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「大変、大変だよ~!」
俺はいま寮の廊下を全速力で走っている。
トキヤに見つかったら絶対「廊下は走らないっ!!」って言われちゃうけど、そのトキヤのことだから!
バンッ!!
「音也?そんなに急いでどうした?」
「トキヤが……、トキヤが!」
【1時間前】
「あ、穂花先輩!」
寮の廊下を歩いていると前から穂花先輩が歩いてきたから俺は思わず駆けった。
穂花先輩はQUARTET NIGHT専属の作曲家で、すっごーく美人で面白い先輩!
でも、嶺ちゃんが前に「穂花ちゃんはね、べっぴんさんなのにどこか残念……ブツブツ」って言ってたけど、どういうことだろう?
「音也くん久しぶり、元気?」
「うん!穂花先輩と最近全然会わなかったから凄く久しぶりに感じる!」
「確かにそうかも。ちょっと〆切が近いものが続いてて……、部屋とクライアントとの往来ばかりだったから」
はぁ……と溜め息をついた穂花先輩は心なしか痩せたように見える。
目元にもクマが出来ていて想像以上に大変だったみたい。
「穂花先輩無理してない……?」
「ふふ、大丈夫。立て込んでた仕事もさっき終わったから。心配してくれてありがとうね」
ちょっと背伸びをした先輩はポンポンっと俺の頭を撫でた。
そして「ずっと同じ姿勢で居たからあちこちがカチコチだよ~」って言いながらグーっと伸びをした。
さっきまで猫背ぎみだった先輩のあちこちからボキッとかゴリッとか聞こえてきてちょっとビックリだけど。
でもあちこち伸ばしている穂花先輩を見て俺はもっと驚いた。
だって、いつも会うときはおしゃれなパンツスタイルのオーダースーツ(翔が言ってた!)を着ていて、カッコいい系の女優さんがよく履いてる黒のピンヒール(友千香が言ってた!)なのに今日は……
「穂花先輩、そのTシャツ……」
「ん?ああ、これ?」
穂花先輩が着てたTシャツ、さっきまでは見えなくて気づかなかったけど前に大きく
『本日の営業は終了しました』
って書いてあった。
「あー、音也くんは見るの初めてか。昔からネタTが好きでオフでゴロゴロするときはよく着るんだ」
Tシャツの裾をちょいちょい引っ張りながら、穂花先輩は照れ臭そうに笑った。
「でも、どんな格好していても穂花先輩は素敵だね!」
いつもと同じ綺麗な姿勢になった穂花先輩は、おもしろTシャツもそつなく着こなしていて凄く格好いい!
「音也くんは褒め上手だね!凄く嬉しいよ!」
「……って事があって」
「あのおしゃれな泉さんがネタTを好んでいたとは……」
「意外だよなー」
穂花先輩と別れたあと、寮の談話室に来た俺はST☆RISHの皆にさっき合った事を話した。
「それでそのあとに藍先輩とカミュ先輩から旅ロケのお土産貰ったんだ。皆で食べてって」
テーブルに置いた箱には色とりどりのタルトが入っていた。
「わぁ……!かわいいです~!」
「これ、有名な老舗洋菓子店のものだね。さすがアイミーとバロンだ」
「イチゴにレモン、オレンジ。抹茶にブルーベリー、さつまいも。季節のフルーツとレアチーズ、ベイクドチーズ。このピンクの薔薇の形をしたのは林檎だな」
マサがレンの見ている紙に書いてあるのを読み上げた。
俺達の分の他に七海と友千香、穂花先輩の分もある。
「ファンタスティック!私達のカラーと同じ!」
「あれ?そういえばトキヤは?」
番組収録の後、トキヤだけもう一本仕事が入っていて帰りが俺達とは別々だった。
そろそろ帰って来てるはずなんだけど……。
「イッチーならレディのとこさ」
「穂花先輩の?」
「ああ。仕事終わったからそっち寄ってから来るって」
「じゃあ二人のタルト一緒に持っていった方がいいよね」
2つのタルトが入った箱を持って俺は穂花先輩の部屋を目指した。
【音也が来る30分前】
部屋に戻ってきてそうそうお腹が鳴った。
「……ご飯食べよ」
ここ数日はご飯を食べたかすら記憶にない。
キッチンのシンクにカップ麺の空き容器が洗って置いてあるのを見る限り、
冷蔵庫の中には特売デーに買いだめした食料があるから今すぐ買い物に行かなくてもいい。
洗濯カゴに溜まっていた洗濯物を仕分けて洗濯機に入れる。
明日からは数日オフだからあちこち滞ってるものを片付けよう。
ざっと掃除機をかけたところで部屋のベルが鳴った。
「はーい、」
「こんばんは。連絡も無しに来てしまってすみません。締め切りで忙しいと伺ったので、夕飯を作りに来ました」
「お仕事お疲れさま!わざわざ来てくれてありがとう。散らかってるけど上がって」
訪問者は彼氏のトキヤくん。
立場上ST☆RISHや春ちゃんの先輩だけど実はトキヤくんや真斗くんとは同い年。
私は早乙女学園からではなく、社長のスカウトで事務所に入ったから皆の先輩にあたる。
