スウィートオスマンサス(R18)
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恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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漆黒の空に美しい星々が瞬いている、ある夏の夜。都市高速を黒塗りの高級車が流れるように走っていた。運転席でハンドルを握るのは荀文若。そして後部座席でゆったりと足を組んで座っていたのは、彼の上司でもある曹孟徳だ。
この国で暮らす大人で知らない者はいない大手企業の重役でありながらも、腹心の部下の前では自由闊達な孟徳は、まるで鼻歌でも歌いだしそうな機嫌の良さだった。
「いや~金曜のうちに帰国できてよかったよ。接待を断って頑張って仕事を片づけた甲斐があった」
スマホの画面をスワイプしながら、孟徳は今回の数週間に渡る海外出張を振り返る。孟徳が日本に戻ってきたのはつい先ほどだった。夜の便でなんとか日本が金曜のうちに辿り着いた。文若はそんな彼を空港まで迎えに行き、今はその帰り道。
「……おっ、早速花ちゃんから返信だ。『わかりました。お待ちしてます』だってさ~。文若。わかってると思うが、行き先は彼女のマンションだからな」
「――常務」
「トランクのキャリーバッグは俺を降ろした後で本邸にでも運んでおいてくれ。ああそうだ、連休中は仕事の取次はしてくれるなよ。俺は花ちゃんと楽しく過ごすのに忙し……」
「――……常務!」
「……ああ、さっきからうるさいな。なんだ、何か文句でもあるのか?」
「言いたいことならば山ほどございますが、あえてひとつだけ申し上げます。くれぐれも週刊誌の記者にはお気をつけください」
「週刊誌の記者? まだそんなのがいるのか」
「ええ。常務の本邸付近と本社のエントランス周辺で、不審な車両を見たとの報告が上がっております。ナンバーも控えておりますが、おそらくは週刊文芸でしょう」
「いい加減しつこい奴らだな。あの買収ならもう三か月も前に片付いたっていうのに」
「先方の例の件のせいもあるのかと。目に余るようならなんとかさせましょう。……力技になりますが」
生真面目な部下からの小言と報連相に孟徳は不意に頭痛を覚える。琥珀色の瞳を伏せるとこめかみに手をやった。
文若の口にした例の件というのは。それは孟徳自身も深く関わった数か月前の大型買収の際に、先方の利害関係者のうちひとりが自殺を図り、今もなお意識不明の重体となっている問題だった。
孟徳たちが今更、赤の他人の生死をどうこう思うはずもないが、ナンバーワン週刊誌は国を代表する大企業の醜聞を嗅ぎまわっている。企業イメージを守る必要も一応はあり、彼らに騒がれるのは煩わしかった。
メジャーなマスコミには政治家を使って圧力をかけ、表立った報道はさせなかったものの、フリーランスの記者も抱える週刊誌までは抑え込めなかったらしい。孟徳の瞳に酷薄な光が宿る。
「……たかだか人ひとりの命程度で面倒なことこのうえないな。あそこの版元は文英春台か。これ以上続くようなら広告宣伝費を引き上げるとでも伝えておけ」
「かしこまりました」
文若は眉ひとつ動かさず、ハンドルを握ったまま、ただ前だけを見据えている。孟徳の返答を予め予期していたようだ。
孟徳たちを乗せた車は、夜の高速道路を滑るように走り抜けていく。道路わきの連続照明に明かりの点った高層ビル群が、次々と後方に流れ去ってゆく。
車窓から見える都会の夜景。見ようによっては美しいのかもしれないが、今の孟徳にとっては景色など些末なことだった。
そんなことよりも早く彼女――花に逢いたい。仕事の兼ね合いで本邸も別宅も抱えている身ではあるけど、自分にとっては彼女の隣だけが真の意味での帰る場所だから。
孟徳は心の内で愛しい姿を反芻する。
『――おかえりなさい、孟徳さん』
いつも優しく迎えてくれる。そう、あの笑顔のためだけに。今夜も疲れをおして、わざわざ国際空港から彼女のもとに直行している。
早く彼女の柔らかな素肌に溺れて、この数週間のストレスを浄化されたい。うんざりするようなしがらみにまみれた仕事のことなんて早く忘れて。
しかし、思いがけず孟徳の仕事用のスマホが震える。画面には夏候元譲と表示されていた。今は金曜の二十時過ぎ。こんな時間に元譲から仕事用スマホに電話だなんて、どうせろくでもないことに決まっている。孟徳は再度こめかみに手をやり、盛大なため息をつく。
「はぁ……」
スマホの振動音はもちろん運転手の耳にまで届いている。何もしようとしない孟徳を見かねたのか、ややあってバックミラー越しに文若からちらりと視線が送られる。
「……常務。お出にならないのですか」
「…………」
孟徳は無言だ。よほど仕事用のスマホが震えているのを認めたくないらしい。文若は小さく息を吐くと。再び彼を促した。ただ一人の愛しい女性の前ではことさらに、甘く優しいだけの男でいたがる自らの上司を。
「……もうすぐ下道に入ります。目的地までもう間もなくです。早めのご対応がよろしいかと」
「ああ、せっかくの連休前の金曜の夜だというのに。なんだって俺の社用スマホは今も元気に震えているんだろうなぁ……」
文若に再度ミラー越しに睨まれて、ようやく孟徳はスマホの画面に触れた。
「――俺だ。どうした、元譲」
『孟徳、こんな時間にすまん! 実はだな……』
先ほどまではあれほど嫌がっていたのに。元譲からの電話に対応する孟徳はいたって真面目だ。瞳から感情の光を消し、淡々とした様子で役員としての職責を全うしている。
文若は口の端をわずかに上げるとハンドルを切った。ETCレーンを通過し一般道に降りる。いつもの週末の夜。多少のアクシデントはありつつも、これが彼らの日常だった。
***
「花ちゃん~! たっだいま~! 二週間ぶりだね! 会いたかったよ~!」
マンションの玄関ドアを開け、部屋の中に招き入れるやいなやの熱い抱擁。しかしこれも想定内のことだ。花は苦笑しつつも受け入れる。
