スウィートオスマンサス(R18)
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恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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「……かわいいよ、花ちゃん。すごく綺麗だ」
痛みをこらえながらも自分を受け入れようとする花を蕩けるような瞳で見上げながら、孟徳は惜しみない賛辞を送った。自分のためにこんなにも一生懸命になってくれる健気な恋人が、愛しくてたまらない。
「……手、つなごっか」
孟徳から伸ばされた手を、花は小さな頷きを返して取った。するとすぐに、指を絡める恋人繋ぎに握り直される。ようやく挿入の痛みが薄れてきて、花は小さく息を吐くが。すると、見計らったかのように孟徳がお伺いを立ててきた。
「……動くね?」
囁きはあくまでも穏やかで優しげだ。しかし、溶けそうなほどに甘い瞳の奥に宿るのは、欲望にぎらついた輝きで。そう、花は知っている。こういうときの彼は、ただ甘く優しいだけの人ではないから。
***
「――……あれ、もう降参かな?」
自分の胸の上で荒い呼吸を繰り返す花の髪を、孟徳は優しく撫でていた。彼女をからかいながらも、その手つきだけはあくまでも優しい。
「っ……。孟徳さんのせいです」
「うん、俺のせいだね。俺が全部悪い」
花が孟徳の身体に跨ってから。最初は花が主体で拙いながらもゆるやかに動いていたものの、我慢しきれなくなった孟徳が主導権を奪い取り、花の腰を固定してさんざん突き上げてしまったのだ。激しく責め抜かれた花は、あっさりと彼の胸元に倒れこんでいた。
かなりの無理を強いられたせいで、花はもうすでに激しい運動をした後のように、呼吸を乱しながら無垢な身体を火照らせている。
「……やっぱり上に乗るのは大変?」
穏やかな笑みを浮かべながら、孟徳は尋ねかけてくる。
「たいへん、です……」
花は眉を寄せて孟徳にきつい視線を送るが。やはり、孟徳は花の抗議などまともに取り合おうとはしない。いつもの人を食ったような態度で流してしまう。
「うーんそっかあ。無防備な君の姿を眺めるのも楽しいんだけどなぁ」
花を気遣ってか一応は困ったふりをしているが、孟徳がご機嫌なのは一目瞭然だった。全く困っていないどころか、むしろ喜んでいる。今だって楽しげな笑みが隠しきれていない。
その一方で、花は頬を淡く染めて拗ねたような表情で、彼の裸の胸に顔を埋めていた。孟徳の身体の上で激しく突き上げられて、気をやる寸前まで追い詰められて。すでにかなりの疲労を覚えていた花は、もう休みたくなっていた。
(孟徳さんは、元気だな……)
お仕事は忙しいはずなのに、なんでだろう。こんなところでも花は自分と孟徳の違いを実感する。体力だけでもこんなにも差がある。
しかし、孟徳は疲労困憊といった様子の花の頭を、先ほどからずっと労わるように撫でてくれていた。ときどきなし崩しに無茶な行為に付き合わされることはあっても、一応は優しい人なのだ。無理を強いたあとの気遣いだって忘れなくて。
とはいえ、あとで優しくしておけば、無茶をしてもいいと思っている節がないではないけど……。
彼がいつも花に見せてくれている甘くて優しい顔と、不意に垣間見せる無慈悲で残酷な顔と。この落差に花はいつも振り回されてしまう。つくづく、罪作りな人だと思う。そんな花の心の内を知ってか知らずか、孟徳はもう何度目かの甘い笑みを浮かべると。
「……次は正常位にしよっか」
穏やかにそう口にして。花の返事を待たずに、孟徳は彼女を抱き込んで体の上下を入れ替えた。繋がり合ったまま、彼女をベッドに押し倒す格好になる。
「やっぱり、こっちの方が好きだな亅
花を見おろしながら楽しげに笑うと、孟徳は花の頬に触れるだけのキスを落としてくる。
「――花ちゃんは?」
有無を言わさない問いかけだ。確かな返答を求めるような。虚をつかれた花は、素直な想いを吐露してしまう。
「す、好きです……」
彼の纏う雰囲気と瞳の圧に押し負けてしまった。甘い囁き声の中にもどこか硬いものが混ざっている気がして。
