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Paw, my girl!
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夜になり、魅羅ちゃんが呼びにきて、黄泉さんのお部屋に向かった。
蔵馬の部屋や、その周りは洋風だったけれど、黄泉さんの私室があるこちらの棟は和風の造りだった。
そういえば、最初にうろうろした玄関や、会議室、地下室なんかも随分テイストが違ってた。
ここって、本当に広いんだな。
物珍しくてキョロキョロしていると、魅羅ちゃんはある一室の前で立ち止まった。
「黄泉さまが、中でお待ちです」
ここが、黄泉さんのお部屋なんだ。
金箔張りだったりして……。
ドキドキしながら入っていくと、一体どういう仕組みか中庭が広がっていて、縁台が奥の方に続いている。
お庭は丁寧に手入れされていて、時折ししおどしの清廉な音が響き渡る。
縁側に面しているお部屋はひとつやふたつではなくて、困っていると奥のほうで襖が開いて黄泉さんが姿を見せた。
金箔張りとは正反対のシンプルで上品なお部屋で、私は黄泉さんと向かい合って座った。
黄泉さんは着物みたいな服を着ていて、物静かな、高貴な美貌はこの部屋にしっくり溶け込んでいた。
「蔵馬は、しばらくは戻れない。お前のことは蔵馬から頼まれている。あいつが留守の間、ここで過ごすと良い」
「あ……ありがとうございます。でも、ここは黄泉さんの私室なんでしょ? そこまで甘えるわけには……」
「先ほどのように、お前が狙われるということはもうないだろうが、一応のためだ。ここには結界を張った。誰も入ってはこられないので安心しろ」
さすがに国王と言うだけあって、物凄い威圧感に私はすっかり緊張していた。
手のひらに胸の鼓動が伝わってくる。
黄泉さんは観察するようにこちらを黙ってうかがっていたけれど、やがて、ふっと笑った。
「蔵馬が、お前に執着するわけが何となくわかるな。お前は実に心地の良い空気を持っている。オレ個人としては、毒気を抜かれそうで恐ろしくも感じるが」
蔵馬は、別に私に執着してるわけじゃないと思うけどな。
私は黄泉さんを見た。
聞いてみようか、今蔵馬の周りで何が起こっているの? って。
私に何か手伝えることはないの? って。
……でも、蔵馬が話さないことを、勝手に他の人から聞こうとするなんて、悪いかな。
私は開きかけた口を閉じた。
黄泉さんは、そんな私の様子が見えているかのように言った。
「言いたいことがあるなら言えばいい。お前は何故、いつも蔵馬に遠慮している。お前は蔵馬がいない間も、あいつを気遣って実によく働いている。先ほどは危ない目にまであった。文句を言ったり、理由を聞く権利くらいは持っているぞ」
心を見透かされたみたいで、ドキっとした。
「文句を言うつもりなんてないです。蔵馬には、とっても感謝しているもの。それに、私が何かを知ったところで、私がしてあげられることもないだろうし……話さないってことは、話したくないのかもしれない」
黄泉さんは、目の前にあったお茶を、上品な手つきで持った。
「だが、役に立てなくても気にはなる、といったところか。あいつが話さないのはただ単に、お前に心配を掛けさせたくないだけだ。蔵馬はいま、森の向こうの古城に行っている。お前を襲った、オレの配下がそこで謀反を企てている」
私は顔を上げる。
「つまり蔵馬はそこに潜入しているわけだが……。突然そんなところだけ聞いても、お前には話が見えないだろう」
そう言って湯飲みを置くと、黄泉さんはゆっくりと立ち上がって襖を開け、庭を背にこちらを向いた。
「この魔界は、いま、3匹の妖怪によって支配されている。雷禅、躯、そしてオレだ。それぞれに勢力を従え、国を持っている。それぞれの勢力は拮抗していて、危ういところでバランスが取られている。三竦みの状態だ」
黄泉さんは再び庭の方に顔を向ける。
「しかし、いま、雷禅に死期が訪れている。この均衡は、近い内に崩れる。オレは、この機会に魔界を掌握するため、かつての仲間を呼び寄せた。数年前命を落としかけ、人間界に霊体となって逃げ延び、人間の受精体に憑依した、妖狐・蔵馬だ」
それで、ようやく解ったのだった。
何故、蔵馬が人間の身体と、二つの名前を持っていたのかが。