「おかえりなさい、孟徳さん。……あの、少し痛いです」
「ああ、ごめんごめん。君に会えて嬉しくってさ。つい、ね」
甘く垂れた瞳をさらに垂れさせて、孟徳は微笑む。花といるときの彼はすこぶる上機嫌だ。仕事中は決して見せない子供のような笑顔で、声のトーンや喋り方までがらりと変わる。そう、彼女の前では甘く優しいだけの男でいたいから。
しかし、久しぶりに逢った花は浮かない様子で、孟徳は心配そうに眉を下げる。
「……君は? 久し振りに俺に会えて嬉しくないの?」
「嬉しいですよ? でも今は孟徳さん、週刊誌の記者に見張られてるって文若さんが……」
「え?」
「だから、私のところなんかに来ていいのかなって心配で……」
彼女には珍しい鬱々とした雰囲気。本心から孟徳を心配しているのだろう、花は随分と不安そうな様子だ。孟徳が誰かから責められることを嫌がる花は、いつも過剰なほどに彼の身辺を気遣ってくれる。
しかし、二人きりの楽しい時間に水をさされたくなかった孟徳は、焦った様子で言い訳をした。
「いや、別に大したことじゃないって……。文若の奴はいちいち大げさなんだよな。週刊誌はこの前の大型買収の件だろうし、あれは問題なく終わってるから、君が不安になることはないよ。ごめんね? 変な心配かけて」
しかし、この言い訳は。嘘はついていないが正確でもなかった。花にはやはり聞かせたくなくて、孟徳は自殺者の件は隠していたのだ。ここしばらくの間、週刊誌にマークされているのも主にそのせいだったが、花には別の理由を伝えてある。
「今日も空港から君の家まで車で直接来たし、誰にもつけられてなかったから、大丈夫」
人差し指を口元にやるお得意のポーズにウインク。もし文若がこの場にいれば、孟徳の白々しい振る舞いに眉間の皺を深くしただろうが。ここには花と孟徳の二人しかいないため、誰も突っ込まない。
孟徳の不自然なほどの明るさに、逆に不安を増したのか花は改めて孟徳を見上げてくる。
「……本当ですか?」
「本当だよ。君に嘘はつかないって約束してるのに、花ちゃんは心配性だなあ」
「そうでしょうか……」
「第一、俺はタレントでもない一般人だし。胸に名刺つけて歩いてるわけじゃないから大丈夫」
「一般人、ですか……? 孟徳さんが……?」
日本では知らない人のいない大手企業の役員を務めるエリート。経済系のメディアに名前が出るのも頻繁な財界の若き著名人が、ただの一般人とは思えずに、花は首を傾げるが。
「……でも、女子アナの人が社長さんと結婚するときも一般男性って言うし」
そういうことなのかな、と。しばし考えこんだ後、思いついたようにつぶやいた花だが、それはあいにく孟徳の耳まで届いていた。
「花ちゃん、聞こえてるんだけど……」
さすがに聞き捨てならなかったのか。孟徳はもの言いたげな様子で花を見つめる。
「っ! す、すみません……」
孟徳のただならぬ雰囲気に、花はびくりと肩を跳ねさせた。やっぱり、失言だったのだろうか。申し訳なさそうに縮こまる花に、孟徳は大げさにため息をつくと。
「何度も言ってるけど、俺は君以外の女性と結婚する予定はないし、たいして仕事もせず夜の街で遊びまわってる連中なんかとは、一緒にされたくないんだけど」
もっともらしい孟徳の抗議に、しかし花は不審に思う。
「……でも、以前文若さんにお聞きしましたよ。孟徳さんの大学時代の話」
「え?」
「堂々とお酒が飲めるようになってからは繁華街に入り浸りで、授業も出ずに色んな女の子と……」
「ちょっ……! 花ちゃんっ……!?」
らしくもなく、孟徳はあからさまに狼狽える。彼がこんな無防備な姿を晒すのも花の前だけなのだが、あいにく当の花だけはそれに気づいていない。
『くそっ文若……! あとで覚えてろよ……!』
孟徳が心中でそう歯噛みしたかは定かではないが。
ちなみに孟徳と文若は大学の先輩後輩で、ゆえに孟徳の学生時代の黒歴史の出所はだいたい彼だ。隙あらばサボろうとする孟徳に真面目に仕事をさせたいのか、文若はなにかにつけてあることないこと花に吹き込んでいる。とはいえその九割は正しいのだが。
「……あのね、花ちゃん」
しかし、孟徳はめげなかった。目の閉じた辛気臭い部下に妨害されようとも、たとえ自業自得の不始末であろうとも、愛しい恋人に嫌われたくない。
彼女に『嫌い』なんて言われた日には、自分は正気を保てる自信がないのだ。こう見えて繊細な男心。大人げなく拗ねて未練がましく八つ当たりをする末路しか見えなかった。当たる相手は元譲だとしても。
孟徳はいっそ白々しいほどに誠実を装って取り繕う。
「何度も言ってるだろ? そんなのただの若気の至りだよ。確かに過去は消せないけど、今と未来は全部君のものだって言って……」
しかし、花は妙に不満げな顔で。
「この前のインペリアルホテルのレセプションパーティーで美女を連れてたって、ネットニュースに出てましたけど……」
妙に事情通な彼女に孟徳の笑みがひきつる。
「……君もなかなかに辛辣だよね。今のはわかってて言ってるでしょ。彼女は役員付きの秘書だよ。彼女の世話になっているのは俺だけじゃない。大臣も出席する公的なパーティーに、まだ学生の君を連れては行けないからね。俺はよくても、さすがに周囲が許さない」
とはいえ、その反論の内容はいたって真っ当だった。孟徳は淡々と続ける。
「君だってそんなところに連れていかれても困るはずだ」
「……はい、すみません」
「まあでも、もう何年か経って君がもっと大人になったら、俺の奥さんとしてパーティーに同伴して欲しいと思ってるけどね」
「……うっ」
「だから、ちゃんと勉強頑張ってね」
「は、はい……」
ちょっとした妬心といたずら心で藪をつついてみたら、すごいお返しをされてしまった気がする。鉄壁の笑顔の孟徳に、花は心の内で後悔するが。それはさておき。
「政治家の人も来るパーティーって何をするのかな……」
孟徳とは違って真の意味での一般人の花には、想像もつかない世界だ。花の前ではふざけていてもこの国の経済を担う人。やっぱりすごい人なんだな。花は孟徳への尊敬の念を新たにするが。しかし、そんな彼は疲労のにじんだため息をつくと。
