SSL沖千
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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ロングアイランドアイスティー
酷暑もいくぶんか和らいだ、夏の夜の繁華街の路上で。
「ねえ、ちょっと大丈夫? 名前ちゃん」
「も、もうダメです…… 総司先輩……」
「ちょっと、ねぇ、もう信じられないんだけど。これじゃあ僕が目当ての子を酔わせて持ち帰ろうとしてる悪い奴みたいじゃない」
沖田は酔いつぶれる寸前の年下の恋人を抱えながら途方に暮れていた。
幸いなことに夏休みシーズンで周囲はそれなりに人が多く、沖田たち二人はそこまで悪目立ちせずにいたが、他人に見られて気まずい状況であることには変わりない。
したたかに酔った名前は自分の足で立つこともできず、沖田に支えられてなんとか倒れこまずにいるという状況だった。
「ねぇ名前ちゃん、しっかりしてよ。せめて自分の足で立って」
沖田はいくぶんか焦った様子で名前を励ますが、名前の返答はつれない。
「無理です…… すみません」
「ちょっと諦めるの早すぎない? 僕の切なる願い放り出さないで?」
半ば呆れながらも、沖田はせめて自分だけでもと今にも倒れそうな名前を支えて歩き出そうとするが。彼女を引きずりながらでは亀の歩みで進むことしかできず、沖田は小さく息を吐きスマホを取り出した。
「も、こんなんじゃどうしようもないし……。ねえ名前ちゃん、タクシー呼ぶからね。それで家に帰るよ」
「はい……」
名前の了承を受けて、沖田はすぐにタクシー会社に電話をした。
「――あっ、すみません。今すぐ来てもらいたいんですけどいいですか? はい、場所は駅前の……」
運よく客待ちタクシーが近くにいたらしく、車は数分でやってきた。あらぬ疑いをかけられてもたまらないと沖田は運転手に言い訳をして、名前を後部座席に押し込んで自分も乗り込んだ。沖田が運転手に行き先を告げてすぐ、車は走り出す。
幸い渋滞に巻き込まれることもなく、タクシーは夏の夜の繁華街の国道を滑るように進んでゆく。沖田は自分の肩口に名前をもたせかけながら、窓の外の風景を眺める。点在する街明かりに行き交うヘッドライトはまるで光の洪水のようで、これはこれで綺麗な夜景だなと沖田は思う。
タクシーの車内特有のほんのりとしたタバコの香りが呼吸器が弱かった自分には少し辛いけど、我慢できないほどではなかった。しかし、泥酔した彼女と夜の繁華街からタクシーでご帰宅なんて、まるで絵にかいたようなダメ大学生の夏季休暇だ。
そして、数分が経過して。名前がようやく瞬きをした。
「――名前ちゃん、目が覚めた?」
口の端だけで笑って、沖田は名前をからかうように声をかける。名前はまだ眠そうな様子だったが、窓の外の景色を見て不思議そうに眉根を寄せた。
「……あの、どこに向かってるんですか? 私の家こっちじゃないような」
彼女の問いかけに、沖田の瞳にいたずらっぽい光が点る。
「どこだと思う?」
「え?」
「僕の家だよ」
「えっ?」
「今夜は姉さんも母さんたちも、お盆休みの旅行でいないから」
「そう…… ですか……」
沖田に水を向けられて、名前は沖田の家族構成を思い出す。お姉さんもご両親も不在ということは、つまり沖田家には誰もいないということで。
彼の言わんとしていることを察した名前は、沖田に身体をもたせかけたまま、軽く俯いて黙り込む。なんだか恥ずかしい。お付き合い自体は長いはずなのに、沖田の持って回った言い方のせいか妙にドキドキしてしまう。
そんな名前を尻目に、沖田は彼女を追い詰めるかのように言葉を続ける。
「……ゆっくり休めるでしょ。飲ませちゃったお詫びに、今夜は僕が君をしっかり介抱してあげる」
余裕の笑みを浮かべる沖田に外堀を埋められて、名前はますます戸惑ってしまう。けれど、深酒で自力で立つことすらままならず、沖田にもたれかかるしかできない今の自分が、彼の申し出を断れるはずもない。
「は、はい……。すみません、先輩」
「気にしないで。たまには僕にも何かさせてよ。――大好きな君のために、ね」
最後だけ声を落として、沖田は名前の耳元で囁いた。彼女にしか聞こえない密やかな甘い声で揺さぶりをかける。
耳殻に沖田の吐息がかかり、名前は頬を淡く染めびくりと震えてしまう。
まるでいたずら好きの子猫に捕まえられたハツカネズミのよう。いたぶられてオモチャにされたそのあとは、おいしく頂かれてしまいそうな。
その数分後、タクシーは沖田家の前に辿り着いた。
支払いをすませて、二人分の荷物を先に家の中に運んでから。家の前で止まっているのタクシーに戻った沖田は後部座席から名前を下ろすと、そのままいわゆるお姫様抱っこで彼女を抱え上げた。
「すみません。こんなことまで……」
「謝らないで。別に平気だから。むしろ、役得だと思ってるんだよね」
