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Paw, my girl!
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その翌日も、やっぱり私の大悲鳴で朝が来る。
それはその翌日も、さらに翌日もずっと続き、しまいには黄泉さんから苦情が来るほどだった。
だって、朝起きて美少年に抱きしめられていたら、誰だってビックリするでしょ!
こんなことに慣れちゃったら乙女じゃない!
黄泉さんもいっぺん蔵馬と寝てみたらいいのよ。
蔵馬はあの夜以来、毎晩私をしっかりと抱きしめて寝ている。
私は犬か猫になったつもりで、蔵馬のしたいようにさせている。
それでも、ベッドから甘い瞳でこっちを見つめて、
「おいで。夏希」
なんて言われると、さすがにドキドキしてしまう。
だからもう、目をぎゅっとつぶって、「私は犬だ。私は猫だ」と心の中で唱えている。
蔵馬がとっても頑張っているのを知っている。
とっても疲れているのも知っている。
そんなときって、誰かの温もりで心がほっとするもんね。
私も辛い時、友達に手を繋いでもらったら、すっと楽になった。
頭を撫でてもらったり、抱きしめてもらったり、そうやって元気を取り戻した。
私が蔵馬のためにできることは少ない。
だからそうして、ちょっとでも元気になってもらおうと思って。
「よっし、終わった」
私はまた一冊、宿題として渡された問題集をやり終えて、背伸びをした。
蔵馬に部屋から出ないようにと言われているので、勉強は恐ろしいほどはかどり、夏休みの宿題もわずか数日でほとんど終わりかけていた。
はかどっているのは、蔵馬の家庭教師のお陰でもあった。
理系だって言っていたけど、実際には不得意科目なんてないみたいで、何を聞いても解りやすく教えてくれる。
基本から解るから、他の応用問題もスラスラ解ける。
私は別の問題集を一旦開いたけれど、すぐ閉じて席を立った。
服の裾がふわっと揺れる。
蔵馬が用意してくれた服。
形はチャイナ服に近くて、ワンピースになっている。
裾の方から上品な刺繍が上に向かって施してあって、可愛くてすっかりお気に入り。
それに軽くてシワにならなくって、とっても動きやすい。
私はキッチンでコーヒーを入れながら、戸棚のガラスに映して、この清楚で珍しい服を観察していた。
突然、ドアがノックされる。
私は時計を見た。
あ、もうお昼かな?
ランチはいつも、メイドさんが運んできてくれる。
今日はちょっと早め?
出口に向かおうとするとカギが開いて、蔵馬が顔を出した。
「夏希」
「蔵馬、どうしたの? 忘れ物?」
私はびっくりして駆け寄る。
「何もなかった?」
「え?」
蔵馬は部屋を見回して、息をついた。
「今日から、オレも昼はここで食べます」
その日以来、蔵馬は昼食も部屋でとるようになった。
仕事も、デスクワークだったらこの部屋でするようになり、部屋には書類が溢れかえっていた。
蔵馬は何もいわないから、私にはその理由については何もわからなかった。
ただ、彼は最近とてもピリピリしている。
私に対しては以前と変わらない態度だったけれど、一人でいるときの表情は鋭く、ちょっとした物音にも過剰なまでに反応している。
蔵馬がここで仕事をすることが多くなったため、この部屋にも出入りする人が増えた。
誰かが部屋にいるときの彼の警戒ぶりはかなり激しく、見ている方が疲れてしまうほどだった。
このままじゃ、そのうち心労で倒れちゃいそう。
そんな私の心配を嘲笑うかのように、日に日に訪問者は増える。
誰が来るって、女の子がいっぱい来てしまうのだった。
人間も妖怪も、女の子の憧れのタイプは共通のようで、蔵馬は歩くだけでファンを増やしちゃってるみたい。
羨ましいというか、可哀想というか……。
彼女たちは実に様々な用事を見つけては、たいてい数人で訪れる。
