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Paw, my girl!
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黄泉さんは、あの日の言葉通り、私と食事を一緒にしてくれた。
そのときに色々教えてくれるので、私は蔵馬といたときより、この国の状況を知ることができた。
それに、それ以外のこともたくさん教えてもらった。
この世の中には、人間界、魔界の他に霊界ってところもあるみたい。
肉体が寿命を迎えた人は、霊体となってそこに行くらしい。
あの有名な閻魔さまもそこにいるとか。
実在してたんだ……。
霊界は人間界と魔界の管理者的な立場もとっているらしくて、二つの世界に深く介入しているんだそう。
とはいっても、魔界では管理者「気取り」なんて笑われてるみたい。
でも昔、蔵馬が人間界に転生しなきゃならないほどの深手を負わせたのも霊界の人らしいから、やっぱりそれなりの力があるんだよね。
蔵馬は蔵馬で、そんな目に遭わされたのに、たまに電話で連絡をとっている先も、実は霊界の偉い人なんだとか。
黄泉さんは霊界が好きじゃないみたいで、蔵馬のことを”霊界の犬”なんて呼んで、その度に私に睨まれては肩をすくめた。
蔵馬は、なぜか人間界で妖怪の仲間を持っていて、その人たちも魔界に来ているらしい。
よりにもよって、それぞれ、雷禅、躯の配下として。
仲間と敵対しなきゃいけないなんて辛いよね……。
それでも、”仲間”と呼べる人が蔵馬にいて、それは本当によかったとも思う。
だって、ここでは本当に「孤独」って言葉が似合いすぎて切なかったから。
蔵馬は、あれから何度かここに帰ってきて、黄泉さんに会っているみたいだった。
でも私には会わない。
それは、別に会う必要がないから、と言ってしまえばそれまでだけど、それでも考えてしまう。
あんなことがあったから、会いたくないのかもしれないって。
ただ、黄泉さんから聞いた、いまの状況なら、忙しくて一秒でもムダにできないって考えるのが自然かもしれない。
迦雄須さんと阿羅醐さんが蔵馬の部屋を襲った次の日、この国から軍隊が姿を消してしまった。
正確には、全ての軍隊が、例の古城に立てこもってしまった。
黄泉さんの国の軍隊は、幹部の鯱さん、迦雄須さん、阿羅醐さんがそれぞれに任されていたから。
3人が自分の軍隊を連れて行ってしまったので、この城は丸裸同然になってしまった。
わずかに残った黄泉さんの親衛隊が国の警護に回ったけれど、
「こんなところを躯にでも襲われたら、たまったものではないな」
と、黄泉さんは他人事みたいに笑う。
なんていうか、おっとりしているんだよね。
でも実際は、おっとりどころか、彼にはちゃんと切り札があった。
それは、蔵馬。
蔵馬は忙しく駆けずり回り、驚くほどの仕事をしていた。
なんと、雷禅の国の重要人物と密談を交わして、紳士協定を結んだらしい。
今はむこうの国も大変なときみたいで、お互いのごたごたが片付くまでは手出ししないって。
躯の国では、そんな話ができるような人物も弱みもなかったみたいだけど、その代わりに情報操作をしたらしい。
そうかと思えば国外から傭兵を探して雇ったり、魔界の忍と呼ばれる人たちに一時的な警護をお願いもした。
特に、この忍の人達って、なかなかこういう表立った仕事はしないらしい。どう言ってお願いしたのかな。
いままでに比べて数は少ないけれど、国の守りを数値化すれば、いまの方が上かもしれない――なんて、黄泉さんは苦笑いした。
最近、このお城はとっても賑やか。
あちこちで工事が始まっているから。
何でも、蔵馬が躯の国で流した噂のなかに、『城の改修工事が始まるらしい』なんてのがあるんだって。
そんな嘘で敵の目を欺けるの? と思ってしまったけれど、蔵馬は実にたくさんの噂を流し、もっともらしいものから、こんな子供っぽい噂もない交ぜなんだそう。
「あまりに大量の情報が押し寄せ、その中にバカバカしいものが入っていると、躯は逆に関心をなくすだろう」
って黄泉さんは言ったんだけど、躯って人、面倒臭がりなのかな?