孟徳の冗談めかした問いかけの中には、たまにこういったものが混じっているから気が休まらない。相手を油断させて、その本心を引きずり出そうとするような。
実際に、花は孟徳に組み敷かれている方が好きだった。彼の身体の上に跨って彼を悦ばせるなんて、自分にはまだ荷が重いような気がするのだ。
「うん、そっか」
花の答えを聞いて、孟徳は満足げに笑った。嘘が分かる彼だから。花の言葉が真実だということも、もちろんわかっている。自分に組み敷かれて責められるのが好きだという彼女に、機嫌をよくしているようだった。デレデレにこにことした、孟徳の無邪気な笑顔。
(……孟徳さんの、この笑顔が好きだな。ずっと見ていたい)
花は胸の内でつぶやく。彼にはいつも笑っていて欲しいと、そんなことをずっと願い続けている。今よりもっと昔から。
「君が望むなら、このままどれだけでも尽くしてあげる。俺の全力で、ね」
「えっ……!?」
しかし。燻る火種を宿した琥珀の瞳に微笑みかけられて、花は真っ赤になってしまった。反射的に浮かぶ『逃げたい』という思い。しかし。
「ダメ。逃さないよ。もう諦めて」
「そんな……」
「往生際が悪いよ。ほら、覚悟を決めて。――俺のものになりなさい、ってね」
「っ!」
彼のことは好きだけど、この言葉には頷けなかった。
(孟徳さんは、なんでこんなことを言うんだろう……)
孟徳の言動を花は不思議に思う。あんな言葉で留めようとしなくても、自分は逃げたりしない。ずっとそばにいたいと願っているのは自分も同じで、花の帰る場所だってもう、彼のもと以外ありえないのだから。
(もしかして、不安なのかな……?)
だったら、それを癒してあげたい。その全てをなくすことはできなくても。
孟徳は花の両の膝裏に腕を通し、彼女をよりしっかりと組み敷いた。
「脚は、俺の腰に絡めて」
「っ……」
「手は肩でいいよ。背中や首の後ろでもいいけど」
孟徳はまるで当然のことのように、花に様々な要求をしてくる。その間にも彼の大きくゆったりとした抜き差しは続いていて、もたらされる甘美な痺れに花は頭の芯が溶かされそうになっていた。
孟徳の限界まで張り詰めた肉の楔が、花の身の内から引きずり出されるたびに、彼の楔の張り出した先端が、花の淫らな隘路の内壁を削り取るように刺激して、花の唇から切なげな喘ぎがひっきりなしに漏れた。
このゆったりとした痺れるような甘やかな刺激が心地よくて仕方がない。気がつくと、花は孟徳に縋りつくようにして、彼を欲しがってしまっていた。
「孟徳さん、もっと……」
「……もっと?」
「もっといっぱい……。激しくして……。くださいっ……」
淫らで浅ましい願いを口にするのは恥ずかしいけど、愛の営みの最中のこの手のお願いは、彼は必ず叶えてくれるから。花は恥ずかしさに耐えながらも口にすることにしている。そして今夜も、孟徳は花の願いに応えてくれた。
「……いいよ。じゃあもっとしっかり俺につかまってて?」
甘く優しく命じられて、花は頷く代わりに、彼の肩口を掴む指先に力を込める。やはりというべきか、孟徳から求められることは多い。こうやって誰かを愛することにも、愛されることにも、すごく慣れている彼だから。
孟徳が場数を踏んでいるのは、仕方がないとわかっているけど。不意に花の胸がちくりと痛む。苦しいほどの嫉妬心だ。彼を想っているうちに、いつの間にか心の内に芽生えていたもの。
花は孟徳の肩を掴んでいる指先に、ほんの少しだけ力を込めた。なんてことない八つ当たりだ。孟徳の綺麗な――表層ばかりがお綺麗な――その肌に、その身体に。自分の爪痕を残したかった。
「……どうしたの?」
花の小さな異変に気がついたのか、孟徳が尋ねてくる。
「孟徳さん……。好きですっ……」
その囁きに潜んでいたのは、自分でも驚くほどの切実な響き。嘘が見抜ける彼だから、この言葉も本心だとわかってくれる。花の素直すぎるほど素直な告白に、孟徳は穏やかな笑みを返す。
「――うん。……俺も、君が好きだよ」
この甘い微笑みの奥底の真実に辿り着ける日は、もしかしたら永遠に来ないのかもしれない。それでも――だからこそ――愛し続けたいと。彼を想い続けたいと、花は願った。
「花ちゃん、手……」