「……そんなことより。せっかく久しぶりに逢えたんだから、もっと楽しい話をしよう。免税店でお土産買ってきたんだ。君に似合いそうな香水」
孟徳はおもむろに部屋の片隅に置いていたカバンの方に向かうと、何かを取り出して戻ってきた。ブランドロゴが箔押しされた白い小さな紙袋だ。花も知ってるハイブランド。孟徳は無雑作に開封すると中身を花に差し出した。
「――はい、どうぞ」
免税店でよくある小さな香水セットだ。きれいなデザインボックスに、香水が四本ほどセットされているお決まりのお土産。
「そんな、申し訳ないです」
「遠慮しないでよ。俺があげたくて買ってきたんだから受け取って」
固辞しようとする花に、絶妙な強引さで孟徳はお土産を押しつけてしまう。花は戸惑いながらも、横長のボックスと孟徳を交互に見つめるが、何も言えないまま。しかし、不意に孟徳は何かを思い出したように口を開いた。
「……あ、あとそうだ」
「なんですか?」
「シャワー借りてもいい? あと着替えも貸してほしいな。ずっとシャツにネクタイも肩がこるんだよね」
柔らかく苦笑して、孟徳は軽く肩を回すふりをする。
「あっはい、どうぞ」
少し焦った様子で花は了承した。そういえば、孟徳はここにきてからずっとそんな姿だった。スーツの上着だけは脱いでハンガーに掛けていたけど。
明るく振る舞って少しもそんな様子は見せていないとはいえ、孟徳だって海外出張の帰りで疲れているはずで。
「……気が利かなくてすみません。お風呂の支度くらいしておけば良かったですね」
「そんなこと気にしなくていいよ。俺、大体シャワー派だし」
悄然とする花を孟徳は逆に気遣う。彼はいつだって優しい。こういうところもスマートで『やっぱり大人なんだな』と花は改めて感じてしまう。
「それじゃあ、ちょっとだけ待っててね。お姫様」
ご機嫌な笑みを浮かべて、孟徳はネクタイの結び目に指を引っ掛けてするりと外した。
実は手先がすごく不器用な人だけど、長年の社会人生活の賜物かさすがにそれくらいは自分でできる。ありがちなシチュエーションだけど、その仕草はやっぱり格好良くて、花は孟徳がワイシャツを脱ぐ姿を、ついじっと見つめてしまう。
瞳を伏せて手首のボタンを外す仕草も色っぽい。背が高いのに細くて、仕立てのいいシャツも似合っているから、まるで俳優さんみたいだ。
本人は細身なのを気にしているようだけど。手首だって締まっていて、首筋から鎖骨にかけての流れはまるで彫刻のようだ。服の上からでもわかるほどのすっきりとした腰は羨ましいくらいで。けれど、ずっと見つめていたらやはり気づかれてしまった。
「……なぁに? 俺に何か用?」
孟徳の口の端に楽しげな笑みが浮かび、甘く垂れた瞳が誘うように細められる。まるで花の心の内全てを見透かすような余裕の笑みだ。さすがに今の彼に自分から絡みに行くのは下策でしかない。
「な、なんでもないです」
花は瞳を泳がせるが、孟徳は花の恥じらいの嘘くらい容易く見通す。
「なんでもない、ねぇ……。ま、そういうことにしといてあ・げ・る、よ。脱いだ服は洗濯機でいいんだっけ?」
「あ、はい。それで……。明日洗いますので」
「ありがと」
脱いだワイシャツを片手に、孟徳は脱衣場に向かう。彼の裸の背を見送りながら、花は心の内で頭を抱えそうになった。
***
やましいことなんて何もないはずなのに。常夜灯だけが点いている二人きりの寝室は、なんだかすごく背徳的だ。パジャマの下だけを履いた孟徳は、ベッドの上にちょこんと座る花のほぼ正面を陣取っている。
「――この香水、限定品なんだって。開けてみてよ。付けてほしいな、今ここで」
「……えっ、今ですか?」
「そう。俺の選んだ香りを纏っている君を、早く感じたいんだよね」
「っ……」
妙に意味深な言い回しをされて、ますます花は追い詰められてしまう。ただ香水をつけてみるだけのことが、なぜこんなことになってしまうんだろう。友人たちとドラッグストアのテスターで、わいわいと香りを試しているときは、こんな雰囲気になんてならないのに。
「つけれないなら、やってあげる。貸して」
「あっ」
躊躇う花を見かねたのか、孟徳は花の手からボックスを取ると、慣れた手つきで開封する。ミニボトルのうちひとつを選んで、孟徳は自分の左手首に吹きかけた。そのまま両手首をこすりあわせる。するとあたりにふわりと甘い香りが漂った。杏子のようなこれは。
「……金木犀の匂いがします」
「うん。いいでしょ」
「はい、素敵です」
「気に入ってもらえたんならよかった。……はい、おすそわけ」
孟徳は香水を吹きかけた手首を花の首筋にこすりつけた。自分の左手首を彼女の左の首筋へ。
「……っ、孟徳さん、くすぐったいです」
「ごめんごめん。でも、もうちょっと我慢して?」
甘い香りを花の首筋に移して。孟徳はさらに違う場所へも移そうとする。花の首筋を指先で撫でて香りを取ってから、今度は彼女の耳の後ろに優しく触れる。
「――っ!」
くすぐったさと恥ずかしさで、初心な反応をする花を見おろしながら。孟徳は意味ありげに微笑んだ。
「……香水は首筋や耳の裏につけるのがお勧めだよ。その方が香り立ちもいいし。あと、なるべく日の当たらない場所につけてね」
年の功というか、遊び慣れている大人の男の人だからか。こういうときの孟徳の手際のよさはやっぱりさすがで、花は悔しいことに見惚れてしまう。
こんなふうに、誰かに香りを移してもらうなんて初めてだった。孟徳のささいな仕草のひとつひとつが格好よくて。
こんな人がどうして自分を構ってくれるのかは、やっぱりよくわからないけど。孟徳が好きなのは本当だし、彼の気持ちもも信じているから。花は孟徳と一緒にいた。
孟徳はお土産の香水を再度自分の手首に吹きつけると。
「あとは腰や足首もいいんだって。こっちにもつけてあげようか?」
「えっ、そ、それは……」
妙にきわどい場所を指定されて花は戸惑ってしまう。
「……つけすぎになりますよ。そんなにいりません」
「大丈夫だよ。これどうせ香り立ちも控え目だし、つけてもすぐ匂い飛ぶから。ね?」
(これ、コロンなのかな……?)
