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『answer』

 本当に、ただ利用するためだけに近づいた男だった。
 ────そのはずだった。
 蛍光灯の灯りさえついていないマンションの一室に、ベッドが軋む音が響く。
「……っ!」
 雑な挿抜に吉良は小さく呻き声をあげる。しかし、相手を咎める言葉を発する気はなかった。
「なぁ、ビール冷やしとけって言ったよな」
 自身に覆い被さっている男の低い声に、びくりと身体が跳ねる。殴られた頬が、また痛んだ気がした。
「……すみません」
 情けないほどか細い声で謝罪の言葉を口にした。
 彼の世話をしなければいけない筋合いなんて、本当はないのだろう。暴力を受け入れる義務だってない。しかしそんな思考は、脳の端にすぐに追いやられていく。
 男のギラついた瞳から目を逸らしたくて、酒の臭いから逃れたくて、吉良は自身の腕で顔を隠した。
 彼に捨てられたくない。そう思うようになったのはいつからだろうか。
 この男は、ただの捨て駒にする予定の男だった。公安協力者という名の使い捨ての道具として利用するためだけに接触した。主導権だって自分が握るつもりだった。そのはずだったのに。
 気づけば、この男に依存していた。いつのまにか男の顔色を窺うようになっていた。嫌われたくない、ずっとそばにいてほしい、そんな感情にどんどん自分は支配されていった。
 わかってはいる。理性では理解している。この関係が馬鹿馬鹿しいことぐらい。適当な理由をつけては暴力を振るうような男と一緒にして、得られるものなど何もないことを。
 それでも、彼から離れる決心はつかない。そんな選択肢は、自分にはなかった。彼がそばにいるなら、それでいい。それ以上は何も望まない。
「……ぁ」
 唇が重なる。角度を変え、深く口づけられると、柔らかな舌が口内を犯し始める。その感覚に、理性も何もかもが溶け出していく。
「……ごめんな」
 消え入るような声が、吉良の鼓膜を揺らす。同時にぎゅっと、抱きしめられた。アルコールで熱った彼の体温が、皮膚越しにじんわりと伝わってくる。
 彼の体温を感じたまま、頭をぶんぶんと横に振った。
 ────この人は悪くない。本当は優しい人だ。
 誰だって二面性くらいある。酒が入った時だけ暴力的になることの、何がおかしいのだろうか。全部、全部酒が悪い。彼の要求を満たせなかった自分が悪いのだ。だから、この人は悪くない。
 温かい液体が、頬をつたっていく。
 ────泣いているのか。俺は。
 理由はわからない。呆然としたまま、ポタポタと涙が流れていく感触を感じていた。
「泣くなよ」
 彼が優しく指で涙を拭ってくれた。
 きっと、自分は彼に愛されている。
 そう信じていても、心に空いた大きな穴は埋まらない。
 だから、それを確かめたかった。彼が本当に自身を愛しているのかを。確かな言葉で証明してほしかった。それがたとえ、歪んだ形の愛だとしても。
 吉良は恐る恐る、口を開く。
「僕を、愛してくれていますか?」
 
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