実際のところ、万一攻められた時、国の基盤としての国民だけは守れるように、シェルターのような保護施設を作ってるんだって。
黄泉さんは国外からも大工さんを吟味して呼んで、癌陀羅には人が溢れている。
一時的に呼んでいる傭兵や職人たちに、この国に居ついてもらうのも目的のひとつみたい。
国を大きくすれば、色々と有利。
人々が住みたい国は、豊かな国だから、どんどんお金と人を流通させるんだって。
政治って、魔界も人間界も同じなんだな……。
でも、何かとデリケートなこの情勢。
のべつまくなしに人を入れたら敵国のスパイも紛れ込む可能性があるから、人選は慎重にしなくちゃいけなくて、黄泉さんも忙しそうだった。
それでも、黄泉さんはきっちり私との食事は守ってくれた。
あれで結構、優しいのよね。
そして、食事の間中、私を実によくからかってくれた。
こういうところも、ホント蔵馬とそっくり。
蔵馬は、ちゃんとゴハン食べているのかな? 寝ているのかな?
会えない日が重なるごとに、私の心配は深まっていった。
その日も何もすることがなく、私は教科書を開いていた。
でも、やっぱり蔵馬のことが心配で、なかなかはかどらない。
文字を追っていても頭に入ってこなくて、仕方なく声に出して読んだり、ノートに書き写してみたり、色々足掻いてみた。
新しい学校は進学校だって聞いてるのに、このままじゃ落ちこぼれちゃうよ……。
頭を抱えて机に突っ伏したとき、静かに襖が開いた。
黄泉さんかと思って何気なく振り返って、私は声も出せずに固まってしまった。
「ただいま」
光をはらんで紅く輝く髪が、柔らかいカーブを描いた女の子みたいな頬にさらっと掛かった。
目を見開いている私を見て、彼は明るい声で笑う。
「オバケに会ったような顔してますよ」
私はひとつ深呼吸して、やっと声を出した。
「お帰り。蔵馬」
「ただいま」
言って、彼は持っていた荷物を部屋の隅に置くと、私とちょっと離れたところにある座布団に座った。
長い脚を折って片膝を立てて座り、その上に両腕を乗せ、少し身を乗り出すようにしてこちらを向く。
清潔そうな口元に浮かんだ柔らかな微笑み、大きめの瞳に浮かぶ翡翠色の光。
ああ、やっぱり蔵馬は綺麗だなって思った。
「あの後、何もなかった?」
「うん。黄泉さんがずっとここにかくまってくれていたの」
「そう。良かった。……黄泉に変なことされませんでしたか?」
なっ、急に難しい顔したと思ったら、何を言い出すの!
「そんなことあるわけないでしょ?! 黄泉さんに聞こえちゃうよ」
私は焦って言った。
蔵馬は、そんな私を見ておかしそうに言った。
「オレは黄泉の機嫌を取るつもりはないよ。……まあ、何もされなかったならいいけど」
「黄泉さんがそんなことするわけないでしょ? 紳士なんだから」
……とはいえ、やっぱり紳士の蔵馬とあんなキワドいことにもなったんだけど……。
そう思った瞬間、ブワッと顔が赤くなってしまった。
「……~~っ」
思い出しちゃった!
私は赤くなった顔を見られないようにそっぽを向いた。
「夏希?」
な、何か話さなきゃ、変に思われる! えっと、えっと……。
「それにしても……このお城、本当に広いね! 私、びっくりしちゃった! 黄泉さんの私室って言うから、どんなかと思って来たら、お寺だって泣いてゴメンナサイって感じだよね! 棟ごとに建築様式とか変えてあるのね。玄関のあたりなんてゴシック風と言うか、サタニズム的と言うか……」
うわわわ、何言ってんだろ私!
喋ったら余計変に思われてる!
私は勝手に疲れてがっくりと肩を落とした。
「どうしたの?」
蔵馬はくすっと笑う。
「夏希、こっちを向いて」
無理っ!
ただでさえ赤かった顔が、墓穴を掘ってさらに赤くなってるんだから!
「あ……蔵馬のお部屋もすごく素敵だったよね、ヨーロッパのお城の一室みたいで。ここも落ち着けるから大好きなんだけど」
「夏希」
蔵馬の声が、すぐ後ろで聞こえた。
いつの間にか彼は私の傍に移動してきていた。
俯く私の肩に、蔵馬の手の影が映った。
わっ、見ちゃイヤ!
