SSL原千
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
.
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「だぁああああっそんなんアリかああよおおお!! 最後の追い込みで抜かれるなんて、これで何度目だよ!!」
「また負けちまったのか? 新八、お前も懲りねぇな」
頭を抱えた永倉が絶叫した数瞬後に、原田の飄々とした慰めの声がかかる。
薄桜学園の職員室は休日らしくほぼ無人で、今この場にいるのも永倉と原田の二人だけだった。
その環境に甘えて堂々と永倉は競馬中継を聞いていたが、今日も負けてしまったらしい。
「ま、ほどほどにしとけよ? 金なら貸さねぇからな」
「ひっ、ひでぇぜ左之! 俺とお前の仲じゃねぇか! ならせめて飯を奢って……」
先んじて釘をさす原田に、永倉はこりもせずたかろうとする。気の置けない二人のいつもの光景だが。
「――いい加減にしろ新八! 校内で競馬中継を聞くんじゃねぇ! これで何度目だ!」
タイミングよくお馴染みの怒声が響き、職員室の引き戸が乱暴に開く。不機嫌そうなしかめっ面で入ってきたのは、この学園の教頭の土方だった。
「どぁああああ土方さん!! 今日は休みのはずじゃ」
突然の土方の登場に永倉は慌ててイヤホンを外し、なけなしの体裁を整える。
「休むつもりだったんだがな、理事長命令で月曜の朝イチから役所の会議に出なきゃならなくなったんだよ。だからその準備をしにきた」
土方は自分の席に座り、パソコンを起動する。画面の点灯を待つ間、引き出しから書類の入ったクリアファイルを取り出して、パラパラと中身をチェックした。
「理事長命令って……。芹沢さんか」
いつも以上に不機嫌な土方に、原田は心配そうに声をかける。
「ああ。今から書類作成だ。全く、いつもいつも余計な仕事を増やしやがって」
「大変だな……。何か手伝えることがあったら言ってくれよ」
「ありがとよ。じゃあ悪いが備品の買い出しを頼みてぇんだが……おい新八!」
「え~! 俺かよっ!」
原田の気遣いに土方の怒りも和らいだかと思いきや。今日もまた永倉が土方の不機嫌の犠牲となる。
「当たり前だろうが! 競馬中継聞いてる暇があるんなら働きやがれっ!」
土方は永倉を叱りながらも手近なメモ用紙にさらさらとペンを走らせる。何事かを書きつけたあと、二つ折りにして永倉に差し出した。
「今すぐじゃなくていいが、今日の夕方までには買ってきてくれ」
今は昼過ぎだ。買い物をする時間は充分にある。
「必要な金は後で渡すから、レシートか領収もらっとけよ」
「へ~い。仕方ねぇなあ」
競馬で負けたショックが尾を引いているのか、永倉はふてくされた様子だ。不承不承にメモを受け取り、中身も見ずに机上に投げ置く。
そんな三人のもとに意外な人物が現れた。
「――あれ、どうしたんですか? 先生たち三人揃って騒々しい」
沖田総司だ。この学園の生徒であり、土方の昔からの知人でもある。
とはいえ生徒である彼に大人の下らない事情を聞かせるわけにもいかず、原田は苦笑して返事を濁す。
「いや、なんでもねぇぜ。そういうお前こそどうしたんだよ」
「ちょっと数学のわからない問題があって、教えてもらおうと思って」
「数学? ってことは俺かぁ?」
自分の担当教科を呼ばれた永倉が顔を上げ、沖田の方を見る。
「そうです」
沖田はニンマリと楽しげな笑みを浮かべるが、ここにきて再び土方の不機嫌がぶり返した。
「……総司テメェ、休日までわざわざ質問しにこんなとこまで来るとは、熱心じゃねぇか」
「部活の帰りにちょっと寄っただけですよ、何か文句でもあるんですか? 土方先生」
「あるに決まってんだろ!? 総司テメェ数学はいつもいい点取ってるくせによぉ……。そっち極めてる暇があるんなら、いつも赤点の古典の勉強をしやがれ!」
古典は土方の担当教科だ。沖田は数学を含めた他教科の成績はいいが、古典だけは違った。