「え?」
「僕の部屋に行くよ」
穏やかながらも有無を言わさない様子の沖田に、名前は観念した様子で彼の腕の中で身を縮める。もとより自力歩行もできないほど酔った今は、彼を拒むことなどできなくて。
このままお持ち帰りされてしまうのは複雑なんだけど、逞しい腕から落ちてしまうのも嫌だった名前は沖田の胸元に顔をすりよせた。まるで彼に甘えるように。……ふと、緑の瞳が優しく笑ったような気がした。
自室のベッドに名前を寝かせて、エアコンを点けてから。
「ちょっと待っててね、飲み物とってくるから」
沖田はそう言ってキッチンに向かい、麦茶を注いだコップと五百ミリのスポーツドリンクのペットボトルを数本持ってきて、ベッドサイドのローテーブルに置いた。
「起き上がれるようになったら、飲んでおいて」
そう言い残して、沖田は名前を置いてどこかに行ってしまった。
飲酒経験はなくとも、深酒をしたときは水分をたくさん取るといいという知識くらいは名前にもあった。医者の娘だからというよりは、単なる二十歳を過ぎた大学生としての豆知識。
けれど、身体を起こすのもつらかった名前は、沖田が持ってきた水も飲まずにそのまま眠り込んでしまった。
それから、どれくらい経っただろう。ふと名前は人の気配を感じて目を開けた。
「……あ、やっと起きてくれた。名前ちゃん、もう大丈夫?」
「総司先輩……?」
そこにいたのは、やはり沖田だった。ベッド近くの床に腰を下ろしていた彼は、シャワーでも浴びてきたのか、湿った髪を首にかけたタオルで拭いていた。下はハーフパンツを履いているものの沖田の上半身は裸で、名前は目のやり場に困ってしまう。
そのリラックスした姿はまさに就寝直前といった雰囲気で。
「あの、えっと、私……」
状況がのみこめず、名前は戸惑う。まだ酔いが抜けていないのか頭痛と眩暈がして、名前は眉間を片手で抑えて俯いた。
「……ほら、まずはお茶。ちゃんと飲みなよ」
そんな彼女に苦笑して、沖田は改めて飲み物を勧めてくる。名前がお茶もスポーツドリンクも飲まずに寝てしまったことに気づいたのだろう。
「はい…… ありがとうございます」
名前は小さな声を礼を言い、ベッドサイドのローテーブルに置かれた麦茶のコップを手に取った。乾いた喉をぬるくなった麦茶が優しく潤す。
「……名前ちゃん、覚えてる? 君、カフェバーで僕のお酒に口つけて、そのまま飲みすぎてフラフラになっちゃったんだよ」
「……はい、覚えてます」
苦笑しながら状況を説明する沖田に、名前はうなだれた。久しぶりの沖田とのデートの帰り。遅くなってしまったから、日中はカフェとして夜はバーとして営業しているお店で、二人で晩ごはんを食べた。
そのとき沖田は「せっかくの夏休みだしたまにはいいでしょ」と珍しくアルコールを頼んで、名前にも勧めてきたのだ。少し前にめでたく二十歳の誕生日を迎えたばかりの年下の恋人に、沖田は夏休みの開放感からかお酒を勧めて、名前もまた少しくらいならと口をつけてしまって。
そのお酒がたまたま甘くて飲みやすくアルコール度数の高いものだったため、こんなことになってしまった。
「すみません、総司先輩……。タクシーまで呼んでもらって、ご家族の方が留守だからって先輩のお家に……」
ひたすら申し訳なさそうに謝る名前に、しかし沖田は快活に笑った。
「あはは! あんなに酔っぱらってたのに、そこまでちゃんと覚えてるんだ。君って本当に面白い子だよね」
「え?」
沖田の意外な反応に、名前は戸惑う。首にかけていたタオルを床に置き、沖田はベッドにいる名前と距離を詰めてきた。
「……ねぇ、名前ちゃん。そこまでちゃんと覚えてるなら、僕がさっき『役得』って言ったのも覚えてる?」
容赦のない沖田は名前にぐいぐい近づいてきて。もう吐息のかかる距離まで二人は接近していた。
シャワーを浴びたばかりの沖田から漂うシャンプーの香りを間近で感じて、名前は恥ずかしさのあまり目を伏せる。沖田の髪は洗いたてのせいかまだ湿ってへたっており、いつもの彼とは違ってどこか幼い雰囲気で、かもしだされる無防備であどけない色気が名前の胸を高鳴らせてしまう。
しかし、それはそれとして。彼からの質問にはきちんと答えないといけない。名前はあやふやな記憶を辿った。そういえば確かにお姫様抱っこで運ばれているとき、沖田はそんなことを口にしていた気がするけど、なにぶんしたたかに酔っていたから自信はない。
「わかり…… ません……」
名前は保険をかけてそう答える。まだアルコールは抜けていなくて、今だって体に力が入らずフワフワとした状態で、自信を持って答えることはできなかった。
しかし沖田は名前の返答にはさして興味がないようで、淡々と自分の話を続ける。
「うん、役得っていうか、棚ぼたっていうか……。ねぇ名前ちゃん、僕が何を言いたいかわかる?」
「総司先輩……?」
沖田の言葉にどことない不穏さを感じ取り、名前は反射的に顔を上げる。すると、至近距離で沖田と目が合った。