もちろん蔵馬に会いたくて来たわけだから、なかなか帰ろうとしなくて、イライラを押し殺している彼を見ていると、こっちの胃が痛くなる。
「最近、よく眠れていないでしょ?」
私はコーヒーではなくて、ホットミルクを彼に差し出した。
「このミルク、どうしたの?」
「魅羅ちゃんに持ってきてもらったの」
魅羅ちゃんっていうのは、最初から世話をしてくれていたメイドさん。
最近メイドさんに何か頼むと、この部屋に大人数が押しかけて大変なことになるから、指名で呼んで色々お願いしてる。
私も彼女だと話しやすいし、最初からずっと同じ態度だから、蔵馬も疲れないみたい。
彼女の名前を聞いて、彼はカップに口をつけた。
最近、食べ物にも敏感になっている。
女の子が蔵馬へのプレゼントにお菓子なんかを持ってきてくれても、彼は絶対食べないし、私にも食べさせない。
「いい香りがする。ハーブ煮出してある?」
「うん。よく眠れるんだって」
長いまつ毛を伏せてゆっくりカップを傾ける蔵馬を、私は向かい側の椅子に座って見つめた。
彼は私の視線に気付いて目をあげる。
「心配掛けさせちゃってるみたいだね」
私は首を横に振った。
「今夜はよく眠れるといいね」
彼が話さないなら、私は知る必要はないってことなんだと思う。
最初から、私にはできることなんてほとんどなかった。
メイドとか、助手とかでここにいるんじゃないから。ペットなんだから。
それは、私にはそれ以上の能力はない、と言われているようでちょっと淋しくもあるけれど、本当なんだから仕方がない。
だったら、ペットはペットなりに、私ができる精一杯のことをやったほうがいい。
最初から、蔵馬は私の力はあてにしていない。計算に入れていない。計算は狂わせない方がいい。
「……本当にそうかもしれないな……」
蔵馬が頬杖をついてこちらを斜めに見る。
長い髪が、さらっと美しい頬にかかって影を落とし、その中で深い緑色の瞳が輝いて私の視線を絡めとる。
「何が?」
私は頬が熱くなるのを感じて、そっと視線を外した。
「夏希の能力。前に、誰かの心を癒すのかなって言っていたでしょ? 本当に、そうかもしれない。夏希のテリトリーの中にいると、心の中のトゲがすうっと溶ける気がするんだ」
――本当にそうだったらいい。
そうやって、頑張っている蔵馬を癒すことができたら、どんなにいいだろう。
私は席を立って蔵馬の前まで歩くと、その頭をそっと胸に抱き寄せた。
「ね。今日はもう寝よ? たまにはゆっくり休まなきゃ、本当に倒れちゃうよ」
例え私が彼を癒せたとしても、彼の問題を消すことはできない。
私には何もできない。
多分、私の知らないところで、蔵馬はとても大変な思いをしている。
何かが起こっている。
そして、その”何か”は、ある日突然、私の前にその姿を現した。
「早かったね、蔵……」
ドアがノックされ、私は胸を押さえて顔を出した。
最近、蔵馬に言われているから。
「俺のいないときはテリトリーを張っていてくださいね」って。
ドアの向こうにいたのは蔵馬ではなくて、知らない男の人だった。
一人は陰になって見えないけれど、私の目の前にいたのは、随分丁寧にお化粧をした男の人。
ウエーブのかかった髪を後ろでリボンで結び、ドレッシーなシャツを着ていて、中世の貴族みたいな雰囲気。
お化粧なんかしない方がいいんじゃないかな……そんな風に思いながら、私は彼を見た。
「あ、ごめんなさい……。蔵馬はまだ帰っていません」
「ええ、お嬢さん。彼に部屋で待つように言われているんですよ」
え……? 今までそんなこと一度もなかったけど。
第一、蔵馬のいないときにはメイドさんでさえこの部屋には入らないのに。
勝手に入れて、後で怒られたらやだな。
「本当に申し訳ないんですが、蔵馬の留守中にはこの部屋には誰も入れないように言われているんです」
「ああ、これは失礼。私は迦雄須。この国の幹部で、蔵馬の上官です」
うわ、上司を締め出したりしたら、さすがにちょっとまずい?
