過去編クラブナンパ~Friday Night Fantasy~(R18)
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恋戦記は現在一部のお話のみヒロインの名前変換可です薄桜鬼とテニプリは名前変換可、刀剣乱舞はネームレス夢です
恋戦記小説について
現在一部作品のみ名前変換可にしていますが、ヒロインの下の名前「花」が一般名詞でもあるため「花瓶の花」などで巻き込み変換されてしまいます
それでも良い方は変換してお楽しみください。それがダメな方はデフォ名「山田花」でお楽しみください
すみませんが、よろしくお願いいたします
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◆本編
花は不思議な夢を見ていた。
(――こ、ここは……!? もしかしてクラブという場所なのでは……!?)
ケバケバしい装飾の施された暗室のようなフロア内を極彩色のライトが照らし、常にそこそこのボリュームで流されているおしゃれな洋楽に合わせて華やかな容姿の男女が体を揺らしている。
薄っすらと漂うタバコと酒の匂いが気になって花はあたりを見回した。フロアの隅には酒類が供されるスペースがあリ、バーテンダーと談笑する者や仲間たちとグラスを傾ける者たちがいた。
そんな中に自分一人がぽつんと取り残されている。夢の中とはいえ、あまりにも場違いな場所に放り出されて花は途方に暮れた。
ナイトクラブに実際に来たことなどないが、知識だけはある。若い頃、孟徳が入り浸って問題ばかり起こしていたと文若から聞かされていた。
(……どうしよう、なんでこんな)
花は焦るが、こんなところに女ひとりでいて厄介事に巻き込まれても困る。
花はこの場から立ち去ろうとするが、ふと気になって自分の身なりを確かめた。
鏡がないから自分の顔はわからないものの、首から下はこの場にふさわしい華美な衣服に身を包み、両手の爪も派手な色で塗られて一分の隙もなく飾られている。そして。
(わ、すごいおっぱいだ……)
今の花は。同じ女なのに見惚れてしまうほどの、見事なまでの豊乳だった。
たわわに実ったふたつの果実はしっかりと突き出ていて、それなのにウエストは細いから感動してしまう。
きっと、この体の主は美意識の高い女性なのだろう。手首や膝下の細さ、華奢さも惚れ惚れするほどで、このスタイルは努力なしには手に入らない。
本来の自分の体つきを思うと若干悲しくなってくるけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
花は気持ちを切り替えると、今のこの状況を自分なりに整理しようとした。
(夢の中だからかな、自分じゃなくて他の人の身体に乗り移っているのかも。きっとすごく綺麗なお姉さんだ……)
けれど、悠長に考え事をしている場合ではなかった。
こんな場所でこんな乳を見せびらかしながら、女ひとりで暇そうにしていれば、あっという間にお声がかかるはずだ。
心なしか先ほどから周囲の男性客からチラチラと熱い視線を送られている気がする。そして、不意に近くで口笛の音がすると同時に肩を叩かれる。
「――ねぇ、君カワイイね! VIPどお? 一緒に飲もうよ! ご馳走するし!」
花にとってはあまりにも耳慣れた声だ。しかし、その声は妙に軽やかで。
「っ、え……!?」
振り向いた花は驚愕した。そこにいたのは曹孟徳。花のただ一人の恋人だった。しかし、この彼は。
(孟徳さん、なんかすごく、若い……!?)
ふわふわの茶色い髪に陰りのない琥珀の瞳、明るく声に貫禄はほとんどない。まだ大学生か入社数年目の社会人といった様子だ。
若かりし頃の孟徳は花の豊満なバストに視線を奪われながらも、堂々と口説いてきた。 そして、彼のすぐそばにいる黒髪の青年は。
「――おい孟徳、俺たちはテキーラとエナドリしか呑んでないだろう。どうするつもりだ」
かつての孟徳の親友、張孟卓だった。苦笑しながらも孟徳を明るく諫める彼は、孟徳と大学同期の彼の遊び仲間だった人だ。しかし。
(どうしよう、テキーラってすごく強いお酒だよね……)
普段酒を飲まない花でも知っている。こんなものを飲まされたらきっと酔いつぶれてしまうし、そうなれば何が起きるのかは明らかだった。若い頃の孟徳の女癖の悪さは、なんとなく聞かされていた。
しかし、孟徳は白々しくとぼける。
「――えっ、そうだっけ? じゃあ、君のために今からシャンパンあけるからさ、俺たちのところに来てよ!」
花の警戒心を解こうとするかのように明るく言って。孟徳はごく自然に花との距離を詰めてきた。
そのままの流れで、彼女の髪に触れて、耳元に唇を寄せる。
「――君、髪の毛キレイだね。ずっと触ってたくなる……」
不意に声を低めて。孟徳はさっそく色気たっぷりに花を褒めてくる。クラブの場内はとても賑やかで、常に音楽がそこそこの音量で鳴っているから、この距離でないと会話もままならないのだ。
しかし、そんな孟徳の姿に孟卓は吹き出すように笑った。
「お前は相変わらず手が早いな」
抜け目のない悪友の姿は、孟卓にとっては笑いのネタでしかない。しかし『彼』にとってはそうではなかった。
「――孟徳殿っ!! 毎週毎週!! 飽きもせずこのようなところで……!!」
周囲の雑音に負けないように、怒声を張り上げながら、ブロア内の人混みをかき分けてこちらに向かってくるのは。
「……っ!!」
花は再び息を呑む。
(あれは、文若さんだよね……!? 私と同い年くらいかな。やっぱり若い……!!)