ところが、その手は私に触れることなく、戻ってしまった。
私は必死に顔を背けていたことも忘れて、蔵馬を振り返った。
蔵馬は、なんだか複雑な顔をしていた。
そういえば、今日は、蔵馬に触れていない。
いつも帰ってくると髪を撫でたり、肩に手を置いたり、腕を引いたり、ときには抱きしめてくれた。
あのスキンシップ過剰な蔵馬が、今日はまったく触らない。
やっぱり気を遣っているのかな?
うう……沈黙が気まずい。
「あ、あのっ、勉強教えて?」
咄嗟にひっくり返った声でそう言って、私は深く後悔した。
何言ってるんだろ、私。
蔵馬、すっごく疲れているはずなのに。
でも彼は、にっこり笑うと、「いいよ。どこ?」と、私の隣に並んで座った。
甘いけれど高貴な、バラの香りがふわっと漂う。
私は適当に数学の例題を指すと、蔵馬は綺麗な目を伏せて、指先を追う。
「へえ、ずいぶん進んだな。ええと、関数の証明か……3次関数は変曲点で対称になるんです。それを踏まえて、この対称点の座標を(x,y)とすると……」
私は所々メモしながら、彼の甘くて優しい声に耳を傾けた。
時々、長い髪がさらっと肩から落ちるのを煩そうに払う何気ない仕草も、洗練されていて素敵だった。
「……以上から、Gはy軸に平行などんな直線に関しても線対称ではない、ということ」
「すごい! やっと意味がわかった! ありがとう!」
私は思わず、さっきの落ち込みも忘れ、高い声をあげて蔵馬を見た。
蔵馬は相変わらず穏やかに微笑んでいる。
「他にわからないところ、あった?」
「うん、実はいっぱいあるんだけど……」
私は、やっといつもの距離に近付いた蔵馬に微笑んだ。
「蔵馬、色々、お疲れさまでした」
蔵馬は、ちょっと困ったように息をついた。
「黄泉がペラペラ喋ったんですね」
「ううん。私が聞きたくて、お願いして教えてもらったの。……もっと早く蔵馬から話を聞いておけば、蔵馬の足を引っ張らなくて済んだのに、ごめんね……私、自分のことばっかりで、蔵馬のこと考えてあげられなくて、本当にごめんなさい」
蔵馬の右手がすっと私のほうに向かって伸び、すぐにその指先はぐっと握り締められ、彼の膝に戻った。
私は手を伸ばすと、その握りこぶしを引っ張って、自分の膝の上に置き、両手で包んだ。
蔵馬は驚いた顔でこちらを見て、少しだけ目線を逸らした。
「君に触れたら、また泣かせてしまいそうで怖かった」
私は、手を引っ張られて少し前のめりになった蔵馬をそっと抱き寄せた。
「夏希」
呟くと、蔵馬は強く私を抱きしめ返した。
「話してあげなかったのはオレの方だよ。夏希がいつもオレのことを気遣っていてくれたのも知ってる。オレは……」
蔵馬は何かを言おうとして、言葉に詰まっているみたいだった。
私は身体を起こした。
「今日はゆっくりできるの?」
蔵馬はちょっと息をついた。
「そうしたいところなんだけど、なかなかね。ただ、これからは癌陀羅の中での仕事になるから、オレはまたあの部屋に戻るよ。夏希はどうする?」
私は反射的に笑顔を作って、そっと蔵馬から目をそらした。
あの部屋に戻ればまた、いままでみたいにひとつのベッドで寝ることになる。
でも、いままでみたいに寝られるんだろうか。あんなことがあって。
もちろん、蔵馬が何かしてくるなんて疑ってはいない。
けれども蔵馬はこんなに気をつかっていて、私はこんなに意識してしまって、ちゃんと眠れる?
蔵馬はとっても神経を使う毎日を送っているのに。
ほんの少し、チラッとだけ蔵馬の様子をうかがおうとして思い切り目が合ってしまう。
私の一瞬の沈黙を答えと判断したのか、蔵馬は優しく微笑んだ。
「ここが気に入ったんなら、ここに置いてもらってもいいんじゃないかな」
ど、どうしよう、絶対誤解されてる!
