謙也×同級生夢主
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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淡い雪の舞う、とある冬の日のこと。謙也はカーペットの上に腰を下ろして、熱心に何かを読んでいるらしい彼女に声を掛けた。
「……名前? 何見とるん?」
「あ、謙也くん」
声を掛けられた名前は顔を上げ、先ほどまでローテーブルの上に広げていたそれを手に取ると。彼に見せながら柔らかく微笑んだ。
「旅行雑誌だよ」
名前の可愛らしい笑顔に、謙也の口元はわずかに緩む。彼女が読んでいたのは、コンビニでも売られている情報誌だった。
お馴染みのカラフルな表紙には、温泉特集と大きく書かれている。寒いこの時期にぴったりだ。
「ねぇねぇ謙也くん、今度の休みに一緒に岩盤浴行こうよ!」
雑誌の記事を指さしながら、名前は謙也にせがんでくる。しかし、岩盤浴と言われても。女子の流行に疎い謙也にはそれが何だか分からない。
「……岩盤浴?」
ついオウム返しで聞き返してしまう。しかし、名前は行きたい理由を尋ねられたと思ったのか、熱心に違うことを喋り始めた。
「そうだよ。最近寒いし。岩盤浴なら、お風呂と違ってずっと一緒にいれるでしょ? だからね……」
よほど謙也と一緒に行きたいのか、妙に一生懸命な名前に謙也は戸惑うが、可愛い彼女の頼みなら何でも叶えてやりたくなるのが、恋人にベタ惚れの男の性だ。
「ん、名前が行きたいんならええで」
それが何かも分からないまま、謙也は名前に返事をする。そして、そのまま名前のすぐ隣に腰を下ろした。
今の謙也にとっては岩盤浴が何なのかよりも、名前にくっつくことが重要だった。ここは自分の下宿先のマンション。可愛い恋人といちゃいちゃするのに遠慮などいらない。
謙也はふわふわとしたパーカーを着た名前の腰に腕を回すと、彼女の首筋に顔を埋めた。普段と違う柔軟剤の香りが淡く漂う。
まるで石鹸のようなその香りをもっと感じたくなった謙也は、無意識に呼吸を深くする。
名前のふかふかの部屋着は毛布のような柔らかさで、何かあるたびについ触れて抱きしめたくなってしまう。
(……ああ、ほんまに財前が言うとった通りやわ)
優しい柔軟剤の香りとふわふわの触感を楽しみながら、謙也は後輩の台詞を思い出す。
『――あの部屋着ほんま男に抱かれるためのヤツっすよね』
本当にその通りだ。
(……まあ別にこれやないやつ着とってもくっつくんやけどな)
名前に抱きつきながら、謙也はそんな不埒なことを考える。彼女の話など聞いていない。完全に上の空。
けれど、名前は謙也がデートを了承してくれたのがよほど嬉しかったのか、彼が自分の話を聞き流していることに気がつかない。
「本当? 嬉しい、ありがとう!」
無邪気な笑顔で謙也にお礼を言った。……屈託のない素直さは名前の魅力のひとつだ。謙也は内心で嬉しく思う。自分とのデートにここまで喜んでもらえるなんて、彼氏冥利だ。
謙也が心の内でデレデレとしていると、名前が不安そうに尋ねてきた。
「……でも、謙也くんこういうの退屈じゃないかな、いいの?」
心細そうに眉を寄せて謙也を見上げる名前もまた、庇護欲をそそる愛くるしさで。ほだされてしまった謙也は、つい安請け合いをしてしまう。
「別に、お前と一緒ならどこでもええで」
大好きな彼氏からの優しい言葉に、名前は頬を染めて喜ぶ。
「うれしい! ありがとね」
子供のようにはしゃぐ彼女のソプラノを聞き流しながら、謙也は名前の首筋に再び顔を埋めた。彼女に気づかれないように呼吸を深くして、謙也は名前の部屋着の柔軟剤の香りを味わった。
セクハラじみた振る舞いなのに、石鹸にも似た香りにどうしても惹きつけられてしまって、やめることができない。
「……っていうか、謙也くん、岩盤浴って何するところか知ってる? 行ったことある?」
名前から改めて何かを確認するかのように尋ねられても。彼女の普段と違う香りに夢中な謙也は、先ほど浮かんだ疑問をつい口にしてしまう。
「ん…… あ、名前シャンプー変えたん?」
「も、全然聞いてない!」
質問とは全く違うことを返されて、名前は怒ったふりをするが。それがふりでしかないことは、もちろん謙也もわかっている。