今の沖田が言いたいこと。彼に促されて改めて名前は考える。ここは沖田の部屋のベッドで、沖田の家には今夜誰もいなくて、名前も沖田もお酒を飲んで酔ってて、沖田はいつの間にかシャワーを浴びていて、ベッドの名前に迫ってきていて……。
ここまで状況が揃ってしまえば、恋愛に奥手な名前といえども沖田の意図は察せられた。
お付き合い自体は長いから、沖田と肌を重ねたことくらいもう何度もあった。求められれば素直に応じられる。けれど今夜はダメだ。お酒のせいで身体に力がほとんど入らず、きっと行為どころではない。
「あ、あの、総司先輩……。私、今夜はちょっと」
「『今夜はちょっと?』」
沖田は先を促すようにオウム返しで尋ねてくる。
「今夜は……ダメです。シャワーもまだですし、それに……」
「……ねぇ知ってた? 名前ちゃん。君って本当に嫌なときは『嫌です』ってちゃんと言うんだよ。たとえ僕が相手でもね」
「えっ……!?」
「今、君は嫌じゃなくてダメって言ったよね? だから……僕はやめないよ。やめてあげられないんだ」
「っ、せんぱ……!」
名前が最後まで言い終えるのを待たず、沖田は名前を引き寄せ口づけた。
「っは、名前ちゃん……」
「総司せんぱ…… っ……」
何度も角度を変えて名前の唇を味わいながら、沖田は名前の身体を服の上から愛撫し始めた。名前の柔らかな胸をいささか乱暴に掴んで円を描くように揉みしだき、彼女を追い立ててゆく。
いまだ今宵の交わりに同意しきれない名前は沖田を拒むような仕草を見せるが、深酒で身体に力の入らない名前の抵抗など、沖田にとってはないも同然だ。
長々とした口づけを終えてから、沖田は名前の首筋に顔を埋めてきた。ほっそりとしたその場所を味わうように唇を這わせながら、ときおり強く吸ってくる。真夏のこの時期にそんな場所に痕をつけられてはたまらない。名前は沖田の興を削ぐべく、彼に声をかけた。
「総司…… 先輩っ……」
「――何?」
「先輩の、口元にグロスが……」
先ほどの強引な口づけで名前のリップグロスが移ったのか、沖田の唇の端がほのかなピンクに色づいていた。
「え? 別にどうでもいいけど……」
そう口にしながらも沖田は名前から身体を離し、自分の唇を親指でぐいっと拭った。そのしぐさが色っぽくて、名前の頬が淡く染まる。
名前の素直な反応に気をよくしたのか、沖田は楽しげな笑みを浮かべると、まるで彼女を挑発するかのようにぺろりと舌なめずりをした。
「名前ちゃん、続きしよっか」
「そ、総司先輩っ……!」
再び名前に抱きついて、なし崩しに行為を進めようとする沖田に、しかし名前は食い下がる。
「あの、先輩、酔ってますよね……?」
「うん酔ってるよ。君と同じくらい、ね」
「っ……!」
ここにきて、ようやく名前は理解する。自分と同じほど酒を飲み、理性のタガがゆるんでしまった彼を、今更止めることなどできないのだ。
名前の中のなけなしの戦意が喪失し、彼女は抵抗するのをやめてしまう。それが伝わったのか、気をよくした様子の沖田は再び名前に口づけてきた。今度は容赦なく舌を差し入れ、そのまま彼女の舌を絡めとってしまう。
沖田は名前の首の後ろに手を回し、彼女が逃げられないようにしてから、さらに口づけを深くしてきた。先ほど飲んだ酒の香りを、名前は沖田を通じて感じ取る。
今宵の彼が不思議なほど押しが強いのは、このせいなのだろうか。
けれど、そんなことよりも。甘くて美味しい紅茶の香りのするお酒は、名前の理性を再び溶かしにかかってきた。泥酔して信じられない醜態を晒したくせに、この香りと味がもっと欲しくなってしまって、名前は自分でも気づかぬうちに、沖田の口づけに応えていた。
この味がもっと欲しい。そして、もっと気持ちよくなりたい。そして、いつしか。
(脚の間が…… ムズムズする……)
長々とした舌を絡める口づけで、名前の下腹部に小さな熱が生まれてしまう。アルコールのせいで感じやすくなっているのか、それとも非日常の空気の中での触れ合いに興奮しているのか。
今の沖田の強引な振る舞いや口説きも、まるで強く愛されて求められているかのようで、嬉しかった。
今日の名前は淡い色のワンピースを着ていた。沖田とのデートのために購入した女の子らしいものだ。深い口づけを続けながら沖田は名前の背に片方の手を回して、まるで何かを探すようにその場所を撫でまわし始めた。
ワンピースのファスナーを探しているのだ。けれど、沖田のお目当ては名前の背ではなく左わきの下にあった。探せども探せども目当てのものが見つからず、痺れを切らした沖田はうっかり名前本人に尋ねてしまう。
「……ねぇ。このワンピ、ファスナーは?」
恋人の服の脱がせ方がわからないなんて男としては恥ずかしいけど、背に腹は代えられない。沖田もまたしたたかに酔っているせいか、詰めが甘くなっていた。
いつもそつなく振る舞う年上の彼の隙だらけな発言に、名前はつい笑みをこぼしてしまう。らしくない発言も愛おしい。