私が蔵馬を怖がってるって。
言わなきゃ、そうじゃないって。邪魔にならないか考えていたのって。
……本当は一緒にいたいって。
なのに、どう言ったらいいのか、言葉が全然見つからなくて、私は気付くと蔵馬の袖をギュッと握りしめていた。
「夏希?」
「わ……私、蔵馬のペットだもん……」
そう言うのが精いっぱいで、結局自分のわがままを押し付けただけだって落ち込んでいると、ポンと頭に手が乗る。
「じゃ、荷物を片付けないといけませんね。オレは仕事があるから、そうだな、食事の前にここに迎えに来ます。夕飯、一緒に食べよう」
立ち上がった蔵馬は、部屋を出ようとして、ふと振り向いてこちらを見た。
「黄泉が淋しがるかもしれませんよ? ずいぶん君を気に入ってるみたいだ。オレとしては、ちょっと複雑ですけどね」
私は蔵馬をちょっと睨んだ。
「黄泉さん、そんなに悪い人じゃないと思うよ」
「そうじゃなくて、ヤキモチですよ。重たいもの持ってギックリ腰にならないようにね。じゃ、後で」
爽やかに笑って蔵馬は襖を閉めた。
失礼な! 私はおばあちゃんじゃないもん!
思いつつも私は教科書の山を半分に分けた。
本当にギックリ腰になんてなったら、後で笑い殺される……。
それにしても、ヤキモチって、なんだろう。
100万分の1の可能性で、私に妬いてくれたとしても、あんなにさらっというワケないし……。
って、っていうことはまさか! 黄泉さんを取られて淋しいとか!?
いま流行りのボーイズ・ラブ?!
……なんてことがあるわけないと思いつつも、考えただけでドキドキしちゃった。
もしも蔵馬と黄泉さんがそんな関係だったら、どっちが……
「夏希。開けるぞ」
「わあああああああ! ごめんなさいっ!!」
縁台には、不機嫌を顔中に表した黄泉さんが立っていた。
「いい加減、その金切り声をなんとかしろ。また明日の朝から、その声で目覚めないとならないと思うと、気が滅入る」
笑ってごまかす私に、呆れたような口調で黄泉さんは続ける。
「蔵馬に言っておけ。夕食はここで食べて行けとな。掃除は女官にさせるから、そのままでいいぞ」
ああ、びっくりした。
直接蔵馬に言えばいいのに、変なふたり。
……まさか、本当にカモフラージュなんてことは……きゃあああ、考えちゃダメ!
躯さんの漢字出ません文字化けます無念……
初:20051013
改:20260128
そのときに色々教えてくれるので、私は蔵馬といたときより、この国の状況を知ることができた。
それに、それ以外のこともたくさん教えてもらった。
この世の中には、人間界、魔界の他に霊界ってところもあるみたい。
肉体が寿命を迎えた人は、霊体となってそこに行くらしい。
あの有名な閻魔さまもそこにいるとか。
実在してたんだ……。
霊界は人間界と魔界の管理者的な立場もとっているらしくて、二つの世界に深く介入しているんだそう。
とはいっても、魔界では管理者「気取り」なんて笑われてるみたい。
でも昔、蔵馬が人間界に転生しなきゃならないほどの深手を負わせたのも霊界の人らしいから、やっぱりそれなりの力があるんだよね。
蔵馬は蔵馬で、そんな目に遭わされたのに、たまに電話で連絡をとっている先も、実は霊界の偉い人なんだとか。
黄泉さんは霊界が好きじゃないみたいで、蔵馬のことを”霊界の犬”なんて呼んで、その度に私に睨まれては肩をすくめた。
蔵馬は、なぜか人間界で妖怪の仲間を持っていて、その人たちも魔界に来ているらしい。
よりにもよって、それぞれ、雷禅、躯の配下として。
仲間と敵対しなきゃいけないなんて辛いよね……。
それでも、”仲間”と呼べる人が蔵馬にいて、それは本当によかったとも思う。
だって、ここでは本当に「孤独」って言葉が似合いすぎて切なかったから。
蔵馬は、あれから何度かここに帰ってきて、黄泉さんに会っているみたいだった。
でも私には会わない。
それは、別に会う必要がないから、と言ってしまえばそれまでだけど、それでも考えてしまう。
あんなことがあったから、会いたくないのかもしれないって。
ただ、黄泉さんから聞いた、いまの状況なら、忙しくて一秒でもムダにできないって考えるのが自然かもしれない。
迦雄須さんと阿羅醐さんが蔵馬の部屋を襲った次の日、この国から軍隊が姿を消してしまった。
正確には、全ての軍隊が、例の古城に立てこもってしまった。
