SSL原千
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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夏休み中のある日のこと。エアコンのきいた室内で。
「すみません……。左之助さん……」
「いや、別に構わねぇよ。こんなこともあるさ」
青白い顔をして自室のベッドで横になっている名前に、原田は淡々とした様子で付き添っていた。
今日は二人でお出かけする予定が、名前の体調不良で中止になっていたのだ。
「……俺もちょうど夏バテ気味だったし、今日は二人でゆっくりしようぜ」
けれど、やはりさすがというべきか。デートの予定が狂っても原田は少しも気にした様子を見せずに、優しく名前をフォローする。
けれど、名前はそのフォローがなんとなく嘘だと気づいていた。現役の体育の先生であり、たくましいスポーツマンの彼が夏バテだなんて考えられない。今だって元気そうなのに。
原田の気遣いに、名前はますます恐縮してしまう。
「……すみません」
「気にすんなって。それより、何かいるものがあれば買ってくるぜ? 痛み止めとか鉄分がいるんだろ?」
「……痛み止めもお薬も、さっき飲んだので大丈夫です」
「そうか、ならよかったぜ」
ここまでで、二人の会話がいったん途切れた。そう広くない室内に沈黙が落ちる。なんとなく手持ち無沙汰な様子の原田に、名前は何か言いたげに視線を送る。
ややあって、先に口を開いたのは意外にも名前の方だった。
「…………あの、左之助さん」
「……なんだ?」
「…………えっと」
「どうしたんだよ?」
「…………その」
明らかに何かを言いあぐねている名前に、原田は不思議そうな顔をする。
「……なんだよ。ちゃんと言ってくれねぇと、さすがの俺でも困っちまうぜ?」
穏やかに苦笑する原田にそこまで言われてしまって。ようやく決心がついたのか、名前はおずおずと口を開いた。
「……添い寝、してほしいんです。ダメですか?」
まるで幼い子供が父や兄に甘えるように紡がれた願い。病に伏せる恋人のささやかな願い事だ。もちろん、それを断る原田ではない。
「……ったくお前は、何かと思えばそんなことかよ。いいぜ、それくらいお安いご用さ」
彼女の頭を優しく撫でてやりながら、原田は続ける。
「ぐずぐずしてるから何かと思えば……。添い寝なんていくらでもしてやるから、お前も変な遠慮せず、して欲しいことがあるなら言ってくれよ」
「……はい」
包み込むような原田の優しさに、名前は弱々しいながらも笑みを浮かべる。原田もまた微笑みを返すと。
「じゃあ、着替えでもするか。俺の部屋着、使わせてもらうぜ?」
まだ名前の部屋に来たばかりの原田は、外出着のままだった。ハリのある生地のパンツにTシャツ。夏らしい爽やかなコーデだが、添い寝するには不適当だ。
名前に断りを入れてから、原田は部屋の隅の洋服ダンスの方へと向かう。そこには原田の着替えが入れてあった。パジャマとしても使っているワンマイルウェアだ。
「――こうやって、お前の部屋で寝るのも久しぶりだな」
ようやく、同じベッドに入って。弱っている名前を気遣いながら、原田は声を落として囁くように話をしていた。
柔らかく甘い低音で紡がれる原田の問わず語りを耳にできるのは、恋人である名前の特権だ。こうしているときが一番幸せかもしれない。名前は夢うつつにそんなことを思う。
「ここんとこ、ずっと俺の部屋だったもんな。いつも来させてばっかりで悪かったな」
「……いえ」
「そういえば、俺の部屋の掃除とかも……。いつも手伝わせちまって、すまねぇな」
「そんなこと……」
「お前が大変なときは俺が手伝うから、何でも頼ってくれよ」
「……ありがとう ……ございます」