テストでは毎回まるで土方をおちょくるように、落書きだらけの白紙の答案を出してくる。
「へぇっ……。じゃあ土方さんは今から僕の面倒見てくれるんですか? 芹沢さんに言われた仕事をしなきゃいけないって言ってませんでしたっけ」
「総司……! いい度胸じゃねぇかテメェ、今日という今日は……!」
自席から荒々しく立ち上がり、土方は握り拳を作る。このままでは喧嘩になりそうだ。
薄桜学園は教師も生徒も血の気が多いが、さすがに職員室で教師と生徒が乱闘騒ぎは勘弁願いたく、すかさず原田が仲裁に入った。
「まぁまぁ土方さん、今日は仕方ねぇじゃねぇか。総司の相手は新八に任せて、ひとまず土方さんは土方さんの仕事やってくれよ」
「っ、だがな原田」
さすがにこれ以上の揉め事は遠慮したいと思ったのか、永倉も土方をなだめようとする。
「さ、左之の言うとおりだぜ、土方さん! ここは俺らに任せて、土方さんは土方さんの大事な仕事をだな……」
「……確かにそうだな」
二人に持ち上げられて気を良くしたのか、土方は冷静さを取り戻す。
すると、タイミングよく土方のスマホが震えた。土方はスラックスのポケットからスマホを取り出すと、画面を確認する。
「……っと、近藤さんから電話だ」
その瞬間、沖田の表情がわずかに変わった。一瞬だけ笑みが消え表情が強張る。けれど沖田の変化はこの場にいる誰も気がつかない。
「悪いな、永倉に原田……。ちょっと席を外させてもらうぜ。おい総司! テメェはあとで覚えてろよ!」
いかにもな捨て台詞を言い置いて、土方は慌ただしく職員室から出て行く。
言動はさながら不良の兄貴分のようだが、土方はこう見えても薄桜学園の教頭だ。わざわざ場所を変えるということは、校長である近藤と込み入った話でもするのだろう。
沖田に永倉に原田の三人は揃って土方の背を見送った。彼が完全に去ったのを見計らい、原田は改めて口を開く。
「……はぁ、ったく、誤魔化すのも一苦労だぜ。新八も総司も、もう少し土方さんの立場ってもんをだな」
「えー別にそんなの僕に関係ないし。そんなことより新八さん、この問題教えてよ」
「こら総司! 学校では新八先生って呼べって言ってんだろ!」
「はいはい。新八せんせー教えてくださーい」
「おうよ! 2年2組の新八先生だぜ! 体育じゃなくて数学担当だ。間違えんなよ!」
沖田に棒読みで呼ばれた永倉は、何を思ったのかトレードマークの緑のジャージの胸を張った。そんな彼を沖田は半眼で見つめる。
「……誰に向かって自己紹介してるの新八先生」
相変わらず薄桜学園の職員室は賑やかだ。
その後。沖田の相手をし終えた永倉は、土方に頼まれた備品の買い出しにいそいそと出かけたのだった。
数時間後。
「どういうことだ新八!!」
土方のカミナリが再び職員室に落ちる。
「なんでテメェは学校の金でニムテンドースイッチを買ってきやがった!?」
「だっ、だってよぉ土方さん! 土方さんのメモの最後に、ニムテンドースイッチって赤で書いてあったから」
「ふざけんな!! 俺はそんなことを書いた覚えはねぇ!!」
「ってことは、総司だろうな」
問題のメモを眺めながら、原田はため息をつく。永倉のデスクのメモにイタズラができたのは、あのタイミングで現れた沖田だけだ。
「っ、そうそう! だから俺は悪くねぇって!」
「ふざけんじゃねぇ! 普通おかしいって気づくだろうが! テメェはガキの使い以下か!」
「だ、だってよお、自粛するときに使うかと思ってよぉ」
「お前は何を言ってやがるんだ!?」
土方のデスクの上に堂々と鎮座しているニムテンドースイッチ。つい先ほど永倉が近くの電器屋で買ってきた品である。ちなみに開封済み。
原田は再度ため息をつく。
「新八が買ってすぐ開けなきゃ、返品できたかもしれねぇのになぁ」
「ったく、たかがゲーム機が三万近くしやがる。おい新八、ここは責任取ってお前が自腹切れ」
「なああああっ!! そんな、ひでぇよ土方さん!!」