「この魔界では、力が全てだ。勝者のみが正義で、絶対。蔵馬は確かに、当時は最強だの、極悪だのと、恐れられていた妖怪だった。あのまま魔界にいれば、この勢力図も変わっていたかもしれない。……まあ、あいつは気まぐれだったからな。魔界統一なんぞに興味を示さなかったかもしれんが」
黄泉さんは腕組みをすると、片腕を立てて自分の顎をつまむ。
その閉じられた瞼の裏には当時の蔵馬の姿が映っているのかもしれないと思った。
「しかし、それほどまでの過去を持つあいつでさえ、脆弱な人間の身体にひっそり宿るいまの状態では、誰も恐れない。オレが何故、あのふたりにあんなことを言ったかわかるか?」
突然、話を振られて、私は慌てた。
昼間のことだよね。
挑発しているというか、引っ掻き回して楽しんでいるようにしか見えなかった。
私は首を振りかけて、あっと思って言葉にした。
「わかりません」
黄泉さんはそんな私の様子が見えているようにフッと笑った。
「この魔界の中でもそれなりの力を持つオレの配下達は、オレが蔵馬を特別扱いしているのが気に入らないんだ。何故、あんな無力な男を引き立てるんだ? しょせん人間に毛が生えた程度の男を、とな。――蔵馬はここに来た日から、ずっとヤツらに命を狙われていた」
私はびっくりして目を見開いた。
全然、そんなこと、知らなかった……。
「あいつは実にスマートだったよ。彼らはバカではあるが、一応この国にとっては大切な戦力だ。返り討ちにするわけにもいかない。派手に立ち回って、事を大きくするわけにもいかない。大騒ぎになったら、オレはあいつらを処分しなければならないからな。極力、隙は作らず、弱みも見せず、オレにも一言もいわず」
……それはどんなに辛いことだっただろう。
蔵馬はたったひとりで、そんな緊張の中、戦っていたんだ。
私はわかってあげなきゃいけなかったんだ。
さっきだって、のうのうとドアを開いて、みすみす人質になってしまって。
そのせいで、ついに黄泉さんは彼らの前に姿を現してしまって、蔵馬の努力は無駄になったのよね。
『ごめん……夏希』
それなのに、蔵馬は一言も私を責めず、逆に謝ったりして。
なんで、もっと早く聞いておかなかったんだろう。
結局私は、自分のことばっかり大事にして、蔵馬のことなんて、ちっとも考えてなかった……。
情けなくて、涙が出そうになった。
「だから、なおさら試してみたくなった。蔵馬の力量を。オレが昼間言ったことは、本音だ。例え、いまあるすべてを失ったとしても、蔵馬さえいればオレの野望は果たされるはずだ。……いや、試すという言葉は少し違うかな。早く見てみたいんだ。蔵馬の本当の力を」
実に楽しそうに言い放った黄泉さんを、私は思わず睨んでしまった。
黄泉さんは、そんな私の表情がわかったのか、不敵に笑った。
「先ほども言ったが、魔界のルールは力のみ。オレの部下も、いまはオレに従っているが、常に隙を狙っている。オレを倒して、魔界の支配者になるために。彼らは、最初はただ単に、いまの立場を危うくする男を排除することが目的だった。しかし、オレが出て行ったことによって、後戻りできなくなった。もう、オレを倒さなければ、この癌陀羅にはいられないんだよ。あいつらは追い詰められて、オレに牙をむく。蔵馬は、さて、どう立ち回るか……楽しみだよ」
私は、カッとなって勢いよく立ち上がり、黄泉さんの前まで行くと、力いっぱいほっぺをひっぱたいてやった。
黄泉さんは物凄く強いらしいから、よけようと思えばよけられたんだろうけど、私のしたいようにさせたみたいだった。
「そんなことばっかりしてたら、嫌われ者になっちゃいますよ!」
「嫌われ者?」
黄泉さんは面白そうに呟いた。
「ここに、オレを好く者などいない。いや、この魔界に、好きだの嫌いだのという概念はない」
「そんなことない! さっきの二人だって、黄泉さんのことが好きなんです。だから、”いらない”なんて言われて、あんなに悲しそうな顔をしたのよ。あの人たちはきっと、黄泉さんの強さに憧れて、ここにいるの。本当にただ力を得たいだけだったら、もっとはっきり敵としてあなたの前に現れるはずでしょ。この街の人だってそう。黄泉さんが大好きで、それであなたに従ってるの、どうしてそれがわからないの? それに、あなただって、蔵馬のことが好きでしょう?」
黄泉さんは、一瞬びっくりした顔をすると、声を出して笑った。
「オレが? オレを切り捨てた蔵馬を? はっはっは、これは面白い」
私、そんなに爆笑されるほど、面白いこと言ってないんだけど!