離したくないとでも言わんばかりに、謙也は名前を抱きしめる腕にさらに力を込めた。その行為はどんな愛の言葉よりも雄弁だった。
まるで甘えん坊の子供のような謙也にほだされて、名前の口元は緩んでしまう。あまりにも可愛い彼氏だから、怒るに怒れないのだ。
「ほんとにもう……! しょうがないんだから……」
もし謙也が名前の飼い犬だったら、完全にしつけに失敗している。名前の甘やかしぶりはそれほどだった。
「……それを何でいちいち俺に報告するんですかね。謙也さんは」
「ええやろ別に。今もこうやって焼肉奢ってやっとるんやから」
美味しそうな香り漂う賑やかな店内。謙也は後輩と二人で焼肉に来ていた。恒例の恋愛相談。今回はコーチへの焼肉の奢りが条件だった。
センスのいい和風モダンな内装のここは、安くて美味しいと近所でも評判のお店だ。テーブル中央の金網から焼き上がった肉を取りながら、謙也は財前に尋ねる。
「つか、岩盤浴って何するとこなん?」
「そこからなんすか」
これはあまりにもひどい。謙也の発言に箸から肉を落としそうになりながら、財前はぽつりと呟く。
「そんなん、それこそ俺やなくて名前さんにその場で聞いとけば……」
「あ~~ あのあとな、普通になだれ込んでもうて聞きそびれ」
「――謙也さん、特上カルビ追加してもらってええですか」
照れながら聞いてもいないことを口にする先輩に腹を立て、財前は反射的に食べたくもないメニューをオーダーする。もちろんお店で一番高いもの。
「……ええけど、ちゃんと残さず食ってな」
牛さん可哀想やからな。そうぼやきながらも、謙也は手元の液晶パネルでカルビをオーダーする。
「……」
いいように自分に使われている先輩を眺めながら、しかし財前は口元を緩めた。
相変わらずしつけのなっていない犬のような人だけど。やっぱり憎めない大事な先輩だ。何だかんだ言いつつも、財前はつい世話を焼いてしまう。
本人は気づいていないようだけど。放っておけない可愛げと人の良さは、謙也の一番の魅力だ。悔しいから言わないけど、こうやって恋愛相談される時間も、財前はいつも楽しみにしていた。
「……つか、謙也さんにはあんま向いてないんちゃいます?」
小さく息を吐いてから、財前は気を取り直して岩盤浴の説明を始める。衣服を着て入るサウナのようなもので、何をするかといえば、暖かな部屋で寝転がっているだけだ。
自分が行ったときは、何もせずのんびりしている人以外は、本を持ち込んで読んでいる人や、スマホをいじっている人が多かった。
暖かくて気持ちよかったから自分は楽しめたけど、せっかちな謙也はすぐ飽きて退屈しそうだ。
「……ほんまか、そんなんやったんか」
案の定。財前の話を聞いた謙也はあからさまに不安げな顔をする。苦手なものは待ち時間。浪速のスピードスターに、のんびりまったりなんて似合わない。
しかし。ふとあることを思い出した財前は、口元を緩めて楽しげに笑う。改めて口を開いた。
「あ、でも、あそこならええんちゃいますか。こないだオープンした個室の……」
もう何度目だろうか。財前は謙也に入れ知恵をする。別に大して経験豊富なわけじゃないのに、なんの因果か先生役。コーチングはすっかり板についてしまった。
美味しい焼肉に舌鼓を打ちながら、謙也と財前の会議は続く。
***
そしてデート当日。謙也と名前が来ていたのは、先日オープンしたばかりの個室の岩盤浴だった。
大規模なホテル併設のスパだから、内装も洗練されていてとても綺麗だ。濃茶色の板張りの壁に、磨き上げられた大理石の床、そして部屋の隅に飾られた南国風の観葉植物。
オレンジの間接照明に照らされた室内は、まるで海外リゾートのような非日常感だ。
二人はフロントで渡された専用のウェアに着替えて、さっそく個室で横になっていた。温かな石造りの床に大判のタオルを敷いて並んで寝そべる。
狭い室内はとても蒸し暑く、今が真冬だということも忘れそうだ。それでも岩盤浴は本当のサウナと比べてだいぶ過ごしやすく、謙也と名前は寒さで凍えた身体をのんびりと温めていた。
しかし、可愛い恋人の隣でただ寝転がっているだけというのは、堪え性のない謙也にはやはり難しく。入室してまだ三十分も経っていないのに、謙也は早くも岩盤浴に飽きてしまっていた。