名前にとってはまだ学生で時間の融通の利く自分が、忙しい原田の手伝いをするのは当たり前のことだったが。改めてお礼を伝えてもらえたことがとても嬉しく、彼の優しさに名前は感激してしまう。
心身が弱っているせいか、何気ないいたわりが心に染みて、涙がこぼれそうになってしまった。
名前もまた原田への日頃の感謝を伝えようとするが、いかんせん身体を蝕む倦怠感と痛みはすさまじく、口を開くのも辛いため、一言二言の素っ気ない返事をするだけに留まってしまっていた。
せっかく大好きな原田と一緒にいて、もっとお喋りしたりくっついたりしたいのに、体調のせいでできずにいた。
(もっと、左之助さんに近づきたいのに……)
けれど、勘のいい原田は名前のそんな想いにも気がついたようで、彼の方から身体を寄せてきた。
「左之助さん……」
「……何か、喋ってた方がいいか? それとも、静かにしてた方がいいか?」
寝込む名前の背を掛布団越しになでてやりながら、原田は気づかわしげに尋ねてくる。
「……もっとお話ししてください。左之助さんのお話聞きたいです」
弱っている自分を過剰に心配してくる原田を安心させるために、名前は笑みを作る。ただの貧血をそこまで気遣われるのは申し訳なかった。
力ないながらも笑顔を浮かべる名前に、原田は一応の安堵を得たようで、彼女の小さな背をさすってやりながら、改めて口を開いた。
「そうか。じゃあ、何か楽しい話でもするか」
「……はい」
穏やかに微笑む原田に、名前も頷きを返す。原田は名前を片手でそっと抱き寄せて、彼女の顔を自分の胸に埋めさせてから、訥々と語りだした。
「そういえば、このあいだ新八と平助と総司で海に行ったんだぜ」
「……そうなんですか?」
「ああ、トレーニングも兼ねてな。砂浜で走り込みして、何キロか泳いで……」
「すごいです……」
あまり運動をしてこなかった名前にとっては、走り込みという単語も泳ぐ単位がキロというのも、馴染みがなく新鮮だ。原田は囁くような声で話を続ける。
「……って、つもりだったんだがな」
「え?」
話の雲行きがにわかに怪しくなり、名前は戸惑う。原田は小さなため息をつくと。
「総司の奴が浜辺でナマコ何匹か見つけちまって」
「……」
「あいつすげぇんだぜ、黒ナマコ手づかみしてこっちにぶつけてくるんだ」
「沖田先輩……」
「しかも顔面狙いばっかしてきやがる。俺は避けれたが平助が食らってたな」
「平助くん……」
ヌメった黒ナマコを顔面にお見舞いされて「何すんだよ総司!」と怒る藤堂と、「別にいいじゃない」と黒い笑顔を浮かべる沖田の姿が、名前の脳裏にありありと浮かぶ。
「結局、ナマコ持って追っかけてくる総司から逃げたり、
ナマコに飽きたら普通に海で遊んじまったな。トレーニングのはずだったんだが」
「楽しそうです」
「ああ、楽しかったぜ。今度は二人で行ってみるか? 多少の泳ぎなら教えられるしな」
「はい」
「……じゃあ決まりだな。今日はしっかり休んで、早く元気になれよ」
そう言って話題を終えると、原田は淡く微笑んで名前の額に唇を触れさせてきた。まるで幼子をあやす父や兄のような仕草だけど、優しい口づけに込められたいたわりの気持ちに嬉しくなった名前は、柔らかな笑みを浮かべる。
お喋りで気がまぎれたのか、さきほどまでの倦怠感や痛みも楽になった気がした。
***
一方その頃。容赦ない盛夏の日差しの照りつける駅前の繁華街を、三人は連れだって歩いていた。沖田に藤堂に永倉だ。
「はぁ暑い……。信じられないくらい暑いんだけど……」
不機嫌そうに眉を寄せながら、低い声でつぶやいたのは沖田だ。こめかみには汗が浮かび、長い前髪が額に貼りついている。
「暑いって言うなよ総司……。もっと暑くなる……」
