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Paw, my girl!
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6.気苦労たっぷり、ペット生活
「荷物は先に部屋に運ばせてある」
妖駄さんは私たちを先導して歩き始めた。
さっきと同じ道を戻っていく……と突然、また身体に激痛を感じて、たまらず屈みこんでしまう。
「どうしました?!」
蔵馬さんが慌てて私を抱き起こす。
「ごめんなさい……」
私はさっきみたいにまた胸を押さえた。
激しい痛みはすぐに消える。
うん、鈍い痛みは残っているけど、このくらいなら我慢できる。
私が顔をあげると、蔵馬さんは少し緊張した面持ちでこちらを見た。
「今、何を?」
「え?」
私はその言葉の意味がわからず、聞き返す。
「瘴気にやられたかのぅ」
妖駄さんがゆっくり引き返してきて、私たちの会話を中断させた。
「瘴気?」
そういえば、黄泉さんもそんなこと言ってた。一体何なんだろう?
そんな私を妖駄さんは見おろす。
「魔界の空気には、瘴気が含まれているからな。普通の人間だったら、3分ともたずに肺が腐るとも聞く」
……はっ!? 私、そんな危ない空気を吸っていたの?
「お前はまだ、よくもった方だ。地下には、医療設備や研究設備が多くてな、無菌状態になっていた。急に地上に出たから、反動がきたのだろう」
妖駄さんは、私から蔵馬に視線を動かすと、バカにするように笑った。
「ご希望なら、こちらで新しいペットを用意しますぞ」
私は使い捨てじゃないですから!
妖駄さんを睨みながら立ち上がると蔵馬さんが遠慮がちに支えてくれる。
「大丈夫?」
蔵馬さんは私が頷くのを確認して挑発的に妖駄さんを見据えた。
「それには及ばないそうだ」
妖駄さんが案内してくれたのは、こざっぱりした、明るいお部屋だった。
私たちの世界の、ちょっと豪華なホテルの一室みたいな感じ。
わあ、結構快適。
私はご機嫌でカーテンを開けて――あのどんよりした空を見てしまい、現実に引き戻された。
いったい、何なの……この世界。
「掛けませんか?」
蔵馬さんに言われて、テーブルを挟んで向かい合って座る。
テーブルの上には、お食事が湯気を立てている。
さっき、メイド服を着た可愛い妖怪さんが運んで来てくれたのだった。
「身体は、大丈夫ですか?」
蔵馬さんは、サラダを取り分けてくれながら、こちらを見た。
黄泉さんと話していた時とは別人みたいな、優しい微笑み。
あんまりにそれが綺麗で、私はどぎまぎして俯いた。
「大丈夫、です……」
「自己紹介が遅くなっちゃったけど、オレは蔵馬。人間界では南野秀一です」
「えっ、あ……八木夏希です」
こ、声が裏返ってしまった……。
そんな私を見て、蔵馬さんはくすっと笑うと、食事を勧めてくれた。
そういえば、何時間ぶりの食事だろう。
すっごくお腹は減っていたけど、減りすぎて食欲がない。
第一、左手は胸に当てているし、片手だけじゃ食べられない!
おまけに目の前には童話の世界から抜け出してきたみたいなキラキラの王子様!
考えあぐねて、とりあえずスープだけは飲んだ。
すっかり怠けきっていた胃は、それだけでもいっぱいいっぱいみたいだった。
「食欲、ないんですか?」
蔵馬さんは心配そうに聞いてくれるけど、色々な意味で、もう疲れました……。
「黄泉が、あなたのことを考えて用意させたみたいです。人間界と同じ食材で作ってあるから、ヘンなものは入ってませんよ」
蔵馬さんはさらっと言ったけれど、”ヘンなもの”って?
さっきの怪しげな植物とか?
……人肉とか??