黄泉さんは、おかしくてたまらないといったように笑いながら、外を向いた。
「前に言ったかもしれんが、オレは蔵馬の思慮深さ、冷静さを高く評価している。あいつを呼び寄せたのは、その力が欲しかったからだ。それ以上の何ものでもない」
「頭がいいだけの人なら、この魔界にだって、いっぱいいるでしょ? あなた自身だって、私にはそう思えます。……あなたと蔵馬は、そっくりだもの」
黄泉さんは、笑うのをやめ、ちょっと厳しい顔でこちらを向いた。
「あなたが蔵馬のことを話すときは、いつも自慢げだわ。昔、あなたたちは仲間だって言っていたでしょ? 黄泉さんと話して、蔵馬と話して、私は思ったの。その頃から、あなたたちはお互いを認め合って、無いものを学び合ったから今みたいなよく似た二人になったんだろうって。あなたは蔵馬に光を奪われたと言った。好きじゃなかったら、そんな憎い相手をわざわざ違う世界から呼び寄せられる? 蔵馬に頼まれたからって、どこの馬の骨とも知れない人間を、自分の私室に入れられる? あなたは、蔵馬が」
「もういい、やめろ」
珍しく声を荒立てて黄泉さんが襖をたたいた。
表情は険しくて、私は背筋がぞおっとするくらい怖かったけど、やっぱりどうしてもいわなくちゃ!
私は息を吸い込むと、途切れた言葉を続けた。
「あなたは、蔵馬が好きなのよ!」
言った瞬間、息ができなくなった。
黄泉さんが、私の首を片手で握っていた。
「殺すぞ」
黄泉さんの声は低く掠れて、彼は本気で言っているんだってわかった。
みるみる、頭に血が溜まっていくような感覚に襲われる。
私は苦しいながらも、必死で口を開いた。
「こ……殺したら、いいです。どうせ、蔵馬に拾われて、なかったら、今頃、とっくに、死んで、いました」
黄泉さんはそのままじっと、見えない目で私を見ているようだった。
気が遠くなりかけた頃、黄泉さんは手を離した。
私はその場にへたりこんで、ゲホゲホとむせ返った。
「すまない。少々カッとしてな」
のんびりした口調で言って、黄泉さんは私の前に座った。
「お前を殺したりして、蔵馬の機嫌を損ね……」
そこで途切って、黄泉さんは言い直した。
「いや、蔵馬に嫌われては、面白くないからな」
疲れたように笑う黄泉さんを私はびっくりして見上げた。
「お前は、蔵馬といるときはほとんど喋らないが、意外とお喋りだな。オレはお喋りな女は苦手だ」
「……ごめんなさい」
「だが、まあ、悪くもないな」
言って、黄泉さんは立ち上がった。
「ここでは、あの離れを使うといい。荷物を運ばせよう。食事は、できる限りはお前ととることにするよ。お喋りを楽しむのも悪くなさそうだ」
言いながら、黄泉さんは部屋を出て行こうとする。
私は慌ててその後姿に言った。
「黄泉さん、ありがとう」
「礼には及ばない。オレはお前が気に入ったよ……いや、好きというべきかな?」
私は思わず笑って、そして付け加えた。
「蔵馬も、あなたのことが好きですよ。もちろん、私も」
サブタイトル詐欺……
初:20051012
改:20251220
蔵馬の部屋や、その周りは洋風だったけれど、黄泉さんの私室があるこちらの棟は和風の造りだった。
そういえば、最初にうろうろした玄関や、会議室、地下室なんかも随分テイストが違ってた。
ここって、本当に広いんだな。
物珍しくてキョロキョロしていると、魅羅ちゃんはある一室の前で立ち止まった。
「黄泉さまが、中でお待ちです」
ここが、黄泉さんのお部屋なんだ。
金箔張りだったりして……。
ドキドキしながら入っていくと、一体どういう仕組みか中庭が広がっていて、縁台が奥の方に続いている。
お庭は丁寧に手入れされていて、時折ししおどしの清廉な音が響き渡る。
縁側に面しているお部屋はひとつやふたつではなくて、困っていると奥のほうで襖が開いて黄泉さんが姿を見せた。
