現パロ孟花
名前変換設定
恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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「名前ちゃん! 今日もすごくかわいいよ! 写真撮らせて! ほらもう一枚!」
「…………」
ナイト営業の水族館。ペンギンたちが泳ぐ水槽の前で、名前は孟徳にバシャバシャと写真を撮られていた。しかし、長々と撮られ続けるのに飽きてしまった名前は、スマホを構える彼に声を掛ける。
「……孟徳さん、そろそろ水族館の展示を見ませんか? ペンギンの赤ちゃんかわいいですよ」
「やだなぁ名前ちゃん。俺がフンボルトペンギンの生態に興味を持つと思う?」
「思わないです」
「シロナガスクジラの骨格標本を見てはしゃぐと思う?」
「思わないです」
「でしょ?」
ふんぞり返る孟徳に、名前は真顔で突っ込んでしまう。
「水族館に何しに来たんですか?」
「根源的な問いだね」
「だって……!」
「涼みにきたんだよ! 水族館は屋内だから涼しいでしょ! あと写真を撮りにきた! 君の!」
「夏の屋外がイヤなんですね……」
さっき行ったのもそういえば屋内プールだった。
タクシーで孟徳のマンションに戻って荷物を置いて、きちんとした格好に着替えてから。ふたりは水族館に来ていた。まだ夏休み期間中だからかそれなりに人も多いけど、孟徳の言う通りエアコンの効いた屋内は過ごしやすい。
「まぁ涼しいからっていうのは冗談だけどさ……。本当は君とふたりで過ごせるならどこでも良かったんだよね」
「孟徳さん……」
正直な人だなと思いつつも、もとより名前も孟徳が真面目に水族館の展示を見たがるとは思っていない。小さく息を吐いて、名前は前向きに諦めた。
「あ、名前ちゃん。あそこで綿あめ売ってるよ。行ってみようよ」
ちょうど少し離れたところで、大きなレインボー綿あめが売られていた。
「……綿あめもいいなって思うんですけど、もう少しペンギンを見てからでいいですか?」
「うんわかった。じゃあ、そうしよっか」
穏やかな表情でそう口にして孟徳はさりげなく名前の手を取る。名前もまたそんな彼に微笑みを返して。ふたりはペンギンたちがまったりと泳ぐ姿を眺めていた。
そして。
「――孟徳さん、綿あめありがとうございます」
「――いえいえ、どういたしまして」
孟徳に綿あめを買ってもらった名前は、それを手に持って水族館の中を見学していた。ウミガメの泳ぐ長いトンネル型の水槽を時間をかけて歩いて。今は吹き抜けの大水槽の後方にひっそりと置かれたベンチに腰掛けている。
「……イワシの群れ、綺麗ですね」
「そうだねぇ……」
綿あめを片手に、名前はアクリルガラスを見上げていた。孟徳もまた名前の隣で水槽を見つめている。さきほどのプールではずっと浮き輪を挟んで向かい合っていたから、ふたり並んで同じ方向を眺めているのが新鮮だ。
ナイト営業の水族館の中は、生き物たちを休ませるために限界まで照明が落とされている。
昼間であれば降りそそぐ太陽光や強い照明で周囲はとても明るくて、大水槽は快晴の真夏の海のような鮮やかな青だ。
けれど、今は夜だから。わずかな照明とかすかな月明かりだけが、巨大な水槽を照らしている。
夜の海は全てを呑み込むかのような暗さだ。名前と孟徳が今座っているベンチの周囲も薄暗くて涼しくて、まるで冷たい海の底にいるかのようだった。
目の前の大水槽の中を、銀色に輝く巨大なイワシ玉が次々と形を変えながらサーッと泳ぎ抜けていく。天敵のサメから逃げているのだ。水族館のサメもたまに小魚を襲って捕食する。夜は狩りの時間。
そして、周囲の喧騒をよそにゆったりと泳ぐエイに、ロウニンアジやスズキといった中型魚。吹き抜けの大水槽はこのあたりの外洋を再現していた。
改めて孟徳は口を開く。
「……君とふたりでこうやってまったり魚を見ていると、なんだか眠たくなっちゃうよ」