おそらくは、元譲の代理で遊び歩く孟徳を引き取りに来たのだろう。
華やかで浮ついた空気の大人の男女に混じる、まだ学生くささの抜けない生真面目そうな少年は、その場から激しく浮いていた。
「――げっ! 文若!」
露骨に嫌そうな顔をする孟徳とは対照的に、孟卓は飄々としている。
「お、孟徳のところの子供か。ここは大人の男女の遊び場なんだが、よく入ってこれたな?」
ナイトクラブは入場時にIDチェックがある。入口で顔写真つきの身分証を提示して成人であることを証明しないと入れないのだ。
未成年が運良くそれを突破しても、フロア内を闊歩しているガタイのいいセキュリティの男性に見つかればつまみ出されることもある。しかし。
「――孟卓殿!! 私は二十歳を過ぎております!! そんなことよりも……!!」
怒り心頭な様子で腕を掴もうとしてくる文若から身をかわしながらも。
「――面倒くさいのに見つかっちゃったな、逃げるよ! こっちきて!」
孟徳は花の手を取って一目散に駆け出した。
「――きゃっ!」
「足もと気をつけて! ごめんけど走るよ!」
人混みを縫うようにすり抜けながら、孟徳は花を連れたまま、追いすがってくる文若を撒こうとする。
「――っ、孟徳殿! どこに行かれるのですか! その女性は……!?」
「――落ち着け荀文若、もう無理だ。それに、こんなところで無駄に騒ぐな。本当にお前は公路に似てるな」
「っ、孟卓殿! 私は……!」
「それより、一杯どうだ? 先輩のよしみで奢ってやるぞ?」
「結構です!」
「つまらん男だな」
背後で文若を引き留める孟卓の声を聞きながら、花は孟徳に連れられてクラブの場内を抜け出した。
***
「――こっちこっち、走るよ! 文若、じゃなかったアイツほーんとしつこいからさ、一度外に出てもいい? 後でちゃんと戻ってくるから!」
「は、はい……!」
成り行きで花と孟徳のふたりは外に出た。手を繋いだまま階段を駆け上がりそのまま店外へ。
花と孟徳がいたナイトクラブは地下にあった。人も多くて空気がこもっていたから、外の空気が清々しい。
気候からいっておそらくは春の夜。繁華街は昼間以上に賑やかだった。眠らない街、きっとまだ終電は来ない。
星の輝きも月の光も覆い隠して塗りつぶすほど眩しい街明かり。その中で目にする若かりし頃の孟徳の横顔に、花は不思議な懐かしさを覚えた。
(おかしいな、若い頃の孟徳さんに、会ったことなんてないのに……)
花の知らない彼の横顔。若い頃の孟徳とこうしていると、いやでも想像してしまう。
もし彼と同い年だったら。今よりもっと距離が近くて、気安くて。何のしがらみにも囚われない当たり前の日常を過ごせたのかもしれないのに。
けれど、残念ながら今は感傷に浸っている場合ではない。花はあたりの様子を確かめた。
(ここは…… 孟徳さんの大学の近くの街だよね。私も来たことがある。だけど……)
夢の中で放り出された場所は幸いにも花も知っている場所だったが。よく見ると様子がおかしいのだ。街並みが全体的に古い気がする。
街を歩く人々のファッション、ちょうど近くにあったドラッグストアから流れてくる流行曲と店頭に掲示されている化粧品の広告を見る限り、おそらくここは。
(多分、今は十五年前くらいだ。この曲が流行っていたのは、その頃のはず……)
それにしても。先ほど頑張って走ったせいか少し足が疲れてしまった。履き慣れないヒールで階段を駆け上ったからだろうか。すると、ちょうど孟徳が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「……そんな靴なのに走らせちゃってごめんね。でも、あともう少しだけ、俺に付き合ってくれる? 追っ手をちゃんと撒いておきたいんだよね」
甘えたようにお願いされる。彼の得意の上目遣いだ。大好きな孟徳の今も昔も変わらない癖に、花は無意識のうちに柔らかな笑みをこぼしてしまう。
「はい」
すると、孟徳は一瞬だけ驚いた顔をしたが。すぐにいつもの笑顔を作ると再び花の手を取った。
「うん。それじゃあ行こう」
人混みにはぐれてしまわないように手を繋ぎながら。花は孟徳に導かれて夜の街を駆け抜ける。
通り過ぎる車のヘッドライトにテールランプ。人々のざわめき。頬に当たる生ぬるい都会の風。舗装されたアスファルトの上、ピンヒールが小さな音を立てる。
若い頃の孟徳の後ろ姿は、近くて遠い。
どことなく小さく感じる背中は、今の孟徳より頼りなく感じたけど『この人についていきたい』という狂おしいほどの愛しさを掻き立てる。
夢うつつ。不意に切なさがこみ上げて、花の視界がにじんで歪む。
(……おかしいな。雨なんて降ってないのに)
若くて青い恋のはじまり。まるで青春映画の主人公になったみたいだ。
心地よい春の夜風に、不思議なほどの疾走感と高揚感。夜遊びでしか得られない興奮だ。
この刺激と楽しさに、やみつきになってしまう。憂鬱な物思いも、全てを忘れて今夜は楽しみたい。
現実からの逃避行。時を超えて夢の世界へ。慣れないヒールの痛みも、いつの間にか気にならなくなっていた。
*
しばらく走って、ようやく孟徳は足を止めた。