蔵馬、黄泉さんの執務室にいるかな? 内線掛けて聞いてみようか。
「すみません、すぐにご案内しますから、お待ちいただけますか?」
そう言って、一旦ドアを閉めようとするのだけれど、迦雄須さんはドアに手を掛けてしまって動かない。
彼は私の言葉なんか無視して優雅な微笑みを浮かべた。
「あなたが蔵馬のペットですね。噂で聞いていますよ。美しい少女だと。本当にその噂どおりだ。それにあなたは、蔵馬の優秀な助手のようですね」
いや、おだてられても何も出せないから、ちょっとこの手離して!
これはもう完全に入って来る気だな……。
確か、黄泉さんって何でも聞こえているんだよね。だったら蔵馬に何か言ってくれるかも。
仕方ない。蔵馬が来るまで、引き延ばすか。
「いいえ。私にはそのような言葉、もったいありません。美しさでしたら迦雄須さんの方がずっと美しいもの。それに、私は蔵馬の仕事に一切関わっておりませんので……」
適当に思いつくまま、ぺらぺらと喋ったけれど、その言葉の何かが迦雄須さんのツボにヒットしたみたいで、彼は満面の笑みを浮かべた。
「蔵馬が羨ましい。貴女のように可憐で、礼儀正しく、そして本当の美しさを知っているお嬢さんを傍に置いておけるのだから……」
ああ、下らない。
蔵馬、早く帰ってきてよー!
黄泉さん、寝てるのかな?
「私は幼い頃からこの美しさに……」
「おい、早くしろ」
ご機嫌で話し出してくれた迦雄須さんの後ろから、焦れたようにもう一人の男の人が声を掛けた。
もう! せっかくいい感じだったのに!
私は舌打ちしたい気分で、もう一人の人物を見た。
「あ!」
「お前だったのか」
その人は、私を最初にここに連れてきてくれた、あの男の人だった。
「蔵馬のペットってことは、すっかり俺は騙されちまったな」
「……ごめんなさい」
「知り合いか? 阿羅醐」
迦雄須さんは、彼に聞く。
阿羅醐さんっていうんだ。
「ああ、ちょっとな。それより悪いが、部屋に入れてくれ」
悪い人じゃないとは思うんだけど、でもやっぱり……どうしよう!?
「……あの、すぐに蔵馬を呼びますから……」
「夏希っ!!」
通路の向こうから、慌しい足音と、蔵馬の声が聞こえた。
よかったぁ。とりあえず言いつけは守ったよね。
そう思った瞬間、阿羅醐さんが舌打ちをして、私を部屋から引きずり出し、腕にがっちり抱えた。
ええっ? 何っ?!
びっくりする私の前に、走ってきた蔵馬が現れた。
「貴様」
蔵馬は怒りを隠しもせず、こちらの方を睨む。
その目は険しくて、激しくて、こんなに彼が感情をあらわにするのを初めて見た。
「彼女は関係ない。放せ」
「お前が最初から俺たちのいうとおりにしていれば、こんなことはしなかったがな」
「確かに、スマートなやりかたではないが……」
阿羅醐さんの言葉をついで、迦雄須さんは私の喉元に手をかざした。
状況のわからない私に反して、蔵馬は目を見開いた。
そのとき、ふっと風が私の髪を揺らした。
風以外は特に何も感じなかったけれど、不審に思って下を向くと、ぴらっと襟がめくれて、阿羅醐さんの腕に乗った。
んん?
状況がいまだによくわからず、それをしげしげと見つめていると、今度は肌に沿って赤く染まってくる。
えっ、これ、血?
状況から察するに、鎖骨のちょっと上あたりを横に薄く切られたみたい。
そんなことより、この服の性質上、ここで阿羅醐さんが手を離したら、この服、落ちちゃう。
はっ、離しちゃダメだからね!
はっと殺気を感じて前を向けば、蔵馬はギンギンにこっちを睨みすえている。
多分目の錯覚だろうけど、一瞬彼が白っぽい光に包まれた。
「夏希を、放せ」
ひぃぃぃ! 怖いよぉ! 離さないで、放してー!!
