紅茶と角砂糖と、それから
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すん、と小さく息をすると冷たい空気が雨の匂いと一緒に入ってくる。
耳を澄まさなければ気づかないほどの弱い雨音は、ひとりぼっちの朝のようで少し悲しくなった。
こんな日には失恋ソングが似合うだろうか。
長年付き合った恋人と別れた次の日の朝、いつもより広く感じるベッドで目が覚める。今日からはまだ夢の中にいる君に気を使って布団から出る理由も無くなった。
ジリリリ……と鳴るアラームを止めて、隣に“あった”もう1つを探してしまう。
突然の別れでもないのに忘れられない自分がいる。
ひとりの生活に戻っただけなのに、君と過ごした時間が長かったみたいだ。
「ふんふん、ふん……♪」
頭の中で流れる曲のイメージにメロディをつける。明る過ぎず暗すぎない、まるで曇り空のようなメロディに少しずつ装飾をつけていく。
手を伸ばせばしっとりと濡れるだけの雨をどうやって表現しよう?
音のない曲のイメージは映像となって頭の中で再生されている。それはまるでサイレント映画のよう。
そこに出来たばかりの音を一つずつ当てはめて、編集して。
一本の“映画”が出来上がる頃には腕時計の時間は午後10時を回っていた。
霧雨は小雨に変わり屋根から滴り落ちる雨粒が地面にシミを作る。
「傘、要らないって言っていたのにな」
家を出る前に見た天気予報では1日晴れるでしょうってお姉さんが言っていた。
もしかしたらお姉さんの言葉を鵜呑みにせずに折り畳み傘でも持ってくれば良かったのかもしれない。
テレビ局で新番組の打ち合わせに参加して龍也さんに提出する書類だけ置きに事務所に戻ってきたところだった。
このまま待っていても雨は止みそうにない、それなら走って帰ってしまおうか。
幸い家まではそう遠くないから、帰ってお風呂へ直行すれば風邪は引かないと思う。
タクシーっていう手もあるけど近いのに乗るのもな、と言うのと夜遅くに女の子の家が分かるようなことをするのは余りよろしくないから。
それとも─────
ヴヴ……とジャケットの内ポケットに入れた携帯が数秒振動する。
マナーモードにしたままのそれを取り出すと、メッセージアプリの通知が一件入っていた。
「……寿、さっさと終わらせるぞ。貴様も早く帰りたいだろう?」
「もちろん!でも急にどったの?」
「姫が我が城でお待ちだ」
「……なるほどなるほど!そう言うことなら、おにーさん本気だしちゃうぞ☆」
すん、と小さく息を吸うと胸一杯に安心する匂いが広がる。
いつもつけている香水の香りとは違う石鹸の匂いに紛れて、本人からは甘い匂いがする。
ぬくもりを求めて胸元にすり寄ると腰に回っていた腕に抱き締められた。
広いベッドなのに使ってるのは真ん中だけってちょっと笑っちゃう。
アラームが鳴るまでもう少しこうしていようかな。
窓の外からはザアザアと土砂降りの雨音が聞こえる。
でも今日は悲しくない朝。
だってあなたが隣にいるから。