どこか切なげな響きを宿した彼の囁きに求められるまま。花はさきほどまで孟徳の肩を掴んでいた手を、シーツの上にそっと落とした。 すると、ぎゅっと握りこまれた。指を絡める恋人繋ぎ。
『離したくない』『そばにいて』そう告げられているかのようで、胸が熱くなって涙がにじんだ。
いつも明るくて飄々とした彼に、意外なほど激しく執着される。それは花の胸にほんの少しの嬉しさと、それ以上の切なさを呼び起こす。これ以上ないほどの愛を注いでいるつもりなのに、まだ不安にさせているのだろうか。こんなにも必死で繋ぎとめようとするほどに。
だけど、彼が不安だというなら、それが癒えるほどの愛を注ぎたいと。彼に信じ続けてもらえるような、彼にとってのかけがえのない存在でありたいと。繋がれた手を握り返しながら、花はひとりそう願った。
やがて、孟徳の抜き差しがさらに早まって。
「――っ、花ちゃん、出すっ……」
花の手を握りしめたまま、孟徳は彼女の中に射出した。体内で彼自身の脈動を感じながら、花はそのまま孟徳からの口づけを受ける。身体がシーツに沈み込むような深いキスだ。
忙しい孟徳とはなかなか一緒にいられないけど、こうやってベッドで抱き合っているときは自分だけの彼だと思える。『私の孟徳さん』だと。孟徳も同じ想いでいてくれるだろうか。
裸の彼の背に腕を回しながら、花は二人のこれまでを振り返っていた。もうずっとずっと昔から、こんなにも。
(私、孟徳さんのことが好きでしたよ……)
天邪鬼で不器用で面倒くさいところも大好きだ。それは今このときも変わらない。
行為を終えたそのままの姿で二人はベッドにいた。きっと今が一番幸せな時間。
「こうやって俺が安らげるのは、君の隣だけだから……。好きだよ花ちゃん」
行為を終えたあとも孟徳は優しい。これ以上ないほどに甘やかしてくれる。
「ずっとこうやって、一緒にいられればいいのにね。君の待つ家に帰って、一緒に眠って……。俺の望みはただそれだけだよ。なのにそれを叶えられないのが悔しいな」
「孟徳さん……」
穏やかな中に、すがるような危うさを感じて、花は心配してしまう。
「早く君と結婚できればいいのに。あと二年だっけ? 先は長いな」
「すみません……」
「別にいいよ。仕方ないっていうのはわかってるし」
花が大学を卒業するまで待って欲しい、それが結婚の条件だった。
「でも時々考えちゃうんだよね。もし俺が今すぐ君と入籍しちゃったらどうなるかなあって」
「う~ん、なんだか騒ぎになりそうですね」
「あはは『あの大手企業の役員が女子大生と電撃結婚!』とかかなあ。楽しそうだよね」
「楽しいですむんでしょうか……」
呑気で楽観的な孟徳に、花は不安げに眉を寄せる。孟徳の立場を思えば、何の後ろ盾もない年齢差のある女の子との結婚なんて、いけないことのような気がするけど、本人は淡々としていた。
「そうかなぁ。おめでたい話なんだし、楽しいですむよ。……それに皆どうせすぐに忘れるよ。こんなゴシップ」
しかし、発言の後半はどこかなげやりで、諦めと自嘲がにじんでおり、花は心配になってしまうが。そんな彼に何と声をかけていいかわからず、花はひとまず同調する。
「それはそうかもしれませんけど……」
大手企業の重役という孟徳の担う職責の重さを想像してみても、まだ学生の自分にはよくわからない。たびたびメディアにも登場する財界の著名人というのは、きっとすごく大変なのだろうと察せはしても。
だから自分ができるのは、職業人としての孟徳ではなく個人としての彼を、心配して気遣うことくらいだ。自分でも気づかないうちに、花は孟徳の裸の胸に抱きついて彼を抱きしめようとしていた。少しでもこの想いが伝わるように。
そんな花に孟徳は唇の端を緩めて微笑みを返すと。
「それに、今は私的な関係で隠れなきゃいけないけど、結婚すれば公的な関係として堂々と一緒にいられるし、そういう意味でも早く結婚したいよね……」
「……」
しかし、改めて彼にそう口にされてしまうと。花は自分の幼さが嫌になってしまう。つくづく自分は彼のお荷物でしかないのを認めなきゃいけないようで。せめて歳がもう少し近ければと、花は詮無いことを考えてしまうが。
「――あっ、ごめんごめん。ちゃんと待つよ。だからストレートで卒業してね。花ちゃん」
「……はい」