金箔張りとは正反対のシンプルで上品なお部屋で、私は黄泉さんと向かい合って座った。
黄泉さんは着物みたいな服を着ていて、物静かな、高貴な美貌はこの部屋にしっくり溶け込んでいた。
「蔵馬は、しばらくは戻れない。お前のことは蔵馬から頼まれている。あいつが留守の間、ここで過ごすと良い」
「あ……ありがとうございます。でも、ここは黄泉さんの私室なんでしょ? そこまで甘えるわけには……」
「先ほどのように、お前が狙われるということはもうないだろうが、一応のためだ。ここには結界を張った。誰も入ってはこられないので安心しろ」
さすがに国王と言うだけあって、物凄い威圧感に私はすっかり緊張していた。
手のひらに胸の鼓動が伝わってくる。
黄泉さんは観察するようにこちらを黙ってうかがっていたけれど、やがて、ふっと笑った。
「蔵馬が、お前に執着するわけが何となくわかるな。お前は実に心地の良い空気を持っている。オレ個人としては、毒気を抜かれそうで恐ろしくも感じるが」
蔵馬は、別に私に執着してるわけじゃないと思うけどな。
私は黄泉さんを見た。
聞いてみようか、今蔵馬の周りで何が起こっているの? って。
私に何か手伝えることはないの? って。
……でも、蔵馬が話さないことを、勝手に他の人から聞こうとするなんて、悪いかな。
私は開きかけた口を閉じた。
黄泉さんは、そんな私の様子が見えているかのように言った。
「言いたいことがあるなら言えばいい。お前は何故、いつも蔵馬に遠慮している。お前は蔵馬がいない間も、あいつを気遣って実によく働いている。先ほどは危ない目にまであった。文句を言ったり、理由を聞く権利くらいは持っているぞ」
心を見透かされたみたいで、ドキっとした。
「文句を言うつもりなんてないです。蔵馬には、とっても感謝しているもの。それに、私が何かを知ったところで、私がしてあげられることもないだろうし……話さないってことは、話したくないのかもしれない」
黄泉さんは、目の前にあったお茶を、上品な手つきで持った。
「だが、役に立てなくても気にはなる、といったところか。あいつが話さないのはただ単に、お前に心配を掛けさせたくないだけだ。蔵馬はいま、森の向こうの古城に行っている。お前を襲った、オレの配下がそこで謀反を企てている」
私は顔を上げる。
「つまり蔵馬はそこに潜入しているわけだが……。突然そんなところだけ聞いても、お前には話が見えないだろう」
そう言って湯飲みを置くと、黄泉さんはゆっくりと立ち上がって襖を開け、庭を背にこちらを向いた。
「この魔界は、いま、3匹の妖怪によって支配されている。雷禅、躯、そしてオレだ。それぞれに勢力を従え、国を持っている。それぞれの勢力は拮抗していて、危ういところでバランスが取られている。三竦みの状態だ」
黄泉さんは再び庭の方に顔を向ける。
「しかし、いま、雷禅に死期が訪れている。この均衡は、近い内に崩れる。オレは、この機会に魔界を掌握するため、かつての仲間を呼び寄せた。数年前命を落としかけ、人間界に霊体となって逃げ延び、人間の受精体に憑依した、妖狐・蔵馬だ」
それで、ようやく解ったのだった。
何故、蔵馬が人間の身体と、二つの名前を持っていたのかが。
「この魔界では、力が全てだ。勝者のみが正義で、絶対。蔵馬は確かに、当時は最強だの、極悪だのと、恐れられていた妖怪だった。あのまま魔界にいれば、この勢力図も変わっていたかもしれない。……まあ、あいつは気まぐれだったからな。魔界統一なんぞに興味を示さなかったかもしれんが」
黄泉さんは腕組みをすると、片腕を立てて自分の顎をつまむ。
その閉じられた瞼の裏には当時の蔵馬の姿が映っているのかもしれないと思った。
「しかし、それほどまでの過去を持つあいつでさえ、脆弱な人間の身体にひっそり宿るいまの状態では、誰も恐れない。オレが何故、あのふたりにあんなことを言ったかわかるか?」