「ちょっと、笑わないでよ。今日はたまたまお酒のせいで……」
恥ずかしそうに目元を赤くしながら沖田は不満げに言い訳をするが。
「――あ、やっと見つけた」
不意に何かに気づいた様子で、彼は無邪気な笑みを浮かべる。……ついに見つけられてしまった。左わきの下を見つめて喜ぶ沖田に、名前は嬉しくも複雑な気持ちになる。見つけてもらって嬉しいような、そうでないような。
沖田はそんな名前には構わず、まるで面白そうなオモチャを見つけた子供のような期待に満ちた面持ちで、さっそくファスナーを引き下ろす。
沖田の手はそのまま名前の衣服の中に侵入し、インナーのキャミソールの上から、胸につけている下着の背中のホックをあっという間に外してしまった。
「……ねぇ、名前ちゃん。お洋服脱いでくれる?」
耳元で甘く囁かれて、名前はびくりと肩を震わせた。有無を言わさぬ響きだ。淫らな熱がこめられた沖田の要求を名前が拒めるはずもなかったが。
しかし、このまま彼のペースで行為に持ち込まれるのも悔しかった名前は、なけなしの交換条件をつきつける。
「電気…… 消してください……」
「うん、わかった」
室内の照明が落とされて常夜灯になる。オレンジの常夜灯は名前にとってはまだ明るいけど、沖田が名前の感じている顔が見たいと真っ暗にするのを拒むため、事実上これが二人の消灯だった。これでもう、逃げられない。
「ほら、早くしてよ」
楽しげに笑う沖田に、消え入りそうな声ではいとだけ答えて。彼に求められるまま、名前は生まれたままの姿になってしまった。
「……名前ちゃんかわいい」
自分のベッドで一糸まとわぬ姿で寝そべる名前を見おろして、沖田は愛おしげに瞳を細める。
「……二十歳の誕生日の当日は、そういえば飲まなかったよね。初めてのお酒の味はどうだった?」
肌を重ねる直前だというのに、交わされる言葉は他愛のない世間話。沖田のこういうところはずっと変わらない。甘いふりして少しも甘くなくて、本気か嘘かもわからなくて。
けれど、沖田は名前の頭の隣に手をついて、そのまま覆いかぶさるようにして互いの身体を重ねてきた。
「総司先輩……」
「……せっかくだから、今夜は全部お酒のせいにしちゃおうね。どんなに大胆で恥ずかしいことをしても、されても。僕たちはお酒に酔っていて出来心と勢いでついやってしまっただけ、だから。……いいね?」
まるで幼い子供に言い含めるかのように、耳元で囁かれて。名前はどうしたらいいか分からなくなってしまう。
「せ、先輩……」
いいのかな、本当にいいのかな。今更戸惑ってみても、すでに屁理屈が得意な彼に丸め込まれる寸前。こんな形で流されて彼の好きにされてしまうなんて……。
名前が不安になっていると、不意に沖田が名前の頬にそっと手を添えてきた。
「どうしたの? 少し震えてる……」
「え?」
沖田の言う通り、名前の身体はほんのわずかに震えていた。
「……もしかして、怖くなっちゃった?」
沖田の唇の端がわずかに上がり、緑の瞳が笑みの形に細められる。もうすでに限界まで追い詰められていた名前は、涙目になりながら素直に頷いた。
「……名前ちゃん、可愛い」
けれど、意外なことに。返された言葉は今日で一番柔らかく温かな響きだった。
「怖がらないで。……今夜もちゃんと、君を優しく可愛がって、しっかり愛してあげるから」
***
身体を重ねている最中も、そうでないときも。天邪鬼なひとつ年上の彼に、名前はいつも翻弄されてしまう。ドキドキが止まらなくて、この刺激に病みつきになっていた。今も彼にねだられるまま、さらなる快楽を求めて彼自身に奉仕している。
名前は沖田の下腹部に顔を埋め、充血しきった彼の肉の楔にに丁寧に舌を這わせていた。裏側の筋を舐め上げてかり首も舐め、最後に沖田のものを躊躇うことなく喉奥までくわえ込む。そして、そのまま。名前は沖田のものをきつく吸い始めた。
今夜のことは全てお酒のせいにするという約束のせいか、名前もまた随分と大胆になっていた。今も沖田の肉の楔に浅ましく吸いつきながら、自身の脚の間をとろとろに潤していて、すっかり発情しきっている様子だ。
沖田はしばらくの間、そんな彼女を面白がるように見おろしていたが。
「……君さ、僕が初めてのはずなのにすごく上手いよね。
もしかして僕の知らないところで他の男としてたりする?」
揶揄を含んだ沖田なりの煽りだ。しかし、たとえ冗談であっても誤解されたくない名前は、沖田のものから口を離して真面目に言い返してしまう。
「してません……! 先輩だけです……!」
沖田の下腹部に顔を埋めたまま、名前は彼を上目遣いで睨みつける。けれど、沖田はからかうのをやめない。酷薄な笑みを浮かべたまま。
「……本当に? でもいないことはないでしょ。一君とか左之さんとかさ……。大穴で鬼教頭とかどうかな」
そこまで口にしてから、沖田は自分の分身に懸命に奉仕している名前を、ねぎらうようにそっと撫でた。そのまま、まるで謡うように続ける。