少し慌てた様子で謝る孟徳に花は苦く笑う。彼の気遣いが嬉しくも申し訳ない。けれど、年齢差などはどうしようもなく。結局、自分は。自分ができることを確実にやっていくしかないのだ。二人の未来を少しでも良いものにするために。
「ちゃんと勉強とか頑張りますから、もう少しだけ待っててください」
嘘が分かるという彼の特技を、恨めしく思うときもたまにある。だけど、嘘のない想いを、心からの愛を。彼にきちんと届けられると思えば、それもいいかなという気がした。例えば今このときのように。
「孟徳さんとずっと一緒にいられるように、ちゃんと頑張りますから」
「……うん、ありがとう」
好きだって言ってもらえるのも嬉しいけど。花にとっては、こうやって同じベッドで抱き合って眠っているときの方が幸せだった。孟徳が自分の隣で眠ってくれる、安らいでくれるのが一番嬉しい。
誰も信じないとうそぶく疑り深い彼に、心からの信頼を預けられているような気がするから。
***
「んっ……」
孟徳の瞼がぴくりと震え、続いて呟きとも呻きともつかない声が漏れる。孟徳はそのまま起き上がった。
乱れた髪を手櫛で直しながら、孟徳はベッドサイドの置時計を目をやりわずかに苦笑する。多忙な生活で早起きが癖になっていた。今はまだ明け方。
「……なんだか、久しぶりに深く眠れた気がするな」
自分の隣で眠る花を見おろしながら、孟徳は柔らかな笑みをこぼす。持病の頭痛も鳴りを潜めていて、珍しくすっきりとした朝だった。こうやって気分良く目覚められるのは、彼女と一夜をともに過ごしたときだけといっても良かった。
多忙な日々のせいか、あるいは深夜でも仕事用のスマホが鳴るからか。孟徳の眠りはいつも浅かった。とはいえそれでは身体がもたないので、特に長距離の移動中などは信頼できる部下を供につけて、仮眠をとることもあったが。
孟徳は自分の隣で穏やかに眠る、まだ幼さの残る少女の頬を優しく小突いた。
「……まだ寝てるのかな。起きないねぇ」
しかし、当たり前かと息を吐く。とはいえせっかく愛しい恋人といるのに、目が覚めているのは自分だけという状況は少し寂しくて。
「さすがに、今起こしちゃうのは可哀想か。……もうちょっと寝てていいよ」
目尻を下げて、そう囁いて。孟徳は花の頬にキスを落とした。
「さて、俺ももう少し寝とこうかな。せっかくの休みだし……。おやすみ、花ちゃん」
孟徳は再びベッドに入ると、改めて裸の花を抱きしめた。
「――やっぱり、俺がちゃんと眠れるのは君の隣だけみたい」
不意に孟徳の囁きに切実なものが混じる。
ただひとりの彼女を、ただひとつのこの幸せを失いたくない。けれど自分は純粋さを失くした大人だから。手に入れたら、あとは失うだけだと知っている。幸福はいつ壊れるともしれない儚いものだ。まるで泡沫の夢のように
ときおり孟徳は言い知れぬ不安に襲われる。
「こうやって、ずっと君を閉じ込めておければいいのにね。……俺の腕の中に」
その囁きはいまだ夢の中の花には届かない。
欲しがって射落とさせた小鳥を、いつか自分だけの鳥籠に。自分の中のきりのない不安や怖れに押しつぶされそうになるたびに、孟徳の胸の内を昏い願いがよぎってしまう。
真に愛しているのは、大空を自らの意志で自由に羽ばたく、彼女らしい姿だというのに。風切羽を切って閉じ込めて、かりそめでも構わないから安寧を得たいと、そう願ってしまうのだ。
***
幸せな時間が過ぎるのはあっという間だ。そうこうしているうちに、もう連休最終日。茜色の空が寂しさを煽る。名残惜しく離れがたい気持ちを抑えて、花は翌日の朝一番から会議があるという孟徳を送っていた。
孟徳本人は花と一緒にいたがったが、元譲から連絡がきていて、仕事に差し支えたらいけないからという理由で、なんとか彼を説き伏せて帰らせているところだった。花のマンションから少し離れたところで、元譲が運転する車が待っている。
夕方の住宅街は意外なほどひとけが少ない。花と別れて本邸に戻らなくてはならない孟徳は残念そうにしていたが、それでも彼は人目のなさをいいことに、花と手を繋いでのんびりと歩みを進めていた。
大手企業の重役で現在は週刊誌にもマークされている立場なのにも関わらず。孟徳は外でも花と甘い触れ合いをしたがった。手を繋ぐのもそうだし、お別れのキスもほぼ毎回。