突然、話を振られて、私は慌てた。
昼間のことだよね。
挑発しているというか、引っ掻き回して楽しんでいるようにしか見えなかった。
私は首を振りかけて、あっと思って言葉にした。
「わかりません」
黄泉さんはそんな私の様子が見えているようにフッと笑った。
「この魔界の中でもそれなりの力を持つオレの配下達は、オレが蔵馬を特別扱いしているのが気に入らないんだ。何故、あんな無力な男を引き立てるんだ? しょせん人間に毛が生えた程度の男を、とな。――蔵馬はここに来た日から、ずっとヤツらに命を狙われていた」
私はびっくりして目を見開いた。
全然、そんなこと、知らなかった……。
「あいつは実にスマートだったよ。彼らはバカではあるが、一応この国にとっては大切な戦力だ。返り討ちにするわけにもいかない。派手に立ち回って、事を大きくするわけにもいかない。大騒ぎになったら、オレはあいつらを処分しなければならないからな。極力、隙は作らず、弱みも見せず、オレにも一言もいわず」
……それはどんなに辛いことだっただろう。
蔵馬はたったひとりで、そんな緊張の中、戦っていたんだ。
私はわかってあげなきゃいけなかったんだ。
さっきだって、のうのうとドアを開いて、みすみす人質になってしまって。
そのせいで、ついに黄泉さんは彼らの前に姿を現してしまって、蔵馬の努力は無駄になったのよね。
『ごめん……夏希』
それなのに、蔵馬は一言も私を責めず、逆に謝ったりして。
なんで、もっと早く聞いておかなかったんだろう。
結局私は、自分のことばっかり大事にして、蔵馬のことなんて、ちっとも考えてなかった……。
情けなくて、涙が出そうになった。
「だから、なおさら試してみたくなった。蔵馬の力量を。オレが昼間言ったことは、本音だ。例え、いまあるすべてを失ったとしても、蔵馬さえいればオレの野望は果たされるはずだ。……いや、試すという言葉は少し違うかな。早く見てみたいんだ。蔵馬の本当の力を」
実に楽しそうに言い放った黄泉さんを、私は思わず睨んでしまった。
黄泉さんは、そんな私の表情がわかったのか、不敵に笑った。
「先ほども言ったが、魔界のルールは力のみ。オレの部下も、いまはオレに従っているが、常に隙を狙っている。オレを倒して、魔界の支配者になるために。彼らは、最初はただ単に、いまの立場を危うくする男を排除することが目的だった。しかし、オレが出て行ったことによって、後戻りできなくなった。もう、オレを倒さなければ、この癌陀羅にはいられないんだよ。あいつらは追い詰められて、オレに牙をむく。蔵馬は、さて、どう立ち回るか……楽しみだよ」
私は、カッとなって勢いよく立ち上がり、黄泉さんの前まで行くと、力いっぱいほっぺをひっぱたいてやった。
黄泉さんは物凄く強いらしいから、よけようと思えばよけられたんだろうけど、私のしたいようにさせたみたいだった。
「そんなことばっかりしてたら、嫌われ者になっちゃいますよ!」
「嫌われ者?」
黄泉さんは面白そうに呟いた。
「ここに、オレを好く者などいない。いや、この魔界に、好きだの嫌いだのという概念はない」
「そんなことない! さっきの二人だって、黄泉さんのことが好きなんです。だから、”いらない”なんて言われて、あんなに悲しそうな顔をしたのよ。あの人たちはきっと、黄泉さんの強さに憧れて、ここにいるの。本当にただ力を得たいだけだったら、もっとはっきり敵としてあなたの前に現れるはずでしょ。この街の人だってそう。黄泉さんが大好きで、それであなたに従ってるの、どうしてそれがわからないの? それに、あなただって、蔵馬のことが好きでしょう?」
黄泉さんは、一瞬びっくりした顔をすると、声を出して笑った。
「オレが? オレを切り捨てた蔵馬を? はっはっは、これは面白い」
私、そんなに爆笑されるほど、面白いこと言ってないんだけど!