今にも倒れこみそうな様子でそう続けたのは藤堂だ。おぼつかない足取りながらも、なんとか沖田についていこうとしていた。
しかし、よほど虫の居所が悪いのか沖田はそんな藤堂を睨みつけると。
「……一番『暑い』って言ってるのは平助だよね。ちょっと黙っててくれる?」
「……なっ!」
こんなものは完全なる八つ当たりだ。しかし藤堂が言い返す前に、すかさず仲裁が入る。
「おいおい総司、落ち着けって」
永倉だ。沖田と藤堂がかつて在籍した高校で教師として勤務している彼は、日頃の気さくさとは別に、ときおり大人らしい生真面目な顔も覗かせる。
そんな永倉の言葉に多少の冷静さを取り戻したのか、沖田は建設的な提案をし始めた。
「……ねぇねぇ、新八さんに平助もどこか店入らない? 僕もう無理」
「そうだな……。じゃあどこか安くて休めそうなとこ探すか」
沖田に水を向けられて、永倉はあたりを見回した。繁華街らしく喫茶店やファーストフード店などが目につくが。
「まいったな。どこも混んでそうだぜ……」
夏休み期間中のせいか、どこも人であふれていた。しかし、目ざとい藤堂がよさそうな場所を発見する。
「――あっ総司もぱっつあんも! あそこにフリードリンクのカラオケあるし!」
「じゃあそこにしよっか。ちょうどよかった」
友人たちのおかげで思いのほか早く落ち着けそうな場所を見つけられ、沖田はあっさりと機嫌を直す。まるで気分屋の子供のような。もう大学二年になるのに、沖田のそんなところは未だ健在だった。
さっそくカラオケ店に入って受付を済ませ、沖田たちは店員からマイクやグラスの入ったカゴを受け取る。カラオケ店の明るく開放的なロビーは、多少混みあってはいたもののしっかりと冷房がきいており、三人はようやく人心地をつけた。
「ふあ~~ やっぱ店の中は涼しいよな~~ 生き返るぜ!」
「カラオケかぁ~~ 久しぶりだよな!」
ぐいっと伸びをする永倉に、ワクワクと楽しそうにしている藤堂。
「すぐに入れて良かったよね。僕らの部屋は二階だってさ」
沖田もまた上機嫌な様子で、さっそく案内された部屋に向かおうとする。しかし、そのとき。
「――あっ、あれ沖田先輩やない? 沖田先輩~」
不意に甲高い女の声に名前を呼ばれ、沖田は反射的に声の方を向いてしまう。藤堂に永倉も何事かとそちらを見やる。カラオケ店のロビーの、沖田たちから少し離れたところに。数名の島原女子高の生徒たちがいた。そのうちの一人が沖田に向かって小走りで駆け寄ってくる。
どうやら声をかけてきたのは彼女で、向こうはこちらを知っているようなのだが……。
「――おひさしゅう。沖田先輩もお友達とカラオケなん、くるんやねぇ」
媚びを含んだ甘い声で、彼女は沖田に微笑みかけてくるが。沖田は辛辣な対応をする。
「えっ何、僕に何か用?」
警戒と嫌悪を隠そうともしない、素っ気ない返答。しかし、相手の女子もなかなかの猛者だ。冷たくされても笑顔を崩さない。
「え~~ そないないけず言わんといておくれやす」
それどころか、相手はとんでもない申し出をしてきた。
「うちらも女子三人でカラオケ来たんやけど、よかったら一緒に歌わへん? うちの友達のあの子ぉが……」
沖田に声をかけてきた彼女はここまで口にして言葉を切ると、意味ありげに自分の連れに視線を投げた。沖田もつられてそちらを見ると、そのうちの一人がはにかんだような笑顔を見せ、こちらに手を振ってきた。
なかなかの美人だ。制服の着こなしも様になっている。
「……沖田先輩ずっと気になる言うとって」
あかん? とでも言いたげに。沖田に声をかけてきた彼女は、顎を引いた上目遣いで見つめてくる。彼女もまた可愛らしい容姿で、並みの男であればこれに容易く引っかかってしまうのだろうが。
沖田は違った。顔色も変えずに彼女を突き放す。