「――ここまで走ればもういいかな。ごめんね、ばたばたしちゃって」
「い、いえ……」
「そんな靴で走らせちゃって本当にごめん! 平気?」
「だ、大丈夫です」
「なら良かった」
大袈裟に安堵する孟徳に花もつられて微笑む。彼に優しく気遣われるのが素直に嬉しい。
「ねぇ、今からどうしよっか。やっぱり俺、なんかお腹空いちゃったんだよね。酔いも冷ましたいし、今から二人でなにか食べに行こうよ。何でも好きなもの、ご馳走するからさ!」
「は、はい……!」
「よしっ、じゃあ決まりだね! 行こっか。近くに二十四時間営業のファミレスあるんだ、ドリンクバーもあるし、そこでいい?」
「そこで、いいです」
彼と一緒にファミレスというのがなんだか新鮮だ。大人の彼は花をお高いレストランにばかり連れて行きたがるから。けれど。
(あれ、なんか、ちょっと吐き気が……)
緊張が切れたとたんに、せりあがってくる嫌な何か。なんとなく気持ちが悪くなってきて、花は俯いて口元を抑えた。自然と歩みが遅くなる。
「……どうしたの?」
すかさず孟徳が顔を覗き込んでくる。やはりさすがの察しの良さだ。ここで無理をしても余計に迷惑になるだろうから、花は素直に打ち明けた。
「すみません、なんか具合、悪いみたいで……」
「……あれ、もしかして君、結構飲んでた? 急に走ったから気持ち悪くなっちゃったのかな」
「わから、ない、です……」
「……ごめん、ちょっといい?」
やにわに孟徳は、花の口元に顔を近づけてくる。
「っ!」
キスができそうな距離だ。びっくりしたけど相手が孟徳だからか嫌じゃなかった。
孟徳はいつも距離が近いけど、今夜の彼はいつも以上に距離が近い。何かにつけて近づいて、過剰に花の身体に触れようとしてくる。
やはり下心があるのだろう。性的な意味での好意が。
「君、結構飲んでるみたいだね……。もしかして、誰かに無理やり飲まされた?」
しかし、孟徳は意外なほど花を真面目に心配してくれた。気に入った女の子にはとても優しい彼らしくて、花は嬉しさと安堵を覚える。
頼れる人が彼しかいない今の状況だからこそ、ささやかな気遣いが心に沁みた。
「ちがい、ます…… 多分」
「多分、が気になるんだけど、まあ深くは聞かないよ。……でも、困ったな」
「?」
「こんな状態の女の子を、これ以上連れ回すわけにもいかないし、ましてや放置するわけにもいかない」
「え……?」
「君みたいな可愛い子が、酔っ払ってフラフラになってるのを、放り出すわけにもいかないだろ? だからさ」
「……?」
孟徳に意味ありげな流し目を送られて、花は戸惑う。
そんなに自分は酔っているのだろうか。確かにちょっと足元はふらつくけど、意識はしっかりしていると思うのに。
孟徳は一呼吸置くと、おもむろに口を開いた。
「……近くに、休めるところがあるんだ。一緒に行かない? 絶対に、何もしないからさ」
少しだけ緊張した面持ちで、堂々と打診される。近くにある休めるところ。それはラブホテルのことだろう。
いやらしいことでも、堂々としていれば不思議と嫌悪感はない。むしろ野性的な男らしさすら感じてしまうから不思議だ。孟徳の明るい性格は得だと思った。
けれど『男の言う「絶対に何もしない」は絶対に嘘だから、絶対に信じちゃダメだよ』と教えてくれたのは他ならぬ未来の彼自身だったから。
いくら『それらしい』理由があってもダメだろうと花は断ろうとする。
「あ、あの、すみません…… 私……」
しかし、敏感に拒否の空気を察知したのか。孟徳は強引に押し切ろうとしてきた。近くを通りかかったタクシーを目ざとく見つけて片手を軽く上げる。
「――あっ、ちょうどタクシーきた! すみませーん、乗ります! はい、君も乗って! 俺らさっきから目立ちまくってたし、文若に見つかるのは絶対に嫌だから、早くこの場を離れるよ!」
花は無理やりタクシーに押し込まれる。
慣れないヒールの靴、泥酔してふらつく身体、先ほどまでそこそこの距離を全力疾走させられていた疲労、ここまで揃って孟徳の手から逃れられるはずもない。
「そんな、ちょっと待って……!」
「――すみません! 駅前のビジネスホテルお願いします!」
「え?」
ラブホじゃなくてビジホだった。花は拍子抜けする。孟徳は意味深に微笑むと、花に身体を寄せて耳打ちした。
「……変なところに連れ込まれちゃうかと思った?」
密やかに笑われる。タクシーの後部座席はそう広くなかった。並んで座って、気がつけばもう恋人同士の距離なのに花は気がつかない。
「ち、違います!」
「嘘、だよね」
「……そ、それは」
「部屋でふたりきり、だけど君が嫌がるようなことはしないからさ……。ゆっくり一緒に過ごそうよ。君のことたくさん、俺に教えて?」
「っ……!」
花は孟徳を知っているから、つい忘れそうになるが、孟徳のほうはそうではないのだ。
彼にとって今の花はクラブでナンパした初対面の女の子でしかない。それを思い出して花は無性に寂しくなった。
孟徳に抱かれること自体にそこまで抵抗はなかったが、自分のことを『今日出会った知らない女の子』と認識して口説いてくる、夢の世界の彼に抱かれるのは抵抗がある。
これも現実世界の孟徳に対する裏切りになるのだろうか。