「ああ、勿論そのつもりだ。女性に乱暴をはたらくのは趣味ではないからな。……彼女は、お前の命と引き換えだ。安いものだろう」
迦雄須さんの言葉で、私はやっと状況を理解した。
まさか自分が人質なんて立場になると思っていなかったんだもん。
そんなに悪い人たちにも見えなかったし……。
ショックを受ける私から離れて、迦雄須さんは蔵馬に向かってゆっくりと歩き始めた。
蔵馬はこんなときだというのに、どこから出したのか、バラの花を一輪手にしている。
「妙な気を起こすなよ。あの娘がどうなるか、わかるだろう」
「オレがここから立ち去るのが望みじゃなかったのか?」
蔵馬はその場で迦雄須さんに冷たい声で言葉をかける。
「まあ、我々の要求としてはそうだがな。しかし私個人としては、蔵馬。お前が生きてどこかに存在しているのも我慢がならない」
一歩一歩近付く迦雄須さんを、蔵馬は黙って冷たい眼で睨む。
「誰より美しく、知略に優れ、高潔。新参にもかかわらず黄泉様の信頼を一身に受け、全てに恵まれているお前がな」
まあ、確かに憎たらしいくらい完璧だけど。
なんだか、言ってることが白雪姫の女王様みたい……。
って、そんなこと考えてる場合じゃなかった、早く逃げなきゃ。
こういうとき、どうしたらいいんだろう。とにかくジタバタしてみよう。
「おい、静かにしてろ」
まるで授業中のお喋りをたしなめるように軽く叱られ、私はうなだれる。
こんなことなら護身術でも習っておけばよかった……。
困った……このまんまじゃ蔵馬、無事じゃ済まないよね。
テリトリーを張るにしても、両手とも捕まえられてるし……まあ、元々何の能力なのかもよくわからないんだけど。
考えあぐねる私を背に、迦雄須さんは手を差し上げた。
そこに、ぽうっと、光る球が生まれる。
何、あれっ!?
私は目を見開き、今度は逆に蔵馬がつまらなそうに息をついた。
「ふん、まだ自分の立場がわかっていないようだな。いいか、こちらには人質……」
何が起こったかよく解らなかった。
はっと気付くと、迦雄須さんの首に何かがぐるぐると巻きついていた。
「できれば、あなたたちの企みには気付かないフリをしていたかったんだが……。さあ、今度はあなたが人質だ」
言って、蔵馬はギリっと阿羅醐さんを睨んだ。
「この男の命が惜しければ、夏希を放せ」
阿羅醐さんは、ふっと息をつくと、私に言った。
「すまなかったな」
私は思わず、彼を振り返った。
「夏希!」
蔵馬はこちらに走ってきて、私を抱きしめた。
そしてすぐ私を背中にかくまうと、二人に向き直った。
見れば迦雄須さんの首元から、私とは比にもならないくらいの血がたらたらとこぼれていた。
蔵馬の手にはトゲトゲのついた鞭が握られている。
さっきあの人の首に巻きついていたのは、これだったんだ……。
「そろそろ、いたちごっこもお終いにしよう」
蔵馬は冷たい声で言い放つ。
睨まれたふたりはそれぞれに構えを取ったけれど、そこに静かな声が響いた。
「蔵馬。もうそのくらいにしておいてやれ」
廊下の奥から、黄泉さんがゆっくりと姿を現した。
「しょせんはその程度の者たちだが、それなりに役に立ってくれている。お前がずっとオレの傍にいてくれるわけでもないことだしな」
「……黄泉」
「黄泉様! それはどういう……」
「御免」
非難するような蔵馬の声に、迦雄須さんの声がかかり、さらにそれを遮って阿羅醐さんが打ち切り、二人は姿を消した。
それを見送り、黄泉さんは蔵馬にニヤっと笑って踵を返した。
蔵馬は何か言いたそうだったけれど、諦めたように上着を脱いで私に掛け、肩を抱いて部屋に入れてくれた。
あの2人の名前が不明なんですよね~。……と、とんでもないところから拝借してしまった……。
しかも片方は愉快なヒトになっちゃってるし……。
ところであの2つの名前がわかる方、お友達になってください!
