紅茶と角砂糖と、それから
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「入るよー」
軽く声をかけてドアを開けると二人揃って顔を上げた。
あと少しで日付が変わると言うのにまだ撮影が終わらないらしい彼らの元に訪れた理由は一つ。
「差し入れはバレンタインのチョコレートです」
「今年もありがとう♪」
手前の椅子に座っていた嶺二に紙袋を手渡す。
紙袋にはウィスキーボンボンが数個入った緑色の丸い箱と『嶺二』と書かれたCDが入っている。
手元にあるラベンダーとワインレッドの紙袋を長机の端に置いた。
ちなみに藍ちゃんは童話をモチーフにしたチョコレート、蘭丸はブラックペッパーを使ったチョコレートとそれぞれの名前が書かれたCD。
そのCDには音源しか入っていない。
「カミュのはこれね」
水色の紙袋をそっと差し出す。
ただカミュのだけは縦長くて細い紙袋だ。
「ミューちゃんだけ縦長なんだね?」
「んー、開ければ理由が分かるよ」
紙袋からゆっくりと取り出されたのは六本の赤い薔薇の花束。
予想外のものが出て来て目を見開く二人を見て笑いが溢れた。
「今日一日、カミュは沢山貰ってるからね。チョコレートじゃなくて花にしたんだ」
「……ほう?」
「あ、そろそろ帰らないと。納期が近くて……」
渡すものも渡せたし、と呟いてカミュの唇に触れるだけのキスを一つ。
ニヤニヤしてる嶺二は軽く手を振って楽屋を出た。
駐車場に停止してある車に乗り込んで唇を舐める。
リップグロスのようなチョコレートはキスで殆ど取れてしまったが、それが目的なのでニヤリとしてしまう。
「さぁて、いつ気づくかな……」
「寿」
穂花ちゃんが帰ったあと、なんとなくニヤニヤしてしまう顔を悟られないようにしていると向かい側のミューちゃんが名前を呼んだ。
「な、なにかな?」
「薔薇の花言葉を知っているか」
「うん、一本は一目惚れっていうやつだよね?」
こちらを見ないまま、尋ねてきたミューちゃんにうろ覚えの知識を引っ張りだす。
そういえば穂花ちゃんがミューちゃんに贈ったのは六本、六本の花言葉もあった筈だ。
たしか─────
「あなたに夢中、だ」
「穂花ちゃんって結構大胆だよね」
「そうだな」
花束を眺めるミューちゃんは僕たちには見せないくらい甘い、人を愛している瞳をしている。
そんなことを考えている僕を他所にミューちゃんは何を思ったのか花束のビニールを開けて薔薇を一本取り出した。
「ミュ、ミューちゃん?さすがにここで開けちゃうのは……」
慌てる僕に構わずミューちゃんは薔薇の香りを嗅ぐように顔に近づけて─────花弁を一枚、食べてしまった。
「みゅ、ミューちゃん……!!」
「ふふはいほ、ほほふひ」
「薔薇食べちゃうほどお腹空いてたの?!」
暫く咀嚼したあとゴックンと飲み込んで「うるさいぞ、寿」と言い直すミューちゃんはなんの変わりも無さそうだ。
「お前にも一枚やろう」
「いやいや、だいじょ……んぐ」
口に入れられた赤い花弁は想像していたような無機質な感じではなく、よく知っている甘いチョコレートの味がした。
「薔薇がチョコレート……?」
「ああ、全てチョコレートで出来ている。全くあいつも気づかなかったらどうするつもりだったんだ」
ミューちゃんはそうやって言っているけれど、多分穂花ちゃんは気づく確信があってこれにしたんだと思う。
それにさっきより瞳と声に甘さが増したミューちゃんを見れば分かる。
今年も甘いバレンタインデーになったなぁと心の中で呟いた。