しかし、花の拒否のオーラを察知した孟徳は、果敢にもそこに切り込んできた。
「――それとも、出会ったばかりの男なんていや?」
花はこくりと頷いた。しかし、嫌と言われて素直に引くような孟徳ではない。
「――酔っ払ってフラフラになってる可愛い女の子が、そんなこと言っちゃっていいのかな?」
「っ!」
「……君はとってもかわいいから。今、俺に放り出されたら、悪いオオカミさんたちに美味しく食べられちゃうかもしれないね」
くすりと笑いながら酷薄な瞳を向けてくる、孟徳は意地悪だ。容赦なく弱いところを突いてくる。こんなことを言われたら、彼に縋りたくなってしまう。
花の戸惑いや怯えを察知したのか、孟徳は勝ちを確信したかのような余裕の笑みを浮かべた。
「ほら、俺に頼りたくなったでしょ? 大丈夫、君を傷つけるようなことは絶対にしない。約束するよ。だから、今夜は俺と一緒にいてよ」
ここで頷くのはなんだか悔しい。けれど、今彼に放り出されたら、どうなってしまうかわからないから。荒事に巻き込まれるのは避けたくて、花は仕方なく「わかりました」と答えた。
「……うん、ありがとう。じゃあ、一緒に行こっか」
孟徳の狙いなんて明らかだ。ホテルの部屋でなし崩しに一線を越えようとしてくるに違いない。けれど、断りきれない花だった。
部屋に入ってすぐ性行為になだれ込むことを覚悟していたものの。孟徳は意外なほどに紳士だった。花をベッドに寝かせてきちんと介抱してくれる。
「――はい、お水。大丈夫?」
「……大丈夫です。すみません」
「しばらく休んでていいよ。俺はお腹すいたからなにか頼んで食べてるし」
深い赤のパーカーを脱いで寛いでいる、リラックスした様子の孟徳には不思議な色気がある。
袖のないゆったりとした黒のカットソーにジャラリとしたネックレス。そして左耳の揺れるピアスが印象的だった。
「……君は寝てな。まだ何もしないから、休んでていいよ」
孟徳の『まだ』が引っかかったが、花は気にしないことにして、小さく「はい」と答えた。
「……しかし、君みたいに可愛い子がクラブでひとりなんて無用心過ぎるよ。これからは誰かと一緒に来ること。いいね? 一流店でもナンパはあるし、心配だから ……って俺が言えた義理じゃないか」
花に真面目に忠告するものの、最後に己の矛盾に気がついたのか、孟徳は苦笑して肩をすくめた。
「……あんまりお喋りしてても仕方ないね。それじゃあお休み。目が覚めたら声かけてよ」
いたわるようにそう言って、孟徳は花に布団をかけてくれた。そして、花が眠りやすいように照明を常夜灯だけにしてくれた。
ビジネスホテルのツインだから、さほど大きくない部屋にシングルベッドが二台ある。高級感はないけど清潔なベッド。白いシーツが気持ちいい。
(なんだか友達と旅行に来てるみたいだな……)
自分に背を向けて、ジャラジャラとしたネックレスや大ぶりのピアスを外している孟徳の姿は、なぜかすごく若く幼く見えて。まるで同じクラスの男の子のようにも思えた。
***
気がつくと誰かと手を繋いでいた。
夜更けに目を覚ますと、同じベッドで孟徳が寝ていた。彼の手が花の手に重ねられている。
「……っ!」
花の頬にさっと朱が走る。孟徳が裸だったからだ。下半身の様子はわからないけど上半身は何も着ていない。
シャワーを浴びたのか孟徳からはシャンプーの匂いがした。明るい茶色の髪の毛は柔らかそうで、猫のようだ。
裸の孟徳はセクシーだ。鎖骨も綺麗で胸板も意外と厚い。腕も筋肉で引き締まっている。十五年前の、おそらくは二十代半ばくらいの彼は寝顔も無防備であどけない。
そういえば、かつての孟徳と一緒の寝台で眠ったことがあったなと花は思い出した。
あのときも過去に飛んだ成り行きだったけど、年かさの彼が恥ずかしがる花を気遣って、仕切りの布をつけてくれた。
けれど、今は仕切りなどない。今の若い彼が、そんなことをするわけがないのだ。
今の孟徳は下心を隠そうともしていない。だからこそシャワーを浴びて裸で花のベッドに潜り込んで、手まで握っているのだ。
彼用の空いているベッドがすぐ隣にあるのにも関わらず。
今まさに彼に美味しく頂かれる直前だというのに、不思議なほど花に危機感はなかった。
なんだかふわふわする。夜の街をふたりで駆けた高揚感はまだ続いていた。まだ夢の中にいるみたいだ。
この夢がずっと覚めなければいいのに。無意識に、花はそう願ってしまう。
大好きな孟徳と同じ時代に生まれて、一緒に生きたかった。その夢が今、叶っているから。
やっぱり孟徳が好きだ。どんな彼でも彼が好きで、だからこそ拒みきれずに、ここまでついてきてしまった。
「かっこいいな……」
手を繋いだまま、花はぽつりとつぶやく。
夢の中の過去の彼は、現実世界の大人の彼とは違う人なのかもしれない。だけど、繋いだ手の温もりは同じで、花の胸は締めつけられた。孟徳が好きだから、夢の中でも過去の彼に出会えて嬉しい。
すると、不意に目の前の彼が目蓋を開けた。
「……どうもありがとう。君みたいな可愛い子に褒められると、すごく嬉しいな」
「起きて、たんですか……?」
「うん、ついさっき目が覚めた」