花がそんな思考に気を取られている隙に。孟徳の手が花の腰あたりに添えられ、さりげなく花のトップスの中に入れられる。手の早さは相変わらずだ。
「も、孟徳さん……! そんなところ恥ずかしいです」
「いいじゃない。俺もちゃんとシャワー浴びたし、せっかく久しぶりに逢えたんだから、花ちゃんのこと堪能させてよ」
「っ、そんなこと……」
あからさまな欲望を向けられて、花は再び頬を染める。久し振りに花に逢えて浮かれているのか、今がおあつらえ向きのタイミングだからか。孟徳の押しの強さはいっそ戸惑いを覚えるほどだ。彼の瞳の奥に潜む危うい輝きに気がついて、花は我知らず息を呑む。
「花ちゃんかわいい…… 俺の選んだ香りがする」
香水瓶をさりげなく床に落として、孟徳はいよいよ本格的に花を可愛がり始める。彼女の返答も待たずに、花の首筋に顔を埋めた。囁きに潜む陶酔にいよいよ花は追い詰められて、反射的に彼を拒むように身じろぎしてしまう。
すると、不意に金木犀の香りが漂った。まるで何かを誘うような甘やかな匂い。
「ん、いいよ花ちゃん……。いい匂い」
「孟徳さん……。っ……!」
香りに気を取られているうちに。花の首の後ろに孟徳の手のひらが回されて。花はそのまま押し倒されてしまった。場数を踏んだ大人の男らしく、孟徳は花の恥じらいやためらいなどしっかりと見抜いていて、このまま強引に進めてもなんとかなると判断しているらしい。
「……っ」
もうここまでされてしまえば、今さら拒むのも不可能だ。花は仕方なく彼に身を任せようとするが、思いがけず花の視線は孟徳の左耳に吸い寄せられた。
(……綺麗だな、孟徳さんのピアス)
かつてつけていたような、長く揺れるものではないけど。常夜灯の中で鈍く光る艶消しのピアスはとても綺麗で、派手好みの彼によく似合っていた。
(半裸にピアスって、なんか色っぽい気がする……)
今の孟徳はシャワーを浴びたばかりで、ボトムスを履いているだけだった。上半身は裸で、洗いたての明るい髪はほんのりと湿っていて。花はついそんなことに気を取られてしまうが、すると拗ねたような声が降ってきた。
「……何、考えごとしてるの? こんなときに」
「す、すみません。孟徳さんのピアスが……」
「ん、気になる? ……じゃあ君が外して?」
意味ありげに薄く笑うと、孟徳は左耳を花に近づけてきた。
「……っ!」
ますます密着度が高まって、花は羞恥と緊張に息を呑む。孟徳の息遣いまでつぶさに感じとってしまえるほどの、あまりにも近い距離。
今からこの距離で、彼のピアスを外すのだ。きっかけをつくってしまったのは自分とはいえ、こんなことを頼まれるなんて思わなかった。花の心臓はまた壊れそうなほどに高鳴ってしまう。
孟徳は小さな宝石粒のようなスタッドピアスを二つしていた。ゴールドのものと緋色のものだ。恐る恐るといった様子で、花はまずゴールドの方を外そうとする。
左手でピアスの飾りの部分をつまむと、右手で耳朶の後ろのキャッチをつまんで回すように動かしていく。
(確か、高校入ってすぐ二つ開けたって言ってたっけ……)
彼が自分の前で見せる理知的で優しい大人の顔と、二連のピアスホールが若干つながらない。派手好みなのは知っているけど。
(でも、学生の頃は成績いいのに不真面目で、よく遊んでたみたいだし……。だからなのかな)
これ以上ないほどの近い距離で目にする、孟徳の耳朶や首筋のラインに見とれながらも。花はなんとかキャッチを外すと、そのままピアス本体を優しく引き抜いた。
ようやく一つ目を外し終えた。次は二つ目だ。花は外したばかりのゴールドのピアスを左手で握りこむと、今度は緋色のピアスの飾り部分をつまんだ。先ほどと同じく、右手でピアスキャッチを回すようにしながら外して、左手で本体をそっと引き抜く。
小さいものが二つだからもっと手間取るかと思っていたけど、なんとかスムーズにできた。年上の恋人のアクセサリーを外す。していたことは、ただそれだけのはずなのに。
(なんだか、すごく緊張したな)
彼の呼吸を感じるほどの近い距離で密着していたからだろうか。それとも男らしい首筋の色香にあてられたからだろうか。耳朶の意外なほどの柔らかさにも、ドキドキしてしまって。
「は、外せました……。どうぞ」
花は外したばかりのピアス二つを孟徳に差し出した。
「ん、ありがと」
軽く微笑んでそれを受け取ると、孟徳はおもむろに起き上がった。ピアスをサイドテーブルに置きに行ったようだ。
ようやく彼と距離ができて、花は心の内で安堵する。さきほどまでずっと、孟徳に覆いかぶさられて長い間密着していたから、緊張がすごかった。
(…………)
なぜかはわからないけど。こういうときの孟徳の命令に自分は逆らえない。言外の威圧感を感じてしまうというか。
花は軽く俯いて視線を手元に落とす。いまだに緊張で少し固くなっている自分の指先。他人のピアスを外すなんて、しかも半裸の彼氏のピアスをベッドで外すなんて、これまでしたことがなかったから、まだ妙にドキドキする。
(こういうのも腹芸っていうのかな、前に元譲さんがぼやいてた気がする)
「――花ちゃん、また考えごとしてる?」
しかし、いつのまにか戻ってきていた孟徳が、花の瞳をのぞきこんできた。
(い、いつ戻ってきたんですか……!)
