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SIDE STORY
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だから、つまり、オレのものなんだ。
彼女はいつだってオレの欲しいものをくれる。
彼女は絶対にオレの嫌がることをしない。
頭が良くて、察しが良くて、聞き分けが良くて……あれ、オレすごくヒドいことを言ってない?
違うんだ、この気持ちをどうしたらいいのかわからなくて、なんだかおかしなところに納まってるんだ。
キミはペット。オレの可愛いペット。オレのモノ。大切な、大切な宝物。
で、あるからして。
傷つけられそうになったら怒ったって仕方がないと思いませんか?
「……血が出てる」
怒るのも当然だと思いませんか?
「大丈夫だよ、痛くないし」
夏希が口を開いて初めて、怒りが言葉になっていたことに気づく。
そもそも何だ、オレはバカか。
夏希は夏希だ。人間だ。ペットなんかじゃない。
オレのものでもない!
ほとんどしがみつくようにその細い肩を抱き締める。
だったら、だったら。
一体何なんだ、この状況は。
オレはどうしてしまったのかすっかり彼女に夢中で、その彼女は部屋に戻れば必ず待っていてくれる。
たまには抵抗する素振りも見せるけれど、結局はなんでもオレの言うことを聞いてくれる。
そうかと思えば時々は思いもよらないことを言い出してオレを仰天させてみたり、振り回してみたり、それがとても心地よくて、オレ、こんなに毎日を楽しんでいるのって初めてなんじゃないか?
けれど夏休みが終わればもう彼女とは会えない。
会えないし、関わることもできない。
オレは彼女の記憶にすら残れない。
苦笑いしたくなるほどでき上ってしまったこの気持ちは雲散霧消が確定している。
なんたる悲劇だ。
こうなってしまって、こじらせる、以外の方法があるなら教えて欲しい。
その存在が夢でないか、確かめるように抱きしめなおす。
その髪を撫で、その脈動をてのひらで感じて、ようやく人心地がつく。
ああ、でも……キミは本当はオレのものではない。
わかってる。わかってるけれど、キミは確かに目の前にいる。
まるでオレのものかのようにこの腕の中にいる。
だから勘違いしてしまうんだろうな。
「……ごめん、夏希」
オレの呟きにモノ言いたげにしていた彼女が、急にそわそわし始める。
不思議に思って見下ろすと、さっき切られた襟元のほころびが破けて、背中部分がはらりと、花が開くようにオレの腕に着地するところだった。
普段見ることのできない真っ白なデコルテ、象牙のように滑らかでつややかな肌、少女特有の筋肉のない細い二の腕、ああ、やっぱりキミはどこからどこまで綺麗だ。
よくできた芸術作品を鑑賞するように彼女を眺めながら、ふと気づく。
あれ、オレ、ズレてない?
これは健全な高校生男子の取るべき態度だろうか?
……そうだ、さっき一瞬妖狐化しかけたのを無理やり意思の力で抑え込んだのだった。
姿はかろうじて人間のままいられたけれど、感覚がどこか妖狐に浸食されている。
その事実がオレを愕然とさせた。
いや、確かに最初に変化したときから、妖狐の姿でいるときは昔の性格が出ていた。
だが、人間の姿のときに思考が浸食されたことは……ない、だろうか?
自分で気がついていないだけで、少しずつ性格が変わっていたり、人間界でのオレだったら絶対にしないようなことを無意識にやっていたり、本当にしていないか?