名前の肩にもたれて、孟徳は深い息をつく。先ほどのプールではしゃいだ疲れが今になって出てきたのだろうか。孟徳は名前にしか聞こえない小さな声でぽつりと囁く。
「……こうやってずーっと、君とのんびり過ごせたらいいのに」
やるべきこと、やらなくてはならないことを全部投げ捨てて。好きな人とふたりでまったり水族館。孟徳にとっては、そんな時間の使い方が一番の贅沢なのだろう。
奇しくも今日は夏休み期間中の平日。いつもの彼であれば仕事をしている時間だ。心を亡くしかねないハードワークに追われている頃。
不意に。名前の綿あめを持っていない方の手に、孟徳は自分の手を重ねてきた。そのまま恋人繋ぎに握り込んでくる。こんなことをされたら、なんだか心配になってしまう。
「お疲れなら、寝ててもいいですよ? 孟徳さん。ちょっとの間だけですけど……」
「ありがとう名前ちゃん。でも本当に寝たりしないよ。せっかく君といるのに、もったいないでしょ」
心配する名前に孟徳は淡い笑みを返してきたが、その程度のことで名前は安心できない。
「でも……」
「……そんなに俺のことが心配?」
こくんと頷く名前。
「じゃあ、元気が出るおまじないしてよ」
「おまじない、ですか?」
「そうだよ。ほら、耳貸して?」
水族館の大水槽を眺めながら秘密の内緒話。あたりは暗いから余計にドキドキする。名前の耳殻に孟徳の吐息がかかった。耳打ちされた言葉は。
『ここでキスして?』
名前は無言で顔を赤くした。孟徳は不自然なほどの上機嫌だ。
「名前ちゃん、やってくれる?」
「……」
「綿あめで口元を隠せば大丈夫だよ。どうせ誰も見てないだろうし」
「……っ」
誰も見てないはさすがに嘘だと思う。
「……君がしてくれないなら俺からしちゃうけど、いい?」
「や、やります。正面を向いてください。孟徳さん」
「正面?」
「ほっぺにキスならいいです」
「……仕方がないな」
恥ずかしがり屋の恋人の申し出を了承して、孟徳は正面を向いた。限界まで照明を絞られた濃紺の闇の中。目の前に広がる大水槽のパノラマ。水族館はやはり夏が一番だと思う。夏の夜の非日常感。
名前は右手の綿あめで自分の口元を隠すようにしながら、左手で孟徳の服の裾を掴んで。伸び上がるようにして、自分の唇を孟徳の頬に触れさせてきた。ほんの数秒の柔らかな感触。ふんわりと香る爽やかなでデオドラントの匂い。
「……いいね、たまんない」
初々しい青い口づけは、今は遠い昔日の日々を思い出させる。制汗剤の匂いは青春の香り。まるで学生時代に戻ったみたいだ。好きな女の子と夏デート。今しかできない思い出作り。
「……ちょっと恥ずかしいです」
口づけを終えて、名前ははにかんだ笑みを浮かべる。海の底のような場所で交わされるふたりだけの秘密のやりとり。目の前の巨大な水槽では、さまざまな魚たちがゆったりと泳いでいる。外界の喧騒など、どこ吹く風。
先ほどの口づけでうっかり火がついてしまった。名前の唇の柔らかさと甘さを、をもう一度味わいたい。
「……ねぇ、もっかいしてよ、名前ちゃん」
「だ、駄目ですよ。もう……」
「あんなキスされたら、我慢できなくなっちゃうよ……。だからもう一回」
「っ、孟徳さ……」
「ほら、今度はこっち」
「あ……」
なし崩しに唇を奪ってしまった。先ほどは名前からだったけど、今度は孟徳から。今度は綿あめで口元を隠すこともせず、堂々と見せつける。
「……っ!」
薄暗いとはいえ、周りに人もいるこんなところで、こんなことをしてしまうなんて……。けれど、孟徳の口づけは巧みで名前の身体から次第に力が抜けていく。
名前が持っていた綿あめの柄が、彼女の手から抜け落ちそうになってしまうが、すんでのところで孟徳がキャッチした。
「……綿あめ、落とさないように持っててね」
「っ……」
半ば無理やり綿あめの柄を握らされる。
口づけの合間の囁きは、どこまでも甘くてフワフワとしていて。そして、どうしようもなくズルかった。綿あめを落とさないように気をつけると、今度は孟徳からの口づけをうまく拒めない。