暇つぶし用に後輩に借りた音楽雑誌はものの数分で読了し、イトコに借りた分厚い恋愛小説は数ページで挫折してしまった。
ちなみに同じ大学の他学部の友人に借りた毒草本は、ここまで持ってくる気すらおきずに自宅に置いてきてしまったのだが、それは別のお話だ。
手持ち無沙汰になってしまった謙也は意味もなく、隣で文庫本を読んでいる名前をじっと見つめていた。
ハーフパンツにTシャツという専用ウェアを着て、髪の毛を邪魔にならないように結んで本を読んでいる横顔は、見れば見るほど可愛らしい。
薄赤く火照った汗のにじんだ素肌は、なぜかとても艶めいて見えて、謙也の胸の内に妙な情動を呼び起こす。
頬にかかる横髪やうなじの後れ毛も、なんともいえない色っぽさで、可愛い彼女の予想以上の可愛さに、謙也はすっかり骨抜きにされていた。視線も心も釘付けになって離せない。
(……ああ、やっぱかわええな。かわええってホンマに正義や)
瞬きのたびに上下する長い睫毛、すっと通った鼻筋に、ぷっくりとした頬に唇。柔らかな間接照明のせいか、その全てが美しく見える。
本のページをめくる爪先もきちんと整えられていて、薄明かりの室内でもわかるほどにツヤツヤとしている。
自分は女の子のおしゃれになんて詳しくないから、よく分からないけど。それでもあのマニキュアは、名前によく似合っていた。
(……明るいとこで見たらめっちゃキラキラしとったわ。やっぱ女の子はああいうんが好きなんかな)
星くずのようなラメ入りのネイルカラー。けれど、それがラメだということすら謙也には分からないから。ただぼんやりとすごいなあと思うばかりだ。
しかし、彼女の横顔をこんなに凝視する機会もなかなかない。手元には先ほどまで読んでいた雑誌や本の他にスマホもあったけど、それを再び手にする気も起きなかった。
それほどまでに、心を彼女に持っていかれているというのに。
「――ラブホやないんですから。わかっとりますね」
後輩の台詞を思い出して、謙也は心の内で落胆する。ここはあくまでも個室のスパで、自宅の寝室ではない。
おしゃれで綺麗な場所で邪魔者はいないけど、いくら謙也がそうしたいからといって、ここでことに及ぶわけにはいかない。
もし何かしているところをスタッフに見つかったら、自分はともかく女の子の名前はあまりにも可哀想だ。
(……せやで、イチャイチャは夜まで我慢や)
ウズウズとした下心を抑えながら、謙也は心の内でそうつぶやく。実は今日は久し振りのお泊りデートで、併設のホテルの部屋を取っていた。だから彼女にちょっかいを出すのはそこまで我慢。
けれど自分にはそのほんの少しの我慢がつらい。やっぱり待つのは苦手だ。はやる心を抑えるのは至難で、意味もなくそわそわとしてしまう。温かいのはいいけど、ちょっと辛い岩盤浴。しかし、そのとき。
「――もう、謙也くんさっきからずっと私の方見てるでしょ」
出し抜けに振り向いた名前に謙也は笑顔で咎められた。図星を突かれて、謙也は小さく息を呑む。
「ッ!」
あまりにも素直な反応は彼らしく、とても可愛らしい。名前は読んでいた文庫本を閉じて手元に置くと、謙也の方に身体ごと向き直る。
「気になって本読めないよ。もう」
仕方がなさそうに言っているけど、名前はとても嬉しそうにしていた。上機嫌でニコニコとしている。しかし。不意に彼女は真面目な顔をすると、恥ずかしそうに言った。
「……でも、私もちょっと寂しかったんだ」
小さな、囁くような声。
「ッ、名前……」
可愛い彼女に分かりやすく甘えられて、謙也はどきまぎとしてしまう。名前の気持ちは嬉しいけど、ここではベタベタできないのだ。
しかし、名前はおもむろに謙也に身体を寄せてきた。寝そべったまま、彼に身体を近づけていって。そして、彼に抱きついた。
柔らかな胸の膨らみが彼の身体に当たるのも構わずに、名前は謙也の背中に腕を回してしがみつく。
「名前……」
二人きりの密室で、可愛い彼女にそんなことをされてしまって、謙也の胸の鼓動はにわかに早くなる。あまりにもベタでわかりやすい誘惑だ。
しかし、分かっていても抗えない謙也は、つい名前を抱きしめ返してしまう。名前の背中に腕を回して、柔らかな胸の膨らみを自分の身体に押しつけるように力を込める。しかし。
『――ラブホやないんですから』
後輩の言葉を思い出し、謙也は一瞬だけ固まるが。
(っ、無理に決まっとるっちゅー話やろ……!)