土方から現代流の切腹を言い渡され、永倉は焦る。給料のほとんどを酒とギャンブルに費やしてしまう永倉にとって、突然の三万の出費は痛かった。
しかし、土方は容赦ない。
「ひどくねぇ! 自業自得だろうが!」
「俺の三万~! ツケの払いが……! 給料日前だっていうのに鬼だぜ土方さん!」
「うるぜぇ! 俺は学園のためなら地獄の鬼にでもなるんだよ!」
文字通り鬼気迫る形相で、土方は永倉相手に凄む。しかし理由はスイッチ代の三万である。
「諦めろ新八、身銭切って償うんだな」
「さっ左之ぉ」
「いいじゃねぇか。切るのは身銭であって、自分の腹じゃねぇんだから」
気楽な調子で、原田は永倉をなだめるが。
「左之…… お前がそれ言うと洒落にならねえって……」
そう、実際に腹部に大きな傷のある原田が言うと洒落にならない。
スイッチについての土方の説教はまだ続くと思われたが、土方はおもむろに咳払いをすると不自然に視線を泳がせる。
「……だが、今回だけは特別にそのスイッチは俺が買い取ってやる。感謝するんだな」
「え? ……や、やったぜ! すまねぇな土方さん!」
意外な助け舟を出されて安堵する永倉だが、厳しい土方が見せる意外な甘さに原田は訝しむ。
「おいおい、土方さん。正気か?」
鬼の攪乱とはまさにこのことだ。しかし数日後の放課後に、原田は土方の攪乱の理由を知るのだった。
「わぁっ、ニムテンドースイッチ! 本当にいいんですか? 土方先生」
鈴の音が鳴るような可憐なソプラノではしゃぐのは、この学園唯一の女子生徒である苗字名前だ。
「……ああ。俺が持ってても仕方ねぇからな、お前にやるよ」
「すごく嬉しいです。ありがとうございます、大切にしますね!」
結局、処分に困ったゲーム機は土方から名前への贈り物という形になったのだった。
「ゲーム機本体だけっていうのも格好つかねぇが、福引の特賞で当たったのが本体だけだったんだよ。悪いがソフトは自分で買ってくれ」
「そ、そんな!とんでもないです! 本体が頂けるだけでもすごく嬉しいのに……! 私ずっとスイッチ欲しかったんです。ありがとうございます」
「……礼は禁止だ、こっ恥ずかしいからな」
ひとけのない廊下の片隅で楽しそうにしている土方と名前の二人は、さながら乙女ゲームのスチル絵のようだ。
背後は無駄に光り輝き、心なしか土方の頬が桃色に染まって見える。
そんな彼らを遠巻きに見つめる者が数名。藤堂に沖田に原田だ。
「うわっすっげぇ、あの土方先生が笑ってる……。しかもなんか背後にクリスマス会の帰り道が見えるし……」
なぜかスイッチが桜色の貴石のペンダントに見えたが気のせいだと思い直し、藤堂は二人の観察を続ける。
「ちょっとどういうこと? 何で僕の名前ちゃんが土方さんなんかとイチャイチャしてるのさ」
「……そりゃあスイッチ代の三万出したのが土方さんだからだろ。つーか、そもそもこんなことになってんのはお前があのメモに」
「やだなぁ左之先生、生徒に責任をなすりつけるの」
「……あのなあ、総司」
沖田と原田もまたくだらないことを囁きあう。
まさに主役カップルを引き立てるモブキャラと化している三名だが、土方たちに気づかれていないのをいいことに、遠慮なく観察を続けていた。
「――でも、スイッチが景品って豪華な福引ですね。どこでやってたんですか?」
世間話のついでに、名前は当然の疑問を土方に向ける。
「ああ、近所の商店街でな」
「近所の商店街……? このあたりに商店街なんてありましたっけ」
「おっと違った。親戚の結婚式の二次会の福引だったぜ」
「えっ? え?」
前髪をかき上げながら格好よくホラを吹く土方に、名前は戸惑う。
「うわっなんかグレードアップしたほうの言い訳、妙にリアルでムカつくんだけど」
土方の背後に狂い咲く夜桜の幻を見ながら沖田はぶつくさ文句を言う。ちなみに今はまだ昼間だ。
土方の実家は大手の製薬会社だった。その親類の結婚式なら福引の景品が豪華でもおかしくない気がする。
「……さすが土方さん、抜け目ねぇな」