ひとけが少ないといっても、誰に見られているかもわからない屋外での触れ合いは、花にとっては気恥ずかしく心理的な抵抗もあったが、今はもう慣れてしまった。
こちらを気遣って見ないふりをしてくれる元譲や、嫌悪をむき出しにしながらも視線を逸らしてくれる文若の気配を感じながら、孟徳のお別れのキスを受けるのも、もはや諦めと悟りの境地で乗り切っていた。
しかし。花は不意に誰かがこちらの様子を伺っていることに気がついた。路上駐車している車の陰に隠れて、こちらを覗いているような複数の人影。以前文若から受けた注意を花は思い出していた。
『――常務は先だって週刊文芸の記者にマークされておられる。お前も気をつけてやってくれ。どうもお前といると、常務は気を抜きすぎるようだからな』
花といるときの孟徳は、職業人としてのあるべき姿よりも自分個人の感情や幸福を優先すると決めているようで、花との触れ合いも隠さなかった。
もし、あの不審な影が本当に週刊誌の記者だったら。今ここで孟徳に普段通りの恋人らしい振る舞いをさせるわけにはいかない。にわかに花に緊張が走る。
(どうしよう……。まさか本当にこんなことになるなんて)
張り込みに気がついたのはつい先刻。花のマンションから二人一緒に出てきたところを見られていたかはわからない。
自分の迂闊さを悔やむ花だが、過ぎた過去はどうしようもなく、花は今と未来をなんとかするために、懸命に気持ちを切り替えた。こんなことは初めてで恐れもあったが、必死で自分を奮い立たせる。
孟徳をマークしているという週刊誌の記者。社会圧を跳ねのけてスクープを連発してくるナンバーワン週刊誌の存在は、花ですら知っている。
(……でも、なんで直撃取材とかしてこないんだろう)
おそらくは、しばらく前からこちらを見張っている様子の人影。しかしそれは未だ動こうとはしない。まるで何かの機会を待っているかのようだ。
孟徳の年齢や立場を思えばこんな時間にこんなところで、女子学生と二人で手を繋いで歩いているだけでも不自然だから、十分スキャンダルになりそうなのに。
(……もしかして、泳がされてる?)
言い逃れができないほどの甘い触れ合いをしている、決定的な場面を撮るために。ようやく花はそのことに思い至った。ゴシップ好きな友人に教わったことがある。
『週刊誌の記者は二人が別れる瞬間を狙うんだって! なんでだと思う? そうだよお別れのキス! 別れ際にチューしてるとこ撮るんだって!』
お別れのキスは、自分たちもよくしていた。
(……決定的な場面を撮られたら孟徳さんの迷惑になる)
それにこんなことで自分の写真が週刊誌に載れば、両親や弟にだって迷惑をかけるはずだ。
花は意を決して口を開いた。たとえ孟徳を傷つけることになっても彼を守りたい。そして自分のまわりの大切な人たちも。
「……あっ、あの、孟徳さん」
「ん、なあに? 花ちゃん」
まだ、張り込みに気づいていないのか。孟徳は穏やかで優しげな笑みを返してくる。
彼の無邪気な笑顔に花は罪悪感を覚える。本当は自分だって彼と甘い触れ合いをしたい。孟徳はすごく忙しい人だから、こうやって二人でいられる時間もすごく貴重で、だから本当は……。
(……でも、今は我慢しないと)
そして孟徳にもそれを伝えないといけない。
(……だけど、こっちが張り込みに気づいてることを、記者の人たちに悟られるのは良くないよね)
もしこちらが不審な動きを見せたら。特ダネに逃げられる、スクープを逃すことを恐れて、
週刊誌の記者たちはなりふり構わず追いかけてくるかもしれない。
直撃取材でもされたら困ったことになる。週刊誌とはいえ裏取りくらいするだろう。親戚や知人といった適当な嘘で誤魔化せるとも思えなかった。
(やっぱり、向こうに気づかれないようにして、孟徳さんに知らせないといけないんだ……)
再び緊張が高まり、花の手に嫌な汗がにじむ。しかし。
「……どうしたの、そんなに俺と離れがたい?」
孟徳の声と瞳に甘さが増して、手をぎゅっと握りこまれる。孟徳の左手に力がこもり、花の右手の指に孟徳の指が自然に絡む。
普通の手つなぎから、恋人繋ぎにされてしまった。孟徳はさきほどから深刻な顔で黙り込んでいる花を、自分と離れがたくて落ち込んでいると解釈したらしい。
『――せめて、都合よく解釈してもいい……?』