心の内でそう叫んで、謙也は行為を続行する。あの極上の触感への誘惑には抗えない。バレたら出入り禁止だと分かっているのに、それでも我慢できなかった。
胸を覆う下着をつけていない名前の豊かな膨らみは、形が変わるほどにしっかりと謙也の身体に押しつけられていた。
ウェアのTシャツの二枚の布地を隔てて感じる触感は、予想以上にリアルで謙也は思わずデレデレとしてしまうが。
名前はそんな彼の様子には気づかずにニコニコとしていた。大好きな彼氏に抱きしめ返されて素直に喜んでいる。
「……えへへ。嬉しい」
名前もまた、謙也に抱きつく腕に力を込めた。さりげなく自分の脚を絡めて、名前はまるで行為の最中のように、謙也の身体に自分の身体を重ねてきた。
蒸し暑く狭い個室の中で柔らかな間接照明の明かりのもと、汗ばんだ身体を寄せあうのは何だかとてもいやらしい、けれど。
(バレたら出禁…… バレたら出禁……)
もう何度目だろう。心中で呪文のようにそう唱えながら、謙也は自身の欲望を懸命になだめていた。
(ああ…… でも岩盤浴ってこんなエロいもんやったんやな…… ほんまに財前に感謝やわ……)
自分を抱きしめながら、謙也がそんな不埒な妄想をしているとはつゆ知らず。名前は幸せそうに微笑むと、そっと瞳を閉じた。
「……謙也くん、あったかい」
裸にTシャツ一枚を着ているだけの謙也の胸に、名前は幸せそうに顔を埋める。
「……あったかいって、幸せだね」
謙也の腕の中で、柔らかく笑う名前はとても満ち足りた様子だ。まるで愛しい彼さえいれば、他に何もいらないとでも言いたげな。
「……せやな」
そんな彼女に微笑み返して、謙也は今の季節の幸せをかみしめる。
しばらくの間、じっと抱き合ってお互いを感じあってから。名前はおもむろに口を開いた。
「……あ、ねえ、謙也くんって小さい頃プラモとか作ってた?」
「プラモ?」
「そう。自分で塗装したりとか、してた?」
よほど興味があるのか、名前はキラキラとした瞳で謙也に尋ねてくる。なぜいきなりそんなことを聞いてくるのか。不思議に思いながらも、謙也は答える。
「おお、しとったで。ガンプラとかな。弟のも組み立てるの手伝って……」
幼い頃たまにしていたプラモデル作り。凝り性の謙也は塗装まで自分でやっていた。塗装面を乾かす待ち時間が苦手だったけど、辛抱強く待って丁寧に仕上げていた。
当時よく一緒に遊んでいた同い年のイトコは全く興味がないようで、自分たちから少し離れたところで少女向けの恋愛小説を読んでいたけど。
(つか、あん頃からあんなもん好きやったんやな、あいつは……)
黙々と読書にふける丸眼鏡の彼を思い出し、謙也が妙な感慨にふけっていると。名前が重ねて尋ねてきた。
「ほんと!? 塗装するのに筆とかエアブラシ使ってた?」
名前の明るい声が耳に届き、謙也はハッと我に返る。
「……どっちも使うとったけど、名前これ何の話なん?」
彼女がプラモデル好きだなんて話は聞いたこともない。不審に思った謙也が尋ね返すと、名前は楽しげな笑みを浮かべて。
「えっとね、妹がね、プラモの塗装とか上手い男の子はマニキュア塗るのも上手だよって」
「……マニキュア?」
「そうなの。自分じゃ上手くできなくて」
嬉しそうにそんな話をされてしまったから、謙也は名前の指先を反射的に見つめてしまう。淡い色で塗られた爪は、岩盤浴の個室の薄明かりでも分かるほどに綺麗で、充分素敵な仕上がりだと思うのに。
「……そうなん? 綺麗やと思うけど」
「今日のは妹にやってもらったの」