転んでもただでは起きないたくましい商魂を感じ、原田は唖然とする。あれだけの図太さがあれば、実家の製薬会社に出戻ってもきっとやっていけるはずだ。
「名前っ……! スイッチ欲しかったんなら、俺に言ってくれれば二台目貸してやったのに……! ソフトだって、あた森でも武器盾でも移植のバイオ災害だって、なんでも貸せるのに……!」
「ちょっとそこのゲームオタクうるさいんだけど」
「名前と二人で朝までバイオとか……! そんなん楽しいに決まってんだろ……!」
沖田の横やりをものともせず、藤堂は瞳を輝かせながら楽しげな空想にふけりはじめた。彼らしくいたって健全な。しかし、言い方が悪かったのか予期せぬ災難を招いてしまう。
「朝まで……だと?」
駆逐すべきライバルの気配を察知したのか、どこからともなく齋藤が現れた。風紀委員である彼は眦を吊り上げ藤堂に詰め寄る。
「女子である苗字と朝までなど、不純異性交遊だぞ平助……!」
「えっでもゲームするだけだよね」
すかさず沖田が突っ込みを入れるが、齋藤はめげない。
「そのような言い訳など誰が信じるか。彼氏とのお泊りを文芸砲されたアイドルのような弁明など、俺は認めぬぞ」
誠実な瞳で嘘偽りなく奇想天外な主張を繰り出す齋藤だが、その露骨さに主に沖田を呆れさせてしまう。
「一君ってムッツリだよね、知ってたけどさ」
「なっ、何言ってんだよ一君! ゲームするだけでやましい気持ちはないぜ! ……俺はただ名前と一緒にいられるだけで満足だし」
齋藤に水を向けられて頬を染めて恥じらうピュアな藤堂に、沖田は「カマトトぶってんじゃねぇよ」と冷めた目を向けるが。そんな沖田よりも早く突っ込みを入れたのは齋藤だった。
「そんな寝言など信じられるか。男の絶対に何もしないなど絶対に嘘だろう。一緒にいられるだけで満足も同様だ」
「ねぇ一君さっきから発言おかしくない?」
さきほどから予想だにしない下ネタをぶっこんでくる齋藤に、さすがの沖田も疑問を呈する。
「つかひでぇ濡れ衣じゃね!? 一君の願望を俺にかぶせるのやめて欲しいんだけど!」
まだやってもいないことを責められて、さすがに腹が立ったのか藤堂もまた齋藤に食ってかかった。
「なっ、俺はただこの学園の風紀を守るためにだな……!」
「なんだよ、じゃあ一君も一緒に来て一緒にやればいいじゃん! それならいいだろ!?」
「なっ、さ、三人プレイだと! はっ、破廉恥な!」
顔を赤くしながら、齋藤はかっと目を見開く。
「ねぇ一君さぁもう黙ったら? 君の風紀が一番乱れてるし」
沖田の文句など一切聞かず、齋藤と藤堂はくだらない口喧嘩をし始めた。
名前本人には聞かせられない思春期の男子同士のしょうもない争いを繰り広げる。
「――まったくだぜ。しっかしお前ら教師の俺の前でなんつー話を」
少しは自重してくれとばかりに原田は苦笑するが、これが薄桜学園の一部の男子生徒の日常だった。煩悩にまみれたエネルギーのありあまる毎日。
こんな彼らをまとめなければならない土方が鬼と化してしまうのも仕方なく、齋藤は芸能ニュースの見すぎである。
「シッ静かに左之さん、名前ちゃんこっち来た」
喧騒の中でも名前に人一倍注意を払っていた沖田が原田を制する。
沖田の言った通りに。紙袋に入ったゲーム機を嬉しそうに抱きしめている名前が、足取りも軽やかにこちらにやってきた。
「一君も平助も邪魔しないでよ。まず僕が自然に話題を」
イケメンの面目躍如とばかりに、沖田は黒く輝く笑顔を浮かべて舌なめずりをする。ネギを背負ったカモならぬ、スイッチを抱えたツルを捕食する気満々だ。
齋藤や藤堂も大概だが、沖田のタチの悪さもなかなかだった。
その確実な実行力はやはり脅威で、原田はなんともいえない気持ちになってしまう。なんとなく苛立つような、妨害してやりたくなるような。
名前に下心満載で近寄る男はやはり気に入らない、それが原田の本音だったが。
「…………」
そんなことを教え子たちの前で口に出せるはずもなく、名前に駆け寄ろうとする沖田の背を原田は黙って見送る。
「ねぇ、名前ちゃん――」