さすがの勘の良さだ。彼の隙のなさに花は舌を巻く。
孟徳は花の手に重ねている自分の手に力を込めると、熱く潤んだ瞳で見つめてきた。
「ね、せっかくだしさ…… 目が覚めたんならちょっとだけ楽しいこと、しようよ」
「え?」
「泥酔した君を頑張って介抱した健気な俺に、一夜の情けをかけていただけませんでしょうか、ってね」
「っ、それは……」
「ね、だめ……?」
一夜の情け、つまりは性行為の打診だ。いつかは来るだろうと薄々覚悟はしていたけど、いざ実際にされると緊張してしまう。
断るにしろ了承するにしろ、現実の花自身は男の人にしょっちゅう口説かれるような身分ではなかったから。なかなかないシチュエーションに戸惑ってしまう。
ほぼ初対面の男の人とこんなことになったのも、初めてだった。
「……っ」
どうしよう。どうせ今は夢の中だし、孟徳だからいいかなという気もするけれど、きちんと断るべきな気もする。
クラブでナンパされて、あっさり連れ出されて、連れ込まれて。ついさっき出会ったばかりの男の人と一線を越えてしまうなんて、さすがにダメだと思う。
でも断ろうにも、どうすれば今の孟徳を納得させられるのかがわからない。
けれど、黙り込んでいる花に対して、孟徳は食い下がってきた。
「……今日出会ったばかりだから、信じてもらえないかもしれないけど、俺は君が好きなんだ。すごく可愛い君を、俺だけのものにしたい。今夜出会ったのだって運命だって思ってる」
口のうまい孟徳は女の子の喜ぶことばかり言ってくる。
『出会ったばかりだけど好き。信じてほしい。運命だから。君を逃したくない……』
甘すぎて目眩がしてくる。
これほどまでに誰かから求められることもあまりない。こんなにも熱心に口説かれたのも初めてだ。大人の彼はもっとスマートだったから。
『ここで引き下がったら男じゃないだろ、絶対に逃さない……』
彼の心の声が聞こえてきそうだ。
スラスラ出てくるおべんちゃらは、言い慣れてる感がすごくてやっぱり信じられないけど。ここまで熱く迫られたら、ちょっとくらいイイかもと思えてくるから不思議だった。
まだお酒が抜けていない。傍らには愛しい人。
泥酔して判断力が落ちているのだと思う。今夜はらしくなく流されている。
いつもならきちんと断れるはずなのにできないのは、相手が孟徳だからだろうか。それとも今が現実じゃないとわかっているからだろうか。休前日の夜の夢物語。
フワフワして、ドキドキして地に足がつかない。思い切って、らしくないことをしてもいいかも。そんな気持ちに囚われている。
そんな花の胸の内に気がついているのか、いないのか。孟徳は畳み掛けてきた。
あと少しで手が届く極上の果実。この瞬間が一番、男としての情熱が掻き立てられる。
美しい花をこの手で摘み取る瞬間の、罪深いときめき。
あと少し落ちてきてくれれば、賊は賊らしく無理やりにでも手に入れてしまうのに。焦燥にかられて仄暗い感情が顔を出す。
欲望に支配されつつある思考。優しげにふるまう余裕などもうなかった。
獰猛な本性を隠したまま、孟徳は情熱的な男の振りをして花を口説き落とそうとする。
「今日を逃して、君を他の男に取られたら。俺はきっと一生後悔すると思う。だからさ…… 抱かせてよ」
「――っ!」
切実な瞳と囁き声に心臓を撃ち抜かれたのか、孟徳の眼前の姫君は目を見開いて頬を染めた。
(……どうしよう……)
相手にあるのはただの性欲で、そこに真摯な愛情なんてないのはわかり切っているのに。こんなにも激しく求められるのを嬉しく思ってしまう。
たとえ下心しかなくても、好きな人に強く求められて、必要とされるのが嬉しい。
その場限りのお世辞に決まっているのに、その手を取ってしまいたくなる。
地位を得た大人の彼は、嘘が嫌いだから嘘をつかなくて、簡単に手に入れた女の子にすぐに飽きてしまう人だったけど、今の彼はどうなのだろう。
やはり、不安は拭いきれない。ワンナイトをあっさり許してしまう軽い子とも思われたくなくて、花は再度拒もうとした。
「っ! だめです、やっぱり……」
「……嘘、だよね」
「え?」
「本当は俺に抱かれてもいいかもって、思ってるくせに」
どこか余裕をなくしている様子の孟徳の切実な瞳になじられる。
唇を曲げて拗ねたように、怒ったように。花を責める彼は年相応の少年らしい幼さだった。そこに狡猾な大人のずるさはない。
「……君のことは今夜限りだなんて思ってないよ。また会いたいと思ってる。体から入る関係だって、あるでしょ?」
「っ……!」
見透かされた思いだった。やはり孟徳は孟徳なのだ。他の人の弱さを見抜く。
「同じベッドにいるのに、往生際が悪いよ。悪いけど、もう待てないから……。君を俺のものに、しちゃうね?」
そして花の弱さを見逃すほど、孟徳は甘い男ではない。容赦なく一線を越えてきた。
「っ、待っ……」
覆いかぶさられて唇を塞がれてしまう。
「――早く、素直になってよ」
泥酔した体には力が入らなくて抵抗できない。
あっという間に服を脱がされて、孟徳の張りつめた欲望が押しつけられる。
自分に愛を捧げてくれる大人の孟徳を思い出し、罪悪感を覚える花だったが。ここまで来たらもう止められない。