考えごとはしてたけど、最中に他の男の人のことを考えていたなんて。自分こそ場数を踏んだ大人のくせに、意外なほど独占欲が強くて嫉妬深い彼に言えるわけがない。花はつい否定しようとするが。
「っ、ちが…… わ、ないです。すみません……」
嘘を見抜けるという反則技のような特技を持つ彼に、そんなことをしても仕方がないと思い直して、花は素直に謝った。しかし、よほど気になったのか。孟徳はわざわざ尋ねてきた。
「……何、考えてたの?」
さりげない風を装いながらも、その問いかけににじむわずかな不安。琥珀の瞳の奥には揺らぎがあった。彼のそれはさながら劇薬だ。取り扱いには要注意。けれどそれも深すぎる愛の証だと思えば呑み込むしかない。
くだらないことに気を取られていただけなのに、彼を心配させてしまったのが申し訳なく。けれど本当のことも言えず、花は苦し紛れに笑顔を作った。そして。
「……ひ、秘密です」
二十歳を過ぎたとはいえまだまだ子供な自分は、こういうときの上手い誤魔化し方なんて思いつかない。しかし、孟徳はふっと口元をゆるめると瞳を細めて微笑んだ。
「……ずいぶんかわいいお返事だね。まぁいいよ、今日は許してあげる。次は君の番でもあるし」
「え?」
「はい、お姫様」
おもむろに、孟徳は花に小さな何かを差し出した。反射的に花はそれを受け取ってしまう。しかし。
「っ、えっ……。これっ……!」
渡されたものを目にして花は絶句する。正方形の個包装。ラテックス製のあれだ。これはつまり。
「もう少し我慢しようと思ってたんだけどさ、いや?」
なんでもないことのように孟徳にさらりと尋ねられて、花は羞恥と動揺に瞳を泳がせる。久しぶりに逢えた大好きな彼氏と……だから、別に嫌じゃないけど。こんなものをいきなり渡されても、自分は困ってしまうのだ。
「――今日は、君がつけてほしいな」
頬を染めて固まっている花に、孟徳は追い打ちをかけてくる。からかうような明るい笑みを浮かべながらも、有無を言わせない絶妙な威圧感を放ってくる。
「えっと、あのっ……」
どうしたらいいんだろう。これはもしかしなくても、よそ見をしていた罰なのだろうか。困り切った様子で花が固まっていると。
「――……あはは、冗談だよ。ちょっと意地悪したくなっただけ。つけるときは自分でするから安心して」
存分に間を置いてから、ようやく。孟徳は花から個包装を取り上げてウインクをした。そのまま、正方形の包みを口元にやって甘い甘い流し目を送ってくる。
やはり、彼なりのささやかなお返しだった。孟徳は個包装をベッドサイドの手近なところに置くと、再び花ににじり寄ってきた。あまりにも楽しそうな孟徳に、花は顔を赤くしたまま抗議する。
「……からかわないでください」
「いいじゃない。余裕のない君も、すごくかわいい」
「っ、いつもそんなことばっかり……」
「はいはい。君も、もう黙って。こんなんじゃ、いつまでたっても先に進めないし……」
不意に声を落とすと。孟徳は愛おしげに瞳を細めて、花の頬に片手を添えた。
「キス、してもいい? ……早く君と、ちゃんと触れ合いたい」
甘く垂れた琥珀の瞳がさらに甘さを増す。この瞳に求められて、断れる女の子なんていないと思う。きっとこれも、恋し合う二人の幸せのかたちのひとつ。
(……孟徳さんはずるい)
だけど自分は、これが彼の全てではないと知っている。こんなにも軽薄なふりをして、あんなにも重い愛を捧げてくれて。飄々としているくせに、意外なほどの激しい執着と依存心を垣間見せてくる。
だけどいつしか自分の方こそ、彼なしではいられなくなってしまったから。自分でも気づかないうちに、その手の中に囚われていたのだと思う。まるで、狙われて射落とされた小鳥のように。
あっと思う間もなく。気がつくと唇が重ねられていた。すぐに舌を入れられて、絡めとられて。甘く深い口づけが交わされる。
それを終えてすぐに、花の首筋に孟徳が顔を埋めてきた。その息遣いは甘く荒くて。花は胸を締めつけられる。
「――もう少し待とうかなって思ったけど、やっぱり待てないよ。花ちゃん。君を抱きたい。……いいよね?」
耳元で囁かれて、花の身体が甘く震える。こうなってはもう、逃れられるはずもなかった。
***
濃厚に感じるのは金木犀――オスマンサスの香りだ。さきほど彼が強引に纏わせてくれた香水の……。杏子のような甘い香りは、花の理性まで溶かそうとしてくる。
「――ベッドで身につけるのは香水だけって、花ちゃんも大人になったね」
生まれたままの姿の花を見おろしながら、孟徳はからかうような笑みを浮かべる。しかしその笑みにわずかに混じるのは、なんとなくの酷薄さだ。花はそれに気づかないふりをして、孟徳を見上げる。
「そうさせたのは孟徳さんじゃないですか……」
「うん、そうだね。君を『大人の女性』にしたのは俺だ」
妙に嬉しそうな孟徳に含みのある言い方をされて、花はますますいたたまれなくなる。
「でも君だって、俺を受け入れてくれたから。だから同罪だよ」
そこまで口にして、孟徳は改めて花に覆いかぶさってくる。デコルテに唇を寄せて、きつく吸い上げてきた。
「も、孟徳さん……。そんなとこダメです……」
このままでは見える場所に痕をつけられてしまう。花は孟徳にやめてもらおうとするが。