不意に花の耳の奥に声が響く。甘く穏やかだけど、緊張感を孕んだ固い声。……ああ。あの頃と同じだ。結局今も自分たちは、しがらみから逃れられなくて。ささやかな愛を貫くことすらこんなにも難しい。
孟徳は相変わらず自分と恋人繋ぎをしたまま、その手を放そうともしてくれない。
孟徳に繋がれた手を、しかし花は握り返さない。このままじゃダメだから、早く何とかしなきゃいけないんだけど。
(……不自然な行動をとったら相手に気づかれちゃう。どうにかして孟徳さんだけに知らせる方法はないかな)
しかし、先ほどから様子がおかしく、繋いだ手を握り返してこない花に、ようやく孟徳は何かあると気がついたようだ。
「花ちゃん……」
孟徳の声のトーンが変わった。警戒と緊張のにじんだ声。つないでいた手をさりげなく離す孟徳に、花は安堵する。
「……もしかして、何かあったのかな?」
幸いにも、彼の方から話を振ってくれた。孟徳はジャケットのポケットからメガネを取り出して装着する。変装用のセルフレーム。気休めだけど目元の印象を変えれるからと、人目を避けたいときに孟徳がつけているものだった。
「あ、の……。私……!」
孟徳は無言だ。黙って花の出方を待つ。
過ぎ去った時間と、現在が交錯する。あのときと同じように、今回も。自分は愛する彼を守り抜いてみせる。そう決心して、花は勇気を振り絞って口を開いた。
こちらをマークしている週刊誌の記者たちにわからなくて、孟徳にだけはわかること。それは……。
「……べ、別に何もないですよ。お迎えの車まではまだ歩きそうなんですけど、せっかくなのでゆっくり行きませんか」
「……君は、まだゆっくりしたいの?」
孟徳の台詞、まるで花の真意を探るかのような。花は笑顔を作って孟徳を見上げた。
「ゆっくり行きたいです」
孟徳の目を見つめて、花はそう口にする。決して目は逸らさない。
「ここなら街中と違って人目もなくて気も遣いませんし」
そこまで流れるように口にして、花は一旦言葉を切る。次が最後だ。彼に一番大切なことを伝える。
「親戚同士、水入らずで過ごせます」
「……そう」
わずかに傷ついたような寂しげな顔をして、孟徳は瞳を伏せる。自分が誰かに見張られていることを確信したようだった。そして水入らずの時間は過ごせないことも。
「……そうだね。俺もせっかく久しぶりに、かわいい姪っ子の君に会えたんだし」
「っ、はい……!」
孟徳の『姪』という発言に花は安堵する。彼が自分の嘘に乗ってくれた。
(よかった、もう孟徳さんは何かあるって気づいてくれた)
これできっと彼は元譲の待つ車に辿り着くまで、親戚同士の演技をしてくれるはずだ。
元譲の車はすぐ近くにいる。あとはそこまで孟徳と二人で歩いていくだけだ。それから花はずっと孟徳と久しぶりに会った叔父と姪の演技を続けて、何事もなく迎えの車まで彼を送り届けたのだった。
***
走り出した車の中を満たしているのは、殺気にも似た緊張感だった。
「――孟徳、孟徳!」
「……なんだ、元譲」
「さっきから何なんだお前は、不機嫌もいい加減にしろ」
「…………」
元譲に叱られても孟徳は無言だ。後部座席で足を組んだまま、怒っているような拗ねているような不機嫌なオーラを放っている。
「だいたい、今までのお前の振る舞いが奔放すぎたんだ。誰に見られているかもわからない道端や駐車場に停めた車の中で女とベタベタしたり……。いい機会だからそういう振る舞いは今後は差し控えろ」
「…………」
元譲のお小言の内容はあまりにも真っ当だ。しかし、孟徳は未だ無言を貫いている。
「タレントや代議士だって、それで醜聞が露見した奴は大勢いるんだ。いかがわしいことがしたいならせめて屋内でやれ。あいつと二人で同じ建物に入るところを撮られても面倒だから、ちゃんと別々に入って――」
「……元譲。俺は俳優でもなければ政治家でもない。ただの企業勤めのサラリーマンでまごうことなき一般人だ。彼女のことだって醜聞じゃない。互いの両親も公認のいたって真剣で誠実な男女交際だ。俺は独身で彼女も二十歳を過ぎている。何もやましいことはない。勘違いするなよ」
元譲を威圧するかのように睨みつけながら、孟徳は抗議とも弁明ともつかない言葉を口にする。
「……まさかお前の口からそんな台詞が聞けるとはな」