「――ここのカラオケ、ナンパ禁止じゃなかったっけ」
沖田の発言と同時にすかさず藤堂がフロントの店員に目配せし、意を受けた店員が早歩きでこちらに近づいてきた。負けん気の強そうなメガネをかけた女性だ。島原女子の得意の武器が通じなさそうな。
さすがにまずいと思ったのか、女子生徒はあっさりと引き下がる。
「せやったっけ? 残念やわぁ。――ほな、ごめんやす」
不利な状況に陥ってもたじろがず、笑顔を崩さないのは島原女子の矜持だろうか。可愛らしい彼女はその可憐さを失わないまま、さっと友人たちのもとに戻っていった。
「最近の女子はすっげーな!」
「ほーんと、俺も逆ナンとか久しぶりに見たし!」
自分たちに案内されたカラオケルームに辿り着き、永倉と藤堂はさっそく先ほどの件を話題にしていた。
永倉たち二人は驚き呆れながらもどこか舞い上がった様子だったが、沖田は違った。不愉快そうな様子でドリンクバーのジュースを口にしながら、吐き捨てるようにつぶやく。
「そう? あんなの単なる挨拶でしょ。ただすごくウザいだけで」
苛立ちを隠そうともしない沖田に、永倉と藤堂は顔を見合わせる。しかし、さすがの沖田もいつまでもひとり苛立っていても仕方がないと思ったのか、自身を落ち着かせるように小さく息を吐くと、穏やかに苦笑した。
「――それより、平助さっきはありがと」
「……いや、別にいいけどさぁ」
改めて沖田に礼を言われてむず痒くなったのか、藤堂は照れたように頭を掻く。
「……あんなのでも、女子にキツく当たるの苦手なんだよね。お店の人が仲裁してくれるのが一番楽だし」
「いや、充分キツかったと思うぜ……」
しおらしくもっともらしい言葉を口にする沖田に、けれど藤堂は呆れてしまう。『じゅーぶんキッパリハッキリ断ってたじゃねぇかっ!』彼がそう思ったかは定かでないが。
すると、沖田の機嫌が上向いたのを見て取ったのか、永倉が話題に割り込んできた。
「――しっかし、女子ににまとわりついて店員に注意される男は山ほど見たが、その逆はなかなかねぇぜ。もしかしたら初めてかもしれねぇな」
妙に感慨深そうな永倉の様子に、藤堂はあることを思い出す。
「そういえば、ぱっつあんカラオケバイトしてたんだっけ」
「おう、昔左之といっしょにな~ 金曜の夜は酔っぱらって女子に絡むサラリーマンのオッサンとか、よく取り押さえたぜ」
懐かしい思い出が蘇ってきたのか、永倉は誰に言うともなく話を続ける。
「それでよぉ、何でか知らねぇけどいっつも俺がオッサン取り押さえる役で、左之が困ってる女子をなだめる役なんだよなぁ」
その様子はありありと想像できる。永倉自慢の筋肉は質の悪い男への威嚇によさそうだし、当たりが柔らかくそれでいて体格のいい原田は、女子の護衛役にぴったりだ。
にわかに自分が一方的にライバル視している彼の面白そうなエピソードを聞かされて、沖田の瞳が剣呑な光を帯びる。
「へぇ……」
「……そんで左之はいつの間にか、助けた女子にキラキラした目で見つめられてるしよぉ。俺がその役やりてぇよ、何でいつも俺は酒臭いオッサンの相手で、左之はかわいい女子の相手なんだよ」
口の端を吊り上げて不自然な笑みを浮かべる沖田には気づかないまま、永倉は不服そうな様子でぼやく。
そんな彼とは対照的に、藤堂は半ば呆れながらも素直に原田を称えた。
「左之さん、やっぱすっげぇな」
具体的なエピソードを聞かされて、藤堂は改めて驚かされる。沖田の女子人気もなかなかのものだが、原田も負けてはいない。藤堂の発言に促され、永倉はさらに原田への愚痴を言い募る。
「そうなんだよ、あいつすげぇってかずりぃんだよ。海水浴場でライフセーバーのバイトしてたときもよぉ」
永倉の口からさらに楽しげな単語が飛び出し、沖田は反射的に食いついてしまう。
「えっ、左之さんに新八さん資格もってるの」