「――まあでも、君が土方さんにこんなことしてたら、それこそ殺しちゃうけどね」
冗談めかした言葉から漂うのは、張り詰めたような冷たさだ。
「……っ!」
名前は小さく息をのむ。そういえば彼はこういう人だった。しかし、沖田は名前を安心させるように柔らかく微笑むと。
「……安心して、僕が殺すのは土方さんだけだから。まぁあの人が素直に殺されてくれるとも思わないけど」
そこまで口にして言葉を切ると、沖田は一転してどこか切なげに瞳を伏せた。
「だって、今の僕に君は殺せないし……。君を殺して僕も死ぬくらいならできるかもしれないけどね」
『……もうどこにも行けないように、この手で終わらせてあげる』
過ぎ去った時代を生きた彼の言葉が蘇り、名前は瞳を潤ませる。
「総司先輩……」
沖田の意地悪は愛情表現だ。彼がときおり口にする「殺すよ」も彼なりの「愛してる」の表現で。それを理解している名前は彼なりの嫉妬に感激してしまう。辛辣な言葉をぶつけられて喜ぶ自分はバカなのかもしれないけど、沖田のためなら構わなかった。
しかし、沖田は自分の発言に改めて気恥ずかしくなってしまったのか。まるで照れ隠しのように、感動で呆けている名前に再度の奉仕を要求する。
「……わかったんなら続けてくれる? もういっぺん僕のをきつく吸って欲しいな」
名前は小さく頷いて、彼のものを再び喉奥までくわえ込んだ。
――そうだね、……君は、ずっと、僕のそばに。かつての彼の囁きが、聞こえたような気がした。
二人だけの室内に淫らな水音が密やかに満ちてゆく。そして、ひときわ高い水音がした瞬間。沖田があえかな呻きを漏らし、息を詰めてのけぞった。
「っ、ああっ……!」
彼の身体が小刻みに震え、名前は吐精の予感に脚の間を濡らしたが、沖田はすんでのところで踏みとどまった。わずかに頬を染めて呼吸を乱しながら、沖田は名前の髪をねぎらうように撫でる。
「今の、すごく良かった……。君、才能あるよ」
今度の褒め言葉からは、揶揄も冷ややかさも感じられない。少し照れたように頬を染めながらも、沖田は素直に名前をいたわってくれた。
沖田に頭を撫でられながらも、名前は彼のものを離さずにずっと口に含んでいた。……一糸まとわぬ姿で彼の下腹部に顔を埋め、充血した男性の象徴に夢中で吸いついているなんて、自分はなんて浅ましいんだろう。
けれど、したたかに酔って自制心を失っていた名前は、そんな自身に興奮していた。沖田の肉の楔に奉仕するのが心地いい。沖田の眼前で淫らな姿を晒して、彼に見てもらうのも心地よかった。
今夜は全てをアルコールのせいにするという約束も、名前の奔放さや大胆さに拍車をかけていて。
「総司先輩…… 今度は私も……」
唾液で唇をてらてらと光らせながら、名前はとろりと潤んだ瞳で沖田を欲しがった。あまりにも欲望に忠実な彼女に沖田は苦笑すると。
「いいよ。じゃあ、舐めあいっこしよっか」
彼女を促して、自分の上に跨らせた。
沖田の上に跨りながら、名前は彼の下腹部に顔を埋めて逞しい肉の楔に吸いついていた。沖田もまた自分の鼻先に位置する名前の小さな裂け目に舌を這わせている。
「……名前ちゃんすごいよ。君のここ、すごく濡れて柔らかくなってる」
そこまで口にして、沖田は名前の小さな裂け目を両手で押し広げると、真ん中にふっと息を吹きかけた。
そんなことをされてはたまらない。
「ああっ……!」
名前は歓喜に満ちた嬌声を上げ、沖田の肉棒から口を離してのけぞってしまう。沖田はそんな彼女の媚態を眺めながら口の端を上げると、密やかに囁いた。
「名前ちゃん、もう僕のはしなくていいからね。今度は僕が君をよくしてあげる」
「総司先輩……」
攻守逆転だ。名前はこれから与えられる快楽の全てを受け止めるため、沖田の腹部に頬をすりよせた。
「じゃあ、するよ……」
先ほどとは比較にならないほどの淫らな水音が名前の鼓膜を震わせる。ぐちゅっぐちゅっ、ぴちゃぴちゃ。名前の裂け目に何本もの指を差し入れながら、沖田はそれらすべてをばらばらに動かしていた。
自分の身体からこんなにもいやらしい音が奏でられてしまうなんて。名前は改めて自分自身の淫らさを恥ずかしく思うが、その恥じらいはすぐに快感に変わってしまう。
「ああっ……! 総司先輩……!」
沖田の容赦のない責めに名前の目じりを生理的な涙が伝い落ちる。気持ちよくて仕方がない。もっと欲しくて、名前は我慢しきれず沖田におねだりをしてしまう。
「先輩…… もっとぉ……」
「わかってるよ、名前ちゃん」
楽しげに目を細めると、沖田は名前の裂け目の先端の突起を爪で引っ掻いた。
「あああっ……!」
びくりと身体を震わせて甘い悲鳴を上げてしまう分かりやすい名前に、沖田はくすくすと含み笑いを漏らす。
「名前ちゃん、これ本当に好きだよね」
素直な彼女が可愛くて仕方がない。
「今夜は特別に、ここをたくさん良くしてあげる」