初:20051010
改:20251021
それはその翌日も、さらに翌日もずっと続き、しまいには黄泉さんから苦情が来るほどだった。
だって、朝起きて美少年に抱きしめられていたら、誰だってビックリするでしょ!
こんなことに慣れちゃったら乙女じゃない!
黄泉さんもいっぺん蔵馬と寝てみたらいいのよ。
蔵馬はあの夜以来、毎晩私をしっかりと抱きしめて寝ている。
私は犬か猫になったつもりで、蔵馬のしたいようにさせている。
それでも、ベッドから甘い瞳でこっちを見つめて、
「おいで。夏希」
なんて言われると、さすがにドキドキしてしまう。
だからもう、目をぎゅっとつぶって、「私は犬だ。私は猫だ」と心の中で唱えている。
蔵馬がとっても頑張っているのを知っている。
とっても疲れているのも知っている。
そんなときって、誰かの温もりで心がほっとするもんね。
私も辛い時、友達に手を繋いでもらったら、すっと楽になった。
頭を撫でてもらったり、抱きしめてもらったり、そうやって元気を取り戻した。
私が蔵馬のためにできることは少ない。
だからそうして、ちょっとでも元気になってもらおうと思って。
「よっし、終わった」
私はまた一冊、宿題として渡された問題集をやり終えて、背伸びをした。
蔵馬に部屋から出ないようにと言われているので、勉強は恐ろしいほどはかどり、夏休みの宿題もわずか数日でほとんど終わりかけていた。
はかどっているのは、蔵馬の家庭教師のお陰でもあった。
理系だって言っていたけど、実際には不得意科目なんてないみたいで、何を聞いても解りやすく教えてくれる。
基本から解るから、他の応用問題もスラスラ解ける。
私は別の問題集を一旦開いたけれど、すぐ閉じて席を立った。
服の裾がふわっと揺れる。
蔵馬が用意してくれた服。
形はチャイナ服に近くて、ワンピースになっている。
裾の方から上品な刺繍が上に向かって施してあって、可愛くてすっかりお気に入り。
それに軽くてシワにならなくって、とっても動きやすい。
私はキッチンでコーヒーを入れながら、戸棚のガラスに映して、この清楚で珍しい服を観察していた。
突然、ドアがノックされる。
私は時計を見た。
あ、もうお昼かな?
ランチはいつも、メイドさんが運んできてくれる。
今日はちょっと早め?
出口に向かおうとするとカギが開いて、蔵馬が顔を出した。
「夏希」
「蔵馬、どうしたの? 忘れ物?」
私はびっくりして駆け寄る。
「何もなかった?」
「え?」
蔵馬は部屋を見回して、息をついた。
「今日から、オレも昼はここで食べます」
その日以来、蔵馬は昼食も部屋でとるようになった。
仕事も、デスクワークだったらこの部屋でするようになり、部屋には書類が溢れかえっていた。
蔵馬は何もいわないから、私にはその理由については何もわからなかった。
ただ、彼は最近とてもピリピリしている。
私に対しては以前と変わらない態度だったけれど、一人でいるときの表情は鋭く、ちょっとした物音にも過剰なまでに反応している。
蔵馬がここで仕事をすることが多くなったため、この部屋にも出入りする人が増えた。
誰かが部屋にいるときの彼の警戒ぶりはかなり激しく、見ている方が疲れてしまうほどだった。
このままじゃ、そのうち心労で倒れちゃいそう。
そんな私の心配を嘲笑うかのように、日に日に訪問者は増える。
誰が来るって、女の子がいっぱい来てしまうのだった。
人間も妖怪も、女の子の憧れのタイプは共通のようで、蔵馬は歩くだけでファンを増やしちゃってるみたい。
羨ましいというか、可哀想というか……。
彼女たちは実に様々な用事を見つけては、たいてい数人で訪れる。
もちろん蔵馬に会いたくて来たわけだから、なかなか帰ろうとしなくて、イライラを押し殺している彼を見ていると、こっちの胃が痛くなる。