しかし。沖田が名前に声を掛けようとしたそのとき、どこからか高笑いが聞こえてきた。
「――フハハハハ!! 我が妻よ」
「うわっ面倒くさいの来た」
正直すぎる本音を漏らし、沖田は突如現れた風雲児に半眼を向ける。
あったかもしれない自然な雰囲気をぶちこわし、全てをなぎ倒していく生徒会長風間の登場である。今日はお付きの二人はいないようで一人だった。
「かっ、風間さん!」
突如出現したまごうことなき厄災に、名前は驚き後ずさる。
明らかに警戒し今にも逃げ出そうとしている様子だが、風間はめげない。優雅に両手を広げながら名前に向かって進んでいく。
「――まさかお前がそのような児戯のごとき娯楽を嗜むとはな。しかしお前が望むのなら、我が風間家の大画面のティーヴィーでそのゲェムをプレイすることを許してやろう。週末に我が家に来るがいい。心尽くしの茶と菓子を俺が特別に振舞ってやる」
こう見えても実家は茶道の家元という御曹司。口説きも彼らしい魅力があったが、その強すぎる押し出しが全てを台無しにしている。
「あっあの、風間先輩……」
返答に困った名前はスイッチを抱きしめながらうろたえるが、さすがにここまで騒ぎが大きくなれば、あの彼が黙っていなかった。
「――おい風間! てめぇ苗字をたぶらかすんじゃねぇぞ!」
そう、さきほどまで名前と一緒にいた土方だ。土方は足早に名前の方にやってくると、怯える彼女をかばうように風間の前に立ちふさがった。
あからさまに邪険にされた風間は不快感を露わにする。
「……生徒同士の健全な交流だ。教師が口を出すな。そこをどけ土方」
「ふざけんな、テメェは俺とタメだろうが! ちっとも健全じゃねぇんだよ!」
実は風間と土方は大学の同期で、風間はわけあって高校に再入学している年齢不詳の生徒会長なのだが、その件に関しては説明すると長いので割愛する。
「――薄桜学園の名を汚す振る舞いは許さねぇぞ、風間。この学園の教師として風紀委員の顧問として、お前の好きにはさせねぇ!」
威圧感を全開にして土方は啖呵を切る。『武士であるならば名を惜しめ!』豪快な誰かの姿が一瞬だけ土方に重なるが、それに気づけるのは、ここにはいない龍之介ショップの店長くらいだろう。
齋藤と藤堂に引き続き、土方と風間も不毛な口喧嘩を始めてしまった。
自分をきっかけに巻き起こる騒動に戸惑う名前だが、喧嘩を止めるにしても特に土方と風間の喧嘩は止めようがなく、どうしていいかわからなくなってしまう。
「あのっ……。土方先生、風間先輩……」
するとそのとき、名前のスマホが鳴った。
「……あっ、薫からラインだ。……えっ、今から三十分以内に猫缶買ってそっち持っていくの」
異様にタイミングよく届いた薫からのライン。いささか邪気を感じるが名前の窮地を救うような。
もしかしなくても、どこかからこちらの様子を伺っていたのだろうか。
予想だにしないタイミングで不思議な用事を言いつけられて、しかし名前はこの場から逃げ出すチャンスだと判断したのか、未だに喧嘩を続ける土方と風間に向かって声を張り上げた。
「あのっ! すみませんお二人とも! 私ちょっと薫のウーバーイーツしに行かなくちゃいけなくて……!」
しかし名前の言葉には気づかず、土方と風間は何の生産性もない喧嘩を続ける。名前は完全に蚊帳の外だ。
「す、すみませんが、本日はこれで失礼しますっ!」
しかし名前はスルーされているのをいいことに、それだけ言いおいてその場から駆けだしてしまう。
薄桜学園唯一の女生徒として、つまり現代の壬生狼の群れで暮らす唯一の子ウサギとして。
集中砲火のごとく降りかかる災難から逃れるために鍛えられた、名前の逃げ足の速さは驚異的だった。まさに脱兎のごとく、あっという間に姿をくらませてしまう。
土方と風間はいまだに不毛な喧嘩を続けているが、それは齋藤と藤堂の二人も同様だった。
意地の張り合いで引くに引けなくなっており、四人は肝心の名前がいなくなったことにも気づいていないようだった。