藍ちゃんと翔ちゃん達のところみたいな感じ。
……それにしても掃除機かけておいて良かった。
「さっき仕事が全部終わったから、今からご飯作るんだけどトキヤくんも食べていく?」
「ええ、いただきます。……ああ、だからそのTシャツなんですね」
ふっと微笑みながらトキヤくんは言った。
ちなみにトキヤくんと付き合う前、正しくは交際の返事をするときにこの趣味を打ち明けている。
別に隠してるわけでもなんでも無いんだけれど、なんとなく話しておいた方がいい気がしたから。
幻滅されちゃうかなって思ったけど
「いいと思いますよ。着るのは部屋か寮の中だけですし、普段のあなたを見ていてもTPOを守っているのは分かります。それにネタTシャツを着ていても私があなたを好きなことには変わりありません」
って言われたらときめいちゃうよね。だって乙女だもん。
「さて、作りましょうか」
「あ、トキヤくん。その格好じゃ臭いついたとき大変でしょ?代わりの服貸してあげる」
「そうですね……、お言葉に甘えてお借りしても?」
「もちろん」
クローゼットを開けて彼のサイズに合いそうなものを探す。
って言っても男性用サイズなんて滅多に買わないし、トキヤくんの私物もほとんどない。
お泊まりするとき用のパジャマくらい。
「トキヤくんが着れるサイズのものは……。これと……これかな」
引っ張り出したのは黒のTシャツと紺のTシャツ。どちらも男性用サイズである。
「……なぜ男物があるのか聞いても?」
「黒い方はパジャマをシャツワンピにしようと思って買ったやつで、紺の方は……」
「なっ……!!」
紺地のTシャツを広げて見せる。
トキヤくんが今までに見たことが無いくらい驚いた顔をした。
「HAYATO直筆サイン入り私物Tシャツ 名前入りver.……です」
トキヤくんがまだHAYATOとして活動していた頃、ファンだった私はとある握手会の物販でくじを引き見事HAYATO直筆サイン入り私物Tシャツを手に入れたのだ。
(ちなみにくじはHAYATO賞がTシャツ、S賞が色紙、以下A~D賞まであり当たりを引くとくじ限定グッズが貰える)
Tシャツには大きく
『穂花ちゃんへ
いつも応援ありがとにゃ!
穂花ちゃんだーいすき! HAYATO』
と書いてある。
「……あなたもHAYATOファンでしたか」
あなた
ちなみにHAYATOを好きになったきっかけは私がまだ駆け出しの頃。
クライアントと上手くいかずヤケクソになってた時に適当につけた番組に出ていたHAYATOがさりげなく周りを気遣っていることに気がついたから。
「この人こんなキャラでやってるけど、根は絶対苦労人だろう」と思ったらクライアントのこともイライラしていたこも忘れていた。
「まあ、私はST☆RISHの一ノ瀬トキヤがHAYATOでもHAYATOがST☆RISHの一ノ瀬トキヤでも構わないけどね。トキヤくんはトキヤくんだから。さあ、どっちにする?」
って言っても彼は黒を選ぶだろう。
「黒のTシャツをお借りします」
ほら、やっぱり。
「あなたが大切にしている物が汚れたら大変ですからね」
こう言うところが好きなんだ。
私は着替える為にシャツのボタンを外しているトキヤくんの腕を掴んで、頬にキスをした。
トキヤくんは一瞬固まって次の瞬間には珍しく顔を赤くした。
「穂花……!」
ドキドキさせた仕返しだーい。
***
Tシャツに着替えたトキヤくんと夕飯の支度をしているときにまたベルが鳴った。
「ごめんトキヤくん、出てもらっていい?」
「ええ」
ちょうど手が離せなかった私に変わってトキヤくんが代わりに玄関に向かった。
にしても誰だろう?
カルナイの誰かかな、それとも春ちゃん?
ま、話があるなら上がってもらえばいいか。
特に気にすることもなく、出来上がったばかりのパスタをフライパンからお皿に盛り付けた。
***
二人のタルトを持って穂花先輩の部屋まで来た俺はベルを鳴らした。
七海たちには先にマサと翔が声かけに行ったから俺はこれを渡すだけ。
穂花先輩が出てくるまでさっきの事を思い出す。
ネタTかぁ……、俺も今度買ってみようかな。
ガチャ
「はい」
「穂花先輩遅くにごめ、」
「……」
「……」
考え事をしてたから気付かなかったんだ。
開けた人の声が先輩より低くてずっと耳に馴染んでいる声だったってこと。
顔を上げたら紺色の瞳と目があったこと。
その人がさっきまで話題になってたネタTを着ていたこと。
それを着ているのが一ノ瀬トキヤだってこと。
バタン
……あ、閉められた。
「ちょっとトキヤー、何で閉めるのさー!」
ドアをノックするけど全然開けてくれない。
これがトキヤの部屋だったら開けて入っちゃうけど、穂花先輩の部屋だからそうするわけにもいかないし……。
あーもう!