「最近、よく眠れていないでしょ?」
私はコーヒーではなくて、ホットミルクを彼に差し出した。
「このミルク、どうしたの?」
「魅羅ちゃんに持ってきてもらったの」
魅羅ちゃんっていうのは、最初から世話をしてくれていたメイドさん。
最近メイドさんに何か頼むと、この部屋に大人数が押しかけて大変なことになるから、指名で呼んで色々お願いしてる。
私も彼女だと話しやすいし、最初からずっと同じ態度だから、蔵馬も疲れないみたい。
彼女の名前を聞いて、彼はカップに口をつけた。
最近、食べ物にも敏感になっている。
女の子が蔵馬へのプレゼントにお菓子なんかを持ってきてくれても、彼は絶対食べないし、私にも食べさせない。
「いい香りがする。ハーブ煮出してある?」
「うん。よく眠れるんだって」
長いまつ毛を伏せてゆっくりカップを傾ける蔵馬を、私は向かい側の椅子に座って見つめた。
彼は私の視線に気付いて目をあげる。
「心配掛けさせちゃってるみたいだね」
私は首を横に振った。
「今夜はよく眠れるといいね」
彼が話さないなら、私は知る必要はないってことなんだと思う。
最初から、私にはできることなんてほとんどなかった。
メイドとか、助手とかでここにいるんじゃないから。ペットなんだから。
それは、私にはそれ以上の能力はない、と言われているようでちょっと淋しくもあるけれど、本当なんだから仕方がない。
だったら、ペットはペットなりに、私ができる精一杯のことをやったほうがいい。
最初から、蔵馬は私の力はあてにしていない。計算に入れていない。計算は狂わせない方がいい。
「……本当にそうかもしれないな……」
蔵馬が頬杖をついてこちらを斜めに見る。
長い髪が、さらっと美しい頬にかかって影を落とし、その中で深い緑色の瞳が輝いて私の視線を絡めとる。
「何が?」
私は頬が熱くなるのを感じて、そっと視線を外した。
「夏希の能力。前に、誰かの心を癒すのかなって言っていたでしょ? 本当に、そうかもしれない。夏希のテリトリーの中にいると、心の中のトゲがすうっと溶ける気がするんだ」
――本当にそうだったらいい。
そうやって、頑張っている蔵馬を癒すことができたら、どんなにいいだろう。
私は席を立って蔵馬の前まで歩くと、その頭をそっと胸に抱き寄せた。
「ね。今日はもう寝よ? たまにはゆっくり休まなきゃ、本当に倒れちゃうよ」
例え私が彼を癒せたとしても、彼の問題を消すことはできない。
私には何もできない。
多分、私の知らないところで、蔵馬はとても大変な思いをしている。
何かが起こっている。
そして、その”何か”は、ある日突然、私の前にその姿を現した。
「早かったね、蔵……」
ドアがノックされ、私は胸を押さえて顔を出した。
最近、蔵馬に言われているから。
「俺のいないときはテリトリーを張っていてくださいね」って。
ドアの向こうにいたのは蔵馬ではなくて、知らない男の人だった。
一人は陰になって見えないけれど、私の目の前にいたのは、随分丁寧にお化粧をした男の人。
ウエーブのかかった髪を後ろでリボンで結び、ドレッシーなシャツを着ていて、中世の貴族みたいな雰囲気。
お化粧なんかしない方がいいんじゃないかな……そんな風に思いながら、私は彼を見た。
「あ、ごめんなさい……。蔵馬はまだ帰っていません」
「ええ、お嬢さん。彼に部屋で待つように言われているんですよ」
え……? 今までそんなこと一度もなかったけど。
第一、蔵馬のいないときにはメイドさんでさえこの部屋には入らないのに。
勝手に入れて、後で怒られたらやだな。
「本当に申し訳ないんですが、蔵馬の留守中にはこの部屋には誰も入れないように言われているんです」
「ああ、これは失礼。私は迦雄須。この国の幹部で、蔵馬の上官です」
うわ、上司を締め出したりしたら、さすがにちょっとまずい?