「…………へえ」
にわかに雲行きが怪しくなってきた。彼女には妹がいる。勝気で可愛くて男子にも人気があるという、ちゃっかりものの妹。
(……完全に俺に押しつけようとしとるわ)
けれど、不思議とそこまで嫌な気はしなかった。
「だから、今度やってくれる……?」
可愛い彼女からの案の定なお願いに、謙也は小さく息を吐く。
「……お前の頼みなら、まあしゃあないな」
たとえ面倒くさくても。可愛い彼女からのお願い事はむげにできない。久しぶりの図画工作頑張ってみようか。名前のほっそりとした指先を眺めながら、謙也は気持ちを新たにする。
夕食を階下のレストランですませてから。予約していたホテルの部屋で、早速名前は謙也にマニキュアを塗ってもらっていた。
ベッドの上で向かい合って座って、謙也は黙々と作業を進める。初めてとは思えない早く正確な刷毛さばきで、謙也はあっという間に名前の両手の爪を塗り終えた。
と言っても、塗ってあったマニキュアを落として、ベースコートを塗って乾かしたりしていたから、それなりに時間は掛かっているけど。
「わ、すごい綺麗! 謙也くんありがとう!」
「ま、これくらい朝飯前やろ」
今は晩ごはんの後だけど、謙也は得意げに胸を張る。
除光液にネイルカラーはホテル内のコンビニで買ってきた。口コミサイトでも評判のシンプルなクリアレッドだ。透明感のある赤いグロスカラーは、名前の白い肌の美しさをさらに引き立てる。
そして何より、赤は謙也の好きな色。
「あとは乾くのを待つだけだね!」
嬉しそうに微笑む名前に、しかし謙也はツッコミを入れる。
「ちゃうやろ名前。『今は晩ご飯のあとだよ』言うとこやろ、ここは」
「え、あっ、そうだった。ごめんね」
「ほんまにお前は修行が足りんな」
「も、私にお笑いとか求めないでよ」
「はは、せやな」
あっけらかんと笑うと、しかし謙也は不意に目を眇めた。
「……ほんなら、他のモン求めることにするわ」
妙な含みのある謙也の声が名前の鼓膜を震わせた、次の瞬間。彼女の視界が反転する。
「……面倒なん我慢してやってやったんやから、これくらいええやろ?」
囁くような低い声が、名前の上方から降り落ちてくる。名前の大きな瞳に映るのは、照明を背に受けて不敵な笑みを浮かべる謙也と、部屋の天井だ。
まさか、急にこんなことをされるなんて思わなかった。狼狽えた名前は、まるで彼を拒むように、謙也の両の肩口を掴んだ。
しかし、力を込めて押し返そうとしても、彼の逞しい身体はびくともしない。戸惑いに瞳を揺らして、名前は謙也に抗議した。
「め、面倒って……」
ベースコートからトップコートまで塗ってもらった。だから、謙也がそう言いたくなるのは、仕方がないのかもしれないけど。
「――つか、今爪になんか当たったら塗装ヨレてまうで? 大人しゅうしとき」
しかし、謙也は容赦がない。その一言で名前の戦意を削ぐと、意味ありげに微笑んで、名前の頬に自分の手のひらを滑らせた。
その様はまるで、ひとときの戯れに捕らえた獲物を慈しむ残酷な捕食者だ。美味しく頂くという結論は変わらないけど、その前段階のやりとりを、行為を盛り上げるスパイスにする。
狩りのお楽しみはあくまでも、獲物を追い詰めるその過程だ。怯えて戸惑う可愛らしい恋人は、彼の心の奥底の眠れる加虐心を呼び起こす。
それはあまりにも浅ましい衝動だ。分別のある大人の男性なら、少しは隠そうとする種類のもの。けれど、名前の前だというのに、謙也はそれを隠さない。むしろそれを、彼女に見せつけて楽しんでいる。