黄泉さんの国の軍隊は、幹部の鯱さん、迦雄須さん、阿羅醐さんがそれぞれに任されていたから。
3人が自分の軍隊を連れて行ってしまったので、この城は丸裸同然になってしまった。
わずかに残った黄泉さんの親衛隊が国の警護に回ったけれど、
「こんなところを躯にでも襲われたら、たまったものではないな」
と、黄泉さんは他人事みたいに笑う。
なんていうか、おっとりしているんだよね。
でも実際は、おっとりどころか、彼にはちゃんと切り札があった。
それは、蔵馬。
蔵馬は忙しく駆けずり回り、驚くほどの仕事をしていた。
なんと、雷禅の国の重要人物と密談を交わして、紳士協定を結んだらしい。
今はむこうの国も大変なときみたいで、お互いのごたごたが片付くまでは手出ししないって。
躯の国では、そんな話ができるような人物も弱みもなかったみたいだけど、その代わりに情報操作をしたらしい。
そうかと思えば国外から傭兵を探して雇ったり、魔界の忍と呼ばれる人たちに一時的な警護をお願いもした。
特に、この忍の人達って、なかなかこういう表立った仕事はしないらしい。どう言ってお願いしたのかな。
いままでに比べて数は少ないけれど、国の守りを数値化すれば、いまの方が上かもしれない――なんて、黄泉さんは苦笑いした。
最近、このお城はとっても賑やか。
あちこちで工事が始まっているから。
何でも、蔵馬が躯の国で流した噂のなかに、『城の改修工事が始まるらしい』なんてのがあるんだって。
そんな嘘で敵の目を欺けるの? と思ってしまったけれど、蔵馬は実にたくさんの噂を流し、もっともらしいものから、こんな子供っぽい噂もない交ぜなんだそう。
「あまりに大量の情報が押し寄せ、その中にバカバカしいものが入っていると、躯は逆に関心をなくすだろう」
って黄泉さんは言ったんだけど、躯って人、面倒臭がりなのかな?
実際のところ、万一攻められた時、国の基盤としての国民だけは守れるように、シェルターのような保護施設を作ってるんだって。
黄泉さんは国外からも大工さんを吟味して呼んで、癌陀羅には人が溢れている。
一時的に呼んでいる傭兵や職人たちに、この国に居ついてもらうのも目的のひとつみたい。
国を大きくすれば、色々と有利。
人々が住みたい国は、豊かな国だから、どんどんお金と人を流通させるんだって。
政治って、魔界も人間界も同じなんだな……。
でも、何かとデリケートなこの情勢。
のべつまくなしに人を入れたら敵国のスパイも紛れ込む可能性があるから、人選は慎重にしなくちゃいけなくて、黄泉さんも忙しそうだった。
それでも、黄泉さんはきっちり私との食事は守ってくれた。
あれで結構、優しいのよね。
そして、食事の間中、私を実によくからかってくれた。
こういうところも、ホント蔵馬とそっくり。
蔵馬は、ちゃんとゴハン食べているのかな? 寝ているのかな?
会えない日が重なるごとに、私の心配は深まっていった。
その日も何もすることがなく、私は教科書を開いていた。
でも、やっぱり蔵馬のことが心配で、なかなかはかどらない。
文字を追っていても頭に入ってこなくて、仕方なく声に出して読んだり、ノートに書き写してみたり、色々足掻いてみた。
新しい学校は進学校だって聞いてるのに、このままじゃ落ちこぼれちゃうよ……。
頭を抱えて机に突っ伏したとき、静かに襖が開いた。
黄泉さんかと思って何気なく振り返って、私は声も出せずに固まってしまった。
「ただいま」
光をはらんで紅く輝く髪が、柔らかいカーブを描いた女の子みたいな頬にさらっと掛かった。
目を見開いている私を見て、彼は明るい声で笑う。
「オバケに会ったような顔してますよ」
私はひとつ深呼吸して、やっと声を出した。
「お帰り。蔵馬」
「ただいま」
言って、彼は持っていた荷物を部屋の隅に置くと、私とちょっと離れたところにある座布団に座った。
長い脚を折って片膝を立てて座り、その上に両腕を乗せ、少し身を乗り出すようにしてこちらを向く。
清潔そうな口元に浮かんだ柔らかな微笑み、大きめの瞳に浮かぶ翡翠色の光。
ああ、やっぱり蔵馬は綺麗だなって思った。
「あの後、何もなかった?」
「うん。黄泉さんがずっとここにかくまってくれていたの」
「そう。良かった。……黄泉に変なことされませんでしたか?」
なっ、急に難しい顔したと思ったら、何を言い出すの!
