短編
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クリスマスで賑わう街中をひとり、とぼとぼと下を向いて歩く。
今にも溢れてしまいそうな涙を堪えるように肩に掛けた鞄を握り締めた。
事務所から帰る直前、クライアントから納期予定のものがまだきていないと連絡がきた。
それもそうだ、打ち合わせ当初クライアント側から提示された予定日は来週。
大晦日に流すBGMをと言われたから、その曲をいくつか用意して明後日にでも送る予定だった。
とりあえず慌てて駆けつけると、どうやら途中で担当者が変わったらしく企画が変更されないまま今日まできてしまったとのこと。
なのに先方のお偉いさんが話もまともに聞かないまま一方的にこちらが悪いと決めつけ、結果納期を早める分の報酬は出す代わりに今日中に仕上げてくれと言われた。
クリスマス用の曲はいくつかストックがあったからその場で軽くアレンジして帰って来たけども。
……あのクライアントの仕事を受けるのはやめてやる。
前々から
幸い日向さん経由で社長まで話が行っているようだし大丈夫だと思う。
ただ今日はクリスマス。
予定通り仕事が終わればこの後はデートだったのだ。
今日の為に詰め込んだ日々を思い出すと、悔しくて堪らない。
日向さんが気を利かせてくれて二人とも早めに終わるようにしてくれたのに。
「デートしたかったなぁ」
どこをを見渡してもカップルや家族連ればかり。
手を繋いでイルミネーションを見ることは出来ないと諦めていたけれど、一緒にすら過ごせないなんて……。
駅前広場から少し離れたベンチに腰かける。
広場のど真ん中にあるクリスマスツリーの周りで楽しむ人々をボーッと眺めた。
今さら家に帰ってもひとりぼっち、同じように寂しい気分になるのなら人の溢れる所の方が何となく気持ちが穏やかになるような気がして。
そんなことを思っていると目の前が赤一色になった。
大きなお腹に白い髭、優しげな目元は笑いじわが沢山ついている。
「サンタ、さん……?」
話さない変わりに頷く姿は子供たちが待ち望むサンタクロースそのもの。
サンタさんは私の隣、二人分ほど空いたベンチに腰かけると「こんなところでどうしたの?」と聞こえそうなジェスチャーをした。
一人寂しく座っていた私を気遣ってくれているのだろうか。
……この際本物のサンタクロースじゃなかったとしても、隣に誰かがいる温かみに触れてポロリと言葉が出た。
「……今日は恋人とデートだったんだけど私が仕事で呼び出されちゃって」
事務所を出るとき音也くんと一ノ瀬さんにこの後の予定を楽しそうに話す嶺二とすれ違った。
「呼び出されて理不尽なことで怒られて……、デート間に合わなくて」
待ち合わせの時間に間に合わないからと電話したとき、あんなに楽しそうにしてた嶺二が「……大丈夫だよん」って言う声が悲しそうで、聞いていて辛かった。
「デートしたかったなぁ、凄く久しぶりのデート。今日のために仕事詰め込んだりしたんだけどね……、仕方ないよね。サンタさん聞いてくれてありがとう」
話しているうちにまた溢れそうになる涙をグッと堪えてサンタさんの方を向いた。
サンタさんはポンポンと軽く頭を撫でたあと、ポケットの中から紙とペンを出してぎこちない日本語を書き始めた。
「きょういちばん、がんばった、きみに、ぷれぜんとをあげる……?」
書かれた文字を読み上げるとサンタさんは立ち上がり私の方を向いて────────
「メリークリスマス、穂花ちゃん」
「え、?」
聞こえるはずかない、今日は会えないと思っていたのに……。
トレードマークの帽子に手を当てるような仕草をしたサンタさんは私に手を差しのべた。
「お手をどうぞ、マイガール?」
「……はい」
手をとった私を引っ張るように立ち上がらせたサンタさん───、嶺二は駆け出した。
サンタさんが女の子の手を取って走っている、その光景に街中の人が驚いたようにこちらを見て、子供達ははしゃいでいる。
イルミネーションの輝く街中を走り抜けた先、建物と建物に隠れるようにしてあったのは赤鼻のトナカイではなく緑のビートル。
「クリスマスに涙は似合わないよ。さあ、マイガール?僕と一緒にクリスマスデートしてくれますか?」
サンタさんのマスクを外した嶺二はパチン☆とウィンクをした。
クリスマスの奇跡、かな……。
「もちろん、私だけのサンタさん」
Merry Christmas!
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