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Paw, my girl!
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「私を鯱さんたちのところへ連れていってください。ううん。道を教えてくれるだけでいいの。話がしたいんです」
黄泉さんは呆れたような顔をしている。
そりゃそうだよね。私だって呆れちゃう。
「お前は、突拍子のないヤツだな」
長い沈黙を破って、黄泉さんは口を開いた。
「はっきり言う。今回の件で、お前にできることは何もない。さらに言えば、お前が何かする必要もない」
黄泉さんは優雅な手つきで紅茶を手前に引き寄せた。
優美な曲線を描いたピカピカに磨かれた茶器、揃えられた指先に伸びた背筋。
まるで貴族みたいだって思った。
「わかってます。私は、この国には何にも関係ない人間です」
「わかっているなら、バカな考えを捨てろ」
「バカなことを言っている自覚もあります」
黄泉さんは、眉間にシワを寄せた。
「会って、どうするつもりだ? 何の関係もない人間の小娘のお前に……いや、違うな、憎むべき蔵馬のペットのお前に、あいつらが説得されるとでも思っているのか」
「それは」
私は言葉に詰まって下を向いた。
黄泉さんは、ゆっくりと足を組み、お茶を一口飲んだ。
「お前はバカではないだろう。それなのに、バカなことを言い出すのは、蔵馬のためか?」
「蔵馬は……蔵馬はあんなに頑張っているのに、私はただ見てるだけなんて」
黄泉さんはやれやれといった風に溜息をついた。
「蔵馬が好きなのか」
「えっ? なっ……な、え?」
ななななんで急に恋バナ……?
私は動揺しながら黄泉さんの白けたような表情をうかがう。
あ、いや、違う、「好き」ってそういう意味じゃないんだ、きっと。
「も、もちろん!」
2回目の溜息が聞こえた。
「そういう意味じゃない。蔵馬を愛しているのか、と聞いている」
私はびっくりして黄泉さんを見た。
「なんで!?」
「お前、次にまたその金切り声を上げたら殺すぞ」
だったら金切り声を誘発するの、やめてよ!
私の心の叫びを盗み聞いたかのように黄泉さんはニヤッと笑い、ほんの少しこちらに身を乗り出した。
「どうなんだ?」
「わからないです」
わかってたって黄泉さんに話す義理なんてないし!
二度も脅されたムカムカもこめて私はプイッと横を向く。
「多くの女が命を落としたぞ」
「え?」
「それはもう数えきれないほどだ」
「な、なにが?」
私の興味をひくのに成功して、黄泉さんは満足そうに背もたれに背を預けた。 「蔵馬の愛を勝ち取るために、だ」
黄泉さんは色までわかるのか、それともたまたまだったのか分からないけれど、花瓶に手を伸ばして真紅のバラを引き抜いた。
それは蔵馬が武器にするのに使ったり、今朝、私にプレゼントしてくれたのと同じ色で、だからなんだかこの色って黄泉さんには似合わないな、なんて思ってしまう。
「昔の話だがな」
それはそうでしょうね。
普段は人間界にいるんだし、ここでそんな話聞いてないもん。
「私もそうなるって言いたいんですか?」
「拗ねるな。お前を見ていると、ついからかいたくなるんだ」
「蔵馬もそうみたいですよ。フン!」
私が再び横を向くと、黄泉さんはついに声を立てて笑い始める。
うーん、これって私をからかって煙に巻く作戦かな。
黄泉さんじゃなくて別の人に頼んだほうがいいのかな。
ちょっと苦手だけど妖駄さんとか……。
「あの頃の蔵馬に女も愛も必要なかった。だが……」
ひとしきり笑ったあと、黄泉さんは急に静かな声で呟いた。
「あいつは変わったよ」
その声はなんだかとても淋しそうにも、歯痒そうにも感じられた。
私が蔵馬をどう思っているかはともかく、蔵馬は黄泉さんが好きなんだから、そんな淋しい思いをする必要はないんだけど……。
私は口元を覆って考える。
でも、やっぱりとってもデリケートな問題だし、私が勝手に彼の想いを伝えたりしたらダメだよね。
ん? でもこれは両想いってこと? だったら黄泉さんの了承を得て蔵馬に思いを伝えるのは?