「――俺がどれだけ君を好きか、今からたっぷり教えてあげるよ……」
***
若い孟徳の性行為も、花が知っている彼のものとほとんど変わらなかった。
相手を魅了して自分のカラダとテクニックの虜にしようとするかのような、巧みな愛撫。
どこをどうすれば女の子が気持ちよくなるかを知り抜いている彼に、自分の無防備な身体を愛されるのはすごく心地いい。
「――そういえば…… 名前、まだ言ってなかったよね。俺は孟徳。君は?」
「……っ! ……それは」
「教えてくれないのか……。じゃあ、今日はとりあえず姫って呼ぶね?」
「……っ、花です」
いかにワンナイトといえども。
彼を通り過ぎていった数多くの『名前のないひとり』になるのは嫌だった。花はとっさに自分の本当の名前を伝えてしまう。
せめてものプライドだった。彼の心に爪痕を残したいそれがたとえ一夜限りの夢だとしても。すると。
「――花、か。可愛い名前だね」
意外なほど優しい微笑みを返された。
出会ったその日に、名前も知らない同士で体を重ねて愛し合っている。しかも出会った場所はナイトクラブ。
本来の自分では考えられないし、とんでもない。本当は今でも緊張している。
しかし、そんな花に対して孟徳は少しも動じてない。それどころか慣れた雰囲気すら出している。
かつて文若から聞かされた、若い頃の孟徳の問題児ぶりを思い出し、花は複雑な気持ちになる。
遊んでたっていうのは知ってたし、覚悟していたつもりだったけど。やはりいざ目の当たりにすると、軽くない衝撃がある。
若い頃の彼は今よりずっと軽薄だったけど、色っぽいところは同じだった。
その瞳や表情に陰りはないけれど、酷薄さや残酷さの片鱗を時おり見せる、この人は間違いなく孟徳だ。若かりし頃の彼自身。
だからこそ。そんな彼になら抱かれてもいいかなと思えた。
「――スタイルいいよねぇ、惚れ惚れする……」
孟徳は花の胸を揉みながら、蕩けるような瞳で囁く。大きなバストを褒められるなんて初めての体験だ。
大きなおっぱいをふにふにされて、手慰みのオモチャにされるのも。
「フロア内でも目立ってたよ。他の男も君のことを狙ってた……。早くしないと取られると思って声をかけたんだけど、君を勝ち取れてよかったよ」
「……そんなに、目立ってましたか?」
「うん。目立ってたよ。俺の目には一番、輝いて映ってた」
「っ……!」
こんなにも歯の浮くようなお世辞がスラスラ出てくるのは才能だと思う。
だけど『取られる』とか『勝ち取る』とか言われると、自分が何かの景品になったような気になる。
「お世辞ばっかり言わないでください。私なんか……」
「お世辞じゃないよ。しかし本当に、大きくて柔らかくて気持ちいいね。君のカラダは……」
先ほどからずっと花の乳房ばかりを愛でていた孟徳は、そのまま胸の谷間に顔を埋めてきた。
「こうやって挟まったら、窒息しそうだ。はぁ…… すごくいい……」
自分のカラダを好きな人にオモチャにされている。さすがに恥ずかしくなってきた花は、つい孟徳を責めてしまう。
「も、さっきからずっと、胸ばっかり……」
「他のところも触ってほしいの?」
「別に、そういうわけじゃ……!」
「遠慮しなくていいよ、ほら、脚を開いて」
「っ……!」
「うん、それでいいよ」
「っ、ん……!」
脚を強引に広げられたと思ったら、孟徳の大きな手が入り込んできた。着衣は全て脱がされているから、脚の間のその場所を彼の好きにされてしまう。
いかに孟徳とはいえ、ついさっき出会ったばかりの男の子に、こんなことをされているという恥ずかしさがこみ上げてきて。彼を拒もうとしたら「抵抗しちゃだめ」と押し返された。
「……っ、孟徳さん」
「恥ずかしがらないで。もっと素直になってよ、花」
「っ……」
「俺を信じて、全部任せて……?」
「……!」
孟徳に『俺を信じて』と言われるなんて。花が知る大人の彼は、こんな発言はしないから。花は動揺してしまう。
するとその隙に、孟徳の悪戯な指先が花の秘められた場所に入り込んできた。
「っ……! 待ってください……!」
「あれ……? もうこんなになってる……」
花のその場所はすでにしっかりと潤っていた。孟徳が指でかき混ぜるたびに、くちゅくちゅという水音がする。
先ほどまでのやり取りだけで、こんなにも興奮して濡らしてしまったのだ。愛の行為への期待が抑えきれない、浅ましく欲深い自分自身に花は恥ずかしくなってしまう。
けれど、孟徳は嬉しそうに微笑んだ。
「……すごくかわいい。早く入れて欲しいんだね」
「っ、そういうわけじゃ……」
「……入り口までびしょびしょだよ? しっかり濡れてるの、わかる?」
ゆっくりと大きく花の割れ目の中をかき混ぜながら、孟徳は花を煽ってくる。
甘く優しく、それでいてやっている行為は少しも甘くない。むしろどちらかというと大胆だ。
けれど、そんな孟徳との愛の営みに、花は骨抜きにされていた。
甘やかで強い刺激に慣れ過ぎて、ちょっとやそっとじゃ満足できなくなっているから。もっといやらしいことをして欲しい。もっと過激で恥ずかしいことを……。
花は孟徳が愛撫しやすいように脚を広げたまま、彼に甘くねだった。