自分では大丈夫だと思っているが、実際いまの状況はどうだ。
本来のオレだったら、すぐになにか隠せるようなものを渡すか視線を外すかしたはずだ。
考えるべきことはたくさんあるが、気付いたならすぐにそうしなければ。
とにかく、妖狐が夏希を気に入ったりしたら彼女の貞操の危機だ。
さあ、早く夏希を盗賊の目から隠さないと。
と、いうのに。
彼女はなぜか突然謝りながら、ぎゅっとオレにしがみついてくる。
……なぜ謝られたんだ? 謝るべきはオレのほうなのに。
いや、だが、夏希、すまない。オレも身体は健全な高校生男子であるからしてこの状況は少し刺激が強いんだ。
「夏希、着替えよう?」
とはいえ。
さっき羽織らせたはずの上着を探すふりをして目をそらしながら、オレの思考はまた引き戻されていた。
「あいつ」はとうの昔に女になんて飽きているからなあ。
自分のことなのに、まるで他人のことを思うようにぼんやりと考える。
いや、待てよ。
女への執着は持たなかったが、所有物への執着は人一倍だったかもしれない。
……なるほど、それでさっきのようなことを考えていたのか。
なんにせよ、妖狐が顔を出しているときにいつもと違うところなんて見せてはいけない。
ところが、いつもだったら悲鳴を上げながら物陰に逃げ込んでしまうに違いない彼女は、今日はなぜか一歩も動かず、それどころか顔を上げて真っ直ぐにこちらを見た。
「い……いの」
その拍子に、ついに胸元を覆っていた布もはらりと剥がれた。
「夏希……」
これは困った。
またいつものアレだ。
夏希の思考はしょっちゅう次元を突き抜けて、思わぬ地点に着地する。
それはいつもなら微笑ましい習性、で済むけれど、今日はちょっと事情が違う。
ほら、どこかで金色の瞳が薄く笑っている。
「オレ」は真っ白な肌を横切る赤い線に舌を這わせる。
まるで野生の獣のように。
そのくせ宝玉を磨くように。
その血は怖いくらい甘く、芳しかった。
こんな風に感じてしまうオレは一体「どちら」なんだろう。
この思考すらも、本当はオレのものではないかもしれない。
昔のオレは「他人」をからかうことをよく好んだ。
「オレ」は「オレ」のフリをして遊んでいるのかもしれない。
オレは眠らされているのかもしれない。
「……痛かった?」
「オレ」は夏希の唇の手前で囁く。
誘うように、楽しむように。
夏希も急にそんな風にされて驚いたのだろう、凍り付いたようにまばたきひとつしない。
でもキミだって、悪い狐の興味をひくようなことを言うから。
……なんて、言いがかりか。
ふと、夏希がひどく震えていることに気づく。
そうしてようやく、本当にようやく、彼女が下着姿だということ、年頃の少女が口にするには危険すぎる発言をしたことを急に思い出す。
オレは慌てて彼女を腕の中に押し隠す。
そう、誰にも見られないように。触れられないように。
腕の中でただ震えている彼女は小鳥のように儚く愛おしい。
本当に、どうしようもないほど。
汚したくない。けれど誰にも渡したくない。
――オレのものにしたい。
このままベッドに沈めてオレの色に染めてしまいたい。
その細い指にしっかりとオレの指を絡めてシーツに縫い付けて。
その白い肌に赤い花弁を点々と散らして。
そのさくらんぼのような唇から甘い声を引きずり出して。
ああ、キミを抱きたい。
そんな欲望が理性と拮抗しながらゆっくりとオレの指先を動かす。
なめらかな背中の皮膚越しに背骨の凹凸を感じる。
そんなものでさえ愛しく感じられて、どこかでそんな自分に呆れていた。
それにしても、この人はなぜあんなことを言い出したのだろう。
それって、前付き合ってたヤツよりオレが勝ったってこと?
それとも好奇心?