「いいいいや、もう無理、食べられませんっ」
怖い想像をしてしまい、食欲なんて完全にゼロ。
この人、ワザと言ってるのかも……。
蔵馬さんは食事を下げさせて、さっきのメイドさんが運んできてくれたコーヒーを飲んでいる。
「怒ってますか」
「は?」
突然、そんなことを聞かれて、私は間の抜けた声を出した。
「”オレが言わなかったこと”に。オレは、八木さんに”この身体は人間の身体だ”としか言わなかったでしょう? 蔵馬という名を持った妖怪だとは教えなかった」
蔵馬さんは、透明感のある美しい瞳でこちらを真っ直ぐに見た。
「貴方が、オレを怖いと感じるなら、何か方策を考えます」
確かに、黄泉さんと話していたあのとき、私は騙されたかもって思った。
でも、この人はとても優しい人で、私を心配してくれているのは嘘じゃないと思った。
ううん、この人は最初から嘘はひとつも言っていない。
黄泉さんは「賢いやり方」とか何とか言っていたけど、ただ単に話している時間がなかっただけ。
大切なことは、もう教えてくれた。
普段は人間界で暮らしていることと、1ヵ月経ったらそっちに帰るっていうこと。
多分、それが肝心なことで、彼が妖怪だって、それは大した問題じゃない。
「この街に来て、蔵馬さんの他にも親切にしてくれた妖怪さんがいました。妖怪が人間の敵っていうわけじゃ、ないと思うの。だから私は、妖怪が怖いとは思えない。それに……」
あなたはとても、孤独に見える
さすがにそんなことを初対面の人に言うのはどうかなって思って、私は言葉を切った。
蔵馬さんは、整った顔を傾けて、私の次の言葉を待っている。
「それに蔵馬さんは、とても優しい人だって思う。私も、こんなところにひとりじゃ淋しくて、それだけで死んじゃいそう。蔵馬さんが迷惑じゃないなら、どうかひと月後に私を人間界に一緒に連れて行ってください」
「それで、いいの?」
蔵馬さんは、確かめるように聞いて、ちょっと緊張していた頬を緩めた。
「八木さんに聞きたいことがいくつかあるんだ。でもきっと、そちらでも聞きたいことがあるでしょ?」
確かに、いっぱいある。
なんで人間と妖怪の二つの名前を持っているの?
人間と具体的に何が違うの?
なんで私を助けてくれようと思ったの?
黄泉さんを襲わせた銀髪の妖怪って、何者?
黄泉さんは何をしようとしていて、あなたはここで何をするの?
一ヵ月後、本当に人間界に帰れるの? どうやって?
それよりなにより、一体ここはどこなの!?
でも、私は結局首を横に振った。
この人の世界は広すぎて、特殊で、私なんかが聞くことじゃないと思った。
「ううん、いいです」
蔵馬さんが調子を狂わされたような顔をしたので、慌てて取って付けたように言った。
「あ、名前……南野さんと蔵馬さんの、どっちで呼んだらいいですか?」
蔵馬さんはちょっと笑って答えた。
「蔵馬と呼んでください。オレも下の名前で呼んでいいですか?」
「はっ、はい! もちろん!」
……何大声出してるんだろ私……。
この人のキレイなお顔を見てると、緊張するんだもん。恥ずかしい。
「それじゃ、夏希さん」
「えっ、『さん』はいいです。緊張するので」
「じゃ、夏希」
「はい」
「夏希も丁寧語、やめてくださいね」
「蔵馬さんだって丁寧語使って……」
「これ、癖なんです。オレも呼び捨てに。仲間もみんなそうなので」
「は、い……」
うまいことペースに乗せられてる気がする……。
「そんなに緊張しないで」
口元をひきつらせている私に気付いてか、蔵馬は優しく笑った。
「……緊張してるわけじゃ……」
「それじゃ、戸惑ってる?」
私が顔を上げると、彼はちょっと頭を横に傾けた。
「さっきの、黄泉とのやりとりを見ていたから、かな」
ずっと続いていた柔らかい微笑みの中に、ちょっとだけ影が混ざった。
それでも、この人は微笑んでいるんだ、ずっと。
「無理して笑わなくても、いいと思うな」
蔵馬は微笑みを消し、少し目を見開いて私を見た。
あ、気を悪くさせちゃった?
私は慌てて付け加えた。
「あ……私は蔵馬のペットだから! あの、私に気を遣わないで欲しいな、なんて……」
蔵馬は無表情のまま、私をじっと見た。
わ、やっぱり怒ってる?