沖田は名前の敏感な突起をぐりぐりと弄りながら、彼女の裂け目の中に差し入れていた指を揃えて、ゆっくりと抜き差しをし始めた。
「ああっ…… ああ…… 先輩っ……」
名前が最も参ってしまう触れ方だ。そのやり方で沖田は容赦なく名前の秘部を責めたてる。
最初は声を堪えていた名前だったが、沖田が抜き差しを次第に早くして突起を刺激する力を強めると、あっさりと陥落してしまった。
「ああっ、先輩……っ! すごくいいですっ……!」
甘く震える声で沖田の腹部に頬をすりよせながら素直によがる名前に、沖田は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「……名前ちゃん可愛い。もっとやらしいこと、言ってみてよ」
「えっ……」
「たとえば、気持ちいいからこのままイかせて、とかさ」
「先輩……」
「――ほら、言ってみて」
わずかに低められた沖田の艶めいた囁きは不思議な力を持っていて、最中の名前をいとも簡単に操ってしまう。沖田に促されるまま、名前は彼に望まれた通りの言葉を口にしてしまった。
「すっごく気持ちいいから、このままイかせてくださいっ……!」
「……よく言えました。それじゃあ名前ちゃん、今からイってみようか?」
「イかせてください……! 総司先輩、お願いしますっ……!」
沖田に大胆な言葉を口にさせられて、心理的な抵抗が薄れてしまったのか。名前は自分から卑猥な願いを叫んでしまう。
控え目で恥ずかしがり屋の彼女が見せるあまりにも奔放な振る舞いに、沖田は一瞬面食らうが、すぐにいたずらっぽい笑みを浮かべると。
「すごいな…… こんなに大胆な君が見れるなんて……
これからするときはいつもお酒飲んでね。名前ちゃん」
そこまで口にして、沖田は舌なめずりをすると。名前の裂け目に差し入れていた指をさらに増やした。
「――すぐによくしてあげるから、しっかり脚を広げたまま、大人しくしてるんだよ」
快楽に潤んだ瞳で名前は小さく頷いた。彼女の細い脚がさらに大きく広げられ、名前の淫らな裂け目が、沖田の眼前により大胆に晒される。
その眺めはまさに絶景だった。何本もの男の指をくわえて嬉しそうに蜜を溢れさせている名前の秘すべき裂け目は、ほんの少し嬲ってやれば、いとも容易く果ててしまいそうなほどに熟していて。
突端の豆粒のような突起は充血し、さらなる刺激を求めるかのようにぷっくりと膨らんでいた。
そして、沖田の予期した通り。彼にとっては子供だましのようなささやかな愛撫で、名前は甘い悲鳴をあげながら悦楽の頂点を迎えてしまった。
とろりとした瞳で恍惚の余韻に浸る名前と身体の位置を入れ替えて、沖田は改めて彼女を組み敷く。
「……すっごく気持ちよさそうだったね。今まででイチバンだったんじゃない?」
呆けた様子でベッドに寝そべる彼女を見おろしながら、沖田は名前の淫らさをからかった。
「それじゃあ今度はもっと気持ちよくなるために……。入れてみよっか」
沖田はどこかから小さく丸いブリスターパックを取り出すと、手早く開封し中身を取り出す。名前の身体を守るために、沖田の肉の楔に装着する薄い皮膜だ。
「準備…… いいんですね……」
彼の手際の良さに名前は思わず嫌味を口にしてしまう。
「そりゃあね。君と一緒にいるときはいつも、すぐに使えるようにしてるから」
「…………」
そんなこと、今まで気づかなかった。
高校二年の終わりからお付き合いをはじめてもう数年がたって、彼のことをよく知ったつもりでいたのに。こんなにもまだ、知らないことがある。つかみどころのないこの人の全てを知るなんて、なんだか永遠に不可能な気がする。
深酒にかこつけて淫らな本能を剥き出しにした情事の、夢うつつの興奮のさなかに、名前はそんなことを空想した。
その一方で、沖田は薄い皮膜を獰猛に猛った自身に装着しながら楽しげに笑う。
「……今日のは新しいやつなんだよ。いままでのよりずっと薄くて柔らかくて熱が伝わりやすいから、お互いの温もりも、もっとしっかり感じられるんだって……」
そんなふうに水を向けられたら、そちらに注意を向けてしまう。名前は自分でも気づかぬうちに、薄い膜に包まれてゆく沖田のものをじっと見つめてしまっていた。
大好きな彼の大好きな部分だ。充血しきった沖田の肉の楔は、裏側の筋が見えるほどに反り返って名前を誘惑してくる。名前は無意識のうちにごくりと喉を鳴らしていた。
沖田はそんな彼女を見おろして酷薄な笑みを浮かべながら、改めて名前の両脚を広げさせる。
名前の脚の間の小さな割れ目に逞しい肉の楔を宛がって、沖田は目当ての獲物に襲い掛かかる獣のように瞳に剣呑な輝きを宿すと。
「――それじゃあ、今から試してみよっか?」
これから試すのは新しい避妊具の使い心地なのに。こんなにも野性味あふれる甘さのない視線を向けられたら、なんとなく悔しくなってしまう。
名前は沖田に食って掛かった。大好きな彼に全てを征服される寸前の最後の抵抗。
「……どうせダメって言われても試すのに」