「そんなことあるわけないでしょ?! 黄泉さんに聞こえちゃうよ」
私は焦って言った。
蔵馬は、そんな私を見ておかしそうに言った。
「オレは黄泉の機嫌を取るつもりはないよ。……まあ、何もされなかったならいいけど」
「黄泉さんがそんなことするわけないでしょ? 紳士なんだから」
……とはいえ、やっぱり紳士の蔵馬とあんなキワドいことにもなったんだけど……。
そう思った瞬間、ブワッと顔が赤くなってしまった。
「……~~っ」
思い出しちゃった!
私は赤くなった顔を見られないようにそっぽを向いた。
「夏希?」
な、何か話さなきゃ、変に思われる! えっと、えっと……。
「それにしても……このお城、本当に広いね! 私、びっくりしちゃった! 黄泉さんの私室って言うから、どんなかと思って来たら、お寺だって泣いてゴメンナサイって感じだよね! 棟ごとに建築様式とか変えてあるのね。玄関のあたりなんてゴシック風と言うか、サタニズム的と言うか……」
うわわわ、何言ってんだろ私!
喋ったら余計変に思われてる!
私は勝手に疲れてがっくりと肩を落とした。
「どうしたの?」
蔵馬はくすっと笑う。
「夏希、こっちを向いて」
無理っ!
ただでさえ赤かった顔が、墓穴を掘ってさらに赤くなってるんだから!
「あ……蔵馬のお部屋もすごく素敵だったよね、ヨーロッパのお城の一室みたいで。ここも落ち着けるから大好きなんだけど」
「夏希」
蔵馬の声が、すぐ後ろで聞こえた。
いつの間にか彼は私の傍に移動してきていた。
俯く私の肩に、蔵馬の手の影が映った。
わっ、見ちゃイヤ!
ところが、その手は私に触れることなく、戻ってしまった。
私は必死に顔を背けていたことも忘れて、蔵馬を振り返った。
蔵馬は、なんだか複雑な顔をしていた。
そういえば、今日は、蔵馬に触れていない。
いつも帰ってくると髪を撫でたり、肩に手を置いたり、腕を引いたり、ときには抱きしめてくれた。
あのスキンシップ過剰な蔵馬が、今日はまったく触らない。
やっぱり気を遣っているのかな?
うう……沈黙が気まずい。
「あ、あのっ、勉強教えて?」
咄嗟にひっくり返った声でそう言って、私は深く後悔した。
何言ってるんだろ、私。
蔵馬、すっごく疲れているはずなのに。
でも彼は、にっこり笑うと、「いいよ。どこ?」と、私の隣に並んで座った。
甘いけれど高貴な、バラの香りがふわっと漂う。
私は適当に数学の例題を指すと、蔵馬は綺麗な目を伏せて、指先を追う。
「へえ、ずいぶん進んだな。ええと、関数の証明か……3次関数は変曲点で対称になるんです。それを踏まえて、この対称点の座標を(x,y)とすると……」
私は所々メモしながら、彼の甘くて優しい声に耳を傾けた。
時々、長い髪がさらっと肩から落ちるのを煩そうに払う何気ない仕草も、洗練されていて素敵だった。
「……以上から、Gはy軸に平行などんな直線に関しても線対称ではない、ということ」
「すごい! やっと意味がわかった! ありがとう!」
私は思わず、さっきの落ち込みも忘れ、高い声をあげて蔵馬を見た。
蔵馬は相変わらず穏やかに微笑んでいる。
「他にわからないところ、あった?」
「うん、実はいっぱいあるんだけど……」
私は、やっといつもの距離に近付いた蔵馬に微笑んだ。
「蔵馬、色々、お疲れさまでした」
蔵馬は、ちょっと困ったように息をついた。
「黄泉がペラペラ喋ったんですね」
「ううん。私が聞きたくて、お願いして教えてもらったの。……もっと早く蔵馬から話を聞いておけば、蔵馬の足を引っ張らなくて済んだのに、ごめんね……私、自分のことばっかりで、蔵馬のこと考えてあげられなくて、本当にごめんなさい」
蔵馬の右手がすっと私のほうに向かって伸び、すぐにその指先はぐっと握り締められ、彼の膝に戻った。
私は手を伸ばすと、その握りこぶしを引っ張って、自分の膝の上に置き、両手で包んだ。