「イヤだ。ここにつけておきたい。ごめんね、もうあんまり優しくしてあげられそうにないんだ」
「孟徳さん」
「やっぱりどうしても心配なんだ。君はとってもかわいいから」
「っ、そんなことな……」
「そんなことあるよ。――あっ、嬉しいな。ちゃんと痕がついた」
子供のような無邪気な笑みを見せる孟徳に、しかし花は軽いショックを受ける。これで、しばらくは洋服選びに困ること請け合いだった。
「……孟徳さんのバカ」
「ごめんごめん、しばらく胸元の詰まった服でも着ててよ」
「見えるところに痕はつけないって、約束したじゃないですか」
「……花ちゃんは純粋だな。ベッドでの口約束に履行義務はないんだよ」
瞳を細めてわけ知り顔で微笑む孟徳の言葉は、妙に説得力のある実感のこもったもので。世間知らずな花は真に受けてしまう。
「そうなんですか……!?」
「そうなんです」
完全なる出まかせだ。まるきりの嘘ではないけど。しかし、こんな屁理屈に納得させられてしまう花はあまりにも素直で。孟徳はつい口元を緩めてしまう。
「ははっ、やっぱり花ちゃんは面白いな」
「面白いって……」
「退屈しないね、ってことだよ」
お互いに一糸まとわぬ姿だというのに。あまりにも楽しげな孟徳に花は困惑してしまう。
(それはさすがにベッドでイチャイチャしてるときに、出てくる言葉じゃない気がするんですけど……!)
けれど、笑い上戸の孟徳に文句を言っても仕方がないと思いなおし、花は黙り込む。
「……面白いついでに、もうひとつ痕つけさせてよ」
「え?」
「今度はちゃんと、見えないところにするから」
花の返事は待たず、孟徳は一度花から身体を離すと。おもむろに彼女の腰に唇を寄せた。
「……っ!」
花の身体がびくりと大きく震えるのも構わずに、その場所をきつく吸い上げる。花の白い身体に赤い痕がまたひとつ増えてしまった。
「こ、こんなところ、ひどいです……」
左の腰骨のあたり、ちょうどスカートのホックがくるところ。デニムを履いたらきっと見えてしまう、そんな位置。
「やらしくていいでしょ。スカート履くとき、俺のこと思い出して」
とんでもないところにつけられてしまった。しかも、この場所は妙にいやらしいうえに、自分で目にする機会も意外と多そうで。
「……っ、孟徳さんの意地悪」
「やっと気づいた? 君ってときどき鈍いよね」
「ひ、ひどいです」
「ごめんごめん、じゃあ、花ちゃんも痕つけてみる?」
「え?」
「どこでもいいよ。君の好きなところでいいし」
「っ、じゃあ首筋がいいです」
「ごめん、そこはダメ」
「どこでもよくない……」
「さすがにそこは誤魔化せないからダメだよ。
じゃあ、鎖骨の下はどう? ここならギリギリ見えないし」
「それなら、そこにします……」
「うん。それじゃあ、してみて?」
むくれて拗ねる花に対して、孟徳はとても楽しそうだ。にこにことした笑顔で生まれたままの姿の彼女を抱き寄せて、身体の上下を入れ替える。裸の胸の上に花を乗せて、溶けそうなほど甘い瞳で見上げてくる。
「……っ」
その視線に花はたじろぐが「やっぱりいやです」とも言えず、おっかなびっくりながらも孟徳の素肌に口づけた。胸板は男らしく厚いのに、孟徳の肌はきめ細かくて滑らかだ。ずっと触れていたくなるし、この色気にやられそうになってしまう。
これで孟徳はどれだけの女の子と……。なんてことをつい考えてしまうが、花は思考を遮断した。行為の最中に考え事をしたらまた怒られてしまう。
(たしか、痕をつけるときは……)
孟徳のやり方を思い出しながら、花は彼のその場所をきつく吸い上げる。一糸まとわぬ姿の花の乳房が、孟徳の素肌に形が変わるほどしっかりと押しつけられるが、花はそのまま口づけを続けた。そして。
「ほんとに、痕ついちゃった……」
唇を離して、自分が彼の身体につけた小さな痣を目にして、花は淡く頬を染める。
「ん、上手だったよ。花ちゃん」
孟徳もまた嬉しそうに返すと、改めて目尻を下げて蕩けるような笑みを浮かべた。
「なんだか、やっと君のものになれた気がする」
「孟徳さん……」
そういえば、こうやって痕をつけたのは初めてかもしれない。つけられたことはあっても、つけたことはなかった気がする。
「いつも俺ばっかり君に必死になってる気がしてたから、ちょっと寂しかったんだよね。たまには君も俺に必死になってよ」
(……やっぱり、孟徳さんはずるい)
縋るような瞳でそんなことを願われてしまったら、ほだされてしまう。それが彼のいつもの手口だとわかっていても。
「もっと痕つけてよ。今度はもっときわどいところがいい」
「えっ」
「いや?」
「っ、それは」
返答に窮していたら、いよいよ追い詰められてしまった。普段は飄々としていて、あんなにも甘やかしてくれるのに。こういうときの詰めの甘さは一切ない。欲しいものには誰より貪欲で、機会を逃さず手に入れようとしてくる。
彼はそういう人だ。柔和なふりをして、内面はこんなにも容赦がなくて、男らしくて。
「……わかりました」
どうせ孟徳に嘘なんて通じない。それなら「いやです」と口にするよりも、最初から認めてしまった方がましだった。