何度も角度を変えながら、味わうように、心ごと彼に奪われていく。さりげなく服の上から胸に触れられて、名前の身体の中心が甘く潤んだ。いつだって優しい孟徳に抵抗する力を奪われて。名前はそのまま彼に美味しく頂かれてしまった。
「……も、孟徳さんのバカ」
「ごめんごめん」
照れ隠しに。名前は孟徳に買ってもらった綿あめをもぐもぐと食べていた。
そうでもしていないと、気恥ずかしくて仕方がないのだ。周りに人がいるのに、あんなことをしてしまった。思い出すだけで顔が真っ赤になってしまう。
けれど、周囲に人の気配を感じながらする口づけが、あんなに気持ちいいなんて知らなかった。孟徳に強引に奪われながら、綿あめを落とさないようにも気を配って……。
周りに人がいるのに、いやらしいゲームのような触れ合いに夢中になってしまった。胸まで揉まれて、感じてしまって。そんな自分がすごく恥ずかしい。
「だって、なんか今日の名前ちゃん、すごくかわいかったから……。いや、いつもかわいいんだけど……。だから止まらなくなっちゃったんだよね」
「そうやって言えば、許してもらえるって思ってますよね」
「そんなことないって……!」
ちょっとした痴話喧嘩だ。恋人同士のお約束のやりとり。
「あっ、そんなことより……。ほら見て名前ちゃん、熱帯魚が綺麗だよ」
いつの間にか色鮮やかな熱帯魚たちのいる水槽まできていた。夜の闇に沈む水族館内で、この水槽だけはカラフルで美しい。
真っ青なナンヨウハギ、鮮やかな黄色のチョウチョウウオ、白黒の縞模様のスズメダイや朱赤のキンギョハナダイ。サンゴ礁の海を閉じ込めた水槽の中には、天使の梯子がかかっていた。水槽の上に照明があるのだろう。
「わ、綺麗ですね……!」
華やかな美しさに見とれてしまう。ここもまた水族館の名前形水槽だ。
「ほら見てよ、名前ちゃん。こっちにナポレオンフィッシュいる」
「わ、ほんとですね!」
色鮮やかなターコイズブルーが美しい大型魚だ。おでこのコブとしっかりと突き出した厚い唇が渋くてかっこいい。カラフルな小魚が泳ぎ回る水槽の中を、その魚はひとり悠然と泳いでいた。
孟徳は爽やかな笑顔を名前に向けると、おもむろに。
「名前ちゃんは、これ釣ったことあるんだっけ?」
「ち、違いますよ……! それは弟のゲームの話です……!」
「わかってるよ、そんなに慌てなくても」
慌てる名前の隣で孟徳はくすくすと笑う。
「別に俺からの連絡を既読無視してゲームしてたことなんて全然恨んでないし」
「恨んでますよね……!?」
「慌てる名前ちゃんもかわいいなー」
「……」
かつてのやらかしを蒸し返されてしまい、名前は言葉に詰まって綿あめをもぐもぐと食べた。
「孟徳さんひどいです。あのときだって、ちゃんと何度も謝ったじゃないですか」
「……恨んでないのは本当だよ。後回しにされたのは寂しかったけど、俺はそんな君だからこそ愛してる」
「……?」
孟徳はときおりこういった謎掛けのような発言をする。一体どういう意味なんだろう。名前が考えようとした、そのとき。
「――ねえ名前ちゃん。綿あめ美味しい?」
「美味しいです、けど……」
「俺も一緒に食べていい?」
言うが早いか。孟徳は名前が食べている綿あめにかじりついてきた。
「……っ!」
にわかに孟徳との距離が縮まり、名前は動揺してしまう。あと少しで口づけができてしまいそうな。この距離感はまるでポッキーゲームだ。至近距離で孟徳の琥珀の瞳が甘く微笑む。
「……フワフワで美味しいね。俺も買えばよかったかな」
綿あめは名前の分しか買っていなかった。孟徳は意味ありげな流し目を名前に送ると。
「ね、おかわりしていい? もう一回、一緒に食べよう?」
これ以上食べ進めてしまったら、本当に唇が触れ合ってしまう。
「だ、だめです……!」
「それは残念」
周りに他の人もいる水族館内。今度は空気を読んだのか、孟徳は素直に引き下がってくれた。それにしても。
(今日の孟徳さん、距離感がなんかすごいな……)