「おう、大学んときに取ってみたんだよ」
「へぇっ、水着の女子にモテたかったの?」
「なっっ! 別にいいじゃねぇか!」
目を見開き顔を真っ赤にしながら、それでも否定しない永倉に。沖田はニンマリとした笑みを浮かべて畳みかける。
「それで? 水着の女子にはモテたの?」
まさに興味津々といった様子で、沖田は永倉の返答を待つ。藤堂も気になるようで、口を挟まないながらも聞き耳を立てていた。
「ああまぁ、左之はな……」
そこまで口にして、永倉はどこか困った様子で頬を掻くと。誰に責められたわけでもないのに言い訳をし始めた。
「でもよお、俺だって子どもにはモテたんだぜ! 幼稚園児とキッズプールで水かけっこだ。そしたら親御さんがジュースとスイカくれたんだよ。子守のお礼ってな」
思いのほか微笑ましいエピソードに、藤堂が羨望の眼差しを向ける。
「あーなんかそれすげぇ楽しそう! それでバイト代もらえんならサイコーじゃん!」
しかし、藤堂のあまりに安易な発言に、すかさず沖田が突っ込みを入れた。
「さすがに子供と遊んでるだけじゃダメでしょ、ちゃんとそのへん見張らないと」
「まぁなぁ」
沖田のもっともな意見に永倉もうんうんと頷く。さすがに子守だけしてればいいわけじゃない。けれど永倉は藤堂をフォローするかのように話を続ける。
「まあでも、わりと楽しいバイトだぜ。海水浴場はよぉ。
体力ねぇと無理だし、日焼けはすげぇし、酔っぱらいの相手もできねぇとダメだけどな」
「酔っぱらいの相手かぁ……」
先ほどとは一転、藤堂はあからさまに嫌そうな顔をする。夏の海辺という非日常の空間で。酒に酔って気が大きくなった男連中が、水着の女子グループにちょっかいを出す見苦しい姿が、藤堂の脳裏にありありと浮かぶ。
嫌な絵面に引きずられそうになるが、藤堂はすぐに鬱陶しい映像を追い払うと、先ほどから気になっていたことを永倉に尋ねた。
「っ、そんなことより! こっちでも新八さんはオッサン取り押さえて、左之さんが女子をなだめてたのかよ?」
「そうなんだよ~ つか左之はバイト中に歩いてるだけで女子に声かけられるんだよ。さすがにあいつも『仕事中だから』って断ってたけどよぉ。あいつだけ連絡先渡されてて、本当ずりぃよな~」
再びぼやく永倉を尻目に、沖田がぽつりとつぶやいた。
「……なんかその話聞いて僕も海でバイトしたくなったんだけど」
先ほどは逆ナンをすげなく断っていたくせに、意外な発言だ。すかさず永倉は茶々を入れる。
「何だよ。やっぱり総司も女子にモテたいんじゃねぇか」
「まさか! 女の子じゃなくて、子供と遊んでお金もらいたいだけ。新八さんと一緒にしないで」
「うっ……! うぐっ……!」
見事な返り討ちだ。返す言葉もなく口をぱくぱくとさせている永倉は放置で、沖田は穏やかな笑みを浮かべながら続ける。
「――でもやっぱり面倒くさそうだし、海なら普通に遊びに行けばいいか。またみんなで行きたいよね。この前も平助に拾ったナマコぶつけるの最高に楽しかったし」
「なっ……! 総司っ……! 」
やにわに矛先を向けられて、今度は藤堂が慌て始める。
つい先日、皆で出かけたビーチでのことだ。輝く太陽、青い海、白い砂浜。そんな最高の真夏シチュエーションの中で。
なにが悲しくて男同士で追いかけっこをして、あまつさえ顔面にヌメった黒ナマコをぶつけられなければならなかったのか。
グロテスクに蠢く青黒い物体を鷲掴みにして輝く笑顔で追いかけてくる沖田を思い出し、藤堂は身震いする。無意識のうちに、ささやかな願いをつぶやいていた。
「……どうせなら、名前と追いかけっこしたかったぜ」
キャッキャウフフ。平助くん、こっちだよ。優しく可憐な彼女が相手なら、きっと平和でスイートな海水浴が……。
「――ん? 平助、何か言った?」