孟徳の白々しい発言に元譲は呆れる。ただのサラリーマンで一般人というのも、やましいことのない男女交際というのも、元譲に言わせれば嘘をつくなという話である。
とはいえ孟徳の言い分や気持ちも理解できた。彼が一般企業勤めの私人なのも本当だし、相手の彼女も一応は成人している。二十歳の女子大生だが、手を出しただけで罪になる未成年者ではないのだ。
孟徳本人もいまだ独身で、花にも「君の一生分の面倒を見たい」とプロポーズをすませていて、お互いの両親も公認の、やましいことのない交際ではあるけれど。
「だが、今のお前の状況を考えれば、あいつとの付き合いは隠すしかないんだ。いい加減立場をわきまえてくれ」
「ああ、わかってる。隠れることに納得はしていないが、必要性は理解できている ……ん?」
不意に、孟徳のスマホが震えた。社用ではなく私用のものだ。先ほどのこともあり孟徳はすぐにスマホを確認する。すると。
「――……元譲、喜べ、花ちゃんからのメッセージだ」
「……?」
「さっきのアレは記者じゃなくて彼女の学友だったらしいぞ!」
あっという間に機嫌を直し、あまつさえ高笑いをし始める孟徳に、元譲は安堵するものの複雑そうな顔をする。上司の機嫌が直って嬉しいような、そうでないような。
「恋人かと思って覗いて申し訳なかったと謝罪されたそうだ。恋人ではなく親戚というのが癪だが、これでやっと彼女の隣を堂々と歩けるな!」
「わかった、わかったから……。明日の朝の会議は頼むからすっぽかしてくれるなよ。お前がいないと話が進まんのだ……」
元譲は先ほどの件が週刊誌の記者でなかったことに安堵しつつも、これで孟徳の自由な振る舞いが直りそうにないことに落胆する。
「よしっ、今から花ちゃんに電話でもするか。元譲! お前は今から空気になれよ!」
得意の腹芸で元譲に圧をかけてから、上機嫌な孟徳は花に電話をかけ始めた。今この場なら誰にも邪魔されない。気心の知れた相手が運転する車移動中に花に連絡を取るのが、多忙な孟徳のささやかな楽しみだった。今このタイミングなら彼女ともすぐにつながるはず。
「――あっ花ちゃん!? 俺だけどライン見たよありがとう~」
先ほどとは別人のような、能天気な明るい声。きっと今の孟徳は笑顔全開のはずだ。弾むような楽しげな雰囲気が運転席まで伝わってくる。
さきほどから孟徳は「俺は気にしてないからこの状況を楽しもう!」だの「秘密の恋って燃えるよね~」だの、文若が耳にしたら卒倒しそうな発言を連発している。
軽口をたたき困難を楽しむ余裕は孟徳らしいが、元譲にとってはやはりまだ心配で。
(やれやれ……。しかしまさか、あいつと別れろとも言えんしな)
ハンドルを握ったまま元譲は密かに苦笑する。そんなことを口にすれば、今の孟徳なら本当に職を辞してしまいそうだ。
花と出逢って、孟徳は変わった。今の彼なら仕事と恋人を天秤にかけたなら、きっと恋人を選ぶだろう。
孟徳にとっては、花の存在そのものが心の拠り所だった。花と接しているときだけは、孟徳はまだ何にも縛られていなかった頃のような屈託のない笑顔を見せていて、それは元譲も気づいていた。
周囲に求められ、人らしい心を亡くしながら走り続けてきたかつての彼は、もういない。花の隣で無邪気に笑う孟徳を見ていると、元譲もまた不思議と穏やかな気持ちになれるのだ。
相変わらず自分たちの先行きは、不穏な上に前途多難だけど。
(こんな時間が、ずっと続けばいいんだがな……)
願わくばこの優しい時間が、ずっと続いてくれますように。心の内で、元譲は手のかかる従兄弟とその周囲の人々の幸福を願った。それはなんの嘘も偽りもない、心からの願いだった。
End
あとがき 約2000文字
お疲れ様です。
作者の初の恋戦記で初の孟花でした。いかがでしたでしょうか。
自分が歴史ものを書けないせいで現パロという形になりました。
学園恋戦記の設定をお借りしてもよかったんですが
エリートサラリーマンな孟徳さんと学生の花ちゃんが書きたかったのでこうなりました。
なおコンプラ等を考慮して今作の花ちゃんはハタチの女子大生にしています
JKのままだと孟徳さん社会的に死にますので……笑
しかしエリサーおじさま×美人JDって背徳の香りがしますね
有名企業の重役がJDとパパ活!?
