財前×年上夢主
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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休前日の夜。今日は彼氏の財前と晩ごはんを一緒に食べてから、地上波初登場の映画を一緒に見るはずだったのに。ざわざわとした駅構内をヒールを鳴らして歩きながら、名前は腕時計に目をやる。
まだ、最寄り駅についたばかりだというのに。あと数十分で映画が始まってしまう。運の悪いことに、電車が遅れてしまったのだ。本当はもっと早く帰宅しているはずだった。
先ほど、もう着いてしまったと連絡をしてきた、財前はどうしているだろう。合鍵を渡してあるから、先に部屋で待っていてくれればいいんだけど。
申し訳ないと思いながら、名前はスマホを取り出した。今駅についたからもうすぐ帰れる旨を打ち込んで。最後に謝罪の言葉をつけて送信した。
久しぶりに、恋人と会えるというのにままならない。名前は小さく息を吐くと、駅を出てすぐのところにあるコンビニに向かった。
帰り道、つい寄ってしまう馴染みのお店。財前を待たせているけれど、寄って買い物でもしないと、一人暮らしの家には何もないのだ。
コンビニに入って、買い物カゴを取って。名前が真っ先に向かったのは惣菜売り場だった。サラダと野菜スープ。迷わず大きめのものに手を伸ばして、二つずつカゴに入れた。
相手の健康も自分の健康も大切だ。それに、最近お肌の調子が良くないから、少しでも身体にいいもの食べておかないと。そして次、名前はデザートコーナーへと向かう。
(……どれがいいかしら)
ずらりと並ぶ可愛くて美味しそうな品々。財前の好きそうな和風スイーツもいくつかある。大きくて彩りの綺麗なものはやっぱり高いけど。
(光は、これが好きそうね)
可愛い年下の彼氏のために、名前はつい一番豪華で美味しそうなものを手に取ってしまう。白玉とあんこが美味しそうな抹茶パフェで、もちろん一番高いもの。値段を見もせずに、買い物カゴに入れた。
(喜んでくれるといいんだけど)
惚れた弱みとはこのことだ。可愛い彼を、つい甘やかしてしまう。
自分が大人と呼ばれる年齢になってから。初めて知った、年下の男の子の魅力。可愛らしさとカッコよさと、色気と危うさと。その全てを兼ね備えた、自分だけの男の子。
つまりは、それだけ大好きで、骨抜きにされてしまっているということだ。……同い年の友人には、お子様に煩悩してるなんて言えないけど。名前は純愛だと思っている。
それはさておき。
「……どうしようかしら」
心の声が口に出ている。しかし名前は気がつかない。それほどまでに、真剣に悩んでいるのだ。財前のデザートはすぐに決められたのに、自分の分はそうはいかない。
けれど、悩んでいる理由はどれを買おうかな、ではなく。名前の視線は一番目立つ場所に置かれている、新商品ただ一点に注がれていた。
可愛いひよこのムース。まるで小さなおまんじゅうのような丸い黄色の身体に、茶色い目とオレンジのくちばしがついている、可愛らしいキャラもののスイーツ。
以前ネットで可愛くて美味しいと話題になったものだ。お値段もお求めやすい価格。だけど。ひよこの丸いつぶらなチョコの瞳をじっと見つめてから。名前はぽつりとつぶやいた。
「……我慢しなきゃ」
問題は金額ではなく、カロリーだ。ここしばらく外食が続いたせいか、お気に入りのタイトスカートが、最近キツイ気がするのだ。これは大問題。早くなんとかしなくてはならない。
仕方なく、名前はスイーツを諦めることにした。けれどつい名残惜しくて、名前は可愛いひよこを手に取ってしまう。
クリームイエローの柔らかそうな丸い身体。つぶらなチョコの瞳。オレンジの小さなくちばしは一体何でできているのだろう。
可愛くって、すごく美味しそうだ。お値段だって可愛いのに。しかし洋生菓子。きっとカロリーは可愛くない。