やたらご機嫌で隙あらばベタベタしてくる。年上なのに甘え上手な彼らしいといえばそうだけど、これじゃあまるで。
(……ベッドで抱き合ったあとの時間みたい……)
名前の脳裏に、この上もなくご機嫌で自分にじゃれついてくる裸の孟徳の姿が浮かんだ。
あの時間が一番好きだ。愛を確かめあったあとの至福のひととき。つい照れ隠しで素っ気ない態度を取ってしまうけど、本当は彼に甘えられるのがすごく嬉しい。
そこまで思い出したら、ますます気恥ずかしくなってしまった。名前は残りの綿あめを慌てて口の中に押し込んだ。
「……そんなに慌てて食べることないのに」
「孟徳さんが変なことするからです……」
綿あめを食べ終えた名前は孟徳に手を引かれて、明かりの落とされた館内を歩いていた。
「……ほら、焦って食べたから口元についてる」
淡く苦笑すると孟徳は指先で名前の口元をぬぐってくれた。そのまま彼は自分の指先をぺろりと舐める。
「あ……」
孟徳の唇からのぞく赤い舌。名前は思わず頬を染めてしまう。何かを舐める仕草はとても性的だ。
「……綿あめ甘くて美味しいね。やっぱりもう一個買えばよかったなぁ」
思わせぶりに微笑む孟徳に名前は全力で言い返した。甘いものなんて別に好きじゃないくせに。
「か、買わなくていいです……!」
「名前ちゃんはひどいなぁ」
じゃれ合っていたら、クラゲの水槽のところまで来ていた。暗闇の中、沢山のミズクラゲがカラフルにライトアップされて水槽の中を漂っている。
「わ、綺麗ですね……!」
わかりやすく華やかな演出に名前はしゃいだ声を上げる。
クラゲ水槽は水族館内でも特に写真映えするスポットだ。熱心に記念撮影をしている人たちも多く、あたりはとても賑わっていた。孟徳も感心した様子だ。
「そうだね、こうやってライトアップすると見違えるね」
しかし、不意に孟徳は苦笑する。
「お盆を過ぎると海水浴場にクラゲが出てくるんだよねぇ。だから海で泳げるのは八月半ばくらいまでかな。あいつらさえいなければ、もっと長く泳げるんだけどね」
特に意味のないぼやきだ。孟徳は名前の頭をぽんぽんと撫でると。
「名前ちゃんも気をつけてね。こんなのでも刺されたら大変だから」
「はい、気をつけます……」
遊び慣れている彼らしく色んなことに詳しい。孟徳はやっぱり頼りになる。
「見てよこれ、猛毒だよ。見てるだけならいいんだけどね」
「こ、これ昔行った海水浴場で砂浜にいたかもしれません……」
「えっ? 大丈夫だった?」
「大丈夫ですよ。危ないかもしれないからって触らなかったんです」
「なら良かった」
アカクラゲの展示の前でふたりは他愛ないお喋りに興じる。
(……孟徳さんと夏の海、きっと似合うんだろうな)
名前は脳裏に思い描く。真夏の青空を写し取って輝く紺碧の海に、白い砂浜。派手好きな彼らしい色鮮やかな水着にラッシュガード。強い日差しを避けるためのサングラス。
孟徳はビーチでもさぞ目立っていたのだろうと思える。
先ほどのプールがすごく楽しかったからこそ、海水浴にも行きたくなったけど、残念ながら今は八月末。
「……孟徳さんと海水浴に行きたかったです」
名前がぽつりとこぼした我儘を、しかし孟徳は拾ってくれた。
「いいよ、じゃあ行こっか」
「え?」
「来年の夏になるけど、それでもよければ」
孟徳に甘い微笑みを向けられて、名前は表情を輝かせる。
「は、はい……!」
「じゃあ約束だよ」
そんな名前に絆されたのか、孟徳も穏やかな笑みを浮かべてしみじみとつぶやく。
「……なんか来年の夏がすごく楽しみになってきたな。名前ちゃんと行く海水浴、きっと楽しいんだろうな」
「私もです。今から楽しみです」
「よかった」
お互いに笑い合っていると、水族館の館内放送が流れてきた。もうすぐイルカショーが始まるらしい。
「よしっ、じゃあそろそろイルカショー見に行こうか!」
「はいっ!」
「――ぬいぐるみを抱っこする名前ちゃんかわいいなぁ」
「え?」