蔵馬、黄泉さんの執務室にいるかな? 内線掛けて聞いてみようか。
「すみません、すぐにご案内しますから、お待ちいただけますか?」
そう言って、一旦ドアを閉めようとするのだけれど、迦雄須さんはドアに手を掛けてしまって動かない。
彼は私の言葉なんか無視して優雅な微笑みを浮かべた。
「あなたが蔵馬のペットですね。噂で聞いていますよ。美しい少女だと。本当にその噂どおりだ。それにあなたは、蔵馬の優秀な助手のようですね」
いや、おだてられても何も出せないから、ちょっとこの手離して!
これはもう完全に入って来る気だな……。
確か、黄泉さんって何でも聞こえているんだよね。だったら蔵馬に何か言ってくれるかも。
仕方ない。蔵馬が来るまで、引き延ばすか。
「いいえ。私にはそのような言葉、もったいありません。美しさでしたら迦雄須さんの方がずっと美しいもの。それに、私は蔵馬の仕事に一切関わっておりませんので……」
適当に思いつくまま、ぺらぺらと喋ったけれど、その言葉の何かが迦雄須さんのツボにヒットしたみたいで、彼は満面の笑みを浮かべた。
「蔵馬が羨ましい。貴女のように可憐で、礼儀正しく、そして本当の美しさを知っているお嬢さんを傍に置いておけるのだから……」
ああ、下らない。
蔵馬、早く帰ってきてよー!
黄泉さん、寝てるのかな?
「私は幼い頃からこの美しさに……」
「おい、早くしろ」
ご機嫌で話し出してくれた迦雄須さんの後ろから、焦れたようにもう一人の男の人が声を掛けた。
もう! せっかくいい感じだったのに!
私は舌打ちしたい気分で、もう一人の人物を見た。
「あ!」
「お前だったのか」
その人は、私を最初にここに連れてきてくれた、あの男の人だった。
「蔵馬のペットってことは、すっかり俺は騙されちまったな」
「……ごめんなさい」
「知り合いか? 阿羅醐」
迦雄須さんは、彼に聞く。
阿羅醐さんっていうんだ。
「ああ、ちょっとな。それより悪いが、部屋に入れてくれ」
悪い人じゃないとは思うんだけど、でもやっぱり……どうしよう!?
「……あの、すぐに蔵馬を呼びますから……」
「夏希っ!!」
通路の向こうから、慌しい足音と、蔵馬の声が聞こえた。
よかったぁ。とりあえず言いつけは守ったよね。
そう思った瞬間、阿羅醐さんが舌打ちをして、私を部屋から引きずり出し、腕にがっちり抱えた。
ええっ? 何っ?!
びっくりする私の前に、走ってきた蔵馬が現れた。
「貴様」
蔵馬は怒りを隠しもせず、こちらの方を睨む。
その目は険しくて、激しくて、こんなに彼が感情をあらわにするのを初めて見た。
「彼女は関係ない。放せ」
「お前が最初から俺たちのいうとおりにしていれば、こんなことはしなかったがな」
「確かに、スマートなやりかたではないが……」
阿羅醐さんの言葉をついで、迦雄須さんは私の喉元に手をかざした。
状況のわからない私に反して、蔵馬は目を見開いた。
そのとき、ふっと風が私の髪を揺らした。
風以外は特に何も感じなかったけれど、不審に思って下を向くと、ぴらっと襟がめくれて、阿羅醐さんの腕に乗った。
んん?
状況がいまだによくわからず、それをしげしげと見つめていると、今度は肌に沿って赤く染まってくる。
えっ、これ、血?
状況から察するに、鎖骨のちょっと上あたりを横に薄く切られたみたい。
そんなことより、この服の性質上、ここで阿羅醐さんが手を離したら、この服、落ちちゃう。
はっ、離しちゃダメだからね!
はっと殺気を感じて前を向けば、蔵馬はギンギンにこっちを睨みすえている。
多分目の錯覚だろうけど、一瞬彼が白っぽい光に包まれた。
「夏希を、放せ」
ひぃぃぃ! 怖いよぉ! 離さないで、放してー!!