名前は息を吐いてパッケージを棚に戻した。気を取り直してお会計に向かおうとする。が。
「……あ」
大人気のクマのキャラクターの新製品が視界に飛び込んできて、またしても名前は足を止めてしまう。実は昔から好きなキャラクター。部屋のクローゼットの奥には、大きなぬいぐるみが隠してある。
早く大人になりたくて。そして、同世代や年上の男たちに馬鹿にされたくなくて。押し込むように隠した幼い少女のような趣味。それは、自分だけの秘密だった。
「……かわいい」
売り場の前に陣取って、名前はまたしても商品を手に取る。コンビニコラボのここでしか買えない新製品で、キラキラとしたバッグチャーム。
小さなクマのぬいぐるみに、じゃらじゃらとしたゴールドのチェーンがついている可愛いもの。チェーンの先には、ラインストーンがあしらわれた愛くるしいモチーフがいくつも付いている。
クマのお友達の黄色い鳥に、三色のお団子、クマの名前とコンビニの店名が彫られたハートのプレートに、そして……。
(……だめよ、こんなことしてる場合じゃないんだから)
名前はハッと我に返る。財前を待たせているのだ。急がないと。小さくかぶりを振って、ぬいぐるみを棚に戻した。渡してある合鍵を使って部屋で待っていてくれているだろうけど。だからといって、こんなところでダラダラとしていてはいけない。
ガランとした部屋で、ひとりぼっちなのはきっと寂しいだろうから。早く帰ってあげないと。それに自分も、財前に早く会いたい。
(……急がなきゃね)
レジで会計をすませた名前は、足早にコンビニを出た。パンプスの踵を鳴らして、足取りも軽やかに家路を辿る。
***
明日は休日。そして今夜は久しぶりに彼女の名前と会える日。自分の自慢の、年上の美人の彼女。しかも今日は名前の部屋に泊まれる。
財前はうきうきとした気持ちで電車に揺られていた。肩に掛けたトートバッグもお泊り用の荷物で少しだけ膨らんでいた。
けれど、表情はいつものポーカーフェイス。感情が顔に出にくいのは、幸福なのか不幸なのか。
(……はぁ。早よ着かんかなぁ)
車窓から宵の口の夜空と地元関西の街灯りを眺めながら、財前は心の中でぽつりとつぶやく。あと少しで彼女の自宅の最寄り駅につく。
しかし。唐突に走行中の電車は減速し、駅でもないところで止まった。乗客がざわつき、間を置かずに乗務員のアナウンスが流れる。
『――車間調整のため止まります』
続けて、乗務員は他の路線での人身事故のことをアナウンスし始めた。
(……何やこれ、ヤバいんちゃう)
何となく長い間、足止めをされてしまいそうな雰囲気に、財前は反射的にズボンのポケットに手をやる。
そのとき、タイミングよくポケットの中のスマホが震えた。取り出して見てみると、名前からのメールだった。向こうも、このトラブルに巻き込まれてしまったらしかった。
かなりの間電車の中で待たされて、財前はようやく目的の駅に辿り着いた。先ほどからの遅延騒ぎのせいで、駅構内はものものしい雰囲気で、多くの人々でごったがえしていた。
運行情報をお知らせする駅員のアナウンスを聞き流しながら、財前は人混みをすり抜けて歩みを進める。すぐに駅の外に出た。
漆黒の夜空には、小さな星々が瞬いている。心地よい夜風に吹かれながら、財前は小さく伸びをした。縮こまっていた身体が、少しすっきりとする。
先ほどまで混み合った電車の中に閉じ込められていて、人いきれにうんざりとしていた。財前は深呼吸をした。肺の中に新鮮な空気が送り込まれる。ひんやりとした夜の気配。
今からどうしようかと、財前は改めて携帯を見る。時刻は夜の八時を過ぎていたが、名前からのメールや電話の着信はない。先ほどのメールには、最寄り駅についたら連絡すると書いてあったのに。
合鍵をもらってはいるけれど、自分だけ早く行っても仕方がない。名前の部屋で一人待つのは寂しい。彼女の気配はあるのに本人はいないなんて、自分にとっては辛すぎる。
財前は近くのコンビニに寄ることにした。名前もたまに寄るという店舗。