みたいな文芸砲されないように頑張って二人とも!(笑)
話を戻します。
作者が歴史ものを書けないため今作は現パロなんですが
それでもやっぱり原作ゲームの漢の丞相・曹孟徳(ver恋戦記)
つまり女好きで軍略家で政治家でエリートでセレブなチャラ男で
花ちゃんの前では明るいけど男には厳しい彼を
可能な限り再現したいと願った結果、本作はこのような形になりました。
つまり↓というわけですね……
◇孟徳・文若パート
仕事中のちょっとピリピリしてる孟徳さん
◇孟徳・花パート1
花ちゃんにデレる孟徳さん(黒歴史の言い訳したり)
◇孟徳・花パート2
週刊誌記者(仮)と駆け引きする孟花のふたり
◇孟徳・元譲パート
仕事の話をしてるけど危機もないので明るい孟徳さん
気安い同性にのろける孟徳さん
孟徳さんは相手や状況によって見せる貌やとる態度がだいぶ変わりますが
短い話の中で色々と書けてよかったと思います
玄徳さん相手に見せる悪役顔みたいなのは書けませんでしたが、
それはまた別の機会があれば……という感じです
余談ですが文若さんや元譲さんも好きなので出せてよかったです
あと、役員付きの美人秘書は歌妓さんです
プロ彼女プロ奥さん感漂う出来る人なんだろうと思います
あと、これは自己満足なのですが、
週刊誌記者(仮)との駆け引きシーンも書けてよかったです。
このシーンは原作ゲームの例の場面のオマージュです。
恋愛要素とは違いますが、この場面も孟徳ルートを象徴する、
ふたりの絆を感じる、とても大切なものだと思うので、
自作でこれをやれて満足しています
ラブシーンの話をしますね。
ベッドであの行為になだれこむ直前に、
花ちゃんに香水をつけてあげる孟徳さんの場面もそうなんですが
半裸の孟徳さんのピアスを花ちゃんが外してあげるシーンも書いていて楽しかったです
手先が不器用で甘えん坊(甘え上手)な孟徳さんなので
「君が外してよ」「君がつけてよ」って
なにかと花ちゃんに甘えていたらいいなと思います。
恋人にアクセサリーをつけてあげたり外してあげたり
するのってセクシーでいいですよね。
孟花の二人は原作ゲームや漫画でもこういう場面がありましたね
漫画だとネックレスをつけてあげたり……
あと花ちゃんに他の女性についての言い訳をする孟徳さんも
書いていて楽しかったです。やっぱり彼はこうでないと!笑
そして不器用な彼に代わって否認具をつけてあげる場面と
恥じらう花ちゃんの嘘を見抜いて
「嘘ばっかり、本当はしてほしいくせに」
「いいよ。ベッドでの嘘は許してあ・げ・る」CV森〇智〇
とか言って追い詰める孟徳さんの場面も書いていて面白かったです
他ジャンルの某女性キャラの「秘密は女を女にする」じゃないですが
ベッドでの嘘や駆け引きは恋の華のようなもんだと思うので
せっかく嘘が分かる特殊能力をお持ちの自称・粋人の孟徳さん
におかれましては、存分にその能力を発揮していただきたいです笑
ただ個人的には彼はむしろ本命童貞感がありますよね、なんというか……
本作は比較的短いお話なのですが
他にも原作ゲームやコミカライズに出てきた台詞やエピソードを盛り込んでいます。
原作そのままの台詞を入れたところもあれば
原作の台詞を大幅に変更して入れたところもあります
頑張って盛り込んだので、ぜひ見つけて頂けたら嬉しいです
あと地の文でゲームの孟徳ルートの名場面ダイジェストもやっています笑
花ちゃんを射落とすところから始まって
バッドエンド三種類(妾、鳥籠、泡沫)も盛り込んでいますので
こちらも見つけて頂けたら嬉しいです。
途中から原作の名場面や名台詞を
いかに小説本文中に盛り込むかに命を懸けていました笑。
完全に命のかけどころを間違えていますね!笑
それでは、今回もこんなところまでお読みくださり、ありがとうございました
恋戦記にわかですが、少しでも孟徳さんを孟徳さんらしく書けていたら嬉しいです。
◇腰のキスは束縛、支配欲
「独占欲の強い彼を不安にさせると束縛が厳しくなる」そうで
孟徳さんにぴったりだと思いました。
◇孟徳さんのお土産の香水のなんとなくのモデル
ジルスチュアート・フローラノーティス:スイートオスマンサス
オスマンサスは金木犀の学名なんだそうです。
金木犀の香水を探すときは金木犀より
オスマンサスで検索した方が多く情報が出てくるようです。
◇作業中BGM
平〇堅:ストリベリー〇ックス
能天気でハッピーな曲です。考えこみがちな頭の中を、
強制的に空っぽにするのによく聞いていました。
お陰で原稿が捗りました。ありがとうございました。