蔵馬は驚いた顔でこちらを見て、少しだけ目線を逸らした。
「君に触れたら、また泣かせてしまいそうで怖かった」
私は、手を引っ張られて少し前のめりになった蔵馬をそっと抱き寄せた。
「夏希」
呟くと、蔵馬は強く私を抱きしめ返した。
「話してあげなかったのはオレの方だよ。夏希がいつもオレのことを気遣っていてくれたのも知ってる。オレは……」
蔵馬は何かを言おうとして、言葉に詰まっているみたいだった。
私は身体を起こした。
「今日はゆっくりできるの?」
蔵馬はちょっと息をついた。
「そうしたいところなんだけど、なかなかね。ただ、これからは癌陀羅の中での仕事になるから、オレはまたあの部屋に戻るよ。夏希はどうする?」
私は反射的に笑顔を作って、そっと蔵馬から目をそらした。
あの部屋に戻ればまた、いままでみたいにひとつのベッドで寝ることになる。
でも、いままでみたいに寝られるんだろうか。あんなことがあって。
もちろん、蔵馬が何かしてくるなんて疑ってはいない。
けれども蔵馬はこんなに気をつかっていて、私はこんなに意識してしまって、ちゃんと眠れる?
蔵馬はとっても神経を使う毎日を送っているのに。
ほんの少し、チラッとだけ蔵馬の様子をうかがおうとして思い切り目が合ってしまう。
私の一瞬の沈黙を答えと判断したのか、蔵馬は優しく微笑んだ。
「ここが気に入ったんなら、ここに置いてもらってもいいんじゃないかな」
ど、どうしよう、絶対誤解されてる!
私が蔵馬を怖がってるって。
言わなきゃ、そうじゃないって。邪魔にならないか考えていたのって。
……本当は一緒にいたいって。
なのに、どう言ったらいいのか、言葉が全然見つからなくて、私は気付くと蔵馬の袖をギュッと握りしめていた。
「夏希?」
「わ……私、蔵馬のペットだもん……」
そう言うのが精いっぱいで、結局自分のわがままを押し付けただけだって落ち込んでいると、ポンと頭に手が乗る。
「じゃ、荷物を片付けないといけませんね。オレは仕事があるから、そうだな、食事の前にここに迎えに来ます。夕飯、一緒に食べよう」
立ち上がった蔵馬は、部屋を出ようとして、ふと振り向いてこちらを見た。
「黄泉が淋しがるかもしれませんよ? ずいぶん君を気に入ってるみたいだ。オレとしては、ちょっと複雑ですけどね」
私は蔵馬をちょっと睨んだ。
「黄泉さん、そんなに悪い人じゃないと思うよ」
「そうじゃなくて、ヤキモチですよ。重たいもの持ってギックリ腰にならないようにね。じゃ、後で」
爽やかに笑って蔵馬は襖を閉めた。
失礼な! 私はおばあちゃんじゃないもん!
思いつつも私は教科書の山を半分に分けた。
本当にギックリ腰になんてなったら、後で笑い殺される……。
それにしても、ヤキモチって、なんだろう。
100万分の1の可能性で、私に妬いてくれたとしても、あんなにさらっというワケないし……。
って、っていうことはまさか! 黄泉さんを取られて淋しいとか!?
いま流行りのボーイズ・ラブ?!
……なんてことがあるわけないと思いつつも、考えただけでドキドキしちゃった。
もしも蔵馬と黄泉さんがそんな関係だったら、どっちが……
「夏希。開けるぞ」
「わあああああああ! ごめんなさいっ!!」
縁台には、不機嫌を顔中に表した黄泉さんが立っていた。
「いい加減、その金切り声をなんとかしろ。また明日の朝から、その声で目覚めないとならないと思うと、気が滅入る」
笑ってごまかす私に、呆れたような口調で黄泉さんは続ける。
「蔵馬に言っておけ。夕食はここで食べて行けとな。掃除は女官にさせるから、そのままでいいぞ」
ああ、びっくりした。
直接蔵馬に言えばいいのに、変なふたり。
……まさか、本当にカモフラージュなんてことは……きゃあああ、考えちゃダメ!
躯さんの漢字出ません文字化けます無念……
初:20051013
改:20260128