「……そりゃあね、言ったでしょ? 『ダメ』じゃやめてあげられないって」
そのまま一息に、沖田は名前の中に入り込む。
「あっ……! つっ……!」
ひきつれたような痛みとすさまじい圧迫感に、名前はあえかな悲鳴を上げて眉を寄せた。いつもは名前をいたわって少しずつ入れてくれるのに、やはり今夜の沖田の様子はちょっとおかしい。いつも以上に意地悪な気がする。
しかし、挿入の痛みは意外なほどにすぐ引いていった。先ほど飲んだお酒のせいだろうか。
けれどそのかわり、今夜の名前自身は浅ましいほどに沖田の肉の楔をきつく締めつけてしまっていた。これでは名前が沖田に食べられているのではなく、沖田が名前に食べられているみたいだ。
「っは…… 名前ちゃんキツすぎ…… 今日感じすぎでしょ……」
「だって…… 先輩が……」
これほどまでに良くなってしまうのは、アルコールのせいなのか。それとも非日常の雰囲気にのまれているだけなのか。
避妊具を新しくしたなんて聞かされてしまったせいで、名前の意識は嫌でも挿入されている沖田自身に集中してしまう。いつも以上に硬く張り詰めていて、自分の最奥にまでごりごりとぶつかってくる彼の肉の楔に。
「っは、これじゃすぐに出ちゃいそう…… カッコ悪いよね」
「そんなこと…… ないです…… 先輩は……」
「……総司って、呼んで」
「えっ……」
「してるときの甘い声で君に名前、呼ばれたい」
「……っ、……総司さん」
「よくできました」
呼吸を乱し、額に汗を浮かべて余裕を無くしながらも、沖田は瞳を細めて不敵に微笑む。その笑みのあまりの色気に名前の心臓がぎゅっと掴まれ、下腹部がより切なく疼いてしまう。
こんな笑みを向けられてしまったら、もうどうしようもない。
「ねぇ名前ちゃん……。今日はせっかく全てをお酒のせいにできるんだし……。君をめちゃくちゃにしてもいい?」
「っ!」
「もちろん君も、僕をめちゃくちゃにしていいから」
「……ずるいです」
「……え?」
「総司さんは、私が断れないのわかってて……」
名前は泣き出してしまいそうな顔で沖田を見上げる。愛の営みのさなかに、彼を突き放すなんてできないから。名前は何をされても許してしまう。だから、今だって『ダメ』としか言えない。『ダメじゃやめてあげられない』って言われているのに。
きっと相手が沖田なら何をされても、名前は受け入れてしまうのだろう。たとえ泣かされても、その身体と心に消えない傷をつけられても……。
愛しい恋人にそんなふうに責められても、しかし沖田は淡々としていた。
「……どうだろうね? それを言うなら君の方こそ、僕をだめにした責任を取ってよ」
しかし、その直後に紡がれたのは、一転してあまりにも情熱的な愛の囁きだった。
「――君がいなきゃだめなんだ……。僕は、もう……」
泣きそうに潤んだ緑の瞳のあまりの美しさと切なさに、名前は呼吸を忘れてしまう。捨てられた幼い子供のような寂しげで苦しそうなその表情。こんな顔をされて放っておけるはずがない。……また、彼に囚われてしまった。
「総司さん……」
「……名前、好きだよ。愛してる」
「私もです…… 総司さん……」
涙すら武器にして、ずるい人だと思う。けれど、この嘘か本当かわからないずるさや意地悪も含めて彼だから。今までもこれからも、名前はそのすべてを愛し続けるのだ。まるで永遠の虜囚のように。
***
全てを終えてから。沖田は名前を腕に抱きながら夢を見ていた。情後の気怠さや浅い眠りの中で見る夢はいつも同じものだ。百代の昔、死病に苦しみ運命に翻弄されながらも、彼女と懸命に未来を掴もうとしていたころの夢……。
『――たとえいつか離れる時が来ても。僕の心は永遠に君のものだよ。ねぇ名前、君の気持ちを言葉で聞かせて?』
『――私も、同じですよ。私の心も総司さんのものです。永遠に……』
幸福な記憶だ。けれどそれにはいつも儚さがつきまとう。やがていつかは壊れてしまう砂糖菓子のような。
だけど、今は違うから。
(……約束するよ、名前ちゃん。今度こそ、僕はずっと君のそばにいるから。いつか迎える最期の瞬間までね)
その密やかな誓いはずっと秘密のままに、沖田の胸の内にある。
そして、どれくらい経っただろうか。名前が意識がゆっくりと浮上する。
「っ…… 総司さん……?」
「……あれ、起きたんだ。身体は大丈夫?」
「はい……」
「ところで、名前ちゃん、君はもう外でお酒飲むの禁止ね」
ようやく目覚めた恋人に、沖田はしっかりと釘を刺す。
「っ、すみません……」
自分のしでかしたことを思い出したのか、名前は恐縮しきりだ。けれど……。
「謝らなくていいよ。僕と一緒の時は飲んでもいいし、むしろたくさん飲んで欲しい」
「え?」
妙なことを言い出す沖田に、名前はつい怪訝な顔をしてしまう。しかし、そんな彼女を置き去りに。沖田は穏やかに続けた。
「でも、僕がいないところで飲むのはダメ。君はとっても可愛いから心配になるんだ」