雑誌コーナーの奥の方で、財前は発売されたばかりの漫画雑誌を手に取る。スーツ姿のサラリーマンや、カジュアルな私服の大学生たちに混じって、立読みを始めた。
たっぷりと時間を掛けて一冊読み終えて、財前は次に音楽雑誌に手を伸ばした。ポケットのスマホを気にしながら、ダラダラとページをめくる。
けれど。自動ドアが開く音に、反射的に顔を上げた財前は、息を呑む。
「!」
今日も自分の恋人は、とても綺麗で最高だった。艶やかな長い髪をなびかせて歩く姿は、姿勢も美しく人目を引く。隣のサラリーマンのため息が耳に届いて、財前は誇らしい気持ちになった。
『ええでしょ。アレ、俺のカノジョなんすよ』
そう自慢したい気持ちになるが、財前はもちろんそんなことはしない。
雑誌を棚に戻して声を掛けようとするが、しかし向こうは財前のことは少しも気がついてないようだった。こんなところにいるはずがないと思っているのだろう。
仕方のないこととは思いながらも、財前はムッとする。自分ばかりが彼女のことを想っているような気がして、面白くない。
自分だけなんてイヤだ、相手にもこちらのことを想っていてほしい。そんな子供じみた負けず嫌い。
恋愛はパワーゲームじゃないけれど、主導権はやっぱり握っていたい。財前はイタズラを仕掛けることにした。
気分はまるで諜報部員だ。映画に出てくる彼らのように、ターゲットを尾行する。
財前はちょうど持っていたパソコン用の眼鏡を取り出して、装着した。薄く色のついたレンズに太めのセルフレームだから、目元の印象をかなり変えてくれる。
変装にはならないけど、視線をごまかしてくれれば充分だ。気配を殺して一定の距離を保ちながら、財前は名前の動静を見守る。
やっていることは完全に付きまといという迷惑行為だ。けれど、もし見咎められたって。
(……ああ、恋人ってええな。最高や)
あんな自分好みの美人相手に、こんな妙なことして一人で楽しんでいても、そう言ってしまえば許されるんだから。
買い物カゴを持って、名前が真っ先に向かったのは総菜売り場だ。今日の晩御飯なのだろうか。財前は視線を送る。サラダと野菜スープ。迷わず大きめの物を二つずつ取って、名前はカゴに入れた。
財前は最近の自分の食生活を振り返る。そういえばちゃんと食べてなかった。
(食べんとアカンな……)
ちょっとだけ反省した。野菜を食べるのは大切だ。ビタミンは野菜からじゃないと摂取できないとか、せっかちな医学部の先輩にそういえば教わった気がする。そして次、名前はデザートコーナーへ向かう。
(お、どんなんやろ)
好物は白玉ぜんざい。甘いものが好きな財前は、真顔のままテンションを上げる。無邪気な子供のようにキラキラと輝く瞳。でも表情はいつものポーカーフェイス。
名前の手元が見えるようにさりげなく場所を移動して、彼女の指先に熱い視線を送る。
途中、しゃがんで品出しをしていた男性店員に訝しげな視線を送られたが、名前と名前の選ぶスイーツに気を取られている、財前は気にしなかった。
自分のために何を選んでくれるんだろう、それだけを胸に名前の手元を見つめる。
一瞬だけ悩むようなそぶりを見せてから。名前が手に取ったのは、和風スイーツの中では一番豪華で美味しそうなもの。白玉と餡子とホイップクリームが目にも鮮やかな抹茶パフェだった。
そのまま、名前はためらうことなくカゴに入れた。自分への愛情の深さを実感し、財前の口元は喜びにわずかに緩む。
(……あれ、一番高いヤツや)
こんなささいなことが嬉しくて仕方ないとか、自分はどれだけ好きなんだ。スイーツのことも名前のことも。
それはさておき。スイーツ売り場の前で、だけど名前は何かを悩んでいる様子だった。眉を寄せて、指先を口元にやっている。自分の分をどれにするか決めかねているのだろうか。
名前の唇がかすかに動いたように見えたが、何をつぶやいたのかは。
(さすがに聞こえへんな……)
気づかれないように、距離を取っているから仕方ない。
(……ん?)