「黄泉さん!」
「なんだ」
「あのね……」
そこから先が続けられなかった。
前、蔵馬を好きだのなんだのという話をして殺されかけたトラウマもあるし、何よりやっぱり私の恋心がキュウキュウと悲鳴を上げる。
好きな人には好きな人と幸せになって欲しい……って思うけど、でも、いざそんな蔵馬の幸せそうな姿を想像すると、とても辛かった。
「……なんでもない、です」
肩を落としてしょぼくれる私を前に、黄泉さんはなにか意味深な含み笑いをする。
「何ですか?」
「気にするな」
そういわれるとものすごく気になるけど、どうせこの人、私をからかいたいだけなんだから聞いても疲れるだけだよね。
「女という生き物は可愛いものだな」
……すみません、文脈が読めません。
私は思わず黄泉さんをじっと観察する。
彼は取り澄ました顔で手にしたバラの香りを楽しんでいた。
可愛い……とは、えっ、もしや私のこと!?
私は焦って背もたれに背中を押しつける。
ちょ、ちょっと待って! 確かにいまちょっと恋のキューピッドになるのをためらっちゃったけど、決して邪魔したいわけじゃなくてね!
「お前、蔵馬のために命を賭けられるか?」
「え?」
「蔵馬のために命を落とした数多の女のひとりになれるかと聞いているんだ」
あ、そういうこと……。
よかった、血迷ったことを口走らなくて。
「死ぬつもりなんてありません。そんなことになったら蔵馬が責任感じちゃうもの」
「これは頼もしいな」
そう言って黄泉さんはまた笑う。
「まあ、そうだな。お前が死んだら蔵馬も後を追うかもしれん。そんなことになったら我が国の一大事だ」
「蔵馬がそんなことするわけないでしょ?」
「だが、あれはお前のことをすっかり愛してしまっているぞ」
は……? はっ?
黄泉さんってば何を勘違いして……ダメ! ダメ! やっぱり自分の恋がどうとか言ってる場合じゃない!
これじゃ完全にお邪魔虫だ! 誤解を解かなきゃ!
「あ、あのね黄泉さん、蔵馬が愛しているのはね」
「お前、その気味の悪い妄想をやめろ。オレにそっちの気はない」
きゃあ! どうしよう! 私ってばますます恋の障害と化してる!
もうだめ! ごめん、蔵馬! 私は役立たずです……やっぱり自分で頑張って!
「その女たちの中でこう言った者がいた。『愛の力は奇跡を起こす』と。結局そいつは死んだがな。お前はどうかな?」
真っ赤なバラの花をこちらに向け、楽しそうに微笑む黄泉さんの前で、私は戸惑いながら口を開いた。
「恋……? とか、そんなんじゃないです。私は純粋に蔵馬や黄泉さんが好きで、役に立ちたいと思っているだけ。もっと言えば、阿羅醐さんも好きだし、迦雄須さんも嫌いじゃないし、魅羅ちゃんも、ここにいる人が大好きで、皆の役に立ちたい」
黄泉さんは水を差されたように急に真顔に戻り、つまらなさそうに首を振った。
「言っておくが、お前、役には立たないぞ」
切り捨てるような言葉に、私は言い返した。
「でも、もしかしたら、立つかもしれない。私のテリトリーの中で、本音で話し合ったら、わかってくれるかもしれない。あの人たち、悪い人じゃないと思います」
「妖怪に善悪があるものか」
「さっき黄泉さんが言ったんでしょ? 人間も妖怪も、本質は変わらないって」
黄泉さんは不愉快そうに眉根を寄せる。
ちょっと怖かったけど、どうしても聞いて欲しくて、気付かないふりで続けた。