謝ろうとして口を開こうとしたとき、蔵馬が先に声を出した。
「オレ、無理してるように見える?」
やっぱり彼は無表情のままで、真意は読み取れそうになかった。
私はさっきの黄泉さんと蔵馬を思い出しながら言った。
「もっと……怒りたいときには怒っても、いいんじゃないかな……。泣いたって、バカ笑いしたって、疲れた顔したって、周りの人はそんなことであなたを嫌いになったりはしないと思うから。もちろんね、自分の感情がコントロールできるのって羨ましい。でも、四六時中だったら、疲れちゃうよ」
蔵馬はますます私をじっと見てくる。
でも、これは本当にそう思ったんだから、怒られたら謝ればいいんだ。
そう考えて、私も彼の顔を見つめ返した。
短いけれども私にとっては長い長い沈黙――の後、彼はフッと表情を緩めた。
「身体は本当に何でもない?」
ほっとして私は頷く。
「胸、ずっと押さえているけど?」
「押さえていれば平気だから。冷やすとダメなのかも。痛むの」
蔵馬は首を傾げた。
「ところで、最近、不思議な力とか、持ちませんでした?」
不思議な力? 超能力とか? そんなの持ってたら自力で帰ってるって。
いきなり何聞いてくるんだろ。そっちの方が不思議だよ。
「オレたちが普段暮らしているのは人間界。ここは妖怪の暮らす、魔界です。この二つの世界は次元が違って、普通に行き来することはできません。ところが、ある人物が人間界と魔界をつなぐトンネルを作ってしまった。その影響によって、そのトンネルが作られた土地付近の住人の中に、特殊な能力に目覚めた人間が現れるようになりました」
えっ、何それ初耳。
ニュースとかでは流れてないよね?
「彼らの能力は様々です。共通点があるとすれば、彼らは自分の能力の使える領域、テリトリーを持っていること。そのテリトリーに、ある程度霊力や妖力を持ったものが入ると違和感を感じる」
蔵馬は、置いてあったコーヒーカップを両手で包んだ。
「夏希にも、そのテリトリーを感じる」
わ、私に?
えっ? だって、私、瞬間移動も透視もできないよ!
「能力と言うのは、様々なんだけど……例えばテリトリー内で特定の言葉を使うと、魂を抜かれるとか……他人を完全にコピーするとか……影を踏んだ相手の動きを拘束するとか……」
で、できない! できない! やったことないそんなこと!
「地下にいたときは、テリトリーが解けていた。そして、帰りに君が倒れた直後に、また張られた。あそこで、何かしなかった?」
何にもしてないよ?
え、ちょっと待ってね、私がうずくまった後でしょ?
あのときは急に胸が痛くなって、また温めたから治ったのよね。
胸が痛くなるのは、瘴気のせいだって妖駄さんが言ってた。
ってことは!
「瘴気を吸ったら、そのテリトリーっていうのが広がる、とか?」
「瘴気を吸った瞬間、テリトリーが広がり、瘴気に強い体質になる、か」
蔵馬は、難しい顔をして自分の顎をつまんだ。
「……違うな。今でもその手を離したら胸が痛くなるって、さっき言ったよね――そうか!」
「へ?」
「夏希、息を止めて、手を胸から離してみて。一瞬でいい」
またあの痛みに見舞われるのはイヤだったけど、目を輝かせている蔵馬は何だか可愛くて、私は言われた通りにした。
「いいよ。やっぱりそうだ」
彼は嬉しそうにそう言うと、立ち上がって、奥の部屋に行ってしまった。
胸が痛くなる前に慌てて私は手を戻した。
開け放たれたドアから、蔵馬の声がする。
「夏希は、どこに住んでいるの?」
「名古屋」
「名古屋?」
蔵馬が不思議そうに聞き返しながら、手に何やら見たことのない草を一杯持って顔を出した。
そのまま、ミニキッチンに歩いていく。
「あ、でも今は引っ越したの」
「どこに?」
「何だっけ……えっと、ムシクイ市。」
「虫杙市?」
やっぱり蔵馬は怪訝そうに聞き返す。
「蟲寄市じゃなくて?」
ん? あれ? 言われてみればそんな響きだったような気もする?
「あの、難しいほうの漢字を使うの」
蔵馬はちょっと考えて何か呟くと、ニコッと笑ってこっちを見た。
「どっちも、界境トンネルとは離れた場所だけど、もしかしたら別の要因で次元に歪みができているのかもしれないな。調べておくよ。ありがとう」
蔵馬は鍋を火に掛けて、なにやらぐつぐつと煮物を作っている。
まだ、お腹減ってたのかな?