前列で楽しくイルカショーを観覧した名前と孟徳は、残りの館内を見終えてお土産屋さんに来ていた。意味もなく大きな白イルカのぬいぐるみを抱き上げている名前を見つめて、孟徳は目尻を下げて笑う。
子供のようだと思われてしまったのだろうか。名前は慌ててぬいぐるみを元あった場所に戻した。
「す、すみません孟徳さん……。子供っぽいですよね。ぬいぐるみなんて……」
「えー。そんなことないよ、そんなことないのに」
孟徳は名前が戻した白イルカのぬいぐるみを愛しげに抱き上げた。
「さっきのイルカショーに出てた子だよね。このぬいぐるみ買ってあげようか? 二つ買って、俺の家と名前ちゃんの家に置こうよ。お揃い」
「そ! そんな、別にいいですよ……!」
「えーなんで?」
「なんでって…… こんなに大きなぬいぐるみは、かさばりますし」
かわいいし憧れはあるけど。置く場所に困るのが大きなぬいぐるみの欠点だ。この白イルカも全長一メートルを越えていた。それに、名前の自室はともかく孟徳の高級マンションにこのぬいぐるみがある図が想像できない。
「そっかぁ……」
名前に断られて孟徳は残念そうにしている。しかし、彼はめげなかった。
「じゃあかさばらないもので、なにか欲しいものある?」
「え?」
「今日の記念のお土産。プレゼントさせてよ」
「孟徳さん……」
優しげな表情の中にそこはかとない圧を感じて、名前は苦笑してしまった。こうなった彼は止められないから、名前は無難なものをリクエストする。
「じゃあ…… これがいいです。あとで一緒に食べませんか?」
かわいいクッキー缶を手にとって孟徳に見せた。
「いいね、かわいいし美味しそうだ。じゃあ、これにしよっか」
水族館の外に出ると、あたりはすっかり夜だった。
漆黒の空に夏の星が瞬いている。周囲に人の気配はほとんどないけど、すぐ近くに海があるから。耳をすますと波の音が聞こえる。
夜の海は真っ暗だけど、港町の街明かりがロマンチックだ。揺れる水面に反射する、いくつものオレンジの明かり。
海の近くらしく風がとても気持ちいい。涼しい夜風に終わりゆく夏と秋の気配を感じる。
「……昼間もこれくらい涼しければいいのにねぇ」
男性にしては長い髪を夜風になびかせて、孟徳はひとりごとのようにつぶやいた。すっきりと整った横顔。孟徳は横顔も綺麗だ。
近づくほどに遠くなる気がする、ふたりの距離に。名前の胸に切なさがこみ上げる。夏の終わりは、いつもどこか物悲しい。この夜が終われば秋がはじまる。
だけど、名前はここで終わりにはしたくなかった。あともう少しだけ、好きな人との時間を楽しみたい。
「……孟徳さん、少しだけ海岸を歩きませんか?」
「散歩? いいね。しよっか」
離れがたいからあと少し。
ひとけのない夜の海。波止場の煉瓦道をふたりで歩く。耳を澄ますと聞こえてくる優しい波の音。不意に孟徳は口を開いた。
「……ねぇ名前ちゃん。今日楽しかった?」
「すごく、楽しかったです」
「ならよかった」
そして、しばらくの間歩いていたら。
「わ、すごい……」
名前は驚きに息を呑む。
目の前にそびえ立っていたのは巨大な観覧車だ。まだ営業しているのか、大きなホイールは虹色にライトアップされている。まるで夢の中にいるみたいだ。名前がそう思った、そのとき。
「……乗ろっか、観覧車」
「えっ?」
孟徳がとんでもないことを言い出した。『今からですか?』名前が問いかける前に、孟徳は力強く頷くと名前の手を取った。
「閉園まであと二十分だから、ギリギリいける。名前ちゃん走るよ!」
「は、はいっ!」
観覧車を目指して、手をつないで名前と孟徳は走った。晩夏の夜風が気持ちいい。
こうやってずっと変わらないまま、めぐる季節をふたりで追いかけていたい。夏も秋も冬も春も。そして次の夏も、大好きなこの人と一緒にいたい。
孟徳の背中を追いかけながら、気がつくと名前はそんなことを願っていた。波止場の煉瓦道に二人の足音が響く。
[chapter:観覧車]
「ほんっとギリギリ……。乗れてよかったね」