「トキヤぁ、開けてよぉー」
***
玄関に行ったトキヤくんが中々戻って来ないから様子を見に行った。
「トキヤくん誰だった?……ってどうしたの?」
ドアを背中で押さえるようにしてトキヤくんは頭を抱えていた。
ドアの向こうから「トキヤぁ、開けてよぉ」なんて声が聞こえた。
「来たの音也くん?」
「……ええ。一番厄介な奴に見られました」
ああ……。私が貸したTシャツを音也くんに見られたからドアを閉めたのか。
「とりあえず音也くんをそのままに出来ないから、開けるよ?」
「放っておいても大丈夫です」
「駄目だよ」
深刻そうな顔で言うトキヤくんが面白くてつい笑いそうになった。
ドアの向こうから聞こえる音也くんの声が段々と捨てられた子犬みたいに聞こえてくる。
私はドアを開けて音也くんを中に入れた。
***
暫くしたらまたドアが開いて今度は穂花先輩だった。
先輩は俺の顔と自分の後ろをチラリと見てちょっと笑った。
「音也くんごめんね、いらっしゃい」
先輩は「料理していて手が離せなかったからトキヤくんに出て貰ったんだ、驚かせてごめんね。」とリビングに案内しながら言った。
確かに美味しそうな匂いがする……!
「大丈夫だよ!あ、これ藍先輩とカミュ先輩からのお土産のタルト」
貰った経緯とタルトがST☆RISHカラーだったことを話す。
穂花先輩の隣にトキヤが居るけど、今トキヤを見たら笑っちゃいそう。
「持ってきてくれてありがとう。音也くんはもう食べた?」
「ううん、これから戻って食べる!」
「じゃあこの前買った紅茶持っていって」
先輩が取りに行こうとすると、トキヤがそれを制した。
「持ってきますよ」
「ありがとう、棚の右扉開けるとあるから」
トキヤは分かりました。と言って俺に背を向けた。
トキヤの後ろ姿をボーッと見てたら、腰辺りに小さめな文字が書いてあることに気づいた。
「『アイアム 売れ残り』……?」
トキヤが売れ残り……?あの完璧主義の「一ノ瀬トキヤです。」が?
理解し始めたら笑いが止まらなくなった。
「あのトキヤが……ブフッ、ネタT着てるだけでも面白いのに……ンフッまさかの売れ残り……!ンフフッもうダメッ……!」
凄く可笑しくてお腹を抱えて笑っていると
穂花先輩が焦った顔で肩を叩いてきた。
「ンフッ穂花……フフフッ先輩、ハハハッどうしたの?」
「……音也」
「あ、やべ」
いつの間にか俺を覆うように大きな影が出来ていて、笑いすぎて涙まで出てきた目を開けるとそこには般若みたいな顔をしたトキヤがいた。
「……音也、何を笑っているのです?」
「と、と、トキヤ、なんでもないよ」
必死に笑いを堪えるけど、怒ってるトキヤが着ているTシャツに目が行っちゃう。
「……ブフッ」
ついに我慢してた笑いが出ちゃって、トキヤの後ろに般若の顔が……!これはまじでヤバイ……!!
前に寝ているトキヤの顔に嶺ちゃんと落書きした時並みに怒ってる……!!
「ウォトヤ!!!」
やっぱり~!!「お」が「うぉ」になってるもん~!!
「わっ……!!穂花先輩お邪魔しました!!」
「え、ちょ、音也くん!紅茶!」
俺は急いで靴を履いて先輩の部屋から飛び出した。
後ろで穂花先輩が何か言ってた気がするけど、止まったら駄目だ!
「大変、大変だよ~!」
俺はいま寮の廊下を全速力で走っている。
トキヤに見つかったら絶対「廊下は走らないっ!!」って言われちゃうけど、そのトキヤのことだから!
バンッ!!
「音也?そんなに急いでどうした?」
「トキヤが……、トキヤが!」
「待ちなさい!ウ"ォトヤ"!!」
トキヤが音也を追いかけて談話室に来るまで3秒前。
怒りで我を忘れたトキヤは自分が
追いかけてきたトキヤを見て皆が吹き出すまであと10秒。
「トキヤくんっ、Tシャツ!!」
音也を追って飛び出したトキヤを穂花が紅茶片手に追いかけてきた。
談話室で穂花が目にしたのは笑い転げるST☆RISHと怒りで般若のオーラを背負ったトキヤ。
トキヤの雷が落ちるまで、5秒前────
一ノ瀬トキヤはまだ知らない。
このあと事ある毎に話題の種にされることを。
一ノ瀬トキヤはまだ知らない。
シャイニング事務所内でネタTシャツが流行ることを。
一ノ瀬トキヤはまだ知らない。
自身の描いたイラストと共にグッズ販売されてしまうことを。
ネタTシャツのご利用は計画的に。
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