細いのに、結構食べるんだ……。
男の子の神秘の食欲に感心していると、蔵馬はこちらを見た。
「ちょっと、電話していい?」
電話もあるんだ、魔界って。
「……ああ、オレですよ。なに嫌な声出しているんですか……ちょっと急ぎで……」
受話器を小首に挟んで鍋をかき回す彼を、私はボーッと眺めた。
「……で、元々名古屋に……わかってます……ええ、コエンマも……」
一旦、電話を切ると、すぐにまたボタンを押して、別の人に掛けている。
今度は「南野」と名乗っていた。
……あの電話、人間界まで電波飛ばしてる……。
本当に、普段から丁寧語なんだ、この人。
電話を切って、蔵馬はこっちを振り返った。
ぼんやり彼を見ていた私は、しっかりそのマヌケ顔を見られてしまって、慌てて目をそらした。
「すみません。ちょっと急ぎの用があって」
「ううん、気にしないで」
私が笑って見せると、彼はやや首を傾げて、「使います?」と電話を差し出した。
「私はいいや」
「家は?」
「大丈夫、私が1ヶ月や2ヶ月いなくっても、気が付くような家じゃないから」
「そう、ですか?」
彼は電話を脇に置いた。
「君は、胸に手を当てることによって、テリトリーが広がるんだと思う」
蔵馬は、鍋を火から下ろして、水で冷やしながら声を掛けてきた。
慣れた手つきが、貴公子のようなその姿に似合っていなくて、吹き出しそうになってしまう。
「肝心の能力は、まだ判らないけれどね」
蔵馬の手元から、かちゃかちゃと音がする。
覗き込んでみたら、コップにさっき煮ていたものを注いでいる。
ああ、野菜ジュースを作っていたのか。
健康オタクなのかな。
「少なくとも、テリトリー内では、瘴気の影響は受けない。でも、君の能力の正体もわからないし、ずっとテリトリーを張り続けるのは、精神的に負担がかかるらしい」
彼はコップを手に歩いてきた。
うわっ、すごい色!
魔界の空といい勝負の色じゃない、あのジュース。
緑やら紫やら黒やらの迷彩柄みたいになっちゃって、何で混ざらないんだろ、不思議。
たまにコプっとヘンな気泡が上がって、白い煙を吐きながら弾ける。
よくあんなの飲むなぁ。
「それで、瘴気からのダメージ回復のために、これ飲んでください」
……………………は?
蔵馬は、相変わらず爽やかな笑顔で私の目の前に立っている。
「あ、あ、あ、あの、蔵馬さん?」
「蔵馬」
……………………私やっぱりこの人苦手かもっ!!
「あ、こっちのカプセルもね」
「こ、こ、こ、これは?」
「ああ、これは、体内に入った瘴気を中和させる薬です。
こっちは皮膚や粘膜を強化して、傷を治し、同時に体力も回復させます」
「そ、その液体は、塗り薬?」
「飲み薬」
さよーならー。
「あ、何逃げようとしてるんですか。美肌にも効果あるんですから」
いらない! いらない! 私はもともとプルプルピチピチモチモチお肌なのっ!
蔵馬は笑顔のまま、ありえない力で私を椅子にギュウギュウと押さえつける。
たすけてー! おまわりさーん!!
「飲まないと、死んじゃいますよ?」
飲んだら死ぬっ!!
ぶんぶんと首を振る私を見て息をつくと、彼はありえないことをした。
なんと、私の鼻をつまんで、無理やり口にコップを押し付けたの!
……笑顔のまま。
鬼ー! 悪魔ー!
数十秒後、窒息しかけてそれを飲んだ私はぐったりとテーブルに突っ伏した。
「……もう無理です、乾先輩……」
「? 何言っているんですか? こっちのカプセルも飲んでくださいね」
彼はとってもとっても楽しそうに水とカプセルを置いて、キッチンへと戻っていった。
……1ヵ月……
1ヵ月、私って生きていられるんだろうか、こんな美しき悪魔と一緒にいて……。
やっぱり、彼と暮らすなら、一度は飲んでおきたいですよね、アレ。
初:20051008
改:20250826