月光花園
――――次動ネブラの夜は美しい。
月の青い光が外界の総てを仄かに照らしていて、まるで、海の底に沈んでいるかのような錯覚に陥る。しかし、不思議と冷たい感じはしない。
月の光は優しく、包み込むかのように降り注いでいる。
僕達が築いた塔の上にも、木々や花々の上にも、そう、等しく。
――――魔幻モデルの頂上から、ぐるりと見渡す。
………この地は、こんなにも平和になった。優しい月光の漣に抱かれて、天使も悪魔もお守りも、みな穏やかな眠りの中にいる。
……もう、僕の役目は終わったんじゃないか。そんな思いに駆られる。もう、ここでは、僕のするべきことはないのではないか―――。
西の空を見やる。
……仲間たちは、どうしているだろう。
彼等に会いたい。会って、共に戦いたい。
次界の全てを、この次動ネブラと同じ平和な地に変えたい……。
―――闘いにこの身を投じ、己のすべてを燃やし尽くしたい―――――。
心の底から込み上げる荒々しい感情に、僕は暫し身を預けた。
一陣の強い風が吹き抜け、髪をなぶる。
―――平和を望みながら、戦いに身を置くことを願うなんて……長い戦いの旅は、僕をこんなにも蝕んで、変えてしまったのか……。
ふと、不安げなエンジェルの顔が脳裏に浮かんだ。
ああ………ストライクエンジェル………。
彼女の事を考えると、甘やかな思いが体を支配する。昂ぶり荒ぶった感情が、穏やかなそれへと変わってゆく。
そうだ、エンジェル……。君がいたから。僕はぼく(天使)でいられた。これからも、きっと……。
彼女の為に……僕はこの地を護らなければならない。例え友と道を違えたとしても……。
その時ふと、眼下の花園にうずくまる人影を捉えた。
「エンジェル……?」
彼女は庭園の隅に座り込んで、じっと動かない。僕は一息に飛び降りて、エンジェルの後ろに降り立った。
気配を感じて振り返り、驚きに目を見張る彼女の瞳には、涙が滲んでいた。
「ヤマト……さん……?」
「どうしたの……?こんな夜更けに……?」
「あ……。」
エンジェルは慌てて涙を指でそっと拭うと、俯いて呟いた。
「あまりにも…庭が月の光で綺麗だったから…花を見ていましたの…。」
彼女の背中が微かに震えている。
「………泣いていたの……?……どうして………?」
そう、思わず問いかけて、ふと我に返る。
彼女は時折僕の心の機微に、鋭く反応することがある。だから僕の中にある焦燥を、見抜いていてもおかしくない。
しゃがみ込んだまま見上げてくるエンジェルの瞳が、不安げに揺れる。
その儚い表情に胸を突かれた。
自分でも、愚かだと思った。なんて間の抜けた問い掛け。
けれど単細胞な僕は、そんな言葉しか思い付かなかった。
この美しい、まるで海の底のような、母の胎内のような穏やかで荘厳な月光の元で、ハラハラと涙を零す綺麗な彼女を前にしたら。
心で思うよりも身体が先に動いて。
気が付いたら僕はエンジェルを抱きしめていた。
「僕はここに居るよ…。」
「ヤマト爆神さん…。」
彼女が僕の腕の中で小さく震える。強く抱きすくめても、エンジェルの震えは止まらない。
それが切なくて、僕は彼女の髪に顔を埋めて優しく囁く。
「……僕は何処にも行かないよ……。」
だから泣かないで。
「君の側にずっと居るから。」
そう、自分を戒めるように呟いた。
この腕の中の愛しさを、決して手放してはならない。
彼女の為にも。そして自分自身の為にも。
僕はもう、闘いの中に身を置いてはならない。
――戦いを求めてはならない――
そう、強く思った。
☆☆
次動ネブラの夜は美しい。
恋人たちの、甘くて切ない一時を、月は黙って見つめている。
――嵐はもう、すぐそこまで迫っていたけれど――
豊かな月の光の海の底で、今はただ、穏やかなる逢瀬を。
end
1/1ページ