「何もしないで諦めるなんて、もったいないです。できることは何でも試してみなきゃ、先には進めない。失敗を恐れて何もしないで、それで後悔することになるのが一番悔しいでしょ? もしも急に、百足がこちらを向いたら? 黄泉さんが躯と戦っている間に、この国の人は向こうのNo.2に対抗できる? その隙に雷禅が攻めてきたら? 誰が食い止めるの? 蔵馬はもう、ギリギリのところで頑張っているんです。黄泉さんもきっとそうだと思う。必死で頑張って、それでも事が進まないなら、新しい手を打つしかないんです」
「失敗すれば、殺されるぞ」
黄泉さんは、厳しい顔で言った。
「私を信じて」
私は全ての思いを込めて、黄泉さんを見つめた。
長い長い沈黙が過ぎて行った。
黄泉さんは疲れた顔でふぅっと笑った。
「お前はつくづくおかしな女だ。バカなのか、利口なのかもさっぱりわからん。臆病なように見えて、大胆なことを言い出す」
長い指先でもてあそんでいたバラを迷いなく花瓶に戻し、黄泉さんはこちらに顔を向けた。
「お前の能力は、強い精神力をもってすれば、打ち消される可能性がある。勝算はあるのか?」
「気合と根性です」
黄泉さんは一瞬、ポカンとして、直後に大声で笑い出した。
「蔵馬は明日、雷禅の国で会談のあと、その足で百足に向かうだろう。恐らく、丸一日帰って来られないし、古城に寄っている暇もない。どうする?」
私は大きく息を吸って言った。
「明日、行きます」
黄泉さんは席を立ち、執務室へと続くドアを開けた。
「オレがついていってやりたいが、オレの顔を見れば、あいつらが興奮するだろうからな。腕の立つものを護衛につける。明日、蔵馬が出たあと、迎えをやろう」
その夜、蔵馬は深夜に部屋に戻ってきた。
黄泉さんとの話を悟られないかビクビクしていたけれど、時間が時間だったこともあり、私たちはすぐにベッドに入った。
いつものように蔵馬の腕に包まれながら、私は黄泉さんの言葉を思い出して、ちょっとドキっとした。
蔵馬が私のこと好きだなんて、黄泉さんの勘違い、だよね……。
「どうしたの?」
不思議そうに覗き込んでくる蔵馬の美貌に目を奪われる。
私も蔵馬のこと、本当に好きなのかな……?
命を賭けられるか? なんて聞かれて、本当はちょっと戸惑った。
こんな特殊な状況だから、恋してるって錯覚してるだけかもしれない。
自分の気持ちがはっきりわからず、私は愛想笑いを浮かべて目を閉じた。
恋なのかどうかはまだわからないけど、蔵馬のことは、大好き。
私にできることがあるなら何でもやってあげたい。
だから明日は、精一杯頑張るからね。
翌朝、黄泉さんの言ったとおり、蔵馬が出て行ってしばらくすると、魅羅ちゃんが迎えに来て、中央のエントランスに案内してくれた。
ゴシック調の柱の影から、黄泉さんが姿を現す。
「来たな」
黄泉さんは、軍服姿の男の人を連れていた。
「この者は、倒魔。空間をつなげる力がある。いざとなったら、空間を渡ってここに帰って来い」
黄泉さんはちょっとだけ口元で笑った。
「お前が言うように、オレたちもすでに打つ手は打って、限界だった。そろそろ、カタをつけるときだったんだ。だから、お前は無理をしなくていい。ダメだと思ったら、すぐに戻って来い。いいな?」
黄泉さんは私の両肩に手を置いた。
「はい」
倒魔さんは、黄泉さんに一礼すると玄関を出、両手のひらを合わせた。
見る間にそこに眩い光が集まり、彼が手を差し出すと、そこに光の壁ができる。
「あれは、鯱達の本拠地に続いている。いいな。決して無理はするな」
「はい」
私はもう一度頷いて、倒魔さんのそばに行き、黄泉さんを振り返った。
「行ってきます」
マシュマーの如くバラを片手にポーズを決めまくる黄泉さまに対し、ヒロイン嬢「似合わない」の一言。
初:20051018
改:20260621
黄泉さんは呆れたような顔をしている。
そりゃそうだよね。私だって呆れちゃう。