年頃の男の子らしい、無邪気で無自覚な酷薄さ。しかし、それもまた謙也の愛すべき一面なのだ。自分の欲求にあまりにも素直で、それがたまらなく可愛らしくて色っぽい。
「っ……!」
名前は頬を染めて息を呑む。謙也にやめるつもりがないことは、火を見るより明らかだ。堪え性のない彼に気おされた名前は、混ぜっ返すこともできずに、羞恥に視線を泳がせる。
そんな彼女を見おろしながら、謙也は口の端を上げると。
「――名前はほんまにアホやなぁ。タダより高いもんはないんやで」
その瞳は愛おしそうに彼女を見つめてはいるものの。まるでからかうような謙也の口ぶりに、名前は余程悔しくなったのか、勢い込んで食ってかかった。
「……な、浪速のあきんど!」
「スピードスターや」
「……スピードメーター?」
「計る方ちゃうわ、計られる方や俺は」
まるでコントのようなやりとり。たとえホテルのベッドの上でも、この二人は甘さよりも面白さ。しかし。
「――ま、俺のスピードは計測不能やけどな」
そう言って、謙也は得意げに笑うと、名前を無遠慮に急かしてきた。
「ほら、早よ背中浮かし?」
ムードも何もない、あまりにもまっすぐな誘い文句。
「え、ほ、ホントに……?」
話題がそれて忘れてくれたと思ったのに。忘れていない彼に詰められて、名前は戸惑いに睫毛を伏せる。けれど、ここがベッドの上だったことを思い出し、ついに名前は観念する。
あまりにもおあつらえ向きなこの状況。最初から逃げ切れるわけがなかったのだ。
可愛くてカッコよくて、誰よりも我儘で愛おしい。名前の弱点を知り尽くしているそんな謙也に、こんなにも強く求められて。彼女が拒めるはずがない。
名前はぎゅっと瞳を閉じて、彼に言われるがまま背中を浮かせた。下着のホックが外される気配はすぐに訪れて、背徳感にも似た甘い期待に、名前の内側が熱く潤んだ。
――今度は、自分が彼の我儘に付き合う番。
番外編
「……ッ、名前…… 好きや」
「謙也くん……」
「……もっと、ちゃんと俺につかまり?」
お願いは形だけのものだ。名前からの返事を待たずに、謙也は彼女の両脚を乱暴につかんで力任せに下方に押した。彼女の両膝をシーツに押しつけるような格好だ。
両脚を謙也の腰にゆるく絡めた状態でそうされて、名前の脚の間のその場所はさらに上の方を向く。同時に充血しきった謙也のものが、名前の体内のより深くに押し込まれ。彼女はあえかな声を漏らして眉を寄せた。
「ッ……」
夢中で快楽を追求する彼に、きつい姿勢を無理に取らされているのだ。辛くないはずがない。
力任せにシーツに押しつけられている脚にも、張り詰めた謙也のものを差し入れられているその場所にも、確かな痛みを感じる。
名前はそれから気を散らそうと、深い息を吐いた。身体をなるべく弛緩させ、少しでも負担を減らすために、謙也の腰に両脚をしっかりと絡めて、彼と繋がりあっているその場所を限界まで上に向ける。
しかし、それは謙也自身をもっと欲しがる態度そのもので。
「……名前ッ!」
いっそう興奮した謙也は、名前の華奢な身体にさらに体重をかけてくる。その瞬間、名前の内側に入れられている謙也のものが彼女の最奥まで到達し、名前は甘い眩暈を覚えた。
視界が一時だけ暗転し、謙也自身を包み込んでいる名前のそこがきゅっと締まり、水のような体液を溢れさせる。
「あ……ッ」
僅かに開かれた唇から漏れる甘く掠れた喘ぎには、確かな歓喜が滲んでいた。謙也によってもたらされる刺激を喜ぶその反応は、誤魔化せるはずもなく、つぶさに彼に伝わってしまう。