黄泉さんは、おかしくてたまらないといったように笑いながら、外を向いた。
「前に言ったかもしれんが、オレは蔵馬の思慮深さ、冷静さを高く評価している。あいつを呼び寄せたのは、その力が欲しかったからだ。それ以上の何ものでもない」
「頭がいいだけの人なら、この魔界にだって、いっぱいいるでしょ? あなた自身だって、私にはそう思えます。……あなたと蔵馬は、そっくりだもの」
黄泉さんは、笑うのをやめ、ちょっと厳しい顔でこちらを向いた。
「あなたが蔵馬のことを話すときは、いつも自慢げだわ。昔、あなたたちは仲間だって言っていたでしょ? 黄泉さんと話して、蔵馬と話して、私は思ったの。その頃から、あなたたちはお互いを認め合って、無いものを学び合ったから今みたいなよく似た二人になったんだろうって。あなたは蔵馬に光を奪われたと言った。好きじゃなかったら、そんな憎い相手をわざわざ違う世界から呼び寄せられる? 蔵馬に頼まれたからって、どこの馬の骨とも知れない人間を、自分の私室に入れられる? あなたは、蔵馬が」
「もういい、やめろ」
珍しく声を荒立てて黄泉さんが襖をたたいた。
表情は険しくて、私は背筋がぞおっとするくらい怖かったけど、やっぱりどうしてもいわなくちゃ!
私は息を吸い込むと、途切れた言葉を続けた。
「あなたは、蔵馬が好きなのよ!」
言った瞬間、息ができなくなった。
黄泉さんが、私の首を片手で握っていた。
「殺すぞ」
黄泉さんの声は低く掠れて、彼は本気で言っているんだってわかった。
みるみる、頭に血が溜まっていくような感覚に襲われる。
私は苦しいながらも、必死で口を開いた。
「こ……殺したら、いいです。どうせ、蔵馬に拾われて、なかったら、今頃、とっくに、死んで、いました」
黄泉さんはそのままじっと、見えない目で私を見ているようだった。
気が遠くなりかけた頃、黄泉さんは手を離した。
私はその場にへたりこんで、ゲホゲホとむせ返った。
「すまない。少々カッとしてな」
のんびりした口調で言って、黄泉さんは私の前に座った。
「お前を殺したりして、蔵馬の機嫌を損ね……」
そこで途切って、黄泉さんは言い直した。
「いや、蔵馬に嫌われては、面白くないからな」
疲れたように笑う黄泉さんを私はびっくりして見上げた。
「お前は、蔵馬といるときはほとんど喋らないが、意外とお喋りだな。オレはお喋りな女は苦手だ」
「……ごめんなさい」
「だが、まあ、悪くもないな」
言って、黄泉さんは立ち上がった。
「ここでは、あの離れを使うといい。荷物を運ばせよう。食事は、できる限りはお前ととることにするよ。お喋りを楽しむのも悪くなさそうだ」
言いながら、黄泉さんは部屋を出て行こうとする。
私は慌ててその後姿に言った。
「黄泉さん、ありがとう」
「礼には及ばない。オレはお前が気に入ったよ……いや、好きというべきかな?」
私は思わず笑って、そして付け加えた。
「蔵馬も、あなたのことが好きですよ。もちろん、私も」
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