてだ。
「……何や甘い味するわ」
今日のデートのために、名前はリップグロスをつけていた。ハチミツ味のパールオレンジ。キスのときに、謙也の唇にも移ったのだろう。楽しげな笑みを浮かべて、謙也は指先で口元を拭う。
その仕草も色っぽくて、名前の胸の鼓動はさらに高鳴る。こうやって口元を拭うのは、最中の彼の癖だ。ベッドの上で名前を組み敷いているときも、謙也はよく同じことをしていた。
「……名前ん身体は、全部甘い味するんやな」
「ッ!」
急に、彷彿とさせることを言われてしまって、名前は焦りだす。ゲームのプレイ中、腕の中に閉じ込められているときから。
ずっとドキドキしていて、変なことばかり考えていたのは、やっぱり気づかれていたらしい。
「も、謙也くん……!」
「チューしたもん勝ちやろ。名前のために頑張って叩いたんやで?」
お前のために叩いた、その言葉の破壊力。すごすぎてハートのすべてを持っていかれる。
「だから、これくらいええやろ?」
楽しげに笑う謙也に、名前は返す言葉もない。ご褒美のキスが欲しいと、迫られる前に奪われてしまった。
浪速のスピードスターにはやっぱり敵わない。唇も心も、気がついたときには、もう奪われてしまったあと。
けれど、驚くほどの速さで、あれほどまでにカッコよく奪ってくれるなら。名前はもう、惚れ直すしかないのだ。
アミューズメントスポットを出て、二人は繁華街を歩いていた。
「指輪、お星様なんやな」
「え?」
「ゲームしとったとき、気がついたんや」
「あ……」
最初、ほんの少しの間だけ。名前もボタンの上に手を置いていた。そのときに気づいたのだろう。名前の右の薬指には、ピンクゴールドの繊細なお星様が輝いていた。
「名前もお星様好きなん?」
「え、う、うん」
謙也にそう尋ねられて、名前は戸惑いながらも頷いた。今までは、あまり興味がなかったスターモチーフ。だけど。
「好きに…… なっちゃった」
はにかんだ笑顔を浮かべて、名前は改めて謙也を見上げる。
「……謙也くんのこと思い出せるからだよ?」
他のアクセサリー、例えばネックレスやピアスは、身に着けていても、鏡を見ないとモチーフが見えないけど。指輪なら手元だから、いつも眺めていられる。いつでも思い出せる、大好きな彼のこと。
「……なんや、めっちゃ嬉しいわ」
そんな名前の言葉が嬉しかったのか。謙也は頬を淡く染めて、笑顔を見せた。鼻の下を指先で擦る。
「指輪とか、今まで興味あらへんかったけど……。名前の話聞いとったら、何やめっちゃしたなってきたわ」
「謙也くん……」
まっすぐな彼の言葉に、名前は感激する。同じことを思ってもらえたのが、嬉しくて仕方がない。
いつも相手のことを思い出せるように、想いを形にしたものを身に着けるなんて。そんなことをしたがるのは、女の子だけかと思っていたのに。
「あんまお揃いっぽいのもあれやし、よく見るとイニシャルのアルファベットが入っとるくらいのがええな」
よほど待ちきれないのか、謙也はさっそく具体的なデザインを口にする。
「うん、よさそう!」
そういうデザインなら、メンズでもありそうだ。名前は明るく同意する。
「よっしゃ、ほんなら、今から探しに行くか」
「え、今から?」
「善は急げって、言うやろ?」
楽しそうに笑って、謙也は名前の手を取る。片っ端から何でも至急。昔から、彼はそうだった。
「そ、そうだけど」
「ほんなら駅まで駆けっこや。名前、なんばのデパート行くで!」
名前の手を握ったまま、謙也は駆けだす。最初は戸惑っていた名前も、すぐに嬉しそうに笑って、彼の背中を追いかける。
名前が履いているのは、謙也のために新調したフラットシューズ。だから走るのだって平気。
キラキラとした春の日差しの中、どこまでも。大好きなスピードスターと一緒に、風を切って、名前は駆けてゆく。
Baby, I love you !