「お前は、突拍子のないヤツだな」
長い沈黙を破って、黄泉さんは口を開いた。
「はっきり言う。今回の件で、お前にできることは何もない。さらに言えば、お前が何かする必要もない」
黄泉さんは優雅な手つきで紅茶を手前に引き寄せた。
優美な曲線を描いたピカピカに磨かれた茶器、揃えられた指先に伸びた背筋。
まるで貴族みたいだって思った。
「わかってます。私は、この国には何にも関係ない人間です」
「わかっているなら、バカな考えを捨てろ」
「バカなことを言っている自覚もあります」
黄泉さんは、眉間にシワを寄せた。
「会って、どうするつもりだ? 何の関係もない人間の小娘のお前に……いや、違うな、憎むべき蔵馬のペットのお前に、あいつらが説得されるとでも思っているのか」
「それは」
私は言葉に詰まって下を向いた。
黄泉さんは、ゆっくりと足を組み、お茶を一口飲んだ。
「お前はバカではないだろう。それなのに、バカなことを言い出すのは、蔵馬のためか?」
「蔵馬は……蔵馬はあんなに頑張っているのに、私はただ見てるだけなんて」
黄泉さんはやれやれといった風に溜息をついた。
「蔵馬が好きなのか」
「えっ? なっ……な、え?」
ななななんで急に恋バナ……?
私は動揺しながら黄泉さんの白けたような表情をうかがう。
あ、いや、違う、「好き」ってそういう意味じゃないんだ、きっと。
「も、もちろん!」
2回目の溜息が聞こえた。
「そういう意味じゃない。蔵馬を愛しているのか、と聞いている」
私はびっくりして黄泉さんを見た。
「なんで!?」
「お前、次にまたその金切り声を上げたら殺すぞ」
だったら金切り声を誘発するの、やめてよ!
私の心の叫びを盗み聞いたかのように黄泉さんはニヤッと笑い、ほんの少しこちらに身を乗り出した。
「どうなんだ?」
「わからないです」
わかってたって黄泉さんに話す義理なんてないし!
二度も脅されたムカムカもこめて私はプイッと横を向く。
「多くの女が命を落としたぞ」
「え?」
「それはもう数えきれないほどだ」
「な、なにが?」
私の興味をひくのに成功して、黄泉さんは満足そうに背もたれに背を預けた。 「蔵馬の愛を勝ち取るために、だ」
黄泉さんは色までわかるのか、それともたまたまだったのか分からないけれど、花瓶に手を伸ばして真紅のバラを引き抜いた。
それは蔵馬が武器にするのに使ったり、今朝、私にプレゼントしてくれたのと同じ色で、だからなんだかこの色って黄泉さんには似合わないな、なんて思ってしまう。
「昔の話だがな」
それはそうでしょうね。
普段は人間界にいるんだし、ここでそんな話聞いてないもん。
「私もそうなるって言いたいんですか?」
「拗ねるな。お前を見ていると、ついからかいたくなるんだ」
「蔵馬もそうみたいですよ。フン!」
私が再び横を向くと、黄泉さんはついに声を立てて笑い始める。
うーん、これって私をからかって煙に巻く作戦かな。
黄泉さんじゃなくて別の人に頼んだほうがいいのかな。
ちょっと苦手だけど妖駄さんとか……。
「あの頃の蔵馬に女も愛も必要なかった。だが……」
ひとしきり笑ったあと、黄泉さんは急に静かな声で呟いた。
「あいつは変わったよ」
その声はなんだかとても淋しそうにも、歯痒そうにも感じられた。
私が蔵馬をどう思っているかはともかく、蔵馬は黄泉さんが好きなんだから、そんな淋しい思いをする必要はないんだけど……。
私は口元を覆って考える。
でも、やっぱりとってもデリケートな問題だし、私が勝手に彼の想いを伝えたりしたらダメだよね。
ん? でもこれは両想いってこと? だったら黄泉さんの了承を得て蔵馬に思いを伝えるのは?