「な、なんでもねぇし!!」
「……ナマコ楽しかったよねぇ、今度は土方さんにぶつけたいから土方さん誘おうか。ナマコと、あと岩場のウニも、拾ってぶつけてやろっと」
話の雲行きがいっそう怪しくなり、沖田の瞳に不穏な光が宿る。
「そっ、総司! あそこのムラサキウニは採取禁止だぜ!」
危険を察した永倉は咄嗟にフォローをするが、残念ながらどこかズレており、藤堂は呆れた様子で息を吐く。
「……土方さん、んなことされたらむちゃくちゃキレんだろうなぁ」
沖田にナマコを投げられて激怒している土方。その姿が容易に想像できてしまうのが悲しい。ウニをぶつけたら、果たしてどうなるのだろうか。
「それが楽しいんじゃない、絶対に顔面にムラサキウニお見舞いしてやるんだから」
危険すぎる企みをつぶやきながら、沖田は妙な情熱を燃やし始める。背後に黒い炎が立ちのぼり、緑の瞳が剣呑な光を帯びる。
「なぁ、総司……。プールにしねぇか? さすがにウニはやべぇだろ……」
これはまずいと永倉は沖田を止めようとするが、こうなってしまった沖田が止まるはずもない。
「ダメ、ぜっったい海。海以外認めないから」
カラオケに来たというのに歌も歌わず。ドリンクバーのジュースを飲みながら、沖田に永倉に藤堂の三人はずっとお喋りに興じていた。
***
窓の外には青い空が広がっている。ベッドサイドに腰を下ろして、買ってきた缶チューハイをちびちびと呑みながら、原田は室内の置時計に目をやった。時刻はやはり、もう夕方近くだった。日の長い夏は遅い時間になっても空は青いまま。
貧血の倦怠感で苦しむ名前を寝かしつけてから、原田はベッドを抜け出しひとり買い出しに行ってきたのだった。
ドラッグストアで名前用のスポーツドリンクと自分用の酒とおつまみを購入し、戻ってきてからは寝込んでいる名前の部屋に軽く掃除したり、その後は彼女の可愛い寝顔を眺めながら一杯やったりと、そんなことで時間を潰していた。
「……放っておかれるのはちょっと寂しいが、これもまた乙なもんだよな」
穏やかに苦笑しながら、原田はぽつりとつぶやく。すやすやと眠る名前を見つめながら呑む酒は不思議なほど旨く、彼女が先に寝てしまったときは、原田はこうして一人で酒を楽しむこともよくあった。
数時間の睡眠でしっかりと休養できたのか、名前の顔色はすっかり良くなっていた。紙のように白かった頬にも、自然な血色が戻っている。
「さて、そろそろ起こすか。あまり昼間に寝すぎると夜眠れなくなっちまうもんな」
そこまで口にして、原田は立ち上がり名前の眠るベッドに向かう。
「――おい名前、そろそろ起きようぜ」
小さな肩をゆすってやりながら原田は優しく声をかけるが、思いのほか眠りが深いらしく、名前はなかなか起きてくれない。
「……ったく、しょうがねぇな」
眠る姫君を起こす方法といえばやはりこれだろう。原田は名前の唇にそっと口づける。彼女が反応を示すまで、何度も、何度も。
「――おい、男にこんなことされてんのに、何で起きねぇんだよ。お前は……」
もう七度目を終えて、彼女の鈍さに思いがけず不安を覚えて。今度起きなかったら呼吸を奪う大人のキスでもしてやろうかと、原田が短気を起こしかけたそのとき。名前がゆっくりと瞬きをした。
「……? 左之助さん……?」
まだ焦点の定まらない瞳で、可愛い恋人に甘い声で名前を呼ばれて。機嫌を直した原田は満足げな笑みを浮かべる。
「――よ、少しは元気になったか?」
目覚めたときに、数センチ以内の距離に大好きな原田がいる。名前はその幸せを噛みしめて、頬を染めて微笑んだ。
「……はい」
照れたような可憐な笑みは、先ほど自分が原田にどのようにして起こされたのか、気がついているようで。薄桜学園メンバーのそれぞれの夏休みは、まだもう少し続く予定だ。