ダメだよ夏希、いまのオレは何だって自分に都合よく解釈してしまうよ。
ずっと、ずっと、我慢していたんだから。
そっとその肌にてのひらを押し当ててみると、まるで吸いつくようにオレをあたためた。
自分でも驚くほどの充足感が湧き上がってくる。
ああ、もっと触れたい。
そっとその頬に手を添わせ、そのまま少しだけ顎を持ち上げてこちらを向かせる。
その頬は熟した林檎のように真っ赤に染まっていた。
禁断の果実だ。
きつく噛みしめられた唇を親指でそっとなぞる。
大きな瞳がじっとこちらを見つめている。
それは警戒しているようにも見えたし、放心しているようにも見えた。
構わず唇を近づけると、ハッとしたように力いっぱい目が閉じられる。
……が。
その瞬間にポロポロと無数のガラス玉のような光が飛び散った。
え……。
オレは驚いて少し身を引き、今度はこちらが目を見開く番になった。
……それもそうだ。
想う人をそんなに簡単に忘れられるわけがない。
彼女が興味本位で男を誘惑するような人じゃないことも分かっている。
何を思い上がっていたんだ、オレは。
どうかしている。
どうしてあんなことを言ったか?
そんなものはただ単に「献身」だ。
自分にできることはそのくらいしかない――
夏希の考えそうなことだった。
若い男はとにかく「やりたい」生き物だ――
おおかたそんな言葉を鵜呑みにしたのだろう。
十数年しか生きていない子供と一緒にされるのは悲しいが、ほんの数秒前のオレの言動が、まさにそうとしか取れないものだったことはもっと悲しい。
実際のところ、同級生の何十倍も生きてはいるが、その長い長い年月の中で特定の女性にこんな感情を持ったのは初めてなのだから、十把一絡げは相応の対処とも言える。
……言える、のだが、一緒にして欲しくなかった。
オレは心から夏希を愛したいのだと。
快楽だけを求める行為を知っている。
下心のある行為を知っている。
そんなものとはまったく違うんだと。
でも夏希にしてみれば同じことだった。
オレが心の中でどう思っていようが、身体を傷つけられ、心を傷つけられ。
いずれオレのことを忘れてしまっても身体の傷は取り戻せない。
少し考えればわかることなのに、実際、オレのブレーキは壊れかかっていた。
一番危険なのは他でもない「オレ」自身だったのだ。
それでもこの手は未練がましく夏希から離れてくれない。
それでもこの心は夏希を求めて痛々しい悲鳴を上げ続けていた。
聞こえぬ叫びに応えるように、ゆっくりと夏希の瞳が開く。
涙にぬれた、宝石のような輝きに心が締め付けられる。
そっとその涙をぬぐうと、オレの心に血が噴き出した。
「ごめん」
この言葉は真実だ。
まごうことなきオレの言葉だ。
ごめんね。
怖かったね。
オレは本当にバカだよ。
自信があるつもりだった。
どういう意味でもキミを守る自信がね。
ふたを開ければこの有様さ。
オレは床に滑り落ちていた上着を拾い、そっと夏希の身体を包み隠す。
彼女は慌てたように襟元をかき寄せた。
キミをもっと安全な場所に連れて行こう。
幸い、この国には最強の番人がいる。
悔しいけれど、いまのオレでは黄泉には勝てないからね。
それに――
オレは指先に残った涙に目をやる。
――キミの心にも番人がいる。
悔しいけれど、やっぱりオレには勝てる気がしない。
だから安心おし。
もう大丈夫。大丈夫だよ。
……オレも、もう大丈夫だ。
オレは、オレ自身からすらキミを守れないんだと思い知ったから。
脱脂綿に消毒液を含ませ、しつこいほどに傷を拭く。
傷じゃない。オレのつけた穢れを、だ。
ついむきになってしまって痛かったのかもしれない。
夏希は少し苦しそうな顔をしていて、それでまたオレは自分を責める。
自分ではもう少し冷静な人間だと思い込んでいた。ひどい自惚れだ。
起こったことすべてを覆い隠すように丁寧に包帯を巻き、巻き終わって大げさだとまた呆れる。
しかし夏希は何も言わず、オレはどうにも息苦しくなって、上着を羽織りながら踵を返した。
「これから、ちょっと忙しくなりそうです。ここにも頻繁に帰ってくることはできないと思う。オレがいない間のことは黄泉に頼んでおきます」
口を挟む隙がないように立て続けに言葉をつなぎ、オレは足早に出口を目指した。
だが、本当は返事がないことが分かっていて、それを否定したくてそうしていたのだ。
「くらま」
だから、か細い声が聞こえた瞬間、思わず駆け寄りそうになった。
許してもらえたなんてことは、さすがに思っていない。
それでも、声を掛けてもらえるくらいの余地が残っているなら、いまのオレにはそれだけで十分だった。
けれど振り返って顔を見れば愛しさが募り、また怖がらせてしまうと思っているのについ腕を伸ばしてしまう。
そっとその身体を抱き締めながら、そんな自分にため息をつきたくなる。
まったく、本当にオレはどうしてしまったんだろうね。
ごめんね、今度こそ大丈夫だよ。
オレはしばらくここを離れる。
「行ってきます」
振り返ったらまた二の舞だと、そのまま背を向けた。
夏希の声は聞こえない。
分かっている。
分かっている。
自分に言い聞かせながら、そう遠くないうちに訪れる別れの日を思って頭を抱えたい気分になった。
オレはもしかして、壊れてしまうかもしれないよ、夏希。
ああ、ドアの向こうで、彼女が泣いている。
連載『paw, my girl!』9.これで、いいの?