しかし、よく目を凝らしてみると、名前の視線はただ一点に注がれていた。
(……どれ見とるんやろ)
とても気になったが、いかんせん距離がある。名前のお目当てなんて分かるはずもない。けれど。
「……我慢しなきゃ」
彼女の可愛らしいつぶやきが、今度はしっかりと財前の耳に届いた。その囁き声は本当に心の底から悔しそうで、笑いそうになる。
(……そういえば、ダイエットするとか言うとったな)
自分は必要ないと思っているけど。つくづく女子は大変だ。このあたりは本当に男には計り知れない苦労。
でも、あんなに悔しそうにするくらいなら食べればいいのに。運動くらいなら、いくらでも付き合ってあげるのに。
そんなことを思いながら名前を眺めていると、彼女は名残惜しそうな表情で、小さなパッケージを手に取った。ちらりと見えた、黄色くて丸いフォルム。
(……アレなんやな)
財前は名前のお目当てを補足する。あのサイズなら値段もカロリーもそんなに高くないはず。しかし、名前は小さく息を吐いてそれを棚に戻した。そして、レジに向かおうとするが。
「…………あ」
その途中、名前はまたしても足を止める。
(……誘惑されすぎやろ)
財前はつい毒を吐くが、しかしすぐに女子の買い物なんてそんなものかと思い直す。
名前が気を取られているのは、クマのキャラクターの新製品。コンビニ限定のコラボ商品だった。カバンにつける用なのか、キラキラとしたチェーンのついた小さなぬいぐるみ。
「……かわいい」
名前はそれを手に取って表情を緩めた。幸せそうに微笑む。
(ああいうの、好きなんかな……)
雑貨屋で売っていそうなキャラもののグッズ。名前の部屋では見たことがなくて、てっきり興味がないものとばかり思っていたけど。
(…………)
小さなクマのぬいぐるみを見つめる名前の横顔は、まるで幼い少女のようだった。無邪気に瞳を輝かせて、あからさまに欲しそうにしている。
しかし、名前はハッと我に返った様子でかぶりを振ると。慌ててぬいぐるみを売り場に戻して、今度はまっすぐにレジに向かった。
名前が店の外に出て、数分が経ってから。財前はコンビニの外に出た。出る前に少しだけ買い物をした。自分用のお菓子とその他。
名前はもう行ってしまったあとだけど。できれば気づかれないように先回りして、彼女の部屋に着いておきたい。
(……近道、あったやろか)
「――ねえちょっと、キミ、キミ!」
しかし、そんな声を掛けられると同時に、財前は腕を掴まれる。反射的に見上げると、そこにいたのはコンビニの店員だった。原色の制服が目に痛い。しかし、財前は思い出す。
(……コイツ、さっき俺んことジロジロ見とったヤツや)
スイーツコーナーにいる名前を見つめていたとき、財前の近くで品出しをしていたあの店員。あからさまに、財前に訝しげな視線を送っていた。先ほどの呼びかけもトゲトゲしく、財前は唇を引き結ぶ。
同世代の男子で、おそらくは大学生のアルバイト。先ほどは気づかなかったけど、ずいぶんと背が高い。この感じだと例のせっかちな医学部の先輩よりも長身だろう。
(……謙也さんよりデカイとか、腹立つわ)
財前は何となくムッとする。呼びかけられた口調の馴れ馴れしさもあるけど、何よりも見おろされているような気がするから。
そしてこの地では珍しい標準語が妙に気に障る。名前のそれは気にならないのに。
「キミさっきウチの常連さんに付きまとってたでしょ。困るんだよね」
「……は?」
「とぼけなくていいよ。ずっと見てたから。買い物してくれるのはありがたいんだけど、さすがにこれ以上は見逃せないよ」
少し前に、コンビニでつきまとった女性に劇薬をかけて怪我をさせる事件が相次いだからか。それともただ単に、近頃この店でナンパや付きまといといったトラブルがあったのか。
妙に正義感の強い店員に絡まれて、財前は面倒くさそうに眉を寄せた。変質者扱いされたのが不愉快で、自分の行動は棚に上げ、財前は小さく舌打ちをする。