「はい、よかったです……」
観覧車のゴンドラの中。名前と孟徳は向かい合って座っていた。
「……なんか俺、今日走ってばっかりだよね。帰ろうとする君を追いかけて、今度は君と観覧車乗るために走ってさ」
「私はすごく楽しかったですよ、孟徳さんと手をつないで走るの」
「あはは、ならいいや」
まだ、ふたり向かい合ったままで。名前と孟徳は顔を見合わせて笑った。けれどすぐ、孟徳が声のトーンを落として意味深な目配せをしてくる。
「……一周十五分、何して過ごす?」
「え……? 写真撮るとか、ですか?」
「俺の姫君は相変わらず罪深いね。全部わかってて試してる」
孟徳が楽しげにそう囁いた、次の瞬間。
「観覧車といえば、こうだと思うけど」
孟徳が座席を移動してきた。移動先はもちろん名前の隣だ。ゴンドラがわずかに揺れて、名前はドキドキしてしまう。ちょっとした吊り橋効果だ。
「も、孟徳さん」
急に近くなった距離。孟徳に熱っぽい瞳で見つめられて、名前は気恥ずかしくなってしまう。そのまま、なし崩しに口づけをしようと顔を近づけてくる彼を、名前はすんでのところで柔らかく拒んだ。
「そ、そういうことは、てっぺんにたどり着いたらで……」
「……仕方ないな」
「まずは景色を見ましょう?」
これ以上粘っても男を下げるだけだと判断したのか、孟徳は素直に引き下がってくれた。名前は安堵した様子で、ゴンドラの外の景色を楽しむ。
「夜景、綺麗ですね」
「そうだね……。でも君のほうがずっと綺麗だから」
孟徳は何のてらいもなく気障な台詞を口にして、名前の肩を抱き寄せる。
「そういうのは、いいですから……」
「俺が言いたいだけだよ、言わせてよ名前ちゃん」
「……恥ずかしいです」
「それがいいんじゃない」
照れる名前を見おろして、孟徳は楽しげに笑う。すっかり恥ずかしくなってしまったのか、名前は再びゴンドラの外の景色に視線をやると。
「わ、下に水族館が見えます!」
「あっ、ほんとだ」
ふたりじゃれ合っていたら、いつのまにか高いところに来ていた。ゴンドラの窓の下に、先ほど行った水族館が小さく見える。宝石のような街明かりに、道路を走る車のヘッドライトにテールライト。ずっと見ていたくなるような美しい光景だ。
「……ねぇ、名前ちゃん知ってる? 水族館の水槽の水は、海水をろ過して使ってるんだって。だから大きな水族館は海のそばにあるんだよ」
「そ、そうだったんですね……」
言われてみれば確かにそうだ。有名どころの水族館はみんな海の近く。清潔な環境を維持するために、水族館の水槽の水は数日おきに新しいものと交換される。日々大量の海水を必要とする規模の大きなところは、海の近くでなければやっていけないのだろう。
「……水族館も楽しかったよね」
「はい」
「プールも楽しかったけど、君とふたりきりになれなかったからさ……。不完全燃焼だったんだよね。だから元譲と文若を撒いて、君を追いかけたんだ」
「孟徳さん……」
「あいつらは鬱陶しいけど、たまにはこうやって抜け駆けするのもいいね」
まるで何かを愛おしむかのように、孟徳は瞳を伏せて微笑む。
「……学生の頃に戻ったみたいに、ドキドキしたし楽しかったから」
そこまで、真面目な表情でつぶやいて。孟徳は何かを吹っ切ったかのような、晴れやかな笑みを浮かべる。
「ねぇ、名前ちゃん。来年の海水浴が楽しみだね」
「気が早いですよ、そんな……」
「仕方ないじゃない、楽しみなんだから」
ついさっきまで、寂しそうな表情で昔を懐かしんでいたのに。今はもう来年の話をしている。そう、今の孟徳にとって大切なのは、過去ではなく名前と過ごす今と未来。
「名前ちゃん、来年は絶対に一緒に海水浴にいこうね。約束だよ」
「孟徳さん……」
孟徳の約束の重さを知っている、名前は感動に瞳を潤ませる。すると、そのとき。観覧車のゴンドラ内にアナウンスが流れてきた。
『――まもなく頂上につきます』
「わ、頂上です」
「もうついたんだ」