「――逃げられちゃった、あーあ。せっかく声かけようと思ったのに」
「ま、仕方ねぇだろ」
そんな中、沖田はあからさまに残念そうに唇を尖らせ、原田はどことなくほっとした様子を見せる。
いまだに喧嘩を続ける男たち四人を尻目に、この場に留まる理由を完全に失った沖田は、あっさりと踵を返した。
「名前ちゃんいないんなら僕はもういいや。じゃあね、左之先生さようなら」
驚くべき変わり身の早さで、原田に手を振ってスタスタと歩き出す。向かう先は下駄箱だろうか。
「おう、気ぃつけてな」
そんな彼を原田は教師らしく見送るが、その優しげな面差しに張り付けられていた笑みは、すぐに消えてしまう。
いまだ去らぬ喧騒の中、原田は不意に数日前の出来事を思い出していた。
時間は、永倉が間違ってスイッチを買ってきた日の夕方に巻き戻る。
仕事を終えた原田は永倉や土方と別れ、一人帰路についていた。ひんやりとした風が頬を撫で、原田は意味もなく立ち止まり空を見上げる。
すると、珍しい人物に声を掛けられた。
「――おや原田先生、今お帰りですか」
「山南さん」
山南は周囲に他に人がいないのを確認すると、原田に近づき声を潜めて話しかけてきた。
「……例の件ですが、本当に進めてしまってよいのですか?」
「ああ、構わねぇ」
「取り消すなら今のうちですよ、今ならまだ間に合います。私がこんなことを言うのもおかしな話ですが、原田くん、君は」
「いや、本当にいいんだ。山南さん。芹沢さんにも伝えてくれ」
「そうですか……」
いやにかたくなな原田に山南は寂しげに笑う。まるで旧友との離別を惜しむかのように。
「決意は固いようですね 君をそうさせる何かがあるんですか? 仕事よりも大切にしたい誰かをついに見つけたと」
「さぁ? 何のことだかわからねぇな」
これまでは『外の世界を見るのも悪くないと思ったから』と言い訳していたが、やはり策士の山南はそんな嘘では騙せないようだ。
けれど、今はまだ自分の本心は誰にも知られるわけにはいかなかった。
「……らしくねぇぜ、山南さん。いつものあんたなら他人の事情なんかより、自分の都合を優先するんじゃねぇのか」
「おや、心外ですね。原田先生。私ほど他者への思いやりに溢れた人間はそういないと思うのですが」
「……」
最高の皮肉だなと思うが、そんなことをわざわざ口にする原田ではない。原田は山南に無言を返した。
「それでは君の決意のほどを皆さんにお伝えしますよ。……それでは私はこれで失礼しますね、原田先生」
軽い会釈をして、山南は原田とは別方向に去ってゆく。
一人になった原田は、再び空を見上げた。美しい夕焼け空だ。茜色の空を目にするとどうしても、密かな想い人のことを思い出してしまう。
「……名前」
そのつぶやきは誰に届くこともなく、訪れ始めた夜の気配に溶け消える。
***
喧騒を抜けて。血気盛んな狼たちから逃げ切った名前は、帰宅するべく一人校門に向かっていた。
「スイッチ嬉しいな、なんのソフト買おうかな。土方先生にもお礼しないと」
ニコニコと嬉しそうにひとりごとを口にする姿は、可憐な少女そのものだ。なぜか制服に猫の毛が大量についているが、それは些末なことだろう。
そんな彼女を原田は遠くから見守っていた。また不届きな連中がゲーム機を抱える名前に絡んだら、すかさず仲裁に入るつもりだった。
本当は原田自身も「ソフトなら買ってやるから俺と一緒にやろうぜ」くらいのことは言いたかったが、教師として大人として自重していた。
もどかしい気持ちもあるけど、それもあと少し。そう。彼女に自分の気持ちを告げたいがために受けた、あの話が本決まりになるまでは。
「……まさかここにきて女のために転勤願いを出すことになるとはな」
とはいえ仕事より人としての幸せを優先するのは、自分らしい気もする。
転勤が決まれば気持ちのままに動けるようになる。教師と生徒じゃなく、だだの男と女として。
原田はそれを心待ちにしていた。
「――覚悟してろよ、名前」
今はまだ背中を見送るだけだけど、いつかは。