「ッ、名前……!」
そんな彼女に焚きつけられて。謙也は今までも充分すぎるほどだった抜き差しのペースを、さらに激しく早くしてゆく。
身体の内側を突き上げられるような独特の圧迫感と、最も感じてしまう粘膜を勢いよく擦りあげられる快感が同時に押し寄せて、名前は甘やかな悲鳴を上げた。
愛しい彼とそそり立つ彼自身に、自分の身体を好きにされるこのときは、名前のその場所とその心に、最高の心地よさをもたらしてくれる。
彼に自分の全てを征服される被虐の快楽に、名前は浸った。謙也が力任せに名前のその場所に腰を打ち付けるたびに、名前は反射的に甲高い喘ぎを漏らし、謙也にしがみつく。
興奮しきった謙也はさらにペースを上げようと、名前の身体を自分の全体重をかけながら抑え込んだ。
痛みに眉を寄せる名前に構わず、謙也は自分自身の快楽だけを容赦なく追求し、名前の身体の全てを使って、自分自身を追い上げてゆく。
「……ッ、は……」
その後、謙也がようやく名前の内側で果てたとき。彼のあまりにも荒々しい行為に、名前は瞳に涙を浮かべ、もう疲労困憊というありさまだった。
そして。ついに堪忍袋の緒が切れた名前は、半泣きで謙也を罵っていたのだった。
「もうっ、謙也くんのバカ! いつもいつもひどいよ!」
「ッ、名前! ほんまにすまんって!」
「もう、いつもそうやって謝るくせに全然改善されない!」
「やっ、もう、次こそは思うんやけど、つい」
「ついじゃないよ! ひどいよバカバカっ!」
どうしようもない内容での痴話喧嘩。まさに読んで字のごとくだ。まだ行為を終えたばかり。二人は一糸まとわぬ姿で同じベッドの中にいた。
興奮して涙ぐむ愛しい彼女を、謙也は懸命に宥める。なけなしの理性を取り戻した今は、ただひたすらにご機嫌取り。
大事な恋人なのだ。それこそ嫌われたら生きていけないほどの。なのにどうして自分の行動を直せないのかといえば、それは如何ともしがたい性格だからだ。
堪え性がないのは謙也の元来の人格で、これはなかなか矯正できない。
「……だってなんかもう痛いし、苦しいし!」
「ほんまにごめんて……!」
自分の腕の中で拗ねる恋人の髪を撫でてやりつつも、しかし謙也は不思議に思う。
(でも、激しいときのが反応ええで……?)
自分に限界まで脚を広げられながら抜き差しされて、うっとりと喘ぐ名前の姿を謙也は回想する。いつも全力で体重をかけてしまって怒られるけど、それでも名前はいつだって心地よさそうにしていた。
確かに眉を寄せて苦しそうにしてはいたけど、繋がりあっているそこは蕩けそうなほどに熱く潤んで、極上の快楽を自分に返してくれていた。
それに応えるように掻き抱いてやると、名前のそこはさらに潤って、充血しきった謙也自身をきゅうきゅうと締めつけてきた。
(あれはどう考えても『もっとして』ゆうことやろ……)
口でしてもらっているときも同様だった。喉の奥まで自分のものを咥えているときの、頬を紅潮させて瞳を潤ませている名前のあの表情も、興奮しきっているといっても過言ではなく。
しかし、冷静になって考えなくとも。
(……でも、いくら良さそうにしとるゆうても、やっぱやりすぎとるよな……)
性の不一致は、愛し合う二人にとっては重大事項だ。正当な別れの理由にすらなりうる。そのままの成り行きで彼女を失うことを想像してしまい、謙也は名前を抱きしめる腕に反射的に力を込めた。
(ッ、そんなん嫌やわ……!)