「ああ、勿論そのつもりだ。女性に乱暴をはたらくのは趣味ではないからな。……彼女は、お前の命と引き換えだ。安いものだろう」
迦雄須さんの言葉で、私はやっと状況を理解した。
まさか自分が人質なんて立場になると思っていなかったんだもん。
そんなに悪い人たちにも見えなかったし……。
ショックを受ける私から離れて、迦雄須さんは蔵馬に向かってゆっくりと歩き始めた。
蔵馬はこんなときだというのに、どこから出したのか、バラの花を一輪手にしている。
「妙な気を起こすなよ。あの娘がどうなるか、わかるだろう」
「オレがここから立ち去るのが望みじゃなかったのか?」
蔵馬はその場で迦雄須さんに冷たい声で言葉をかける。
「まあ、我々の要求としてはそうだがな。しかし私個人としては、蔵馬。お前が生きてどこかに存在しているのも我慢がならない」
一歩一歩近付く迦雄須さんを、蔵馬は黙って冷たい眼で睨む。
「誰より美しく、知略に優れ、高潔。新参にもかかわらず黄泉様の信頼を一身に受け、全てに恵まれているお前がな」
まあ、確かに憎たらしいくらい完璧だけど。
なんだか、言ってることが白雪姫の女王様みたい……。
って、そんなこと考えてる場合じゃなかった、早く逃げなきゃ。
こういうとき、どうしたらいいんだろう。とにかくジタバタしてみよう。
「おい、静かにしてろ」
まるで授業中のお喋りをたしなめるように軽く叱られ、私はうなだれる。
こんなことなら護身術でも習っておけばよかった……。
困った……このまんまじゃ蔵馬、無事じゃ済まないよね。
テリトリーを張るにしても、両手とも捕まえられてるし……まあ、元々何の能力なのかもよくわからないんだけど。
考えあぐねる私を背に、迦雄須さんは手を差し上げた。
そこに、ぽうっと、光る球が生まれる。
何、あれっ!?
私は目を見開き、今度は逆に蔵馬がつまらなそうに息をついた。
「ふん、まだ自分の立場がわかっていないようだな。いいか、こちらには人質……」
何が起こったかよく解らなかった。
はっと気付くと、迦雄須さんの首に何かがぐるぐると巻きついていた。
「できれば、あなたたちの企みには気付かないフリをしていたかったんだが……。さあ、今度はあなたが人質だ」
言って、蔵馬はギリっと阿羅醐さんを睨んだ。
「この男の命が惜しければ、夏希を放せ」
阿羅醐さんは、ふっと息をつくと、私に言った。
「すまなかったな」
私は思わず、彼を振り返った。
「夏希!」
蔵馬はこちらに走ってきて、私を抱きしめた。
そしてすぐ私を背中にかくまうと、二人に向き直った。
見れば迦雄須さんの首元から、私とは比にもならないくらいの血がたらたらとこぼれていた。
蔵馬の手にはトゲトゲのついた鞭が握られている。
さっきあの人の首に巻きついていたのは、これだったんだ……。
「そろそろ、いたちごっこもお終いにしよう」
蔵馬は冷たい声で言い放つ。
睨まれたふたりはそれぞれに構えを取ったけれど、そこに静かな声が響いた。
「蔵馬。もうそのくらいにしておいてやれ」
廊下の奥から、黄泉さんがゆっくりと姿を現した。
「しょせんはその程度の者たちだが、それなりに役に立ってくれている。お前がずっとオレの傍にいてくれるわけでもないことだしな」
「……黄泉」
「黄泉様! それはどういう……」
「御免」
非難するような蔵馬の声に、迦雄須さんの声がかかり、さらにそれを遮って阿羅醐さんが打ち切り、二人は姿を消した。
それを見送り、黄泉さんは蔵馬にニヤっと笑って踵を返した。
蔵馬は何か言いたそうだったけれど、諦めたように上着を脱いで私に掛け、肩を抱いて部屋に入れてくれた。
あの2人の名前が不明なんですよね~。……と、とんでもないところから拝借してしまった……。
しかも片方は愉快なヒトになっちゃってるし……。
ところであの2つの名前がわかる方、お友達になってください!
初:20051010
改:20251021