今はまだ気恥ずかしさが先に立つし、痕をつけるのも気おくれしてしまうけど、大好きな人に求められて触れ合えるのは、花にとっても嬉しいことで。
「……ならよかった」
孟徳は満足げに微笑むと再び花を引き寄せる。その後は互いの身体に唇を寄せながら、気がつけばそのまま行為に及んでいた。
***
(甘い、お花の香りがする……)
いつもはもっと緊張しているのに、今日は不思議と安らげている。香水の匂いに気を取られているからだろうか。
「っ、あっ……」
花の唇から可憐な喘ぎが漏れる。それはあまりにも自然で可愛らしくて、孟徳はからかうような笑みを浮かべた。
「――あれ、もしかして、いつもより感じてる?」
彼女のきわどいところ――脚の間の小さな裂け目から唇を離して、孟徳は花を見上げる。
「だって、香水の匂いが……」
「金木犀にそういう効果はなかったと思うんだけど」
「何の話……ですか?」
「さてなんでしょう? ……続き、しちゃうね?」
再び孟徳は花の脚の間に顔を埋めようとするが。
「っ、孟徳さん、そんなとこダメです……」
「嘘、本当はされたいくせに」
「っ」
彼に浅ましい本心を見抜かれてしまい、花はますます窮地に陥る。しかし。
「でもいいよ。ベッドでの嘘は許してあげる。恥じらう君も、かわいいから」
「孟徳さん……」
嘘が分かるという彼の特技。こういうときはちょっと恨めしいけど、どうしようもない。余裕の笑みを浮かべる孟徳に、花は悔しげな瞳を向ける。
「なんか、ずるいです」
「ずるくないよ。君がわかりやすいだけ」
彼に口げんかで敵うはずもなく黙り込む。孟徳は相変わらず楽しげに花の脚の間の裂け目を見つめながら、やにわに彼女の裂け目の突端を爪で弾いた。
「きゃっ……!」
急にそんなことをされてはたまらない。花はびくんと身体を震わせて、可憐な悲鳴を上げる。
「……花ちゃんは、ここされるの好きだよね」
孟徳の瞳が不意に細められて、唇の端だけがわずかに上がる。花をからかうような意地悪な笑みだ。孟徳はそのまま花の裂け目の突端をぐりぐりと指先で刺激する。花の身体に甘やかな痺れが走り、まるでいやいやをするかのように、花は頭を左右に振った。
「……っ。……んっ」
可憐な喘ぎが花の唇から溢れ、ますます孟徳の笑みが深くなる。
「いい反応だね。やっぱり、ここされるの好きなんだ」
まるで確認するかのような重ねての問いかけ。とはいえ、さすがに彼のこの質問に答えるのは恥ずかしくて、花は無言で誤魔化した。脚の間を弄られるのが好きかなんて、いくらなんでも答えられない。たとえ本当に好きだったとしても。
「……沈黙が答えなのかな」
けれど、花に答えをはぐらかされても。孟徳の余裕の笑みは崩れない。
甘やかして絡めとって。酔わせて夢中にさせるような。孟徳の愛の表現は、いかにも場数を踏んだ年上の恋人らしくて、花は夢中で喘いでしまう。身も心も溶かされてしまうような。
声だって我慢しようとしてもしきれなくて、まるで自分じゃないような、恥ずかしいかすれた喘ぎばかり。
「っ……。あっ……。ああっ……」
可憐な裂け目の突端を孟徳にきつく吸い上げられながら、花は懸命にもたらされる快楽に耐えていた。大きな瞳は生理的な涙で潤み、薄く開けられた唇からはひっきりなしに甘い喘ぎが漏れている。
花の脚の間に顔を埋めて奉仕する孟徳は、甘い容姿も相まって、まるで年若い主君に仕える忠実な臣下のようだ。彼女にかしずき寵を乞う。
「……気持ちいい?」
その問いかけには答えず、花は快楽で潤んだ瞳で彼を見つめる。蕩けた瞳には普段の意思の輝きはなく、孟徳は彼女が良くなってるのを確信し、愛おしげな笑みを浮かべる。
「……うん。本当に、気持ちよさそうだね」
ここまでわかりやすい反応を返されれば、もう言葉なんていらない。わざわざ嘘か本当かを区別する必要もなかった。
「っ……」
花もまた自分自身の浅ましさを孟徳に見透かされ、気恥ずかしく思ってしまう。彼の愛撫に溺れて理性を溶かされそうになっていたけど、まだ完全にそれを失っていたわけではないから。
大切に慈しまれて甘やかされながらも、支配される心地よさ。文字通り、骨抜きにされるかのような。もうすっかり彼の愛に絡めとられて、それだけで満足してしまいそうになる。
だけど与えられる快感に浸るだけじゃなくて、自分も相手のために何かしたい。ただ可愛がられて甘やかされるだけの存在ではいたくなかった。惜しみない愛をくれる彼に何かを返したくて、花は懸命に孟徳の名前を呼んだ。
「も、孟徳さん……。私も……」
「え……?」
花の潤んだ瞳の奥に確かな意思の光を見つけて、孟徳はわずかな戸惑いを見せる。
「そんなに頑張らなくてもいいのに……。したいの?」
「……はい」
「ん、わかった。……じゃあいいよ」
彼女の願いを柔らかな笑みで了承する孟徳は、なぜかどこか嬉しげだった。
***
「つっ……。んっ……」
「こんなこと、別にしなくていいのに」
「……っ、私がしたいんです。させてください」
「まいったな……」
意外なほどに情熱的で献身的な年下の恋人に、孟徳は微苦笑を浮かべる。彼の脚の間に顔を埋めて淫らな肉の楔に舌を這わせる花に、孟徳はますます興奮を高められてしまう。