「総司さん……」
「わかった? 約束」
沖田に小指を差し出されて、そのまま二人は指切りをした。
「はい……」
大人顔負けの愛の行為を終えてそのまま眠ったから、二人ともまだ裸なのに。ベッドの上でまるで幼い子供のような指切りげんまん。けれどそれが、なんだかとても沖田らしくて。名前は吹き出すように笑ってしまう。
悪戯っ子で甘え上手なひとつ年上の彼からは、まだまだ離れられそうにない。
[chapter:番外編]
「……なんか遅くなっちゃったね。名前ちゃん、ごめん」
「いえ、大丈夫です。今日もとっても楽しかったですし」
夕暮れの美しい真夏の繁華街を連れだって歩いているのは、沖田と名前だ。今日はデートだった二人。大学の夏休み期間中はこうして一緒に過ごすことが多かった。
夏は日が長いから、まだ夕方かと思いきやもうかなり遅い時間で、沖田はスマホで時刻を確認すると、名前を夕食に誘った。
「もう結構遅いしお腹すいたし、晩ごはん食べていこうよ」
「はいっ!」
大好きな沖田とまだ一緒に過ごせると、名前は満面の笑みを浮かべる。そんな彼女に沖田も笑い返すと。
「ねぇ、僕行きたいお店があるんだ。晩ごはんそこでいい?」
「はい、大丈夫ですけど……。どんなお店なんですか?」
「行けば分かるよ、君も知ってると思う」
少し歩いて、連れてこられたのは名前も知っている喫茶店だった。
「ここのお店、夜はお酒も飲めるんだ。知らなかったでしょ」
「知りませんでした……」
実はこの店は昼間はカフェとして夜はバーとして営業している。有名な話だけど、お酒も飲まず夜に遊び歩くこともほとんどなかった名前は知らなかった。
「一応昼間のメニューも頼めるから、君も気に入ると思う」
沖田は片手をズボンのポケットに引っ掛けたままスタスタと自動ドアをくぐり、名前は半歩遅れてついてゆく。
名前も知っているおしゃれな店内だ。落ち着いた内装はカフェらしいおしゃれさで、けれど照明と流されている音楽が昼間と違って大人っぽい雰囲気だった。
客層も仕事終わりのOLやサラリーマンにカップルが大半で、名前はかっこいい大人の世界を垣間見たような気持ちになり、なんとなく浮足立ってしまう。大好きな人との夜のお出かけはやっぱりドキドキする。
[#da=1#]たちの姿を見つけて、さっそくやってきた店員がテーブルに案内してくれた。二人は着席してメニューを眺めて注文をすませる。そしてしばらく経ってから。まずは沖田が頼んだドリンクが届いた。レモンとミントが飾られたアイスティーのような可愛いもの。しかし、[#da=1#]は不思議に思う。
(あれ、先輩はさっきお酒を頼むって言ってたのに……)
[#da=1#]が不思議そうな顔をしていると、沖田が解説してくれた。
「これ、ロングアイランドアイスティーっていうカクテルなんだ。紅茶使ってないのに、紅茶の味がするんだよ」
そこまで口にして、さっそく沖田はグラスを傾ける。
「……ん、甘くてすっごくおいしい。[#da=1#]ちゃんも試しに飲んでみる?」
「えっ?」
「興味ありそうに見てたからさ。せっかくこの前二十歳になったんだし、口つけてみるくらいいいでしょ」
「そ、そうですね……。ありがとうございます……」
そんなに凝視していたつもりはなかったんだけど、沖田に勧められたものを断るのは忍びなく、そして味が気になっていたのは本当だったから。[#da=1#]は興味本位でお酒に口をつけてしまう。
「……わ、本当に紅茶の味がします。不思議ですね」
「でしょ?」
お酒と言われて警戒していたけど、甘くて飲みやすくて本当に紅茶の味がした。
「も、もう一口……」
「いいよ、どうぞ」
紅茶を使ってないのに紅茶の味がするのが不思議で、その謎を解いてみたくなった[#da=1#]は、沖田の許可を取ってから探るように飲み進めてしまう。
彼の言う通り甘くて美味しいお酒だ。飲めども飲めども味の謎は解明できないけど、喉が渇いていたのかとても美味しく感じてしまって、気がつけばたくさん飲んでしまっていた。すると沖田が少し焦ったような様子で。
「……[#da=1#]ちゃん、そんなに飲んで大丈夫なの? これ結構強いお酒なんだけど」
「えっそうなんですか? 大丈夫です、別に何とも」
「本当に? ならいいんだけど……」
沖田はまだ納得していないようだったが。そのとき、店員が[#da=1#]が頼んだドリンクと二人が頼んだ料理を持ってやってきた。
「お待たせしました、ご注文の……」
店員の口上に先ほどまでの話の腰が折られてしまう。しかし、すでに飲んでしまったものはどうしようもなく、沖田も気にしないことにしたらしい。
「……まあいいや、[#da=1#]ちゃん。お酒はほどほどにしてご飯食べよっか」
「はいっ」
飲酒経験がほぼない[#da=1#]が自分がしでかした過ちに、この時点で気づけるはずもなく。繁華街の路上でちょっとした騒動が繰り広げられるのは、もうしばらく後のこと。