カウンタ17571番を踏んでくださった歌凛さんのリクエストで『paw, my girl!』第9話の蔵馬視点バージョンでした。
……えっと、現在カウンタ80万超えてます……長らく放置してしまってすみません……。
ここまで来てしまうとリクエストではなくネタの強奪というほうが近い気がします(--;)
ネタのご提供ありがとうございました(開き直る)
『paw, my girl!』は『君のペット』のリライトになります。
9話を書き終えた時点でこの話を書き始めたのですが、これまた半年以上……。
これを書いていると頭が南野さんに侵食されるというか……しかしその南野氏も妖狐蔵馬に侵食され気味で、
えーい! みんなL.C.Lに溶けちゃいなよ! 私とひとつになろうYO! 人類補完計画Yeah!
とかなって難航してました。
実際に妖狐さまと南野と美馬が合体したらどんな性格になるんでしょう。
20260728
彼女はいつだってオレの欲しいものをくれる。
彼女は絶対にオレの嫌がることをしない。
頭が良くて、察しが良くて、聞き分けが良くて……あれ、オレすごくヒドいことを言ってない?
違うんだ、この気持ちをどうしたらいいのかわからなくて、なんだかおかしなところに納まってるんだ。
キミはペット。オレの可愛いペット。オレのモノ。大切な、大切な宝物。
で、あるからして。
傷つけられそうになったら怒ったって仕方がないと思いませんか?
「……血が出てる」
怒るのも当然だと思いませんか?
「大丈夫だよ、痛くないし」
夏希が口を開いて初めて、怒りが言葉になっていたことに気づく。
そもそも何だ、オレはバカか。
夏希は夏希だ。人間だ。ペットなんかじゃない。
オレのものでもない!
ほとんどしがみつくようにその細い肩を抱き締める。
だったら、だったら。
一体何なんだ、この状況は。
オレはどうしてしまったのかすっかり彼女に夢中で、その彼女は部屋に戻れば必ず待っていてくれる。
たまには抵抗する素振りも見せるけれど、結局はなんでもオレの言うことを聞いてくれる。
そうかと思えば時々は思いもよらないことを言い出してオレを仰天させてみたり、振り回してみたり、それがとても心地よくて、オレ、こんなに毎日を楽しんでいるのって初めてなんじゃないか?