「あんまりかわいいことばかりされると困るんだけど……。なんか、君に試されてる気がするよ……」
欲望にかすれた声でそう口にしながらも、孟徳は花の顔を隠すように垂れている横髪を上げて、彼女の表情がよく見えるようにする。
長い睫毛を伏せて、孟徳の充血しきった肉の楔を口に含んで、懸命に吸いついている花はとても健気でかわいらしくて。孟徳はさらに自分自身を昂らせてしまう。
「もう、歯止めが利かなくなりそうだよ……。花ちゃん。君に、ひどいことをしてしまうかも……」
穏やかながらも、どこか怖れと危うさの混じった孟徳の囁きに、花は奉仕を中断し彼を見上げた。
「……平気です。してください」
愛しい彼だから、その全てを受け止めたい。
どんなにひどいことをされても、もう今更孟徳を嫌いになんてなれない。愛おしさは募るばかりで、そのありのままの全てを受け入れたいと願ってしまうのだ。
その身の内に抱える清濁ごと、彼の全てを受け止めたい。これが正しい愛なのかはわからないけど。
「すごい殺し文句だな」
どこか眩しそうな瞳で花を見おろしながら、孟徳は口の端を上げて微笑む。
「……嬉しいよ。花ちゃん」
まるで褒めるように、慈しむように。孟徳は花の髪を優しく撫でる。花もまた彼への愛おしさがこみ上げて、改めて奉仕を再開した。
口内を埋める孟徳の肉の楔を、花はきつく吸い上げる。
「っ! んっ……。今のは、ちょっとふいうちだな。出しそうに……っ」
眉を寄せてわずかな狼狽を見せる孟徳だが、すぐに平静を装うと、花を見おろして甘く微笑んだ。
「……何でもない。すごく良かったよ。さっきのもう一回」
彼のお願いに小さな頷きを返して、花は孟徳に求められるまま先ほどの奉仕を繰り返した。口の中の彼のものを何度もきつく吸い上げる。すると。
「っ……。花ちゃん、口離して……?」
ややあって、孟徳は花に奉仕をやめさせるとベッドサイドに手を伸ばした。用意していた正方形の個包装を取り、素早く開封する。
「っ、孟徳さん。……それ、つけさせてください」
「いいの?」
花の申し出に孟徳は目を見張る。先ほどのあれは冗談のつもりだったから。しかし。神妙な表情で頷く花に、孟徳は目尻を下げて微笑んだ。
「じゃあ、してもらおうかな……」
こういうことは手早くするのだと、雰囲気で知っていた。恥ずかしがって手を止めている時間はないから。
「……っ」
緊張と羞恥でどぎまぎしながらも、花は個包装の中身を取り出す。淡い色のついたラテックス製のこれに、ちゃんと触れたのは初めてだ。
(えっと……)
しかし勢いで自分がすると口にしてしまったものの、やり方がよくわからない。孟徳はいつもどうしていただろう。彼が扱っているのを目にしていたつもりでも、細部の手順はおぼろげだった。すると、さりげなく孟徳が手伝ってくれた。
「……こっちが表だから、先端の空気を抜いて、このままつけて」
充血して勃ち上がった孟徳の楔を、こんなに間近で見るのはやっぱりドキドキする。さきほどはこれを口に含んであんなにも大胆な奉仕をしていたくせに、なんだか気恥ずかしくなってきた。
孟徳に促されるまま、花は彼の楔の張り出した先端にラテックスの皮膜を被せた。もたつきながらも、なんとか無事に装着するが。しかしまた、花の手は止まってしまう。
丸まった状態のものを、孟徳の楔の根元まで降ろさないといけないんだけど、これがなんだか難しい気がする。充血しきって反り返った孟徳のものに、ぴっちりと貼りついた薄い皮膜は、多少引っ張ったくらいで動いてくれるとも思えなくて。
すると。花の戸惑いを見て取ったのか、花の手に孟徳の手がそっと重ねられた。大きな手だ。指が長くて意外なほど綺麗な、血管の浮いた男らしい手。その手が孟徳の楔を掴んでいる花の手を覆うようにして握りこんでくる。
すると自然に、孟徳の楔をぎゅっと握りしめる形になり、花の心臓はいよいよ壊れそうに高鳴ってしまう。こんなふうに彼のものをしっかりと握らされたのなんて初めてだった。
「――これでいいよ。先端にかぶせたら、あとはそのまま降ろして」
「っ……」
促されるまま、花は孟徳と一緒に薄い皮膜を巻き下ろす。摩擦のせいか、ラテックスの皮膜がぎちぎちときしむような音を立てた。
彼のこんなところを二人一緒に握りしめるなんて思わなかったから、相変わらず花の胸の鼓動は早いまま。けれど、薄い皮膜を彼の楔の根本まで綺麗に下ろせて、花は安堵の息を吐いた。
「よかった……」
「上手にできたね」
あからさまに安堵した様子の花に、孟徳は目だけで微笑むと。まるで当たり前のことのように彼女を促した。
「いい子にはご褒美あげる。ほら、俺の上においで」
彼の身体の上。その意味を察した花は頬を淡く染めて小さく頷く。いよいよ彼と繋がり合うのだ。花はさりげなく上体を倒す孟徳の腰の上に跨ると、そそり立つ彼の楔に手を添えて自分の小さな裂け目に宛がった。
「んっ……。つっ……」
切なげに眉を寄せ、可憐な喘ぎを漏らしながら、花はぐっと喉を反らす。孟徳のものがずぶずぶと花の中に呑み込まれてゆく。
彼の身体の横に手をついて、花はそのまま挿入の痛みと圧迫感に耐えた。瞳を閉じて眉を寄せ、その場にじっとして孟徳の楔に身体を慣らす。やはり愛の営為にはまだ慣れず、多少の苦痛が伴ってしまう。