込み上げる寂しさを誤魔化すように、名前の頭を優しく撫でる。けれど、その手つきはまるで子供をあやすもの。
実はこれでも年下と接することの多いお兄ちゃん。なおかつ女性経験が豊富なわけではない謙也が、このような態度を取ってしまうのは、ある意味仕方がないことだった。
「ゴメンな、名前……。ほんまにゴメン」
けれど、つい先ほど彼女を失うことを想像してしまったせいか、今回の謙也の謝罪は、これまでのものとは違ってかなりの真剣味を帯びていた。
「ッ、べ、べつに……」
それにほだされてしまった名前は、しどろもどろになる。にわかに頬を染めてあたふたとし始めた。
「……そんなに気にしてないから、謙也くんも気にしなくていいよ」
ぶっきらぼうな台詞は、もちろんただの照れ隠しだ。彼女の愛情表現と優しさに、素直な謙也は感動する。
「ッ、名前……!」
まことにちょろいカップルである。
名前の気遣いによってすっかり元気を取り戻した謙也は改めて、腕の中の彼女を見おろした。
愛し合った直後だからか、名前の真っ白な素肌はほんのりと赤みを帯びていた。部屋の照明もついていたから、謙也からは名前の豊かな胸の膨らみに、色づいて尖ったバストトップがよく見えた。
行為を終えて、一糸まとわぬ姿の恋人と同じベッドの中にいるというシチュエーションで、そんなものが視界に入ってしまえば、注意を引かれてしまうのは当然だ。謙也は無意識に名前の胸元を見つめてしまう。
白く柔らかな二つの膨らみとその突端。つい先ほどまで自分がむしゃぶりついていた……。しかし、じっと見つめていたら名前に気づかれてしまった。
「も、ちょっと謙也くん、さっきからどこ見てるの!」
「ッ、しゃあないやろ……!」
「仕方なくないよ! も、アホ! ヘンタイ!」
お仕置きとばかりに、謙也は名前に頬をきゅっとつねられる。
そして、再びきゃあきゃあと騒いだあと。謙也と名前は二人仲良く抱き合って、同じベッドで眠りについた。
今日はスパデートからのホテルステイ。ツインの部屋をとったからベッドは二台あったけど、そこはこの二人のこと、シーツが乱れるのは一台だけだ。
***
そして、翌朝。カーテンの隙間から差し込む光と、枕元のスマホのアラームで、名前は目を覚ました。寝起きの気怠さを我慢しながら、名前はベッドの中から手を伸ばしてアラームを止める。
彼女はそのまま、自分のすぐ隣の謙也に視線をやった。チェックアウトまでにはだいぶ時間があったからか、謙也はまだ眠っていた。
自分と同じベッドで眠る裸の恋人に、名前は昨夜の出来事を思い出して頬を染める。
お付き合いを始めてそれなりに時間が経っていて、もう何度も二人一緒の朝を迎えているけれど、やはりまだ気恥ずかしくなってしまう。すると。
「ん、名前……? 起きたん……?」
名前の気配を感じ取ったのか、謙也が起き出してきた。
「謙也くん」
「……早いな。今、何時なん?」
「……九時だから早くないよ。でも、チェックアウトまでまだ時間あるし、寝てていいよ」
未だ眠そうにしている謙也に、名前はそう声を掛けるが。謙也はムニャムニャ言いながらも、彼女をベッドの中に引き込もうとしてきた。
「名前も、あと少し……」
目は覚めているようだけど、まだ起きたくはないらしい。謙也は名前を離そうとはせず、また二人で眠ろうとする。
けれど、そんな我儘な彼を名前は改めて愛しく思った。大切な恋人だ。それは名前にとっても同じこと。彼を失うなんて考えられない。
「……もう、あとちょっとだけだよ」
甘く優しい声で囁きかけて、名前は再びベッドにもぐり込む。謙也に抱きついて目を閉じた。彼の肌の温もりが心地いい。
チェックアウトは正午だ。こんなこともあろうかと、レイトチェックアウトのプランで申し込んでいて正解だった。
たまにはのんびり一緒にお昼まで眠りたい。謙也とだったら、こんな時間の過ごし方も素敵に思える。
彼の腕の中で逞しい裸の胸に顔を埋めながら、名前は幸福な温もりに包まれて、ひとときの間まどろんだ。