けれど夏休みが終わればもう彼女とは会えない。
会えないし、関わることもできない。
オレは彼女の記憶にすら残れない。
苦笑いしたくなるほどでき上ってしまったこの気持ちは雲散霧消が確定している。
なんたる悲劇だ。
こうなってしまって、こじらせる、以外の方法があるなら教えて欲しい。
その存在が夢でないか、確かめるように抱きしめなおす。
その髪を撫で、その脈動をてのひらで感じて、ようやく人心地がつく。
ああ、でも……キミは本当はオレのものではない。
わかってる。わかってるけれど、キミは確かに目の前にいる。
まるでオレのものかのようにこの腕の中にいる。
だから勘違いしてしまうんだろうな。
「……ごめん、夏希」
オレの呟きにモノ言いたげにしていた彼女が、急にそわそわし始める。
不思議に思って見下ろすと、さっき切られた襟元のほころびが破けて、背中部分がはらりと、花が開くようにオレの腕に着地するところだった。
普段見ることのできない真っ白なデコルテ、象牙のように滑らかでつややかな肌、少女特有の筋肉のない細い二の腕、ああ、やっぱりキミはどこからどこまで綺麗だ。
よくできた芸術作品を鑑賞するように彼女を眺めながら、ふと気づく。
あれ、オレ、ズレてない?
これは健全な高校生男子の取るべき態度だろうか?
……そうだ、さっき一瞬妖狐化しかけたのを無理やり意思の力で抑え込んだのだった。
姿はかろうじて人間のままいられたけれど、感覚がどこか妖狐に浸食されている。
その事実がオレを愕然とさせた。
いや、確かに最初に変化したときから、妖狐の姿でいるときは昔の性格が出ていた。
だが、人間の姿のときに思考が浸食されたことは……ない、だろうか?
自分で気がついていないだけで、少しずつ性格が変わっていたり、人間界でのオレだったら絶対にしないようなことを無意識にやっていたり、本当にしていないか?
自分では大丈夫だと思っているが、実際いまの状況はどうだ。
本来のオレだったら、すぐになにか隠せるようなものを渡すか視線を外すかしたはずだ。
考えるべきことはたくさんあるが、気付いたならすぐにそうしなければ。
とにかく、妖狐が夏希を気に入ったりしたら彼女の貞操の危機だ。
さあ、早く夏希を盗賊の目から隠さないと。
と、いうのに。
彼女はなぜか突然謝りながら、ぎゅっとオレにしがみついてくる。
……なぜ謝られたんだ? 謝るべきはオレのほうなのに。
いや、だが、夏希、すまない。オレも身体は健全な高校生男子であるからしてこの状況は少し刺激が強いんだ。
「夏希、着替えよう?」
とはいえ。
さっき羽織らせたはずの上着を探すふりをして目をそらしながら、オレの思考はまた引き戻されていた。
「あいつ」はとうの昔に女になんて飽きているからなあ。
自分のことなのに、まるで他人のことを思うようにぼんやりと考える。
いや、待てよ。
女への執着は持たなかったが、所有物への執着は人一倍だったかもしれない。
……なるほど、それでさっきのようなことを考えていたのか。
なんにせよ、妖狐が顔を出しているときにいつもと違うところなんて見せてはいけない。
ところが、いつもだったら悲鳴を上げながら物陰に逃げ込んでしまうに違いない彼女は、今日はなぜか一歩も動かず、それどころか顔を上げて真っ直ぐにこちらを見た。
「い……いの」
その拍子に、ついに胸元を覆っていた布もはらりと剥がれた。
「夏希……」
これは困った。
またいつものアレだ。
夏希の思考はしょっちゅう次元を突き抜けて、思わぬ地点に着地する。
それはいつもなら微笑ましい習性、で済むけれど、今日はちょっと事情が違う。
ほら、どこかで金色の瞳が薄く笑っている。
「オレ」は真っ白な肌を横切る赤い線に舌を這わせる。
まるで野生の獣のように。
そのくせ宝玉を磨くように。
その血は怖いくらい甘く、芳しかった。
こんな風に感じてしまうオレは一体「どちら」なんだろう。
この思考すらも、本当はオレのものではないかもしれない。
昔のオレは「他人」をからかうことをよく好んだ。