「恥ずかしいから…… 言わないでください……」
「……それ『もっと言って欲しい』ってことだよね?」
孟徳に楽しげな笑みを返されて、花は淡く頬を染めた。
「……もう、いつでも入れられそうだけど、念のためもう少し慣らしておこうか」
「っ……!」
容赦なく指を増やされて、花の柔らかな体内が孟徳に力ずくで押し広げられる。だけどそれが、すごく気持ちいい。
「っ、あ…… あっ…… ん……」
甘く身もだえる花に気を良くしたのか、孟徳は花の最も感じてしまう突起に容赦なく触れてきた。
「あっ…… そこ……」
「……女の子はみんな、ここが好きだよね。君はどうかな?」
挑戦的な目で見つめられて花の頬が赤くなる。
「……っ、孟徳さん」
彼の不敵な笑みが好きだ。悪辣なこの表情に、無防備な身体の全てを蹂躙されたいとすら願ってしまう。
そして次の瞬間、求めていた刺激が花の身体にもたらされた。
「っ、あ……! あっ…… ん……!」
「可愛いよ、花…… すごくいい反応だね」
割れ目の中を蹂躙されながら脚の間の突起を弄られるのが一番好きだ。こうやってずっと彼に愛されていたい……。花はそんなことを願ったが、そのとき。
*
ベットサイドでけたたましく鳴る着信音。
孟徳のスマホが鳴ったのだ。花と孟徳はふたり同時に息を呑んで固まった。
孟徳の瞳からわずかに熱が抜け、彼は気まずそうに謝る。
「……ごめん、電源切り忘れてた」
「い、え……」
愛撫を急に中断されて、花は寂しくなってしまう。
熱くなった身体を急に放り出されて、たまらない気持ちになった花は、無意識に自分の太ももを擦り合わせていた。
孟徳は体を起こしてベットサイドに置いていたスマホを手に取ると。
「あ、孟卓…… さっき一緒にいた奴から電話だ……。ごめん、ちょっと出るね? 声は、頑張って我慢して?」
「っ、え……!?」
焦る花に対して、孟徳は堂々としていた。しれっとした顔で鳴り続けるスマホの画面をタップして電話に出る。
「――何だよ、孟卓か?」
低い声でそう口にしながらも、孟徳は裸の花に再び覆いかぶさってきた。
「っ!!」
花にとってはドキドキの展開だ。ベッドで愛し合っている最中だというのに、お相手が友人からの電話に出てしまって。
まだ裸だからか花は緊張してしまう。感じたことない恥ずかしさと興奮がこみ上げてくる。
『――おい、孟徳! お前はどこまで逃げたんだよ! 今どこにいるんだ!』
電話中の孟徳と密着しているから。通話相手の孟卓の声も筒抜けだ。
電話機を通しているから機械的な響きを感じるけど、まるでホテルの部屋で愛し合っている最中に彼の友人にドアを開けられてしまったかのような、錯覚を覚えてしまう。
ドキドキして、妙に昂ぶってしまう。じんわりと頬に熱が集まってくる。身体の中心も熱くなってしまって、花は自分のその場所がはしたなく濡れていくのを感じ取る。
(孟徳さんは…… 何て答えるのかな……)
花は裸のまま、孟徳の腕の中で彼を見上げた。
成り行きでふたり消えてしまったから、安否確認の電話がかかってくるのは当然だった。孟徳はちらりと花に視線をやると、わかりやすく言葉を濁した。
「あー、今は……」
孟卓と話しているときの孟徳は、花と話しているときの彼とかなり違う。
よく通る低い声に甘さはなく、だいぶ素っ気ない。おそらくはこれが、同性の友人に対するときの孟徳の普段の態度なのだろう。孟卓もさして気にした様子はない。
『荀文若は諦めて帰ったぞ。こっちに戻って来るのか?』
「ん、悪い。今夜は戻れない」
低く抑えた声で素っ気なく答えると同時に、孟徳は花に視線を投げると、甘く微笑んでウインクをしてきた。
『――今夜はずっと君と一緒だから、安心して』
『――孟卓たちといるより、君といるほうがずっとイイから』
孟徳に表情だけでそう伝えられて、花は真っ赤になってしまう。
「……っ!」
こんなのズルいと思う。こんなドキドキ初めてだ。孟徳が自分を選んでくれたのがこんなにも嬉しいなんて。
電話の向こうの孟卓は、花と孟徳のやりとりには気づかず確認を入れてきた。
『なんだよ。せっかく荀家のガキを追い払ってやったのに。もしかして、お前さっきの子とまだ一緒なのか? まさか、今はホテルか?』
「そんなとこ。今日は泊まりだから」
『っは! 相変わらず手が早いな!』
電話の向こうで孟卓がゲラゲラと笑う。孟卓は花がこのやりとりを聞いているとは思っていないようで、容赦のない喋りを続けてきた。
『あのデカい胸を好きにできるって最高だな! 羨ましいぞ。次は俺に回せよ!』
「ふざけるな。彼女は俺のものだ。お前らなんかに誰が渡すか」
『なんだよ、珍しいな……。まぁでも、彼女はお前の好みど真ん中だもんな。色気あったし包容力ありそうだし。じゃあ、あとで「致した感想」を教えてくれ』
あけすけな孟卓の喋りに花の顔がますます赤くなる。
セックスの感想とか次は俺にやらせろとか、これが彼らの普通なのだろうか。
しかし、花を意識しているのか孟徳は孟卓に怒ってみせた。
「誰が教えるか! いい加減にしろよ! ――ね、花」
「っ、えっ……!?」
孟徳に急に名前を呼ばれて、花はうっかり返事をしてしまう。