名前と孟徳のふたりは、ゴンドラの窓外の景色を見おろした。美しい港町の夜景。きらめく街明かりはまるで綺羅星のようだ。名前はうっとりとした様子で口を開く。
「すごく綺麗ですね」
「おあつらえ向きだね。じゃあ、名前ちゃん。目を閉じてくれる?」
「……はい」
目を閉じてあごを少し上げる。少し恥ずかしいけど、約束は守らないといけないから。
孟徳の大きな手が名前の頬に添えられて、数秒後。名前の唇に柔らかな感触が降り落ちてくる。まるで壊れ物を扱うかのような。優しい口づけからは切実な想いが伝わってくる。
「……名前ちゃん、好きだよ。君だけをずっと愛してる……」
このままふたりずっと変わらずに、次の季節も愛し合っていたい。誰よりも強く願っていたのは、もしかしたら名前の目の前にいる彼のほう。
移りゆく季節の中、ゆっくりと廻る観覧車のゴンドラの中で。この夜の中でふたりきり、変わらない何かを願い続けている。
END
あとがき
お疲れ様です。作者です。
もう秋になってしまいましたが、孟徳さんの夏(晩夏)デート話の後半でした。
今回は
前半はみんなでプール、孟徳さんから抜け駆けデートのお誘い
後半はふたりだけで夜の水族館、最後に海辺を散歩して観覧車に乗る、
と当社比で盛りだくさんでした。
話は変わりますが、自分はキ◯キ◯ッズの愛のか◯まりという歌が好きです。
『変わっていくあなたの姿どんな形よりも愛しい。この冬を越えてもっと素敵になってね』
この恋人の将来や未来に前向きな歌詞がすごく好きで、私はこちらの価値観なんですが
孟徳さんはその逆で、恋人の変化に否定的なんですよね。
これまでの女性たちが皆、自分と付き合ってつまらない人に
変わってしまったから、というのもあると思いますが
『汚い大人の自分は手に入れたあとは失うだけだと知っている』(出典・甘い生活)
つまり未来に希望が持てない人間不信の人だから、名前ちゃんに対しても
『ずっとこのまま変わらないで、俺にとっての唯一無二の君でいてね』(出典・月見の祭)
と求めるのかなと思っています。
なので、今作は孟徳さんの価値観に合わせて、
『変わることを駄目なこと、変わらないことを良いこと』として書いています
『ふたりずっとこのまま一番幸せでいようね♡』みたいな感じです
愛の頂点を永続させないといけないのは厳しい気もしますが
『丞相は厳しいお方』(文若さん談)なので仕方がないですネ……
話を戻します。今回のお話のお気に入りポイントは下記です。
◆夜の水族館
綿あめを小道具に使ってのキス、夜の水族館でキスはきっとロマンチックです
ひとつの綿あめをふたり同時に食べるのポッキーゲーム感があってドキドキです
プールデートではひたすらスケベオヤジだった孟徳さんでしたが
本作はロマンチックなデートでカッコいい孟徳さんだったと思います(笑)
◆水族館デート参考・美ら〇生き物図鑑(沖縄美ら〇水族館公式HP)
〇ttps://churaumi.okinawa/sp/fishbook/
サンゴ礁の海に暮らす魚の種類の参考にさせていただきました。ありがとうございました。
◆夜の海辺を散歩
エモさを目指しました。孟徳さんは横顔もきっとかっこいいと思います。
◆観覧車でキス
向かい合って座っていた相手が席移動して隣にくる瞬間ってドキドキしますよね。
てっぺんでキスは少女漫画のノルマです(笑)
本作は孟徳ルートハピエンベースの現パロなので、
最後には変わらないものを願ってもらいました。月見の祭リスペクトです
今回の孟徳さんの夏(晩夏)デートも書いていてとても楽しかったです。
自分自身が夏という季節が大好きで、毎年夏の終わりには特別なエモさを感じるので、
そういった気持ちが書けてよかったと思っています
今回の孟徳さんや文若さんとの夏デート編を通して、
夏休みの楽しさや夏の終わりの切なさが書けてよかったです
少しでも読み手さんに伝わっていたら嬉しいです
ここまでお読みくださりありがとうございました。
それではまた次回、お目にかかれましたら幸いです