しかし、コンビニの店員は制服の派手さも相まって人目を引く。店内の客や周囲の通行人に好奇の視線を送られた財前は、仕方なく口を開いた。万引き犯と誤解されてもたまらない。
「……つか、アレ俺の彼女ですけど」
「……は?」
素直に本当のことを言ったのに。しかし、店員は明らかに信じていない様子だ。言い訳かと思ったのか、それとも問題児に舐められたくないとでも思っているのか。高圧的に断定してきた。
「嘘つくならマシなのにしなよ。だったらなんでコソコソするの」
「……」
けれど、財前にとっては不幸なことに、相手の言い分は真っ当だった。……付きまといを見咎められても、適当に言い訳すれば許されるだろうとタカを括っていたのに。この熱心な店員のせいであてが外れた。
出来心で尾行プレイしてたんすわ、とはさすがに言いづらく。財前は黙り込む。だけどこの様子じゃあ、そんなことを言っても信じてもらえないだろうけど。
「……キミ高校生とかでしょ。こんなところでナンパはよくないよ」
(大学生なんすけど……)
謙也や白石たちより背の高い彼にてみれば、小柄な財前は子供に見えるのか。なぜか諭された。
「声かけるなら、クラスの子とかにしときなよ」
しかし、この台詞にはさすがにムカついた。なぜそんなことを指図されなくてはならないのか。怒りに任せて睨み返して。財前は彼を挑発するように、薄い笑みを浮かべた。
「大学生ですし。あと、ナンパやなくて、ちゃんと付き合うてますから」
ズボンのポケットに手をやって、言い放つ。
「なんなら写真、見したりましょか? ベッドで二人で撮ったやつで、どっちも服着てませんけど」
我ながらなんて悪辣な。けれどそんな自分に、財前は心地よい眩暈を覚える。悪酔いにも似た優越感。スマホの中のあの画像は、時おり自分を狂わせる。
たった一枚の静止画は、どこまでも甘い狂気。しかし悪いのは、妙にしつこいあの店員だ。
***
ようやく我が家に辿り着いたら、年下の恋人はすでに我が物顔で寛いでいた。勝手知ったる他人の部屋といったその様子。愛用のトートバッグを手元に置いて、勝手に紅茶を入れてのんびりとしている。
財前が紅茶を飲むのに使っているカップは、この間買ったばかりの名前のお気に入りのものだった。急いで戻ってきた名前は拍子抜けしてしまう。
「……何だか、あなたの部屋にいるみたいね」
「先輩が遅いのがアカンのでしょ」
「紅茶ぬるくなっとりますけど、いります?」
「そうね、頂くわ」
名前の答えを聞いた財前は、既にテーブルの上に用意してあった別のカップに、ポットから紅茶を注いだ。そのまま名前に差し出した。軽くお礼を言ってから、名前はそれに口をつける。
「ってちょっと! これ頂き物の高いやつじゃない!」
お客さん用のとっておきのもの。見事なまでに勝手に使われていた。
「そんなん知りませんっすわ。先輩が遅いんが悪いんでしょ」
「……あなたね」
「ええやないすか。俺かてお客さんでしょ」
口の端だけを上げて財前は微笑む。完全に分かってやっている。悔しいけれど、その不敵な笑みはたまらなく格好よく、名前はつい許してしまう。
イケメン無罪というのもあるけれど。今夜は待たせていた負い目があったのだ。
「……まぁいいわ。それより、今日の晩御飯は何がいい? すぐ食べたいならパスタがあるけど」
「それでええっすわ。パスタソースは何があります?」
「そうね。たらこバターと、うにクリームと蟹クリームと……」
財前に問いかけられて、名前は記憶にあるものを口にする。たまたまだけど、全てシーフード。今、自分がハマっているのだ。しかし、年下の恋人はつれなかった。
「子供やないですけど、カルボナーラでええですわ」
「……あっそう」
リクエストされたのは、人気のある定番ソース。ベーコンにチーズ、黒コショウに卵というわかりやすい味わいは、子供受けが抜群だった。
魚の苦いところが苦手な年下の恋人に向かって、名前は心の中でつぶやいた。
(……たらこもウニも蟹だって、別に苦かったりはしないわよ?)