しかも、まだ電話を切っていないにも関わらず、唐突に孟徳が花の裸の身体を弄ってきた。
「――だ、ダメです孟徳さ……! ひゃ! あ、っ……! あ、ん……」
我慢しようと思っても、孟徳の愛撫は容赦なくて甘く震えた声を出してしまう。今まさに『してるところ』ですという、あられもない喘ぎだ。
そのうえ、孟徳が急に身体を動かしたせいか、タイミングよくベッドがギシッときしみ、電話の向こうの孟卓が楽しげな声を上げた。
『へぇっ、あの子、花っていうのか! 声もやらしくて可愛いのな! おい孟徳、電話を切らずにベッドサイドに置いてくれよ。してるときの、あの子の声を聞かせろ!』
さすがにこれは恥ずかし過ぎる。
(も、孟徳さんのバカ……)
孟卓も孟徳も、そして花自身も。お酒が入っているせいか全てがグダグダになっている。
「誰が聞かせるかよ! そういうことだから、もう切るぞ。今夜は掛けてくるなよ!」
そう言い捨てると、孟徳は電話を切って、スマホの電源を落とした。
「――お待たせ。これでもう邪魔されないから」
「孟徳さん……」
「……たくさん愛してあげるよ、花」
その言葉通り、孟徳は花をたっぷりと愛してくれた。
孟徳の愛撫は溶けそうなほどに甘く熱くて、花は次第に夢と現実の境目がわからなくなってゆく。
***
ビジネスホテルのシングルベッドで、ふたり並んで眠るのは少し狭い。
いくら細身の孟徳とはいえ一八〇センチ近くもある男の人だから場所を取るのだ。
しかし、花にとってはその狭さが嬉しかった。ベッドから落ちてはいけないから、孟徳にくっついたままでいられる。
全てを終えて、花は孟徳に寄り添うように横になっていた。まだふたりとも服も着ていない。
「花は、さ…… ああいうところ、よく行くの?」
「え?」
「……クラブ、とか」
少し緊張した面持ちで、孟徳は探りを入れてくる。
けれど、探りを入れられてるのはわかるけど、彼が何を知りたがっているのかが分からない。返答に困った花はひとまず自分に当てはめて答えた。
「ほとんど、行かないですよ。今日はたまたま……」
「そうなんだ!」
弾んだ声で嬉しそうに答えて、孟徳は目尻を下げて微笑んだ。臆面もなく甘い言葉を口にする。
「じゃあ、今夜出会えたのはやっぱり運命なんだね」
大袈裟に喜ぶ孟徳に花はムズムズしてしまう。自分に彼が言うほどの高い価値があるとは思えなかった。
「……孟徳さんは、大袈裟すぎますよ」
「そんなことないよ、全然そんなことない」
「……っ!」
「……君はすごく魅力的だよ。俺が保証する。っていうか、今までだって人気あったでしょ?」
「そ、そんなことないです、よ……!」
生まれて初めてのやりとりばかりだ。チヤホヤされて甘やかされて。
クラスの男の子のような年頃の孟徳とじゃれ合うのは、なんだかすごく、くすぐったい。
大人の彼と接するときより気安く思えてくるのは、いたいけな表情に隙を感じるからだろうか。
「――ねぇ、順番がおかしくなっちゃったけど…… 今、彼氏とか、いるの……?」
不意に真面目な顔になった孟徳に核心に触れられて、花はぎくりとする。
本当はいる。別の世界の未来の彼だ。けれど、そんなことをいま話したところで誰も幸福にならない気がした。花は彼の目を見つめて、嘘をつく。
「いないです、よ……」
「……なら、よかった」
柔らかく微笑んで安堵する孟徳の姿に罪の意識が込み上げる。
この夜が明ければ消えてしまう儚い夢の世界でも、何よりも嘘が嫌いな彼に自分の保身のための嘘をつくのが心苦しかった。
(……ごめんなさい、孟徳さん……)
もはや、どちらの彼に対して謝っているのかもわからない。
「――ねぇ、花」
ベッドサイドに置いていたスマホを取ってから。孟徳は改まった様子で訪ねてきた。この時代でもスマホはある。出たばかりのものだ。まだスマホでなくガラケーを使う人も多かった頃。
「……連絡先、教えてよ。また、君に会いたい。今日限りでもう逢えないなんて、俺は嫌なんだ」
「孟徳さん……」
「彼氏、いないんならいいでしょ? 俺と付き合ってよ」
「……それは」
「だめ……?」
花に相手がいないと知るや、若い孟徳は自分自身を売り込んできた。すごいなと思ったけど、それくらいの精神力でないと夜遊びなんてやってられないのかな、とも思う。
熱心に自分を求めてくれる彼に、連絡先くらいなら教えてもいいかなと思ったけど。自分が今、憑依しているお姉さんはスマホを持っているのだろうか。花は返答に窮してしまう。
「え、えっと……」
「……って、君のスマホはこっちだったね」
孟徳が不意に苦笑して、再びベッドサイドに手を伸ばす。いつの間にかそこに置かれていた淡いピンクのスマホを取って、花に手渡してきた。
不思議なことに。それは現実世界で花が使っているスマホと全く同じものだった。
つい先日、機種変したばかりの最新型。友人たちに勝手に貼られた可愛いキャラクターのシール。これが十五年前の世界にあるのは明らかに変だ。
「あれ、このスマホ……」
「――はい、どうぞ。花ちゃん」
「え?」
今、ちゃん付けで呼ばれた? 自分のことをそう呼ぶのは、過去ではなくて今の――
今の……