「オレ」は「オレ」のフリをして遊んでいるのかもしれない。
オレは眠らされているのかもしれない。
「……痛かった?」
「オレ」は夏希の唇の手前で囁く。
誘うように、楽しむように。
夏希も急にそんな風にされて驚いたのだろう、凍り付いたようにまばたきひとつしない。
でもキミだって、悪い狐の興味をひくようなことを言うから。
……なんて、言いがかりか。
ふと、夏希がひどく震えていることに気づく。
そうしてようやく、本当にようやく、彼女が下着姿だということ、年頃の少女が口にするには危険すぎる発言をしたことを急に思い出す。
オレは慌てて彼女を腕の中に押し隠す。
そう、誰にも見られないように。触れられないように。
腕の中でただ震えている彼女は小鳥のように儚く愛おしい。
本当に、どうしようもないほど。
汚したくない。けれど誰にも渡したくない。
――オレのものにしたい。
このままベッドに沈めてオレの色に染めてしまいたい。
その細い指にしっかりとオレの指を絡めてシーツに縫い付けて。
その白い肌に赤い花弁を点々と散らして。
そのさくらんぼのような唇から甘い声を引きずり出して。
ああ、キミを抱きたい。
そんな欲望が理性と拮抗しながらゆっくりとオレの指先を動かす。
なめらかな背中の皮膚越しに背骨の凹凸を感じる。
そんなものでさえ愛しく感じられて、どこかでそんな自分に呆れていた。
それにしても、この人はなぜあんなことを言い出したのだろう。
それって、前付き合ってたヤツよりオレが勝ったってこと?
それとも好奇心?
ダメだよ夏希、いまのオレは何だって自分に都合よく解釈してしまうよ。
ずっと、ずっと、我慢していたんだから。
そっとその肌にてのひらを押し当ててみると、まるで吸いつくようにオレをあたためた。
自分でも驚くほどの充足感が湧き上がってくる。
ああ、もっと触れたい。
そっとその頬に手を添わせ、そのまま少しだけ顎を持ち上げてこちらを向かせる。
その頬は熟した林檎のように真っ赤に染まっていた。
禁断の果実だ。
きつく噛みしめられた唇を親指でそっとなぞる。
大きな瞳がじっとこちらを見つめている。
それは警戒しているようにも見えたし、放心しているようにも見えた。
構わず唇を近づけると、ハッとしたように力いっぱい目が閉じられる。
……が。
その瞬間にポロポロと無数のガラス玉のような光が飛び散った。
え……。
オレは驚いて少し身を引き、今度はこちらが目を見開く番になった。
……それもそうだ。
想う人をそんなに簡単に忘れられるわけがない。
彼女が興味本位で男を誘惑するような人じゃないことも分かっている。
何を思い上がっていたんだ、オレは。
どうかしている。
どうしてあんなことを言ったか?
そんなものはただ単に「献身」だ。
自分にできることはそのくらいしかない――
夏希の考えそうなことだった。
若い男はとにかく「やりたい」生き物だ――
おおかたそんな言葉を鵜呑みにしたのだろう。
十数年しか生きていない子供と一緒にされるのは悲しいが、ほんの数秒前のオレの言動が、まさにそうとしか取れないものだったことはもっと悲しい。
実際のところ、同級生の何十倍も生きてはいるが、その長い長い年月の中で特定の女性にこんな感情を持ったのは初めてなのだから、十把一絡げは相応の対処とも言える。
……言える、のだが、一緒にして欲しくなかった。
オレは心から夏希を愛したいのだと。
快楽だけを求める行為を知っている。
下心のある行為を知っている。
そんなものとはまったく違うんだと。
でも夏希にしてみれば同じことだった。
オレが心の中でどう思っていようが、身体を傷つけられ、心を傷つけられ。
いずれオレのことを忘れてしまっても身体の傷は取り戻せない。
少し考えればわかることなのに、実際、オレのブレーキは壊れかかっていた。
一番危険なのは他でもない「オレ」自身だったのだ。
それでもこの手は未練がましく夏希から離れてくれない。
それでもこの心は夏希を求めて痛々しい悲鳴を上げ続けていた。