食事を終えて、財前は名前が買ってきた抹茶パフェを食べていた。いつも通りの無表情。けれど雰囲気で明らかにご機嫌なのがありありと分かる。
分かりにくいようで分かりやすい、意外に饒舌な彼を見つめながら、名前は改めて淹れ直した紅茶を少しずつ口に運んでいた。
先ほど財前が勝手に淹れていた、少しお高めのフレーバーティー。華やかなバニラとベリーの芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。
その香りで、名前はデザートを食べたいという欲望を抑え込もうとしていた。
けれど。そんなガマンが伝わっていたのか、財前に尋ねられてしまう。
「……先輩はデザート食わんでええんですか?」
「……私はいいわよ」
小さく首を横に振って、名前はそうとだけ答える。ダイエットはとにかく我慢だ。特にスイーツはハイカロリーなものが多い。
口寂しさをごまかすために、名前はお喋りを始めた。他愛ない世間話、今日あった出来事。
「あ、そういえばね。今日寄ったコンビニで可愛いムースがあって、迷って買わなかったんだけど、やっぱり買えばよかったわ」
小さくて、あれならカロリー少なそうだったし。何の気なしにそう続ける名前に、財前はどうでもよさそうに相槌を打った。
「へえ」
「あと、クマのバッグチャームが売ってたの。コンビニ限定で、キラキラしてて可愛かったんだけど、意外と高くって……」
「――欲しかったんすか?」
ふ、と小さく息を漏らして。財前は笑った。パフェを食べる手を止めて、名前の方に視線を向ける。鋭い瞳が優しげに細められる。恋人の自分でもなかなか見れない、彼の穏やかな笑顔。
妙に大人びて見えるその表情は余裕たっぷりで、名前はつい同世代の男の子といるように錯覚してしまう。けれど、相手は年下。それを思い出した名前はつい意地を張ってしまう。
そう。自分は彼とは違う大人なのだ。そして大人の女は、可愛いぬいぐるみなんて欲しがらない。
「別に、欲しくないわよ。子供じゃないんだから」
「……嘘つかんでええですよ。本当は欲しいくせに」
手にしていたパフェのカップをテーブルの上に置きながら、財前は言う。さりげなく自分の手元にトートバッグを引き寄せた。
けれど彼の台詞の後半に揶揄の響きを感じ取り、名前はつい口調を尖らせる。
「……嘘なんてついてないわよ」
相手に馬鹿にされたくない。それは、財前と付き合う前からずっと、男性全般に対して名前が無意識に抱いていた感情だった。
しかし。財前は名前に睨まれても、ちっとも気にしてない様子で。
「へえ、じゃあせっかくここにあるコレは甥っ子にあげることにしますわ」
手元のトートバッグから財前が取り出したのは、例のクマのバッグチャーム。
「ええっ!?」
「あと、ついでにこのひよこのムースも自分で食いますわ」
そのムースもまた、名前が迷って買わなかったものだ。
「ちょッ!! 何でなのよ!!」
さすがに名前は声を荒らげる。なぜ知っていて、持っているのか。これではまるで。
「……あのコンビニ、俺もおったんすよ」
やっぱりそうだった。名前は呆れたように息を吐く。
「もう、だったら声掛けてくれれば良かったのに」
「つまらんやないですか」
「大変だったんすよ。気づかれないように追い抜いたりするのとか」
「ああそう……」
なぜか財前はあからさまに恩を着せてきた。よほど舞台裏で苦労でもあったのか。これでは素敵なサプライズというより、子供のいたずらだ。ムードも何もない。
けれど、この無理のない感じが。名前にとっては嬉しくも、愛おしかった。財前の前では自然体でいられる。多少の背伸びはしても、妙な見栄を張ったり、強がらなくてもいいんだと思える。
相手が年下だという気安さからなのか。それとも、彼が居心地のいい空気を作ってくれているのか。とにかく財前といると、心が安らぐ。
「――……あ、でもあのコンビニにはもう行かん方がエエと思いますよ」
「……どういうこと?」
しかし、最後に不穏な忠告をすると。財前は名前から視線を逸らした。
(それはまあ、言えへんやろ……)
悪辣な手段で失恋させた職務に忠実な店員のことを思い出すが、財前はもちろん名前には教えない。