「黄泉さん!」
「なんだ」
「あのね……」
そこから先が続けられなかった。
前、蔵馬を好きだのなんだのという話をして殺されかけたトラウマもあるし、何よりやっぱり私の恋心がキュウキュウと悲鳴を上げる。
好きな人には好きな人と幸せになって欲しい……って思うけど、でも、いざそんな蔵馬の幸せそうな姿を想像すると、とても辛かった。
「……なんでもない、です」
肩を落としてしょぼくれる私を前に、黄泉さんはなにか意味深な含み笑いをする。
「何ですか?」
「気にするな」
そういわれるとものすごく気になるけど、どうせこの人、私をからかいたいだけなんだから聞いても疲れるだけだよね。
「女という生き物は可愛いものだな」
……すみません、文脈が読めません。
私は思わず黄泉さんをじっと観察する。
彼は取り澄ました顔で手にしたバラの香りを楽しんでいた。
可愛い……とは、えっ、もしや私のこと!?
私は焦って背もたれに背中を押しつける。
ちょ、ちょっと待って! 確かにいまちょっと恋のキューピッドになるのをためらっちゃったけど、決して邪魔したいわけじゃなくてね!
「お前、蔵馬のために命を賭けられるか?」
「え?」
「蔵馬のために命を落とした数多の女のひとりになれるかと聞いているんだ」
あ、そういうこと……。
よかった、血迷ったことを口走らなくて。
「死ぬつもりなんてありません。そんなことになったら蔵馬が責任感じちゃうもの」
「これは頼もしいな」
そう言って黄泉さんはまた笑う。
「まあ、そうだな。お前が死んだら蔵馬も後を追うかもしれん。そんなことになったら我が国の一大事だ」
「蔵馬がそんなことするわけないでしょ?」
「だが、あれはお前のことをすっかり愛してしまっているぞ」
は……? はっ?
黄泉さんってば何を勘違いして……ダメ! ダメ! やっぱり自分の恋がどうとか言ってる場合じゃない!
これじゃ完全にお邪魔虫だ! 誤解を解かなきゃ!
「あ、あのね黄泉さん、蔵馬が愛しているのはね」
「お前、その気味の悪い妄想をやめろ。オレにそっちの気はない」
きゃあ! どうしよう! 私ってばますます恋の障害と化してる!
もうだめ! ごめん、蔵馬! 私は役立たずです……やっぱり自分で頑張って!
「その女たちの中でこう言った者がいた。『愛の力は奇跡を起こす』と。結局そいつは死んだがな。お前はどうかな?」
真っ赤なバラの花をこちらに向け、楽しそうに微笑む黄泉さんの前で、私は戸惑いながら口を開いた。
「恋……? とか、そんなんじゃないです。私は純粋に蔵馬や黄泉さんが好きで、役に立ちたいと思っているだけ。もっと言えば、阿羅醐さんも好きだし、迦雄須さんも嫌いじゃないし、魅羅ちゃんも、ここにいる人が大好きで、皆の役に立ちたい」
黄泉さんは水を差されたように急に真顔に戻り、つまらなさそうに首を振った。
「言っておくが、お前、役には立たないぞ」
切り捨てるような言葉に、私は言い返した。
「でも、もしかしたら、立つかもしれない。私のテリトリーの中で、本音で話し合ったら、わかってくれるかもしれない。あの人たち、悪い人じゃないと思います」
「妖怪に善悪があるものか」
「さっき黄泉さんが言ったんでしょ? 人間も妖怪も、本質は変わらないって」
黄泉さんは不愉快そうに眉根を寄せる。
ちょっと怖かったけど、どうしても聞いて欲しくて、気付かないふりで続けた。
「何もしないで諦めるなんて、もったいないです。できることは何でも試してみなきゃ、先には進めない。失敗を恐れて何もしないで、それで後悔することになるのが一番悔しいでしょ? もしも急に、百足がこちらを向いたら? 黄泉さんが躯と戦っている間に、この国の人は向こうのNo.2に対抗できる? その隙に雷禅が攻めてきたら? 誰が食い止めるの? 蔵馬はもう、ギリギリのところで頑張っているんです。黄泉さんもきっとそうだと思う。必死で頑張って、それでも事が進まないなら、新しい手を打つしかないんです」