聞こえぬ叫びに応えるように、ゆっくりと夏希の瞳が開く。
涙にぬれた、宝石のような輝きに心が締め付けられる。
そっとその涙をぬぐうと、オレの心に血が噴き出した。
「ごめん」
この言葉は真実だ。
まごうことなきオレの言葉だ。
ごめんね。
怖かったね。
オレは本当にバカだよ。
自信があるつもりだった。
どういう意味でもキミを守る自信がね。
ふたを開ければこの有様さ。
オレは床に滑り落ちていた上着を拾い、そっと夏希の身体を包み隠す。
彼女は慌てたように襟元をかき寄せた。
キミをもっと安全な場所に連れて行こう。
幸い、この国には最強の番人がいる。
悔しいけれど、いまのオレでは黄泉には勝てないからね。
それに――
オレは指先に残った涙に目をやる。
――キミの心にも番人がいる。
悔しいけれど、やっぱりオレには勝てる気がしない。
だから安心おし。
もう大丈夫。大丈夫だよ。
……オレも、もう大丈夫だ。
オレは、オレ自身からすらキミを守れないんだと思い知ったから。
脱脂綿に消毒液を含ませ、しつこいほどに傷を拭く。
傷じゃない。オレのつけた穢れを、だ。
ついむきになってしまって痛かったのかもしれない。
夏希は少し苦しそうな顔をしていて、それでまたオレは自分を責める。
自分ではもう少し冷静な人間だと思い込んでいた。ひどい自惚れだ。
起こったことすべてを覆い隠すように丁寧に包帯を巻き、巻き終わって大げさだとまた呆れる。
しかし夏希は何も言わず、オレはどうにも息苦しくなって、上着を羽織りながら踵を返した。
「これから、ちょっと忙しくなりそうです。ここにも頻繁に帰ってくることはできないと思う。オレがいない間のことは黄泉に頼んでおきます」
口を挟む隙がないように立て続けに言葉をつなぎ、オレは足早に出口を目指した。
だが、本当は返事がないことが分かっていて、それを否定したくてそうしていたのだ。
「くらま」
だから、か細い声が聞こえた瞬間、思わず駆け寄りそうになった。
許してもらえたなんてことは、さすがに思っていない。
それでも、声を掛けてもらえるくらいの余地が残っているなら、いまのオレにはそれだけで十分だった。
けれど振り返って顔を見れば愛しさが募り、また怖がらせてしまうと思っているのについ腕を伸ばしてしまう。
そっとその身体を抱き締めながら、そんな自分にため息をつきたくなる。
まったく、本当にオレはどうしてしまったんだろうね。
ごめんね、今度こそ大丈夫だよ。
オレはしばらくここを離れる。
「行ってきます」
振り返ったらまた二の舞だと、そのまま背を向けた。
夏希の声は聞こえない。
分かっている。
分かっている。
自分に言い聞かせながら、そう遠くないうちに訪れる別れの日を思って頭を抱えたい気分になった。
オレはもしかして、壊れてしまうかもしれないよ、夏希。
ああ、ドアの向こうで、彼女が泣いている。
連載『paw, my girl!』9.これで、いいの?
カウンタ17571番を踏んでくださった歌凛さんのリクエストで『paw, my girl!』第9話の蔵馬視点バージョンでした。
……えっと、現在カウンタ80万超えてます……長らく放置してしまってすみません……。
ここまで来てしまうとリクエストではなくネタの強奪というほうが近い気がします(--;)
ネタのご提供ありがとうございました(開き直る)
『paw, my girl!』は『君のペット』のリライトになります。
9話を書き終えた時点でこの話を書き始めたのですが、これまた半年以上……。
これを書いていると頭が南野さんに侵食されるというか……しかしその南野氏も妖狐蔵馬に侵食され気味で、
えーい! みんなL.C.Lに溶けちゃいなよ! 私とひとつになろうYO! 人類補完計画Yeah!
とかなって難航してました。
実際に妖狐さまと南野と美馬が合体したらどんな性格になるんでしょう。
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