「失敗すれば、殺されるぞ」
黄泉さんは、厳しい顔で言った。
「私を信じて」
私は全ての思いを込めて、黄泉さんを見つめた。
長い長い沈黙が過ぎて行った。
黄泉さんは疲れた顔でふぅっと笑った。
「お前はつくづくおかしな女だ。バカなのか、利口なのかもさっぱりわからん。臆病なように見えて、大胆なことを言い出す」
長い指先でもてあそんでいたバラを迷いなく花瓶に戻し、黄泉さんはこちらに顔を向けた。
「お前の能力は、強い精神力をもってすれば、打ち消される可能性がある。勝算はあるのか?」
「気合と根性です」
黄泉さんは一瞬、ポカンとして、直後に大声で笑い出した。
「蔵馬は明日、雷禅の国で会談のあと、その足で百足に向かうだろう。恐らく、丸一日帰って来られないし、古城に寄っている暇もない。どうする?」
私は大きく息を吸って言った。
「明日、行きます」
黄泉さんは席を立ち、執務室へと続くドアを開けた。
「オレがついていってやりたいが、オレの顔を見れば、あいつらが興奮するだろうからな。腕の立つものを護衛につける。明日、蔵馬が出たあと、迎えをやろう」
その夜、蔵馬は深夜に部屋に戻ってきた。
黄泉さんとの話を悟られないかビクビクしていたけれど、時間が時間だったこともあり、私たちはすぐにベッドに入った。
いつものように蔵馬の腕に包まれながら、私は黄泉さんの言葉を思い出して、ちょっとドキっとした。
蔵馬が私のこと好きだなんて、黄泉さんの勘違い、だよね……。
「どうしたの?」
不思議そうに覗き込んでくる蔵馬の美貌に目を奪われる。
私も蔵馬のこと、本当に好きなのかな……?
命を賭けられるか? なんて聞かれて、本当はちょっと戸惑った。
こんな特殊な状況だから、恋してるって錯覚してるだけかもしれない。
自分の気持ちがはっきりわからず、私は愛想笑いを浮かべて目を閉じた。
恋なのかどうかはまだわからないけど、蔵馬のことは、大好き。
私にできることがあるなら何でもやってあげたい。
だから明日は、精一杯頑張るからね。
翌朝、黄泉さんの言ったとおり、蔵馬が出て行ってしばらくすると、魅羅ちゃんが迎えに来て、中央のエントランスに案内してくれた。
ゴシック調の柱の影から、黄泉さんが姿を現す。
「来たな」
黄泉さんは、軍服姿の男の人を連れていた。
「この者は、倒魔。空間をつなげる力がある。いざとなったら、空間を渡ってここに帰って来い」
黄泉さんはちょっとだけ口元で笑った。
「お前が言うように、オレたちもすでに打つ手は打って、限界だった。そろそろ、カタをつけるときだったんだ。だから、お前は無理をしなくていい。ダメだと思ったら、すぐに戻って来い。いいな?」
黄泉さんは私の両肩に手を置いた。
「はい」
倒魔さんは、黄泉さんに一礼すると玄関を出、両手のひらを合わせた。
見る間にそこに眩い光が集まり、彼が手を差し出すと、そこに光の壁ができる。
「あれは、鯱達の本拠地に続いている。いいな。決して無理はするな」
「はい」
私はもう一度頷いて、倒魔さんのそばに行き、黄泉さんを振り返った。
「行ってきます」
マシュマーの如くバラを片手にポーズを決めまくる黄泉さまに対し、ヒロイン嬢「似合わない」の一言。
初:20051018
改:20260621
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